マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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杏子ファンの皆様には苦しい展開やもしれません。ゆえに先んじて謝罪を――大変、申し訳ないです。



前回のあらすじ
「夢はみている間が一番楽しい」って誰かが言ってた。




第259話 人生設計

 遺跡調査の手を止めた遊戯から打ち明けられた「相談」との話に言葉を待つ神崎へ、遊戯は言い淀むように視線を彷徨わせた後、ポツリポツリと語り始めた。

 

「実は、杏子のことなんです」

 

 此度の遊戯の相談は、彼の友人である杏子の件。

 

「杏子の夢のことは知ってますよね? それでアメリカにいた城之内くんから聞いたんですけど、杏子――なんだか思うように行かずに悩んでいるみたいで」

 

――これは恐らくアメリカのダンス留学の話。なら……

 

 そして続いた遊戯の説明に対し、原作知識から凡その内容を推察した神崎は極めて一般的な提案を返すが――

 

「それならば私ではなく、武藤くんが直接相談に乗ってあげるべきかもしれません。気心が知れた相手と悩みを共有するだけでも随分と変わりますよ」

 

「それは……その……」

 

「なにか問題があるようですね」

 

――彼らの関係の深さを思えば問題なさそうだが……

 

 言葉を濁した遊戯の困ったような表情を見るに、問題の根が深い様子が垣間見える。遊戯たちの仲の良さを考えれば腹を割って話し合うハードルは低い筈だが、遊戯にはその決断に踏み切れぬ理由があった。

 

「ボクが会えば杏子にきっと、アテムのことを思い出させちゃうだろうから……」

 

「成程」

 

 それが、アテムの存在。

 

 記憶編とDSOD編にてアテムの本来の姿を見た杏子にとって、遊戯はアテムの生き写しに近しい。

 

 それに加えて、海馬がアテムに最後の言葉を告げる場を用意したことで、杏子の中では「アテムはもう会えない存在」では「なくなった」――つまり、再会の淡い希望がある状態である。

 

 まさに夢を追いかける杏子にとって、遊戯は「今は会えない想い人の幻影」に近しい存在だ。

 

 そんな中で遊戯に会えば、悩みを抱いている精神的に不安定な杏子はアテムと遊戯を重ねてしまい余計な悩みを増やしてしまう可能性も決して低くはないだろう。

 

 それでは互いの為にならない。それゆえの現在。

 

「了承しました」

 

「すみません。こんなことお願いしちゃって……それで依頼料とかは、どうなりますか?」

 

「依頼主の要望に寄りけりです。安上がりに済む方法なら、その分お安くなります」

 

 だからこそ、その道に自分たちよりは詳しく信頼できる相手を頼ったのだと語る遊戯に、神崎から対価の部分が語られるが、当人はテンプレートを返す。

 

 とはいえ、遊戯の頼みとあらば神崎の中で断る選択肢がない以上、どれだけ安く買いたたかれても文句はないのだろうが。

 

――えーと、なら沢山お金を払った方が良いのかな……

 

「ちなみに神崎さんは、どんな方法が良いと思いますか?」

 

「そうですね……一番ポピュラーなものは――」

 

 だが、そんな神崎の思惑を知らぬ遊戯は大切な友人の為、金子(きんす)を惜しまぬ意気込みで万全を願い問いかければ――

 

「真崎さんが後腐れなく夢を()()()()()ようにすることですかね」

 

「ッ!?」

 

 飛来した看過できない発言に、胸倉すら掴みかかりかねない衝動を気力で抑え込んだ遊戯は、小さく息を吐いてなんでもないように返す。

 

「…………ハハ、冗談はやめてくださいよ」

 

 軽い調子で「大事な友達の夢を潰す」と同義の言葉をぶつけられたにも関わらず、怒りを飲み込んだ遊戯は「きっと言葉の綾の類だろう」との希望にすがるように乾いた笑いを零す他ない。

 

 それは彼の優しさと、神崎を信じると決めた決意に由来するものなのだろう。

 

「冗談……冗談ですか。そう感じられたのなら、別の方法を模索した方が良いでしょう」

 

 だが、当の神崎に悪びれた様子は一切ない。それどころか予想していた遊戯の反応と異なっていた事実に内心で首を傾げる始末。

 

――流石に勇み足だった。武藤くんが真崎さんの意思確認する時間は必要か。

 

「決めるのは依頼者である貴方です」

 

 しかし、僅かな逡巡の後にズレた結論をくだした神崎は、懐から1枚の名刺を遊戯に差し出した。

 

「とはいえ、武藤くんも今はお仕事の最中ですし、込み入ったお話は別の場を設けましょうか」

 

 やがて、神崎の真意を測れぬ遊戯が戸惑いながらも名刺を受け取ったことを確認した神崎は一礼と共に一言二言告げ、ホプキンス教授に別れの挨拶がてらに去っていく。

 

 

 その背中を遊戯はただ見送ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 此処で舞台をデュエルアカデミアのイエロー寮に移せば、定期試験も終え、その結果を受け取った十代たちが、寮の自室にてイエロー生たちと段ボール片手に荷造りを行っていた。

 

 そうして十代の荷造りを手伝っていたイエロー生の1人――小原は小柄な体躯でせっせと1つの段ボール箱を両手で掴みながら部屋の外に出しつつ感嘆の声を漏らす。

 

「しっかし、驚いたな。三沢はともかく遊城がこんなに早くオベリスク・ブルーに上がるなんてさ。やったな」

 

「へへっ、小原やみんなが勉強教えてくれたお陰だって! ――でも佐藤先生には『筆記はギリギリだった』って言われちまったけど……」

 

『アイツはいつも小言が多いだけだから気にすることないよ、十代――KCにいた時と変わっちゃいない』

 

 彼らのやり取りから分かるように、十代は三沢と共に此度の試験でオベリスク・ブルー昇格が決まった為、オベリスク・ブルー男子寮に移動する為の準備に追われていた。

 

 とはいえ、宙で退屈そうに浮かぶユベルがフォローする姿を見れば中々に瀬戸際だった様子。

 

 だが、そんなユベルが見えない他の面々の1人――大原は、自虐交じりの謙遜をする十代へ大柄な体躯で両肩に段ボール箱を乗せたまま顔を覗かせ励ましの言葉を贈る。

 

「そ、それでも凄いことだよ……! い、1年生でオベリスク・ブルーに上がれるなんて、な、中々出来ないことだから……」

 

 そう、イエロー生徒がブルーに上がる一般的な段階は「2年生」からである。しかも、それは「優秀な面々」に限られ、大多数は「3年生」になって、()()()()ブルーに上がれるのが定番だ。最終的に上がれなく卒業する面々とて少なくはない。

 

 大原たちから見れば、十代の昇格は破格の速度なのである。

 

 しかし、その「昇格」に重きを置いた大原の発言に対し、十代は珍しく慎重に言葉を選ぶように問いかけた。

 

「……やっぱり大原や小原たちもオベリスク・ブルー目指してんのか?」

 

「えっ? う、うん、卒業までに何とか昇格しようと思ってるけど……」

 

「当たり前だろ。卒業時の(所属寮)一つで進路の幅が天と地程に違うんだからな」

 

「うーん、そっかー」

 

『まぁ、事情は人それぞれだよ』

 

 荷物をまとめて部屋の外に運び出す大原が背中越しに語る中、小原も同調する姿に己とのギャップを感じ、天井を見上げた十代はユベルと目と言葉が合うも、納得には至らない様子。

 

「十代くん、みんなが折角荷造りを手伝ってくれてるんだから、お喋りは後にしよう――ね?」

 

「す、すみません! 遊戯さ――って、神楽坂か」

 

 だが、此処で手持ち無沙汰に天井を見上げる十代を咎めるような言葉が響けば、その声色と口調に憧れの人間を誤認した十代は慌てて背筋を伸ばすも、残念ながら神楽坂(物真似)である。

 

「そうだぞ、十代。今日中に寮移動の準備を最低限すまさないと寂しい部屋で寝る羽目になる」

 

「え゛っ!? まさか今日中に全部運ばなきゃダメなのか!?」

 

 しかし、そんな中にて自分の荷造りを終えた同室の三沢が十代のヘルプに入りつつ告げた情報に対し、十代は嫌な声を漏らした。

 

 ブルー昇格を予想し、あらかじめ寮移動の準備を済ませていた三沢に対し、十代は「まだ先の話」と諸々を先送りにしていただけあって、1日での引っ越し作業は仲間の手を借りようとも困難であろう。

 

「いや、学園側も手配してくれる――が、其方は日をまたぐからな。最低限に必要なものは先んじて自力で運ぶしかない」

 

「マジかー! 折角、ラー・イエローにも馴染んで来たのになー」

 

 とはいえ、三沢からもたらされる新たな情報に、安堵と遠いゴールを見定めたことで一度、伸びをした十代は思いの他に早い別れとなった自室を眺めつつ、一抹の寂しさを覚えるが――

 

「でも、面倒ばかりでもないよ!」

 

「そうなのか、秋葉原?」

 

 段ボールにせっせとガムテープで封を続けていた秋葉原が眼鏡をクイッと上げながら、明るい知らせを贈る。

 

「勿論です! なにせオベリスク・ブルーは完全な一人部屋! 部屋にはトイレ・風呂は当たり前! テレビに各種家電――それこそ冷蔵庫すらある充実ぶり! うちの実家の部屋より凄いですねー!」

 

 それは、部屋のグレードアップの事実。

 

 タコ部屋雑魚寝のレッド、電化製品ゼロな二人部屋のイエローとは一線を画すレベルだ。

 

『やったじゃないか、十代。もうチャンネル争いする必要がないよ』

 

「へー、太っ腹だな~」

 

 ユベルの言うように、もう、イエロー寮に学生用にと唯一設置されたテレビの前で争う必要はない。

 

「そ、それにブルー生徒同士なら、しょ、書類手続きなしでデュエルできるよ」

 

 大原の言うように、煩わしい手続きともおさらば――雑魚狩りしたいなら別だが。

 

「おぉ~! 良いこと尽くめじゃん!」

 

「……だから、みんなオベリスク・ブルー目指してんだよ」

 

 そうしてイエロー寮の仲間たちとの別れの寂しさより、新天地(ブルー寮)でのワクワクが勝り始める十代の姿に、ため息交じりの安堵と呆れが混ざった小原の声が慌ただしい一室の中に露と消えた。

 

 

 

 なお「手が止まっている」とアテムの方の神楽坂に怒られるまで後3秒。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして学徒たちがせっせと引っ越し作業し終える中、日が回れば――

 

 

 考古学者の卵として初仕事中の遊戯が調査する遺跡の近くの街。その地下街にあるレストランに地図を頼りに足を運んだ遊戯は、妙な重苦しさを感じる雰囲気の只中で進む中、聞きなれた声の方へと顔を向けた。

 

「ああ、武藤くん。此方です」

 

「あの此処って……」

 

「特に大それた場所ではありませんよ。少々プライベートに配慮されただけのレストランです。価格も良心的ですから、気兼ねなく注文なさってください」

 

 やがて、手招きならぬ声招きに導かれ、個室に近い席に腰かけた遊戯の疑問を神崎が氷解させてみせるが、現実問題として胡散臭いことこの上ない空間に案内された事実が遊戯の前にさらされる。

 

 神崎的には遊戯の「デュエルキング」の立場を鑑みての配慮だったが、残念ながら遊戯の反応を見るに逆効果だった模様。

 

「……遠慮しておきます」

 

「そうですか。では、早速本題に入りましょう。真崎さんの抱える問題へのアプローチ方法はお決めになりましたか?」

 

「それよりも、あの話――本気だったんですか?」

 

「あの話?」

 

「……『杏子に夢を諦めさせる』って話です」

 

 そして先を促すような神崎の声に、遊戯はじっくり考えた上で理解できなかった神崎の提案の意図を探ろうとするが――

 

「杏子が夢の為に、どれだけ頑張って来――」

 

「名のある舞台に立てるダンサーを目指しておられるお話でしたよね」

 

「そうです!! 神崎さんも1度相談されたなら知ってる筈じゃないですか!!」

 

「存じていますよ」

 

 そう、遊戯と神崎が認識している杏子の夢の問題の部分に、大きな差異はない。

 

「なら!!」

 

「大して頑張ってないことは」

 

 ただ、一点を除いて。

 

「――ッ!! ッ………………ふぅー」

 

 やがて明らかに喧嘩を売るように遊戯の大切な友人を侮辱する神崎の姿へ、大きく息を吐いて怒りを逃がす遊戯。これが海馬なら速攻でデュエルを挑み神崎は叩き潰されていたことだろう。

 

「……神崎さんは、さっきから――いや、あの時からボクを怒らせようとしているんですか?」

 

 そして、温和な遊戯を挑発するような神崎の発言の恣意的な部分を探るが――

 

「いえ、ご依頼を果たすべく真摯に対応しております」

 

「夢を諦めさせることが真摯なんですか!!」

 

「例えば、金銭や社会的影響力を介在させ、真崎さんを分不相応な舞台へ立たせることは一応可能です。ただ、そんな解決法を武藤くんは望んでおられないでしょう?」

 

「それは……! ……そうですけど……」

 

 神崎から語られた一例に遊戯は言葉を濁す他ない。そんなことを杏子が望んでいないのは誰の目にも明らかだからだ。

 

「ですので、世間一般で言うところの『裏工作』を一切無視した方法として、ご提案させて頂きました」

 

「……杏子じゃ凄いダンサーにはなれないって言うんですか?」

 

「ええ、あくまで私見ですが」

 

 そうして、先程までの神崎の発言の真意を遊戯は理解し始めるが、それだけならば「残念ながら……」と申し訳なさそうに言えば済む話である。それゆえ遊戯の視線に長考の構えが見え始める。

 

「ただ、今の武藤くんになら分かるでしょう? どんな分野でも『みんな』頑張っているんです。大なり小なりね」

 

「だとしても、杏子の頑張りが劣ってるなんて――」

 

「劣っていますよ」

 

 しかし、それでも杏子の頑張りを否定できなかった遊戯を、神崎は迷わず否定した。

 

「武藤くん――貴方が学生時代、真崎さんはどの程度ダンスのレッスンをこなしていたかご存知ですか?」

 

「…………知らないです」

 

 遊戯は知らない。杏子がダンサーとして努力する姿を。

 

「私もです」

 

「え?」

 

 そして、それは神崎も同じだった。

 

 そんな神崎の想定外の返答に、思考を巡らせていた遊戯は虚を突かれたようにポカンとした表情を見せる。

 

「……えっ? あの、それだと今までの話は何だったんですか?」

 

 これでは「何も知らない癖にレッテルを貼った」酷い奴だ。遊戯からすれば、「何を根拠にああも断言したのか?」と疑問に思うことだろう。

 

 だが、神崎には分からなかった。

 

「私の知る限り、真崎さんは渡米の為にバイトに励み、武藤くんたちと共に青春を謳歌されていました――つまり『バイトは頑張っていた』としても、『ダンスは頑張っていない』」

 

 1日24時間という限られた時間の中で、どう計算しても学業・バイト・友人との交流――これに睡眠・食事などの生活に必要な時間をプラスすれば杏子の中の時間は殆ど残っていない。

 

 原作の「山のようにオーディションを受け、落ち続けた」との情報や、ドーマ編・KCグランプリ編での時間的拘束を加味すれば、もはや雀の涙ほどもないだろう。

 

 歪んだこの歴史ですらKCグランプリ編の拘束時間は長期に渡る。

 

 今ならネット動画で隙間時間に技術を詰め込む――なんて話も可能かもしれないが、遊戯たちが学生時代にはその辺りのものはない。

 

 ゆえに神崎には「いつダンスを頑張っているのか」分からなかった。それゆえの結論。

 

「武藤くんは真崎さんから聞いたことがありますか? 『ごめん、今日はダンスのレッスンがあるから』なんて話」

 

 あったとしても「ごめん、バイトがあるから」だろう。

 

「で、でも、オーディションを受けてた話は聞いたことがあります!」

 

「私はダンサーの世界にそこまで詳しい訳ではありませんが、『碌に指導も受けていない人間』がオーディションを受けて、受かるものなのでしょうか?」

 

 そうして友人を悪しきに扱う言葉の連続の只中、遊戯が杏子の頑張りを肯定するも「記念受験では意味がない」と一蹴される始末。

 

 杏子に輝かしい才能があれば別だろうが、実際問題として数多のオーディションに落ち続けている以上、「全ての審査員が見る目のない人だった」か「輝かしい才能などなかったか」の2択だ。

 

 原作で確認できる杏子のスペックは、碌に結果が出せず腐っていたステップ・ジョニーを負かす程度。「一般人よりは凄い」くらいの立ち位置だろう。

 

「それでも、渡米した後は杏子もレッスンを頑張ってるじゃないですか!!」

 

 しかし、遊戯も「それは過去の話だと」反論を返す。渡米の資金繰りに時間を取られたのは確かに痛手やもしれないが、渡米した後の杏子の努力は嘘ではない。

 

「真崎さんは、アメリカでの活動資金をどうなされているかご存知ですか?」

 

「えっ!? えーと、確か現地で……バイトを……」

 

()()『バイトを頑張っている』んですね。レッスン(努力の)時間を削って」

 

 だが、そんな遊戯に神崎は厳しい意見をぶつけた。

 

 当たり前の話だが、生きるには金がいる。そして、ダンスの教えを受けるにも当然レッスン料という名の金銭は避けられない。杏子は渡米した後も、お金が必要なのだ。

 

 渡米の資金を貯めれば、後は夢を目指すだけ――なんてことは難しい。

 

「――だったら、杏子はどうすれば良かったんですか!!」

 

 そうして金、金、金、とかつての牛尾のようなことを言い始める神崎に、遊戯は理不尽を示すように声を張るが――

 

「せめて学生の間はご家族に夢への理解を得れば良かったのでは? そして日本にいる間、日本のダンス教室にでも入って指導を受ける――日本でダンサーを目指す大抵の方々は『そう』していると思いますよ」

 

 神崎からあまりにも普通な答えが返ってきた。

 

 なにせ今の杏子が苦労しているであろう部分は「碌な土台もない状態で渡米した」状況によるところが大きい。

 

 それに加えて、杏子の家は城之内のように経済的に困窮している訳ではない。父が仕事で精力的に世界中を飛び回る――なんて話も原作の情報にあり、子供に海外のミュージカルの舞台(杏子の夢のきっかけ)を観せられる程度には裕福だ。

 

 子供に習い事をさせる親は別段珍しくともなんともない。その一つに「ダンス」を加えてやるだけで良かったのだ。

 

「で、でもダンスは本場の地で学んだ方が――」

 

 そんなあまりにも普通で、今の杏子にとって取り返しのつかない解決策を提示する神崎に、遊戯は「今の杏子」の唯一のアドバンテージを語ってみせるが――

 

「武藤くんは考古学者を志した時、『本場の地で勉強する為にバイトをしよう』なんて考えますか? 考えませんよね。最初からズレているんですよ。致命的に」

 

 前提が既に違うのだと神崎は返す。

 

 考古学者を目指した遊戯を例にとれば、まず専門誌の一冊でも買って勉強するだろう。

 

 杏子が目指したダンサーも同じだ。日本で最低限でも指導を受けておけば日本の舞台で実績を積め、状況次第では高名な劇団から「是非、ウチに」との声がかかる可能性だってありえた。

 

 たった、それだけのことで大きく状況が変わる筈だった。

 

「今の真崎さんは取り返しがつかない次元で周回遅れです。身体機能のピークもとうに過ぎる頃合いでしょう。覚えは益々悪くなる」

 

「……なんなんですか、それ……! だったら……! だったら……!!」

 

 そうして杏子の絶望的な状況を並べてみせる神崎だが、その結果として遊戯には看過できない部分が見え始める。

 

「昔、杏子が相談したあの時に! そう言ってあげれば良かったじゃないですか!!」

 

 そう、杏子の問題は、過去に杏子が相談した段階で解決可能な代物だった。簡単に解決する筈だった。

 

 誰もが思いつく簡単な助言で、大きく改善する筈だった。

 

「そうですね。私のミスです。それは申し訳なく思っています」

 

 しかし、そんな簡単な助言は()()()()()()杏子には届かなかった。

 

 ゆえに、神崎はそんな不運に見舞われてしまった杏子に、いつもと変わらぬ様相で己の失態を懺悔してみせる。「まさか、こんなことになるなんて」と。

 

「ですので、未来の話をしましょう。過去はどう足掻いたところで変えられないのですから」

 

 とはいえ、時は巻いては戻せない以上、神崎は「今」できることをする他ない。ゆえに遊戯の相談に厳しい意見を突きつけることになっても、真摯に相談を受け止める姿勢を示す。

 

「……今、どうして話を逸らしたんですか?」

 

 だが、そんな意図的な話題の軌道修正を遊戯は見逃さなかった。

 

「変えられない過去を議論しても建設的ではないでしょう?」

 

――……勘の良さは相変わらずか。

 

 そんな遊戯に内心の動揺を隠しつつも、神崎はしらを切ってみせるが、遊戯が――いや、誰もが抱くであろう当然の疑問が投げかけられる前に、強引に話題を変えたようにしか遊戯には思えなかった。

 

 そう、先の神崎の発言は不自然な部分が多々見られる。明らかに遊戯が不快に感じるような、怒りを覚えるような発言の数々。そして何より――

 

「ボクがデュエルキング……いや、違う――ボクがアテムの器だったからですか?」

 

 遊戯の内で組みあがりつつある最悪な予想。

 

「武藤くん、それこそ話が逸れていますよ」

 

「だって、そうじゃないとおかしいじゃないですか! 神崎さんが言ったんですよ! 『普通は誰もがそうする』って! しかも、アテムの器だったボクに悪感情を持たれることを避けていた――そう言ったのも貴方だ! 仮にうっかり言い忘れていたとしても、後で幾らでも伝える術はあった!!!」

 

 落ち着かせるような神崎の声を無視して、テーブルに手を叩きつけて席から腰を上げた遊戯が矢継ぎ早に語った言葉が全てを端的に表している。

 

 普通に考えて「アテムを体よく使いたかった」のなら「遊戯の大切な友人である杏子」に恩を売っておけば遊戯の心象はすこぶる良いものとなり、諸々の事柄をスムーズに運べただろう。

 

「武藤くん」

 

「でも()()()()()!! 貴方は夢に向かって頑張っている相手へ無意味にそんなことする人じゃない! 竜崎くんの時だって! 羽蛾くんの時だって! 色んな人の将来を一緒に悩んでくれていたのに! その中で杏子だけを除外する理由なんて、ボク以外にないじゃないですか!!」

 

 そして、DSOD編で神崎とデュエルした遊戯には、神崎が無意味に他者を貶める真似をする人間ではない確証がある。つまり、「理由」があった逆説的な証明と言えよう。

 

 だが、神崎にとっての杏子の価値など「遊戯の大切な友人」以外にない。

 

「武藤くん」

 

「杏子が夢を切っ掛けにして、ボクたちと疎遠になればアテムは自分を責めるかもしれない! ボクが器になったから、自分が原因でみんなとの友情の形が変わってしまったかもしれないって!」

 

 だって、そう考えれば全てが綺麗に繋がるのだから。

 

 遊戯が特別な感情を抱く相手の喪失が、アテムと遊戯の精神衛生上において「杏子の夢」が不確定要素になりえたから。だから助言しなかった。助言が届かないようにした。

 

「大邪神ゾークを倒す上で、不確定要素になりえるものは全て排除したかった! だから、杏子の夢が邪魔だった!!」

 

 小娘一人の夢と、人類滅亡の危機――天秤に乗せるまでもあるまい。

 

 遊戯からすれば自分の人生が「杏子の夢を犠牲にした上で成り立っていた」と聞かされたようなもの。

 

 

「――だったら、どうしますか?」

 

 

 しかし、なんでもないように短く零した神崎の言葉に、一気に遊戯の意識は其方へ向いた。

 

「……認めるんですか?」

 

「認めるも何も以前にお話したじゃないですか。他人の人生を『世界の為』なんて大義名分を掲げて捻じ曲げてきたと」

 

「でも!!」

 

「それでも武藤くんは私を信じてくれていたんですね。『そんなことはしない人だ』と――その信頼は嬉しく思います。ですが、それは買い被りです」

 

 だが、遊戯の否定を願った確認の声さえ、神崎はあっけらかんと流してみせる。今更な話だと。

 

「私は必要とあらばなんだってします」

 

 そう、今まで神崎は数多の屍を築き上げてきた。

 

人の命(ダーツの妻)を物のように扱いもします。世界にとって後腐れのない相手(アヌビスやトラゴエディアたち)を死地に向かわせることだってする。それらに比べれば他人の夢を歪める程度、些事ですよ」

 

 それらは、どれだけお綺麗なお題目を並べようとも、人道という観点から鑑みれば「許されない」行いだ。

 

 そんな神崎が、今こうして人の社会に許容されているのは「人の決まり(国の法)で裁けない」状態ゆえ。

 

「以前に言ったでしょう? 私はキミが思っているよりも余程の屑だと」

 

 そうして、突き放すように締めくくった神崎の主張を前に、脱力したようにボスンと席から上げていた腰を落とす遊戯は力なく呟く。

 

「……貴方は、そうやって――」

 

「ええ、今までそうやってきま――」

 

「――『自分が悪者になれば済む』と思ってる」

 

 それが遊戯の感じた全てだった。

 

「………………それも買い被りですよ」

 

「ボクに……ボクに、言わせたいんでしょう? 『貴方(神崎)のせいだ』って――ボクが自分を責めないように。杏子がこれ以上、傷つかないように」

 

 此処に来て初めて言葉を濁した神崎へ、遊戯は己の推察を語ってみせる。そう考えれば神崎が杏子を貶める発言を並べた説明もつく。

 

「『邪魔をした』事実は変わりませんよ。だからこそ、あなた方には糾弾する権利がある」

 

 とはいえ、杏子が夢の道筋を甘く考えていた節があったことは事実だが、仮に杏子が自発的に問題点に気づいたとしても、遊戯にマイナスになりかねない影響が出ると判断すれば神崎はやはり妨害しただろう。「遊戯の友人」で大人しくしていろと言わんばかりに。

 

 その現実がある以上、やはり神崎の在り方は「人類滅亡の危機」があったとはいえ、酷く傲慢な考えと言わざるを得ない。

 

「杏子をバカにしないでください!」

 

 しかし、そうして逃げ道を作るように怒りの矛先を用意した神崎へ、遊戯はテーブルに拳を叩きつけつつ怒りを見せる。

 

「たとえ、夢が叶わなかったとしても! それを誰かのせいになんてしない!!」

 

 そう、遊戯の知る杏子は芯の強い人だ。己の行動が、上手くいかなかったからと言って誰かのせいにしたりなど決してしない。

 

「確かに、ボクらは神崎さんみたいに世界の為に自分の人生を捧げたりは出来ません――でも、だからってボクらが背負うべきものを貴方が背負う必要なんて何処にもない!!」

 

 そして何より遊戯にとって許容できないのは、神崎が「自分のせいにしても良い」と会話を誘導したこと。

 

 ゆえに、そんな分からず屋に向けて、いつぞやのように遊戯はしかと示さねばならない。

 

「ボクらはそこまで、やわじゃない!!」

 

 自分たちの可能性を。

 

「武藤くん……」

 

 やがて虚を突かれたような表情を浮かべる神崎へ、ハッとした遊戯はおずおずとテーブルに叩きつけた拳を引っ込めて肩を小さくしていく。

 

 若さに任せた青臭い言葉を並べてしまった事実が急に恥ずかしくなってきた様子。とはいえ、遊戯が20代であろう事実を鑑みれば、十分に青い年代なのだが。

 

「…………すみません。一人で熱くなっちゃって」

 

「いえ、いつまでもキミを子供扱いしていた私にも非があります。もう、武藤()()と呼ばねばならないですね」

 

「そ、そんなにかしこまらなくても……」

 

 だが、とうの神崎は若人の青さを眩しく思いつつ、敬称と謝罪を入れてくるものだから遊戯としては恥ずかしくて仕方がない。

 

 そうして、暫し流れる気まずそうな空気を発する遊戯の状態を理解してか、少しの沈黙の後、神崎は軽くパンと手を叩いて仕切り直しを図る。

 

「では、明け透けに申し上げます」

 

「……お願いします。でも、やっぱり杏子が夢を叶えるのは難しいんですよね……」

 

 こうして、ようやく原点に戻った話題だが、その内容を前に遊戯は顔を暗くする他ない。

 

「聞くところによると真崎さんの目標としている舞台の役が少女の役ですからね。技術的な面もそうですが、やはり役柄と合致しないかと」

 

 なにせ、神崎が語るように杏子が憧れて目指した「ブラック・マジシャン・ガール 賢者の宝石」の主役、ブラック・マジシャン・ガールの役は小柄な少女の役だ。

 

 仮に、今の杏子にダンサーとしての高い実力があったとしても、体格の問題はどうにもならない。

 

 例えるのなら、少女時代の赤毛の〇ンの役を、小柄の範囲から逸脱した杏子が熟すことは困難であろう。

 

「なら、神崎さんはどうするつもりだったんですか?」

 

 ゆえに、遊戯は神崎が用意していたであろう提案を待つ。今度は、意図的に情報を歪めたものではなく、正面から話して貰えることを信じて。

 

「生憎、私は真崎さんのご要望を把握しきれていないゆえ、此方で知る限りの方向で幾つかご提案を用意させて貰いました」

 

「じゃあ、その候補の一番良いと思うものから話してください。後でボクがそれとなく杏子に確認してみます」

 

――杏子の憧れの舞台が無理なら……別の舞台かな? でも、スタートの遅れがあるのが厳しいだろうし……

 

 そして、遊戯の懸念も杞憂に終わり、隠し立てする様子もなく、神崎は「一番良い」とされる提案を、自信をもって贈る。

 

「真崎さんとアテムくんが共に暮らせる環境をご用意するのは如何でしょう?」

 

「……えっ?」

 

 普段は虚に隠れていた提案が、なんの装飾もなく放たれた。

 

「お二人は想い合っていたとお聞きして――――」

 

 やがて呆然とした声を漏らす遊戯を余所に神崎が色々と話しているが、残念ながら大半の言葉は遊戯の耳を素通りしていく。

 

 杏子とアテムが共に暮らす――その意味は理解できる。だが、遊戯には神崎が何を言っているのか分からない。

 

 なにせ、アテムは既に冥界に還った(死んでいる)人間だ。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

「――古い考えやもしれませんが婚姻はやはり、と何でしょう?」

 

「『アテムとの再会は冥界で』って、みんなと決めたんです! アテム(死者)の眠りを妨げちゃダメだ!」

 

 そうして思わず大きな声を上げながらも、辛うじて待ったをかけた遊戯の口から何とか仲間で決めた願いが告げられる。

 

 とはいえ、先程のような「怒り」は遊戯にはない。闘いの儀に不在だった神崎が「遊戯たちの約束」を知らないのは当然だ。

 

「その点に関しては、此方から出向けば問題ありませんよ」

 

「――それはボクたちが精一杯生きた後のことです!!」

 

 だが、遠回しに「死ね」とも取れかねない神崎の返答に、遊戯は自分たちのスタンスを示して見せる。

 

 これだけは譲れない領分なのだと。

 

「なら、生きたまま死者の国に向かえば良い」

 

「……は?」

 

「精霊の世界が別の次元に存在しているのはご存知ですよね? なら、別の次元にある冥界に向かうことに何の問題がありましょう」

 

「でも、あの場所は亡くなった人たちが向かうべき場所で――」

 

「『そういう傾向がある』というだけで、誰が決めたものでもないですよ」

 

 しかし、神崎はいつもの笑顔で「問題ない」旨を並べていく。

 

 なにせ前例があるのだから。

 

「現に海馬社長は冥界から特定の人間を現世に呼び出した」

 

「あれは限定的な話だった筈です!! 海馬くんも、アテムの意思を尊重してくれてます! 二度目はないって約束してくれました!!」

 

「なら、限定的に送り出せばいい」

 

「限定……的……?」

 

「武藤さんも仕事が終われば、我が家に帰るでしょう? 今はホプキンス教授の元でお世話になっているんでしたっけ? それと同じことです」

 

 そうして遊戯の内から這い出る怒りとは「別」のえもいえぬ感情を余所に、神崎は分かりやすい例を示しつつ、簡易的な解説に移る。

 

「普段はこの世界で過ごし、余暇を冥界に建てた我が家で過ごす――通勤距離が少々伸びただけの話ですよ」

 

「……貴方は……大丈夫なんですか……?」

 

「問題はありません。言ってしまえば、真崎さんに宇宙飛行士の亜種になって頂く……いや、どちらかと言えば開拓関係の亜種かな?」

 

 そう、「なんの問題もない」と神崎は語ってみせる。

 

「別次元の渡航は将来的に必ず論議される問題です。秘匿される可能性も高いですが、どちらにせよ『誰か』が管理する必要がある。ほら、問題ないでしょう?」

 

 

 イカれてる。

 

 

 それが遊戯の抱いた偽りない感想だった。

 

 世界からみれば、たった一人の小娘の為――いや、遊戯の機嫌を取る為だけに、その友人に死者の国に住まう想い人との逢瀬の場を設ける。

 

 死者との婚姻。遊戯からすれば、そんなものは神話の世界の話だ。

 

 ありふれた夢と恋のお悩み相談の最中にポンと出てくるものじゃない。

 

 正気の沙汰とは思えなかった。

 

 

 そんなこと出来る訳がない――そう笑い飛ばせれば、どれだけ楽だろう。

 

 

 人の命を侮辱するな――そう糾弾できれば、どれだけ楽だろう。

 

 

 この人はやる。いや、遊戯が「やわじゃない」と主張していなければ、勝手にやっていたのだろう。ためらいもなく、遊戯が全容を知ることなく遂行されていた。

 

 そして、遊戯も()()()()()()()()、杏子とアテムの幸せを祝福していたのだろう。

 

 ゆえに、遊戯は悍ましさを覚える。

 

 

――この人に、此処までさせる『ボク』ってなんなんだ……

 

 

 己という存在に。

 

 アテムの器としての価値は、既に消えた。

 

 大邪神ゾーク・ネクロファデスも、既に倒されている。

 

 デュエルキングとしての価値――にしては、些か以上に行き過ぎており、

 

 卓越したデュエルの実力に価値を見出そうにも、海馬やラフェールなどの実力者の存在が、代用が利く現実を示し、

 

 ゲームデザイナーとしても、考古学者としても、どちらの価値も高々しれているだろう。

 

 

「問題がなければ、その方向で進めさせて貰いますが如何でしょう?」

 

 

 そうして海馬が、神崎を嫌う理由の一端がようやく遊戯の理解することとなる。

 

 

 

 

 




カップリング過激派




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