マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
神崎「キミは鉄の腹(試験管)から生まれたのさ」

遊星「なん……だと……!?」

不動博士「騙されるな、遊星!!」





第233話 リザルト

 

 

 KCの己の仕事場にて、神崎は相変わらず仕事に明け暮れていた。いつもの光景である。

 

 

 だが、今日は一味違うとばかりに何処ぞから送られた一つの報告書を片手に取って手を止めた神崎。そこに記されていたのは――

 

「コブラさんの報告では、今年のアカデミア本校も影丸理事長の介入はなし――と」

 

――コブラさんがノース校にいれば、毎年の交流戦の際に本校の異変にも気づけると同時に増援にも駆けつけられると考えたが、此処まで詳細な情報が送られて来るとは……凄いなあの人。

 

 ノース校に教師として潜り込ませたコブラからの報告書に確かな手ごたえを感じていた。

 

 そう、神崎の「いい考え」とは、毎年行われるアカデミア本校とノース校の交流戦を利用したものだ。

 

 交流戦自体は高々1日程度のものだが、その道のプロフェッショナルであるコブラからすれば些細な問題。

 

 アカデミア本校で問題――生徒の失踪など――が確認されれば、すぐさまオカルト課に連絡が入ることだろう。

 

 

 教師としての仕事も、コブラの軍隊仕込みのカリキュラムをデュエルに落とし込み、「守りし者(マッスラー)」として覚醒した生徒たちが卒業していった後の評判を聞けば、否が応でも伺えようもの。

 

 

 だが、神崎には、気がかりな点があった。

 

 それは生徒たちと共にトレーニングした市ノ瀬校長が、鍛え抜かれたマッスルの化身となったことで、鮫島校長をドン引きさせたこと――では、勿論ない。

 

――ただ、大徳寺教諭が学園にいない点が気になる……警戒されたのだろうか? とはいえ、就任時期が原作でも不明な以上、今の時点では原作崩壊の影響なのか否かの判断がつかない。

 

 それがアカデミア本校に在籍する原作キャラ「大徳寺先生」が不在であった点。彼はGXにて、騒動の渦中の人物であり警戒対象ゆえに、この事実は見逃せない。

 

――藤原くんのご両親の事故も防いだし、リックくんのような心的外傷もなかった以上、大徳寺教諭が最後の懸念だが……今、焦っても仕方がないか。

 

 とはいえ、この時間軸では、原作主人公である十代はおろか、彼の先輩にあたる原作の面々すらアカデミアにいない為、シンプルに「考え過ぎ」の可能性もなくはないゆえ難しいところ。

 

 

 そうして考え込む神崎に、神崎の不在を任されまくっている為、殆どオカルト課のトップ同然の乃亜がため息交じりに仕事の手を止めた神崎の意識を引き戻しにかかった。

 

「影丸がそんなに気になるのかい? 確かに彼はアカデミア本校と懇意にしているようだけど、理事長としての職務を逸脱した行為は見せていないだろう?」

 

「いえ、随分ご高齢ですから、理事長職が負担になっていないか心配で……」

 

「心にもないことを――まぁ、ボクの方でも気を配っておいてあげようじゃないか」

 

 乃亜からすれば、神崎が此処まで影丸にこだわる理由が、やや疑問だった。確かに影丸はやり手の重鎮だが、既にかなりの高齢だ。意欲的な活動は、そう望めない。

 

「とはいえ、人は終わり(寿命による死)を感じた時、誰かに何かを託したくなるものだから、問題がない内は好きにさせてあげなよ」

 

 一度、人の生が終わりかけた乃亜だからこそ、それ()の前に立たされた相手に対し、鞭打つような真似は極力避けたいところだった。

 

 

 そうして大なり小なり「己の命を歪めた」過去のある二人の間に無言が続く中、淡々と書類が処理されていくところで、扉をノックする音が響く。

 

「失礼します――乃亜もいたのか」

 

「ボクがいると不都合なのかな?」

 

「なにかありましたか、ギース?」

 

「ですが……」

 

 やがて入室したギースが乃亜の姿をチラと見やり、神崎との間で視線を動かしながら言葉を濁した。なにやら機密にかかわる情報がある様子が伺える。

 

「構いませんよ。乃亜は、私がいなくなっても問題ないように諸々の部分を把握して頂いていますから」

 

「では――ペガサス会長から、子育てが落ち着きつつあり、将来的に纏まった時間が空く可能性が見えて来たとの話が。それゆえ精霊界への小旅行の件を進めておいて欲しいとのことです」

 

『大!!』

 

 しかし神崎が報告を促せば、オカルト課でもトップシークレットの1つ――精霊界の話題が花開く。

 

 計画だけはなされていたものの、色々機会に恵まれなかった件だ。

 

「ただ、サクリファイスからの話では、争乱も落ち着きつつあるとのことでしたが、ペガサス会長のお立場を考えると、やはり賛同できかねます」

 

「ボクも同意見だ。ペガサス会長はデュエルモンスターズの生みの親――万が一は避けたいところだね。平和とは程遠いんだろう?」

 

『変!!』

 

 そんなペガサスの小旅行に反対意見を述べるギースを、乃亜は援護する。

 

 ペガサス・J・クロフォード――デュエルモンスターズの生みの親と言っても過言ではない存在。人間の世界こと物質次元で最も影響力のある人物と言えよう。

 

 そして精霊界は、平和な地域もなくはないがトータルで言えば「人間には厳しい世界」と言わざるを得ない。そんな場所へ観光気分の旅行に行くなど、どうして承服できようか。

 

 神崎とて、それは理解している。どうにかして「中止にすべき」と過去は考えていた。だが、「今」は違う。

 

「いえ、むしろ彼には精霊の世界がどういったものか、直に感じて欲しいと思っていまして」

 

「デュエルモンスターズの発展の為にかい?」

 

「確かに精霊界ならば、見る力のない人間でも、精霊たちを知覚することは出来ますが……」

 

『だ!!』

 

「ん?」

 

 原作では、精霊が関わる騒動に巻き込まれたことで、その手の経験に事欠かなかったペガサスだが、現在の歪んだ歴史では違う。

 

 もし、歴史が歪んだことで消えてしまった経験が、「シンクロ召喚誕生の切っ掛け」になっていれば、最悪の可能性すらありえる。

 

 そんなもの「考え過ぎだ」と笑い飛ばせれば良かったが、己が原因で本来の歴史から歪みに歪んだ今のこの世界において、神崎はそこまで楽天的にはなれない。

 

 そして原作介入も神崎が止める気がない以上、ペガサスが望んだものは可能な限り手配するつもりであった。

 

 

「しかし、アカデミア・アメリカ校にペガサス会長の実子が入学とは……暫くは話題にこと欠かなさそうだね」

 

 

『――神崎ィ!!』

 

 

『――ウケケェ!!』

 

 

「やはり――ぶっ!?」

 

 だが、此処で膝を抱え、腕を交差させる映画で良くガラスを突き破るシーンな具合で――

 

 白い筋肉質な人型の肉体を持つHEROのネオスと、

 

 イルカ頭に青い筋肉質な人型の身体を持つアクア・ドルフィンが、この一室に乱入。

 

 そのあんまりな光景にギースは思わず吹き出した。ガラスが砕けた訳ではなく、すり抜けただけだが、それでもインパクトが強すぎる。

 

「ゲホッゲホ……何だ、この二――」

 

「ギース」

 

 乱入した精霊の襲来に反応を示すギースを即座に手で制した神崎へ、ネオスは焦った様子で駆け寄り――

 

『会議中だったか!? だが、ながらでも良いから一先ず聞いてくれ、神崎!』

 

「乃亜とペガサス会長の件の詳細を詰めておいてください」

 

 なにやら必死に訴えられながらも、神崎は席を立ち、この一室から退出する姿勢を見せた。

 

――お知り合いだったのか? いや、それも詮索するなと言うことか。

 

「……了解しました」

 

「乃亜、急用を思い出したので、後のことはお願いします」

 

「また、いつもの悪い癖かい? やれやれ、最近落ち着いてきたと思ったらコレだ」

 

「いつも済みません」

 

 やがて黙したギースから視線を切った神崎は、乃亜に営業スマイルで留守を頼んだ後、退出していった。

 

 

 

『破滅の光が、この星に迫っている! 一度、その力に呑まれた私には分かるんだ……』

 

『ネオスのいう通りだ! 破滅の光の力は強大! この星に襲来すれば、その被害は……くっ! あの時、私たちがもっと足止め出来ていれば……!!』

 

――しかし、破滅の光を受け止めたユベルがいないだけで、こうも侵攻が早くなるとは予想外だったな。

 

 途端に、壁からすり抜けて神崎に続いたネオスとアクア・ドルフィンが矢継ぎ早に緊急事態を伝えるが、残念ながら今の神崎は口を開くことはできない。

 

 人の目がない場所までの移動が急務であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて指を一つ鳴らして反響音によって人の流れを把握した神崎が一先ず、人がいないルートを歩く中、ようやくとばかりに口を開いた。

 

――この辺りからなら問題ないな。

 

「息災のようで何よりです」

 

『ああ――いや、済まない。先に礼を言っておくべきだった。キミが治療を手配してくれたんだろう? 本当に助かった。あのままでは、一体どうなっていたことか……』

 

『ありがとう!』

 

 そして届いた神崎の第一声にネオスとアクア・ドルフィンは、治療の手配の礼を忘れていたことを謝罪する。

 

 そう、神崎としても破滅の光の襲来よりも気になる部分はあるのだ。それがネオスたちの正確な状態。

 

 ネオスたちが、三騎士たちを強引に突破できるとは思えないが、万が一を考えればゼーマンにも確認を取っておきたいところ。

 

――ゼーマンからの報告がなかった以上、三騎士側が応対したと考えるのが自然だが、後で確認を入れないと。

 

「いえ、お気になさらずに。どの程度まで覚えておられるのですか?」

 

 だが、同時に三騎士の不在の間を任されたゼーマンにその報告の余裕がないのは理解できる為、今は(バー)の知覚で判断する他ない。

 

『それなんだが、破滅の光の意思に呑まれていたせいか、どうにも記憶が飛び飛びなんだ――だが、暴走する私をキミが止めてくれていたことはハッキリ覚えている』

 

『正直、キミのサイコパワーを纏った拳はかなり効いた! ナイスパンチ!』

 

 しかし、神崎が身構えた半面ネオスたちの記憶は「神崎と殴り合った」程度の曖昧なもの。

 

 流石に、自分たち精霊と人間が生身で殴り合えるとは常識的に結びつかなかったのか、冥界の王の力によるカードの実体化と自前のマッスルを、サイコデュエリストが持つ「サイコパワー」と誤認している様子。

 

 とはいえ、あれだけバカスカ殴ればネオスたちの記憶が飛ぶのも無理からぬ話。更に破滅の光を祓う為の儀式の負荷を加味すれば、そうおかしな話でもない。

 

――冥界の王の力を誤認している以上、殆ど覚えていないと見るべきか……いや、きっとその方が彼らにとっても良いだろう。

 

「そうでしたか――それで、この星に到着する予定時刻は?」

 

『それに関しては……面目ないが、正確な日時が分かる訳じゃないんだ。だが、着実に近づいている気配を感じ取れる』

 

 ゆえに記憶が戻られても不都合な神崎がネオスに先を促せば、情報自体は不確定の物であると明かされる。

 

 いや、むしろ、この事実が破滅の光とのリンクが途切れたと確信できる後押しになろう。

 

『だが、迎撃態勢を整える時間は確実にある! 精霊界も精霊界で大変な以上、此処は世界中の強きデュエリストたちの力を今こそ結集する時だ!!』

 

『デュエリストへの呼びかけの為にも、どうか力を貸して欲しい!』

 

「遊城くんを呼ぶようには仰らないんですね」

 

 しかし、あれだけ「十代、十代」言っていたネオスたちが、未だに遊城 十代の話題を出さないこと神崎が追求するが――

 

『流石に、今の彼を戦場に立たせるのは酷だ』

 

『その身に無限の可能性を宿しているとはいえ、未だ幼い身だからね』

 

――流石に小学生が相手では引くのか。いや、《エンシェント・フェアリー・ドラゴン》という前例もある。油断は禁物だ。

 

 流石のネオスたちも、未だランドセル背負っているような人間を破滅の光との戦いに駆り出すつもりはないらしい。

 

 とはいえ、5D’sにて精霊が見える病弱な天才少女を園児の時期に、精霊界へ強引に引き込んだ赤き竜の眷属――《エンシェント・フェアリー・ドラゴン》の存在もある為、油断は出来ないが。

 

 一応、エンシェント・フェアリー・ドラゴンの擁護するのなら、「相手が世界に選ばれた救世主的存在《シグナーの称号を持つ者》」+「世界の危機」というのっぴきならない事情があったゆえに仕方がない側面も大きいだろう。

 

 

 閑話休題。

 

 

「なら、ひとまず先兵を出し、威力偵察をしましょう」

 

『先兵? だが、破滅の光は今、宇宙にいる以上、敵陣で活動可能なのは、私たちだけになるが……』

 

『僕らも死力は尽くすつもりだけど、一度負けている身としては、どこまで相手の力を引き出せるかは、不安が残るね』

 

 迎撃のスタンスだったネオスたちと異なり、相手の力量を図りたいとの神崎の主張に、ネオスたちが「ならば自分たちが」と立候補するも何処か不安気な表情を見せる中、神崎は廊下ですれ違ったアモンへ、お使いを頼む。

 

「アモン、大門殿がKCに戻られたら、これを届けてくれますか? その後に此方を乃亜へ」

 

「それは構いませんが……ご自身で届けられた方が良いのでは?」

 

 そうして封筒に入った手紙を差し出されたアモンだが、少々難色を示した。

 

 なにせ、神崎よりBIG5の立場は上だ。使いを出すのではなく、直接赴かねば無礼だろう。

 

「どうしても外せない用件が入ったもので」

 

『神崎、キミの方針は理解したが、やはり考え直すべきだ。私が破滅の光に呑まれてしまったように少数を先行させるのはリスクが大きい』

 

『……いや、先兵は必要だよ、ネオス。僕たちは敵の全容すらまだ知らないんだ』

 

 やがて無礼であることを理解しつつも半ば強引にアモンに頼み込んだ神崎が、ネオスたちの作戦会議に耳を傾けつつ歩を進めた先は――

 

 

 

 

 

「失礼します、海馬社長」

 

 ノックと共に入室したKCのトップたる海馬の城――社長室。

 

 側近の磯野と、そのサポートを任されるマニが、デスクに職務に励む海馬の回りで慌ただしく仕事に勤しんでいた。

 

「ふぅん、どうした? 急な来訪とは随分と貴様らしくない真似をしたものだな」

 

「磯野さん、マニさん、席を外して貰えませんか?」

 

 そんな中、アポイントの類が一切排された神崎の唐突な来訪へ海馬が挑発的な視線を向ける余所に、人払いを要求する神崎。無礼どころの話ではない。

 

 

 だが、色々秘密主義な神崎の在り方をよく知る磯野は「いつものことだ」とマニを引き連れ退出しようと、用意した書類の束をテーブルに置いた。

 

「仕方がな――」

 

「生憎だが、私は海馬 瀬人の補佐だ。恩ある身で申し訳ないとは思うが、キミの要望に応える立場にいない」

 

「いや、マニくん。彼は秘密の多い立場で――」

 

 だが、立場を明確に示し、「否」を突き付けるマニの姿に磯野の足は止まり、困った様子で説得を試みるが――

 

「席を外せ。暇を命じる」

 

「了解した。失礼する」

 

「……キミも堅いな」

 

 海馬の鶴の一声でアッサリと意見を変えたマニの姿に、磯野はハンカチで自分の額を流れていた汗を拭いつつ、共に退出することとなる。

 

 

 そして一対一と――海馬には見えないネオスとアクア・ドルフィンがいるが――なった社長室にて、神崎は早速とばかりに懐から1枚の封筒を海馬へと差し出した。

 

「まずは此方を」

 

『待て、神崎! 海馬 瀬人は此方の最大戦力! 先兵として良いデュエリストじゃない!!』

 

『幾ら彼ほどのデュエリストでも、宇宙という過酷な環境でのデュエルじゃ、本来の実力は発揮できない可能性が高いよ! 考え直してくれ、神崎!』

 

 その瞬間、神崎の意図を理解したネオスたちは、息を揃えて反対意見を述べる。先程まで「先兵を出す」との方針が固まりつつあった状況ゆえに、疑う余地はない。

 

 確かに、海馬は優れたデュエリストだ。宇宙での活動もご自慢の頭脳で容易く解決し、破滅の光と接敵しても、その強固な精神は崩されないだろう。

 

 それに加えて、デュエルも一級品――だが、過酷な宇宙の世界は極小さな綻びから全てを崩壊させる。生身の人間を送ることは少々ハイリスクだ。

 

 それも代えが利かない海馬ほどのデュエリストとなれば、万が一すら恐ろしい。

 

 

 

「…………辞表だと?」

 

 

 

 だが、海馬がポツリと呟いた言葉に、神崎へと向いていたネオスたち視線は、封筒の方へと向いた。

 

『辞表? ……一体、誰の――』

 

『まさか!?』

 

「なんの真似だ、神崎。超神秘科学体系研究機関(オカルト課)をKCから切り離し、独立でもするつもりか?」

 

「いえ、仕事以外の生きがいを見つけたもので」

 

「ふぅん、戯言を」

 

 KCを辞める――「いつか仕掛けてくるだろう」と考えていた海馬は、指を口元で組ながら肘をつき、何処か挑発的な視線を神崎へと向ける。

 

 その行く末をこの場で見定めてやろう――と。

 

 

 だが、海馬のように超速理解に及ばない2名が先程とは逆の形で神崎に詰め寄った。

 

『何を考えているんだ、神崎! 今は仲間内で争っている場合じゃないだろう!!』

 

『……ひょっとして、先兵にキミが志願するつもりかい? 確かにキミの類まれなる身体能力とサイコパワーがあれば宇宙でも平時と変わらぬ活動が出来るだろうけど……』

 

 やがて、ネオスとアクア・ドルフィンが神崎の本当の意図を把握する中、海馬は凡そ想定通りだと、神崎が今までKCにいた真の目的を当てて見せる。

 

 

「ふぅん、成程な。貴様は初めから――――」

 

 

『キミの覚悟は理解した! だが! あえて言わせて貰おう! 考え直すべきだ! キミの覚悟に泥を塗るような真似になってしまうやもしれないが、破滅の光の大本の力は、あの時の私たちの比じゃない! 地球に来たのは本体から分離されたものだ! そして宇宙空間という生物にとって厳しい環境の中で、単身挑むなんて危険すぎる! 恩人であるキミの身を案じさせてくれ! 折角、迎撃態勢を整える時間が――』

 

 

「――――という訳か」

 

 

――煩ぇ!!

 

 しかし、海馬が語って見せた今明かされる衝撃の真実は、ネオスがすごい話すので、すこぶる聞こえ難かった。だが、訓練された視聴者(読者)の皆様方なら問題なく把握して頂けたことに違いない。ゆえに先を続けさせて貰う。

 

「どうした? よもや、この俺を前に、だんまりを決め込むつもりか?」

 

 そんなこんなで、核心に近い部分を触れられていた神崎は背筋を凍らせながらも、表面上は、いつもの営業スマイルで誤魔化して見せる。

 

「私などがおらずとも、超神秘科学体系研究機関(オカルト課)は十分にやっていけますよ」

 

「随分と乃亜を買っているようだな」

 

「乃亜だけではありません。皆が皆、頼りになる方たちですから」

 

 そう、ぶっちゃけKCの今のオカルト課にて、神崎はそんなに必要ない。精々が「おみやげ」と評して珍しいモノを持ってくるくらいだ。大半の業務は、神崎より優秀な人間がいっぱいいる。

 

『神崎……キミはそこまでの覚悟を……』

 

『僕たちの為に……!』

 

 ゆえに、KCには何の悪影響も出ない旨を説明する神崎だが、ネオスたちは「自分たちの無理な願いが……」と恩を感じていた。それこそが神崎の好感度稼ぎの狙いなのだろうが。

 

「ふぅん、心にもないことを――――が、決心は固いようだな。いいだろう」

 

 そしてKCという檻から解き放たれようとする一匹の獣を興味深そうな瞳で見やる海馬は、その未来を幻視し獰猛な笑みを浮かべる。

 

 そう、今日この日を以て向かい合う二人は、曲がりなりにも肩を並べていた立場から、追い合う関係となるのだ――神崎は追う気が皆無だろうが。

 

 

 だが、組んでいた指を崩し、立ち上がった海馬は、その右手をデスクに勢いよく叩きつけ、宣言した。

 

「しかし覚えておけ。貴様が何をする気かは知らんが、俺の(ロード)を遮るというのなら、元社員といえども容赦はせん。全力で叩き潰す」

 

 敵として立ちはだかるのなら、モクバが止めようが、乃亜が何を語ろうが、オカルト課が空中分解しようが、BIG5が反逆しようが、一切の躊躇なく粉砕する旨を。

 

「肝に銘じておきます」

 

 その闘志に内心で気圧される神崎だが、表面上は静かに頭を下げて別れの挨拶とするが、一礼を終えた神崎が顔を上げた瞬間に、1枚のカード状の紙が飛来した。

 

 

「――が、貴様がKCにもたらした成果を蔑ろにする気はない」

 

 

「これは?」

 

『名刺か?』

 

『何やら番号が書いてあるようだけど……』

 

 そうして「受け取れ、遊戯ィ!!」とばかりに海馬から投げられた1枚の名刺を指で挟んでキャッチした神崎は、ネオスたちと共に内心で首を傾げた。

 

 退職金を好きな額だけ記入しろ、という訳ではあるまい。

 

 

「一度だけ手を貸してやる。この俺自らが――だ」

 

 

「海馬社長……」

 

『海馬 瀬人……』

 

『社長……』

 

 

「その気になれば連絡してくるんだな」

 

 

 最後の手向けとばかりに、とんでもないワイルドカードを大盤振る舞いしてくれた海馬社長に一同が感激するような視線が向けられる。

 

 やがて最後に神崎はもう一度深々と頭を下げた後、社長室から、KCから去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 「KC」というロゴマークが掲げられた巨大なビルの前に男が立っていた。

 

 男の名は神崎 (うつほ)、この海馬コーポレーション――通称KCへ、長くを務めたこの会社へ、先程別れを告げたものである。

 

 

 そして今までの戦いを振り返り神崎は感慨にふける――今まで大変だったと。

 

 

 

 

 だが、そんな感慨にふける神崎へ、ネオスとアクア・ドルフィンは、後ろ髪を引く想いで神崎に問いかけた。

 

『……話を持ってきた私が言うのもアレだが、本当に良かったのか?』

 

『そうだよ! キミが長くを過ごした場所なんだろう? 何も辞めなくても――』

 

「いえ、宇宙の旅路となれば、今まで以上にKCへ戻れない日々が伸びます。それ程の長期間、席を空けておくなど、KCにとっても――いえ、海馬社長にとっても、何一つプラスにはなりません」

 

 しかし、神崎は視線を落としながら否定する。

 

 神崎とて今まで散々KCを留守にすることがあったとはいえ、その期間は常識的な範囲に辛うじてギリギリ留まっていた。

 

 だが、今回はそうはいかない。宇宙の旅にかかる時間はその比較ではない――それが会社に何一つ貢献しないものとなれば、なおのこと。

 

――それに、今打てるだけの楔は打った。この空白期間で破滅の光を討てれば、精霊界での事件や、ダークネスの降臨を完全に封じ込める。この機を逃すのは惜しい。

 

 それに加えて地球上の原作の事件へ、今の神崎が即座に動けることはない以上、このまま原作開始まで漫然と過ごすことを神崎が嫌ったゆえだ。

 

 なにせ、原作の脅威の一つ「ダークネス」が世に現れるのは、「世の人々の心の闇が溜まりに溜まった状況」でなければならない。

 

 そう、逆を言えば、悲劇や事件を事前に食い止めれば、食い止める程に、ダークネスの降臨確率は下がるのだ。

 

 

 だが、そうして思案を重ねる神崎へ、ネオスが悔し気に零す。

 

『だが、宇宙から戻ってきた後のキミの人としての未来が……』

 

「ご安心を――『やりたいことがある』との話は本当ですから」

 

『そうか……なら、その夢の為にも無事に戻らなければな!』

 

『共に、この苦難を切り抜けよう、神崎!』

 

 しかし、神崎の「やりたいこと(5D’sに向けた活動)」があることも事実である為、相手の言葉からその様子を感じ取ったネオスとアクア・ドルフィンは、その将来の為にも必ず共に生還することを誓う。

 

 そうして3人がそれぞれ覚悟を決めるように顔を見合わせた。

 

「お世話になりました」

 

 

 

 やがて神崎は、最後の最後だとKCへ振り返った後に深々と頭を下げ――

 

 

 

「――行きましょうか」

 

『ああ!』

 

『共に宇宙へ!』

 

 今度こそ振り返ることなく、神崎はKCのビルを背に新たな道を進み始める。

 

 かくして、神崎はネオスたちと共に宇宙に旅立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 KCの社長室のガラス張りの窓からのぞく空へと視線を向ける海馬は、ポツリと零す。

 

「ふぅん、最後まで腹の内を明かそうとはしなかったか……」

 

 神崎 (うつほ)――KCの中でも古株の一人。

 

 プライドなどドブに捨てたように、へりくだることに何の躊躇も見せぬ口から、KCへの忠誠を誓った者――その言葉に一体どれ程の重さがあると言うのか。

 

 そう、彼の言葉は空の器のように軽かった。現実味がなく、虚構にまみれ、理想論と言うには些か以上に悪辣だ。

 

 しかし、海馬は見抜いていた。がらんどうな空の器の中に潜む魔物(目的)の存在に。

 

 KCを利用し、なにか「こと」を起こそうとしていた事実に。

 

 そうして今日まで続いた互いにどれだけ効率的に利用し合うかを競うような生き馬の目を抜く関係。

 

 アテムとは別の意味で、海馬をして完全に読み切れぬ相手――そもそも、神崎自身も読み通りにいった試しが殆どない為、もとより読み切る筋はないのだが、言わない約束である。

 

 だが、そんな気を抜けぬ日々に厄介さを感じてはいても、不思議と退屈ではなかった。

 

 

 とはいえ、そんな日々も今日で終わる。ともなれば、一抹の口惜しさ染みた感情がさざ波立ちもしよう。

 

 

 そうして感慨にふけっていた海馬だが、その耳に何やら騒がし気な様子を捉えた。

 

「お、お待ちください皆様方!」

 

「待つんだ! まずは落ち着いて話を――」

 

 磯野とマニの制止の声を振り切り、5人のおっさんがズカズカと海馬の元を訪れた。その内実は――

 

「神崎くんが辞めたって、なにをしたんですか、海馬社長!? アレですか! 世界初のペンギンちゃん専門の水族館を設立したからですか!? いくら貴方がパンダ派だからって、横暴が過ぎますぞ!!」

 

 一番槍とばかりに見当違いの推論を述べる《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧。

 

「落ち着け、大瀧。聞いた話では、やりたいことが出来たんだろう? あのワーカーホリックが夢の一つでも持ったのなら祝福してやるのが道理ではないかね」

 

 そんな大瀧を、呆れた様子で諌める《深海の戦士》の人こと大下。

 

「待て待て! それでは誰が儂らと海馬とのクッション役になってくれるのだ!! ……いや、待て――その為のマニか?」

 

「――なっ!? よもや私の選考がそんな理由で!?」

 

 神崎が辞したことで生じる弊害への心配を募らせる《機械軍曹》の人こと大田。

 

「その夢とやらが何なのか気になるところですねぇ。海馬社長、貴方がでっち上げたものでないことを願いますよぉ」

 

 此度の辞任へ猜疑心に塗れた視線を海馬へ向ける《ジャッジ・マン》の人こと大岡。

 

「その件なら、アモンより書状を渡された。まずは皆でこれを把握してからだ」

 

 そんな各々の意見を一旦脇に置こうとする《人造人間サイコ・ショッカー》の人こと大門が持つ封筒に一同の視線が注目する中、海馬は内心で大きくため息を吐く。

 

――騒がしい奴らだ。

 

 これから、このうっとうしい程に騒がしいおっさん共の手綱は、己が握っていかねばならないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オカルト課にて、正式にトップの座に収まった乃亜だが、日常に大きな変化はなかった。なにせ、今まで神崎が留守にしていた時と何も変わらないのだ。変化のしようもない。

 

 

 だが、オカルト課の神崎の――いや、今は乃亜の仕事場への扉を勢いよく開けたモクバと、それを止められないセラが入室してきたことで、その変化のなさも崩れることとなった。

 

「乃亜! 聞いたぜい! 神崎がKCを辞めるって、どういうことだよ! 戻って来て貰うように、お前からも――」

 

「幾らモクバの頼みでも、そればかりは聞けないな」

 

「――なっ!?」

 

 そうして予想していた通りのモクバの発言を、乃亜はアッサリ否定する。いつも海馬への当てつけの為に、モクバに甘めな乃亜らしからぬバッサリ具合である。

 

 思わずモクバが言葉が失う中、その隙をぬうようにセラがなだめようとするが――

 

「モクバ、一度落ち着いて」

 

「落ち着いてられるかよ! アイツ、俺たちに何の相談もなしに……! そもそも、こんな急じゃなくても良いじゃないか!」

 

 残念ながらモクバの平静さは戻らない。長らく共にやってきた間柄だというのに、唐突過ぎる別れだった。

 

 事情の一つでも話してくれれば、納得のしようもあったというのに、それすらないとなればモクバとて追及の手の一つや二つは伸ばしたくなるだろう。

 

 いつもの留守の際の、虚実を織り交ぜるような言葉すら今回はないのだ。

 

「違うよ、モクバ。『今』じゃないと駄目なんだ」

 

 そんなモクバに乃亜は順序立てて、説明を始める。

 

「今のオカルト課は『神崎がいなくとも』滞りなく業務をこなせるようになっている。何故だか分かるかい?」

 

「それは神崎がKCを留守にすることが多いからで……」

 

「それも違うね。彼は『いつKCを辞めても問題ない』ように準備していたのさ。今日、この日の為に」

 

 そう、乃亜の言うように、今のオカルト課に神崎の「必須性」はないのだ。別に神崎がいなくても、オカルト課は何一つ困らない。

 

 そうして神崎がいつでも辞められる準備をしていた旨を明かす乃亜だが、モクバの納得には繋がらなかった。

 

「なんでだよ! 定年も先だし、家庭の事情もない! 業績だって問題ないのに、辞める準備する必要ないだろ!」

 

「金や地位、権力が目的じゃないからだよ。モクバも本当は分かっているだろう?」

 

 KCの居心地が悪かったのか、と自罰しかねないモクバの肩へ手を置いた乃亜は、神崎の本質をこれ見よがしに明かして見せる。

 

「彼はボクたちとは別の未来を見ている――ってさ」

 

 元々、神崎はKCの――いや、海馬たちの歩む(ロード)とは別の(ロード)を歩んでいたのだと。今まで偶々その(ロード)が重なっていただけなのだと。

 

――とはいえ、なんとも急な話だ。モクバへ別れの挨拶の一つもなしとは……それだけ緊急事態ということかな。

 

「モクバ、彼が己で決めたことならば応援してあげるべきではありませんか?」

 

「でもよ、セラ……別れの挨拶すらないなんて……アイツにとって、俺たちは……」

 

 やがて乃亜の内心の想いを余所に、セラがモクバの背中に手を置きながら慰めの言葉を交わす中、乃亜は此処にはいない神崎へと恨み言を思うが――

 

――まぁ、こっちは上手くやっておくから、キミは自由にすると良い――なんて言わなくても好き勝手に動くんだろうけどね。ただ……

 

 

 

 

 

 アモン経由で渡された一枚の手紙に簡潔に記された一文が、その脳裏を過る。

 

 

『アカデミアに気を配れ』

 

 

 海馬でなく乃亜に託されたのは――そういう意味なのだろう。

 

 

 

――さて、何が起こるのやら。

 

 

 

 その一文の本当の意味を知るのは、いつになるかは誰にも分からない。

 

 

 






破滅の光「今だ、みんな! 行け! 俺が時間を稼いでいる間に、原作主人公たちに地獄を見せてやるんだ!!」

???「破滅の光……お前ってヤツは!!」




こんな具合で、GXの「原作開始前編」は完結になります<(_ _)>


次回から、時間が一気に飛びGXの中核――デュエルアカデミアを舞台とした
「アカデミア編」が始まります。
どうかお付き合い頂ければ幸いです。




Q:神崎、ガチでKC辞めたの?

A:宇宙から帰還するのが何年後になるか不明なので、流石に辞表を出しました。

会社員として一般的な神崎の業務は、代替え可能な代物ですから(化け物退治もコブラたちで対応可能ですし)


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