マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
強欲なバブルマンはOCG版でも、やはり強欲(濡れ衣)





第246話 アカデミアの洗礼

 

 

 万丈目のフィールドには――

 

 黄金の竜を模した鎧を身に纏う竜使いの上半身に、長大な竜の下半身を持つ《竜魔人 キングドラグーン》が、

 

 そして銀に輝く鎧を身に纏い、巨大な剣と盾を左右に携えた《竜の騎士(ドラゴン・ナイト)》が、

 

 橙の羽毛の翼に、同色の甲殻に覆われた黒い大剣を構えた細身の人型の竜《ドラグニティアームズ-レヴァテイン》が立ち並ぶ。

 

 

 だが、その反面、十代のフィールドには、カード一つたりとも存在しない。

 

万丈目LP:3000 手札1

モンスター

《竜魔人 キングドラグーン》攻2400

竜の騎士(ドラゴン・ナイト)》攻2800

《ドラグニティアームズ-レヴァテイン》攻2600

魔法・罠

《アークブレイブドラゴン》(装備扱い)

伏せ×1

VS

十代LP:700 手札0

モンスター

なし

魔法・罠

なし

 

 

 先攻を取った十代が魔法カード《手札抹殺》を挟みつつ、《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) フレイムウィングマン》と《E・(エレメンタル)HERO(ヒーロー) スパークマン》を呼び出し、セットカードも伏せてターンを終えたが、

 

 

 万丈目が繰り出した《ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-》を起点としたドラゴンたちの大量展開からの魔法カード《巨竜の羽ばたき》でセットカードを除去され、攻撃力2000オーバーの3体のドラゴンたちの攻撃にヒーローたちは敗れ去った。

 

 

 次に繋がる筈だったセットカードも失った今の十代には、希望どころか文字通りカード一つたりともありはしない。

 

 

「諦めろ。もう結果は見えた」

 

「へへっ、デュエルってのは最後の最後まで勝敗が分からないから楽しいのさ!」

 

 ゆえに万丈目の冷たい降伏勧告がくだされるが、十代の闘志はこの程度で折れる程に安くはない。

 

 むしろ先の雪乃とのデュエルも含め、次々とワクワクする相手の連続にテンションが上がりっぱなしだ。

 

 そうして、逆転をかけた十代のドローが――

 

「ドロー! 来たぁ! 魔法カード《ホープ・オブ・フィフス》! 墓地の5体のHEROをデッキに戻して2枚ドローす――」

 

「カウンター罠《魔宮の賄賂》発動。その魔法の発動を無効にし、相手にカードを1枚ドローさせる。終わりだ」

 

 今、煌めいた――と同時に万丈目のセットカードから放たれた小判が弾き落とす。

 

 これにて希望を繋ぐ筈だった2枚のドローは1枚に大きく減衰し、十代の奮闘を悪足搔きとばかりに封殺していく。

 

 たった1枚のカードでは、ドラゴン族をあらゆる「対象を取る効果」から守る《竜魔人 キングドラグーン》の力も、

 

 万丈目の墓地に眠る魔法カード《復活の福音》による「1度の破壊耐性」も、超えきることは難しいだろう。

 

「いいや、今俺が引いたカード! 魔法カード《ミラクル・フュージョン》が奇跡を起こすぜ!」

 

 しかし、十代のドローはその上を行く奇跡を起こす。

 

 墓地のモンスターを除外することで、この絶望の突破口となる光の力が天より差し込む。

 

 そうして()()()()()()降り立つのは漆黒の身体に赤い血脈を巡らせる巨大なドラゴンが翼を広げたまま、大地を揺らして地上に降り立った。

 

《冥王竜ヴァンダルギオン》 攻撃表示

星8 闇属性 ドラゴン族

攻2800 守2500

 

 

「あれは!? カード効果を無効にした際に特殊召喚されるドラゴン!?」

 

「竜王サマは今日も絶好調みたいね」

 

『拙いよ、十代……!』

 

 三沢の解説を余所に、からかうような雪乃の声がこぼれる中、ユベルは最悪の状況に十代を見やる。

 

「終わりだと言った筈だ――魔法カードを無効にし、呼び出されたヴァンダルギオンは相手に1500ポイントのダメージを与える」

 

 だが、それより先に万丈目の宣言が理解の追いつかぬ十代の元に届き――

 

「えっ?」

 

「――冥王葬送(めいおうそうそう)

 

 漆黒の顎を開いた《冥王竜ヴァンダルギオン》から地の底から咆哮が響くと同時に、闇色の衝撃波となって十代に叩きつけられた。

 

 

十代LP:700 → 0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして十代は、万丈目に敗北を喫した――だが、即座に再戦を願おうとした十代は、闇色の視界の只中にて木霊する何者かの声に引き寄せられる。

 

「(起きろ……起きるんだ……早く)」

 

「次のページをシニョール遊城に――シニョール遊城?」

 

「(十代……起きろ、十代)」

 

 その二つの声の一つによって、楽しいデュエルの真っただ中の十代を引き戻すように、小声と共に身体が揺らされるも、万丈目との再戦に魅入られた心は動かない。

 

『寝かせといて上げてくれよ。全く気の利かない……』

 

「ノン。シニョール三沢。必要なイーノ」

 

「むにゃむにゃがっちゃ……ん? ――うぉっ!?」

 

『十代!?』

 

 だが、突如として十代の身体は宙に浮かび、十代の寝顔を眺めていたユベル共々驚きに満ちた。

 

 やがて数日前の万丈目とのデュエルを夢に見ていた十代は、寝ぼけまなこを擦って視界に映る自身の襟首をつかんで宙吊りにする額に青筋を浮かべたクロノスの姿を把握。

 

「シニョール遊城! お休み気分ナーラ、寮のベッドで寝るーノ! そっちの方が疲れも取れーテ、良いノーネ!」

 

「へへっ、悪ぃクロノス先生。つい……」

 

「ついも、へちまもないノーネ! この際だカーラ! 確認ついでに言っておくーノ!」

 

 そうして受けたお叱りを前に十代は参ったように頭をかくが、我慢がならぬ様子でクロノスは苦言を続ける。

 

「ワタクシも『受けて良かった』と思われるような授業にしまスーガ、我が校では授業を無理に出席する必要はないーノ」

 

 新体制のアカデミアにおいて「授業への出席」は必須ではない。サボろうが、休もうが一切のペナルティは発生しないのだ。

 

 ゆえに、先も告げたように授業中に寝るくらいなら、きちんとした環境で眠り、しっかり疲れを取った方が合理的であろう。

 

「定期試験と卒業試験――この2つを突破できーて、リスペクトの心さえ持っていレーバ学園としても文句ありマセーンヌェゥ!」

 

 だが反面、定期試験などを落とせば、病気などのやむを得ない事情がない限り、一切の救済措置は存在しない。所属寮の格下げや、最悪の場合は退学処置すら容赦なく行使される。

 

 リスペクトの心に関しては、実技試験などの際に「態度」や「言動」によって判断される――が、今は本筋と関係ない為、割愛させて貰おう。

 

「過去には、1度も授業に出席することなく卒業した生徒もいたノーネ」

 

 やがて「先~生~、今日までお世話になりました~」などと言った極端な一例(もけ夫)の声がクロノスの脳裏を過るが――

 

――あのシニョール(もけ夫)の場合は、ゆるーくなる前が文句なしの優秀な生徒(トップエリート)だカーラ、例外中の例外なノーネ。

 

「デスーガ、貴方たちーの自分の制服の色を見なサーイ!! イエロー!! イエローなノーネ!! 筆記・実技! そのどちらの力も足りないゆえの色分けナーノ!」

 

 眼前の十代が身に纏う黄色い制服が示す現実を叩きつけるクロノス。昔話ではないが、(ブルー)(イエロー)の競争で、(イエロー)が居眠りすれば結果はお察しであろう。

 

「己の立ち位置を、しかと自覚するノーネ!! 次、寝ている生徒がいたーラ! 問答無用で叩き出すノーネ! 寮のベッドで好きなだけ寝ルーノ!」

 

 そして入学したばかりゆえか、未だ浮足立つ調子が抜けないラー・イエローの1年生の気を引き締めるべく、最後の最後とばかりにクロノスは強い口調でたしなめた。

 

「…………オホン、授業に戻るノーネ」

 

「うおっ!?」

 

『十代!? 大丈夫かい!?』

 

 かくしてクロノスが咳払いしたと同時に、その腕から解放された十代は、椅子の上にドスンと落ちることとなる。

 

 文字通り、次はない。

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、本日の授業もつつがなく終了し、放課後となった学園の廊下にて十代と並んで歩く三沢が呆れた様子で零した。

 

「十代、授業中にああも居眠りするのは流石に感心しないな」

 

「いやー、悪かったって。昨日、徹夜でデッキ調整してたから……ふわぁ~、どうにも眠くってさ」

 

 だが、十代とて無意味に寝不足な訳ではない。形はどうあれ、アカデミアの本分である「デュエルの腕」はしかと磨いている。

 

「万丈目とのデュエルの結果(敗戦)に思うところがあったのか?」

 

「おう! また挑戦するぜ! だからさ――届け出だっけ? それの書き方、教えてくれよ、三沢! 頼む、この通りだ!」

 

 ゆえに過去の万丈目とのデュエルのリベンジ――までの手続きを願いでる十代。こうした堅苦しい書面系統は、彼の苦手なところ。

 

「悪いが、力になれそうにない。あの日の様子を見るに向こうが応じるとは思えなくてな」

 

 しかし、三沢は困ったように頬をかいて言葉を濁す。それもその筈――

 

「あー、そういや『得られるものがない』とか何とか言ってたな……やっぱ、ダメ?」

 

『もう良いじゃないか、十代――「感覚頼りのデュエルが、いつまでも通じると思わんことだ」なんて、ボクの十代を知った気になった失礼なこと言うヤツのことなんて』

 

 万丈目からの十代への評価は非常によろしくない。その辛辣っぷりは思わずユベルが嫌悪感を出す程だ。

 

「ああ、『双方の同意』の部分がネックだろう」

 

「おーい、遊城ー! 三沢ー! ――って、今忙しかったか?」

 

 そうして、話し合っていた二人だったが、手を振りつつ声をかける大小二つの影に其方へ意識を移すこととなる。

 

「小原と大原か。いや、『十代と万丈目との再戦が難しそうだ』と途方に暮れていたところだ」

 

「いやー、なんか色々手続き多くて面倒だよな!」

 

「……あれだけボッコボコにされた癖に、また挑戦したがるなんて物好きだな」

 

「で、でも、そこが遊城くんの良いところだよね。ボクは、い、いつもしり込みしちゃうから……」

 

 その2つの影こと同じイエローの1年生――小原と大原の小大コンビと軽く世間話に花を咲かせた後、代表して三沢が要件を問うた。

 

「それで二人はどうしたんだ? 小原の件なら――」

 

「それなんだけど――もう直ぐ試験だろ? 先輩から勉強会しないかって誘われてさ。お前らもどうだ?」

 

 そして提案されるのは「勉強会」との話。もうじき十代たちが入学して初めての定期試験である。容赦なく首切り(降格・退学)してくる現体制を思えば、生徒間で一致団結するのも自然な話。

 

「俺は眠いからパ――」

 

『十代、試験で落第なんてことになれば、キミのご両親も悲しむよ』

 

「――ちょっと寝てから合流していいか?」

 

 だが「勉強」に苦手意識のある十代は断ろうとするも、ユベルの呟きにピタリと動きを止め、後に同流する旨を伝えた。

 

「分かった。先輩に伝えとく。忘れるなよ」

 

「そ、そういえば、じゅ、授業の時も眠そうだったよね。き、気を付けて」

 

「なら、俺たちは先に行こうか。ただ、十代――寝過ごさないようにな」

 

 やがて小原、大原、三沢が勉強会に向かう去り際のそれぞれの心配の声に、十代は手を振って見送るが――

 

「はは……そんなに俺って信用ないかな?」

 

『キミはマイペースだからなぁ――まぁ、今回ばかりは心を鬼にしてボクが起こしてあげるさ』

 

 中々の念押しっぷりに乾いた声を漏らす十代に、ユベルは軽いフォローを入れつつイエロー寮へ向けて先行して進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな最初の定期試験が近づきつつある中、本日の授業を終えた翔はトボトボとレッド寮への帰路についていた。だが、その足取りは酷く重い。

 

「ハァ……思ってた学園生活には程遠いっス」

 

――授業はずぅーと! 基礎の部分ばっかりで……攻撃表示と守備表示くらい、流石に分かってるっス!

 

 なにせ、オシリス・レッドの授業は、古臭い基礎的な部分ばかりで、理解した()()()()()()()()彼らには酷く退屈なもの。

 

 こんな授業で強くなれるなど、とても翔には信じられなかった。

 

 そうして、理想と現実のギャップに俯き進む翔だったが――

 

「おぉ! 丸藤か! どうだ? 一緒にドローを極めるべく共に素振りしないか!」

 

「え、遠慮しとくっス」

 

 視界に入ったドローの素振りをする筋肉質な半裸の2年のレッド生徒、大山(たいざん)の提案をやんわり拒否しつつ、その横を通ってレッド寮の扉に手をかける翔。

 

「そうか! 気が変わったら何時でも言ってくれ! ドロー! ドロー! ドロー!!」

 

――あの人、基本半裸で本当になんなんっスか……

 

 やがてドローの素振りを再開した大山(たいざん)へ向けていた珍獣を見るような目を切りつつ、他のレッド生徒が大勢見える大部屋に入った翔は、自身に割り当てられたスペースにてため息を零した。

 

「ハァ~、もうすぐ試験かー、筆記はあんな授業じゃ大したことないだろうけど、実技が怖いな~」

 

 もうじき、この地獄(レッド寮)から脱するチャンスである最初の試験だというのに、翔の内には何ら手ごたえはない。

 

――寮長先生は嫌味で怖いし、先輩はヘンテコだし、同級生はやな感じだし……こうなりゃ、神頼みしかないっス。

 

 ゆえに翔は、己の私物の中から赤いとぐろを巻く竜――オシリスの天空竜が描かれたポスターを壁に貼り付け、更に神棚よろしく台座を用意。

 

 そして、その台座に魔法カード《死者蘇生》のカードを祀って、謎の儀式を開始し始めた。彼なりの「神頼み」なのだろう。

 

「なんまんだぶ、なんまんだぶ、オシリスのお力で試験を突破させてくださいっス。なんまんだ――」

 

「――煩いぞ、レッド!!」

 

 だが、そんな翔を眼鏡にモサ毛ヘアーのレッド生徒、取巻が、中等部のブルー時代の名残があふれる罵倒を飛ばす。

 

 他のレッド生徒も押し込まれている大部屋で、謎の呪文を唱えだす変なの()がいれば、ひんしゅくを買うのも当然だろう。だが――

 

「……キミも僕と同じレッドじゃないっスか」

 

「うわぁあああああ~! 違う違う違う!! でたらめを言うな! 俺は騙されないぞ!!」

 

 思わず呟いた翔の言葉が、取巻にクリティカルヒット。腕で耳をふさぎつつ頭を押さえ、グワングワン身体を揺らした後、現実を払い除けるように腕を振った姿は、もはや痛ましい。

 

「現実逃避しても制服の色は変わらないっスよ? もうキミはオベリスク・ブルーじゃないんスから」

 

 そう、翔が諦めを諭すように――取巻や、他のレッド生、そしてレッド女子たちも、親やら関係各所やらに不条理を訴えはした。だが既に、それらの話は「前年度」にもされているのである。

 

 お役所仕事よろしく関係各所は「酷い環境が嫌なら他の学校へGO!」のスタンスであり、彼らの親も「前年度の生徒たちの躍進」を見れば「我が子もこのレベルに到達するのか!?」と乗り気にもなろう。

 

 そうして、はしごを外された彼らに残るのは――

 

「くっそぉ……エリートだった俺たちが、どうして……」

 

「終わりだ……僕たち、ずっとこのままレッドなんだ……」

 

「プロデュエリストになるオレの夢が、こんなところで……」

 

 絶望。

 

 レッド寮の大部屋の所々で苦悶の声が呟かれる。彼らの味方はいない。「いや、頑張れよ」と言ってしまえば、それまでだが。彼らが頑張らなかったからこそ今がある。

 

「――あぁーッッ! クソックソッ! 誰も頼れない! 俺がやるしかないんだ! こうなりゃ何だってやってやる! おい! 筋肉ダルマ! 俺にお前の神髄とやらを教えろ!!」

 

 しかし、此処で万策尽き破れかぶれになった取巻が大部屋の扉を開け放ち、ドローの素振りをする頭ジャングルの大山(たいざん)に怒声を飛ばして頼み出た。

 

「同士か! 構わないとも!」

 

 それはどう見ても「頼む態度」ではなかったが、大山(たいざん)がOKを出したのでノープロブレムである。

 

「お、俺も頼む! この際、なんでもいい! この野生児だって1年生き残ったんだ! なにかあるだろ!」

 

「このまま終われるか!!」

 

「あの陰湿眼鏡の鼻を明かしてやる!」

 

 そうして、次々に大山(たいざん)の元にかけよる数多のレッド生徒たち。

 

 溺れる者は藁をも掴むように――ターザ〇だって掴む。野生児だって掴む。半裸の筋肉ダルマだって掴むのだ。

 

「まずは森を駆け、大自然の力を感じる! 行くぞ! スリップ・ストリームだ、俺の後に続け!!」

 

「なんで、俺がこんなことしなくちゃならないんだ! くっそぉぉおおおぉおお!!」

 

「やっぱ頼る相手、間違ったかな……」

 

「覚えてろよ! あの陰湿眼鏡ぇぇえぇええ!」

 

 かくして、大山(たいざん)を先頭に森の中へかけて行く取巻を含めたレッド生徒の集団を見送った翔は、乾いた声を漏らす。

 

「うわぁ……地獄絵図っスね」

 

――あんなの(野生児修練)あの人(大山先輩)がレッドにいる時点で『意味ない』って分かんないんスかね……

 

 なにせ、実質1年留年したと同義の相手の教えが己の足しになるなど、とてもではないが翔には信じられなかった。

 

 それに加え、大自然の息吹を感じ取れなさそうな彼らに「大山(たいざん)の特訓法が適しているのか?」と考えれば、首を傾げざるを得ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって、ブルー女子寮内部のレッド女子エリアのだだっ広い大部屋にて、壁に埋め込むように長く広がる机に教科書を並べ、その前に正座し一心不乱に勉強するレッド女子たち。

 

 彼女たち視点で嫌味な佐藤――まぁ、結構嫌味な方だが――の授業が基礎ばかりの退屈なものである以上、「頼れるのは己のみだ」とレッド女子たちを代表するようなももえとジュンコの焦った声が木霊する。

 

「いけませんわ、いけませんわ! 明日香様の元に! 吹雪様の元に行けませんわ! 一度もお目にかからずに退学だなんて、許せませんわ!!」

 

「あー! もう止めてよ! だから、こうして勉強してるんじゃない!! く~、鮎川先生、嬉しそうに吹雪様のサイン見せびらかして……羨ましいッ!!」

 

 彼女たちのやる気を引き出したのは、ブルー女子寮の寮長、鮎川のフブキング自慢だった。

 

 

 フブキング――それは4名しかいないフォース生徒の1人、3年生の天上院 吹雪の愛称だ。

 

 フォース内では、その輝きが若干理解されていないものの、その甘いルックス、キザでいて尚且つ親しみ深いお茶目な性格。紳士的でもあり、それでいて他者の心の機微に聡く気配りを欠かさず、意外と聞き上手で恋の相談だってお手の物。しかもデュエルも強い。

 

 ゆえに男女問わず多くの面々に慕われている「みんなのアイドル」とも称せる人物だ。ファンクラブもある程――と言えば、その人気も察せよう。

 

 授業や試験のデュエルの際は、このボク! フブキングの華麗なデュエルに心奪われる者もおり、そんな彼、彼女らの憧憬の眼差しがボクの舞台を輝かせてくれる――そんな瞳に胸キュンポイント進呈だ! 天――JOIN!

 

 

 閑話休題。

 

 

 求道的過ぎる亮、虚空(精霊)に話しかける不思議Boyな藤原、面倒臭がりな小日向――なアクの強い面々の中で、吹雪は最も親しみやすいフォース生と言えるだろう。

 

 

 だが、レッド生である限り、そんな吹雪との交流機会は0だ。ならば、上がるしかあるまい! 上の階級に! フブキングの近くに!

 

――モチベーションは人それぞれなのかもしれないわね。でも、吹雪くんが卒業した来年は、どうやってやる気を保つ気なのかしら?

 

 ただ、響みどりは、そんな彼女たちの奮闘を妙に冷めた目で眺めていた。

 

 

 自分に足りないものを教えてくれる相手をガン無視するレッド生徒たちの明日はどっちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 方向性はともかく生徒たちが勉学に励む日々も過ぎ去っていく中、ついに近づいた1年生にとって最初の定期試験を前に、校長室にて集まった3名の中から校長コブラが口火を切る。

 

「新入生の初試験――新たな顔ぶれへの注目に、来賓の数も増加しよう。それに伴い、トラブルの種も増えることは明白だ。学園警備の中核を担う二人にも一層気を引き締めて貰いたい」

 

「態々呼び出して何かと思えば……そのセリフ、前年にも聞いたんだけど。あたしたちが、そんなに頼りなく見えるのかしら?」

 

「落ち着けよ、アリス。今年はしゃーねーだろ。十代も入学したんだからよ」

 

 だが、そのコブラの発言を枯れ井戸の精霊たちの統領たるアリスが少々憤りを見せる姿勢を前に、倫理委員会の現場のまとめ役に腰を据えた緑の軍服風な隊服を着た牛尾がなだめるが――

 

「知ってるわよ、例の素養の高い子でしょ? でも見かけた感じ、そんなに騒ぎ立てる程の子じゃないと思うんだけど」

 

「まぁ、あん(十代の幼少)時は、まだ俺も精霊見えなかった頃だから断言は出来ねぇが――当時ガキだった十代に荒療治押し付けなきゃならねぇレベルの問題だったことだけは確実なんだわ」

 

「生憎、私は彼を特別視する気はない。今回二人に集まってもらったのは――前年度は新体制に対して手探りだった来賓側も、前年度を経て『慣れ』が出始める頃だ」

 

 アリスも承知のように、今年は新入生の中に精霊として大きな力を持つユベルを連れた十代がいる為、警戒するべきだと語る牛尾だが、コブラはピシャリと断ち切って見せた。

 

 力の大小ばかりに目を向ければ思わぬ落とし穴にはまりかねなことを、コブラは軍属の経験から熟知している。

 

「こういった状況は場が崩れやすい。それを踏まえて、現在の学園の状態を確認しておきたい。表『裏』含めてな」

 

 ゆえに、現在の学園内の特殊な部分に話題は移る。

 

「アリス、学園内の『精霊が見える者』、『精霊を連れた者』の内実は変わりないか?」

 

「今のところ変わりないわ。精霊使ってコソコソ調べものする相手もいないし、人の法に反した子は0よ」

 

 それは、十代や藤原のような精霊と共にあるものへの懸念。それは誰の目にも止まらぬことを悪用し、いつかの神崎がやっていた人道に反した行いであったり、

 

「牛尾、不可思議な力――異能を持つ者は?」

 

「正直、使われねぇと分かんないんで何とも――使ったヤツは一旦捕縛で良いんすよね?」

 

「構わん。責任は私が取る。異能を無配慮に使わせぬ為にも牽制は必要だ」

 

 はたまた、卒業したもけ夫のような謎の力や、サイコデュエリスト、またはカードの実体化の力に類する「法の手が機能しにくい超常の力」へ社会的規律を与えたり――と様々である。

 

 とはいえ、何も「この手の力」の使用を禁じている訳ではない。

 

わたしたち(捨てられたカードの精霊)に生徒を監視させている貴方が言えた義理?」

 

 呆れた声を漏らしたアリスの言うように、教師の見回り的な行為を学園が精霊に代行させる――と言った具合で、アカデミアでも活用されている。

 

 勿論、精霊たちに対価も支払われている。とはいえ、金銭ではなく「良きデュエリストとの出会い」に類する方向性ではあるが。

 

「つっても学園外でも、珍しいとはいえ精霊も普通にそこら飛んでるからなぁ……アリスに頼んだことも、結局のところ聞き込みレベルだしよ」

 

「どちらにせよ――精霊・異能と関わりがある者には、それらの行使に対して『無法ではない』ことを理解して貰わねばならん」

 

 だが、そんな不可思議な領分へは、牛尾とコブラが注釈したような「個人の裁量に委ねない形」を組み込むべき――との話なだけだ。

 

 なにせ、特異な力で個人が好き勝手してしまえば、周囲と歪な関係性を強いり、秘密と機密の塊となり果てることを神崎が皮肉にも証明している。

 

「私とて問題があれば、すぐさま首を切られる立場だ」

 

 ゆえに、コブラは同じ轍は踏まない。あくまで「何の力も持たない人間の立場」で監督者(海馬・乃亜)の目に晒された中で動く。

 

「そういや……話変わるんですけど、『レイン恵』の件、どうなりました?」

 

 しかし、此処で牛尾によって、レインの話題が放られる。それは遊戯と同級生だった筈の存在が、年の違う十代と同級生している現実を把握する牛尾からの調査願いだったが――

 

「童実野高校に確認を取ったが、同姓同名の該当者は0だ。似た顔立ちの者の情報はあったが血縁者であれば、そう不思議ではない」

 

「1年のブルー女子の子よね。数が少ないから良く覚えてるわ。別に普通の子よ?」

 

 コブラもアリスも、レイン周りの件を問題視はしていなかった。

 

「あー、なら俺の記憶違いってことなんすかね」

 

――『童実野高校の生徒、レイン恵』の情報が微妙にズレてんのは『誰かが細工した』で良いとして……なら、なんで俺だけ覚えてんだ?

 

 そんな歴史を修正して辻褄でも合わせたような不可解な現実を前に、内の葛藤を押しとどめ、何でもないように振る舞う牛尾だが、コブラとて無根拠に「問題なし」と沙汰を下した訳ではない。

 

「牛尾、お前が懸念するように何らかの作為はあるのやもしれん。だが、当の相手が『普通に学園に通っているだけの生徒』でしかない以上、此方が手を出す道理はない」

 

「心配し過ぎよ。あたしがブルー女子寮で見かけた範囲じゃ、本当に普通の子だったもの――大体、悪さしようって人間が、目立つブルーに上がる訳ないじゃない」

 

「いや、まぁ……そうなんだけどよ」

 

――あのおとぼけお嬢に、スパイの真似事が務まるとも思えねぇしなぁ……

 

 なにせ、どちらの学園のレインも「若干天然の気がある普通の学生」でしかなかったからだ。それは牛尾も重々承知である。

 

 それに加えて、レインは悪さをしようという人間にしては、とにかく腋が甘いのだ。こうして話題になり「悪目立ちした」時点でスパイとしては三流以下だろう。

 

「それよりも、来賓リストにいた貴方たちの元上司(神崎)を気にしたら? 長いこと消息を絶っていた相手が急に動き出したことの方が、あたしには怪しく思うのだけれど」

 

「其方に関しても注視は必要ない。馴れ合う必要も、過度な警戒もな。彼は既にKCを辞した身――完全な部外者として扱うべきだ」

 

 ゆえに、話題はアリスによって別の方面に向かい始めるが、コブラの宣言を余所に牛尾はふと思う。

 

――あー、あの人が来るってんなら、レインの件の反応も一応は見とくか……ん? そういや、レインと面識あったっけ?

 

 神崎の学園来訪が良い悪いはさておき、問題の明確化を後押ししてくれるやもしれない、と。

 

 とはいえ、牛尾視点では、レインと神崎は初対面だったりするが――詮無き話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、色んな面々の奮闘の元、暫しの平和な学園生活を送った十代たちが、最初の定期試験――の筆記に望む日がやって来た中、怒涛のスケジュールで全ての教科を一息に戦い抜け、精神的に憔悴しきった十代が筆記終了と共に寮でスヤスヤ疲れを取った後の――

 

 次の日。

 

 実技試験を前にした十代は、朝早くに学園に張り出される筆記試験の結果を一番乗りで確認しに来ていた。

 

『筆記試験の結果が張り出されてるけど――自信はあるのかい?』

 

「今までで一番の手ごたえだったぜ!! きっと上の方に名前あるんじゃないか!」

 

 そうして、未だ誰も来ていない学園でユベルと二人きりで大手を振って話しながら、全ての生徒名と得点が書かれた長ったらしく張り出された紙を眺める二人。

 

『……えーと、1年、1年――へぇ、レッド・イエロー・ブルーの三色合同の順位なのか』

 

「どうだった、ユベル! まさか一桁台だったか!?」

 

『78番だったよ』

 

「……78番かー、確か、受験組と中等部組を合わせて人数が増えてるから、えーと…………それって高い?」

 

 やがて十代の筆記順位が明かされるも、微妙な数字ゆえか判断に困る代物。

 

『1年のブルー生徒が十数人で、レッド、イエローの順で人数が多くなるから――イエローの中で下の方じゃないかな? 実技次第じゃ危ないかもしれないね』

 

「――終わったことは気にしないぜ!!」

 

 だが、ユベルの考察により、降格の可能性がチラついた十代は、問題を未来の己に託すことにした。

 

 そんな中、十代が苦手な座学に奮闘していた事実を誰よりも知るユベルは、慰めの言葉を送るも――

 

『……まぁ、レッドに落ちたとしても大丈夫さ。流石に直ぐに退学にはならないよ』

 

「でも、寮が変わると小原たちと気軽にデュエルできなくなっちゃうんだよなー」

 

『確かに、イエローの様子を見れば、あれより下のレッドの実力じゃあキミを満足はさせられないだろうね』

 

 努めて明るい姿勢を崩さない十代。むしろ彼の懸念はデュエル相手の方に注視される程である。寮が違うとハンデ設定の為の手続きが発生して、とにかく面倒臭い。

 

「なら、実技で挽回だな! 確か、場所はグラウンドがあった一番大きい会場だから……ユベル、二人でみんなのデュエル見ようぜ!」

 

『ボクと二人っきりで?』

 

 そして十代は筆記試験の反動ゆえか楽しい話題を求め、久々にユベルと二人きりの場を宣言。その申し出にユベルも思わず前のめりになるが――

 

「ああ! みんなも試験があるから、今日はユベルと二人っきりだ!」

 

『十代……気持ちは凄く嬉しいけど、確か――』

 

「ん? 一人で何処に行く気だ、十代?」

 

 少々問題があった。そして二人の間に届く三沢の声に、十代はユベルに小さく謝罪の所作を見せた後に応える。

 

「おっ、三沢! いやさぁ――先に良い席、取っとこうと思ってさ!」

 

「なにを言っているんだ? 会場の席は来賓に回されるぞ? 俺たちは実技まで教室待機だ」

 

「えっ?」

 

「……やはり知らなかったのか。今の体制では、実技試験がいわゆる『授業参観』のようになっているんだ。他にもプロリーグのスカウトや、様々な企業の面々が未来のデュエルエリートを見定めにも来ている」

 

 しかし、三沢の説明が全てを物語っていた。

 

 新体制では、とにかくオープンな姿勢を取っており、定期的に島の外の人間を招く――これは前体制の閉鎖的だったゆえに自浄されなかった問題を鑑みてのものだ。

 

 その分、警備や安全管理やらでアカデミア倫理委員会も忙しくなるが、生徒側には関係ない為、割愛させて貰おう。

 

「この実技試験は文字通り、俺たち学生にとってチャンスなんだ。特に進路を控えた3年生方の気合の入りようが違う」

 

『ほら、やっぱり。確か、ネットで中継もされるんだろう?』

 

 説明を締めくくった三沢の声に、ユベルも「タイミングが致命的だった」と十代との逢瀬を渋々諦め、しょげたように宙に浮かんでいた。

 

「――父さんと母さんも来てるのか!?」

 

 しかし、十代は別の部分に食いついた。己の両親がアカデミアにまで来てるのかと。

 

「あ、ああ、保護者へは学園側から通達されるからな。入学して最初の晴れ舞台なら多くが来るだろう――俺の家族のように足を運べない事情があっても、ネットなどで中継される方を見ていると思うが……」

 

『キミのご両親から連絡はなかったから、サプライズでも仕掛けようとしたのかな?』

 

 思わぬ十代の反応に気圧されつつも、律儀に説明してくれる三沢を余所にユベルが幾つかの予想を述べつつ、顎に置きつつ思案を巡らせるが――

 

「そんなに焦らずとも、実技試験終了後に家族の場が用意されるぞ?」

 

「うぉー! やる気出てきたー! 恥ずかしいデュエルは見せらんねぇぜ!」

 

 当の十代は、筆記試験で大きく目減りしたかに思えた気力をみなぎらせていた。

 

 過去、ユベルの件で散々心配をかけたこともあって、成長した姿を分かり易く見せられるとなれば、親孝行につきよう。

 

『でも、キミの筆記試験の惨状も目に入るよね』

 

――あっ。

 

 とはいえ、ユベルの最後の一言のように、見せられるのは「良い部分」ばかりとも限らないようだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いよいよ始まった実技試験。

 

 ところ変わって、アカデミアのグラウンドがある一番大きなドーム内に、幾つものデュエルスペースが並べられた光景が広がる中、周囲を覆う観客席に続く通路を歩いていた神崎だが――

 

 

――えっ!? どうして遊城 十代が黄色い制服を着ているの!? 三沢 大地はともかく、小原と大原と仲良さげなのは何故!? 丸藤 翔は!? 前田 隼人は!? というか、レッドは!? 後、ブルー生徒、少なくない!?

 

 

 ようやく、歪みに歪み狂った現状を正しく認識し始めていた。

 

 かなりの周回遅れである。

 

 

 






原作が無茶苦茶だ――いったい誰がこんな惨いことを……!(鎖付きブーメラン)



~今作の万丈目のデッキ~
《ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-》軸ドラゴン族――凄い普通。
他の特徴は彼の相棒たるドラゴンの性質と、《冥王竜ヴァンダルギオン》為にカウンター罠が多いくらいか。

長作の使用したデッキと、漫画版の万丈目のデッキを複合した感じになっている。

ただ、どうして漫画版の万丈目のエース格ドラゴンが、シンクロモンスターなってるんですかねぇ……



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