マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
たすけて






第214話 呪い

 

 

『知ってどうする気だい?』

 

 

 その問いかけに「できれば、力になりたいと思います」とデュエルの前に返していた言葉が遊戯の口からは出てこない。

 

 

 デュエルを通じて知れた神崎のことを「助けたい」と幾ら遊戯が思えど、その為に「人生を捨てろ」と言われて容易く頷ける程の覚悟など持てよう筈がなかった。

 

 

 そうして返す言葉が出てこない遊戯に代わり、神崎は助け舟を出すように語る。

 

「少々急に話を進め過ぎたね。これが未来を知るということさ――碌なものじゃないだろう?」

 

 未来を知る――それは、多くの人間の心情を含めた人となりに加え、その身へ降りかかる不幸を知ることに他ならない。

 

 

 そんな未来を前に、キミはどうする?

 

 

 己が足掻いたところで、どうこうなる問題ではないと目を背ける?

 

 何もしない方が既定路線と言う名の未来を守れるのだと言い聞かせる?

 

 未来を知るイレギュラーを排除するような相手の襲来に怯える?

 

 もしくは降って湧いたアドバンテージを利用し、歴史に大きな影響を与えぬ程度に小銭を稼ぐ?

 

 はたまた、それでも未来の流れが気になり出歯亀する――そんなところだろう。

 

 

 神崎も最初はそうだった。そしてその怠惰が彼の両親の命を奪った――いや、救えぬ結末を生んだ。

 

 不幸に見舞われる人々を見捨てた罰を天が与えるように、彼は己以上に大切だった筈の存在を失った。

 

 

 そして彼の中で己を止められなくなった(が壊れた)

 

 

「神崎……さん……は……」

 

「ああ、その通りだ。私には()()いないんだよ――『大切な人』なんて」

 

 その境遇への悲哀からか眼から涙が零れ始める遊戯の言葉を先回りするように目を伏せた神崎。

 

 

 愛する人がいなくなった世界は耐えられない――なんて言葉があるが、それでも神崎は、

 

 愛する人の『いた』世界を蔑ろにしようとは思えなかった。

 

 だが、もはや神崎の心を占めるものは、決して多くはない。今は亡き二人の願い、前世の残照、そして――

 

 

「私はキミに救って欲しいとも思っていないし、真っ当な幸せを掴めるとも考えていない」

 

 彼の本質である「生きる」――いや、「死にたくない」という執着。

 

 たった、それだけ。

 

 好悪はある。趣味もある。でも命以外はどうでもいい。彼は、幸せになる気が欠片もなかった。

 

 自分の人生を生きる資格なんてない。だから両親の最後の言葉だけが生き甲斐だった。「生きて」と願われた。

 

「私はキミが思っているよりも余程の屑だ。我が身が可愛くて仕方がない」

 

 なにせ、神崎は両親の死後、幼少時からKCに入社するまでの間、ずっと見捨ててきた。

 

 肉体が幾ら強くとも、殴って終わる話など殆どない――ゆえに見捨ててきた。

 

 誰か信頼できる相手に未来の知識を明かせば、極論、幼少期から動くことは出来たにも拘わらず、「未来の知識の悪用の危険性」や「巻き込みたくない」なんてそれらしい理由をつけて、見捨て続けた。

 

 

 KCに入社する前の神崎は、原作の情報から目を背け、耳を塞いできた。見捨てた者たちを明確に把握するのが怖かった。

 

 それでも、海馬 瀬人の元でなら、世界中の恵まれぬ子供たちの為に世界中に遊園地を作ろうとする男の元なら「こんな自分でも誰かを救える筈だ」と信じていた。

 

 大きな会社で心身充実した日々を過ごせば、「生きて」との両親の願いを果たせると信じていた。

 

 だが、そんな彼の逃避を遮るように、KCは剛三郎の手中にあった時代。

 

 目を背けるな、耳を塞ぐな、と誰かの声が彼を責め立てる。

 

 

 お前は何の為に生き残ったんだ?

 

 今のお前は二人が身を挺して守る価値があったのか?

 

 そうして()()逃げるのか?

 

 ()()命惜しさに逃げるのか?

 

 

 二人に誇れる人間になるんじゃなかったのか?

 

 

 これじゃあ、無駄死にじゃないか。

 

 

 かつてダーツが語ったように、彼の心はあの時から止まったままだ。潰れた両親の前で膝をついたあの時から一歩も進めていない。

 

 

「もう考える(葛藤する)ことに疲れたんだよ」

 

 やがて脱力しながら、それでも笑顔を維持して神崎は語る。

 

 死にたくない。生き残った己は二人が誇れる人間でなければならない。「生きて」と願われた。()()見捨てるのは嫌だ。原作(この世界)を守りたい。助けなきゃ。楽しいデュエルがしたい。戦いたくない。傷つきたくない。「また」逃げる訳にはいかない――並ぶ言葉は数え切れない程に混沌としていた。

 

 

 そうして神崎の中で様々な願いが歪に混ざり合った願い(呪い)は「戦わずに逃げることなど許されない」という結論を導き出し、今日の今日まで戦い続けてきた。

 

 

 それらを突きつけられた遊戯は膝をつき、涙を流す。

 

「ボクは……ボクは……こんなつもりじゃ……」

 

 そう、遊戯は気が付いた。

 

 神崎はある意味アクターと同じなのだ。

 

 ファラオの為にその全てを捨てたアクターと、

 

 過去の一件より、己にまつわる全てを捨てた神崎。

 

 二人が肩を並べることは、ある種の必然だったのかもしれない。

 

「ボクは……なにも……」

 

「済まない。少し意地の悪い聞き方をしてしまった」

 

 そうして自責の念により俯く遊戯だが、その背に手を置きつつ神崎は謝罪を交え、語り続ける。

 

「とまぁ、先の情報を知るということは、そういうことなんだ。彼らの悲劇を知っていながら、『何もしない』ことは『見捨てる』のと同義」

 

 未来の知識は「便利な道具」ではあるのだろう。だが同時に「血に塗れた記録」であるのもまた事実。

 

「もし、イシュタールくんたちの時のように助けられなければ、それは『見捨てた』と変わりない」

 

 墓守の一族の一件も、神崎がもっと上手く立ち回っていれば救えた可能性もある。マリクが手を汚す前に、誰かが犠牲になる前に、間に合ったかもしれない。

 

「知っていながら助けられなかった罪悪感が募って行く」

 

 その可能性がある限り、神崎の中に罪悪感は募っていく。「また」見捨てたのかと。

 

 バクラに致命傷を負わされたシャーディー、貧困の犠牲になったディーヴァとセラ、シャーディーと離れ離れになり歪んだ仲間意識を育んだプラナたち、獏良 了の妹である天音の死、海馬とモクバの実の両親の死、マインドクラッシュされる前の海馬 瀬人の消失、童実野高校の不良たち関連の出来事、マリクの父と母の死、グールズにされてしまった面々の人生、グールズの被害に遭い大事な人を奪われた人たち、離れ離れになったイシュタール家、止められなかったシュレイダーの暴走、殺し合う結果を生んだパラドックス――

 

 

 

 手が届かなかった分だけ、誰かの声が神崎を責め立てる。

 

 

 どうして助けてくれなかったの?

 

 

 そんな声が神崎の中で反芻される。

 

 そう、神崎を突き動かすのは「正義」でもなければ「優しさ」でもない。ただの「罪悪感からの逃避」だ。

 

 未来で不幸になる人を助けることで、己の両親を殺す結果を生んでしまった自身の後悔を誤魔化しているに過ぎない。「見捨てた(助けられなかった)」罪悪感から逃げているに過ぎない。

 

「そして多くに手を伸ばせば、己に回せる時間など殆どないに等しい」

 

 それらを「大人の責任」なんて言葉でオブラートに包み、それらしく真っ当に振る舞うことで今日まで生きてきた。

 

「心から信頼できる人間を頼ろうにも『己の罪悪感を少しでも減らす』べく『赤の他人の為に人生を捨てろ』などと、私には言えなかった」

 

 そんな己の道連れになってくれ――などと口が裂けても言える筈がない。

 

 彼とて「大切な両親をその為に捧げろ」と言われて首を縦に振れないのだから。それを理解しているゆえに誰にも頼らない、縋らない。

 

「……纏めてしまえば、こんな具合だ」

 

 どこまでも光からは遠く、影に沈んでいくだけの者――それが神崎 (うつほ)という存在だった。

 

「済まないね。キミの知りたいアクターの話ではなくて」

 

「…………ごめ……ん……なさい……」

 

 そんな中、遊戯は涙と共に力なく謝ることしか出来ない。

 

 

 アクターの情報を知るべく、神崎の心に一歩踏み込んだ遊戯が見たのは、後は崩れる時を待つだけの破綻した心。

 

 

 それは、アクターの死ばかりに囚われ、パラドックスとの戦いの後、ケロリとしていた神崎は「大した怪我はしていない」と考えていた遊戯の心を大きく揺さぶった。

 

 

 いつも笑顔で、なんでもないような顔をしている裏側を知った遊戯に、優しい遊戯に「助けないと」との感情が浮かぶのは当然の話。

 

 

 助けたいと願った。

 

 

 相手が何を犠牲にしているかも知らずに。

 

 

 相手が何の為に闘っているのかも知らずに。

 

 

 助けられると自惚れた。

 

 

 相手は「救い」なんて「求めていなかった」のに。

 

 

 何の覚悟もなしに踏み込んだ。

 

 軽々しく聞いて良い話ではなかった。軽々しく踏み込んで良い部分ではなかった。

 

 そんな後悔の籠った遊戯の謝罪の言葉に、神崎は首を横に振る。

 

「謝らなくていい。キミは悪くない。何も悪くない。だから私などに謝る必要など何処にもないんだ」

 

 そう、神崎が語るように遊戯の行動自体に致命的な間違いはない。

 

 多少強引にことを運んだとはいえ、その発端はアクターの正体に関して神崎が弁明せず、煙に巻こうとした点にある。

 

 あの時、説明を放棄せず、しっかり話し合っていれば信じて貰えた可能性もあったのだ。

 

 下手に誤魔化そうとすれば、むしろ疑念が増すことは明白なのだから。

 

「でも……ボクは……」

 

「キミは私なんかよりずっとデュエルが強い、心が強い。だけどね――どれだけ強くとも、まだ『子供』なんだ」

 

 だが、それでも己を責める遊戯に神崎は、今は亡き彼の両親から過去に告げられた言葉を送る。

 

「だから『今』は余計なものなんて背負わなくていい。それを背負うのは私みたいな『大人』の役目だよ」

 

 中身の問題から肉体年齢から乖離した聡さを持ち、死を病的なまでに恐れる幼少時の神崎を、不気味な子供を二人は愛してくれた。

 

「ただ、色んな事を学んでキミが大人になったその時に困っていたり、辛そうにしている人の背をそっと支えて上げれば良い」

 

 傍から見れば、何の根拠もない「大丈夫」との二人の言葉が、当時の彼の心を救ってくれたのだ。

 

「人はそうやってバトンを繋ぎながら助け合える生き物なんだ」

 

 そうして、託したかった相手に繋げられなかった神崎のバトンは、形を変えて遊戯の元に届く。

 

 

 これから社会に飛び込む少し前の子供(学生)の背を押す役目を果たして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、ひとしきり涙を流し終えた遊戯が顔を袖で拭った後、立ち上がり――

 

「すみません、みっともないところ見せちゃって」

 

「みっともなくなんてないさ。キミは私の為に涙してくれたんだろう? それをみっともないと嗤う程、私は酷い人間じゃないさ」

 

 申し訳なさげに零した遊戯の言葉に、神崎は遊戯の精神を追い詰めるような立ち回りをした「酷い人間」である事実を有耶無耶にしながらオーバーなリアクションを交えて肩をすくめて見せた。

 

「なら、最後に一つだけ、聞かせて貰います」

 

 そんな神崎の心境など知らずに相手の姿に苦笑した遊戯は残り二つとなった「質問への強制」を行使する。

 

 だが、それはつい少し前までの問い詰める為のものではない。

 

「あぁ、そういえば後二つ質問権が残っていたね。何でも聞いてくれて構わないとも」

 

「貴方は……過去を変えようとは、どうして思わなかったんですか?」

 

 遊戯の問いかけは「神崎を理解する為」のもの。

 

 

 まず前提としてパラドックスの存在が、時間渡航が可能であることを証明してくれている。

 

 ならば、神崎が――いや、誰でも考える筈だ。「大切な人の死をなかったことにしたい」と。

 

 だが「助けられなかった」と嘆く神崎は、過去へ時間渡航して歴史を改竄する素振りは一切見られない。それが遊戯には疑問だった。

 

 そうして質問の意味するところを理解したと同時に、神崎の口は『精霊の鍵の強制力』により本人の意思を無視して動き出す。そして神崎は「それ」に抗わない。

 

「思ったさ。だが怖かった」

 

 聞かせたくない話ではあるが、聞かれたとしても致命的に困る話ではないのだ。

 

「怖かった? タイムパラドックスが――」

 

「違う。パラドックスが歴史を改変していたように時間軸の――いや、シンプルに言えば『この世界』は存外『いい加減に出来ている』」

 

 遊戯の質問を遮る形で神崎が説明するように、一般的な場合は定かではないが、「今、神崎のいる遊戯王ワールド」は言ってしまえば非常にあやふやにできている。

 

 なにせ、原作に存在しない神崎という「異物」が紛れ込んでいるのだ。

 

 この時点で問題が起きてもおかしくない。

 

 だというのに、加えて存在しない筈の命が本来の歴史を歪めまくっているにも拘わらず、世界は今日も異常を起こすこともなく、変わらずに存在している。

 

 これを「雑」と取るか、世界の「度量が広い」と取るかは人によりけりだろう。

 

「過去を変え、『確定』させることが出来た段階で、未来もそれに準じた形に書き換わる」

 

 そして、過去の変化により未来が分岐「しない」ことは、「遊戯王5D’s」にてイリアステルが度重なり過去を改竄することで主人公の遊星たちの追及を退けていたことからも明白。

 

 ゆえに神崎の恐怖の根源は――

 

「神崎さんが恐れたのは……」

 

 それらの情報を飲み干した遊戯の瞳に理解の色が浮かび、そして陰る。

 

 そう、神崎は恐れた。

 

「ああ――『強さを求めた今の私』があるのは二人の死があったからこそだ」

 

 そして逃げ出したのだ。

 

「つまり『二人が生きている』状態において、『今の私』は存在しないことになる」

 

 今の自分の消失を――死を恐れて。

 

「私は卑怯者なんだよ。二人を救いたい想いより、我が身可愛さが勝る」

 

 大切な二人を助けられる可能性を追求せず、己の死を恐れている。

 

 大事だ、大切だと口々に並べて置いて、己の命はかけられない。

 

「そんな……卑怯者なのさ」

 

『二つ目の質問に嘘偽りない回答がなされました!』

 

 そんな何処までも半端な己を自嘲するような神崎の言葉を最後に、遊戯の頭上で《ブラック・マジシャン・ガール》の陽気な声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 やがて強制力から解放された神崎はポツリと零す。

 

「あと一つか」

 

 これで遊戯の権利は次で最後。

 

 結局は我が身が大事な生き汚い部分を見せてしまったが、遊戯は不快感を見せる様子は見られない。

 

 そう、神崎が知られても困らないと判断したように、「自分の命が惜しい」――そう考える人間は世の中に溢れている。いや、大半の人間が程度の違いはあれ「そう」だろう。

 

 ゆえに流石の遊戯も「それ」を糾弾することは出来ないことを神崎も理解しているのだ。

 

「なら、最後にもう一つだけ」

 

「なにかな?」

 

 とはいえ、相手に嫌な感情を与えることは事実である為、内心で遊戯の反応を気にする神崎に、遊戯は神妙な顔で願いでる。

 

 

 遊戯の願う、もう「一つ」――最後の権利を使用することは明白だった。

 

 

 

 やがて服で手を拭った遊戯は大きく深呼吸した後――

 

「ボクと友達になってくれませんか?」

 

 右手を差し出した。

 

 今回は掌から精霊の鍵が飛び出すこともなく、単純明快に言葉通りの意味を持つ手。

 

 そんな差し出された優しく暖かな手が神崎に向けられる。

 

 

 そう、此処まで戦い続けてきた神崎に、ようやく助けの手が差し伸べられたのだ。

 

 

 神崎の口から、自然と言葉が零れる。

 

 

 今、ここに彼の凍てついた心を解かす暖かな結束の輪が紡がれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌だ」

 

 かと思ったら、そんなことはなかったぜ!!

 

 

 

 

 

 

「これで――……? ……!?」

 

――あれ? 今、「嫌だ」って言ったよね。

 

 やがて差し出された手が無意味にぶらつく中、遊戯の中で握手した後に続く言葉が頭の中で吹き飛び、「ん?」と言わんばかりの感情がせめぎ合う。

 

 そして、その戸惑いは遊戯の口から言葉となって零れ始めた。

 

「えっ、いや、あれ? 今、完全に友達になる流れでしたよね!? ボク、神崎さんと分かり合いたいと思ったんですけど!?」

 

 遊戯が戸惑うのも無理はない。先程までメッチャ良い流れが来ていたにも拘わらず、それを横から蹴り飛ばすような事態に陥っているのだ。誰だって戸惑う。

 

 

 しかし、「精霊の鍵の強制力」によって「嘘偽りなく」()()()()()()()神崎は本音を話すしかないのだ。

 

「それは其方側の勝手な都合だ」

 

「『友達になろう』って賭けたの神崎さんですよ!?」

 

 神崎の本心としては、別に「遊戯に理解して貰いたい」なんて「思っていない」のだから。

 

 だが遊戯の言い分も、ごもっともであろう。願いに指定した以上、相手の希望と思うのは当然である。

 

「それに関しては将来的にキミと協力関係を築く為の方便――キミ自身と友情を育むことを目的にしていない」

 

 しかし、そんな考察もバッサリ切って捨てた神崎の発言の前に敗れ去る。

 

「それに私にはキミの真っ直ぐさは少し眩し過ぎる。ハッキリ言って苦手だ」

 

 それに加え、遊戯の精神性は神崎にとって、波長の合うものではない事実も後押しする。

 

 友情! 結束! 絆! な遊戯の在り方は、究極的には他者を切り捨てることをいとわない神崎からすれば、友として接するには罪悪感が勝ってしまうのだ。

 

 まさに光と影――近くにいるようで、決して交わらない二人。

 

「そ、そんな言い方……」

 

 やがて遊戯が困惑の声を漏らす中、強制力が解かれたことで発言の自由を取り戻し、誤魔化すような笑顔で固まる神崎を余所に《ブラック・マジシャン・ガール》がスッと両者の間に滑り込みつつ浮かぶ。

 

 

『最後の質問に偽りない回答がなされました! パンパカパーン! 3度の質問が終了でーす! 今回はこれでさよならになります! また会いましょうね、マスター!!』

 

 

 そうして最後までお祝いでもするような高めのテンションで宙でクルリとターンした《ブラック・マジシャン・ガール》が杖を振るえば、周囲の空間が崩れるように崩壊を始めた。

 

 

 

 

 

 さすれば、手を振る《ブラック・マジシャン・ガール》が消えていったと同時に、元のKCの応接室の一室が姿を現す。

 

「閉鎖空間が解かれて行く……」

 

 遊戯がそう呟きながら周囲をキョロキョロと伺うが、壁に掛けられた時計の針は、殆ど動いてはおらず、閉鎖空間で流れた時間との差異を感じる遊戯。

 

「なんだかなぁ……」

 

 そして力尽きるようにソファにドスンと座った遊戯が額を抑えながら頭痛を堪えるように呟く中、神崎は対面のソファに腰掛けながら茶を差し出しつつ営業スマイルで返す。

 

「ハハハ、世の中そう上手くはいかないものですよ」

 

「……なら、代わりにアクターさんのことで知っている限りのこと……教えて貰っていいですか?」

 

「問題ありませんよ。ですが、私に出来るのはアクターに依頼した情報を開示するくらいです。それでも構いませんか?」

 

 普段の敬語に戻った神崎に遊戯は「壁」を感じていたが、もたらされた情報にガタンとテーブルを揺らしながら勢いよく立ち上がった。

 

「そんなものがあるんですか!?」

 

 依頼書。

 

 それは神崎がアクターに要請し、「アクターが同意した」もの――と言えよう。

 

 まさに「アクターの行動原理」を把握するのにピッタリな材料だ。

 

「物自体はありません。今から纏めますので、少々お待ちを」

 

 かと思ったら、そんなものはなかった。

 

 だが己の頭を指さしながら作業する神崎の姿に、発言の意図を理解した遊戯。やがておずおずと着席しながら思わず零した言葉も――

 

「そんなことが出来るなら、最初から――いや、あの時のボクじゃ信じなかった……」

 

「焦りは視野を狭めますからね」

 

 今の頭の冷えた遊戯になら、かなり強引に運んでしまった己の過失を把握し、遊戯は肩を小さくさせる。

 

 知り合いの「死」という平静を保てぬパーソンがあったとしても、些か道理に反した行いだったと。とはいえ、初手で躓いた神崎に疑われるだけの材料があったこともまた事実なのだが。

 

 しかし、当人から語られた神崎の過去を含めた在り方を知った今の遊戯は、茶を飲む手を止めて確認するように問いかける。

 

「それで、神崎さんは今までのやり方を変える気はないんですか?」

 

 それは今のまま「誰にも未来の知識の詳細を明かさない」スタンスを崩さないのか、という点。

 

 今回でさえ、未来の詳細な情報は何一つ語られていない。それゆえの再度確認。

 

「武藤くんの『将来の人生の全てに不自由を強いていい』と言うのなら別の方法もありますが――おやりになりますか?」

 

「それは……その、すみません……」

 

 だが、書類を纏める手を止めぬ神崎から即座に返って来た言葉に遊戯は言葉を濁す。

 

 遊戯が夢見たゲームデザイナーも、親友たちとの笑い合う日々も、好きな人と恋の時間も、将来待っているであろう新しい出会いも、体験も、そのなにもかもを捨て去り、

 

 残りの人生全てが「名前も知らない誰かの為に消費される」――こんな無茶苦茶な論に頷けるものなどいないだろう。

 

「お気になさらずに。そもそも、武藤くんが罪悪感を抱く必要はありません。『それ』は一般的な考えですから」

 

 いや、むしろ「これ」に「是」と返せる人間がいるのならば、神崎は絶対に「そいつ」を信用しない。

 

 大切な人との時間を大事に出来ない人間など、どうして信用できるだろうか。

 

「キミは『キミが幸せにしたい人たち』と共に歩むといい」

 

 やがて纏めた書類を遊戯に手渡しながら神崎は曇りのない笑顔でそう語る。

 

 

 そして大いに取捨選択のなされたアクターの情報を「全て」だと誤認した遊戯が申し訳なさ気に受け取るが――

 

 

「他のことは『それがない』私にでも任せてください――暇ですから」

 

 

「暇!?」

 

 

「未来の知識を得て唯一良かったと思えることです。暇を感じずに済む」

 

 神崎から零れた「暇」との言葉に遊戯は目を白黒させた。

 

 罪悪感からの逃避であっても、身を削って人助けをしている――と思っていた人間が「暇だから」だと評せば「えっ?」と思って当然である。

 

 

 だが、神崎にも言い分があった。

 

 過去にケジメを付けることも出来ず、新しい「大切な人」も作れる気がせず、残りの人生を自分勝手に生きることも出来ない。

 

 だからと言って、過去を後悔し、うずくまるような真似も「生きて」と願われた神崎には取れない以上、選択肢は決して多くはない。

 

 

 ゆえに「二人に誇れる己である」為に、「正しく」あろうと不幸に見舞われる人たちをある意味利用している身では――

 

 その行いを「彼らの為」と誇るには、どこか不純で、

 

 己が身を顧みない在り方ゆえに「利用しているだけ」と切って捨てるには、どこか純粋で、

 

 

 そんな白にも黒にもなれない灰色な在り方を適切な言葉で示すのは難しいだろう。

 

 とはいえ、「暇」という言葉のチョイスは如何なものかと思われるが。

 

「『余計なこと』も考えずに済みますからね」

 

「………………無理しないでください。全ては捧げられないけれども、助けが欲しくなったら何時でも言ってくれて大丈夫です――と言っても、ボクに出来そうなのはデュエルくらいですけど……」

 

 しかし最後に付け足された神崎の言葉に、未だその心が過去に残されたままだと把握した遊戯は、無理のない範囲で協力を約束しつつ手を差し出し――

 

「――でも貴方が道を違えた時はボクが止めます」

 

「おお、怖い――そうならないことを願います」

 

――絶対にそうならないようにしますので!!

 

 その手を取った神崎の手を強く握りながら宣言する遊戯。それに対して神崎もおどけた言葉を並べるが、内心でガクブルしているのは何時ものご愛敬である。

 

「じゃぁ、失礼します。今日は本当に色々済みませんでした」

 

「構いませんよ。疑われることは慣れていますから」

 

 そうして最後にもう一度謝罪する遊戯を神崎はいつもの笑顔で流しつつ、此度の会合も終わりとばかりに立ち去る遊戯。

 

 だが、その背を神崎がふと思い出したような仕草と共に呼び止めた。

 

「あぁ、ついでにご忠告を一つ――日常はふとした時に零れ落ちます――決して、手放さないように気を配ってください」

 

「はい……!」

 

 別れ際に届いた、若人を案ずるような大人らしい発言に、遊戯は頷きながら駆けて行く。紆余曲折あったゆえの此度の衝突も、決して無駄ではなかったのだと。

 

 

 やがて牛尾に精霊の鍵を返却した遊戯は行きとは違い、軽い足取りで帰路につく。

 

 

 神崎の「悪い意味の弱さ」と「悪い意味の強さ」が混在する不思議な在り方に思う所はなくはないが、それでも「困っている人の味方」であろうとした神崎は、遊戯が信じられるものだった。

 

――ごめんなさい、神崎さん。貴方はきっとボクを遠ざけようとしてくれたんだろうけど……

 

 疑ってしまった事実は消えなくとも、味方だと誓った遊戯の言葉に嘘偽りはない。

 

――ボクは、ボクのやり方で、貴方が言ったバトンを繋ぎます。

 

 己の人生を捨てる選択など遊戯には出来なかったが、それでも困っている相手に手を差し伸べることは出来る。

 

 

 そうして助けた相手が、また他の困っている誰かを助け、その輪が広がれば、助け合いの輪が生まれる。

 

 そのピースの輪とでも言うべき代物が世に蔓延る不幸を払っていけば、周り回って神崎の肩の荷も軽くなろう。

 

 

――いつか、貴方が自分を許せるその時まで。

 

 

 かくして、迷いを振り切った遊戯の物語は、次なるステージ(遊戯王GX)の傍らで進んでいくことになる。

 

 

 

 その未来に困難が待ち受けていようとも、きっと乗り越えていけるのだと信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな希望に満ちた未来を進む遊戯が、KCから立ち去ったことを窓から確認した神崎は――

 

 

「……なんとか穏便に済みましたか」

 

――ッッシャッオラァ! 乗り切ったァ!!

 

 全力でガッツポーズした。

 

 

 台無しだよ。

 

 

 





湿っぽいのは苦手でね!



Q:あれ? 遊戯はもっと踏み込まないの?

A:優しい遊戯が「悲しい過去」を聞かされた上で、追及して相手の傷口を広げられるとでもお思いか?
(なお自発的に傷口ひん剥いて見せた神崎ェ……)


Q:???「神崎! 騙したのか? 遊戯を……騙したのか!! 神崎ィィィィ!!」

A:遊戯の中で「アクターはすごいつよい(小並感)」幻想がある以上、下手に論じても還って不審感を与えるだけなので
「自分の信じるアクター像を探すと良いよ」とばかりに投げました。

ちなみにデュエル後の神崎は一切、嘘は吐いていません(本音とは言っていない)

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