マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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どうして……(現○猫感)

前回のあらすじ
鮫島校長「神崎ーー!! はやくきてくれーーっ!!」





第235話 どうして囚われの姫ポジが男なんですか?

 

 

「ク……ビ?」

 

「うん、クビ」

 

 校長室にて思わず零れた鮫島校長の言葉に、ポンと乃亜から無慈悲な宣告が下される。

 

 その現実を前に現実を受け止められない鮫島校長が固まったまま動かなくなってしまうが、暫しの硬直後、すぐさま乃亜が即座に解雇を告げる理由になりそうな内容を把握した。

 

 それならば、まだきちんと順序立てて話せば弁解の余地がある筈だと。

 

「お待ちを! 吹雪くんの言っていた生徒が行方不明になった件は、影丸理事長のこともありますので慎重に動くべき――」

 

「おや、其方は把握していたのか。優秀だね。でも残念ながら別件だよ」

 

「ならば何故、こうも唐突な解雇を――」

 

「単純にアカデミアのブランドが落ちているからさ。卒業生の実力もお粗末になっていく現状は、もはや無視できないものだ」

 

 だが、鮫島校長は前提を間違えていた。

 

 乃亜は「影丸理事長の怪しげな動き」ではなく、「吹雪が語っていた不可解な件」でもなく、シンプルに「表の学園の状態」を問題視している。

 

「軽く校内の状況を調べさせたけど――」

 

 そうして乃亜の指示に従う牛尾が資料をテーブルの上に並べていけば調査結果が浮き彫りとなった。そう、このアカデミア本校の現在の状態は――

 

「特定の生徒ばかり贔屓する教員たち」

 

 自分好みのデュエルをする生徒を贔屓し、レアカードの授与、成績不振に対する強引な救済措置、学園活動に必要のない特別処遇を許す教員が蔓延り、

 

「禁止されている筈のアンティルールが暗黙の了解で行われている現実」

 

 生徒たちは校則すら碌に守れず、教師たちもそれを咎めようとはしない――いや、気づいていないだけかもしれないが、それはそれで問題だ。

 

「本校の理念である『リスペクトデュエルの精神』を忘れた生徒たちの増加」

 

 精神面も、上昇志向がなく、怠惰で、傲慢な生徒たちを見れば未熟さが浮き彫りであり、これでは何の為の教師(導くもの)なのか呆れる他ない。

 

「デュエリストの命でもあるカードを乱雑に扱うなんて以ての外だと思うよ?」

 

 そしてデュエリストにとって切っても切り離せぬ相棒であるカードへのリスペクトすら忘れる始末では、「デュエルエリートの育成」との触れ込みに疑問視が浮かぶだろう。

 

「他にも色々あるけど――特殊な力を有していたもけ夫くんを校内に隔離するのなら、オーナー側に話を通して欲しかったかな。まさか学園の資金で彼を養う訳にはいかないだろう?」

 

 それ以外の問題もなくはないが、この点に関してはイレギュラー的な側面が強く、此度の解雇の決断への後押しにはなっていない。とはいえ、鮫島校長の手腕の問題点を定義する程度の働きはしたが。

 

 

 そう、乃亜からすれば鮫島校長は「成果を出さない職員」に過ぎなかった。神崎が気にしていたことは知っているが、乃亜からすればその程度の認識だ。

 

「分校の改革を受けて『本校もうかうかしていられない』とは思わなかったのかい? それとも『ようやく分校も本校に追いついて来たか』と、王者気分だったのかな?」

 

 改善する気もなく、上昇志向もないのなら重宝する理由もない。鮫島校長が選ばれた最大の理由である「リスペクトの精神」を学園内に浸透させることすらできないのなら、なおのことだ。

 

 そうしてテーブルに資料という形で並べられた学園の問題に鮫島校長は己が力不足に頭を下げる。だが、彼にもクビになる前に伝えておかねばならぬことがあると口を開くが――

 

「…………私が、私が至らなかった部分は認めます。ですが、今少しお待ちを! 学園にて異変が――」

 

「いや、此方もキミへ無茶を言ってしまったみたいだからね。お互い様さ」

 

「無茶?」

 

 だが、此処で労わるような口調を見せた乃亜の姿に、鮫島校長の顔に疑問が浮かぶ。

 

 これだけの惨状が並べられた以上、問答無用で解雇されても文句は言えないと考えていただけに、未だに乃亜が対話のテーブルを続けていることが鮫島校長には不可解に映ることだろう。

 

「キミは鞭を振るえない」

 

 しかし、乃亜は「鮫島校長を切って終わらせる」気など毛頭なかった。そもそも人事の段階で問題があったのだと。

 

「どれだけ落ち零れた相手でも決して見捨てないその心意気は素晴らしいものだと思うけど、キミの手では生徒全てを救い上げることなんて出来やしない」

 

 乃亜が語るように、アカデミア本校は大きな学園だ。生徒の数も当然それに比例する。

 

 道場レベルならば鮫島校長の理想も悪くはないのだろうが、上述した「数」の前では理想論にすらなりえないだろう。

 

 なれば、当然「足切り」が必要になる。

 

「成績不振に対する救済措置を重ねて引き揚げる方にばかりリソースを裂けば、当然、他はおざなりになるだろうさ」

 

 それを放棄した先にあるのは「破綻」だと語る乃亜だが、優しい鮫島校長は生徒へ「キミは我が校に必要ない」とは言えなかった。

 

 生徒たちを導き、育て上げることが仕事である自分たちが、生徒を見捨てては本末転倒であると。

 

 此度は能力不足でその仕事を果たせなかったとはいえ、「生徒を見捨てる」考えなど教育者が持って良い考えでは無い筈だと。

 

「生徒を……生徒を見捨てれば良かったとでも仰るおつもりですか……!!」

 

「そうだよ」

 

「――なっ!?」

 

 ゆえに「そんなことがあって良い筈がない」との鮫島校長の言葉だったが、乃亜は「それ」をアッサリ肯定した。

 

「アカデミアは『将来を牽引するデュエルエリート育成の場』だ。そのレベルに達しない・適性がない生徒は切り捨てて良い。この学園の他にだって学び舎はあるんだから」

 

 そして乃亜は語る。なんの為の選別(試験)なのかと。教育者ではない彼らしい思想だった。

 

 言ってしまえば、出来る範囲を自分たちで担当し、出来ない範囲は他に任せる――たった、()()()()()()()が何故、出来ないのかと言わんばかりである。

 

「瀬人も『そう』していただろう? 義務教育じゃないんだ――合わない生徒へ無理をさせる必要はないよ」

 

 実力主義の海馬も、その思想に近かった。「弱卒は不要」と全速前進し、アカデミア本校のブランドを作り上げたのは彼だったのだから。

 

「ただ此方も、特殊な事情もなしに留年するような怠惰な生徒にすら、慈悲をかけて根気強く育てようとするキミの優しさを見抜けなかった落ち度もあるからね。だから、転職だと思ってくれていい」

 

 やがて、海馬が目指していた学園の在り方に合わない人事をしたKCの責任も小さくはないと語る乃亜の声が、鮫島校長には遠くに聞こえる。

 

 優し過ぎる彼には、弱卒を容赦なく切り捨てる彼ら兄弟の在り方は、徹底的に相容れない思想なのだろう。

 

「キミの要望は可能な限り叶える。サイバー流の道場に戻りたいのであれば、直ぐに復帰できるように話を通しておこう。なんだったら新しい道場を用意してもいい」

 

 そうして呆然とする鮫島校長の元に、これ幸いと言わんばかりの話が並べられていく。そのどれもがまさに「渡りに船」と言わんばかりの内容だ。

 

 乃亜としても当然の配慮である。

 

「此方としても学園に、リスペクトの教えは残していきたいんだ。持ちつ持たれつで行こうじゃないか」

 

 そう、乃亜が求めていたのは「鮫島校長」ではなく、リスペクトの教えだけだった。ゆえに「鮫島()()」を通じて、サイバー流との繋がりは残しておきたい――そんな思惑。

 

 これでは学園の方針に口を出してくるような立場を与える気はないと言外に告げられているも等しい。

 

「例えば、アカデミアの教師にキミがサイバー流のリスペクトの教えを説き、学園で広める――なんて、どうかな? 学ぶ意欲は生徒より高いだろうし、そうして教師陣に多く広まれば、学園全体にリスペクトの心が浸透するだろう?」

 

「私に生徒を見捨――」

 

「助けたいなら、なおのこと席を空けるべきだ。キミの手に余っていたからこその現状なんだから」

 

 そんな具合に言外に学園から去るように促される鮫島校長は、問題を起こすだけ起こして放り投げることを良しとしなかったが、乃亜の発言に返す言葉がない。

 

 

 結果を出せなかった以上、その言葉に説得力は生まれないだろう。

 

「失礼する」

 

 そうして状況に流されるだけの鮫島校長だったが、返答を待たない一方的な声と共に来客――アカデミアの赤い制服を右腕に乗せた青年の姿に、「見覚えがない生徒だ」と顔を上げた。

 

「どうしたんだい? ああ、彼のことも紹介しておこう。彼はアモン――彼に生徒たち『の』内情を調べて貰ったんだ」

 

 やがて、その青年――アモンの正体が乃亜から明かされる中、当のアモンは軽く一礼した後、乃亜へ報告の為の人払いを願うが――

 

「良い知らせと悪い知らせがある。だけど――」

 

「構わないよ。彼は吹聴するような人間じゃない――まずは良い知らせの方から頼もうかな」

 

 咄嗟に席を立とうとした鮫島校長を手で制した乃亜を余所にアモンは気にした様子もなく報告を始めた。

 

「良い方は、斎王が天上院 吹雪を無事保護した。聞き取り調査から被検体候補の一人だったことが推察される」

 

 とはいえ、なされた報告は断片的過ぎて鮫島校長には理解できない。「被検体」とはなんの話かと。だが――

 

「悪い方は『大徳寺という教員が姿を消していた』とのことだ。準備された儀式場の様子を見るに、恐らく一連の失踪事件の実行役だろう」

 

「まさか……そんな、彼が……」

 

 続いた報告にその目は大きく見開かれた。纏めてしまえば「失踪事件の犯人が大徳寺」との情報は彼の人柄を知る鮫島校長からすれば信じられない話である。

 

「安心してくれ、生徒の失踪の責任をキミに問う気はないよ。誰だってこんな話を聞かされれば、信じられる筈もないさ」

 

 だが乃亜とて「非現実が引き起こした問題の責任を問うのは酷」だとは理解している為、フォローに回るが――

 

「待ってください! 彼はそんなことをする人間ではありません! 確かに少々変り者ではありますが、生徒をいたずらに危険に晒す真似など――」

 

「残念だけど、アカデミアの問題に手が回っていなかったキミの言葉に説得力を見出すことは出来ないかな」

 

「それは……」

 

 それでもなお同僚を信じたい想いを見せる鮫島校長へ、乃亜は再度言い聞かせるように告げる。

 

「そう自分を責めなくていい。さっきも言ったように、今回の事件に関してキミが責任を感じる必要はないんだ――凡そ一般人の手に余る事件だからね」

 

「ですが、学園内で起こった事件だというのに、私は……!」

 

「そもそも『そういった事件』を担当するのはアカデミア倫理委員会の方だろう? 彼らの目が節穴だった件を無視するのは感心しないな」

 

 鮫島校長の責任がないとは言えないが、そもそも調査技術などは素人同然な彼が「学園での事件の予兆に全て気付け」という方が無茶な話だ。

 

 そういった方面は警察の仕事だ。外界から孤立した島にあるアカデミアにも同系統に類する島の治安を守る「アカデミア倫理委員会」という組織がある。

 

 原作でも、十代の周辺に起きた事件への調査を行っていた。

 

「キミに落ち度はあったかもしれないけれども、他の面々にも十二分に落ち度があったんだ――無論、ボクも含めてね」

 

 此度の件は、そんな彼らの失態でもある為、鮫島校長への対応へ乃亜は温情を見せている背景がある。ゆえに、乃亜は鮫島校長へと言い含めるように続けるが――

 

「キミの提唱した『リスペクトデュエル』は何も間違っていないさ。素晴らしい理念だよ。だから、今度は別の形で、その力を発揮して欲しい」

 

「私に……私に出来ることは、もはやないのですか……?」

 

「何を言っているんだい? さっきの話以外にも沢山あるじゃないか」

 

「慰めのつもりな――」

 

 教え導くものとしての自信を打ち砕かれ、自責の念に苛まれる鮫島校長へ向けて、乃亜は告げる。

 

「サイバー流道場の門を叩くデュエリストたちに道を示す」

 

 鮫島校長から、サイバー流の「マスター鮫島」としての立場に()()道。

 

「リスペクトデュエルを踏まえた教育カリキュラムを立ち上げても良い」

 

 校長の肩書を捨てつつ、他の教員が生徒へリスペクトの教えを伝え易くする為、アカデミアに()()()道。

 

「アカデミアにとどまらず、一般の学校でも、リスペクトデュエルの理念を伝える外部職員を目指すことだって出来る」

 

 アカデミアという括りを超え、世界中にリスペクトの教えを説いて回り、新天地へ()()道。

 

「幾らでも道はある」

 

 鮫島校長の未来は無数の可能性で満ちている。此度の件では失態続きだったとはいえ、彼には「師範代」にまで上り詰めた理想と力があるのだから。

 

「キミがデュエルアカデミアを重んじてくれるのはありがたいけど、骨までうずめる覚悟なんてしなくて構わないさ。自分が出来る範囲で望む道を進めば良い――これも一つの『リスペクト』のあり方だろう?」

 

「…………なら一つだけ、最後に一つだけ、願わせてください……」

 

「そう遠慮することはないさ。キミがこれまでアカデミアを支えてくれた事実を蔑ろにする程、ボクは狭量ではないつもりだからね」

 

 そうして鮫島校長が自身の退任の意思が見え始めた中、乃亜はまるで旧知の間柄のように背を押して見せれば――

 

「キミの希望は可能な限り叶える――そう言っただろう?」

 

「私の手が回らなかったゆえに生じてしまった問題を、私の不甲斐なさが生んだ件の今後を、どうかこの目で見届けさせて貰いたいのです」

 

「……キミの献身振りには本当に頭が下がるよ。許可しよう――キミがアカデミアを去るまでの間であれば、自由に見て回って構わないよ」

 

 最後まで学園の未来を案ずる鮫島校長の願いに、乃亜は賞賛を送るように破顔させた後に指を一つ鳴らす。

 

「牛尾、アモン――鮫島校長のエスコートを頼む」

 

「いや、俺はアカデミア倫理委員会の方が担当なんで、この後はそっち回らねぇとダメなんすけど……」

 

「だからだよ」

 

 かくして、鮫島校長――いや、「鮫島」は諸々の手続きの後、牛尾とアモンに連れられ、校長室を後にした。

 

 

 彼が向かう先は、学園の規律を守る立場であるアカデミア倫理委員会――ぶっちゃけた話、此処がキチンと機能していれば、鮫島校長が解任まで追いつめられることもなかったりするのだが――

 

 

 それを知った鮫島が何を思うのかは――いや、きっとそれでも己を責めてしまうのが彼の美徳であり、欠点でもあるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして意気消沈な鮫島に、牛尾が労わるように肩を貸すような様子をアモンがガン無視して廊下を進む道中にて、校長室に向けて全力疾走していた亮は探した顔を見つけたと同時に足を止めて呼び止めた。

 

「大変です、師範!! 今、特待生寮に――」

 

「亮……」

 

「……其方の方々は?」

 

 だが、見知らぬ顔ぶれに亮は訝し気な様子で鮫島に問うが――

 

「彼らはKCから――」

 

「俺――我々は、この学園の問題を解決しに来たもんだ」

 

「そうでしたか! 心強い! なら、特待生寮へ共に行きましょう!」

 

 鮫島の言葉を遮る形で牛尾から「KC」の文字が見える身分証が明かされた。

 

 これには、亮も「師範が応援を呼んでくれたのだ」と、物々しさを見せていた特待生寮へと共に向かう旨を伝えて踵を返そうとするも、その後に続くものは誰もいない。

 

 己が師である鮫島でさえ、動く気配がない。当然、亮の動きもまた止まる。

 

「師範?」

 

「こっちは別件があるんでな。特待生寮には寄れんのよ」

 

「どういうことですか、師範? 吹雪の件以外で――まさか、特待生の生徒の海外留学の件ですか?」

 

「それは――」

 

「これ以上は『一生徒に話せることじゃない』ってのは、坊主にも分かるよな?」

 

「俺のクラスメイトの話です! 無関係じゃない!! それに一体どうしたんですか、師範! 何故、なにも言ってくれないんです!!」

 

 やがて、先程から鮫島に喋らせないように言葉を遮る牛尾に、亮は強い警戒心を持ちつつ鮫島へと言葉を投げかける。

 

 いつも自分たちの力になろうとしてくれる鮫島が、どうして誰とも知れぬ相手に粛々と従っているのか。どうして、自分の質問に何一つ答えてくれないのか。

 

 鮫島から「答えられない」との言葉一つで亮は納得するというのに何故、当の鮫島は無言を貫くのか。

 

「牛尾、先に行け。時間の無駄だ」

 

「お、おい、アモン」

 

 そんな目に見えぬ攻防を面倒に感じたのか、アモンが肩をすくめつつ牛尾に先を促し、デュエルディスク片手に亮へと向き直った。

 

「ボクらも暇じゃない。此処はデュエルエリートを育成する学園らしく『デュエル』で決めようじゃないか――キミが勝てば質問に答えよう。負ければ引き下がってくれ」

 

「……良いだろう。その勝負、受けて立つ!」

 

 明らかに「何か隠しています」な牛尾たちに、亮も鮫島師範を助け出すような面持ちでデュエルディスクをセットするが――

 

「おいおい、勝手に決めるんじゃねぇよ。どやされるのは俺なんだぞ」

 

「此処で無駄に時間を使っている方が問題だ。違うか?」

 

 牛尾が「関係のない生徒と争ってどうする」とのもっともな意見を出すも、此処で「無駄に揉めている方が問題」との言葉もまた真理。

 

「乃亜はあの人のように規律に緩くはない」

 

「ハァー、お互い雇われの辛いところだねぇ――んじゃ行きましょうか、鮫島校長」

 

「待っていてください、師範!」

 

 やがて両手を軽く上げて諦めたようなジェスチャーを見せた牛尾が鮫島を引き連れてこの場を後にする中、その師の背に亮は力強い声を届けた。

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 かくして、此処に師の進退を――かけた訳でもない、あまり大勢に影響しないデュエルが幕を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台はガラリと変わり、特待生寮の地下室にて、オカルト課の面々に囲まれた吹雪は不安気に口を開いた。

 

「藤原は……ボクの友達は戻って来るんでしょうか?」

 

 地下を捜索中に吹雪が追った相手は、この学園での異変を収拾させにきたKCの職員の一人である斎王であり、その職員の中にいたノース校との交流戦でも馴染みがあったコブラからちょうど事情の説明を受け終えたところである。

 

 

 しかし己の言を後押ししてくれる面々の登場があれども、「それ自体」が藤原を助けられる確証にはなりえない以上、吹雪の不安は当然のものだろう。

 

「悪いが確約は出来ん。我々とて、未知が多い領分だ。だが――」

 

 そして、それはコブラとて確約は出来ない部分だ。必要になる諸々を手配したとはいえ、オカルト課でも介入を禁じられていた「ダークネス次元」への干渉は未知のものが多い。

 

 しかし、コブラは自負を持って吹雪に告げる。

 

「此処に集った人間は、この手の問題において、世界一だと私は思っているよ」

 

 この場に集った面々は、まさに世界中から選りすぐったスペシャリストたちだと。

 

 

「うーむ、座標点の割り出しは問題なく終わりましたが、問題は相手側のリアクションですな」

 

 やがてツバインシュタイン博士の観測からの考察を余所に、

 

「荒ぶる気配が地脈を通じて感じられる――これをこじ開けるとなれば、交戦の可能性が高いと思われるぞ」

 

 斎王の妹である美寿知が鏡を乗せた祭壇を通じ、この場の力の流れを読み、

 

「逆位置の運命の輪(フォルトゥナ)のアルカナが出ている。藤原という青年は、なんらかの悩みを抱えていなかったかね? それが原因でキミたちと縁を避けていた――別れへの恐れが見える」

 

 斎王が未来を占えば、此度の騒動を解決に導く道筋が浮かび上がる。

 

 そして意見を求めるように顔を向けた斎王の姿に、吹雪は己が知る限りの「藤原 優介」の姿を語る。

 

「確かに両親が事故に遭いかけたことから、失うことが怖かったのかもしれません……でも、藤原は両親を置いて行くような男じゃない! ボクたちと共に歩んだ日々を捨てるような真似をする筈がありません!」

 

 藤原は、怖れに負けて共に生きる家族を置き去りするような男では決してないのだと。

 

 

 そうした吹雪からの情報を得たコブラは、仮説を立てつつも一つの木箱を吹雪に見せた。

 

「なら、その辺りも第三者の介入があったと考えるのが自然か――これに見覚えは?」

 

「……いいえ。それは一体?」

 

 だが、見覚えのない箱だと首を横に振る吹雪へ、箱の中身を明かして見せれば――

 

「そうか。この中に入っていたこのカードについては、どうかね?」

 

「《オネスト》……! 藤原のフェイバリットカードです!! あんなに大切にしていたのにデッキから外すなんて、どうして……」

 

 藤原のルーツと言っても良いカードの存在に吹雪は動揺を見せた。なにせ藤原が常に持ち歩いていた筈のカードが、箱に大事に仕舞われてこの場にある現実が「藤原が自発的にダークネスの世界に行った」可能性を引き上げるのだから。

 

『マスター……どうして……』

 

「そう嘆くことはない。キミの友は生きている」

 

 そんな中、吹雪には見えず声も聞こえないウェーブがかった長い金の髪を持つ白い翼を持つ天使の男――カードの精霊「オネスト」の声に斎王は、タロットカードから視界を外さぬまま返答しつつ、新たに占った結果を述べた。

 

「恐らく、デュエルでダークネス世界に囚われた彼の心を引き戻せるか否かが戦いの争点になるだろう。その精霊の願いが、突破口となりうる」

 

『僕が見えるのか?』

 

「不思議な力を持って生まれついてしまった身でね」

 

 そうして斎王の忠言により、藤原と縁の深い精霊のオネストを救助作戦に組み込むことを決めたコブラは吹雪をチラと見た後、斎王に問う。

 

「斎王、その少年の存在は此度の一戦に必要になるかね? 唯一今回の異常を認識していた存在なのだろう?」

 

 それは吹雪の扱い――唯一「藤原の消失を把握していた」現実は無視するにはあまりにも大きい。

 

 だが、幾らデュエルが強いとはいえ学生を実際に戦わせるとなると、作戦の根幹から組みなおす必要が出て来るだろう。

 

「あまりオススメは出来ないな。正位置の愚者(フール)――彼にはダークネスの素養が強い。二次被害を心配するべきだ」

 

――もっとも彼の場合は愚者(フール)と言うよりは、道化(ムードメーカー)が相応しいか。とはいえ、危うさ自体は変わらない。

 

「なら、私が可能な限りデュエルを長引かせよう。その間にキミはダークネス次元にいるであろう藤原 優介に声をかけ続けてくれ」

 

 ゆえに斎王の反対に迎合し、コブラも吹雪を前線に立たせない旨を決める。精神的に揺さぶるのなら無理にデュエルの場に立たせる必要もない。

 

「それで藤原を助けられなかった時は……?」

 

 しかし、吹雪からすれば聞き逃せない言葉だった。我が身可愛さで選択肢を狭めてしまい、万が一に藤原をダークネス次元から引き戻せなかった時、どうなってしまうのか、気が気でなかろう。

 

「最悪、始末する他ない――が、そうならないようにするのが私たちの仕事だ」

 

「――僕も戦います! 戦わせてください! 親友の一大事に見ているだけなんてゴメンだ!」

 

 ゆえに万が一の場合を問うた吹雪だが、コブラから告げられた無情な決断に戦う道を選んだ。

 

 吹雪は、自身が安全圏に籠ったせいで、親友が死ぬかもしれないと言われて黙って居られるような男ではない。

 

「覚悟はあるかね?」

 

「勿論です! どんな苦難でも乗り越えてみせます!」

 

 そうして当然聞かれるであろうコブラの忠告に、吹雪は一二もなく頷いて見せたが――

 

「違う。私はそんな覚悟など求めていない。キミに万が一のことがあれば、悲しむ人間がいるだろう? それを承知の上かと聞いている」

 

 コブラから冷徹ともとれる声が落ちた。

 

 当たり前の話だが、命を懸けたやり取りに飛び込めば死ぬ可能性もある。そして厄介なことに「死」とは、大抵の場合それで「終わり」ではない。「始まり」なのだ。

 

「命を懸けて友を救ったキミは満足かもしれないが、残された者はどうなる? キミに万が一があった場合、友の、家族の、仲間の心に癒えぬ傷を残すことになる――その覚悟があるのか?」

 

「そ、それは……」

 

「己の意思で戦場に立つ以上、私はキミのお守りをする気は一切ない。死に瀕したキミが泣こうが喚こうが――な。全て自己責任だ」

 

 悲劇の連鎖の引き金を己が引く――その可能性を突き付けられた吹雪が言葉に詰まる中、コブラは突き放すように続けた。

 

「己の死も、それによって悲しむ者も、生じてしまった被害も、全てキミの肩に責任としてのしかかる」

 

 コブラも生きて帰らなければならない理由がある以上、「吹雪か己か」と問われれば最終的には「己」を選ぶ。吹雪だって突き詰めればそうだろう。

 

 どちらも助かる第三の選択が都合良く転がっている確率など限りなくゼロだ。

 

「それらを踏まえて、もう一度、問おう」

 

 共に戦うとなれば全てが平等。大人も子供も区分はない。

 

 なれば「死にたくないのなら引っ込んでいろ」と返す他ない――ゆえにコブラは問うた。

 

「覚悟はあるのかね?」

 

 吹雪の覚悟を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして特待生寮から人払いがなされたことで誰もいなくなった中、その地下に唯一残った3名の内の1人――コブラは、斎王に向けて確認するように数点問いかけた。

 

「撤退は?」

 

「完了したとも。美寿知も下がらせた――しかし思い切った決断をしたものだ」

 

「不服かね」

 

「いいや、運命を選ぶのは他ならぬ貴方自身だ」

 

「そうか――竜崎、手筈は?」

 

『いや、それなんやけど……事情の説明は終わってるで? でも、なんのこっちゃ分からんってのが正直なところや』

 

 そしてコブラが己が手の内の通信機に声を落とせば、島外にいる竜崎との通信がなされ、進捗が伝えられるも芳しくない様子が聞いて取れる。

 

「なら、分かり次第知らせてくれ。斎王」

 

「任されよう」

 

「最後にもう一度確認しておこう――引き返すのなら今だ」

 

 やがて通信機を斎王に投げ渡したコブラは、最後の一人に向きなおり、最終確認を取った。

 

 たった一枚の紙切れに署名し、「自己責任」を誓った以上、一度、作戦が始まればあらゆる泣き言など通じない。自分たちの全てが作戦遂行の為に消費される。文字通りの背水の陣。

 

 引き返すのは、今この時をおいて他にはない。

 

 だが、緊張に満ちた顔ながら無言で首を縦に振った吹雪の姿にコブラは一歩踏み出し――

 

「行こう。キミの友人を救いに」

 

「はい……!!」

 

 己と肩を並べる一人前の戦士として吹雪と共に、床に掘られた魔法陣の内側へと立った姿を合図とするように斎王が通信機へと声を落とす。

 

「では、ツバインシュタイン博士、お願いします」

 

『あまり長時間の維持は叶いませんぞ?』

 

「構わん」

 

 その通信機越しのツバインシュタイン博士の声に、端的に返したコブラは、デュエルディスクを構え――

 

「直ぐに終わらせる」

 

 今作戦の開始を宣言した。

 

 

 

 

 やがて魔法陣より広がる闇がダークネス次元への扉を開き、別次元の住人をこの場に引き寄せる。

 

 そうして対峙するのは、展開したダークネス仮面で顔全体を隠した緑の長髪の黒コートの青年――彼は、虫けらでも見るような態度と共に呆れたため息交じりに名乗りを上げた。

 

「オレの名は『ダークネス』――よもやお前たちから終末の扉を開くとはな。人間とはいつの世も愚かな生き物だ」

 

――さて、()()()()

 

「ご高説ありがとう。しかし生憎、私はキミとお喋りをしに来た訳ではない」

 

 だが、コブラは内心の懸念を余所に制限時間ゆえか、手早く己が立ち位置を示すべくデュエルディスクのついた腕をダークネスへと向け、宣言する。

 

「早速で悪いが、一つお相手願おうか」

 

「ボクの親友は! 藤原は返して貰う!!」

 

「いいだろう。貴様たちもダークネスと一つになるのだ!!」

 

 

「 「 「 デュエル!! 」 」 」

 

 

 かくして、親友(とも)を救うべく、道化の王子(ブリザード・プリンス)は傭兵を引き連れ、闇の舞踏会へと足を踏み入れた。

 

 

 

 






ダークネス編「破滅の光の犠牲を無駄にはせん! うぉぉおおぉおぉおおおお!!」

セブンスターズ編「がんばえー!」




Q:「アカデミア倫理委員会」って?

A:レッド寮の扉を爆破する人たちのことです。

――と、冗談はさておき、

アカデミアの治安を守る人たち。
島自体が学園である特殊な立地のアカデミア本校にある「島のお巡りさん」が一番近いかもしれない。

アカデミアで事件がおこれば、調査したり、犯人を捜したり、下手人を捕縛したりする。

なお、原作での事件(非オカルト)に対し、一切役に立っていない様子を見るに有能とは言い難い。



Q:闇落ち原因の両親の死亡がなくなった藤原に一体なにが……

A:いずれ分かるさ。いずれ……な。



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