マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

253 / 289


前回のあらすじ
カミューラ「なんかヤバそうな奴が追手に差し向けられてるんだけど」



第253話 一途な思い

 

 

 デュエルアカデミアに向かう船に乗り、水上走りではない久々の船旅の中にいた神崎だが――

 

――船の移動は久しぶりだな。前のアカデミアの実技試験以来か。しかし……

 

「月子、お前の隣にいる帽子の男は誰なんだ! はっ!? まさか――だとしたら許さんぞ、オレは!!」

 

 視界の端で双眼鏡片手にアカデミア初等部の一団に対し、ヒューマンウォッチングをかます黒揃えの服装に白髪の少年、黒田 夜魅(やみ)ことダーク黒田の看過し難い行動が映る。

 

――この少年は一体……流石に注意した方が良いよな。

 

「そういった真似はよろしくありませんよ」

 

「――何者だ! くっ……いや、それよりも我が左目に宿る呪眼の力の与えし呪物を返せ!」

 

 そしてスッと双眼鏡を没収しつつ軽く注意を行う神崎だが、ダーク黒田の苦しむ仕草と共に右手で左目を押さえながら左手を伸ばすポーズに面食らう。この双眼鏡は、それ程までに『いわくつき』の品だったのかと。

 

――えっ? 「これ」って、そんなに凄い代物……ではないな。魔力(ヘカ)も宿っていない普通の双眼鏡だ。つまり、この少年は――

 

 しかし、神崎が色々な感覚器官で確認するも、ダーク黒田が所持していた双眼鏡は「普通の双眼鏡」だった。ゆえに神崎はダーク黒田の発言を余所に「こう」結論づける。

 

「ほう、返す気になったか。我が闇の力を前に恐れをなしたようだな」

 

――凄まじいキャラの濃い子が出て来たー!? ぜ、絶対原作キャラだよ!? これで原作キャラじゃないなら嘘だよ!? 年齢的にGXの劇場版でも出たのか!?

 

 自分の知らない原作エピソード(プラナたちの件の再来)だ、と。

 

 そして、木の下に埋められそうなレベルの決めつけをかます神崎だが、流石にこの判断ミスを責めるのは酷というもの。

 

 

 この深度で中二病に苛まれる小学生など、早々お目にかかれないだろう。

 

――敵役を探す作業が再び……!

 

 やがて存在しない敵との一人相撲の段取りを考える神崎を余所に、相手が双眼鏡を持ったまま固まった今こそが好機だと、ダーク黒田はジャンプして双眼鏡を取り返しに動くが――

 

「くっ、このっ、これ以上! 我が深淵を! 辱めると! いうのならば……ハァ、ハァ――暗黒に染めるぞ!」

 

 身長差ゆえか、ダーク黒田の手は届かない。必死にピョンピョンとジャンプするダーク黒田の跳躍力ではマッスルタワー(棒立ちの神崎)の攻略は至難を極める様子。

 

 しかし、その挑戦も神崎の意識が再起動したことで終わりを告げた。

 

「なら、先程のようなことはしないと約束できますか?」

 

「オレには妹を見守る義務があるのだ!! お兄ちゃんとして!!」

 

「妹さんでしたか。なら大丈夫――な訳ないでしょう。見守るなら他の方法をお勧めします。これは返しますが、次同じ現場を目撃すれば相応の対応を取りますよ」

 

「くっ、権力を誇示しようとは……男なら己が力で! デュエルで戦え!」

 

「これは一人の大人として当然の判断です」

 

 かくして、互いの諸事情をぶつけ合いつつ、約束(脅し)を以て双眼鏡を返した神崎が、妹の元へ走るダーク黒田を見送れば、船から響く汽笛の音が目的地(デュエルアカデミア)への到着を告げる。

 

 

 

 

 

 その後、目的地に到着した船から降りた神崎が本校舎の方に歩き出そうとした矢先、アカデミア倫理委員会の緑の隊服に身を包んだ牛尾が呼び止めた。

 

「遠路遥々ご苦労様っす」

 

「おや、久しぶりですね、牛尾くん。出迎えて頂けるとは恐縮です」

 

「これでも今は一応立場ある身なんで、その辺ちゃんと――って、1人っすか?」

 

 そして軽く挨拶を交わす2人だが、牛尾は神崎に同行者がいない点を不審がる。此度の要件は「イカサマを見抜く人材」を連れてくる話なのだから。

 

「『イカサマ見抜ける奴』は……」

 

「動体視力には自信があります」

 

「……そういう問題なんすかね」

 

――まぁ、出来ねぇことは他人に任せるタイプのこの人が自分で動いた以上、なんとかなるか。

 

 だが、自身の目を指さす神崎の発言に、牛尾はげんなりしつつも若干の懐かしさを覚える中、今は立場を忘れて案内を始める。

 

「取り敢えず、映像系の情報は集めてますんで、そこから頼んます」

 

 なにせ、これから立場など言ってられぬ程の厄介な案件で忙しくなるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アカデミア初等部の小学5年生の行事であるデュエルアカデミア本島の見学は、高等部が新体制に移行した際に生じた代物である。

 

 絶海の孤島とすら評せるデュエルアカデミア高等部の様子を直に確認し、里帰りの機会があるとはいえ「高校の3年間」を此処で過ごす現実を受け入れられるか否かを一先ず判断する場だ。

 

 無理そうなら小学6年生から卒業までの間に別の進学先を探し、其方に移る準備を整える期間も取れる今の時期(小学5年生)だからこその行事。

 

 その際に、その行事の島内での引率がデュエルアカデミアのフォース生徒の面々も担当することを利用し、遂にレイは亮との逢瀬を実現させる。

 

 そして、行事の一つ「フォース生徒とのハンデデュエル」を行うデュエル場にて、他の同級生たちがフォース生徒とのデュエルに夢中の中、気を利かせて場所を用意してくれた吹雪の助けもあって、レイは遂に愛の告白の時を迎えた。

 

 

「好きです、亮様!」

 

 

 それは純粋無垢な乙女の恋心の発露。

 

「亮様がデュエルアカデミアに進学なさってから会いたくて、会いたくて……やっと此処まで来れました! 乙女の一途な想い、受け止めて!」

 

「レイ、悪いがキミの気持ちには応えられない」

 

 そうして思いの丈をぶつけたレイに、亮から速攻で無常な答えが返された。取り付く島もないとはこのことか。

 

「どうして!」

 

「デュエルばかりにかまけていた俺には『恋』が、誰かを『愛するということ』が分からない。誰かへ『恋愛感情』を抱いたことがないんだ」

 

 だが、思わず声を荒げて理由を問うたレイへ、亮は偽ることなく己の有様を語って見せた。

 

 そう、亮に恋愛は未だにピンと来ない。友愛や親愛の情は持っていても「恋」への理解は同年代に比べて大きく遅れている自覚が亮にはあった。

 

「そんな曖昧な気持ちのまま、誰かと恋人になるなどリスペクトに反する」

 

 亮の理解の届く精々が「恋心すら抱かぬ相手と付き合う」ことを「不誠実(リスペクトに反する)」だと理解している程度である。

 

「なら、一度ボクとデートしてください! ボクが恋を教えて上げます!」

 

「それも出来ない相談だ」

 

「ど、どうしてですか! 恋人になる訳じゃなくて、一緒に遊んで――」

 

「キミが子供だからだ」

 

 しかし、納得と諦めがつかないレイは体当たりな提案をしたが、此方もやはりバッサリと断られた。とはいえ、此方の理由は至極単純である。

 

「俺は既にプロデュエリストのオファーを受けた身。軽はずみな行動は許されない――俺を信じて力になってくれた方々へ、仇を返すような真似はしたくないんだ」

 

 既にプロデュエリストとして世界に羽ばたく準備が整っている亮が――

 

 小学5年生とデートしました。恋をしました。付き合います。恋人になりました。

 

 なんてことになれば、亮に待ち受けるのは社会的死。ロリコン野郎のレッテルは避けられまい。見損なったぜ、カイザー!

 

 さらに被害は亮だけに留まらず、亮のプロ活動へ関わった全ての人間が被ることになる。

 

 それを思えば断る他ない。仮に亮がレイへ本当に恋をしたとしても、付き合うのは決して「今ではない」のだ。

 

「そ、そんな……」

 

「俺の未熟ゆえに済まないな。もう、こんな男のことは忘れて――」

 

 そんな当たり前の現実を突きつけられたレイが大きく肩を落とす中、亮は話を畳もうとするが、レイは亮の手を強く握りながら待ったをかける。

 

「あ、諦めませんから! 亮様が『恋が分からない』って言うなら、ボクが亮様の初恋になってあげます!」

 

「……そうか。なら10年後も同じ気持ちならば、こんなデュエルばかりの男に声をかけてやってくれ」

 

 やがて、結果的に無難なところへ着地したレイの恋模様。「今」ではない「未来」に希望を乗せ、レイの恋心は一先ずタイムカプセルよろしく仕舞われることとなる。

 

「俺もそれまでには『恋』をリスペクトし、理解してみせる」

 

「約、束だか……ら! 恋する……乙女にふ……不可能なんて……な、ないんだから!」

 

「吹雪、後は任せる――俺に出来るのは此処までだ」

 

「任せてくれよ、亮!」

 

 そうして、形はどうあれ「今」は恋が実らなかった現実に涙をこらえるレイへ亮がハンカチを渡したと同時に、この場を用意した吹雪に後を任せて亮は歓声轟くデュエル場へと戻っていく。

 

 出来ればレイが泣き止むまで見守るべきだったが、己の一存で学内行事を停止させる訳にもいかない。

 

 ゆえに、亮が出来るのは、少しでもレイが立ち直る時間が取れるよう、可能な限り多くの面々の注目をデュエルで引き付けることだけだった。

 

「対戦者か?」

 

「うん、『レイちゃんの友達』って言えば分かるかな、お兄ちゃん?」

 

「生憎、俺は口下手でな――デュエルでしか多くを語れん男だ」

 

 やがてデュエル場にて、親友の失恋を察した月子がせめて一矢報いらんと――

 

「デュエル!!」

 

「でゅェルぅッ!!」

 

 アカデミア最強の男にカードと言う名の牙を剥いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、二つの思惑がぶつかり合う余所に吹雪は涙を流すレイを励ます言葉を贈るが――

 

「ナイス、ファイト! 見事だったよ! 『恋する乙女に不可能はない』――良い言葉だ。きっと亮の心に胸キュンの波動が届いていることだろう!」

 

「……胸キュンの波動?」

 

「恋の予感さ」

 

 とはいえ、吹雪節が初見のレイは、言語的に意味☆不明な単語に涙をぬぐいつつ疑問符を浮かべるも、その返答に再び涙が溢れ始める。

 

「恋の予感…………でも、亮様は、『恋が分からない』って……」

 

 しかし、振られるならまだしも、悪く言えばレイが亮を想う恋心を「理解できない」とも取れる発言は中々に堪えよう。

 

 だが、吹雪は少し顔を曇らせながら亮のフォローに回る。

 

「…………まぁ、亮の場合は少々特殊でね。元々デュエルへの情熱に溢れているタイプだったけど……過去のとある一件以来、その熱がたぎるあまり『この手(恋愛)』の話題に疎くなっちゃったんだ」

 

「過去の一件……?」

 

「気になるのかい?」

 

「はい……! 好きな人のことですから!」

 

 そんな亮の悲しき過去を匂わせる発言に、涙を拭いつつ興味を見せるレイの真っすぐな瞳を見た吹雪は重い口をお茶目に開き始める。

 

「そうか――なら、他の子たちが亮たちとデュエル場を使っている順番待ちの間に、少し思い出話にでも花を咲かせようかな」

 

「――良いんですか!」

 

「ああ、勿論だよ。亮にキミのことを頼まれちゃったからね! 恋の伝道師であるこのボクに任せてくれ!」

 

 なにせ、恋の伝道師を自称する吹雪には、レイがこの恋を諦めることなく追う姿を幻視していたのだ。

 

 それ()どの程度の信憑性があるかはさておき(あんまり信頼できないけど)、あの手この手でこの場を掴んだレイの行動力を鑑みれば、多少の牽制は必要であろう。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「でも過去の亮を知れば――幻滅しちゃうかもしれないよ?」

 

「そんなことしません! どんな過去があっても、それを含めて亮様なんだから!」

 

――ひょっとしたら亮様は誰かに痛い目を見せられて、恋が分からなくなっちゃったのかも!

 

 そうして涙を完全に拭い切り、顔をほころばせるレイが無根拠な願望を抱く中――

 

「JOIN! 良い答えだ! なら、今こそ話そう。亮の過去に何があったのかを」

 

「亮様の……過去……」

 

 ウィンクしつつ親指を立てた吹雪が語り始める亮の――恋する相手の過去を前にゴクリと頷くレイ。

 

「それは昔々のことだった……正確には1年前くらいのことだった」

 

――結構、最近!?

 

 やがて、亮の幼少期くらいを想定していたレイを裏切る形で、吹雪は1年前――亮の師であるマスター鮫島が校長の座から退いた時期に思いをはせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亮の相棒たる機械竜のブレスが行く手を塞ぐ黒きエクゾディアに着弾するが、その身は砕けない。

 

『無駄だよ、《エクゾディア・ネクロス》は戦闘では破壊されない不死のモンスター、キミのサイバー・ドラゴンたちがどれ程の攻撃力を有していても、その牙はボクには届かない』

 

 そして赤い髪を逆立てた青年が眼鏡の位置を直しながら不適な笑みを浮かべる中、黒きエクゾディアを突破した亮は、三つ首の機械竜の圧倒的な力を以て勝負の流れを引き寄せんとするも――

 

『そんなにパワーファイトがしたいのなら付き合って上げようじゃないか――今の《召喚神エクゾディア》の攻撃力は5000!! あらゆる効果を受けない完全無欠の力を受けるといい!!』

 

 相手も新たに黄金のオーラを放つ新たなエクゾディアを繰り出し、その圧倒的なパワーと一切の小細工を許さぬ耐性を以て、亮の全てを跳ね除けて見せる。

 

『どうした? 焦りが隠しきれていない――そんなに神が怖いのか?』

 

 強かった。己が戦ったどんなデュエリストよりも。

 

 アカデミアの中で皇帝――カイザーと評されていた己が、世界の広さの前では如何にちっぽけだったか思い知らされる。

 

 だが、亮とて恩師の為に負ける訳にはいかない。

 

 そうして今の己の限界を振り絞るように繰り出した《融合解除》も交えた怒涛の連撃によって相手の思惑を超え、確かな手ごたえを掴み取った亮。

 

『……どうやらボクはキミの実力を見誤っていたようだ。こんなぬるい環境で、それ程の牙を研いでいたとは驚いたよ』

 

 しかし、相手はその亮の渾身の一撃すら既の所で耐えきり――

 

『魔法カード《円環融合(マジカライズ・フュージョン)》!! 墓地の5体の封印神(エクゾディアパーツ)を除外し、降臨せよ!!』

 

『墓地のエクゾディアを除外するだと!?』

 

 亮は己が想像だにしていなかった一撃を受けることとなる。

 

 

 

 やがて、その身を崩壊させ異次元に消えていく封印されし神の遺物を以て天より光が瞬いた。

 

 

 

 

「――ッ!? ……ハァ……ハァ……」

 

 しかし、途端に亮はベッドの上から勢いよく身体を起こし、正しく覚醒した己の意識を以て周囲を見渡せば変わらぬ己の自室の姿に、過去の悪夢にうなされていた事実を理解する。

 

「また、あの夢……か」

 

 そう、先の悪夢は、藤原が救出された後にマスター鮫島が校長を辞してから、変わらず続いていた。

 

 まるで己の後悔への忘却を許さぬように。

 

 

 

 

 

 そうして、フォース制度が制定された後に高校2年生となった亮は、マスター鮫島が学園からいなくなったにも拘わらず、変わらぬ日常を謳歌するアカデミアの中で学園生活を送っていた。

 

「やぁ、亮! 今日もブリザード・キングことフブキングの華麗なる挑戦を受けて貰おうじゃないか!」

 

「おはよー、おやすみー、むにゃむにゃ」

 

「……ああ、そうだな」

 

 だが、フォース生徒用のデュエル場にて、先に来ていた吹雪が元気良く、もけ夫がマイペースに己へ挨拶する返答がおざなりになる程度には、亮も精神的に参っている。

 

「うーん、どうにも覇気がないね。やっぱり、マスター鮫島の件をまだ気にしているのかい?」

 

「そうじゃない――いや、すまない。嘘を吐いた」

 

 やがて己を心配する吹雪へ、亮は一瞬誤魔化そうとするも、他ならぬ吹雪が相手ゆえか重い口も自然と開いた。

 

「ずっと考えてしまうんだ。あの時、俺が……俺がもっとしっかりしていれば、また別の未来があったんじゃないかと」

 

 それは過去への後悔。

 

 あの時、アモンとの勝負に――いや、藤原の異変に直ぐに気付けていれば、はたまた学園の規範となって他の生徒を導けていれば――

 

「師範が学園から去ることなく、新しい道を歩めたんじゃないかと」

 

 己の師がアカデミアから不名誉な形で去ることはなかったのかもしれない、と。

 

「思い詰め過ぎだよ、亮。今のマスター鮫島は未来に向かって進んでいるじゃないか」

 

「ああ、分かっている。これは俺のエゴに過ぎない。だが、その『もし』があれば状況に流されるだけの今とは違い、もっと多くの選択肢があった筈だ」

 

 しかし吹雪の言うように、今のマスター鮫島は新たな形でアカデミアへ偶に顔を出しつつ、集った門弟たちや、各地にてリスペクトの教えを説いている。

 

 それは亮も理解していた――だが、それでも「もしも」を考えてしまうのだ。何も失うことなく、理想の道を歩めた未来があったのではないかと、その可能性が脳裏を過って仕方がない。

 

 そんな亮へ、藤原も一定の理解を示す。

 

「やっぱり、恩師に色々あれば本調子じゃいられないよね。僕が言えた義理じゃないけど、少し分かるよ」

 

『マスター……』

 

 藤原も一時は家族を失いかけた身――肉親同然の恩師の失脚を前に、何も出来なかった亮の無力さは痛い程に分かる。

 

 だが、最後のフォース生徒こと小日向は別の意味で息を吐いた。

 

「調子が悪くて『それ』って、普段はどれだけ化け物なのよ……」

 

「すまない、小日向。アカデミアの皆の規範にならなければならない俺が、こんな体たらくでは――」

 

「相変わらずバカみたいに真面目ね。腕を磨く気がないのは、当人の意識の問題じゃない――やる気のない人に合わせる必要なんてないでしょ」

 

 やがて覇気を失った自身を恥じる亮へ、小日向は面倒臭そうに亮の論をバッサリ切り捨てる中、そのあまりの両断っぷりについ吹雪がいさめようとするも――

 

「小日向くん、それは乱暴な物言いじゃないかな?」

 

「なに? 私は今の学園の方が居心地良いわよ? レッドとさして変わらない実力の癖にやたらと口やかましいだけの相手は、勝手に淘汰されていくし、私の力へ正当な評価と報酬がなされるんだもの」

 

 学園の模範だの、規範だの――と語る亮たちの主張は小日向には無縁のものだった。「自分は自分、他人は他人」でしかないのだと。

 

「貴方たちだって、傲慢なだけのブルー生徒は腐るほど見てきたじゃない」

 

「そんな彼らを導く為の背中を見せるのが、俺たちじゃないのか!!」

 

 だが、そんな「己のみ」を突き詰めるような発言に亮が思わず声を荒げるも、小日向のスタンスは変わらない。

 

「嫌よ、面倒臭い。どうして私の時間を他に割いて上げなきゃならないの?」

 

――この中で下から数えた方が早い私に、他へ時間を割く余裕があると思ってるの?

 

 なにせ、フォースの同年代の中で亮と藤原、吹雪と小日向――といった方で力の差が明確に見えている小日向からすれば、他者にかまけている時間などありはしない。

 

 ゆえに暗い話は終わりとばかりに手を叩いた小日向は背を向けて定位置のソファに戻ろうとするが――

 

「今日はアメリカアカデミアからお客が来るんだから、舐められない為にもシャンとしてなさいよね」

 

「……全く、小日向くん――キミも素直じゃないね。心配ならそう言こひゅなたひゅんなぅにをしゅるんふぁ(小日向くん何をするんだ)

 

 余計なことまで言い始めた吹雪の頬をその指で引っ張る必要が出て来た為にUターン。

 

 もがもが何を言っているのか分からない吹雪の頬を思う存分引っ張り折檻を終わらせた後、手を放していつもの定位置に戻った小日向は悪びれた様子はない。

 

「余計なこと言う口に躾しただけよ」

 

「駄目だよ、吹雪。からかうようなこと言っちゃ」

 

『言わぬが花とも言いますからね』

 

「……そうだな。今のは吹雪が悪い」

 

 やがて、痛そうに頬を押さえる吹雪を余所に、明るく忠告を語る藤原とオネスト――そんな彼らとのやり取りに、亮の心は僅かに持ち直していた。

 

 

 

「シニョールたち、静粛にすルーノ! アメリカアカデミアのトップエリートのお二方が来たノーネ!」

 

 

 だが、規定時刻ピッタリに扉を開いて歩み出たクロノスの声に、フォースの面々はすぐさま襟を正すように並び立つ。

 

『もけもけ~!』

 

『マスター、もけもけが(もけ夫)を起こして欲しいそうだよ』

 

「(もけ夫先輩! 起きてください! クロノス教諭がアメリカアカデミアの方々を連れて来ましたよ!)」

 

「うーん、むにゃむにゃ、後6時間と66分……」

 

 いや、並び立とうとしたが、もけもけに懇願された藤原が、もけ夫を頑張って起こそうと奮闘している間に――

 

 

 

 白い軍服のようなアメリカアカデミアの制服に身を包み、ベレー帽に似た制帽を深く被った金髪の長身の青年と、

 

 同じ型のスカートタイプの制服を纏ったギャリソンキャップに似た制帽を軽く被ったセミロングの金髪の女性、

 

 

 その二人のアメリカアカデミアの生徒が入室し、クロノスが彼らの名前を明かしつつ自己紹介の場を整える。

 

「此方は、シニョール『デイビット・ラブ』と、シニョーラ『レジー・マッケンジー』なノーネ! まずは軽く自己紹介でも――」

 

「フン、出迎えの場で居眠りとは随分と挑発的じゃないか」

 

「――!? アワーワ!? ち、違うノーネ! シニョール茂木はとってもマイペースなだケーデ、シニョールたちを挑発してる訳じゃなイーノ!」

 

 だが、アメリカアカデミアの男子生徒「デイビット」が帽子のつばを上げながら、この場で未だに寝ているもけ夫に注視する姿にクロノスは慌てて弁解に回る。

 

 そんな中、もう一方のアメリカアカデミアの女子生徒「レジー」はグースカ寝ているもけ夫の近くに足を運んで、寝顔を見下ろしつつ気にした様子もなく苦笑してみせた。

 

「ワタシは構わないわよ。覇気のない相手よりはマシでしょうしネ」

 

「あはは、慌ただしくてゴメンね。僕は藤原 優介(ゆうすけ)、今日はよろしく頼むよ」

 

 そんな援護射撃に藤原は、もけ夫を起こす作業を中断しつつ、レジーへ謝罪と自己紹介の握手を求めれば、レジーもそれを快く受ける。

 

「なら『ユースケ』――此方こそよろしく、レジーで構わないわ」

 

「美しいお嬢さん――キミの瞳になにが見える?」

 

「? ユースケ、彼は何をしてるのかしら?」

 

 だが、そんな中、唐突に瞳を閉じて天を指さす吹雪の姿は理解しがたかったのか、指をさしつつ早速できた交友関係を活用するも――

 

「……『天』って言ってあげてくれないかな」

 

「『天』?」

 

「――JOIN! 天上院 吹雪と申します。フブキングと呼んでくれると嬉しいかな!」

 

 促されるままにオウム返しした「天」コールに掲げた腕をガッツポーズするように落とした後、親指を立って謎原理で輝く白い歯を見せる100万ドル相当の笑顔を見せた。

 

「……フブキは、とても面白い人なのネ」

 

「うん、少し変わってるけど僕の自慢の親友なんだ。だから僕たち共々、今日はよろし――」

 

 やがて立ち上がりに不安の残ったアメリカアカデミアのトップエリート2人との初会合は好感触な流れを得る。

 

剣帝(パラディン)、悪いがMeはYouたちと『よろしく』するつもりはない。握手は遠慮させて貰おう」

 

「ぇっ?」

 

 かと思いきや、クロノスの弁解も、藤原とレジーの会合も、そのいずれも無視する形でデイビットは亮の前に足を運び、向かい合いにらみ合う形で問いかける。

 

「Youが皇帝――カイザー丸藤か?」

 

「……ああ、俺が丸藤 亮だ。今日はよろしく頼む」

 

 そして、一気に一触即発な雰囲気が場を支配する中、先に肩の力を抜いたのは意外にもデイビットだった。

 

「覇気のない顔だな――Meを差し置いて、こんな男をペガサス会長は『END(エンド)の再来』と評するとは……正直、屈辱だよ」

 

 しかし、肩をすくめたデイビットの姿は、「相手の圧に負けた」と言うよりは「拍子抜け」による落胆がこれでもかと含まれている。

 

「……END?」

 

「うーん、ひょっとすると――サイバー・エンドの『エンド(END)』のことかもしれないね!」

 

 とはいえ、その落胆は聞きなれぬ単語に疑問符を浮かべる亮にはいまいち届いてはいない。

 

 だが、吹雪が見当違い――実際は当らずといえども遠からず――な発言をする姿をデイビットは、侮蔑の意味も込めて鼻で嗤って見せた。

 

「フン、牙帝(ビーストキング)は物を知らないようだな――もっとも、こんな閉鎖的な小さな島国にこもってるYouたちじゃ、仕方のない話か」

 

「なに、こいつ。喧嘩売ってんの?」

 

 そんな自分たち(フォース生徒)を露骨に馬鹿にする姿勢を隠しもしないデイビットに、この中で一番血の気が多い小日向が噛みつかんと一歩前に出るが、その歩みは藤原によって制される。

 

「小日向さん、どうどう――クロノス先生、『END』ってなんのことですか?」

 

「あんまり日本じゃ知られてなイーノ」

 

 そうして藤原のヘルプコールに応じたクロノスが、「END」なる人物の正体を明かそうとする中、その言葉に被せる形でデイビットが口を開く。

 

「簡単に言えーば、アメリカアカデミア始まって以来のチョー天才児のことなノーネ」

 

「そう、飛び級でアメリカアカデミアを卒業し、レベッカ・ホプキンスが打ち立てたプロ最年少記録すら塗り替え、響 紅葉が不参加だったとはいえ、多くの思惑とプロたちが渦巻いた『HEROサバイバル』を最年少ながらに制した――」

 

 それは文字通り、アメリカアカデミア始まって以来の――いや、「全世界の」デュエルアカデミア始まって以来の傑物たる存在。

 

 その彼がアメリカアカデミアに在籍していた期間は決して長くはない。だが、打ち立てた経歴は、伝説は在籍期間に反比例するように有り余る。

 

「文字通り、全てのレコードをEND(過去)にしたジーニアス(天才)の中のジーニアス(天才)

 

 まさに生ける伝説であり、年若き開拓者なのだとデイビットは強く語る。

 

「彼の名、デッキ、経歴――そして『あのカード』を手にした実力も含め、畏怖と敬意をこめて『END(エンド)』と呼ばれている」

 

「……すっごい喋るわね」

 

 だが、唐突に熱に浮かれた具合でめっちゃ喋りだしたデイビットの姿に小日向は引き気味だった。

 

「フフッ、彼はENDの大ファンだから……」

 

「レジー、訂正して貰おうか――彼はMeが生涯のライバルと見定めた男だ」

 

 やがて、苦笑するレジーからその熱量の根源が明かされるが、デイビットはレジーに指をさしつつ訂正を求める。

 

 かくして、ファン・ライバルのどちらにせよ、「デイビットが強いこだわりを抱く凄い相手」であることを理解した亮は、ペガサス会長からの評価に恐縮して見せるが――

 

「俺のことを、それ程の人物の再来とペガサス会長が仰られたのなら光栄な話だが……」

 

「自惚れるなよ、カイザー」

 

 だが、デイビットの抱いた評価は真逆だった。

 

「能無しの烙印を押されるような男がマスターのYouには、過ぎた(エンブレム)だとMeは言っているんだ」

 

「――師範を侮辱する真似は止してくれないか」

 

 そうして、恩師すら侮辱する言葉にようやく火のついた亮の姿に、デイビットは満足気な表情を浮かべつつも、更に亮の怒りの炎へ(材料)をくべる。

 

「本当に何も知らないんだな……海馬オーナーの肝入りだったYouの師範がアカデミアから外された一番の訳を」

 

「……なんだと?」

 

「おや? その話は、アカデミア生の成績不振が原因じゃないのかい?」

 

「簡単な話さ、牙帝(ビーストキング)。アメリカアカデミアはI2社の――いや、ペガサス会長の方針を色濃く受けている。これで流石に分かるだろう?」

 

 そして知らぬ間にアシストを決める吹雪の疑問を手に、デイビットはマスター鮫島の失脚の大きな要因を語る。あの海馬 瀬人が一切庇うことなくマスター鮫島を放逐した真相を。

 

「ENDを含めMeたちの存在が、海馬オーナーよりもペガサス会長の方が優れた後進を育て上げた証明な訳だ。(海馬社長)のプライドはいたく傷つけられただろうネ」

 

「そう……だったのか」

 

――そうか……だからこそ、大規模な改革を決行した……やはり、俺たちの未熟が師範を……

 

 やがて歪曲された情報を前に、全て悟った様相を見せる亮を見たデイビットは、準備は整ったとばかりに亮へ指差し告げる。

 

「だからこそMeは気に入らない――島国の落ち目のアカデミア生のYou如きが『ENDの再来』なんて言われている現実が!!」

 

 そう、デイビットは許せない。

 

 海馬 瀬人から不適格の烙印を押されたも同然の師を持つ亮が、己が宿命のライバルと定めた男の「再来」なんて呼ばれている現実が。

 

 それを「当然のこと」だと、もてはやす周囲の全てが。

 

「交流戦なんてただの建前サ! Youのデュエリストの全てをMeが否定する!! 次の全米チャンプに昇り詰めるデュエリストであるMeが!!」

 

 ゆえにデイビットは、こんな小さな島国くんだりまで来てやった。全てが眼前の紛い物を粉砕する為。

 

 そうして、腰元のホルスターからデュエルディスクを腕に装着し、デッキをセットしたデイビットは亮へと発破をかけた。

 

「さぁ、デュエルディスクを構えて貰おうか、カイザー!! Youの全てを賭けて!!」

 

「……良いだろう。挑まれた勝負から背を向ける気はない!!」

 

 だが、亮とて恩師を愚弄されて黙っていられる程に器用な性格はしていない。

 

 やがて、デュエルディスクとデッキというデュエリストの剣を取った亮は、デイビットへしかと向き合い――そして示し合わせたように同時に宣言した。

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 

 かくして今、この瞬間、双方の誇りを賭けたデュエルが幕を開く。

 

 

 その先に待ち受けるのは、祝福か呪詛か――それは神のみぞ知る。

 

 

 






レジー・マッケンジーの霊圧(存在感)が……消えた……?



Q:原作の亮も「恋」が分からないの?

A:原作の様子を見る限り、その手の機微に聡い印象は受けませんでした。
十代に「タジタジだな」と評され、レイに告げられる恋のアレコレも明日香が変わりに説明していた為、

吹雪のように「手慣れている」と言うよりは「疎すぎる」ゆえの「動じなさ」と判断させて頂きました。


今作では「それ」が加速する材料があった具合になっております。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。