前回のあらすじ
世界の修正力「レッド生! ドローが自慢! カリスマもある! ――十代、ヨシ!」
ユベル「良くない」
かくして幕を開けた万丈目と吹雪のデュエル。
先攻を得た万丈目は、魔法カード《手札抹殺》を発動し、墓地を肥やし、
墓地の《輝光竜セイファート》と《輪廻竜サンサーラ》で墓地のドラゴン族を回収しつつ魔法カード《トレード・イン》で手札入れ替えを以て整え、
魔法カード《融合派兵》で《ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-》を呼び出し、魔法カード《ドラゴンを呼ぶ笛》で大型ドラゴンたちを呼び出す必勝パターンを展開。
更に魔法カード《
万丈目LP:4000 手札1
モンスター
《竜魔人 キングドラグーン》攻2400
《聖夜に煌めく竜》攻2500
《パンデミック・ドラゴン》攻2500
魔法・罠
伏せ×1
VS
吹雪LP:4000 手札5
十代とのデュエルでも見せた相手の出方を伺いつつ封じる絶好の布陣。
そんな布陣を前に、吹雪はフブキングの名に恥じぬ華麗なデュエルで翻弄する。
その様子は、とにかく華麗だった華麗過ぎて、描写できない程に華麗だった。そんな感じで、デュエルは決着したということに――
「――美しき、光と闇の竜の祭典! 見事だよ、万丈目くん! なら、ボクも負けぬ輝きを見せようじゃないか!」
ドローした吹雪が、前のターンに万丈目が融合召喚したことで、墓地からセットされた罠カード《
するのだが、その吹雪の初動をカウンター罠《マジック・ドレイン》で削ろうとする万丈目。
だが対する吹雪が、呆気なく2ドローを手放す様子に万丈目は、カード効果をカウンターで無効にしたことで呼び出せる黒き暴虐の竜たる《冥王竜ヴァンダルギオン》を手札から展開し1500のダメージを以て牽制とするが――
《冥王竜ヴァンダルギオン》 攻撃表示
星8 闇属性 ドラゴン族
攻2800 守2500
吹雪LP:4000 → 2500
「本日の主役にご足労願おう! 今宵も頼んだよ! パンサーウォリアー!!」
ライフが速くも半分近く削れたというのに、焦りの一つも見せない吹雪が呼び出すのは己のフェイバリットたる1枚。
今日も今日とて一凛のバラを漆黒の豹の口でくわえつつ、剣と盾を頭上に掲げる独特な構えで登場した。
《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》 攻撃表示
星4 地属性 獣戦士族
攻2000 守1600
そして吹雪は《成金ゴブリン》を発動し、万丈目にライフを1000回復させつつ手札を1枚ドロー。
更に、墓地の魔法カード《シャッフル・リボーン》を除外し、フィールドにセットされた罠カード《
そうして貯めた手札5枚のカードを全てセットして吹雪はターンエンドした。
万丈目LP:4000 → 5000
万丈目LP:5000 手札0
モンスター
《竜魔人 キングドラグーン》攻2400
《聖夜に煌めく竜》攻2500
《パンデミック・ドラゴン》攻2500
《冥王竜ヴァンダルギオン》攻2800
VS
吹雪LP:2500 手札0
モンスター
《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》攻2000
魔法・罠
伏せ×5
「……パンサーウォリアーが棒立ちちゅーのは、随分と思い切ったことしたっちゅーの」
「セットカードもありますし、そう不自然ではないかと」
そんな吹雪の消極的な動きに観客席にて、アナシスと神崎がそれぞれ所見を述べる中――
「ふん、準のドラゴンたちに恐れをなしたのだろう」
「あんなお調子者など軽く捻ってやれ、準!」
長作と正司の声援が、JOINコールにかき消される中、万丈目はカードをドロー。
「俺のターン、ドロー!!」
「その瞬間、罠カード《活路への希望》をライフを1000ずつ払って2枚発動!」
吹雪LP:2500 → 1500 → 500
だが、途端にライフを合計2000も支払い、万丈目とのライフの差2000につき1枚――合計4枚のカードをドローした吹雪。
やがて墓地の《スキル・プリズナー》で《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》をモンスター効果の対象から守る吹雪だが、既にそのライフは500。
「吹雪ちゃん、なに考えとるんだっちゅーの……」
観客席のアナシスがそう呟くように、吹雪ファンの面々もハラハラした様子が隠せない。
しかし、どう見ても伏せカードでの逆転を狙っているのは明白。
ゆえに万丈目は、魔法カード《アドバンスドロー》で《冥王竜ヴァンダルギオン》を2ドローに変換し、《竜魔人 キングドラグーン》の効果で《輪廻竜サンサーラ》を呼び出し、2体分のリリースとして――
「今こそお前の力を俺に貸してくれ! アドバンス召喚!! 来たれ、
天を裂き現れるのは左右で黒と白に分かれた二色のドラゴン。その左右の翼もまた悪魔と天使を思わせる様相に分かれており、その名に違わぬ様相を見せていた。
《
星8 光属性 ドラゴン族
攻2800 守2400
「おや、良いのかい? 《聖夜に煌めく竜》の効果が使えなくなってしまうよ?」
「バトル!! 《聖夜に煌めく竜》でパンサーウォリアーを攻撃!! シャイニングサプリメイション!!」
吹雪の駆け引きなど意に介さず宣言した万丈目の声に、《聖夜に煌めく竜》が 翼を輝かせるが――
「させないよ! 罠カード《魂の一撃》をライフの半分を支払い発動!」
吹雪LP:500 → 250
その前に吹雪が、《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》の背中を指さす。
「無駄だ! 《
しかし、その背中から立ち昇る筈だったオーラは、《
「おっかないなぁ――チェーンして速攻魔法《皆既日蝕の書》を発動! フィールド全てのモンスターを裏側守備表示に!!」
するも、その光を覆い隠すように日の光が月によって覆われ、暗き夜を恐れるようにフィールドの全てのモンスターは姿を隠すこととなった。
――くっ、《
「俺は……これでターンエンド」
そうして相棒たるカードとの攻勢が不発に終わった万丈目だが、その顔に陰りはない。
――だが、《
なにせ、《
更には速攻魔法《皆既日蝕の書》の効果によりエンド時に表側になっていくドラゴンたち――その数だけ、万丈目はドローする。
手札0から一気に4枚にまで回復した手札は決して軽くはない。
万丈目LP:5000 手札4
モンスター
《竜魔人 キングドラグーン》守1100
《聖夜に煌めく竜》守2300
《パンデミック・ドラゴン》守1000
《
VS
吹雪LP:250 手札4
モンスター
裏守備表示×1
魔法・罠
伏せ×1
――しかし相手は何を狙っているんだ? ……既に残りライフは250だと言うのに未だ動きらしい動きがない。
だが、唯一の懸念が吹雪の狙いが読めないこと。莫大なライフを消費した割に、多少の手札があれども盤面は心もとない。
「――さぁ、フィナーレと行こうか!!」
しかし、此処で吹雪は終幕を宣言した。
「ボクの元から飛び立ってしまうつれないドラゴンたちへ――今、この時の逢瀬を許しておくれ」
そんなバラ片手にキザなセリフを吹雪が述べた瞬間、人の上半身を持つ竜《竜魔人 キングドラグーン》と《
《溶岩魔神ラヴァゴーレム》 守備表示
星8 炎属性 悪魔族
攻3000 守2500
「なっ!?」
「準のドラゴンたちが!?」
「魔法カード《死者蘇生》で甦れ、《トランスフォーム・スフィア》! そして手札1枚を捨て効果発動! 守備モンスター1体を――
更に《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》の頭上に現れた土色の小さな鳥――《トランスフォーム・スフィア》が足で抱える風の球体の中に《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》が吸い込まれ、眠れば――
《トランスフォーム・スフィア》 攻撃表示
星3 風属性 鳥獣族
攻 100 守 100
↓
攻3100
「更に最後に残ったリバースカードオープン! 罠カード《戦線復帰》で守備表示で舞い戻れ、《激昂のミノタウルス》!
その隣に、赤いアーマーで局部を覆った牛頭の獣戦士が宙返りしながら着地し、斧を盾のように構えた。
《激昂のミノタウルス》 守備表示
星4 地属性 獣戦士族
攻1700 守1000
「最後にパンサーウォリアーを攻撃表示に戻してフィナーレを飾るバトルと行こう!!」
《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》 裏側守備表示 → 攻撃表示
守1600 → 攻2000
そしてマイフェイバリットたる《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》と共に、吹雪は初めて攻勢に移る。
「《トランスフォーム・スフィア》で《パンデミック・ドラゴン》を攻撃! テンペスト・スラッシュ!!」
そして三つの輪を胴から伸ばす《パンデミック・ドラゴン》へ、《トランスフォーム・スフィア》の翼から竜巻が発生すれば、その風の刃の檻に囚われ、《パンデミック・ドラゴン》は切り刻まれていった。
万丈目LP:5000 → 2900
「くっ……《激昂のミノタウルス》による貫通ダメージか……! だが、《パンデミック・ドラゴン》が破壊された瞬間、フィールドの全てのモンスターの攻撃力は1000下がる!!」
しかし、そうして巻き上げられた《パンデミック・ドラゴン》の肉片は毒となってフィールド全てに降り注ぎ、敵味方問わずその力を大きく削いでいく。
《聖夜に煌めく竜》 守備表示
攻2500 → 攻1500
《トランスフォーム・スフィア》 攻撃表示
攻3100 → 攻2100
《激昂のミノタウルス》 守備表示
攻1700 → 攻 700
《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》 攻撃表示
攻2000 → 攻1000
「これでパンサーウォリアーはおろか、《トランスフォーム・スフィア》ですら俺の《聖夜に煌めく竜》は突破できない!」
こうも攻撃力を下げられては、吹雪も《トランスフォーム・スフィア》に追撃能力を付与したところで、突破は困難。
「できるさ――速攻魔法《エネミー・コントローラー》! 《トランスフォーム・スフィア》をリリースして《聖夜に煌めく竜》には、このフブキングの虜となって貰おうか!」
なんて定石はフブキングにとっては跳び越えるもの。
吹雪のウィンク――は関係ないだろうが――結果的にフラフラと移動し寝ころんだ《聖夜に煌めく竜》は吹雪の元で猫のように喉を鳴らす。
「そしてパンサーウォリアーの攻撃にはリリースが――別れの陰がさす。ゴメンよ、《聖夜に煌めく竜》」
そうして眠そうな《聖夜に煌めく竜》へ、《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》がシュパッと投げたバラの花が当たると共に、その身は《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》の剣に宿ることとなった。
「だとしても、俺のライフは残る! 残りライフ250の――」
しかし攻撃力1000の《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》では、焼け石に水。
《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》
攻1000 → 攻4000
などと、誰が決めた。
「!? なに……が」
「キングはビッグであるべきだろう?」
そうして爆発的に巨大化した《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》が、その巨躯でフブキングのビッグさをアピール。
その種は速攻魔法《旗鼓堂々》で、墓地から装備された装備魔法《巨大化》の元々の攻撃力の数値を倍にする効果。
だが、その倍化が許されるのは、吹雪のライフが万丈目より下回っている時のみ。
――執拗にライフを削っていたのは……くっ、最初からデュエルの流れは、既に……!
墓地の《復活の福音》を除外していれば、1ターン凌げただろうが《パンデミック・ドラゴン》の弱体化を選んだ――いや、選ばされた事実が万丈目に突き刺さるが時すでに遅し。
「キングの一撃は一瞬さ!」
やがて天を二転三転と舞う《漆黒の豹戦士パンサーウォリアー》が、万丈目に向けて――
「――キング・パンサー・プレス!!」
放たれたボディプレスの衝撃が、勝負の終わりを告げるゴングと化す。
万丈目LP:2900 → 0
「――天!」
かくして、フィナーレを決めた吹雪が天を指さし叫んだ姿を合図に、会場中の面々が一体化したように――
「 「 「 ――JOIN!! 」 」 」
「――JOINだっちゅーの!」
JOINコールを響かせた。
かくして、残りのデュエルもつつがなく終了した頃、来賓の面々が移動を始めた中、1年のイエロー生徒が集められた教室にて、久々の家族の再会に少々ざわついていた雰囲気が広がる。
しかし、そんな周囲の雑踏すら耳に入らぬ様子で意識を沈める三沢が、教室の隅で項垂れていた。
1年筆記1位であり、実技も1年イエロー生徒の中で並びたてる者は殆どいない優等生。
それが三沢 大地と言うデュエリストの周囲の評価であろう。最速のオベリスク・ブルー昇格すら噂されていた。
だが、此度の実技試験でそれも崩れる――ことはないが、学園が定める「オベリスク・ブルーの壁」の険しさは、1年イエロー全体に深く刻まれることになっただろう。
――怠けていたつもりは……なかったんだがな。
会場の雰囲気に呑まれた? 違う。相手のデュエルに呑まれた。
見え透いた牽制を踏み抜けなかった。最悪の可能性がチラつき、臆してしまった。己を信じ切れなかった。
相手が格上だった――そんな言い訳は通じない。自分のデュエルが出来なかった。
三沢の胸を占めるのは後悔ばかり。
「おーい、三沢――」
「よせよ、遊城」
そんな三沢に向けて、いつもと変わらぬ軽い足取りで声をかける十代だったが、その歩みは小原と大原によって遮られた。思わず首を傾げる十代だが――
「ん? 小原に大原、なんでだ?」
「……お前、ホント鈍いな。『オベリスク・ブルー行き確実』とまで言われた中で、実技があの結果だぞ――今はそっとしておいてやれよ」
「み、みんなが、みんな遊城くんくらいに前向きさを持ってる訳じゃないから……」
『ボクも同意見だね。あれじゃぁ何を言われても辛いだけだよ。キミの両親への友人の紹介は、今直ぐじゃなくても構わないだろう?』
「……そっかー」
小原、大原だけにとどまらず、ユベルにまで制されてしまえば、引き下がる他ない。
――デュエルって、楽しい勝負が出来れば良いもんだと思うんだけどな……
だが、十代には三沢を苛む肝心な部分への理解がいまいち掴めてはおらず、残念そうにしながら来た道を引き返していくこととなった。
試合観戦から学内の散策に移り、それらを一通り終えた神崎は、端末に流れるI2社お抱えのプロデュエリストとなったエドの対戦動画を停止させつつ、廊下の一角で壁を背に、手で顔を押さえつつ天を仰いでいた。
――私の知っているGXと何もかもが違う。宇宙行っている間に、どうして此処まで……
学園案内に加えて、自由行動時間にて今のアカデミアの状態を調べに調べた結果、神崎は無力さと共に天を仰ぐ以外の選択肢を奪われたのだ。
教育システム、各種施設、はたまた売店の人員増加などなど――その全てが原作の面影すら感じられず、学園内を巡る度に神崎の脳内で広がる遊戯の「なぁにこれぇ」の声。
「……どうにもならないか」
これには軌道修正を考えていた神崎も、お手上げである。
――特待生寮は撤去されて更地。墓守たちの元へと繋ぐ遺跡は完全隔離。『侵入したら即退学』って……いや、危険性を考えれば甘いくらいか。
それに加えて、「学園から綺麗さっぱり危険要素が消えている」ことも神崎の諦めに拍車をかけていた。
なにせ、特待生寮はダークネス事件で言わずもがな、完全撤去。建物の痕跡すら残っていない。
そして島の内部に残る遺跡は完全封鎖。精霊すら入り込めぬ鉄壁の防衛体制に加え、特大のペナルティも相まって、近づく意味すら介在しない。
とはいえ、この遺跡は特定条件を満たすと墓守の地に強制ワープさせられた上、まず闇のデュエルを避けられず、敗北=死の危険地帯である為、当然の対処と言えよう。
原作でも、大徳寺が十代を試す為に命を張らせ、さらに相手の墓守の長の『幾人もの挑戦者が』などの発言から、少なくない犠牲者がいることが示唆されていた。
――撤去も出来ない以上、ずっと封鎖されたままだろう。
そうして原作で起きる事件の残りを指折りで数えて確認し終えた神崎は――
「
此度のアカデミア渡航の結果に困ったような表情を見せる。
それが、神崎が今一度確認しておきたかった己のような「
なにせ、原作の遊戯王ワールドは、世界滅亡のピンチが度々訪れ、その全てを原作主人公が退ける流れがある。
つまり、原作主人公のコンディションが世界の命運を握っていると言っても良い。
だが、その原作主人公すら信じられない神崎は、「
これでは適切に原作主人公が育ってくれる確証が消えかねない以上、普通に考えて「他の同郷と馬が合う筈がない」――敵対する可能性の方が高いだろう。
誰だって、世界滅亡に巻き込まれて死ぬのは御免だ。
――原作の流れに関わるにせよ、関わらないにせよ、最低でも遊城くんたちの様子を伺う程度はすると思ったんだが……
だというのに、DM時代に続きGX時代でも、原作が崩壊するレベルで人間関係・模様が変化しているにも拘わらず、誰一人として様子を探りに来ない現実に神崎は何処か不可解さを感じていた。
今更、何を言っているのか――と思われるやもしれないが、神崎は「自分が転生した以上、他にも……」と考えてしまう面倒臭いタイプな為、致し方なかろう。
――今は……私と同郷らしき相手が「いない」のか「原作にかかわる気がない」のかは定かではないが、どちらにせよ表舞台に上がらないのなら、方針は変えずとも問題ない。
やがて、一通り思案を巡らせた神崎だったが、今度はチラと廊下の角に視界を広げ、何やら隠れて神崎の様子を伺う無精ひげの男を確認しながら、困ったようにこめかみに指をトンとおく。
――しかし、先程から尾行している人は確かジャーナリストの国崎 康介? だったか。ダークネス事件の失踪を取材していた彼が、なぜ私を? KCも辞めたんだけどな……
その無精ひげの男こと「国崎 康介」――原作にて、吹雪が失踪した事件を調べていたジャーナリストなのだが、アカデミアへの不法侵入や、生徒に扮するなど、あまり褒められた人間ではない。
だが、十代のデュエルを目の当たりにし、心を入れ替えて全うに吹雪の失踪の調査を明日香に約束した――まま、
――パラディウス社も畳んだ以上、私を探っても旨味はないように思えるが……
平たく言ってしまえば改心前後問わず「スクープを追う人」である為、KCも去り、パラディウス社も今の神崎からすれば無縁の相手だ。
神崎が有する冥界の王の不思議な力でさえ、「入手したとしても扱えない情報」に分類される以上、国崎が神崎を探っても意味はない。
最近始めた神崎の個人的な仕事も今は実体がなさ過ぎて、同上である。
――念の為、世間話でもして探ってみよう。
『アリスの姉貴ぃぃぃいいっぃいいぃいい!! オイラ、怪しい髭を見つけたわぁぁぁああぁあああぁあんん!!』
しかし、それでも石橋を叩いて渡る心持ちだった神崎の第一歩は、国崎の背後に浮かぶ黄色い肌と頭から触覚のように伸びた二つの目を持つ赤い海パンをはいた精霊――《おジャマイエロー》の叫びによって止まることとなった。
――!? 《おジャマイエロー》!? 馬鹿な、彼はノース校にいる筈!?
そんな《おジャマイエロー》は、本来であればノース校に万丈目が来訪しなければ、この本校にある筈のないカードだが――
――いや、こうして学園全域に、井戸にいる筈の精霊が飛んでいる状況を鑑みれば、《おジャマイエロー》の元の所持者である一ノ瀬校長へ、おジャマ兄弟の要請が届いても不思議ではないのか。
コブラたちが、枯れ井戸の問題を解決している状態が伺える以上、交流戦という接触の機会が多いノース校からカードを1枚都合する程度のことは、さして難しくもない。
――しかし『アリス』とは……あっ、国崎さんが牛尾くんに。
やがて神崎の意識が《おジャマイエロー》が呼んでいた「アリス」の名に注視され始めた頃、国崎の背後からアカデミア倫理委員会の緑の隊服に身を包んだ牛尾が接近。
『コイツよ、コイツ! さっきからコソコソ嗅ぎまわってて怪しかったわ~ん!』
「ちょ、アンタ誰だよ!? えっ? 俺? 俺は、ジャーナリストの――」
「いや~、『怪しい素振りしてる』って連絡がありましたね。ちょっとお話聞かせてくださいよ。拒否った方が面倒ごとですぜ?」
《おジャマイエロー》からの密告により、哀れ国崎は牛尾の手によりドナドナされていく結果となった。
生徒のプライバシーを守る為のやむを得ない犠牲である。取材許可の有無が命運を分けることとなるだろう。
そうしてジャーナリストの国崎を連れて行った牛尾に二度見されつつも見送った神崎は――
「少し良いですか?」
『あひょんっ!? あら? オイラのことが見えてるのん!?』
急に呼び留められて、周囲をキョロキョロした《おジャマイエロー》から情報収集を図る。
「はい、どうにもこの学園は精霊の数が多いように思えて少々気になったもので」
『確かに、珍しいかもしれないわね~、でもオイラたちはアリスの姉貴の元、アカデミアのみんなの為に頑張ってるのよ~』
――『アリスの姉貴』……絶望の国のアリス、『呪われた人形』が何故?
そして原作同様に口の軽い《おジャマイエロー》から、原作では怨嗟をばらまく存在だったアリスが管轄していることに神崎は疑問を浮かべつつも――
「成程。学内をパトロールされていた訳だ」
『そうよ! オイラたちが学園の平和を守ってるんだから~!』
――乃亜……か、コブラか? KCを去った身では、踏み込んだ話を聞く訳にもいかないか。それに、彼らが指揮を執ったのなら、問題ないだろう。
《おジャマイエロー》たち精霊が担当している領分を推察しつつも、KCから去った部外者の立場上、問答できる範囲を推し量る神崎。
『あらん? 急に考え込んで、どうしたの?』
「人を探しています」
だが、心配気に様子を伺う《おジャマイエロー》に神崎は端的に告げる。
『う~ん、お願いされちゃっても――』
「学園内で“カードを大量に持っている個人”、“他者に大量のカードを渡すことに抵抗のない相手”、“多くの精霊を連れている生徒”、“精霊に関する品々を無配慮に配る存在”――このあたりに覚えはありますか?」
それは、
『今』は確認されていなくとも、生徒という枠組みの中で上述の行いを成す者は、かなりのイレギュラーと言える。
スーツケースいっぱいのカードで「お主も悪よのう」よろしく金銭のやり取りが成立する遊戯王ワールドにおいて、山ほどのカードを特定の生徒に配る存在は常識を疑われよう。
原作のタイタンよろしく暴走の可能性がある以上、定期的なメンテナンスもなしに闇のアイテムを配って回るなど、モラル皆無と言わざるを得ない――モラル脳筋の神崎と同類である。
『悪いんだけど、オイラたちは学園の情報を教えちゃダメって言われてるのよ~! 乃亜の兄貴とも約束しちゃってるから、ゴメンナサイね~』
しかし、《おジャマイエロー》は神崎の主張を拒否。理由も至極全うなものである。学園内の面々のプライバシーは守られるべきだ。
――やはり、乃亜の管轄か。
「いえ、私に教える必要はありません。そういった人間がいれば『留意した方が良い』。良くも悪くも話題の渦中になるでしょうから」
とはいえ、これは神崎も流石に予想の範囲内である。「気を付けた方が良い」程度の忠言に近いものだ。
『……? それだけなのん?』
「ええ、それだけです」
――乃亜に話が行くなら、問題処理能力に劣る私が出しゃばらない方が良いだろう。
「お仕事、ご苦労様です」
それゆえ、《おジャマイエロー》を通じて乃亜にまで話が届くことを把握した神崎は、軽く会釈をして、その場を立ち去った。
残るのは、不思議そうに首を傾げる《おジャマイエロー》だけである。
此処で舞台は変わり、アカデミアの人通りが少ないフロアにて、万丈目は二人の兄に頭を下げていた。
放任主義な両親の代わりに忙しい中、足を運んだ兄たちへ披露したのは敗北を喫する姿。
「長作兄さん、正司兄さん……すみません。不甲斐ない姿を見せてしま――」
「――お前には才能がない。いや、あるにはあるのだろう。だが、我らの素人目で見てもお前の『それ』を鼻で嗤える才を持つ面々がいる」
だが、そんな万丈目の謝罪を長作は切って捨てるように言葉を並べた。長作とて「己が誰よりも才ある身」などと自惚れたことはない。それは万丈目とて同じ。
「……はい」
「だが、それでも我らはお前の好きにやらせてきた。何故だか分かるか?」
「それは……兄さんたちのご厚意で――」
万丈目家の悲願である「政界・財政界・デュエルモンスターズ界の頂点を取る」という高過ぎる目標を前に、今まで万丈目が己のやり方を通せたのは、長作たちからの配慮があってのこと。
でなければ、金にものを言わせてカードやデュエルの専門家を集め、徹底した英才教育を強いていただろうことは、万丈目とて理解している。
「違う。お前が常に結果を出してきたからだ」
だが、その認識を長作は否定した。
「万丈目家たるもの各々の分野で頂点を目指す――私は政界で、正司は財政界で そしてお前はデュエルモンスターズ界で」
やがて家訓を並べた長作は万丈目と視線を合わせながら続ける。
「だが、一夜にして頂点を極めることなど出来はしない。日々の積み重ねを無視した者に待つのは破滅だけだ。私はお前ならば問題ないと判断したに過ぎん」
「長作兄さん……」
「しかし、それも此度で揺らいだ――ゆえに問おう」
長作は「準ならば、此方が手を貸す必要はない」と判断していた。ゆえに、此度の一方的な敗北はその信頼の裏切りにも等しいだろう。
「何故、デュエルの本場の地――アメリカアカデミアへの進学を断った? あの学園はペガサス会長が手ずから口添えのある場、彼の地での経験は万金に値する筈だ」
なにせ、素人目から見ても無為な選択をした後なのだ。揺らぐ信頼も大きくなろう。
「デュエルは門外漢な我々の目から見ても、学園としての『デキ』はあちらが上だろう。だというのに、改革中とはいえ落ち目な
「それは……」
「どうした、準! 早く兄者の質問に答えないか!」
やがて返答を急かす正司の声に対し、万丈目は答えを口ごもるばかり。
「惚れた女でもいたか?」
「ち、違――いえ、そんな理由で選んだ訳ではありません。この学園を選んだ理由は違います」
「続けろ」
しかし長作の冗談めかした言葉に、万丈目は誤解を解くべく口を開く。
「カイザー亮――『ENDの再来』とすら言われた男がいたからです」
それが超えるべき背中を見据えた故の決断。
「成程な。確かに高みを目指すのなら、より優れた者の元で――間違ってはいない」
「なら――」
「――だが、物見遊山で得られるものなど何一つない。優れた者を眺めているだけで強くなれるのならば誰も苦労はせん。違うか?」
そうして万丈目の選択に理解を示した長作だが、続いた冷徹な問いかけが飛来する。
「…………はい」
「準、お前は
今の万丈目は――眺めて強くなった気になっている者なのか、否か。
とはいえ、吹雪との試合の敗戦後では万丈目が何を語ろうとも前者としか受け止められないだろう。
「話が逸れたな……どちらにせよ、今回の試験、お前が私たちを失望させたことには違いない。遅れを取り戻すべく直ぐにでもデュエルの本場、アメリカアカデミアへの転校させたいところだが――」
その為、長作が降す決定に今の万丈目は反対意見を述べることは叶わない。
万丈目家に弱卒は不要――自由が欲しければ己が手で掴み取る他ないというのに、掴み取れなかった万丈目が自由を求めるのはお門違いというもの。
「今までのお前が出し続けてきた結果を無視する訳にはいかん。ゆえにチャンスをやろう」
「チャンス……ですか?」
「1年だ」
「1年……?」
だが、今までを鑑みたゆえに射した一つの光明を前に、信じられないようにオウム返しのように呟く万丈目。
そんな中、長作は一つの沙汰を降す。
「1年以内にフォースに上がれ、それが出来れば転校の話は取りやめよう」
「無茶だ、兄者! あのカイザーですらフォースに上がったのは2年から! 準に――」
「黙っていろ、正司」
しかし、その土台無茶な内容に思わず正司が反対するが、長作は聞く耳を持たない。
選りすぐった
「だが、兄者!」
「――二度同じことを言わせる気か?」
「……っ!」
それゆえに、食い下がろうとした正司だが、長作の長兄としての視線を前に、その決意はしぼんでいくこととなる。
「この学園のシステム上、フォースに上がらなければお前の言い分に意味はない――来年にはカイザー亮も卒業するのだからな」
とはいえ、長作とて何の根拠もなしに「1年」を定義した訳ではない。万丈目が本校を選んだ理由が「カイザー亮」である以上、亮がいる内に成果を見せねば無駄足と断じざるを得まい。
「2年からでも本場のアメリカアカデミアで死に物狂いでくらいつけば、確かな経験となろう」
「1……年」
「励め」
かくして、未だ花開かぬ末の弟に沙汰を降した長作は、最後に短く激励を送った後、その場を後にする。
そんな長作を見送った万丈目だが、此処で正司が口を開いた。
「また、兄者の悪い癖が出た……! 準、兄者の説得は此方でしておいてやる。後で連絡して謝罪をいれろ――いいな!」
それは、此度のチャンスにすらなっていない長作の提案のキャンセル要請。なにせ当事者である万丈目が折れれば、必要すらない話。
「1年も無駄にするくらいなら、今すぐアメリカ校に転入してしまった方が、お前の為にも――」
「ありがとうございます、正司兄さん。ですが、俺は長作兄さんの期待に応えてみせます」
ゆえに、時間を有効活用する旨を語るも、当の万丈目は無駄にしない旨を確約するばかりで、聞く耳持たず――
「くっ、お前の頑固さも変わらずか……! 勝手にしろ!」
それゆえか、そんな捨て台詞を最後に、正司は肩を怒らせながら、ズカズカと去っていった。
やはり正司からすればデュエリストというのは、どうにも非効率な存在である。
そうして誰もいなくなったひと気のない廊下の一角で、万丈目は苛立つように壁に拳を打ち据える。
「俺は何をやっているんだ……」
それは兄たちの糾弾への怒りではなく、己の不甲斐なさへの怒り。
かつての憧れとの出会いも封じ、脇目も振らずに進んできた筈なのに届かない。
フォースで躓いているようでは、万丈目が目指す先には、一生かかっても辿り着ける訳がなかった――それゆえに焦りばかりが加速する。
「こんなザマでデュエルキングに――――誰だ!」
だが、ふと感じた人の気配に万丈目が振り返れば――
「あっ、いや、盗み聞きするつもりはなかったんだけどよ……」
「……なんだ、
視界に映った十代の姿に、万丈目の警戒心は霧散した。やがて先のやり取りを聞いていたゆえに申し訳なさそうにする十代へ、冗談交じりに言葉だけでもおどけてみせる万丈目。
「そんなことしねぇよ。それに、あー、こう、上手く言えねぇけど……」
しかし、そんならしからぬ程の焦燥した万丈目へ、十代は言葉を探すように視線をさまよわせた後、励まし言葉を送る。
「
「――兄さんたちを侮辱するな!!」
だが、そんな良かれと思った十代の発言は、万丈目の地雷を踏み抜いた。
「お前に兄さんたちの何が分かる!」
そんなものを初見で見抜ける方が異常なことは、万丈目とて理解している。だが、理屈と感情は別の話。
「な、なんだよ! そんなに怒ることないだろ! お前の兄ちゃんたち、万丈目が強いのに失望したとか、転校させるとか、無茶苦茶言ってたじゃねぇか!」
「俺が……強いだと? 何処までも能天気な奴だ! 兄さんたちは
『十代、こんなやつ放っておこう――まずは落ち着きなよ』
やがて交わされるのは、売り言葉に買い言葉――どちらも「己が正しい」と思っているだけに、ユベルの声も届かず、収束という名のゴールは欠片たりとも見えはしない。
「なにも知らない癖に知った風な口を利くな!!」
「でもさ! デュエルはもっと楽しくやるもんだろ! 今のお前、スゲェ苦しそうじゃねぇか!」
“楽しそうにデュエルする貴方の姿を見て! 少しだけ楽になったんです! 勝ち負けが全てじゃないんだって!”
だが、此処で何でもないような十代の発言に、昔の何も知らなかった頃の愚かな己の声が万丈目の脳内に木霊し、十代と重なって見える。
「だったら何だと――」
「――十代ッ!!」
ゆえに思わず胸倉を掴みかけた万丈目の手が、新たな乱入者――三沢の声に、二人の言い争いはピタリと止まった。
「心配をかけてすまない、十代。俺を探してくれていたんだろう?」
「えっ? いや、急にどうし――」
『今はこの流れに乗った方が良いよ』
やがて三沢に肩を掴まれ、引き寄せられた十代が状況の急変に置いてけぼりにされる中――
「万丈目、自由時間もそろそろ終わりだ。戻った方が良い――それと、二人の会話を断ち切ってしまってすまないな」
「……気にするな」
三沢から放り投げられた「この場を離れる理由」を手に、万丈目は力なく手を振った後、オベリスク・ブルーの寮に向けてフラフラと去っていった。
こうして一触即発だった空気が霧散するも、未だ状況を把握しきれない十代が口を開く前に――
「お、おい、三沢。まだ俺は――」
「十代、少し話さないか?」
三沢は十代を連れて購買の方へとひた進む。
小原と大原から、「十代が三沢を心配していた」との言に、十代を探しにきた三沢からすれば、気が気でない状況だったゆえに三沢も落ち着く時間が欲しかった。
かくして自販機から購入した缶ジュースの一つを十代に差し入れしつつ、購買近くのベンチに座った三沢は、なにから話せばよいものかと悩むが――
『急に割り込んできた割に、ダンマリだね』
「……あのさ、三沢。俺、なんか変なこと言っちまったか?」
「…………それは俺にも分からない。だから、俺の知る『万丈目 準』というデュエリストを教える。そこから紐解こう」
ユベルの後押しもあって口火を切った十代の「多分、悪いことしちゃったんだけど、それが何か分からない」表情を前に、それまでの経緯を知らぬ三沢はひとまず情報の整理を始める。
「俺は万丈目を昔から知っているんだ――と言っても、一方的なんだがな。十代、前も聞いたと思うが、もう一度聞く。デュエルの大会に出たことはどのくらいある?」
「あんまり……かな? 友達とかとデュエルする方が多くってさ。三沢は良く参加してたのか?」
友達とのデュエルが主な十代に無縁の世界が「大会」だ。多くのデュエリストが強さを競い、名誉を勝ち取らんとする場。
「ああ、小学生の頃、そこで万丈目と会ったんだ。アイツはいつも表彰台の上で、俺はそれを外から眺めるだけだった。その程度の関係さ」
そして三沢の知る限り万丈目は常に名誉を得る側にいた。
万丈目からすれば、当時の三沢など「予選で蹴散らす大勢の内の一人」程度の認識だっただろう。
それが悔しくも、時に大人すら倒し
「だが、ふとした時に聞いてしまったんだ」
しかし、三沢はそれが、己が勝手に抱いていた幻想なのだと知る。まさに今の十代と同じように。
「アイツはデュエルキングを目指してる――単なる憧れじゃなく、本気で」
「デュエルキングに?」
幼少期の万丈目と三沢には大きな隔たりがあった――それが目指す先のビジョン。
「ああ、そうだ。現在の規定では数年に一度開催される『ワールド・グランプリ』で全勝し、優勝すること」
デュエルキング――本来の歴史であればバトルシティを制し、三体の神のカードを手にした者が得る究極の名誉。
だが、歪んだ現在において、バトルシティに参加できなかった面々からの陳述により発生した「ワールド・グランプリ」が主になっている。
「今は第一回の時とは違い参加人数も絞られ、総当たり戦に変更されているとはいえ、道の険しさ自体に変化はない」
第一回は文字通り「全人類の中から」の次元で人を集めたが、定期開催が決まった二度目以降も同じことをする訳にもいかない手前、純粋なトーナメント方式からは手を加えられた。
「各リーグのデュエルチャンピオン全てに加えて、数多のプロや、各国の腕自慢たちが参加する中での全勝だ。規定されてから、今に至るまで未だ新たなデュエルキングは誕生していない」
海馬の「大会が開催される度に誕生するデュエルキングに何の意味がある!」との叱責により現在の規定となった噂があれど、表立って非難するデュエリストはいない。
それは闇遊戯が名だたるデュエリストを全てくだしていた点と――
――非公式な情報では、海馬 瀬人が条件を満たして見せた……などと噂が流れているが、本人が黙している以上、詮無き話か。
「プロの世界ですら、弱ければアッという間に引退だ。その更に上の頂きの先の先。まさに頂点」
そういった未だ並び立つ者がいない頂きを当時から万丈目が本気で目指していることを、幼少時の三沢は見せつけられたのだ。
「本気で目指すなら、アカデミアの1年最強で満足してる場合じゃない。万丈目もそれを痛い程理解しているからこそ死に物狂いで上を目指している」
そんな過去から三沢も強くなれた――だが、強くなれただけに痛いほどに理解できる。自分たちは未だスタート地点にすら立てていないのだと。
「万丈目の焦る気持ちが、部外者の俺にも多少は分かるつもりだ」
「卒業してからでも――」
「俺たちよりも年下のデュエリストがプロの世界の上位リーグで活躍していると知ってもか?」
しかし、未だ高校生の身で世界の頂点などとはピンと来ない十代へ、三沢は実例を挙げて見せる。
「レベッカ・ホプキンス、レオン・ウィルソン、最近ならエド・フェニックス――彼らはいずれも10歳そこそこでプロの世界で活躍していた。ハッキリ言って、万丈目も、そして俺たちも『遅い』と考えても何もおかしくはない」
既に自分たちより若い面々がプロの世界という名の大海でしのぎを削っている中、自分たちは「アカデミア」という井戸の中にいる現実がそこにはあった。
アカデミアはプロへの登竜門――そんなキャッチフレーズが十代の脳裏を過る。
「プロ……か」
「でも、十代。お前は間違ってないよ」
しかし、此処で打って変わって三沢は十代の主張に賛同してみせた。
「デュエルは楽しんでするものだ――俺もそう思う」
三沢とて「楽しいデュエル」が嫌いな訳ではない。楽しく出来れば其方の方が良いことくらい承知の上だ。
「だがデュエリストの数だけ
「でもよ……アイツ、スゲェ辛そうにしてたぜ?」
「ああ、そうだな。だから、別の方法で――万丈目の道に沿ったやり方にすればいい」
それでも、万丈目の苦悩を知ってか黙っていられぬ十代へ、三沢は一つばかり提案する。
「十代には、あまりピンと来ないだろうが、この学園で色分けが持つ意味は大きい。弱い立場の俺たちが幾ら言葉を重ねても、万丈目には届かないだろう。だから――」
弱者の戯言など、高きを目指す強者へは届かない。
ならば、答えは簡単だ。
「――俺と一緒にオベリスク・ブルーを目指さないか?」
楽しくデュエルすることも、
そんな十代と三沢のやり取りを記念に購買でカードパックを買っていた神崎と、ぶっちゃけ神崎が普通に怪しいことから、念の為に監視役を担当していた《おジャマイエロー》が――
『あら~ん、すっごく青春ね~! 思わずオイラの胸も高鳴っちゃうわ~ん』
「お邪魔虫になる前に離れましょう」
偶然にも耳にしてしまった為、カードパック購入の清算を済ませた神崎は《おジャマイエロー》を引っ掴みながら、いそいそとその場を後にする。
そうして《おジャマイエロー》と別れ、帰路の船に向かう神崎の脳裏を過るのは――
――何と声をかけるべきか悩んだが……必要なかったんだな。私の存在なんて。
先の十代と三沢のやり取り。
原作に存在しなかった衝突ゆえに、本来の歴史を歪めてしまった身として、責任を果たさねば――と勝手に考えていた己の自惚れを自嘲する神崎。
今まで何だかんだで介入し続けてきたゆえに、背負えた気になっていた責任。しかし、それは勘違いに他ならない。
既に彼らは彼らの物語を歩んでいるのだ。そこに神崎の助力など求められてはいない――まさに余計なお世話と言えよう。
――もう、いるかすら分からない同郷の協力者をアテにするのも止めよう。
それゆえ、神崎は決断する。
原作の舞台だから――と、いるか分からぬ介入者の存在に気を配るのはもう止めだ。
どのみち、こうも原作の舞台が歪んでしまえば、既に手遅れであろう。
――この世界に生きる1人として出来ることをしよう。まずは……
十代がしかと育つかどうかなど、それは彼自身の問題である。そこへ助力しようなど、おこがましい考えなのだ。
ゆえに、来たるべく世界の危機に、神崎は一個人として動く。
そこに十代たちが手を貸してくれるか、それとも敵対するかは、彼らが決める話。
そう、「原作主人公だから」なんて色眼鏡は、もう必要ない。
かくして、神崎はようやく「原作知識」という名の鎖から解放され、この世界の1人の住人として歩み始める。
その第一歩に何を成すかは、彼の心が決めることだろう。
――影丸
そういうとこだぞ。
影丸「!?」
アムナエル「!?」