マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
セブンスターズ編「生きていたのか、異世界編の覇王!!」

ダークネス編「原作GXの最シリアス格のお出ましとは――心強い!!」









第240話 優しき願い

 

 

 《超融合》――原作にて、暗黒界の面々が数多の命を糧に生み出そうとした禍つの力。

 

 

 その企みは十代によって一度は挫かれるも、その過程で多くの友を失った十代の心が闇に落ちたことで「覇王」と化した十代により引き継がれ、屍の山を積み上げて生み出された。

 

 世界すらも一つに融合する強大な力の真相は、原作でも謎に包まれている。

 

 

 しかし、この歪んだ世界においては生み出される筈のない力。

 

 

 《超融合》の製造法が記された邪神経典は、神崎が抑えており、

 

 製造法を知る暗黒界の面々は、既に精霊界で安寧を享受している。

 

「《超融合》……だと……!?」

 

 そう、存在する筈がないのだ。

 

『知っているのか、神崎!?』

 

――馬鹿な。何処で、いや、どうやって……幾ら覇王の姿をしていても、破滅の光が……どうして……

 

 アクア・ドルフィンの絶叫染みた問いかけにも、神崎は答えを持たない。原作知識ありきで動いている神崎に、この手の未知への解を導き出す力は平凡なものしかないゆえである。

 

 

 幾ら、十代が前世の「覇」の力を有しているとはいえ、原作で行う「大量虐殺」を許容できる筈がないことを気づけない。

 

 温厚な暗黒界の面々が、《超融合》の邪悪極まりない製造法に何故、辿り着けたのかすら、疑問に思わない。

 

 闇の渦のような《融合》のイラストに反し、《超融合》が鮮烈な()()()を放つイラストである事実を見落とす。

 

 

 数多の命は宇宙にも広がっていることなど、知る由もないのだろう。

 

 

 

 そうして《超融合》の力の奔流が吹き荒れるフィールドにて、覇王は現実を示すように力強く宣言した。

 

「《超融合》の力により、フィールドのモンスターで融合召喚を行う!!」

 

『馬鹿なッ!? キミのフィールドにはモンスターは1体しか――くっ、これは……吸い込まれる!?』

 

 本来ならば融合召喚には、アクア・ドルフィンの言うように一般的に2体以上の素材が必要だ。

 

 しかし覇王の元に吹きすさぶ疾風により《鋼鉄の魔導騎士-ギルティギア・フリード》の身体がジリジリと覇王が従える《E-(イービル)HERO(ヒーロー) ヘル・スナイパー》の元へ引き込まれていけば――

 

「そう、融合するモンスターはお前だ」

 

 《鋼鉄の魔導騎士-ギルティギア・フリード》は《E-(イービル)HERO(ヒーロー) ヘル・スナイパー》と共に《超融合》が放つ光に呑まれ、命の糧を得た輝きが一段と禍々しさを増した。

 

 

「完全なる勝利を導く絶対的な力!! その力の前にはあらゆるものが無力!!」

 

――《覇王城》の効果はこの為に! だが、この組み合わせで融合可能で、『E-(イービル)HERO(ヒーロー)』モンスターは……

 

 

 ヒントは散りばめられていた。《ダーク・フュージョン》に類する効果でしか融合召喚できない『E-(イービル)HERO(ヒーロー)』の特性。

 

 そして上述の縛りを解き放つ《覇王城》の効果。

 

 そう、これは導き出せなかった見落としが招いた危機。

 

 やがて過去の《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) コスモ・ネオス》との一戦が神崎の脳裏に過ったと同時に――

 

 

「出でよ! 《E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・ベイン》!!」

 

 光の渦を砕きながら現れた群青の龍の如き姿を持つ悪魔が、唯一人肌の見える口元に嗜虐的な笑みを浮かべ咆哮を上げれば、翼代わりの紺のマントを雄々しくたなびかせた。

 

E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・ベイン》 攻撃表示

星8 闇属性 悪魔族

攻3000 守3000

 

――『E-(イービル)HERO(ヒーロー)』とレベル5以上のモンスターを融合素材とするカードが……!

 

 そんな《E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・ベイン》のカードテキストに目を走らせた神崎は、その効果の厄介さに舌を巻く。

 

――破壊耐性に、全体破壊効果。このターンで即座に打てる手はない以上、退くしかない。

 

「バトルを終了し、メインフェイズ2――」

 

「させん! 罠カード《死魂融合(ネクロ・フュージョン)》! 墓地のマリシャス・エッジとレベル6以上の悪魔族たるヘル・スナイパーを裏側で除外し、融合召喚!!」

 

 だが、そんな神崎の皮算用を打ち破るように覇王の墓地に眠る悪魔たちの嘆きの声が轟けば、2つの闇がフィールド上に立ち昇る。

 

「――我が前に降り立て!! 戦慄の悪魔! 《E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》!!」

 

 そうして合わさった闇より、炎を迸らせながら現れるのは黒き悪魔の翼。

 

 その翼の持ち主たる頭部から五指の爪に似た角が伸びる黒いレザーに身を包んだ悪魔は、両手から伸びる三本のかぎ爪を見せつけるように鈍く光らせた。

 

E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》 攻撃表示

星8 炎属性 悪魔族

攻3500 守2100

 

『攻撃力3500!? くっ、此処は守りを固めるしかないよ、神崎!』

 

「いえ、これは……!!」

 

「逃がしはせん――マリシャス・デビルの効果! お前のバトルフェイズ時、全てのモンスターは攻撃表示となり、マリシャス・デビルを攻撃しなければならない!!」

 

 アクア・ドルフィンの発言を断ち切るような覇王の宣言と共に《E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》が翼を広げた瞬間に黒い風が吹き荒れ、神崎の元で膝をついて盾を構える《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) グラビート》が立ち上がり――

 

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) グラビート》 守備表示 → 攻撃表示

守2000 → 攻500

 

 

『拙い、このままじゃ!?』

 

 《E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》のかぎ爪に首を差し出すように進む《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) グラビート》の姿へ、神崎の背で浮かぶアクア・ドルフィンが焦ったような声を上げる。

 

 

しかし、そんなアクア・ドルフィンを余所に覇王は神崎の方へと手を伸ばした。

 

 

「恐れるな、願いのままに殉じよ。さすればお前の望みも叶おう」

 

 

「望み……ですか」

 

――闇のデュエルである以上、敗北は死に繋がる現状で何が叶うんだ?

 

 そんな覇王の発言の意図をいぶかしむ神崎だが、答えは出ない。なにせ今までの覇王の――破滅の光の発言は、人間的な感性から外れ過ぎている。

 

『何を訳の分からないことを!! こうなったら――神崎、今こそ手札のあのカードを使うんだ!!』

 

 だが、思考の渦に沈む神崎の意識はアクア・ドルフィンの声が引き戻し、《E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》の攻撃誘導を躱すべく1枚の手札を切った。

 

「速攻魔法《ジェネレーション・ネクスト》を発動。デッキ・手札・墓地より『HERO』『クリボー』『ネオスペーシアン』のいずれか1体を――《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エアーマン》をデッキから特殊召喚」

 

『効果の発動は完全に封じられるけど、キミなら問題ない! 融合だ!!』

 

 途端に舞い上がる疾風と共にアクアド・ドルフィンたちの頭上に飛翔したのは、プロペラの翼をもつ青きバイザーとアーマーに身を包んだ風のHERO。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エアーマン》 攻撃表示

星4 風属性 戦士族

攻1800 守 300

 

「速攻魔法《瞬間融合》発動。自分フィールドのモンスターで融合召喚を行います」

 

 そして風と共に天に逆巻く渦が、再び融合召喚を誘い2体のHEROが渦に飛び込み、互いの属性が作用しあえば――

 

「属性の違うHERO2体――《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) グラビート》と《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エアーマン》を融合し、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》を融合召喚」

 

 熱血の猛き赤いアーマーで全身を覆った太陽の化身たるHEROが天より大地に着地すれば、その背の空色のマントが遅れてはためいた。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》 攻撃表示

星7 光属性 戦士族

攻2500 守1200

 

『サンライザーを特殊召喚したことで、デッキから《ミラクル・フュージョン》を手札に加えさせて貰うよ!!』

 

「生憎、墓地に送られている為、不発です」

 

 だが、効果の一つは不発な上、その攻撃力では《E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》には届かない。

 

「だが、攻撃力が足りぬ以上、同じこと!!」

 

『サンライザーは、ボクたちのフィールドの属性1体につき、攻撃力が200アップ!!』

 

「罠カード《アームズ・コール》発動。デッキから装備カード《フェイバリット・ヒーロー》を《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》に装備。これにより、元々の守備力分だけ攻撃力がアップ」

 

 しかし、隣でさざなむ波や、空に輝く星の力を受けた《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》のアーマーの節々から光を放ち始めれば、その全身はその名の通り、太陽の如く輝き始めていく。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》

攻2500 → 攻2700 → 攻3900

 

『これでマリシャス・デビルを超えた!! サンライト・ウェーブ!!』

 

 やがて突き進んだ両者が激突し、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》と手甲の赤いブレードと、《E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》の三本のかぎ爪がぶつかり合うが――

 

「いいえ」

 

「その通りだ! ダメージ計算時、フィールド魔法《覇王城》の効果! エクストラデッキから《E-(イービル)HERO(ヒーロー) ワイルド・サイクロン》を墓地に送り、そのレベル8×200――1600パワーアップ!!」

 

 《覇王城》から漏れ出る闇が、《E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》のかぎ爪を黒く染め、より禍々しさを増せばパワーバランスは一気に崩れた。

 

E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》

攻3500 → 攻5100

 

『攻撃力5000越え!?』

 

「穿て、エッジ・ストリーム!!」

 

 そして覇王の声を合図とするように《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) サンライザー》の手甲から伸びるブレードを切り裂けば、太陽のHEROの輝きが消えうせると共に放たれた《E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》の回し蹴りによって、太陽は地に落ちる結果となった。

 

 当然その余波は神崎を着実に苛んでいく。

 

「ぐっ……っ、くぅ……」

 

神崎LP:1750 → 550

 

――姿形だけじゃない。ネオスたちと戦った時とはまるで別次元……此処まで違うのか。

 

『神崎!!』

 

「……ダメージを受けたことで墓地の《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) インクリース》……と《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ポイズナー》を魔法・罠ゾーンに置き……ます」

 

 やがてギリギリで耐えた神崎が、ライフの減少という命の目減りから立ち眩みでも起こすようにふらつく中、その足元から2つの幻影が浮かび上がった。

 

 やがて大きく深呼吸して息を整えた神崎は、身体の負傷を誤魔化しつつ次なる手を打つ。

 

「バトルフェイズを終了し、メインフェイズ2へ――魔法カード《融合》を発動。手札の《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) リキッドマン》と《N・(ネオスペーシアン)ブラック・パンサー》を融合し、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エスクリダオ》を融合召喚」

 

 マントをつけた黒豹の力を得たHEROが融合の渦により、闇の力をその身に宿し――

 

『このモンスターの攻撃力は墓地のE・(エレメンタル)HERO(ヒーロー)1体につき100上がるけど、マリシャス・デビルには……』

 

 神崎のフィールドに背に鎌にも思える4枚の翼を広げて降り立つのは、黒き体躯を持つ悪魔染みたヒーロー。

 

 大型のハサミのような右腕が墓地に眠る英傑の無念を継ぎ、禍々しく鋭利さを帯びていく。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エスクリダオ》 攻撃表示

星8 闇属性 戦士族

攻2500 守2000

攻3100

 

「融合素材となった《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) リキッドマン》の効果発動。デッキから2枚ドローし、手札を1枚捨てます。カードを2枚セットしてターンエンドです」

 

 

 

神崎LP:550 手札1

モンスター

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エスクリダオ》

魔法・罠

伏せ×2

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) インクリース》(永続罠扱い)

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ポイズナー》(永続罠扱い)

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ミニマム・レイ》(永続罠扱い)

VS

覇王LP:4000 手札4

モンスター

E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》

E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・ベイン》

フィールド魔法《覇王城》

 

 

 かくして、手痛い反撃を前に辛うじて盤面を立て直した神崎だが、旗色はすこぶる悪い。

 

 覇王のライフを1ポイントも削れていないというのに、既に神崎のライフは550と風前の灯火。

 

 だというのに、相手の余力はまだまだ健在であることが見て取れる。

 

――神崎も辛うじて守りを固めたが……これが破滅の光の本体……!

 

『強い……!!』

 

 ゆえに思わず零れたアクア・ドルフィンの呟きに、覇王は何でもないように返した。

 

「当然だ。この力は、この者の願う力の大きさゆえのもの――望む力が大きければ大きい程に、もたらされる力の総量もそれに倣う」

 

 原作GXでも、覇王の――破滅の光の力は、対象によって大きく変化している。

 

 平凡な功名心を燻ぶらせていたDDは、何処かの国の一リーグのチャンピオン程度の力を得た。

 

 幼少の迫害により世への憎悪を燻ぶらせていた斎王は、DDを破ったエドすら倒し、ネオスと共にあった十代を後一歩まで追い詰めた。

 

 そして公式な情報ではない為、定かではないが――

 

 多くの仲間を失った深い絶望の只中にて、絶対的な力を求めた十代は、精霊界中の猛者のことごとくを一蹴する力を得た。

 

 

 

 破滅の光に充てられたものは、その内の願いへの想いが、執着が、大きければ大きい程に禍々しく力強さを増していく。

 

 

『ネオス……キミは、それ程までに……!!』

 

 それが正義の化身となれば、「苦しむ恩人を救う」ことへの想いは、思わずアクア・ドルフィンが固く拳を握る程に、筆舌し難いものだろう。

 

――威力偵察の先兵を買って出たのは間違っていなかった……だが、逆を言えば、この強さは現在の状況あってのもの。

 

「アクア・ドルフィン、この場に来た我々の目的は覚えていますね?」

 

 しかし、そんなアクア・ドルフィンに神崎は無情に告げる。恐らく「自分は勝てない」と。

 

『だが、神崎! それでは――』

 

「其方のターンですよ」

 

 そうしてアクア・ドルフィンとネオスペーシアンたちに、ネオスだけでなく、神崎も見捨てる選択を強い、これ以上の問答を打ち切るように神崎は覇王のターンを促した。

 

「言われずとも――オレのターン! ドロー!」

 

 そんな神崎の足掻きを静かに見守っていた覇王がカードを引いた瞬間、僅かに動きを止めるも――

 

「マリシャス・ベインが持つ自身の攻撃力以下のモンスターを全て破壊する効果――これを躱した程度で、安心しているようならば甘いと言わざるを得んな!」

 

 攻撃力が《E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・ベイン》より、ギリギリ100高い《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エスクリダオ》程度では、アクア・ドルフィンを逃がす為の足止めにもならぬと、このターンドローしたカードを天に掲げた。

 

「魔法カード《ミラクル・コンタクト》発動!!」

 

 それは今までのE-(イービル)HERO(ヒーロー)とは別ベクトルのカード――他ならぬアクア・ドルフィンたちに馴染みが深い1枚。

 

『――《ミラクル・コンタクト》だって!? そんな……それは、ネオスの……!!』

 

「墓地の《メタモルポット》と《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ネオス》をデッキに戻し、コンタクト融合!!」

 

 かくして、突如として天に渦巻いた銀河からの光が、覇王の墓地に眠るHEROの鼓動を呼び覚ます。

 

「――救世の使者よ! 光より降り立て! 《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ブレイヴ・ネオス》!!」

 

 やがてその銀河の光に誘われるように現れるのは、身体に青のラインを走らせ、肘や型のアーマーを含めて全身が一段と強化されたネオスの姿。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ブレイヴ・ネオス》 攻撃表示

星7 光属性 戦士族

攻2500 守2000

 

「速攻魔法《ダブルヒーローアタック》を発動! ネオス融合モンスターが存在する時、墓地の『HERO』融合モンスター1体を、召喚条件を無視して復活させる!!」

 

 此処で《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ブレイヴ・ネオス》が拳を突き上げたと同時にその背後に輝く虹色のネオスペースの空間から――

 

「――甦れ、禍つの翼! 《E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》!!」

 

 鳥の翼をもつ紅の暗黒の女ヒーローが、目元のバイザーで覆えぬ口元から高笑いを響かせながら宙に躍り出た。

 

E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》 攻撃表示

星6 炎属性 悪魔族

攻2100 守1200

 

『拙い、あのモンスターは!!』

 

「バトルだ!!」

 

「自身のフィールドに元々の攻撃力と異なるレベル5以上の戦士族モンスターが存在する時、墓地より《天融星カイキ》を特殊召喚」

 

 そうして総勢4体のHEROたちの進軍へ、神崎は守りの一手とばかりに胴体部分に大口を開けた異形の口が浮かぶ鎧武者を呼び出すも、途端にアクア・ドルフィンが焦った声を漏らした。

 

《天融星カイキ》 守備表示

星5 光属性 戦士族

攻1000 守2100

 

『ダ、ダメだよ! 下手にモンスターを増やせばインフェルノ・ウィングの効果が……!!』

 

「特殊召喚された《天融星カイキ》の効果――ライフを500払い、手札・フィールドのモンスターを素材に戦士族融合モンスターを融合召喚します」

 

 そう、貫通ダメージ+効果ダメージを与える効果を持つ《E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》を前に、下手にモンスターを並べるなど自殺行為に他ならない。

 

神崎LP:550 → 50

 

 しかし、それでも残り少ないライフを振り絞った神崎の意思に従い、《天融星カイキ》は《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エスクリダオ》と腕を交差させ、融合の渦にて一つとなれば――

 

「レベル5以上の戦士族――《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) エスクリダオ》と《天融星カイキ》を融合し、《覇勝星イダテン》を融合召喚。《覇勝星イダテン》が融合召喚された時、デッキからレベル5の戦士族――《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ファリス》を手札に」

 

 紫の中華風の鎧を纏い、二本角の鬼の面をつけた鎧武者が赤紫のマントをひるがえしながら、三又の槍を迫る軍勢へと向けて構えた。

 

《覇勝星イダテン》 攻撃表示

星10 光属性 戦士族

攻3000 守2200

 

『何をしているんだ、神崎! 攻撃力が3000に下がって――』

 

 たった100とはいえ、結果的に無意味に攻撃力を下げるような真似をした神崎へ、アクア・ドルフィンは迫る覇王の軍勢を前に焦った声を漏らすが――

 

「――オレはバトルを終了し、魔法カード《一時休戦》を発動! お互いに1枚ドローする代わりに、互いに次のターンのエンド時まで一切のダメージは発生しない」

 

『攻撃……してこない?』

 

 全ての攻撃を取りやめた覇王の姿に、アクア・ドルフィンが疑問の声を漏らす。

 

「魔法カード《アドバンスドロー》発動だ! レベル8以上のマリシャス・ベインを墓地に送り、2枚ドロー! 魔法カード《HEROの遺産》を発動し、墓地の融合HEROであるマリシャス・ベインとワイルド・サイクロンをエクストラデッキに戻し、3枚ドロー!」

 

 しかし覇王は《E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・ベイン》すらも贄として連続ドローした後、1枚のカードを発動すれば――

 

「魔法カード《魔法石の採掘》発動。手札を2枚墓地に送り、墓地の魔法カード1枚を手札に! ――我が手に舞い戻れ、《超融合》!!」

 

 大地より輝く水晶がせり上がって砕ける中、その水晶の中から1枚のカード――《超融合》が覇王の元に舞い戻った。

 

『まさか、《覇勝星イダテン》を《超融合》する気なのか? しかし態々そんなことをしなくとも……』

 

 そうしてアクア・ドルフィンは、覇王の目的を推理するも、態々そんな遠回りな選択を取る意味が疑問だった。

 

 攻撃力が上回る《E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》の攻撃で十分だった筈だと。

 

「《覇勝星イダテン》は自身のレベル以下のモンスターと戦闘する際に、その攻撃力を0にできます。ただ――」

 

「《超融合》の発動に対し、お前はカードを発動することは出来ない。何を伏せたかは知らんが、そいつには確実に消えて貰う」

 

 とはいえ、神崎の言うように《覇勝星イダテン》の効果は1ターンに1度に限定されるものの、最高レベルが8の「E-(イービル)HERO(ヒーロー)」融合体にとっては鬼門と言える力を有している。

 

 2枚のセットカードの内容次第では、無傷の覇王の4000のライフすら消し飛ぶだろう。

 

 ゆえに、覇王は《超融合》の道を用意したのだ。

 

「しかし、これを躱してからになるがな――魔法カード《ダーク・コーリング》! 墓地の『E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー)』たる『スパークマン』と『クレイマン』を除外し、ダーク・フュージョン!!」

 

 だが、此処で《超融合》までの道のりの中で舞い込んだ一手を牽制交じりに打つ覇王。

 

 そして黄金のアーマーに紺のボディースーツを纏う雷のヒーローと、ずんぐりとした土色の体躯を持つヒーローが闇の渦に呑まれた先より――

 

「――降臨せよ、《E-(イービル)HERO(ヒーロー) ライトニング・ゴーレム》!!」

 

 両肩と両腕よりブレードが伸びる水色の装甲に覆われた機械的な体躯を持つ闇のヒーローが、身体の中央と両手の甲に輝く赤いコアを光らせながら大地に立つ。

 

E-(イービル)HERO(ヒーロー) ライトニング・ゴーレム》 攻撃表示

星6 光属性 悪魔族

攻2400 守1500

 

「ライトニング・ゴーレムは1ターンに1度、モンスター1体を破壊する!! 狙うは無論《覇勝星イダテン》!! ボルテック・ボム!!」

 

 やがて《E-(イービル)HERO(ヒーロー) ライトニング・ゴーレム》が己の両手の間に迸る黒いスパークを増幅させれば、後に球体状の黒い雷撃となって、《覇勝星イダテン》へと放たれた。

 

 それに対し、当然ただではやられぬ、と雷球を槍で両断する《覇勝星イダテン》。

 

 だが、実体無き紫電は槍越しに武人の巨躯を焼き、その威力に膝をついた《覇勝星イダテン》の身体は煙のように崩れる末路を辿ることとなる。

 

『あぁ!? 《覇勝星イダテン》が!?』

 

「動かんか――まぁ良い。カードを2枚セットしてターンエンドだ」

 

 頼みの綱を呆気なく失った事実に動揺を見せるアクア・ドルフィンに対し、僅かに覇王は訝しむも《超融合》を匂わせる2枚のカードで牽制。

 

「そのエンド時に罠カード《砂塵の大嵐》を発動。魔法・罠カードを2枚破壊します。フィールド魔法《覇王城》と右の伏せカードを破壊」

 

 しかし途端に逆巻いた二筋の大竜巻が、《覇王城》とその周囲に蔓延る闇を吹き飛ばしながら、神崎が動体視力で把握した《超融合》を打ち抜いた。

 

『よ、良し! 《超融合》を破壊できた!!』

 

 《覇王城》が消え、周囲に木星の衛星イオの砂地と海が戻る中、厄介なカードを狙い打ちできたことに喜色の声を上げるアクア・ドルフィンだが――

 

神崎LP:50 手札2

魔法・罠

伏せ×1

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) インクリース》(永続罠扱い)

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ポイズナー》(永続罠扱い)

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ミニマム・レイ》(永続罠扱い)

VS

覇王LP:4000 手札1

モンスター

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ブレイヴ・ネオス》

E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》

E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》

E-(イービル)HERO(ヒーロー) ライトニング・ゴーレム》

魔法・罠

伏せ×1

 

 

『これで《超融合》の脅威は一先ず去った! ……けど』

 

 盤面の差は絶望的である。

 

 ネオスを救う以前に、勝利どころか次のターンを無事に凌ぐことすら厳しい現実にアクア・ドルフィンの表情も苦しさを隠せない。

 

『この手札で、どうやって戦えば良いんだ……!』

 

「私のターン、ドロー。スタンバイフェイズを経て、メインフェイズ1へ。《N・(ネオスペーシアン)グロー・モス》を通常召喚」

 

 しかし、そんな状況でもダメージなど感じさせないように淡々とデュエルを進める神崎が、光り輝く胞子にも似た人型の体躯を持つ不思議な宇宙人を呼び出した後、アクア・ドルフィンに声をかけた。

 

N・(ネオスペーシアン)グロー・モス》 攻撃表示

星3 光属性 植物族

攻 300 守 900

 

「アクア・ドルフィン――力を貸してください」

 

『勿論だ! ただ、今の状況で私が力になれるかどうか……』

 

「罠カード《墓荒らし》を発動。相手墓地の魔法カード1枚を手札に加えます」

 

 神崎の要請に当然とばかりに一二もなく肯定を返すアクア・ドルフィンが、盤面差に後ろ髪を引かれるように意気消沈した様子を見せる横で、ボロの緑の三角帽子とローブに身を包んだ小柄な姿が歯を見せながら愉快そうな顔で嗤い声を漏らす。

 

 そんな《墓荒らし》がスコップやピッケルを背負いなおす中、その手の中には1枚のカードが握られていた。

 

「ほう、お前の狙いは――」

 

 

「――《超融合》を手札に」

 

 

 その1枚は覇王が予想したように《超融合》のカード。

 

 

 《墓荒らし》で手札に加えたカードを発動した際は2000のダメージを受けてしまうが、少々ライフはかさむものの『V・HERO』のトリガーにもなりえる一手。

 

 とはいえ、このターンは覇王が前のターンに発動した魔法カード《一時休戦》により一切のダメージが発生しない為、ダメージ云々の件は無視できるが。

 

 

 そんな《超融合》を手札に加えてジッと見つめる神崎の姿に、アクア・ドルフィンはこれから打たれる逆転の一手を理解し、ハッとした表情を見せる。

 

「この布陣……まさか、キミは!!」

 

「なんとかネオスの心に呼び掛けてください。これが、今の私に用意できる最後のチャンスです」

 

 だが、逆転と言えども、盤面を盛り返すのが関の山。

 

 《一時休戦》の効果により、このターンの終わりまで覇王のライフに傷をつけられない以上、次のターン以降からも苦しい展開が続くだろうが、絶望的な状況が多少マシになる。

 

 さらに、この一手でネオスを救い出せなければ、神崎はネオスの生存云々を論じていられない。そんな瀬戸際に神崎とアクア・ドルフィンたちは立っているのだ。

 

「手札1枚をコストに発動せよ――」

 

 やがて小さく息を吐いた神崎を、アクア・ドルフィンが見守る中、運命の時は来たる。

 

 さすれば周囲に予兆のような疾風が吹き始め、明滅する小さなスパークが少しずつ大きくなり、今フィールド上にて眩いまでの光が――

 

 

「――《超融合》!!」

 

 

 瞬いた。

 

 

『ネオス!!』

 

 途端に《超融合》の禍々しい光が力となって荒れ狂い、破壊的に暴れ狂う暴風を引き起こす中、アクア・ドルフィンは己の限界以上に声を張り上げる。

 

『キミと、ボクたちネオスペーシアン!! そしてHERO!! それら5体のモンスターで融合召喚を行う!!』

 

 この声が、少しでもネオスに届くように。

 

『キミの誰かを救いたいという願い!! その根底にある想いはこんな形で果たされるものじゃない筈だろう!! 正しき闇の力を! 全てを包む優しき力を思い出すんだ!!』

 

 ネオスペーシアンたちとの絆を示すように。

 

『キミと! 僕たちとで!』

 

 正しき闇の力を持つ同志として、仲間として、限界を超えて叫ぶ(願う)

 

『――超融合!!』

 

 やがてフィールド全域に広がる暴風と光が――

 

 『ネオスペーシアン』カードこと、《N・(ネオスペーシアン)グロー・モス》を、

 

 『ネオス』カードこと、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ブレイヴ・ネオス》を、

 

 『HERO』カードこと、E-(イービル)HERO(ヒーロー)」たちを、

 

 

 5体のモンスターを呑み込まんと荒れ狂い、収束を始める。

 

 

 ネオスの終着点たる力――神の名を関する正義の味方(E・HERO ゴッド・ネオス)へ向けて。

 

 

 

 そして《超融合》による光の奔流が弾けるように周囲に散った。

 

 

「――っ……!!」

 

『――うゎあぁあぁぁあああわぁああ!!』

 

 逃げ場を求めるように爆発的に周囲を広がったエネルギーの奔流に吹き飛ばされ、二転三転するアクア・ドルフィンが、

 

 

 吹き飛ばされまいと足で砂地を削って踏ん張った神崎が、

 

 

 赤のマントを揺らし悠然と佇む覇王が、

 

 

 三者三様の反応を見せる彼らが光の収まった方へと視線を向ければ――

 

 

『い、一体何が……』

 

「やはり発動できない……か」

 

 フィールドは《超融合》を発動する前と一切の変化は見られない。

 

 唯一の違いは、吹き飛んだアクア・ドルフィンを受け止めた神崎の手から《超融合》のカードが光となって消えていく光景のみ。

 

 

 失敗した。状況は揃っていた筈なのに。

 

『そ、そんな……どうしてだ、ネオス!』

 

「カードが拒絶した――ただ、それだけのこと」

 

『ネオスが僕たちを拒絶する筈がない!』

 

「其方の男が一番よく分かっている筈だ」

 

『神崎?』

 

――神崎がネオスを拒絶した? いや、そんな筈はない!

 

 予期せぬ事態の中、覇王の主張へ僅かに意図を図り兼ねるも、すぐさま否定したアクア・ドルフィンは、神崎に向けて願うように声を張る。

 

『神崎! 苦しいかもしれないが、もう1度チャンスを作ってくれ、頼む!』

 

「《超融合》が私を拒絶した……ですか?」

 

「愚問だな。答えを求めぬ問いかけに何の意味がある?」

 

 エクストラデッキに存在しないカードを呼び寄せようとした反動だとしても、状況的に別のカードを呼び出すことは可能だった。

 

 しかし、それすらないとなれば――と半ば確信めいた考察を問うた神崎だが、覇王の返答などなくとも、嫌と言う程に理解させられていた。

 

「アクア・ドルフィン――ネオスペーシアンの皆さんを連れて直ぐに地球に向かってください」

 

『何を言っているんだ! まだ! まだ負けていない!!』

 

「私はカードを1枚セットしてターンエンドです」

 

 やがて小さく息を吐いた神崎が、ネオスペーシアンたちに撤退を告げるが、アクア・ドルフィンは納得できないと励ましの言葉を選ぶが――

 

『勝負は終わっていない! 諦めちゃ駄目だ!!』

 

「そうですね。勝負は終わっていない。だからこそ、次に託すんです」

 

 神崎が、その言葉を別の形で受け取った様子を見るに、アクア・ドルフィンの声は正しい意味では届いていないように思えた。

 

 

神崎LP:50

モンスター

N・(ネオスペーシアン)グロー・モス》

魔法・罠

伏せ×1

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) インクリース》(永続罠扱い)

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ポイズナー》(永続罠扱い)

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) ミニマム・レイ》(永続罠扱い)

VS

覇王LP:4000 手札1

モンスター

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ブレイヴ・ネオス》

E-(イービル)HERO(ヒーロー) マリシャス・デビル》

E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》

E-(イービル)HERO(ヒーロー) ライトニング・ゴーレム》

魔法・罠

伏せ×1

 

 

 そうしてランダムでバトルを強制終了させる効果を持つ《N・(ネオスペーシアン)グロー・モス》が棒立ちの状態でターンを終えた神崎へ、覇王はデュエルの終局を感じつつポツリと零す。

 

「憐れだな。苦しかろう――今、楽にしてやる」

 

 今、願いに願えども、決して叶えることが出来なかった彼の望みが此処に叶う。

 

 その祝砲代わりにデッキに手をかけた覇王はカードをドローし――

 

「オレのターン、ドロー! このスタンバイフェイズに除外されていたヘル・ゲイナーが帰還するが、再び効果により除外し、インフェルノ・ウィングに2回攻撃を付与する!!」

 

 外骨格に覆われた二本角の闇のヒーロー《E-(イービル)HERO(ヒーロー) ヘル・ゲイナー》が異次元より影を落とし帰還するも、

 

E-(イービル)HERO(ヒーロー) ヘル・ゲイナー》 攻撃表示

星4 地属性 悪魔族

攻1600 守 0

 

 再びその身体は闇に溶け、最初のターンの焼き増しのように《E-(イービル)HERO(ヒーロー) インフェルノ・ウィング》の影となる。

 

「そしてライトニング・ゴーレムの効果! グロー・モスを破壊! ボルテック・ボム!!」

 

 更に《E-(イービル)HERO(ヒーロー) ライトニング・ゴーレム》の両の手の平から再び黒い雷撃が放たれ、光り輝く《N・(ネオスペーシアン)グロー・モス》の身体は胞子が飛ぶように弾け散った。

 

「手札から《E-(イービル)HERO(ヒーロー) アダスター・ゴールド》を墓地に送り、魔法カード《ダーク・コーリング》を手札に加え、そのまま発動!!」

 

 そして覇王の頭上に跳躍した黄金の鎧を持つ紫のボロのマントをはためかせた闇のヒーローが生み出した闇の渦がうごめいた瞬間に、神崎は叫んだ。

 

「行ってください、アクア・ドルフィン」

 

『だけど!!』

 

「墓地の悪魔族たるアダスター・ゴールドと岩石族の《原始生命態ニビル》をダーク・フュージョン!!」

 

「行けっ、アクア・ドルフィン!!」

 

 黄金の鎧と巨大な隕石が混ざり合う中、撤退を踏み切れないアクア・ドルフィンを叱責するような神崎の声が響くが、アクア・ドルフィンは覚悟を決めたように神崎の肩に手を置き、自分の拳で胸を叩いた。

 

『僕は残る! 情報を伝えるのは、他のネオスペーシアンたちに任せるよ! キミを見捨てるような真似は出来ない!!』

 

「全員生きて戻れる保証がない以上、1人でも多い方が良い!! それが分からない貴方じゃないでしょう!!」

 

 しかし、それでも神崎はアクア・ドルフィン()逃げるように指示する。破滅の光が広大な宇宙を浸食する速度を読み違えていた件がある以上、可能性は多い方が良い。

 

 いや、そもそもアクア・ドルフィンが残ったところで何の意味もない。犠牲が無駄に増えるだけだ。

 

『まだ諦めるには早いだろう!!』

 

「――もう詰んでるんだよ!!」

 

 それでも不屈を訴えるアクア・ドルフィンが、初めて聞いた神崎の怒声に身をすくませる中――

 

「――降臨せよ、《E-(イービル)HERO(ヒーロー) ダーク・ガイア》!! ダーク・ガイアの攻撃力は素材としたモンスターの攻撃力の合計となる!!」

 

 マグマの血管が奔る漆黒の悪魔の全身を、灰色の鉱石の装甲が覆えば、熱風と共に黒の翼を広げた闇のヒーローから発せられる強大なプレッシャーにて空間を揺らす。

 

E-(イービル)HERO(ヒーロー) ダーク・ガイア》 攻撃表示

星8 地属性 悪魔族

攻 ? 守 0

攻5100

 

『攻撃力5100!?』

 

「バトルだ!! ライトニング・ゴーレムでダイレクトアタック!! ヘル・ライトニング!!」

 

「罠カード《死魂融合(ネクロ・フュージョン)》発動!! 墓地のHERO3体を裏側除外し、《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) トリニティー》を融合召喚!! 融合召喚したターン《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) トリニティー》の攻撃力は倍になる!!」

 

 がら空きの神崎へ《E-(イービル)HERO(ヒーロー) ライトニング・ゴーレム》から放たれる黒きイカヅチの奔流が迫るが、その射線上より大地を砕き現れた赤きアーマーに身を包んだヒーローによって遮られる。

 

 やがて重厚な両肩のアーマーがブースターのように展開し、空気を裂く音が響かせながら震える大気を前に《E-(イービル)HERO(ヒーロー)ライトニング・ゴーレム》は足で大地を削りながら押し戻されることとなった。

 

V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) トリニティー》 攻撃表示

星8 闇属性 戦士族

攻2500 守2000

攻5000

 

『まだ隠し玉があったんだね、神崎! 攻撃力5000なら――ぁ』

 

 圧倒的な攻撃力に興奮気味に拳を握るアクア・ドルフィンだったが、遅れて気づいた現状に言葉を失った。

 

 そう、この状況を凌ぐには、攻撃力が僅かに足りない。

 

 分かっていたのだ。相手が《ダーク・コーリング》をサーチした段階で。墓地のカードを把握していた神崎には、己の敗北が。

 

 ギリギリのところで凌げていた天秤が、巻き返し不可能な程に傾いていたのが。

 

『――直ぐに助けを呼んでくる……! だから神崎!! キミも最後まで生きることを諦めちゃ駄目だ! 待っていてくれ!!』

 

 そうして突き付けられた敗北に、アクア・ドルフィンがネオスペーシアンたちを連れ、地球に向かい始めるが――

 

「最後の足掻きか――ならば、ダーク・ガイアの一撃で散れ!! ダーク・カタストロフ!!」

 

 そんな背中を追うように天へ腕を掲げた《E-(イービル)HERO(ヒーロー) ダーク・ガイア》の右腕より周囲の大地を収束させた巨大な隕石が生成されていく。

 

 やがて放たれんとする巨石の襲来に《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) トリニティー》も、両肩のブースターをふかしながら振り絞った拳を加速させつつ放った。

 

 

 そうして《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) トリニティー》の右拳と、

 

 

 

 《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ブレイヴ・ネオス》の()()がぶつかり合った。

 

 

 

 自身の効果で《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ブレイヴ・ネオス》の攻撃力が2600になっていようとも、《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) トリニティー》の攻撃力5000が相手では当然のように力負け。

 

 

 結果、覇王の元に吹き飛ばされた《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ブレイヴ・ネオス》は光と消えていく。

 

 

覇王LP:4000 → 1600

 

「――っ!? くっ、なにが……!?」

 

「まさか……」

 

 その想定外の余波に苦悶の声を漏らす覇王を余所に、神崎が思わず呟く中、光と消えた先から通常状態のネオスが舞い戻った。

 

E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) ネオス》 攻撃表示

星7 光属性 戦士族

攻2500 守2000

 

「ネオス……だと?」

 

『キミが伏せていた罠カード《アームズ・コール》で装備させた《インスタント・ネオスペース》の効果だ。装備モンスターが破壊された時、私自身を復活させる』

 

 そうして他ならぬ「ネオス自身」が、このバトルの経緯に不可解なものを感じる覇王へ静かに語るが、覇王の望む説明にはなっていまい。

 

「おい、よせ」

 

「だが、攻撃を誘導する類いのカードは、あの男の元には存在していない筈だ!!」

 

「よせ……やめろ、ネオス!!」

 

 そうして状況の把握に努める覇王を余所に、ネオスの行動を理解した神崎がらしからぬ程に焦った声を飛ばす姿に、覇王の動きがピタリと止まり――

 

「――まさか、貴様ッ!!」

 

キミたち(E-HERO)もヒーローならば、どうか道をあけてくれ』

 

 ネオスの元へ視線を向けた覇王の視界に映るのは、攻撃姿勢を解いたE-(イービル)HERO(ヒーロー)たちの姿。

 

 やがて一際天高く跳躍したネオスに神崎は再び叫ぶ。

 

「――やめろ! そんなことしなくて良い!」

 

 そう、彼らはあくまで先兵だ。勝利に固執する必要はない。

 

 神崎が敗れようとも、後の面々が倒せば済む話。

 

 ゆえに神崎の判断は早かった。握った右拳を以て全力で己がデュエルディスクに一撃を放つ。

 

 理外の膂力による一撃は、既存製品など一瞬にして木端微塵にできる。

 

 

 だが、神崎のデュエルディスクは無傷。

 

 ならばと、自身のデッキを崩そうとデュエルディスクの投入部に神崎は手刀を放つが結果は変わらない。

 

 

 闇のゲームによって守られた「デュエル」を何人たりとも侵すことは叶わない――そう、突き付けるように。

 

 

「――ネオス!!」

 

『十代のことを頼む』

 

 もはや神崎に出来るのは未練がましく叫ぶしかない。そして、その程度の言葉ではネオスが止まらないことは他ならぬ神崎自身がよく分かっていた。

 

 

 やがて跳躍したネオスの必殺の手刀が、両肩のターボによって底上げされた《V・(ヴィジョン)HERO(ヒーロー) トリニティー》の右拳に敗れ、激突に敗れた残りのエネルギーはネオスの身を打ち砕き、その余波が覇王を襲う。

 

 

覇王LP:1600 → 0

 

 

 そうして余波を受けて倒れ行く覇王を余所にネオスの瞳に映ったのは、己へと必死に手を伸ばす神崎の姿。

 

――済まない、キミに嫌な役を任せてしまって。

 

 その姿を見たネオスは、己の決断は正しかったのだと満足気に瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして砕け散る闇のデュエルの空間、そして完全に崩れていく《超融合》のカード。さらに急速に消えていく破滅の光の気配に、アクア・ドルフィンは状況の変化を感じ、神崎の元に戻るが――

 

『破滅の光の反応が――ぇ』

 

「馬鹿……な」

 

 そこに望んだ光景など、広がってはいなかった。

 

 ギリギリでネオスの心を引き戻し、逆転勝利を収めて笑いあう二人などありはしない。

 

 倒れたネオスに駆け寄り、必死な形相で治療の手を尽くす神崎が唯一いるだけ。

 

 

 そんな中、アクア・ドルフィンの視界の端で、うつむけに転がる覇王の欠けた鎧から、破滅の光が漏れつつ削れるように消えていく中、瀕死の声が零れた。

 

「オレごと、己から……命を捨てる……など」

 

 覇王には――いや、破滅の光には理解できなかった。叶えたい願いをかなぐり捨てて自死を選んだネオスの心が。同化していたにも拘わらず、その心の機微が分からない。

 

 このデュエルが神崎にとって救いになることを、ネオスは理解していた筈なのに最後の最後で彼の道理に合わぬことをしたのは何故なのかと。

 

 そうした覇王の呟きに思わず足を止めたアクア・ドルフィンは、憐れむような視線を向けつつ静かに答える。

 

『…………違うよ、覇王――ネオスは、彼は……願ったんだ』

 

 そう、アクア・ドルフィンにはネオスの決断が我がことのように理解できた。

 

『キミの言うように願ったんだ!! その願いで自分がどうなるかも全てを理解した上で!!』

 

 十代の願いを受け、破滅の光と共に戦い、苦楽を共にしてきた無二の仲間であるゆえに分かる。

 

 ネオスは願ってしまったのだ。デュエルによって神崎の心に触れ、戦う相手の姿を感じ、願ったのだ。

 

 

『――()()()()()!!』

 

 

 生きていて欲しい――と。

 

 

 きっと神崎は「正しく」()ないのだろう。

 

 ひょっとすればネオスが命を懸けて救う価値なんて、なかったのかもしれない。

 

 それでも地位も名誉も何もかも捨てて、二つ返事で共に宇宙に飛び立ってくれた友人の為なら惜しくはなかった。

 

「そう……か。これが……」

 

 そんなアクア・ドルフィンの慟哭を前に破滅の光の疑問が今、氷解していく。

 

 疑問だった。

 

 ネオスの掌握は完全に済んでいた状況で全ての影響を無視してデュエル中に動き出したイレギュラーの原因が。

 

 相手の願いを叶えている筈だというのに、その願いを否定するネオスの行動がただただ疑問だった。

 

 だが、なにも難しい話ではない。

 

 

「“願い” か」

 

 

 破滅の光はネオスの願いを叶えただけだ。

 

 奇跡でも何でもない。いつもと変わらぬ話だった。

 

 ただ、一つばかり違いがあるとすれば、これまでの己が欲望のままに願う者たちと、少しばかり毛色が違っていた――たった、それだけの違い。

 

 

 

 覇王の鎧の崩壊と共に、己の崩壊を自覚する破滅の光の視線の先には、死にゆくネオスに手を尽くす神崎の元へと向かうアクア・ドルフィンとネオスペーシアンたちが映る。

 

 涙を流す異形の面々の姿は、お世辞にもお綺麗なものではない。

 

 だが今は、彼らの背を眺めているだけで破滅の光の内にあるなにかは満たされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなイルカ(アクア・ドルフィン)ハチドリ(エア・ハミングバード)スカラベ(フレア・スカラベ)発光体(グロー・モス)の異形の人型の面々と、モグラ(グラン・モール)黒豹(ブラック・パンサー)が固唾を呑んで見守る中――

 

「死ぬな、ネオス! しっかりしろ!! 直ぐに治してやる! だから、死ぬな!!」

 

 ネオスの意識を繋ぎ止める為に必死に声を送る神崎が、様々な処置を施していた。

 

 らしからぬ程に取り乱す神崎だが、致し方あるまい。

 

 こんなところで死ぬ筈がなかった相手を、自分の過失が殺したのだから。

 

 いや、違う。

 

 死んでいるべき人間のくだらない価値観に沿った行動が、これから多くを救うであろうヒーローを殺してしまった。そう評すべきやもしれない。

 

『短い間だったが……キミに会えて良かった』

 

「なにも良くない! キミは此処からなんだ! 遊城くんと一緒に色んな旅をして! 沢山救って! 多くを積み上げるんだ!」

 

 やがて体が光となって崩壊を始めるネオスの遺言のような言葉が届くが、神崎は取り合わない。

 

 死なない。死なせはしない。そんな希望に縋って手を打ち続ける。

 

 

 冥界の王やアヌビスから奪った魔術による治療。

 

 ゼーマンに精霊界から取り寄せさせた《ブルー・ポーション》などの回復道具のストックの消費。

 

 果てはカードの実体化を用いて治療を行っていく。

 

 

 だが、忘れてはいまいか?

 

 

 「死」とは覆せぬからこそ重いのだ。

 

 

 あらゆる手を用いようともネオスの崩壊は止まらない。デュエルの絶対性は何処までも無情だった。

 

 

 敗者には死を――それが闇のゲームの掟。

 

 

――治らない……何が駄目だ、何が問題だ、分からない。どうして、分からない!!

 

「なにか、なにか方法がある! なにか! なんでもいい!!」

 

 持ちうる様々な手段を講じる神崎だが、焦りの声と共にその手が緩慢さを覚え始める。それは打つ手がないことの証明。

 

 ゆえに、それを感じたアクア・ドルフィンはネオスペーシアンを代表して神崎の肩に手を置き告げる。

 

『……神崎、ネオスの最後の言葉を、どうか……聞いてあげて欲しい』

 

「――勝手に諦めるな!!」

 

 だが、その手は神崎によって乱雑に払われた。もはや、アクア・ドルフィンたちもかける言葉が見つからない。

 

 

 

 変わっていない。何も変わっていない。何一つ変わってなどいない。

 

 

 潰れた両親の死体を眺めていた日から何も変えられてはいなかった。

 

 

 どれだけ力を得ても、大切にしようと思ったものは全てその掌から零れ落ちていく。

 

 

 あの時にホルアクティの前で死んでおくべきだったのかもしれない――そんな考えすら脳裏に浮かぶ。

 

 

 神崎がいなくとも、KCの乃亜たちの助力があれば、多少のズレがあれど、凡そはGXを無事に終えられただろうに。ネオスも死ななかっただろうに。

 

 

「また……また、なのか」

 

 

 己は何をやっているのだろうか――脳裏を過るのは後悔ばかり。

 

 

 年ばかり無駄に重ねて、力だけ無駄に膨らんで、

 

 

 そんな己が、誰かを救えるのだと驕った結末がこれだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……願え」

 

 だが、そんな中、声が響いた。

 

 その声にハッと顔を上げた一同の視線の先には、崩壊寸前の覇王の鎧に包まれた破滅の光の姿。

 

 

「助け……られるのか?」

 

 

 縋るような一同の視線の中、問われる神崎の言葉に破滅の光が返す言葉は一つしかない。

 

 

「願え」

 

 

――お前たちのような者ばかりならば、オレは……

 

 

 その発言の意図を遅ればせながら理解したアクア・ドルフィンが制止の声を叫ぶより早く――

 

 

『止めるんだ、神崎!!』

 

 

「――ネオスを助けてくれ!!」

 

 

 最後の願いが果たされた。

 

 

――破滅の光などと呼ばれることはなかったのやもしれん……な。

 

 

 かくして禍々しい光が次元を歪ませ始める。

 

 

 

 取り返しのつかない領域まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 化け物の頭が描かれ彫られた巨大な門の前に、いつの間にやら神崎は立っていた。

 

 周囲にあった筈の木星の衛星イオの風景はなく、ネオスやネオスペーシアンたちすらこの場にはいない。

 

 此処にあるのは崩壊寸前の岩肌の大地と、鎖によって封じられた件の巨大な門、そして空に広がる宇宙だけだ。

 

 

「この扉を開く者は、新たな力を得る」

 

 

 巨大な門より、くぐもった声が響く。

 

 

 そんな急変した状況に理解が追いついていなかった神崎だが、自身が先程まで何をしていた――いや、何を願ったのかを把握し、すぐさま思考を回す。

 

――今、もっとも重要視すべきは可能性の話。ネオスを救えるか否か。

 

 この広大な空間を調査する時間は神崎には残されていない。

 

 判断材料は門と、その発言。

 

 そして自身の手にいつの間にやら握られていたテキストが謎の文字(アストラル文字)で表記された黒いカードのみ。

 

 テキストの意味は読み取れないが、カードイラストに浮かぶ「78」の数字を辛うじて読み取った神崎の脳裏を過るのは――

 

――黒い枠、「×(かける)」の素材表記。なら、これはエクシーズモンスター。「78」の数字……確か、5D’sの次作主人公がナンバリングされたエクシーズモンスターを集めていた……筈。

 

 

 神崎が殆ど把握していない遊戯王シリーズ――遊戯王ZEXAL(ゼアル)の原作情報。

 

 詳細な原作知識を5D’sまでしか有していない神崎にとって殆ど未知の領域。

 

 

「だが代償として、一番大事なものを失う」

 

 

 そうして思考にふける相手に、門は静かに力の代償を告げるが、神崎は反応らしい反応を見せない。

 

――命……はない。相手が何らかの対価を要求している以上、此方にさせたい「なにか」がある筈だ。他に失う可能性のあるもの……はは。

 

 

 しかし、そんな思考の最中、思わず小さく吹き出すように乾いた笑いで己を嗤った神崎は、思考を切り上げ門へと向き直った。

 

 

 一番大事なもの。大切なもの。失いたくないもの――それらを代償とする取引。

 

 

 そんな脅し文句を前にすれば、嗤いたくもなろう。

 

 

「今更、何を奪えると言うんだ」

 

 

 もはや彼には何も残っていないと言うのに。

 

 

 かくして、彼は扉を開く。

 

 

 

 その先に望む結末が、あると信じて。

 

 

 

 





変わらないな、お前は



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