マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
???「ダンスしながらデュエルだと!? ふざけやがって!!」


第268話 薄汚ねぇ大人

 

 

 アカデミアにあるフロアの一角にて、いつもの明るさのない十代はテーブルに突っ伏したまま、やり場のない思慮に苛まれながら虚空を眺めていた。

 

「お久しぶりです、遊城くん」

 

「……神崎さんか。なんでアカデミアに?」

 

 だが、その瞳に映った変わらぬ笑顔で軽く挨拶する神崎の姿に十代がゆっくりと顔を起こす中、離れた箇所から成り行きを見守るユベルの視線を受けつつ、神崎は向かい合うように席に着く。

 

「ユベルさんから相談に乗ってあげて欲しいと頼まれまして」

 

「俺の為に?」

 

「ええ、そうなりま――」

 

「一生徒の為に態々?」

 

 しかし、神崎から要件を聞き出した十代は、何処か冷たく突き放すような返答を零す。とはいえ、十代がこんな反応を見せるのにも理由がある。

 

「そんな悲しいことを言わないでください。私と遊城くんは知らない仲じゃないでしょう?」

 

「でも、おかしいだろ……そういうの普通、学校の先生がするもんじゃん」

 

 そうして、友好的姿勢を見せる神崎へ返した十代の言葉が全てを物語っていた。そう、タイミングがあからさま過ぎる。

 

「そうですね。ですが、アカデミアの教員の方々の言葉が届かなかったのであれば、私のような外部の人間に話が回ってくるのは自然な話でし――」

 

「自然じゃない。全然、普通じゃない」

 

 そんな中、神崎が誤解を解こうと奮闘する姿を十代は強く否定した。

 

「……と、言うと?」

 

「そんなの普通じゃない。人付き合いが苦手だった小原だって、人前でうまく喋れなかった大原だって、兄ちゃんたちと上手くいってない万丈目だって――三沢だって、今、オシリスレッドで上手く昇格できない奴らだってそうだ」

 

 やがて神崎に促されるまま十代が語るのは、アカデミアで大小様々な悩みを抱えていた面々。だが、当然のことながら――

 

「アカデミアで俺以外にも悩んでる奴なんて幾らでもいる。でも、外部から態々『それだけの為に人が呼ばれること』なんてなかった」

 

 そんな悩める生徒たちの為に神崎がアカデミアを訪れたことはなかった。

 

 その筆記の成績の悪さから勘違いされがちだが、遊城 十代という青年は存外鋭い。元々、本質を見抜く目は備わっており、今回の件を考える時間もあった――それに加えて、こうも「あからさま」であれば疑いようがないだろう。

 

「俺がフォースに入れるデュエリストだからだろ?」

 

――ああ、そうか。

 

 ゆえに、相手のスタンスに嫌悪すらにじませる十代の姿を見た神崎は、コブラから聞いていた情報に欠けていた認識を内心で補完する。

 

「俺に才能があるから構うんだろ? ――神崎さんも! デュエルアカデミアも!!」

 

――()()()()己が特別であることに気づいたのか。

 

 そう、遊城 十代は己が落ちこぼれなどではなく、得難き才能を持った特別な存在であることを自覚した。

 

 

 

 

 やがて、原作なら彼らが3年生くらいの時にぶつかる問題に1年生で突撃した十代の精神状態の誤差を神崎は心中で埋めていく。それは例えるのなら――

 

――状況的にヨハン・アンデルセンが実力不足を言い渡されてアカデミアから去らねばならない……そんな仮定が近いか。

 

 ヨハン・アンデルセン

 

 原作にて、十代が3年生時に出会う精霊が見え、十代と同じ視点で世界を見ることが出来る最も波長の合う仲間だった青年。

 

 その仲の良さは短期間ながら1年次からの付き合いのあった万丈目達を凌ぎ、原作の様子から十代も他の仲間より特別視していた節すらある。

 

 原作でも、この歪んだ歴史でも、ユベルの起こした事件によって、幼少時の友人関係に破綻しかけていた十代にとって、己と同じ(精霊が見える)価値観を共有できる存在は得難いものだっただろう。

 

 そして、歪んだ歴史において「間接的に精霊への理解を示した」三沢の存在は、十代にとってヨハンと同程度――とまでは行かずとも、相応の友情を構築できたゆえに生じたのが今回の問題である。

 

 

 

 原作でもヨハンがアカデミアから冷遇される話があれば、十代が反発したであろうことは容易に想像できよう。

 

 そして、その原因が「(十代)が特別であること」だと自覚すれば十代としても苦悩を覚えよう。

 

「そうですね」

 

「――ッ! …………否定しねぇのかよ」

 

「事実ですから」

 

 だからこそ、神崎はその事実を否定しない。

 

 そして、期待を裏切られたような表情を見せる十代を見つつ、考えを巡らせる神崎は笑顔のままで切り出した。

 

「ですが、遊城くんは何に怒っているのですか?」

 

 それは、ある種の当然の疑問。

 

「テストで100点を取った人間と、90点を取った人間――前者が評価されるのは当然のことでしょう?」

 

「そういうことじゃない! 俺と同じくらい強い三沢が――」

 

「そう思っていたのは遊城くんだけなのでは?」

 

「――ッ! 違う! みんな三沢のこと認めてた! 万丈目だって! 大山先輩だって!」

 

 そんな具合に極めて常識的な視点で語る神崎の姿に、十代はバンとテーブルを叩きながら前のめる。

 

「成程、つまり友人が不当な評価を受けている事実を怒っているんですね?」

 

「ふ、不当とまでは言わないけど……まぁ、そんな感じ」

 

 だが、そんな己の怒りを前にしても淡々と事実関係を確認する神崎の姿に、十代は気勢を削がれたようにおずおずと席に腰を落とす他ない。

 

 十代からすれば、幼少時に会った時から変わらぬ掴み処のない雰囲気を持つ神崎の姿は、こういう状況ではやり難さを覚えて仕方がなかった。

 

「でしたら、アカデミアへ怒りを向けるのは間違いですよ」

 

「なんでだよ! 決めたの――」

 

「――私ですから」

 

「……え?」

 

 しかし、続いた神崎の言葉に十代の反応は遅れた。

 

「候補生に耐えうる生徒を見極めて欲しいと依頼され、私が選出させて頂きました」

 

「えっ、いや、だって――」

 

「最終的な決定はアカデミア側がくだしていますが、選出段階で三沢くんの名は初めからありませんでした。だから、選ばれる筈がないんですよ」

 

 やがて、反応が遅れた己を置いてけぼりにするように明かされる情報の波に、十代はわらをも掴む心持ちで声を震わせた。

 

「だ、だって、神崎さんは他人に点数つけるような人じゃない……だろ? 昔、ユベルが起こしたみたいな……不思議な事件を解決する……ヒーローみたいな……」

 

 なにせ、十代の中での神崎は恩人で、尊敬できる人で、自分が目指すヒーロー像――には少しズレてはいたが、そんな人だと思っていた。

 

 だが、そんな人間が友人を切り捨てた?

 

 なんで? どうして?

 

 十代の頭には、そんな疑問符ばかりが浮かぶだけ。

 

 だが、幼子の間違いを諭すように穏やかに語る神崎の声へ、反射的に檄を飛ばす十代だが――

 

「前にお会いした時に言いましたよね? KCは辞めた、と。今の仕事が『そう』なんですよ。昔から人を見る目はあったので」

 

「じゃあ、なんで!! なんで、三沢を選ばなかったん――」

 

「ですが、安心してください。キミが望むのなら三沢くんをフォースにねじ込むことだって可能です。これで遊城くんの望みも叶う――そうでしょう?」

 

「――ふざけんなッ!!」

 

 到底、許容できない内容が告げられた。

 

 己が最も嫌う行為を提案された事実に怒りのままに立ち上がった十代は、爆発しそうな感情をギリギリで抑えるように歯を食いしばる。

 

 だが、そんな十代を見上げながら神崎は変わらぬ笑顔で続けた。

 

「何を怒っているんです? キミは友人にフォースへ昇格して欲しかったんでしょう?」

 

「そうじゃない! ちゃんと評価さ――」

 

「――された上の結果なんですよ。キミの友人もそれを理解している。他の生徒たちもそれを理解している」

 

 続けて現実を並べてあげつらう。

 

「理解していないのはキミだけだ。それとも()()()()()()()()()()()()?」

 

「な、なにを――」

 

 やがて、スッと立ち上がった神崎が身長差から笑顔で十代を見下ろしつつ、その内心を見透かしたように並べ立てる。

 

「キミの怒りの根っこが何なのか当ててみせましょうか? 友人の努力を鼻で嗤う結果を簡単に出せてしまってバツが悪いんですよ。だから、怒る。罪悪感と向き合いたくないから。言ってしまえばただの癇癪だ」

 

 十代が無自覚に感じていた()()()()()()感情を、あたかも真実であるかのように並べ立てる。

 

「友人を想って怒っているように見えて、キミの感情の根源は、自己愛なんですよ」

 

「ち、違う! 俺は三沢の実力なら――」

 

「ならば何故、彼の言葉を信じなかったんですか? 必ずフォースに相応しいデュエリストになると誓われたんでしょう? 当人が納得しており、既に前を向いている」

 

 しかし、そんな戯言を前に血の気が一気に引いた表情を見せる十代へ、神崎は純然たる事実を交えて突き付ける。

 

「なら、もう問題は解決している筈だ。でも、未だにキミだけが憤っている。キミだけが彼の意思を信じない」

 

 十代が無意識に考えようとしなかった現実(虚構)を。

 

「信じられませんよね。信じてしまえば、友人が懸命に積み重ねてきた数多の努力を『己が容易く踏みにじれた現実』を認めざるを得ない」

 

 息が出来ない。

 

「認めてしまえば、キミがこれから他者の努力を容易く踏みにじれる存在である事実に晒され続ける。そう、キミは友人の努力を踏みにじり続けてしまう」

 

 気づいてしまったから。

 

「遊城くんは、デュエルアカデミアに来て自分が強くなっていく感覚を覚えているでしょう? キミは天賦の才の持ち主だ。数多のデュエリストから刺激を受け益々強くなっていく――友人を置き去りにして」

 

 

 そう、無意識に十代は感じ始めていた。

 

 

 誰かの頑張りを一瞬で否定してしまえる己の力への恐怖。嫌悪。

 

 

 仮に三沢を信じても、自分の才能が、いつか三沢の心を折ってしまうかもしれない。もう無理だ。持っているモノ(才覚)が違うと。デュエルの道を奪ってしまうかもしれない。

 

 

 だから踏み出せない。フォースに上がる決心がつかない。三沢の宣言を信じてやれない。

 

 

 だって、見てしまったから。

 

 

「言い訳しますか? 『才能なんて関係ない。適正な努力を続けただけだ』と()()()()()が周りに転がる中で――」

 

 

 天才(カイザー)挑むことを止めてしまった(潰された)面々を見てしまったから。

 

 

「――『()()()()の努力は正しくなかったのだ』と」

 

 

 十代の脳裏に交流戦にて天才(カイザー)を賞賛するも、特別視して挑まない生徒たちの姿が蘇る。

 

「無理ですよね。キミはそこまで器用な性質じゃない」

 

 見透かしたような声に十代は逃げるようにその場から駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 ユベルは真っ青な顔で己の横を通り過ぎた十代の姿に反射的に追いかけようとする前に、明らかに原因であろう神崎から手早く情報を聞き出すべく詰め寄るが――

 

『おい、神崎!! ボクの十代に何を言ったんだ!!』

 

「申し訳ありません、ユベルさん。私では力不足だったようで」

 

『ふざけ――』

 

「早く追いかけた方が良いのでは?」

 

『~~ッ! もう良い! お前に頼ったボクが馬鹿だった!』

 

 申し訳なさそうに笑顔で応対する詳細を語る気のない神崎の姿に、ユベルは半殺しにしてやりたい気持ちを後回しにしつつ、舌打ちと共に十代の後を追いかける。

 

 

 そんなユベルを神崎が見送る中、空いた席にドスンと座りことの成り行きを見守っていたコブラは悩まし気に己のこめかみを掴みながら呟いた。

 

「……アレで構わなかったのかね?」

 

「構いませんよ。お陰でアカデミア側に向かっていた負の感情が、私の方に向きました――幾分か、話しやすくなったでしょう?」

 

「そうではない。目をかけていたのだろう?」

 

 しかし、席に着きながら己の質問へズレた返答をする神崎へコブラは確認するように再度問うた。

 

 コブラから見ても神崎が十代を特別視しているのは容易に分かる。何らかの役割を期待していることも。

 

 事前に聞かされていたとはいえ、そんな相手と凡そ修復不可能な程の溝を作ってしまった事実は、中々に重い。

 

「『構わない』と言いました。何も彼と仲良しこよしがしたい訳じゃない」

 

 しかし、コブラの前に座る元上司の相変わらずの破綻者っぷりは健在の様子。

 

「その答えが、何かに縋りたくなる精神状態に追い詰める……か。詐欺師の手口だな」

 

「ですが、此処から全うな説法を受ければ完璧でしょう?」

 

 そう、今回の十代を精神的に追い詰めるような神崎の立ち回りは、十代の悩みを解消する為のものだ。

 

 完全な競争社会の中で蹴落とされた友人――凡そ確かな正解と呼べる答えのない問題に対し、十代側・アカデミア側の双方にとって益のある形に着地するべく神崎が出した結論がコレである。

 

 とはいえ、その手法は――あのまま腐っていくかもしれないことを思えば――いや、普通に些か以上に乱暴が過ぎたが。

 

「嫌われ役は必要か。将来、彼が察してくれることを願う他ないな」

 

「それも必要ありません。こういうのは『昔にムカつく先生がいたよな』って笑い話にできれば良いんですよ――それよりも、協力者の件は?」

 

 しかし、人情の部分で葛藤するコブラをスッパリと切って捨てた神崎が計画の先を促せば――

 

「腹芸なら彼が適任だろう」

 

「通達は?」

 

「既に済ませている」

 

 そこはコブラも元軍人。感情論で手を緩めることなく、残りの準備はキッチリと済ませている。

 

「では、成り行きを見届けましょう。駄目なら駄目で別の手で行きます」

 

「相変わらずだな、キミは」

 

「貴方だけですよ。変わらないと言ってくれる方は」

 

「個人的には、変わっていて欲しかったがね」

 

 やがて、彼らは軽口を交わしながら席を立つ。目指す先は校長室――といっても、残る仕事は吉報を待つことだけだが。

 

 

「ところで、例の件、考えてくれたかね?」

 

「こんな現場を見た後で聞くんですか?」

 

「こんな現場を見た後だからだ。メンタリティに聡い人間は多い方が良い」

 

 そうして、歩を進めながら背中越しに神崎へ今回の件を受けての提案を告げるコブラ。言葉尻から察して、再確認の様子。だが、神崎はおどけた様子で自虐する。

 

「私が教育の場に相応しい人間に見えますか?」

 

 そう、親御さんの立場からすれば、神崎の精神性は些か遠慮願いたいことは想像だに難くない。

 

「私が校長先生に見えるかね?」

 

 だが、足を止めて振り返ったコブラが厳つく笑みを浮かべた姿に、自虐のカウンターブローを受けることになった。

 

 

 彼らの(傍から見れば)悪巧みは、暫く続きそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 フォースに与えられた一室にて、フォース4名の前に立つ6人の男女の内の万丈目と明日香を除いた3人をユベルは指さしながら、十代の好みそうな話題を振る。

 

『大山に、綾小路――後、2年のこいつは誰だったかな? 十代、きっとコイツも強いデュエリストだろうから、キミを楽しませてくれる筈だよ』

 

『彼女は胡蝶(こちょう) (らん)さんだよ。まずは挨拶させて欲しい。僕はオネストと言――』

 

『――ボクは十代と話してるんだ。勝手に話に入ってこないでくれないか』

 

 だが、同じ精霊としてオネストが友好を示すが、ユベルの苦虫を噛み潰したような視線によって回れ右を余儀なくされる。

 

 そんな精霊同士のやり取りを余所に、胡蝶は愛しの亮の姿が間近にある現実に両の手を祈るように組みつつ感極まった様子で叫んだ。

 

「亮様! わたくし、遂に此処まで来ましたわ!!」

 

「胡蝶、落ち着くんだ。キミたちはあくまで候補生――道半ばで達成感を享受すべきじゃない」

 

「愛の力で勝ち取った栄光への切符! う~ん! 胸キュンポイント4点だ!」

 

 なお、そんな胡蝶の愛の波動は亮に三分の一どころか十分の一すら伝わっていないが、恋の伝道師たる吹雪だけは親指を立ててキラリと歯を輝かせながら手放しで祝福してくれる。

 

 

 そう、十代はフォース候補生として、この場にいた。

 

 本意ではない。ただ、此処で感情のままにフォース行きを蹴れば、決定的な何かが壊れてしまうという漠然とした直感だけが今の十代を動かしていた。

 

 いや、単純に「絶対に三沢がいない場所」に逃げたかっただけなのかもしれない。

 

 そんな天にも昇る心地の胡蝶と、地の底にまで気落ちした十代の対照的な精神状態を余所に、亮は「フォース候補生」の提案をした身ゆえの責任感からか進んで進行役を買って出る。

 

「まずは自己紹介させて貰おう。俺はオベリスク・ブルー3年『フォース』在籍の丸藤 亮だ。お互い良い経験になれればと思う」

 

「同じく3年ブルー『フォース』の藤原 優介。よろしくね」

 

『すまない、マスター。あの精霊(ユベル)と話せる気がしない』

 

「小日向 星華よ」

 

 やがて、亮と藤原が当たり障りのない挨拶をする中、小日向は面倒臭そうに短く告げ、

 

「――キミの瞳に何が見える?」

 

「これは天上院 吹雪。私も含めて、全員3年だから敬いなさい」

 

 そして、突如としてフォース候補生に背を向け、天を指さし決めポーズを取った吹雪の自己紹介を小日向は勝手に済ませた。

 

――兄さん何やって…………ん?

 

 さすれば、(吹雪)奇行(お約束)に頭を痛める明日香が違和感を覚える中――

 

「キミの瞳に何が見――」

 

「天」

 

「――JOIN!!」

 

 テイク2を行おうとした吹雪だが、小日向に速攻で返された為、即座に振り返りながら親指を立ててグッドなスマイルをキメて見せざるを得ない。

 

「天・上~院 吹雪だ。よろしく頼むよ、みんな!」

 

「吹雪は基本こういう奴だから、フリがあったらさっさと応えた方が面倒少ないわよ」

 

――あの兄さんの手綱を握れてる!?

 

 やがて、そんな具合で慣れた様子で吹雪をあしらう小日向の姿に明日香が内心でカルチャーショックを受ける中、候補生側と軽い挨拶を交わした後に亮は早速とばかりにデュエルを提案すれば――

 

「挨拶もこのくらいにデュエルといこう。俺の相手は――」

 

「なら、俺とデュ――」

 

「待て、万丈目! 俺とて――」

 

「此処はライバルたる僕が――」

 

「亮様のお相手はわたくしが――」

 

『ほら十代、キミも行こう! こいつだろ? キミがデュエルしたがってたの』

 

「待った待った。流石にみんなも急に『候補生』って言われて戸惑ってる部分もあるだろうから」

 

 十代と明日香以外が一斉に肉食獣もかくやな食いつきを見せるが、流石に多対一をさせる訳にもいかぬと藤原がストップをかけてる。

 

『皆さん、凄い食いついてたけどね』

 

「初日だし、まずは一組ずつデュエルして、後に感想戦しながら様子を見よう――ね?」

 

「そうだね。デュエルで語ることも大事だけど、言葉だって大切だよ、亮」

 

「そう……だな。なら、俺が先陣を切ろう。相手は――」

 

「組み合わせはこっちで勝手に決めるから、文句はなしね。胡蝶、最初はアンタ。準備して――ハンデは初期ライフ4分の1を設定。順番は書いたから、後は自分たちでしなさい」

 

 そうして、藤原と吹雪になだめられた亮が、あんまり分かってない具合に先陣を切ろうとする横で、引っ張り出してきたホワイトボードをバンと叩いた小日向の仕切りにこの場の1人を除く意識は集中。

 

「――亮様ぁッ!!」

 

――了解しましてよ!!

 

「人間の返事をしなさい」

 

 かくして、第1戦となる恋のラブデュエルが幕を開いた。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで騒がしいお祭り騒ぎもかくやな雰囲気が広がるが、いつもなら誰よりも先にはしゃぐであろう十代は彼らの輪の中にはおらず、未だに遠巻きに眺めているだけだ。

 

 だが、そんな虚空を見つめる十代の頭上から声が落ちた。

 

「元気がないようだな。何かあったのか?」

 

「……カイ――丸藤先輩、確かデュエルしてたんじゃ……」

 

『十代、こいつ1ターンで速攻で終わらせたよ』

 

 その人物はカイザーこと亮――胡蝶とのラブデュエルは一瞬(1ターン)で終わった為、己が見込んでいた1年坊が普段と違う様相を心配して見に来た次第である。

 

「星華はああ言っていたが、敬称を気にすることはない。俺たちは同じデュエリストだ」

 

「……じゃあ、カイザーって呼ばせて貰うぜ……良いかな?」

 

『うん、構わないよ、十代』

 

「ああ、構わない」

 

 やがて、亮からの提案もあって敬称を止めた十代が、ユベルが気にしない呼び方を選べば、座り込んだ十代の隣に亮もまた腰を落とす。

 

 そして、沈黙が続いた。

 

 見定めるべき現実から目を背け、虚空を見つめる十代と、

 

 その隣に座して何も語らずデュエルの様子を眺める亮。

 

 そうして、どちらも口火を切ることなく沈黙は変わらず続く。まさに圧倒的コミュ力不足。

 

『…………こいつ、このまま何も喋らない気か?』

 

 だが、そんな沈黙に耐え切れなくなったユベルが、怪訝な視線を亮に向けたと同時に十代は口を開いた。

 

「なぁ、カイザー……」

 

「どうした?」

 

「デュエルエリートってなんなんだ?」

 

「数多のデュエル産業に対し、新たな道を切り開くにたる力を持った者たちのことだ」

 

 しかし、亮は、十代の口から零れたような問いかけの意図を察することもなく、額面通りに返す。

 

 ただ、今の十代が「そんな答え」を聞きたい訳ではないだろうことは誰の目にも明らかだった。

 

「……それって、友達より大事なのか? 弱いから『いらない』って全部捨てた先のエリートってなんなんだ? そんなに大事なものなのか?」

 

 そんな察する能力が壊滅的な亮が相手ゆえか、重かった十代の口から整理され始めた己の心情が吐露され始めれば――

 

「……俺、分かんなくなっちゃってさ」

 

「『フォース』に上がれなかった友人がいるんだな」

 

「……ああ、三沢は『追いかける』『追いつく』って言ってくれたんだけどさ……俺、怖いんだ。いつか『頑張っても無駄だ』って突き付けちまうんじゃないかって」

 

 十代の人間関係から凡その経緯を遅ればせながらに把握し始めた亮は、先輩として、学園の模範として、悩める後輩を助力するべく言葉を重ねる。

 

 

「友の言葉が信用できないのか?」

 

 

「――そんな訳ないだろ!!」

 

 

 速攻で地雷を踏んだ。

 

 

「すまない。言葉が悪かった」

 

 あんまりな言いようにカッとなった十代だが、真顔で謝罪する亮の姿を見れば悪気はなかったことを察してか矛を収める。だが、亮は地雷を踏んだ事実など忘れたように続けた。

 

「だが、現実的な問題としてフォース以前に、オベリスク・ブルーに上がれない生徒も存在する。努力・才能・適性・運、様々な要因によって誰もが必ず強くなれる訳じゃない」

 

 それは3年間、旧・新合わせたデュエルアカデミアを見てきた亮が実感した代物。がむしゃらに夢を追う者たちの姿を見続けてきたゆえの実感。

 

 誰もが己の望み通りに生きられる訳ではない。頑張っても報われる訳ではない。

 

「正しい努力など、所詮は結果論だ。正しい努力とされるものを懸命に積み重ねてきた者が、怠惰な者や、正しいと思えない行いをした者に敗れる光景を俺は幾度となく見てきた」

 

「間違ってて強いヤツなんているのか?」

 

「目の前にいる」

 

「えっ?」

 

 だが、そんな亮の主張に当然の疑問が十代から投げかけられるが、その証明こそが己の存在なのだと亮は返す。

 

「俺もかつて間違った努力を振りかざした。謂われない言葉で友を傷つけ、勝利だけをリスペクトすれば良いのだと、酷いデュエルをした。恥ずべきことだ」

 

 丸藤 亮は1度、道を違えた。それは決定的なまでに。

 

 他者どころか友すらも、いたずらに傷つけ「己だけ」を求めた。勝利と言う名の栄光に目がくらみ、自分が周囲に何をバラまいているのか考えもしなかった。

 

 だが、それでもカイザー亮は――いや、ヘルカイザー亮は――フォースの誰よりも強かった。凡そ人道から外れた人間的に間違った在り方でも、彼は誰よりも強かった。

 

 これで「正しさ」が「強さに繋がる」などと語れる筈もない。しかし、それでも――

 

「絶縁されても仕方のない男だった。だが、吹雪は、優介は、そして星華は今でも変わらぬままに接してくれている。俺には過ぎた仲間たちだ」

 

「……俺にとっての三沢が、カイザーにとっての吹雪さんたちなんだな」

 

「ああ」

 

 亮は根拠もなければ、確証すらない友の頑張りを、奮闘を信じていた。そんな彼らの友情に十代も感慨深い心持ちになるが、ふと気づく。

 

「あれ? でも吹雪さんたち、みんなフォースにいるから三沢の場合とは違うんじゃ……」

 

 なんか良い話をされているが、それ自体は己の悩みの解消とは全く無関係だったことに。

 

「…………そういえば、そうだな」

 

「えぇ……」

 

『おい、此処まで話して、それはないんじゃないかい?』

 

 先輩として相談に乗っておきながら関係ない己の身の上話をした亮の姿に、困惑した表情を向ける十代、そして、頬をピクピクさせてキレそうなユベル。

 

「すまない。どうにも俺は口が上手くなくてな」

 

 そして、あんまり表情が動かないせいか謝っているのか煽っているのか判断に迷う姿を見せる亮は、汚名返上すべく言葉を選ぶが――

 

「なんと評せば良いのか……十代、お前は三沢を信じている。だからこそ――いや、違うな。信じて待つことこそが……これではニュアンスが変わってくる。此処は、彼らの関係性は揺るがない旨を伝えたい訳で――」

 

『こいつの頭の中がこんがらがっていることだけは分かるよ』

 

「俺の方までこんがらがって来たぜ……」

 

 全然、頼りにならない姿だけが残り、その混沌に十代が呑まれ始めたと同時に、声が響いた。

 

「キミたちの友情にアカデミアの階級(フォースか否か)なんて関係ない――ってことさ!」

 

「……吹雪さん?」

 

 それは親指をピンと立ててグッドスマイルを贈る吹雪からの言葉。

 

「そう、それが言いたかった」

 

『……流石に後だし過ぎるだろ』

 

 そんな吹雪の助け舟に、ポンと手を叩いて便乗――もとい考えをまとめた亮は、十代の肩に手を置き続ける。

 

「十代、学園が何を掲げていようとも、皆が何を目指していようとも、持って生まれた差があろうとも、それら自体が友人関係を壊す訳じゃない。立場に惑わされるな。お前はお前が大切にしたい部分をしかと見定めろ」

 

『……ふん、こいつも先輩らしいことが言えるじゃないか』

 

 だが、その亮の言葉は今までのやり取りで地の底まで落ちたユベルからの評価を回復させるだけの力があった。

 

「えー、うん? ……ああ!!」

 

「つまり! デュエリストたちの道は交わることもあれば、分かつこともあるってことさ!!」

 

 ただ、文体の固さから十代には上手く伝わらなかったことを察した吹雪は、銃のように構えた指を顎辺りに添えてキメ顔を作りながら語る。

 

「時にぶつかり合い、時にすれ違い――それぞれが望まぬ結果に終わることだって、あるだろう……だが!!」

 

 それは、かつての吹雪と亮の過去の出来事を彷彿させる内容。

 

「途切れてしまったのなら、繋ぎなおせば良い!」

 

 そう、吹雪は最後の一線を越えようとした友の手をしかと握り、引き止めた。

 

「歪んでしまったのなら、別の形を見出せば良い!」

 

 変わろうとした友へ、共に歩むことを誓った。

 

「そうすれば、キミたちの友情はプライスレス! 永遠さ!」

 

 だからこそ、今、彼らの友情は残っている。いや、前よりも強固なものとなった。

 

 そして、吹雪は両腕を右側に向けるようなポージングをしつつ締めくくる。

 

「変化を恐れるな、十代くん! 変わらないものなんて、この世の何処にもないのだから!」

 

「……ははっ」

 

 やがて、変な――前衛的なポーズで熱い言葉を贈る先輩(吹雪)の姿に思わず十代が苦笑を漏らす姿に、ユベルが振り向けば――

 

『なんだ、こいつ――って十代……?』

 

「そうか、そうだよな……三沢がフォースに上がれなかったとしても、関係ないよな」

 

 十代は確かめるように最悪の可能性を呟く。いや、それはもはや最悪ではないのかもしれない。

 

「ライバルじゃなくなったって、関係ない……関係ないよな」

 

 一緒に購買で買い食いし、

 

 アカデミアでの他愛のない出来事で盛り上がって、

 

 馬鹿話をしながら帰路につく。

 

 それで良いじゃないか。

 

 デュエルを諦めてしまっても、遊びなら他にも幾らでもある。

 

 万が一、心折れた友がアカデミアを去ってしまっても、それで彼らの友人関係が終わる訳じゃない。

 

 エリートだなんだとややこしい重荷のせいで、こんな当たり前のことすら見落としてしまっていた十代の曇った眼に光が戻る。

 

『……やっぱり十代には笑っている方が似合ってるよ』

 

 そうして、生来の明るさを取り戻していく十代の姿にユベルも安心したように頬を緩めた。

 

「――遊城 十代! 次、アンタよ! さっさと来なさい!! 優介、感想戦はサボってるアイツらにさせなさい!」

 

 だが、突如として響いた小日向の怒声にビクリと肩を震わせる十代の背をバシンと吹雪は押し――

 

「おっと、お姫様はお怒りのようだ――さぁ、出番だよ、十代くん」

 

「行ってこい、十代。優介はお前と同じ世界を見ている(精霊を見る力がある)。きっと力になってくれる筈だ」

 

「――おう! 行ってくるぜ!!」

 

『全く、世話が焼けるね』

 

 背中越しに亮から届いた興味深い内容に、十代はワクワクした様子で力強く駆けだした。

 

 

 

 

『ん? さっきのアイツら、ボクの十代を馴れ馴れしく呼んでなかったかい?』

 

 その背中を追いかけるユベルが何かに気づいた様子で空中で一瞬ばかりピタリと止まったが、気にしないことにしよう。

 

 

 

 

 そうして、相対するは今のアカデミアでも3人といない精霊が見える人間。

 

 やがて、藤原は目に見えて元気が戻った十代に再度、自己紹介を交える。なお、オネストはユベルとのファーストコンタクトの失敗が尾をひいているのか様子見の構えの模様。

 

「改めて初めまして、僕は藤原 優介。キミと同じでデュエルモンスターズの精霊が見えるんだ。()()()よろしくね」

 

「おう! こいつは俺の恋人のユベル」

 

「恋人? ……恋人!?」

 

 だが、唐突な爆弾発言に目を白黒させる藤原。十代の背後で照れたように身をよじらせるユベル。

 

「将来を誓い合った仲さ」

 

「へ、へー、将来って?」

 

「ああ! それってオネスト?」

 

 かくして、ほのかに混沌をかもしながらセカンドコンタクトを終えた2人もとい4名は、ハンデデュエルでお互いを確かめ合う。

 

 

 こうして、劇的な立ち直りを見せた十代は、フォース生徒だけでなく、その候補生たちとのデュエルの連続の1日に大きな満足感を覚えていることだろう。

 

 

 将来、この場に三沢の姿が混じるかどうかは定かではないが、今の立ち直った十代の姿を彼が見れば、我が事のように喜んでくれることだけは確かだった。

 

 







???「計画通り」



Q:つまり、十代がこんなに拗らせた理由って?

A:アカデミアでの最初の友人が丸藤 翔じゃなかったから。

三沢は向上心が高いタイプなので、十代もその向上心に続かなければ縁が切れてしまう。
(今作での寮同士の心的な距離が原作よりも離れていることも原因の一旦)

なのに、三沢が途中でこけて、十代だけが向上(昇格)しちゃったので縁が切れそうになった為、(原作のヨハン程に精霊への理解を示せる友人だったことも相まって)拗れた。

これが翔の場合、兄貴分・弟分の関係になる為、上述の問題が発生せず、今作で着地した「楽しく駄弁る友人」としての関係性が初めから出来ているので問題にならない。

つまり――
???「十代の兄貴には僕がいなきゃダメってことっスよ!!」



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