マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
???「ハハハハハ! アモォォン!! 今のキミは選択を迫られているのだよ! 絶対的な運命に!!

地に落ちた審判者の後を追ったところで、キミに待つのは己だけでは輝けぬ月と化すだけ

キミは王を! 皇帝を目指すのだろう? ならば、見上げるべきは天上の太陽の輝き!

そこにこそ、キミが求める道がある! さぁ、アモン! 選択の時だ!

大いなる運命の輪に身を任せ、王の道を行くが良い! フハハハハ! ハハハハハハハ!!」





第223話 人柱

 

 

 降りしきる雨の中、斎王は幼い身体に鞭を打ち、妹の美寿知の手を取って裏路地を駆ける。

 

 未来を見通す特異な力をもって生まれた彼らへ世界が向けたものは悪意だけだった。力ゆえに迫害を受け、その力を悪用しようとする面々に狙われる日々。

 

 それらの悪意から自分たちを守れるのは、その原因たる未来を見通す力なのだから救えない。

 

 

 だが、未だ幼い彼らの体力は有限であることを示すように、まず美寿知の足が止まり、手を取っていたゆえに連鎖的に一時足を止めた斎王の身体にも一気に疲労の波が押し寄せる。

 

 そうして暫し休息を身体が求め始めた中、パシャリと水溜りを踏む音が響いた。

 

 ゆえに咄嗟に美寿知を己の後ろに隠した斎王が視線を向ければ、その先にいるのは貼り付けた笑顔で傘をさす男。

 

「こんにちは、斎王 琢磨さんに、斎王 美寿知さんですね? 私はKCに在籍させて頂いている神崎と申します」

 

――この男が、逆位置のHANGED MAN(ハングドマン)……赤き翼に焼かれる運命を持つ男……

 

 そうして挨拶の後に一礼する人物に斎王は見覚えがあった。己が未来を占った際に判明した自分たちへの追手の一人。

 

 捻じれに捻じれた運命に吊るされた者(ハングドマン)

 

 

 斎王は警戒するようにジリジリと距離を取り始める。なにせ相手の笑顔の瞳の奥は生き物を見る目ではない。品定めでもするような視線を余所に斎王は見通した未来との差異へ頭を回す。

 

 そう、彼が此処にいる筈がなかった。見通した未来では国外にいる筈の人間が、なぜ自分たちの前にいるのか――そんな見通した未来を無視する相手の異様さに斎王の後ろで美寿知が不安げに裾を握る手の力が強くなる。

 

「何故、此処にいる。今日の貴方は――」

 

「――別の場所にいる筈だった? 便利ですね。それも占いで調べたのですか?」

 

 やがて未知を既知にして恐れを払おうとした斎王の問いを遮る形で神崎が、驚いた様子を見せるが、対する斎王は沈黙で返す。

 

 そして相手の異能を警戒し、重たい空気が続く中、神崎は警戒心を解くような朗らかな声色で口火を切った。

 

「簡単ですよ。貴方たちより、私の足の方が早い――だから後から動いても追い付ける。たったそれだけの話です」

 

 しかし語られるのは斎王からすれば、ふざけているようにしか思えなかった。

 

 今回の話は、子供と大人の身体能力の差で、どうこう出来る話ではない。ゆえに時間稼ぎと判断した斎王は、相手の異能よりもこの場から脱する方向に意識を向け始めるが――

 

「逃げられますか? 構いませんよ。無理強いは致しません。ですが、いつまで逃げ続けるおつもりなのでしょう?」

 

 その斎王の意識の隙間を縫うように神崎の言葉が届く。

 

「まともな暮らしは叶わず。いつ終わるともしれない逃亡生活――お辛いでしょうね」

 

 そんなことは神崎に言われずとも斎王自身がよく分かっている話だ。

 

 斎王とて、いつまでも悪意と迫害から逃げ続けるつもりはない。時が来れば、未来を見通す力を活用して己の身を立てる術くらいは用意している。

 

 しかし、それは「今」ではない。斎王たちを狙う人間の興味が薄れ、ほとぼりが冷めたその時。

 

 ゆえに不安げに己を見やる美寿知の視線に、斎王は己の喉から絞り出すように声を漏らした。

 

「貴方の軍門に降れ……と、でも言いたいのか?」

 

「『軍門』だなんてとんでもない――『保護』ですよ。貴方とて妹さんには真っ当な暮らしをさせてあげたいでしょう?」

 

 そうして斎王は「相手が望む」であろう言葉を返したにもかかわらず、神崎は小さく首を横に振って否定を返す。

 

 一時、仲間になった振りをして折をみて逃げることを企む斎王は、相手の目的を探るべく、お綺麗な言葉をうそぶく相手へ一石を投じた。

 

「………………何を見通せば良い」

 

「? あぁ、成程。貴方は勘違いしておられるようだ」

 

「……勘違い?」

 

 しかし、「未来を見通す」との誰もが飛びつくであろう話題に、合点がいったとポンと手を叩く神崎の姿へ、斎王は訝し気な視線を向けるが――

 

 

 

「――私は貴方の特異な力に興味はありません」

 

 

 神崎から語られた発言に、斎王の眉は跳ねる。前提が崩れた。

 

「なんだと?」

 

「私の懸念は一つ。貴方が余所の陣営に与することで、此方の痛い腹を探りに動かれること」

 

 そう、多くの人間が斎王たちの未来予知という「能力を利用する」為に動いているだろうが、神崎の目的は「能力を利用しない」点にある。

 

 未来を見通すメリットよりも、未来を探られないメリットを取ったのだ。「原作知識」という疑似的な未来情報を有していることから、無理に斎王たちの力を求める必要がないゆえの決定。

 

「もし、そうなれば此方も相応の対応を取らせていただく他ありません」

 

 だが、それは同時に「斎王に敵対されると困る」事情をはらんでいることをも意味する。「無理強いはしない」と言いつつも、言外に脅し染みた思惑が見え隠れしていた。

 

「では、そろそろお答えを頂きましょうか」

 

 そうして突き付けられる神崎の言葉に斎王は選択を迫られる。

 

 

 保護に入るか、

 

 このまま当てのない逃亡生活を続けるか。

 

 

 

 KCの陣営に入るか、

 

 他の陣営に入り、KCと争う道を取るか。

 

 

「繰り返しますが、無理強いは致しません。お好きなようになさってください」

 

 

 選ぶのは貴方。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――強引に保護して後が拗れるより、彼らの意思を尊重した方が良いだろう。

 

 とはいえ、斎王たちの未来を見通す力でガン逃げされると、神崎も後手に回らされたゆえ、相手の「自発的な選択」に任せる方針になっただけだが、詮無き話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな過去も置いておき、知らぬ間に巻き戻させて貰った時間を、元に戻せば――

 

 

 

 KCのオカルト課を歩くアモンの背を追いかける十代は周囲をキョロキョロ見やりつつ未知に目を輝かせながら、これから行く先への期待を高ぶらせていた。

 

「なぁ、アモン! どこ行くんだ!? 面白いものってどんなやつ!? お前が此処に呼ばれた理由って!?」

 

「此処だ。社員用のデュエル訓練場になる」

 

 そんな矢継ぎ早な質問の雨の中、アモンが足を止めたのは観客代わりに機材が周囲を取り囲むデュエルフィールドのある訓練場。

 

「へぇ~、此処でデュエルすんのか……じゃぁ、俺とデュエルしようぜ、アモン!!」

 

 やがて相手の意図を理解した十代がデュエルディスクを片手にアモンの手を引くが、その手をアモンは弾いて訓練場の一角を指さした。

 

「此処での相手は人間じゃない。アレだ」

 

「アレって? アレ――うぉー! ロボットだ!! かっくいいー!! これとデュエルできんのか!? スゲー!!」

 

『無邪気な十代も可愛いなぁ……』

 

 その先の壁に埋め込まれたデュエルディスクが装着されたロボットに目を輝かせる十代。メカ・ロボットは少年心を掴んで離さない。

 

 

――十代の実力が定かではない以上、レベルは最低値にしておこうか。

 

「先に遊んでいていいよ。ボクはキミのデュエルを見てからにする」

 

「おう! じゃぁ、行こうぜ、ユベル!!」

 

『……キミは本当にデュエルが好きだね』

 

 そうして機材の一つを操作するアモンに促されるままにデュエル場にユベルを引き連れ駆けていく十代は、早速とばかりにデュエルディスクを展開させ、デッキをセットした。

 

 

 

 

 やがて、デュエルロボに勝利した十代はガッツポーズを取った後、人差し指と中指を揃えて伸ばしてデュエルロボに向けて健闘を称え、アモンの方を見やるが――

 

 

「おっしゃー! 俺の勝ちー!! ガッチャ! どうだ、アモン! 俺の――」

 

「ほい、確保」

 

「げっ、牛尾!? なんで此処に!?」

 

「なんでだろうなぁ?」

 

 いつの間にかデュエル場にいた牛尾に首根っこを引っ掴まれ、十代が宙で手足をぶらりとさせる光景にユベルはアモンを疑うが――

 

『クッ、まさかアモンのヤツが――』

 

「残念ながら違うとも、EMPRESS(エンプレス)

 

『次から次へと……今度は誰だい?』

 

 そのユベルの矛先は、靴音を響かせながら歩み出た斎王の姿によって制される。

 

――これが例の逆位置の女帝(エンプレス)……か。

 

「私は斎王――斎王 琢磨。キミたちがお探しの『精霊が見える者』と言えば満足して貰えるかな」

 

 やがて宙に浮かぶユベルをしかと視線を向けて認識した斎王は、牛尾に首根っこをつままれた十代へ、自己紹介して見せた。

 

「おっ! お前がそうなのか! 俺、遊城 十代! よろしくな!!」

 

「つーか、『待ってろ』って言っただろうが……ったく、手間とらせやがって……」

 

「えぇー! だって此処に俺と同じ『精霊が見える』人いるんだろ!! 早く会いたいじゃん!!」

 

 そうしてつままれたまま手を上げ名乗り返す十代が、牛尾の手から降ろされながら苦言を呈されるも、当人はどこ吹く風。

 

 

「嘘吐け、お前『探検』がどうとか言ってたらしいじゃねぇか!」

 

「それは、それだよ! こんな広いとこ、探検するに決まってるだろ!」

 

「決まってねぇよ!」

 

 牛尾のお叱りの言葉にも俺ルールで返す十代。「子供は理屈では動かぬ」とは誰の言葉か。

 

『なんだいコイツ、ボクの十代に馴れ馴れしい……やっぱりこんな場所、十代には不要だね。適当に何人か痛い目に遭わせて、分からせてあげるよ』

 

 しかし、十代を叱る牛尾に苛立ちを見せたユベルが、掌から黒いエネルギー波を放った――が、それが牛尾を貫くことはなく、地面に着弾して小さな煙を上げるに留まる。

 

「遊城くん見つかりました? あぁ、良かった。いやはや、怪我もなくて本当に良かったです……」

 

 そんな中、親指を弾いたように右拳を握る神崎が、安堵の息を漏らしながら現れた。

 

『……? 外した? ボクがこの距離で?』

 

「遊城 十代くんですね? 私は神崎 (うつほ)と言います。今日は――」

 

「おっちゃんも精霊が見える人?」

 

「はい、見える人間を社内から集めるのに手間取ってしまって、お待たせしてしまったようですね」

 

 やがて十代に駆け寄った神崎がしゃがんで膝立ちしながら、状況を説明しつつ謝罪を入れ――

 

「急にいなくなったとの話を聞いて、心配しましたよ」

 

 ここぞとばかりに「心配していました」アピール。これにより罪悪感を植え付けられた十代は、牛尾の時とは打って変わって目を伏せる。幼気な少年にする所業ではない。

 

「あっ……ゴメン」

 

「いえ、無事であったのなら構いませんよ。ただ、次は近くの社員に一声かけてから探検してくださいね」

 

「おう!」

 

「本当に分かってんのか、コイツ……」

 

 だが、イイ感じに締めくくられた話に元気よく返事をする十代を余所に、牛尾は訝し気に呟いていた。なんというか全体的に軽い。

 

『おい、十代を馬鹿にするような発言は取り消して貰おうか』

 

「牛尾くんは見えない人ですから、伝わっていませんよ」

 

 しかし、そうした牛尾の発言は先程からユベルの怒りのボルテージを高めるばかり。とはいえ、神崎の言うように「精霊が見えない」牛尾に知る由はないのだが。

 

「そうなの? 牛尾は見えないのか」

 

「俺は人手が足りねぇから駆り出されただけだからな――じゃぁ、神崎さん、俺は戻りますんで。アモン、お前も来い」

 

 やがて十代の疑問に、ため息交じりに返した牛尾は小さく会釈しつつアモンを連れて己が仕事に戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして「精霊が見える」社内の人間を応接室に集めた神崎は、十代の両親からオカルト課に依頼された問題の解決の為の話し合いの場を用意した。

 

「ギース・ハントだ。此方は私の友人、《サクリファイス》になる」

 

「よろしくな、《サクリファイス》! でも斎王以外は、おっさんばっかりだな」

 

「仕方のないことだよ、十代。此処は会社という大人の集まりだからね」

 

 とはいえ、この場にいる十代とユベル以外のオカルト課の面々はギース、斎王、神崎の3人だけだが。オカルト課でも意外に「精霊が見える人」は少ないのだ。

 

「今回はユベルさんの行動について遊城くんのご両親から依頼を受けた形になります――ギース」

 

「ハッ、被害に遭ったのは3名。クラスメイトが2人、近所の大学生が1人。いずれも精神にダメージを負い意識のない状態でしたが、先日、治療の甲斐あって復調が見られたとのことです」

 

 そして神崎に促され、ギースは十代によって――いや、ユベルによってと言うべきか――及ぼされた事件について語り出す。

 

「3名とも遊城少年を恨んでいる様子はなく、大事にはしたくないとのことから、内々に処理されました。発端は『遊城少年がデュエルで負けたこと』――調査の結果、彼と共にいる精霊であるユベルの仕業であると断定されました」

 

「みんな、元気になったのか!?」

 

 そんな中、今回の件にどこか責任を感じていた十代が、ユベルの被害に遭った面々の無事を喜ぶ姿に、神崎も笑顔で肯定するが――

 

「はい、クラスメイトの方は『また遊城くんとデュエルできたら』と話していたそうですよ」

 

「ホント!?」

 

「十代、残念ながら今のままでは、その願いが叶うことはない」

 

「ああ、彼が最後の一線は越えていなくとも、瀬戸際に立っている事実に変わりはないからな」

 

 斎王とギースから厳しい現実が突き付けられた。このままユベルの暴走を許していれば、いずれ人的被害は甚大なものになることは誰の目にも明らかだ。

 

「なら、どうすれば……」

 

「ですので、今回はユベルさんが『どうして、そんなことをしたのか?』話し合ってみましょう。我々も微力ながら力をお貸ししますので」

 

「……うん、わかった」

 

 そうして神崎の口車に乗せられた十代は宙に浮かぶユベルへ、緊張した様子で問いかける。

 

「なぁ、ユベル、なんであんなことしたんだ?」

 

『当然じゃないか。アイツらはキミを悲しませたんだ――だから、ボクが灸をすえてやったのさ』

 

「俺はそんなこと頼んでいない!」

 

『ボクはキミを守りたいんだ。ボクの愛しい愛しい十代、キミを傷つけるヤツなんていらない……そうだろう?』

 

「傷……ついた?」

 

『キミがアイツらにデュエルで負けて、悲しそうな顔をしていたじゃないか。辛い気持ちがボクにも伝わってきたよ? こんなの、見て見ぬ振り何て出来ないよ!!』

 

 しかし何度問いを繰り返そうともユベルの熱に浮かされたような言葉は幼い十代には理解の外だった。

 

「なんだよ、それ……そんな理由でお前は――」

 

「ユベルさん、少し構いませんか?」

 

 ゆえに拒絶の意がこもった言葉が十代から出かけた段階で神崎はユベルに一声かける。

 

『ボクは十代と話してるんだ。割って入らないで――』

 

「このままでは十代くんの命が危ないですよ」

 

「えっ?」

 

 そしてユベルの許可を得ることなく告げられた言葉は、十代からすれば飛躍し過ぎた話。それはユベルも同じだったのか訝し気に神崎を睨む。

 

『……何が言いたいんだい?』

 

「人間だって馬鹿ではありません。このままユベルさんが他者を害し続ければ、危険視され、排斥の流れが生まれるでしょう」

 

『ボクが後れを取るとでも?』

 

「ユベルさんが如何に強くとも、遊城くんはあくまで脆い人間ですよ」

 

『ハッ、分かってないね。誰が何人来ようが、ボクの十代に手を出させる訳がないじゃないか』

 

 しかし話を紐解けば「聞く価値もなかった」とユベルは鼻で嗤って見せる。遥か遠い過去にユベルは大切な人(十代)を守る為に人の姿を捨て竜の鱗をその身に纏ったのだ。

 

 その力は類い稀なものであり、ユベルがそう自負を持つだけの強力さはある。

 

「ギース」

 

 だが、そう己が力を誇示するユベルの背後でパリンと花瓶の割れる音がした為、この場の一同が振り向けば《サクリファイス》が花瓶を地面に落とした姿が視界に入る。

 

『お前、何がしたいん――』

 

「――冷たッ!?」

 

 そんな意識の隙間を縫うように、十代の顔に水がかかっていた。

 

『十代!? お前、十代に何を――』

 

「水鉄砲です。遊城くん、タオルをどうぞ」

 

「ふっ、これでは守り通すのは厳しいと言わざるを得ないな」

 

 明確な怒りを見せるユベルを余所に十代にタオルを手渡す神崎の代わりに、発言した斎王の言葉が現状を端的に表していた。

 

 やがて神崎がちゃちな水鉄砲をテーブルの上に置きながらユベルへ今一度向き直って語る。

 

「ユベルさんが思っている以上に人間は脆い生き物です。小さな銃弾一つで、少量の毒一つで簡単に死んでしまう」

 

『お前、そんなに死にたいのか……!!』

 

「いえ、ご理解頂きたかっただけですよ。貴方が本気になれば『誰でも殺せる』――ですが、その場合、遊城くんは『確実に殺される』」

 

 だが、対するユベルは神崎への怒りを募らせるばかり。それはユベルにとっても最悪の事態を提示されても変わらない。

 

『……ああ、よぉーく分かったよ』

 

 そして己を落ち着かせるように大きく息を吐いたユベルは明確な敵意を示す。

 

『この世界にボクと十代以外は必要ない、ってね。他の奴らなんていらない。ボクたち以外、誰もいない世界で二人っきりで暮らせばいいんだ』

 

「つまりユベル。キミは十代と共に隠れ潜み、彼に不自由を強いると?」

 

『勘違いするなよ、斎王。ボクが十代にそんな肩身の狭い思いをさせる訳がないじゃないか――消えるのはキミたちだよ』

 

 そう、ユベルは「遊城 十代」以外の全てへ毛ほどの興味はない。誰が何人死のうが消えようが、その心に波一つ立たないだろう。むしろ「邪魔者がいなくなった」と喜ぶ程だ。

 

「やぶ蛇だったようだね、神崎」

 

「勝てる公算があるのか?」

 

『公算? そんなもの必要ないよ。十代の愛があれば、ボクは幾らでも強くなれる! さぁ、十代! 一緒にボクとキミだけの世界を作ろうじゃないか!!』

 

 現実的な話に焦点をあてたギースの言葉もユベルをためらわせるには至らない。いや、実際にユベルの精霊のポテンシャルを考えれば「不可能ではない」と言えてしまうあたり質が悪いくらいだ。

 

「や、止めろよ、ユベル! そんなこと――」

 

『分かっているよ、十代――こいつらに無理強いさせられているんだろう? ボクはキミのことならなんでもお見通しさ。キミはボクが守って見せる!』

 

 それに加え、当人曰く「愛しの十代」の声ですらユベルを止めるには至らない。「大切な人の為に」と語りながら盲目的に自己の欲求を通そうとする行為は「愛」と呼ぶにはあまりにも身勝手で、身勝手ゆえに議論の余地が介在しない。

 

「そうじゃないんだ、ユベル! 俺はみんなと楽しくデュエル――」

 

『勿論だよ! キミの望みは全て叶えて上げる! このボクが!! 他の奴らなんていらない! デュエルでも何でも、キミはボクだけを見てくれれば良い!!』

 

「よろしいんじゃないでしょうか?」

 

「ユベル! どうして分――えっ?」

 

 だが、此処で神崎は打って変わって「いいアイデアだ」と言わんばかりにユベルの主張に迎合し始めた。これには、ユベルも神崎へ警戒するような眼差しを向ける。

 

『…………今度は何を企んでいるんだい?』

 

「いえ、ユベルさんの望む世界を差し上げようかと思いまして。貴方も今から全人類を相手にするなんて、面倒でしょう?」

 

『まるでキミが世界を所持しているような言い方だね』

 

「お待ちください!! あの場所は――」

 

「ギース」

 

「――っ……」

 

 そんな神崎の提案を制止するように声を荒げたギースだが、その発言は言葉短くすぐさま封殺された。

 

「では、場所を移動しましょうか」

 

「ど、どこ行くんだ?」

 

「遊城くん――探検しましょう」

 

 やがて席を立った神崎の先導の元、不安げな声を漏らす十代を引き連れ、一同は移動こと探検に旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして無駄に重量のある扉を幾つも開けた先にあった異次元のゲートを通り、たどり着いたのは――

 

「うぉー! すげぇー!! なんだ此処!?」

 

 十代の視界一杯に広がるのは広大な砂漠と、澄んだ青空に宙に浮かぶ岩島のある不思議な世界。

 

「『プラナ次元』と呼ばれる場所です。『プラナ』と呼ばれる特殊な力を持つ人間が暮らしておりましたが、力の維持が叶わなくなった為、今は完全に無人となっております」

 

 そう、神崎が説明した通り、かつてセラたちが住んでいたプラナ次元である。

 

 本来であれば、次元上昇により理想郷になる筈だったが、アテムが冥界から短期間とは言え出てしまった為、今は普通の人間が生活するには向いていない世界だ。

 

 とはいえ、此処での活動は特殊な力「プラナーズマインド」がなければ、色々苦労する部分が多い。

 

 

「争いの種にしかなりませんから永遠に秘匿する予定でした――ですが、ユベルさんが引き取ってくださるのなら此方としても喜ばしいお話ですので」

 

 だが「手付かずな広大な空間」というだけで、その価値は計り知れない。情報が洩れれば、どうなるかなど火を見るよりも明らかだ。ギースが制止の声を荒げる理由も分かるというもの。

 

 そんな代物をポンと渡されたユベルは、砂漠を走り回る十代を眺めつつ暫し考え込む仕草の後――

 

『他に知っている人間は?』

 

「海馬社長とツバインシュタイン博士、そして此処にいる人間だけです」

 

『…………いいね。どうやらキミのことを誤解していたようだよ』

 

「お気になさらずに――仕事上、誤解されることには慣れていますから」

 

 軽い問答を通したユベルは何処か歪みの見える満足げな表情を浮かべながら神崎へと握手を果たす。

 

 やがて、そんな同盟とも言えぬ形だけのやり取りを即座に切り上げたユベルは、斎王と砂の城を作りながら戯れていた十代を背中越しに抱きしめながら耳元でささやく。

 

『やったよ、十代。キミとボクだけの世界だ。これからは誰にも邪魔されず永遠に一緒にいられるよ』

 

「ぇ? な、なに言ってんだよ、ユベル。俺、学校だって――」

 

「勉学ならこの世界でユベルさんに教われば良いじゃありませんか」

 

『そうだよ、十代。ボクがなんでも教えてあげる。何も心配しなくていい』

 

 そんなふって湧いた話に戸惑う十代の逃げ道を神崎の発言が塞ぎ、続けてささやくユベルの腕の力が僅かに強くなる。

 

「父さんと母さんだって――」

 

「ではご両親と会う日を作りましょう――タイミングはユベルさんにお任せします」

 

『……仕方がないけど、彼らがいなければ今の十代はないからね。そのくらいは大目に見てあげるよ』

 

 十代の逃げ場を崩すように、逃がさないように、謀略と歪んだ愛が十代の心を包んでいく。

 

「ご、ごはんとか、どうすんだよ! 家だって――」

 

「あらかじめ全てご用意させていただきます。ユベルさんは料理の方は?」

 

『任せてくれよ。十代、キミの好物だって作ってあげるさ』

 

「と、父さんと母さんは何て言ってたんだ! こんなのおかしいだろ!!」

 

 そんな重苦しさを感じる最中、十代は最後の希望とばかりに家族の存在を叫ぶ。子供が親を頼るのは当然の帰結であろう。もっとも――

 

「あなた方の件は一任されておりますので」

 

 十代とユベルの件の依頼者がその二人でなければ――の話ではあるが。

 

 我が子の周辺で不可思議な事件が起きれば、一般的には評判の良いその手の専門家であるオカルト課を十代の両親が信じて託すことも、また道理。

 

「な、なら――」

 

「どうしたんですか、遊城くん。まさかユベルさんと一緒に暮らすのが『嫌になってしまった』のですか?」

 

『おい、流石に今の言葉は看過できないな』

 

 そうして懸命に拒否の理由を探す十代へ、神崎から詰めの言葉が送られるが、それに対してユベルは若干ドスの効いた怒りをはらんだ声を響かせた。

 

 十代とユベル――二人は互いを一番に愛し合う絶対の絆に結ばれた関係。そこに「一緒に暮らすのが嫌」なんて可能性がある筈がない。あっていい筈がない。

 

 

 だが、それでも今の段階で十代があれこれ「できない」理屈を並べている状態に思い至ったユベルは、「もしも」の可能性が脳裏を過り不安げな声を漏らす。

 

『まさか、十代…………本当にボクのことが嫌いになっちゃったのかい?』

 

「それは…………違うけど」

 

『あぁ、そうだよね!! キミがボクのことを嫌いになる筈がないじゃないか! ……ゴメンよ。キミの愛を疑ってしまって』

 

 だが、そんな己の不安をすぐさま払拭してくれた十代の頭を胸に抱いたユベルは、何度もその頭を慈しむように撫でる中、神崎は助け船を出す。

 

「ですが遊城くんの心配も分かります。新天地での生活は不安になりますよね。ですから、『1週間』――試しに1週間だけ暮らしてみましょう」

 

 ただ、その助け舟は果たして十代に向けられたものなのか、ユベルに向けられたものなのか――その点は定かではない。

 

 

「遊城くん。長期休みが来たと思って1週間の間、此処で好きなだけ遊んでみる――これで、どうでしょうか?」

 

「1週……間」

 

 しかし結果的に暫しの熟考の後、首を縦に振った十代の決断にユベルが破顔したことだけは確かだった。

 

 

 

 

 

「恋ならぬ――愛は盲目と言ったところか」

 

 そんな去り際の斎王の言葉を最後に、諸々の準備を終えたプラナ次元と物質次元を繋いでいたゲートは閉じられる。

 

 そう、此処に文字通り二人()()の愛の巣が構築されたのだ。

 

 

 その行く末は果たして、どうなることやら。

 

 

 いや、ユベルの言葉を借りるなら、きっと「理想の世界」なのだろう。

 

 

 

 

 






ヤンデレには全肯定が効くって、ばっちゃが言ってた!!





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