前回のあらすじ
ッッシャッオラァ!
精霊界にて、顔すら見えぬ黒い忍び装束で全身を包んだ《悪シノビ》は夜の闇に紛れながら、三体の氷龍の封印を護る者たち――「氷結界」の面々が住まう地へと潜入していた。
――ゼーマンの報告では、この辺りだった筈だが……
というか、その正体は神崎である。精霊界での活動ゆえに人間の世界の住人であることを悟られぬよう《悪シノビ》に扮しているのだ。
此度の要件はシンプルに緊急事態とのこと。
外的要因によって心を入れ替え、今は伝説の三騎士の元で善行に強制的に励む《インヴェルズ・オリジン》より「悪魔召喚の儀式を試みている者がいる。不完全ゆえに今は問題ないが、直に呼ばれる可能性有り」との報告を受け、下手人の調査に来たのである。
伝説の三騎士陣営にて、責任ある立場であるゼーマンは動かせない。ゆえに、神崎が無関係な第三者として動いているのだ。
そして報告にあった赤い長髪を頭の上で一部束ねた白の和装の女性《氷結界の照魔師》が人避けのされた儀式場と思しき場所に1人入った姿を確認した神崎は後を追い音もなく侵入。
やがて儀式場にて準備に取り掛かっていた《氷結界の照魔師》だが、何かの違和感に気付いたのか振返り様に、持参していた杖の頭の布を取って向けた。
しかし、その杖の先には何者もいない。ゆえに「気のせいだった」と構えを解く《氷結界の照魔師》。
だが、己の頭部を挟み込むように、なおかつほんの僅かな空間を開けて添えられた両手に打たれたことにも気づかぬままに、その意識はプツリと途切れた。
やがて顔中の穴から血を流して倒れた《氷結界の照魔師》を静かに抱えた神崎は、人目を避けるように儀式場の奥深くへと連れ去っていく。
そんな「お巡りさん、こっちです」と言われかねない所業を成した神崎は、己に同行させていた《インヴェルズ・オリジン》を影から呼び出し、願いでた。
「《インヴェルズ・オリジン》、彼女の内に残るあなた方の力の残照の除去をお願いします」
「ガレワゼナ」
「仕方ありませんね。悪の道に墜ちてしまった貴方を伝説の三騎士様に引き渡しましょう」
「イナイアタ」
「お見事です。では元の場所に戻しておきま――ッ!?」
こうして《氷結界の照魔師》の内の悪魔召喚への執着を強引に断った神崎だが、儀式場に近づく氷結界の何者かの気配に、慌てて《氷結界の照魔師》を隠し、代わりに応対した。
その神崎の姿は、いつの間にか《氷結界の照魔師》と瓜二つになっており、真似た口調でやり取りなされるが、相手が気付いた様子はない。
――口調は真似ているとはいえ、長時間喋るとボロが出そうで……
そう、此方の正体も神崎である。原作にてダーツが使用していた「他者に化ける術」を用いることで、《氷結界の照魔師》に扮しているのだ。
――ダーツ印の変装術は問題ないようだな……後は悪魔っぽい生き物を。
そうして他の面々がいなくなった儀式場にて、神崎はいそいそと意識のない《氷結界の照魔師》を横たえ、「儀式に失敗しました」と言わんばかりに現場をセッティング。
さらに遠隔操作が可能な悪魔っぽいガラクタを用意し、後にクソ弱い感じで暴れさせ「悪魔の召喚では現状を変えられない」との結論に至って貰えるように――との手筈を整えた後、《悪シノビ》の恰好に戻った後に音もなく氷結界の拠点から去って行った。
やがて氷結界の拠点で悪魔っぽいガラクタが騒ぎを起こす中、神崎はそれを遠隔操作しながらゼーマンへと指示を送る。
「ゼーマン、再度氷結界にコンタクトを。今なら同盟のお話も引き受けて下さる筈です。泥に塗れる勢いで願い出て押し切ってください」
『承知いたしました』
そして手短な返答を受け、通信を終えた神崎は《インヴェルズ・オリジン》へと向き直り――
「《インヴェルズ・オリジン》――今日は助かりました。お礼に邪念を送らせて貰いますね」
「――モマ ヲ ウョリキテ !テマ」
お礼代わりにインヴェルズたちの好物である邪念をプレゼント。その結果、グッタリもといスヤスヤと動かなくなった《インヴェルズ・オリジン》を――
「眠ってしまったか……《強制転移》でみんなのところへ送っておこう」
安眠できる場所ことゼーマンのいる拠点へ送った代わりに、周辺の地図を手にした神崎は、「氷結界」と記された部分にメモ書きした後、一人ごちる。
「よし、今日の残りは『ジュラック』陣営と『フレムベル』陣営を調査して一先ず上がろう。後、魔轟神界に繋がる混沌の門の様子も一応見て回っておかないと」
やがて神崎は夜の闇に《悪シノビ》の恰好で消えていった。
神崎の夜は長い。
時間が有限である以上、一秒たりとも無駄にできないのだ。
神崎の朝は早い。
というか、睡眠が不要となったせいで、早いとかそういう次元じゃない。ずっと起きている。いつか狂いそうな生活だ。
しかし時間感覚を失わない為に、空気を蹴りながら空高くに浮かび、日の出を見ながらドローの訓練をするのが日課である。
人間でなくなろうとも、日の出の美しさを感じる心は変わらなかった。
そして精霊界での活動の疲れなど見せぬ姿で雲を裂きながら居合ドローと素振りを行う――前に、ピリリと胸ポケットのスマホの音によって、早朝の訓練はお開きとなる。
「――此方、神崎ですが―――――お久しぶりです、ペガサス会長。このような時間に――――あぁ、時差でしたか、これは申し訳ない――――ぇ?」
やがて空に浮かびながら通話相手にペコペコ頭を下げる社畜――と言う謎の絵が流れた後――
「――かしこまりました。至急ご用意させて頂きます」
プツリと通話を終えた神崎はスマホを内ポケットに仕舞った後、小さく深呼吸して精神を落ち着かせ、暫くして呟いた。
「――シンディア様がご懐妊って、何故に!?」
いや、叫んだ。
朝一番から早速とばかりに特大の原作ブレイクが神崎を襲う――まぁ、彼がシンディアの病を治す手配をしたのが原因なのだが。
ただ、「何故に」も何も、愛し合う男女がいればコウノトリさんも張り切ってキャベツ畑を耕すこともあろう。
そうして何時もの日課を平静さを取り戻す為に、雲を何度か断った後、神崎はKCにいつもより早めに出社した。
なにせ此度は、天下のI2社のトップの一大事である。最悪の事態を考えれば、事前準備はし過ぎることはない。
ゆえに精霊界にて活動中の《猿魔王ゼーマン》に《誕生の天使》へシンディアの加護を頼めるかと依頼しながら、医療分野を担当する面々への書類を大急ぎで仕上げる神崎。
だが、そうして時間が経過していく中、聞きなれた幼い声が届いた。
「おう、神崎! 早いな!」
「これはモクバ様、おはようございます。何やら張り切っておりますね」
「まぁな! アカデミアのこともあるし、今はKCの大事な時期だからな!」
それは気合タップリの様相のモクバ――かつてのボーダー柄のTシャツのようなラフな格好ではなく、白いスーツを着込んだ姿は子供ながらに社会人としての風格を漂わせる。
「もうじき兄サマも本校から離れることになるから、鮫島に引継ぐ準備をさせなきゃならないし、分校にも人を集めないとな! やることは盛り沢山だぜい!」
そして今のKCは新たな事業に手を伸ばした矢先だ。海馬も精力的にアカデミアに関わり「デュエルエリートの育成」こと最強の好敵手の誕生に力を注ぎ、今のところ学園の雰囲気も良い。
それゆえ、次のステップである学園の拡大も既に始まっていた。
「もう分校の設立も済ませておられたとは――流石はモクバ様、仕事が早い」
「そうなんだぜい! ノース・サウス・ウエスト・イースト校の新たに生まれた4つの分校――そして本校が互いに競い合うことで、より高みを目指して貰うんだ!!」
やがて神崎のおべっかに気を良くするモクバは鼻高々に見据えるべき先を語るが――
「I2社が主導しているアメリカ校には負けてられないぜい!」
「アークティック校は、いつ頃に新設なさるのですか?」
「
だが何気ない神崎の一言に、モクバはピタリと止めて首をかしげて見せる。
アカデミアの新たな分校を、東西南北「北」とする意味はない。大都市付近をターゲットにするとしても、北
そんなモクバの主張に神崎は乾いた声を漏らした。
「……ははは、そうでしたね。どうやら未だに頭が寝ぼけているようです」
「おいおい、気を付けてくれよな! 身体は資本だぜい!!」
――ヨハン・アンデルセンの通う高校がッ!?
会社に到着後、早々に原作ブレイクが神崎を襲う。
GXに登場するデュエリストの一人の母校の設立の未来が、木端微塵に粉砕した。これに関しても神崎が悪い――という訳でもない。
原作でも初登場時はノース校の出身だったヨハンだが、初期設定と矛盾した為、急遽「アークティック校」の出身に変更されたのだ。ライブ感の犠牲者である。
とはいえ、神崎が予め進言しておけば良かっただけの話でもあるが。
「あっ、もうこんな時間だぜい!? じゃぁな、神崎! セラたちも頑張ってるから、安心してくれよー!」
やがて、時計をチラと見たモクバが慌てて駆けていく背中を見送った神崎は、内心で頭を抱えながら自分の仕事に戻って行った。
そうして内心で頭を抱えながらも、シンディアの件を極秘裏に社長に通しておき、「精々機嫌を取っておくことだ」なんて海馬のありがたいお言葉を受けつつ、オカルト課に戻った神崎は相も変わらず仕事に没頭していく。
遊戯王DMの次のシリーズである遊戯王GXに登場する面々の個人情報、状態、年齢などから将来起こる事件・事故・悲劇・不幸の発生タイミングを予測し、周辺の被害を想定。
そして先んじて潰せるもの、潰せないゆえに発生後にすぐさま介入するものを区分けしていく。
彼は人のプライバシーを何だと思っているのだろう?
そんな具合に朝っぱらからアレコレ手配するべく奔走する神崎へ、声がかかれば――
「うっす、おはようございます」
「これは牛尾くん、丁度良かった――これを」
「……左遷っすか?」
出勤したばかりの牛尾に、神崎は書類の束の一つを手渡した。
その最初の文言から、遊戯に精霊の鍵を一時的に貸した己への罰を予想した牛尾だが、神崎は貼り付けた笑顔で否定する。
「元々計画していたことですよ。武藤くんも卒業したのなら、童実野高校に頻繁に顔を出す必要もないでしょう?」
「はぁ……なんもかもお見通しって訳ですかい――てか、新しい部署? 『セキュリティ』? なんすか、これ?
「権力と仲良くなっておこうかと思いまして」
そうして語られる人の心を誘導するようなやり方に辟易する牛尾だが、パラパラとめくって書類の束の凡その内容の意図するところを知り、大きく溜息を吐く。
「まーた、悪巧みですかい……いい加減、海馬のヤツにどやされますよ」
「万が一の時は乃亜に引き継いでKCを去りますので、お気になさらずに」
「無敵かよ」
しかし、己の進退など毛ほども興味のない神崎の在り方に、思わず牛尾から辛うじて残っていた敬語すら吹き飛んだ。
やがてガリガリと困ったように頭をかく牛尾の背を、新たに出勤したヴァロンがバシンと叩きながら挨拶しつつ、神崎へと向き直る。
「よう、牛尾! それとボスも! 早いな! んで、ボスは前、渡したの読んでくれたか!」
「ええ、異動のことならヴァロンくんの要望が叶うと思いますよ」
こうして、時に原作ブレイクを意図的に「オラァ!!」しつつ、神崎の日常は続いていく。
そうして続いたお昼時、人間でなくなったことを怪しまれない為におにぎり片手に「食事している姿」を社員食堂でアピールしていたところ、あまり近づく人間のいない神崎がいたテーブルの向かい側に、来客が腰を落とした。
「神崎ハン、ちょっとエエですか?」
「これは竜崎くん、なにやら大事なお話のようですね」
その来客の正体である竜崎が、神崎の許可を確認しつつも先んじて座った様子に「余程切羽詰まっているのだろう」と食後の茶を飲みつつ笑顔で応対する神崎。
「いや、そないに大したことやないんやけど――ワイ、新しいデュエル流派作ろう思たんです」
「デュエル流派……ですか」
――竜崎くんがデュエル流派を!?
だが、此処で不意打ちの原作ブレイク!!
と言うよりは、原作で語られていなかった部分な為、正確には「ブレイク」ではないが。とはいえ、原作で進みそうにない道であることは事実である。
そうして内のアタフタさを感じさせぬ平静の笑顔で先を促す神崎に、竜崎は自分でもよく分かっていないのか、慌てた様子で言葉を並べていく。
「いやいや、ホンマ、そないに大仰なもんやないんですって――ほら! 地元でなんかガキンチョ集まる遊び場みたいなとこありますやん? あんな感じの小っちゃいヤツなんですって」
「流派の在り方は、どういったものを考えていますか?」
「あー、それなんですけど――負けが込んで、なんやデュエルが嫌になったりしますやん? そん時、嫌になったまま長いことおんの寂しいでしょ?」
そんな方々に逸れている感のある竜崎の説明を読み解くべく問われた神崎の問いかけに、竜崎は頭に手を当てながら、ワールドグランプリでの一件の時の思いの丈をぶつけた。
そう、誰もが一度は感じる筈だ。
ふとした時から「思う様に勝てなくなった」との挫折を。あんなに楽しかった筈のデュエルが楽しくなくなる瞬間を。
「ワイはこれでも全国2位やから遅めにぶち当たった壁やけど、大抵早い目に感じとるぅ思うんすよ。やから、なんや力になれたらエエな考えたんですけど……無理ですかね?」
それが幼少時ともなれば、より乗り越えるハードルは高くなることは明白。
「つまり、デュエル流派そのものではなく、『デュエル道場』が欲しい訳ですか」
「それ! それなんですよ! でも道場作っても維持できんと意味ないでしょ? せやから、なんや『流派』いるやろなぁ――って」
そうして定まった話に竜崎は勢いよく椅子から立ち上がるも、周囲の視線からおずおずと席に座り、肩を小さくさせた。
「流派の教え自体は常識的である限り、さしたる制限はありませんので、竜崎くんは『道場の維持』をどう成すかを考えるべきかと」
「えぇ~? そないなこと急に言われても……えーと、ガキンチョ集めるってことは、アレでしょ? オトン、オカンが『子供を預けてもエエ』思って貰えんと駄目ですし……なら、託児所?」
やがて詳細を詰めることを促され、竜崎は頭を抱えながら方向性を定めていくが、いまいち自信はない答えしか出てこない。
「託児所……ですか」
「す、すんません、適当言うて! ワイの中でもあんま形になっとらんので――」
「面白いかもしれませんね」
「へ?」
だが、神崎は竜崎の語るイメージを当人を余所に掴み始めていた。
平たく言ってしまえば、竜崎が目指す先に一番近いのは学童保育――所謂、「放課後クラブ」または「児童クラブ」などと呼ばれるものだ。放課後、子供が立ち寄れる遊び場のような立ち位置。
「とはいえ、私は門外漢ですし…………ヴァロンくんに相談してみては? 彼も其方方面を目指していますから、知恵を貸してくれると思いますよ」
ゆえに、自分よりも適した相談相手を神崎は紹介した。なにせ、ぶっちゃけた話、仕事優先の神崎に子育て周りの分野は向いていない。
――そういや、ワールドグランプリの時にそんなこと言っとった気が……
「うーん……よっしゃ! ほな、頼んでみます! 助かりましたわ!」
やがて、僅かに悩む仕草を見せた竜崎だが、ヴァロンの人となりは承知しているゆえに神崎に礼を告げつつ、今は不確かな己の目標目指して駆けていった。
――なんとか、それらしい道を示せて良かった……殆ど丸投げですけど。
笑顔の裏で、冷や汗を流す神崎を余所に。
そう、デュエリストへの理解が微妙に食い違っている神崎に「デュエル流派」とか言われても答えようがないのだ。
そんなお昼時も過ぎた頃、オカルト課の研究ブースの緊急事態を知らせるシグナルが神崎の元に届く。日夜様々な研究がなされているオカルト課だが、予期せぬ事態は常について回る。
ゆえに、緊急事態に見舞われた地下の研究ブースの一つに急行した神崎の視界には――
「何事ですか!」
「これは神崎殿! デュエルエナジーが生物に与える影響を研究していたのですが、過剰摂取した場合、肉体の肥大化を及ぼすのです!! ですが、その肥大化の割合に筋肉が多かったため、全身がほぼ筋肉であるタコを素体として研究し――」
超デカいタコの手足が生える灰色の球体と格闘している研究員たちが映った。圧倒的カオスがそこにはあった。
ツバインシュタイン博士が何やら説明しているが、要領を得ない。
「問題となっている部分の提示を!!」
「後付けの外殻によって外界との影響を遮断しており、外部からの干渉を受け付けず、手が付けられません! 恐らく電波の類も遮断していると思われ、それにより緊急停止信号を受けぬ状態であるかと推察されますが、己に向かう周波数を変化させている説も――」
ゆえに問題となる部分だけを抽出しようとした神崎だが、返ってきたツバインシュタイン博士も原因を完全に特定できていないのか、明瞭さには欠ける。
「手短に!!」
「――たこ焼きのような状態になっております!」
――た、たこ焼き!?
その為、可能な限り簡潔に現状の説明を求めたが、逆に訳のわからない答えが飛んできた。そんな神崎の内心の驚愕の声を余所に、ツバインシュタイン博士の熱弁は続く。
「生地に覆われているゆえに、本体であるタコの部分にあらゆる干渉が届きません!!」
平たく言えば、巨大なたこ焼き(っぽい)の化け物の「タコの部分」を倒せ――そういう話である。
「一度、自爆させたのですが、内部のエネルギーを体外に排出され――」
「破棄します。構いませんね」
「ですから! それが叶わないと今お話し――」
そうして理解を放棄したような神崎の言葉に、ツバインシュタイン博士が何かを言うよりも早く――
大きく仰け反った状態で上空に吹っ飛んだ巨大なタコが木端微塵に砕け散っていた。
やがて高めの天井にぶつかったと同時にタコの切り身が落ちてくるが、研究員たちの視線はアッパーカットでも打ち上げたように右拳を天に向ける神崎の姿を捉えて離さない。
「ア、アレを……殴り……飛ばした……?」
「後処理を」
そして、かなり遅れて現状を把握した新入りの研究員の呟きを余所に、ハンカチで手を拭いながら言葉短く返す神崎。
その姿に、ツバインシュタイン博士を含めた研究員は慌ただしく後処理に動き出す。
そう、潤沢な資金、喉から手が出る程の素体の提供、自由に研究させてくれる環境。そして――
何が暴走しても、この人ならぶっ飛ばしてくれる――そんな信頼感が彼ら研究者たちを、このオカルト課に所属させるのだ。
そんな騒動も何とか収まり、仕事に明け暮れ続けた結果――今や日も暮れ始めた夕方頃、そろそろ終業時刻が近づく中、神崎は「要望書」と書かれた書類の束と格闘していた。
――《モウヤンのカレー》に、《ブルー・ポーション》の追加注文に……はいはい、この辺りはいつも通りか……
内心で神崎が読み上げるように書類の束の正体は「精霊界での物資調達」の要望書である。
精霊界での不可思議なものを研究することで、医療技術などをもたらしてきたオカルト課にとって生命線とも言える部分だ。
ゆえにツバインシュタイン博士たちの要望は可能な限り応えたいところだが――
――うぉ……《黒き覚醒のエルドリクシル》、《命の水》、《賢者の宝石》、《天使の生き血》、《クローン複製》技術の詳細って、大分暴走している人いる……『不可』っと。
明らかにアウトな案件に手を伸ばす者もいる為、最終チェックは欠かせない。
なにせ、精霊界側が本気になれば人間の世界など一瞬で消し飛ばされるのだから。
――《礫岩の霊長-コングレード》の外皮の一部は、鉱石系の研究なんだろうけど、霊使いのブロマイドって……こっちは『不可』と。
やがて要望書のチェックを終えた神崎は書類の束を纏めて席を立ち、かつてレインが侵入の際に通っていた隠し扉を通り、精霊界との顔繋ぎをしてくれる相手の元へと歩を進めた。
――暴走気味な一人は、後でツバインシュタイン博士に報告しておかないと……最悪の場合はあまり考えたくないな。
そうして移動の最中、「鳥カゴ」と称される保養地へと意識を向けつつ、ある一室に入った神崎は目当ての相手であるギース――
「ギース、《サクリファイス》に精霊界での資源搬入を頼みたいのですが、調子は問題ありませんか?」
ではなく、そのギースの背後で浮かぶ巨大な翼の生えたどこか独楽に似た形の異形のモンスター《サクリファイス》の様子を問う神崎。
「はっ、至って平常通りです」
「それは良かった。では《サクリファイス》、ついて来てくれますか?」
「済まんな、《サクリファイス》。お前にばかり頼ってしまって――では、私は外で待ちますので」
やがて、案ずるギースの声にグッと爪のような指を立てる《サクリファイス》を引き連れ、一室の奥にあった無駄に重い重厚な扉を人力で神崎が開けた後――
「此方が今回のリストと代金になります。代金が足りなければ、いつものようにリストの下から切り捨ててください」
KCが所有する精霊界へのゲートの前に立った神崎は《サクリファイス》に必要なものを渡し、物資調達を願いでた。
そう、オカルト課では、基本的にギースと共にいる精霊である《サクリファイス》が精霊界に赴き、仕入れをしている。
精霊たちが人間の世界に表立って姿を現していないように、人間も精霊界に表立って目立つ真似はしない――それが神崎の方針。
ペガサスに押し切られ約束したとはいえ、精霊界は気軽に来れる観光地ではないのだ。「精霊が住まう地」である以上、郷に入っては郷に従うのが道理。
と、それらしい主張を並べてはいるが、先にも語ったように人間の兵器を鼻で嗤えるような神クラスの力を振るえる相手がいるゆえ「怒りを買わないように」との情けない理由で徹底しているだけだが。
そんな神崎の思惑を余所に、《サクリファイス》は手ぶり身振りや、写真を取り出し、「任せてくれ」とばかりに訴える姿へ神崎は発される感情を読み取り、苦心した内心を隠しつつ相槌を打つ。
「《猿魔王ゼーマン》さんに助けて貰った――そうですか。友好の輪が広がって良かったですね。写真も撮った? 見せてくれるのですか? では失礼して」
――覇王軍五人衆!?
だが、そんなコミュニケーションの最中、写真の中で《サクリファイス》と並ぶ精霊たちの姿に、神崎の内心は驚きに満ち溢れた。
そう、原作ブレイクタイムである。
覇王軍五人衆――闇落ちしたGX主人公こと覇王十代に付き従う《カオス・ソーサラー》、《スカル・ビショップ》、《ガーディアン・バオウ》、《熟練の黒魔術師》、《熟練の白魔導師》の5体の精霊たちである。
GXの高い実力を持ったデュエリストたち相手に《究極完全体グレート・モス》を呼び出す《カオス・ソーサラー》に、オブライエンのライフを後1歩まで追い詰めた《スカル・ビショップ》など、実力者が多い。
またまた原作ブレイクが神崎を襲う。とはいえ、これに関しては、覇王十代を生む切っ掛けとなる暗黒界たちの問題が解決された以上、予測できる範囲だが。
「か、彼らは――三騎士軍五人衆……ですか。どういった方々なので?」
しかし、どちらかと言えば「悪党」に分類される彼らが、正義側の伝説の三騎士たちの元に身を寄せていたのは予想外であった。長いものに巻かれたのだろうか。
「成程、小隊長の方々でしたか。えっ? 出世コースから外れ気味な方たち? 精霊界でも、そういった気苦労は同じですね」
やがて頑張って《サクリファイス》の言葉なき訴えを読み取った神崎は「成程」と頷いて見せる。
――まぁ、忠誠心皆無な精霊たちだったからな……
そう、神崎の内心の声が示すように、五人衆の1人《ガーディアン・バオウ》は、覇王の力を失った十代に「今なら勝てる!」と強襲するくらいの忠誠心のなさである。
言ってしまえば、覇王十代の強さに従っていただけの面々だ。他に「強い相手」がいれば、其方に流れることは自明の理であろう。
そんなこんなで雑談もそこそこに、精霊界へと旅立って行った《サクリファイス》を見送った神崎はギースに一言告げた後、表のオフィスに戻って仕事に没頭していく。
そうして無事終業時刻を迎えた頃、ホワイト職場ゆえに定時で社員たちが帰路や飲み会に赴く様子を眺めつつ、精霊界で活動中のゼーマンの元へ向かう算段を立てる中――
「神崎、少し良いかな?」
「どうかしましたか、乃亜? なにか問題でも?」
乃亜に呼び止められた神崎は足を止めた。
そして、よもや緊急事態でも起こったのかと内心のハラハラを隠しながら何食わぬ笑顔を向ける神崎に、乃亜は肩をすくめながら要件を語る。
「心配ご無用さ。ただの来客だよ――飛び切りのビッグネームだけどね」
「ビッグネーム?」
「武藤 遊戯――デュエルキング様のおなりだよ」
――!?
だが何気なしに乃亜から告げられた名前に神崎の笑顔はピシリと固まった。
「今回は一体なんの用でしょうか……」
「さぁね? なにやら真剣な顔つきだったから、大事な話じゃないかな?」
「……そうですか。直ぐに伺いますね」
しかし、すぐさま悩まし気な声で表情の変化を誤魔化しつつ、乃亜に一声かけて来客の元へ向かう神崎。
とはいえ、当人の心境は行動程に平然とは出来ていない。
遊戯がどれだけ神崎へ優しい心を向けようとも、神崎はそれを盲信することはない。打算に溺れ、信じる心を忘れてしまった神崎に誰かを心の底から信じることは叶わないのだ。
ゆえに、武藤 遊戯が訪ねてくる度に彼の心は恐怖で揺さぶられる。
まさか、己が一線を踏み越えた情報を入手したのではないか、と。
まさか、己が冥界の王と一体化したことがバレたのではないか、と。
まさか、原作知識がどこからか漏洩し、世界に絶望したついでに原因である己を処理しに来たのではないか、と。
そんな彼の気持ちを言葉にするのなら、恐怖を誤魔化す為に少しばかりふざけた言葉にして評するべきだろう。
そう――
マインドクラッシュは勘弁な!
なんて、具合に。
「お待たせしてしまい申し訳ありません、武藤くん」
今日も今日とて神崎は営業スマイルの裏でガクブル震える毎日を過ごすのだった。
これにてDSOD編、完結となります。
そして遊戯王DM編、遂に完結!!
長らく、お付き合い頂き、ありがとうございます!
此処まで書き切れたのは読者の皆様方のお声があってのこと!
重ねて感謝の言葉を送らせて頂きます! 本当にありがとうございました!
(IF話の後の)GX編も、よろしくして頂ければ幸いです<(_ _)>