前回のあらすじ
――オブライエン参戦!!(某エフェクト)
教職員が陣取る観客席の一角にて、某有名な配管工的な格好をしたおさげ髪の恰幅の良い壮年の丸眼鏡の女性――デュエルアカデミアの売店を一手に引き受けるトメさんが、
隣に座るノース校の校長こと、過去の改革の影響か筋肉が育ち身体がデカくなった市ノ瀬と親しい様子で肩を揺すりながら、デュエル場の明日香とオブライエンを見やりつつ問うた。
「あら? ひょっとして市ノ瀬ちゃんとこも1年生?」
「ええ、そのようですな。前哨戦としては上手い具合に落ち着きそうです」
「でも、ちょっと寂しいわね~、昔なら此処に鮫島ちゃんもいたのに……」
「トメさん……」
――なにをやっとるんだ、鮫島ッ! トメさんにこんな悲しそうな顔をさせて……!
和やかに見えた両者だったが、その内心は――
「毎年の勝負のことも新しい校長先生になってからは、なくなっちゃったし……これも時代の移り変わりなのかねぇ」
「…………トメさんから見たアカデミアの調子はどうですかな? 鮫島も時折、顔を出しているとは聞きましたが」
そうして、鮫島と市ノ瀬が揃っていた前体制の交流戦を思い出し、一抹の寂しさを覚えるトメさんの姿に、市ノ瀬は思わず話題を逸らしに動くが――
「うーん、活気が戻ったのは嬉しいんだけど、寮ごとで距離が出来ちゃった感じがするわね。それに鮫島ちゃんが顔出してたのも、最初の内だけだし……最近は何だか忙しそうなのよ」
トメさんから見た今のアカデミアは活気が戻れども「お堅い学校」とのイメージが強い。
過去に問題があったゆえの「今」である理解はあれども、序列を明確に定められ、
「サイバー流の新しい道場を開いて門下生を募っている噂は此方にも届いてますよ」
「本当は喜ぶべきことなんだけど、どうにも寂しく思っちゃってねぇ……」
そうして、鮫島の現在の躍進共々アカデミアの変化に取り残されている気分に肩を小さくするトメさんだったが、視界に広がる生徒たちの姿にパンと身体の前で手を叩いた後に両手で握りこぶしを作って言葉を並べる。
「でも、アカデミアで頑張ってるみんなの姿を見たら『あたしも頑張らなきゃ!』って思えるのよ。不思議だわ~」
「トメさん……」
だが、どうみても空元気だった。市ノ瀬にすら――いや、鮫島と共にトメさんに想いを寄せていた市ノ瀬だからこそ、誰よりも分かってしまう。
「あっ、ほら、試合始まるみたいよ、市ノ瀬ちゃん!」
そして、デュエル場を指さすトメさんの姿が隣にあれども、市ノ瀬は何も言えない。励ましや、気の利いた言葉一つすら浮かんでこない。
だが、悲しげな表情を見せる
「……? どうしたの、市ノ瀬ちゃん?」
首を傾げて不思議そうなトメさんを元気づけるべく、市ノ瀬はありのままの思いの丈をぶつけるのであった。
そんな誰得な話はさておき、デュエル場にて先攻を得た明日香は――
「私の先攻、ドロー! 魔法カード《手札抹殺》を発動し、手札を一新よ! そして今引いた――《エトワール・サイバー》を召喚!!」
ウェーブがかった茶の長髪を揺らす、手足に赤いラインの入った水色のバレエ衣装に身を纏った隻眼の女戦士を呼び出せば、主の闘志に応えるように左右の腕にドリルのように巻かれたリボンを回転させた。
《エトワール・サイバー》攻撃表示
星4 地属性 戦士族
攻1200 守1600
そんな己の切り込み隊長である《エトワール・サイバー》を従えた明日香は、モンスターの攻撃を1体のみに制限する永続魔法《暗黒の扉》を発動し、1枚のカードとフィールド魔法をセット。
その後、魔法カード《命削りの宝札》でドローした3枚全てを新たにセットして魔法・罠ゾーンを埋め尽くし、万全の守りを見せ――
「私はこれでターンエンドよ。貴方の力、見せて貰うわ」
明日香は相手を推し量るような調子でターンを終えた。
明日香LP:4000 手札0
《エトワール・サイバー》攻1200
伏せ×4
《暗黒の扉》
フィールド魔法:セット状態
VS
オブライエンLP:4000 手札5
「お得意の布陣か。オレのターン、ドロー」
そんな消極的にすら見える明日香の盤面を前にオブライエンは、さしたる反応を見せることなく引いたカードをチラと見る。
「オレは魔法カード《ファイヤー・ソウル》を発動。デッキから炎族――《ヴォルカニック・ロケット》を除外し、その攻撃力の半分のダメージを与える」
さすれば、オブライエンの背後から火山が噴火するように天へと昇った炎の奔流が明日香の元へと――
「――ファイア!!」
明日香LP:4000 → 3525
着弾。
「くっ、バーンデッキ……!」
「嫌いか?」
そうして襲来した猛火に苛まれる中で相手のデュエルスタイルを把握していた明日香へ、オブライエンから試すような物言いが届く。
デュエリストの中には「モンスター同士のバトルこそ醍醐味」と考える者も少なくはない。それはプロデュエルの世界において、派手なバトルは観客の心を惹きつけるゆえのある種の弊害。
「いいえ、友達にも使い手はいるもの。でも、墓地の罠カード《ダメージ・ダイエット》を除外させて貰ったわ。これで、このターンの効果ダメージは半減よ」
「その程度で凌ぎ切れるとは思わないことだ。《ファイヤー・ソウル》のもう一つの効果でお前は1枚ドローする」
だが、明日香からすれば効果ダメージを主体においたスタイルは慣れたもの――このターンに受けるダメージを最小限に抑え、相手の挑発染みた言葉へ強気な笑みを返しながら《ファイヤー・ソウル》のデメリット効果で明日香は1枚ドローして見せる。
「オレは墓地の《ヴォルカニック・バレット》の効果、ライフを500支払いデッキから同名カードを手札に加え――このカードをコストに装備魔法《
オブライエンLP:4000 → 3500
やがてオブライエンのデッキに炎が灯れば、そこより小さな手足に、全身を甲殻で覆われた弾丸にも見えるメタリックな芋虫が手札に飛び込んだ瞬間に弾け、炎が輪となることで異次元の入り口が開けば――
「帰還せよ、《ヴォルカニック・ロケット》」
そこよりプテラノドンのような外骨格に覆われたロケット弾にも酷似した外観の《ヴォルカニック・ロケット》が赤い小さな翼を左右に広げつつ、フィールドを駆け抜けた。
《ヴォルカニック・ロケット》攻撃表示
星4 炎属性 炎族
攻1900 守1400
――攻撃力1900……じゃ、伏せカードを使うのは惜しいところね……
「その効果によりデッキから『ブレイズ・キャノン』カード――《ブレイズ・キャノン・マガジン》を手札に。さらに《
オブライエンLP:3500 → 3000
そうして、現れた《ヴォルカニック・ロケット》は、どう見てもオブライエンの切り札といった風貌ではない。
それゆえに様子見の姿勢を崩さない明日香を余所に、《ヴォルカニック・ロケット》の腹部分から落下した1枚のカードを手にしたオブライエンの姿に、明日香のデュエリストの勘がピクリと反応を見せる。
――魔法カード《ファイヤー・ソウル》の効果で、もっと攻撃力の高いモンスターを除外することも出来た筈……なら、あのカードこそが彼のデッキの鍵ってことかしら?
「此処で魔法カード《トランスターン》を発動。《ヴォルカニック・ロケット》を墓地に送り、同じ属性・種族でレベルの1つ高いモンスターを特殊召喚――出撃せよ、《ヴォルカニック・ハンマー》!!」
そんな明日香の思案をかき消すように《ヴォルカニック・ロケット》が火柱に包まれれば黄金色の甲殻に覆われた恐竜人を思わせる《ヴォルカニック・ハンマー》が両肩や尾から炎を猛らせ咆哮を上げた。
《ヴォルカニック・ハンマー》守備表示
星5 炎属性 炎族
攻2400 守1500
――攻撃力2400、悪くない数値ね。
「墓地の《ブレイズ・キャノン・マガジン》を除外し、デッキから『ヴォルカニック』モンスターを1枚墓地へ」
その《ヴォルカニック・ハンマー》の力強い姿に己のセットカードへ僅かに意識を向ける明日香だが、オブライエンは墓地から火花を飛び散らせれば――
「そして、《ヴォルカニック・ハンマー》の効果を発動。墓地の『ヴォルカニック』モンスターの数×200ポイントのダメージを与える――オレの墓地には4枚、よって800のダメージだ。ファイア!!」
「でも、ダメージは《ダメージ・ダイエット》で半減されるわ! くぅっ……!!」
オブライエンの動きを合図とするように音を立てて開いた《ヴォルカニック・ハンマー》の口から巨大な火球が明日香に放たれ、その身を焼き尽くしていった。
明日香LP:3525 → 3125
「皮肉にも、お前を守る《ダメージ・ダイエット》を用意した《手札抹殺》によって逆にダメージを増やすことになったな」
オブライエンの言うように《ダメージ・ダイエット》により軽減されているとはいえ、明日香のライフは着実に減らされ続けている。
「《炎帝近衛兵》を通常召喚。その効果により、墓地の炎族4体をデッキに戻し、2枚ドロー!」
やがて、現れた赤い鱗に覆われた龍人の胴体と、蛇のような竜の脚部を持つ《炎帝近衛兵》が大地に手をかざせば、
《炎帝近衛兵》攻撃表示
星4 炎属性 炎族
攻1700 守1200
「カードを3枚セットしてターンエンドだ」
――攻撃……してこない?
そうして、増えた手札に加えて、攻撃力に勝るモンスターがいるにも拘わらず一切の攻め気を見せずにターンを終えたオブライエンを不審がる明日香。
幾ら効果ダメージを主体にしており、明日香のフィールドに伏せカードがあるとはいえ、それらに臆して攻撃のチャンスを不意にするタイプには見えない。
「悪いが、其方の土俵に乗る気はない――その伏せカードのいずれかが攻撃に反応する罠カード《ドゥーブルパッセ》であることは把握している」
「……私のデュエルは対策済みって訳ね」
「学園の代表として、この場に立つ以上、当然のことだ」
しかし、そんな明日香の疑問は他ならぬオブライエンによってアッサリ明かされた。
明日香はアカデミアでは有名なデュエリストである以上、そのデッキや戦術を調べるのは容易なことだろう。
傭兵としても活動していたオブライエンの過去を鑑みれば、事前調査は必然と言える。
「なら、これは知ってるかしら――罠カード《天地開闢》!!」
「ッ!?」
「デッキから『暗黒騎士ガイア』カードと、任意の戦士族2体を選択! その3枚からランダムに貴方が選択した1枚が『暗黒騎士ガイア』カードなら残り2枚を墓地に送って手札に! 違ったなら3枚とも墓地に送られるわ!」
だが、明日香とて何時までも過去の記録のままではない。
フィールドで立ち上がったリバースカードから3体の戦士の影が浮かび上がれば――
「…………中央のカードだ」
「残念ハズレよ。いえ、当たりと言うべきかしら?」
――オレの調査した情報と違えども、カードを1枚手札に加えただけならば……
オブライエンに指をさされ、3体の戦士の内の騎兵の影が明日香の手札に吸い込まれていく光景を前にしても、すぐさま動揺を抑え込んだオブライエンは戦術プランを立て直し始める。
「続けて罠カード《
しかし、遅い。
「真のプリマは自らの光で舞台を照らし踊り続けるのよ! 来なさい!サイバー・ブレイダー!」
青のストレートの長髪を風に奔らせながら大地をスケートのように滑る燃える炎のような赤き意匠のバレエ衣装を身にまとい、目元を赤いバイザーで覆い隠したミステリアスな舞姫が、このデュエルという舞台に舞い降りた。
《サイバー・ブレイダー》 攻撃表示
星7 地属性 戦士族
攻2100 守 800
「貴方のフィールドにモンスターが2体存在することで、《サイバー・ブレイダー》の効果!!! パ・ド・トロワ! 攻撃力が2倍に!!」
そして《サイバー・ブレイダー》が漲るような白いオーラに包まれれば、その覇気を前にオブライエンのヴォルカニックたちは思わず一歩後ずさる。
《サイバー・ブレイダー》
攻2100 → 攻4200
「私を過去のデータ通りのデュエリストとは思わないことね」
明日香LP:3125 手札2
《エトワール・サイバー》攻1200
《サイバー・ブレイダー》攻4200
フィールド魔法:セット状態
VS
オブライエン:3000 手札3
《ヴォルカニック・ハンマー》守1500
《炎帝近衛兵》攻1700
伏せ×3
かくして、オブライエンの
そんな姿に、観客席にて声援を送るアカデミア生に混じって十代も興奮冷めやらぬ様子で拳を握った。
「遊戯さんの暗黒騎士ガイアじゃん! あれが天上院のデッキか~!」
『どちらかと言えば、「サイバーガール」のサポートを目的にしている印象だけど……随分、変わった組み合わせだね』
それは明日香のデュエルを初めて見たゆえのインパクトに加えて、デッキにデュエルキングが使用した『暗黒騎士ガイア』に類するカードたちが採用される部分も無関係ではあるまい。
そんなユベルの考察を精霊が知覚できぬゆえに知ることのない三沢と万丈目にとっても、それらは初見であるゆえか気になる部分である。
「中等部のデュエル記録とは随分と違うんだな……万丈目は知っていたのか?」
「いや、俺も初めて見る」
「……成功……」
「あれが明日香さんの新生サイバーガールです!」
「ふふっ、明日香――今の貴方は誰よりも輝いてるわ」
やがて、明日香のデッキ構築に協力したレイン、原麗華、雪乃が友人の躍進を自慢に思いつつ声援を送れば――
「私のターン、ドロー! 前のターンにセットしたフィールド魔法《チキンレース》を発動! 効果によりライフを1000払って1枚ドローするわ!」
明日香LP:3125 → 2125
フィールドが荒れ果てた荒野と化し、どこからともなく車のエンジン音を響き渡らせながら、明日香の手札を増強し、重ねて魔法カード《闇の誘惑》で手札1枚の除外を贄に2枚の追加ドローを得るが――
「だが、そのカードはオレにとってもメリットのあるカード。ライフが相手より下回ったプレイヤーは一切のダメージを受けなくなる――永続魔法《暗黒の扉》もある以上、オレの防御をより強固にするだけだ」
オブライエンの言うように、その代償は決して安くはない。
モンスターの攻撃によるダメージを前提とした明日香のデッキにおいて、効果ダメージを主体とし、モンスターのバトルを避けるオブライエンを前に守りを固めるなど愚の骨頂。
明日香の攻め手が遅れれば遅れる程に、オブライエンのデッキから放たれる効果ダメージは雨あられと降り注ぐのだから。
「それはどうかしら? 《エトワール・サイバー》をリリースしてアドバンス召喚!」
やがて《エトワール・サイバー》が天より降りたスポットライトの光の中に消えれば――
「主演の光を見せてあげる! 出番よ、《サイバー・プリマ》!!」
光の中から赤い仮面で目元を隠した両肩・胴・手首に二対のリングを回転させる女戦士が、その長い白髪と同じ白と灰のバレエ衣装を以て舞台に上がってみせる。
《サイバー・プリマ》攻撃表示
星6 光属性 戦士族
攻2300 守1600
「効果により、フィールドの表側の魔法カードを全て破壊! プリマの光!!」
そして、登場早々に身体の回転するリングと《サイバー・プリマ》のスピンの力が合わさった竜巻がフィールド全土を呑み込めば、相手の攻撃を防ぐ為に明日香が用意していたカードは消え去った。
いや、そもそも「それら」のカードは自分のターンでリセットする腹積もりである。相手の攻め手を制限し、己の攻め手の邪魔はしない――それが新生サイバーガールのスタイル。
「これで一切の制限はないわ! バトル!」
「リバースカードオープン! 永続罠《ブレイズ・キャノン・マガジン》を発動! さらに永続罠《神の恵み》も発動!!」
――仕掛けてきたわね!
そうして、バトルフェイズに移行しようとした明日香に対し、メインフェイズに銀の装甲に覆われた三つの砲台が収まる近未来的な大砲を出現させるオブライエン。
「その効果により、手札の炎族を墓地に送って1枚ドロー!」
「そして貴方がカードをドローする度に永続罠《神の恵み》でライフを500回復するわけね――でも、その程度の回復量じゃ焼け石に水でしかないわ」
オブライエンLP:3000 → 3500
だが、そうしてオブライエンに得られたのは僅かばかりのライフ。この程度では明日香の猛攻を防ぎきることは出来ない。
「なら、より炎をくべるまでだ。墓地に送られた《ヴォルカニック・バックショット》の効果!」
などと誰が決めた。
《ブレイズ・キャノン・マガジン》より、カチャンと弾丸が装填された音が響けば――
「『ブレイズ・キャノン』カードの効果によって墓地に送られた時、デッキより2枚の同名カードを墓地に送ることで、相手フィールドのモンスターを全て破壊する!」
『ブレイズ・キャノン』として扱う効果がある《ブレイズ・キャノン・マガジン》の3つの砲門が火を噴いた。
「――なっ!?」
「地獄に落ちろ――ファイアー!!」
やがて3つの砲門から三つ首の《ヴォルカニック・バレット》とでも言うべきモンスターたちが、弾丸すらも凌ぐ速度で明日香のフィールドに着弾。
結果、明日香のフィールドを爆炎が包み込む。
それにより、滑るべき氷上を失った《サイバー・プリマ》と《サイバー・ブレイダー》は炎の中に苦悶の声と共に消えていった。
「私のサイバーガールたちが……!」
「さらに墓地に送られた《ヴォルカニック・バックショット》は500のダメージを与える。3発分のダメージを受けて貰おう」
「でも、2枚目の墓地の罠カード《ダメージ・ダイエット》を除外して効果ダメージを半分に!!」
「まだ隠していたか」
明日香LP:2125 → 1375
「だが、既にお前のサイバーガールたちは全て消えた――その程度のリカバリー、焼け石に水でしかない」
炎の海により、大きな痛手を受けた明日香がサイバーガールたちを失いよろめく中、僅かにダメージを軽減した事実に形ばかりの賞賛を贈るオブライエン。
「あら、忘れたの?」
「……?」
だが、そんな逆境を前に明日香は小さく笑みを浮かべてみせる。
「言ったでしょう? 『それはどうかしら』って!」
さすれば、メインフェイズに1枚のカードが発動され――
「罠カード《トラップトリック》を発動! デッキから罠カードを除外し、その同名カードをセット! そのカードは即座に発動が可能よ!」
炎を押しのけるように突如として明日香のフィールドに空いた大穴に貯まった地下水が映しだすのは、天に座す月の輝き。
「罠カード《逢魔ノ刻》! 通常召喚できないモンスター1体を復活させるわ! 私が呼ぶのは当然――」
その月光の光にいざなわれ、水面より飛び出した一つの影が空中で華麗なターンを決めれば、明日香のフィールドで微かに火種が燻っていた大地を氷上に変えていく。
「アンコールよ! 《サイバー・ブレイダー》!!」
その正体は当然、明日香のフェイバリットたる《サイバー・ブレイダー》。
《サイバー・ブレイダー》攻撃表示
星7 地属性 戦士族
攻2100 守 800
↓
攻4200
「だが、そのカードだけではオレのライフを削りきるには至るまい」
しかし、攻撃力が4200に上昇しているとはいえ、オブライエンのライフは3500――ヴォルカニックたちに守られている以上、決定打には届かない。
そんな前提を前に、魔法カード《三戦の才》で2枚ドローした明日香は手札の1枚を兄よろしく天へとかざした。
「残念だけど、まだアンコールは始まったばかりよ! 手札の戦士族をリリースして、現れなさい! 《サイバー・チュチュボン》!」
さすれば、頭に大きな赤いお団子を2つばかりつけた深緑ボブカットに、腰元へフリルの羽を付けた黄緑のバレエ衣装を纏う女戦士が、足首に付けられた鈴をステップの度に鳴らしつつ現れた。
《サイバー・チュチュボン》攻撃表示
星5 地属性 戦士族
攻1800 守1600
「さらにリリースされた《覚醒の暗黒騎士ガイア》の効果! 墓地から《聖戦士カオス・ソルジャー》を復活させる!
そんな鈴の音を合図に、馬上の騎士が天上のスポットライトの光へと消えれば――
「さぁ、私の元へかしずきなさい!」
天より各部に翼の意匠があしらわれた純白の甲冑に身を纏う戦士が、大盾と剣を携え地上に降り立った。
《聖戦士カオス・ソルジャー》攻撃表示
星8 光属性 戦士族
攻3000 守2500
「《聖戦士カオス・ソルジャー》の効果により、除外されている2枚目の《覚醒の暗黒騎士ガイア》を墓地に戻して貴方の最後のセットカードを除外するわ!!」
――永続罠《スピリットバリア》が除外されたか。予定が狂ったな。
「今度こそバトルよ!」
そうして、目にも留まらぬ一振りを披露した《聖戦士カオス・ソルジャー》の剣撃がオブライエンの最後のリバースカードを打ち抜けば、相手を守る壁となるのは些か頼りない攻撃力と、守備力を持つ2体のみ。
「《炎帝近衛兵》を《サイバー・ブレイダー》で――」
フィニッシュを決めるべく《サイバー・ブレイダー》に指示を出そうとした明日香だったが、第六感と言うべき知らせが背筋を凍らせる。
何か重大な見落としが、致命的な間違いが、誤った前提で進んでいるような違和感を覚える明日香だが、今回の明日香のデュエルに大きなミスはない。
「――ッ! い、いえ、カオス・ソルジャーで攻撃するわ!」
「ぐっ……!」
しかし、己の直感に従った明日香の声に応じた《聖戦士カオス・ソルジャー》が跳躍と共に剣を振りかぶり、《炎帝近衛兵》に振り下ろした。
オブライエンLP:3500 → 2200
とはいえ、明日香の不安が杞憂と思える程に呆気なく両断された《炎帝近衛兵》が爆散すれば、オブライエンから少なくないライフを奪う結果となる。
と、同時にオブライエンの足元から装甲と炎に覆われた二対の四足獣が牙をむいた。
「この瞬間、墓地の2枚の《ヴォルカニック・カウンター》の強制効果――オレがバトルダメージを受けた時、同じ数値のダメージを、自身を除外して相手に与える。 2回分のダメージを受けて貰おう!」
それらは《ヴォルカニック・カウンター》――報復の炎獣たる彼らの進軍は二筋の矢となって明日香を目がけて――
「――ファイアッ!!」
「くぅうぅぅ……!!」
着弾と同時に爆散。
その炎は《ダメージ・ダイエット》で半減されるが、2枚分のダメージとなれば受けるダメージをそのまま反射されたようなものだ。
明日香LP:1375 → 75
その不意の一撃に一歩後ずさった明日香だが、その内心では大きく安堵の息を漏らす。
――ギリギリ……だったみたいね。あのまま《サイバー・ブレイダー》で攻撃していれば今頃、私のライフは……
なにせ、ダメージを優先していた場合、《ヴォルカニック・カウンター》の効果により明日香は敗北していた。
「……《聖戦士カオス・ソルジャー》がモンスターを破壊したことで、墓地のレベル7以下の戦士族――《サイバー・プリマ》を手札に戻させて貰うわ」
「良い判断だ」
《聖戦士カオス・ソルジャー》の盾から放たれる光が墓地の傷ついた戦士たちを癒し、明日香の
千載一遇の機会こそが罠――オブライエンはずっと網を張っていたのだ。何も知らぬ獲物を一撃で仕留める為のとっておきを。
「だが、オレのモンスターが減ったことで、お前の《サイバー・ブレイダー》はパワーダウンする」
「くっ……」
そうして明日香に残った攻撃手は、爆発力を失った《サイバー・ブレイダー》と、1800と過信は出来ない攻撃力の《サイバー・チュチュボン》のみ。
《サイバー・ブレイダー》
攻4200 → 攻2100
しかし、決して痛手ばかりではない。
「でも、これで貴方を守るカードは何もない! 追撃よ、チュチュボン!」
今、
「これも食らいなさい! 《サイバー・ブレイダー》でダイレクトアタック! グリッサード・スラッシュ!!」
「ぐぅぉっ!?」
がら空きのオブライエンに《サイバー・ブレイダー》のスピンによって増幅された回転蹴りがクリーンヒット。
オブライエンLP:2200 → 100
「命拾いしたのは貴方も同じようね」
これでライフの条件は五分だと明日香が挑発交じりに告げる中、フィールド魔法《フューチャー・ヴィジョン》を発動し、周囲を幻想的な宇宙のような夜空で彩りつつカードを2枚セットしてターンを終えた。
とはいえ、口ほどに状況が好転していないことは明日香とて重々承知。
しかし、彼女にも最後の
明日香LP:75 手札1
《サイバー・ブレイダー》攻2100
《サイバー・チュチュボン》攻1800
《聖戦士カオス・ソルジャー》攻3000
伏せ×3
フィールド魔法《フューチャー・ヴィジョン》
VS
オブライエン:100 手札3
《ブレイズ・キャノン・マガジン》
《神の恵み》
そうして、お互いに風前の灯火と言えるライフの最中、オブライエンはデッキに手をかけ――
――ダメージを優先していれば仕留められる算段だったが……無意識に危機を感じ取るとは想定外だった。だが――
「オレのターン、ドロー。さらに《ブレイズ・キャノン・マガジン》の効果で炎族の《ヴォルカニック・バレット》を墓地に送って更にドロー。この2回のドローでオレは永続罠《神の恵み》の効果でライフが回復」
オブライエンLP:100 → 600 → 1100
思案交じりにカードを補充し、ついでにライフも補充するが、決して万全と言える数値ではない。
――私と同じように相手のライフも決して余裕がある訳じゃないわ。後、一撃、バトルに入らざるを得ない状況になれば……
そんなオブライエンの動きをつぶさに見やる明日香がタイミングを計るように固唾を呑む中――
――このカードが来たか。しかし、相手の伏せカードは《ドゥーブルパッセ》と、残り2枚はその際のダイレクトダメージを防ぐカードであることは明白。
オブライエンは、手札に舞い込んだフェイバリットエースに視線を落として僅かに思案するも、瞳を閉じて考えをまとめた後に内心で否を突きつけた。
――モンスター同士のぶつかり合いにおいては向こうに一日の長があるだろう。
「オレは墓地の《ヴォルカニック・バレット》の効果でライフを500支払い同名カードを手札に――そして手札1枚を捨て、装備魔法《
オブライエンLP:1100 → 600
そうして、オブライエンのデッキから飛び出した《ヴォルカニック・バレット》が爆ぜれば炎のゲートとなって、異次元より《ヴォルカニック・カウンター》がフィールドにポトリと落ちた。
《ヴォルカニック・カウンター》 攻撃表示
星3 炎属性 炎族
攻 300 守1300
「無駄よ。効果ダメージを狙おうにも貴方のライフが尽きる方が早いわ」
――ここで相手が《ヴォルカニック・ハンマー》をアドバンス
「そのようだな」
そんな己に手痛い一撃を食らわせたモンスターの出現に明日香は、苦境を悟られぬように強気な言葉を選ぶが、オブライエンの心の内は炎のように揺らいではくれない。
「魔法カード《トランスターン》を発動。《ヴォルカニック・カウンター》を墓地に送り――奇襲せよ、《ヴォルカニック・エッジ》!」
やがて、《ヴォルカニック・カウンター》が火柱に包まれれば、黄緑の装甲に覆われた二足歩行のトカゲが炎をものともせずに歩み出た。
《ヴォルカニック・エッジ》攻撃表示
星4 炎属性 炎族
攻1800 守1200
――攻撃力1800……十分よ!
「悪いが其方の誘いに乗る気はない。最後まで、オレの土俵でやらせて貰う」
そうして、己の伏せカードに意識を向けた明日香の心中を貫くようにオブライエンが指をさせば――
「《ヴォルカニック・エッジ》は攻撃を放棄することで、相手に500ポイントのダメージを与える」
その先にいる明日香へと《ヴォルカニック・エッジ》の口から火球が放たれ、明日香に着弾。
明日香LP:75 → 0
此度のデュエルの最後は、なんとも呆気のない一撃を以て終止符が打たれることとなった。
オブライエンの勝利に沸くノース校の生徒たちの歓声を余所に、十代は残念そうに呟いた。
「あ~、惜しかったな~」
『折角、ボクの十代が応援したっていうのに……』
なにせ、オブライエンのライフを一時は100まで削った上での敗北である。文字通り「後一歩」であっただけに悔しさも、ひとしおだろう。
しかし、そんな十代(+ユベル)の反応に対し、三沢と万丈目は否定的だった。
「終始、相手にペースを握られてしまったのが響いたデュエルだったな」
「そもそもデッキ相性が悪過ぎる。天上院くんは、相手の攻撃を受けてカウンターしていくスタイルだ。だというのに『ああ』も、なしのつぶてでは……」
「やめて頂戴。相性差を覆せなかった私の未熟よ」
「天上院くん……」
だが、そんな二人の慰めにも近い言葉は、いつの間にやら観客席に戻っていた明日香によって制される。
そこには、己の力不足を言い訳することなどない気高き心が見て取れたが、同時に敗北の悔しさも拭えてはいない。
それゆえ、そんな雰囲気を変えるように三沢が問うた。
「天上院さん、参考までに聞かせて欲しいんだが、最後の伏せカードは何だったんだ?」
「《ドゥーブルパッセ》と《ガード・ブロック》よ。後の1枚は《ダメージ・コンデンサー》だったけど……ブラフになるわ」
「デュエルスタイルに救われたな」
「おっ? えーと、オブライエンだったよな! 俺、遊城 十代! よろしくな!」
「ああ、よろしく頼む」
やがて明日香の返答を余所に、合流――というか交流――したオブライエンが近くの席に腰を下ろす中、やはりと言うべきか十代が率先して声をかけるが――
「お前、強いよなー!」
「上を見上げれば、オレもまだまだ未熟の身だ」
混じりっけなしの十代からの賞賛を前に、オブライエンは否を返す。今回のデュエルも満足いく結果とはいえない。
先程の「デュエルスタイルに救われた」は謙遜でもなんでもないのだ。
とはいえ、そんなオブライエンの固い雰囲気など気にした様子もない十代は、新しく見つけた「同年代の凄い奴」に興味津々の様子。
「なぁなぁ! 代表試合終わった後、俺ともデュエルしようぜ!」
「考えておこう」
『随分、素気のない奴だね……まぁ、ボクとしては、その方が良いけど』
「おい、そろそろ静かにしろ貴様ら。カイザーのデュエルが始まる」
やがて、ユベルの杞憂を余所に万丈目がピシャリと宣言するが、十代は一区切りとばかりに指を1本立ててオブライエンに最後の問いかけをした。
「じゃあ最後に1個だけ教えてくれよ、オブライエン! カイザーとデュエルするノース校の相手って、どんな奴なんだ!」
「3年の先輩だ。在学中ずっとカイザーの背中を追い続けてきたらしい」
それは、亮の対戦相手の情報――とはいえ、同じ学園の義理ゆえかオブライエンの答えは人物像に留まっているが、明日香とアレコレ話していた3人娘は耳ざとくピクリと反応を見せる。
「あら、一途なのね」
「……同年代に
「……ゴリラ……」
やがて、デュエル場に亮を待つノース校の大柄の生徒を見やった一同だが、パッと見では実力の程は実感できない様子。
「へぇ~、オブライエンより強いのか?」
「十代、流石にその問い方は――」
「カイザーを雲の上の相手――と断ぜず、諦めることなく挑み続ける姿勢にはオレも敬意を払っている」
『自分も負けていないって顔してるね。結構、強いんじゃないかい?』
やがて、やいのやいのと亮の対戦相手であるノース校の生徒を話のタネにする一同を余所に――
――丸藤 亮、学園最強の男……アカデミアがフォース制度を生み出さざるを得なかった文字通りの傑物。
万丈目だけが、内心を押し殺しつつ静かにデュエル場を見つめていた。
そんな青春真っただ中の十代たちに反して、神崎は若干頭を抱えていた。いつものことである。
伝説の三騎士とゼーマンの間に主従の結束を積み上げさせていたら、シグナーの龍の1体こと《エンシェント・フェアリー・ドラゴン》の介入。
未だ原作の5D’sの時期は訪れていなかっただけに想定外だった。とはいえ、精霊でもあるシグナーの龍たちが原作開始までジッとしてくれる保障など、元より何処にもないのだが。
「そ、想定していたよりも早い会合になりましたね。向こう側からのコンタクトは?」
『いえ、今の段階では不審な様子はありません。我らダークシンクロが雌雄を決していたのはシグナーたちの元ゆえ、精霊界にて直接顔を合わせていないことから、同一の精霊との判断が未だついていないと思われます』
――やはり、所謂マハードの方と、パンドラの方の《ブラック・マジシャン》に違いがある場合と、三幻神のような同種がいない単一の個体である場合、そのどちらであるかの確証が持てないのか。
そうして、ゼーマンの報告を前に、思案を巡らせる神崎。
そう、一口にカードの精霊といっても「カード名」が「個人」を指す場合と、「種」を指す場合といった具合に、色々あるのだ。
此処で、シグナーの竜と比較して例に挙げれば――
《スターダスト・ドラゴン》と同じ姿の他の精霊は存在しない。文字通り、世界で唯一の存在である。
だが、《クリボー》は同じ姿の精霊が沢山いる。文字通り、クリボーだけで村が作れる程に。
つまり、エンシェント・フェアリー・ドラゴンは、ゼーマンが『冥界の王の下僕である個体』なのか、『
――それとも、既に確証を持った上で目的を探りに来たか。
しかし、神崎の考えは「推察」でしかない。「精霊の不思議パワーで確認が取れた!」なんて無茶苦茶な可能性も、決して低くはない。
ゆえに、此処での対応は慎重になるべき事柄である。
『どういたしましょう』
「そうですね。一先ず、貴方たちは素知らぬ顔でエンシェント・フェアリー・ドラゴンたちと友好を育んでください」
『友好……ですか?』
だというのに、宿敵の接近に緊張した様子のゼーマンへ、神崎は相変わらずのスタンスを返す。
敵対を可能な限り避ける――それが、神崎の生き方だ。
「ええ、友好です。時に同調し、時に意見をぶつけ合う間柄。そうして最後は――」
そうして、明らかに不服を覚えるゼーマンを言い含めるように――
「――無二の同胞となるのが望ましい」
ゼーマンが目指すべき先を神崎は示してみせる。
そう、此処に5D’sに訪れる破滅の未来攻略チャートの一端が紐解かれようとしていた。
詳細は次回
今作のオブライエンデッキ――は、凄い普通の【ヴォルカニック】なので割愛。
精々がライフ4000環境ゆえのライフコスト欲しさに回復ギミックが少々ある程度。
~今作の明日香デッキ~
GXで明日香が使用した謎テーマ(テーマになってないけど)「これがサイバーガールよ!」の決めゼリフでお馴染みの【
原作GX当時から何一つ新規が来ず「サポート魔法・罠など甘え」とばかりに存在しない5人のメンバー……【サイバーガール】です。なお中身はと殆ど【ガイア戦士族】デッキの模様。
デッキスタイルとしては――
永続魔法やフィールド魔法で相手ごと行動を制限しつつ、下級サイバーガールでチクチクしつつ
「折を見て《サイバー・プリマ》で制限を解除し、一気に攻め込み」→ 「永続魔法などで行動を制限」 → (以下ループ)
な具合の平たく言えば【ロックビート】。
《聖戦士カオス・ソルジャー》の効果で、全ての『サイバーガール』が回収可能な点が心強い。
彼らのサポートカード《天地開闢》などの助けも借りよう。
「暗黒騎士ガイアたちだけで戦った方が強くね?」は禁句。
というか、仮にも原作ヒロインの使用テーマなのに扱いが酷いっすよ、コ〇ミさん……
2022/1/26
アンケートの詳細は活動報告に記載しておりますm(_ _)m