マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
クロノス先生の「ク」の字は社会の歯車の「()」しみを表しているんだよ(大嘘)





第270話 異物の混じったとある一日

 

 

 

 デュエルアカデミアがデュエルの学校だからといって一般的な通常授業がない訳ではない。当然、担当教科ごとに教員からの授業を生徒たちは受けている。

 

「担当の先生がギックリ腰でダウンしたノーデ、この講義は休講になるノーネ。他の授業中のクラスへ迷惑にならない範囲ーで好きに過ごスーノ」

 

 だが、本日の1時間目ばかりはそんな通常授業とも一時お別れ――ゆえに、お知らせに来たクロノスが教室から立ち去る中、座学より実技な十代はテンション高く声を上げた。

 

「よっしゃぁ! 三沢! 購買、行こうぜ!」

 

「悪いが、資料室に行く予定なんだ。他が授業中の今なら空いているだろうからな」

 

「そっかー……じゃあ、万丈目! 吹雪さんとデュエルしに行こうぜ! 前に『3年は暇だからいつでもOKさ!』って言ってたし!」

 

「貴様に言われずとも、そのつもりだ。天上院くんは――あの様子では、用事があるようだな」

 

 しかし、別件での用事があった三沢の同行を諦めた十代は、視界の端で友人の後を追った明日香の様子を見送った万丈目を引き連れ、ウキウキで教室を後にする。

 

「今日も勝つぞ~!」

 

『そうは言っても十代、ハンデ抜きだとやっぱり厳しい相手だよ』

 

「フン、1度のまぐれ勝ちで調子に乗っているようでは候補生止まりだぞ」

 

 最近の十代は、嫌なことが少々重なり不調だったことが嘘のように、絶好調の毎日を過ごせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな好調続きの十代と異なり明日香には試練が待ち受けていた。

 

 そう、現在、授業中ゆえに人の気配が殆どない購買のフードコートにて座る何時もの馴染みの友人に声をかけた明日香だが――

 

「待って、レイン――久しぶりね」

 

 当の相手には、プイッとそっぽを向かれる始末。ならばと、そっぽを向いた方向から再度、声をかける明日香。

 

「……どうしたの? ……レイン?」

 

 だが、レインはまた逆の方向に、そっぽを向いた。

 

 このやり取りに「なんの遊びか」と一瞬ばかり悩んだ明日香だが、考えてみれば分かり易い態度に、その答えへアッサリ辿りつく。

 

「ひょっとして、怒ってる?」

 

 とはいえ、当のレインは無言。黙したまま、明日香と視線を合わせようとしない。

 

 しかし、そろそろ本気で困った表情を浮かべ始める明日香に、同席している雪乃はクスクス笑いながら助け船を出した。

 

「明日香、此処のところフォースに入り浸りだったでしょう? 拗ねてるのよ」

 

「……否定……」

 

「……確かに、疎遠になってはいたわね」

 

 やがて、当のレインが小さく否定する中、明日香はへそを曲げてしまったレインとの関係を修復すべく思案し、提案する。

 

「だったらお詫びに、今度の連休に学外へ遊びに行きましょう? だから機嫌治して――ねっ?」

 

「……本当に――」

 

 それはシンプルに「埋め合わせ」との安易なものだったが、チョ――純粋なレインは速攻で食いつく瞬間――

 

「――藤原くん! こっちですよ!」

 

 恰幅の良いスキンヘッドの中華服のおっさん――鮫島の声が周囲に木霊した。

 

 そんな席を取っていた鮫島の声に導かれ、着席した藤原は一先ず鮫島以外の同席者のおっさんに挨拶する。

 

「あっ、鮫島さん。今日は、どうも――それでお話って? それに其方は……確か、神崎さんでしたよね?」

 

「どうも。先日振りです」

 

「ああ、彼がキミの進路希望の助けになってくれるかもしれない人でね」

 

 そうして、同席者のおっさんこと神崎を交えて始まるのは、藤原の進路の話。卒業間近だというのに未だに決まっていなかった様子。

 

 とはいえ、それには深い理由があった。

 

「はい、藤原様は超神秘科学体系を学べる場への進学を希望しておられると聞いて、お力になれればと」

 

「本当ですか!?」

 

「ハハハ、未だ不明瞭な部分が多い分野ゆえ、混合した玉石を推し量る術をキミに丸投げせざるを得なかったことは申し訳なかったが――彼ならば適した場を選別してくれるだろう」

 

 そう、朗らかに笑う鮫島の言う通り、藤原の望む精霊分野を学べる学校はまさに玉石混交である。ハッキリ言って大半が「その辺の歴史を学んで終わり」の仕様だ。

 

 何故、こんなに不親切設計なのかの理由は幾つかあるが、一番はやはり「悪用」の危険性だろう。

 

 原作での「精霊狩りのギース」の行った非道を思えば、安易に学べるようになっては大問題である。

 

 友達感覚で関わって思わぬ地雷を踏みぬいた結果、精霊側がブチ切れて、神に類する精霊が動き出し、戦争吹っ掛けられた時点で人類はまず滅びかねないのだから。

 

「KCかI2社を目指す選択肢もありますが――」

 

「それも考えたんですが、まずは僕1人で先入観なく学んでみたくて」

 

「うむ、素晴らしい決断だね。私はキミの意思を尊重(リスペクト)したい」

 

「では、早速、それぞれの進学先ごとの特色と傾向のお話を――」

 

 そうして、藤原の希望を踏まえつつ、彼の進学先が話し合われ始めていた。

 

 

 

 

 だが、奇遇にもそんな現場に遠目に立ち会ってしまったレインたちは――

 

「……此処も、オススメ……」

 

「でもレインさん、あんまり遠出は出来ないですよ。予算の問題もありますから」

 

 お出かけの予定を立てるのに忙しかった為、あんまり興味がない様子。「此処も」「此処も」と次々指さすレインを原 麗華がやんわりいさめつつ、計画を立てていくが明日香だけは、その視線を時折、藤原たちに向けていた。

 

「明日香、そんなに上の空だとまた拗ねちゃう子がいるわよ。何か気になるの?」

 

「えっ? あっ、ごめんなさい。ただ、『藤原先輩が何を相談してるのかな』って」

 

 そんな明日香に、イタズラ好きな笑みを浮かべながら、からかう様にレインを示した雪乃は、遠い親戚ゆえに知り得た情報を惜しみなく明かして見せる。

 

「相手が超神秘科学体系のシンパ(信奉者)なら進路の話じゃない? 『未だに決めかねているらしい』ってお父様へ相談されてたもの」

 

「そうだったの……初耳だわ」

 

――シンパ(信奉者)って……フォース周りのアレコレの手配を手伝ってくれる人とは聞いてたけど、そんなことまで……

 

 だが、そんな何気ない雪乃の言葉に、明日香は僅かに引っ掛かりを覚えるも――

 

「昔から悩み事は抱え込むタイプだったから。ハァ、フォースだって言うのに本当に未だにお子様ね」

 

「そ、そこまで言わなくても……私も将来の悩みくらいあるし、きっとお世話になるだろうから――」

 

 遠い親戚と言う名の身内ゆえか、明け透けに呆れて見せる雪乃に、生来の気質ゆえか明日香は覚えた引っ掛かりも放り投げ、思わずフォローに回れば、その手首を冷たい手が握った。

 

「関わらない方が良い」

 

「……レイン?」

 

 そう、明日香の手首を引き留めるように握ったのはレイン。だが、普段の口調とは異なり、その言葉には強い意志が垣間見える。

 

 その変化ゆえに、明日香も心配げにレインの顔色を伺うが――

 

「……関わらない方が…………良い」

 

「本当に、どうしたの?」

 

 僅かに震えているレインの手に、明日香の心配も大きくなる中、事の成り行きを見守っていた雪乃も同意を示した。

 

「私もレインに賛成。あんまり良い噂は聞かない相手だもの」

 

――十代……じゃなくて遊城くんの「あの態度」も、その噂のせい? ううん、彼は噂で人を判断するタイプじゃない。なら、噂が本当だったから?

 

「それって、どんな噂?」

 

 そうして、明日香の中で情報のパズルが組みあがっていくような錯覚を覚える中、新たなピースを求めるように明日香は詳細を問うた。

 

「……危険人物……」

 

「オカルトに傾倒している、人道から外れた研究をしている、命を売り買いしている――まぁ、色々あるけど、どれもろくでもないのは確かよ」

 

「でも、以前KCに勤めていたって聞いたんだけど……あの海馬社長がそんなこと許さないんじゃないかしら?」

 

 しかし、得られたピースこと情報は、明日香が納得できる代物ではなかった。

 

「さぁ、真偽は定かじゃないわ――でも噂って、そういうものでしょう?」

 

「昔、KCが軍事産業をしていた時代から在籍していた人という話は聞いたことがあります。雪乃さんが言う『噂』は、その辺りから来ているのでは?」

 

 とはいえ、所詮は「噂」と語る雪乃の言葉を原 麗華が補足する中、レインはひたすらにコクコク頷くばかり。

 

「でも、そんな危ない人をコブラ校長が手配するかしら?」

 

 だが、それらの情報を踏まえてもやはり明日香は納得できなかった。

 

 明日香からすれば、コブラは兄が不可解な事件――詳細は教えて貰えなかったが――に巻き込まれた際に助けてくれた相手なこともあり、それなりに信頼している。

 

 少なくとも「生徒に危害が及ぶ危険」を許容する人物には思えない。

 

「……危険……」

 

「レインは何を知っているの?」

 

「……禁則事項……」

 

 しかし、あからさまに「なにか知ってます」なレインは「隠す気があるのか?」と思うレベルのガバっぷりを見せ付けてくるが、「己を心配している気持ちは本物」と判断した明日香は一先ず矛先を収めることとする。

 

「…………分かったわ。あんまり関わらないようにする。だから放して? ねっ?」

 

「……謝罪を……」

 

「ううん、気にしないで。私を心配してくれてのことでしょう?」

 

――レインのこの怯えよう……これは嘘じゃない。でも、何を怖がっているかは教えてくれない。うーん、一応コブラ校長に伝えておいた方が良いのかしら?

 

 やがて、ゆっくりと手を放したレインの姿に内心で心配と疑念を残しながらも、明日香は表には出さずお出かけの予定立てに戻り、日常に戻っていく。

 

 

 

――此方に反応した素振りはない。つまり、パラドックスの偽装は未だ問題なく作用していることを示している。なら、今現在の優先度を下げて静観に徹し、唯一反応を示した牛尾 哲への警戒を継続するべきであり――

 

 ただ、そんな日常の最中であっても、レインの頭脳は冷徹に状況を分析し続けていた。

 

 

 

 

 

 

「シニョール神崎!」

 

 十代や明日香たちが、一時の自由を終えて通常授業に戻った頃、藤原からの新たな要望を受け取った神崎はクロノスから呼び止められていた。

 

「はい、なんでしょうか?」

 

 その声に足を止めた神崎の両肩をガシッと掴んだクロノスは詰め寄るように、矢継ぎ早に並べ立てる。

 

「シニョール藤原の進路は、ぶっちゃけ『どう』ナーノ!? 希望は通りそうなノーネ!? ただでさえ、進路決定が遅くなった生徒だカーラ、心配の種が盛りだくさんなノーヨ……」

 

「『試験も学費もいらないから来てくれ』との話です」

 

「…………逆に、そんなとこ(大学)で大丈夫ナーノ?」

 

 そうして、生徒の将来を心配するクロノスだったが、絶好調過ぎて逆に不安になる返答が返って来たため困った様相を見せる他ない。

 

 彼の気持ちを代弁するなら「試験も学費もいらない――って何!?」と言ったところか。

 

「カイザー亮と唯一対等と言える相手なら当然の反応かと。彼の場合は一般的な知名度の低さが問題なだけですし――金の卵から生まれた麒麟児なら、誰だって引き入れたいですよ」

 

――丸藤 亮に比べて派手さのなさと、メンタルの脆さがあれども、それ以外は普通に対等だからなぁ……流石は原作のカイザー亮が唯一『自分以上の天才』と称しただけはある。

 

 とはいえ、神崎からすれば当然の評価だった。

 

 原作ではGXの最終盤にポッと出てくる中ボス扱いだが、カタログスペックは「破格」の一言である。

 

 ただ、強者の風格を持つ亮、派手さと話題性に事欠かない吹雪、紅一点の小日向――そんな彼らと並ぶと、藤原は常識人過ぎてイマイチ「パッとしない」のが問題なだけで。

 

 とはいえ、逆に「他の奴らが注目してないなら、その隙にウチが貰たろ!」と各々の陣営が考えていたりもするが。

 

「ぐぐぐ……そう言われても、旨い話は裏側を心配しちゃウーノ! こうなったら……その学校の様子を見に行くっきゃないノーネ!」

 

「休暇返上の献身、頭が下がります」

 

――流石はクロノス先生……

 

 しかし、それでも心配の種が尽きないゆえか、生徒の為に粉骨砕身の姿勢を見せるクロノスに神崎が内心で感動する中――

 

「なに言ってるノーネ? シニョールも一緒ナーノ!」

 

「えっ」

 

 なんか巻き込まれた。

 

「生徒の将来がかかっているノーネ! 依頼料でもなんでも払ってやルーノ!」

 

――さ、流石はクロノス先生……

 

 だが、クロノスとて巻き込む以上、対価は用意する。それは、神崎の役職的にも自然と巻き込める形であろう。

 

「でも、値引きサービスがあるナーラ、よろしく頼むノーネ」

 

――クロノス先生ェ……

 

 ただ、最後の最後で、妙に人間臭い部分を見せてくるクロノスの姿は妙に残念さを感じさせるが、これもまた彼の魅力の一つなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 午前の授業も終わり、時は昼食時――午後のデュエルの実技授業に備えて腹を満たすべく、食堂では生徒たちが賑わいを見せている。

 

 だが、そんな喧噪から少々離れた場にてテーブルを囲み座していた明日香たちは、お出かけの予定立てを再開していた。

 

「……明日香……此処も寄りたい……」

 

「ええ、構わないわよ」

 

「……じゃあ……こっちは……?」

 

「フフッ、とっても面白そうね」

 

「……じゃあ、じゃあ――」

 

 とはいえ、レインの精神的成熟のショボさゆえか、もはや友人というか母子のやり取りになりかけていた。しかし、そんな彼女らの元にブンブン腕を振りながら迫る影が2つ。

 

「――明日香さーん!」

 

「明日香さ~ん! お待たせしてしまいましたわ~!」

 

 その正体は、ついこの間に地獄のレッド生活からオサラバしたジュンコとももえ。

 

「ようやく、ラー・イエローに上がれました! また中等部の時みたいに一緒――って、誰!?」

 

 だが、そんなジュンコたちの視界に映るのは、明日香の周りに仲良さげに一緒にいる知らない顔ぶれ。

 

「……誰……?」

 

「わたくしたちの知らない間に、明日香さんが遠いところへ!?」

 

 しかも、お出かけの予定を立てている程の仲となれば、なんか裏切られた気持ちがももえたちに芽生えても無理はなかった。

 

「……誰……?」

 

 やがて、そんなショックを受ける2人から返答が貰えなかったゆえかレインは雪乃に問えば――

 

「『中等部の頃の』明日香のお友達よ」

 

「雪乃さん、言い方に悪意が見えますよ……明日香さんも困ってし――」

 

「誰よ、アンタ! 明日香さんに馴れ馴れしいじゃない!」

 

「――えぇ!? 私にですか!?」

 

 フォローしようとした原 麗華にジュンコが噛みつくように言葉を発した瞬間に、彼女らの間に戦いのゴングが鳴らされた――気がした。

 

「……明日香の友達……なら私の友達……」

 

 とはいえ、その辺りに疎いレインはガバガバ友達判定によって、ももえと握手。

 

「大体――って、ちょっと、ももえ! なに、懐柔されてるの!」

 

「ジュ、ジュンコさん、これは此方の方が勝手に――」

 

 これにはジュンコ、仲間の裏切りかと怒りを見せるが、ももえは無罪を主張する中、その隙を見逃さぬよう雪乃は牽制のジャブを入れる。

 

「まだ『ラー・イエロー』じゃぁ、『オベリスク・ブルー』の明日香の隣は相応しくないんじゃないかしら?」

 

 そう、「馴れ馴れしい」と喧嘩を売られたら買わねばならない。これは、乙女たちの聖戦なのだ。面白がってからかっている訳では断じてない。断じてないのだ。

 

「はァ!? 私たちはオシリス・レッドの地獄を潜り抜けたんですけどォ!! ねぇ、ももえ!」

 

「そうですわ! 侮るような発言! 流石に聞き捨てなりませんわよ!」

 

 しかし、あのくそったれな生活環境を知らぬヒヨッコ共に舐められるなど、ジュンコたちのプライドが許さない。

 

 実際、過去に怠けていた自分たちの自業自得な気もするが、今は知ったことではない。

 

「……ジュン……コ? ……も、明日香の友達……なら私の友達……」

 

 やがて始まる熾烈なるマウントの取り合い。()に恐ろしきかな学内カースト。

 

 後、ガバガバ友達認定+握手。

 

 そうして、「どちらが明日香の友人に相応しいか」という一周回らずとも恥ずかしい内容で論争する3名+なんか変なの1名の姿に、1人懸命に終息を試みていた原 麗華は限界を悟って匙を投げた。

 

「も、もはや私の手には負えません! 明日香さん、原因なんですから、なんとかしてください!」

 

「えっ? これって、私が悪いの?」

 

「明日香さんは、どっちの味方なんですか!!」

 

「勿論、明日香は私たちの味方よね?」

 

「きゅ、急にそんなこと言われても……」

 

 やがて、ジュンコたちと雪乃――後、勝手に2人と握手してブンブンしているレイン――に詰め寄られた明日香はたじろぐ他ない。

 

 なにせ明日香は、今の今までどころか今でさえ学内カーストなど気にしたことすらない人間である。「みんな仲良くしましょう」と言えば、大抵の問題は終わっていただけに此度の件はキャパシティーオーバーだ。

 

「このままじゃ埒が明かないわ! タッグデュエルで白黒つけようじゃない!!

 

「ジュンコも、ももえも落ち着いて――えー、ほら! みんなで仲良くすれば――」

 

 やがて、こんな恥ずかしい内容で大っぴらにデュエルし始めようとするジュンコたちへ、通じないと分かっている内容で引き留めんとする明日香。

 

「明日香、カイザーが呼んでるから顔貸しなさい」

 

 そして、論争を断ち切るように己の腕を掴んだ小日向の出現に、明日香は面食らった。

 

「こ、小日向先輩!? 亮が私に?」

 

「ちょっと! 明日香さんは今、私たちと――」

 

 しかし、ジュンコからすれば急にしゃしゃり出てきた第三者に過ぎない。当然、元々気の強い性質のジュンコは強い姿勢で引き留めるが――

 

「何?」

 

「話し――――」

 

 小日向が振り向いて目があった瞬間にジュンコは次の言葉が上手く出てこなくなった。

 

「はな……して…………その………」

 

 相手の目に宿るのは圧倒的なまでの自負、自信――まさに揺るがぬ精神が醸し出す「圧」と言う他ないものを前に、ジュンコは常日頃の強気さが一気にしぼんで行く感覚に襲われる。

 

 相手を呼び止めたことが罪とすら思えるような圧迫感を受ける中、思わず視線を彷徨わせたジュンコは、やがて根負けしたようにか細い声がこぼれた。

 

「……………な、なんでもないです」

 

「そう。じゃあ行くわよ」

 

 

 此度の勝者――小日向。

 

 颯爽と結構しょーもないやり取りから明日香を連れ出した手腕は見事なものである。

 

 

「……やだ、強引」

 

「……強……引……?」

 

 後、レインに友達が2人増えました。

 

 両の手が握る2人の手は、雪乃が言う様に「強引」ではあるが友人の証であろう。多分。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、フォースにあてがわれた教室に向かって小日向に引っ張られている明日香だが、沈黙に耐え切れなかった明日香が言葉を発するより僅かに目的地に辿り着く方が早かった。

 

「あの、小日向先輩、亮の用事って――」

 

「最近、師範の語るリスペクトはいたずらに拡張性ばかりを広げているだけのように感じてしまうんです。人の数だけある個性やデュエルスタイル・スタンスゆえに柔軟な受容の姿勢が必要なのは理解していますが、戸口を広げ過ぎれば『リスペクト』という『軸』を失ってしまいかねない危険性を有していることは明白の筈。師範が過去の失敗から多くの知見を集めたいであろうことは分かっているつもりです。ですが、過去の失敗にばかりに目を奪われ、リスペクトデュエルの根幹を見失いつつあるように思えてしまうのは、俺に師範へのリスペクトが足りていないからなのか、それとも――」

 

「丸藤様の危惧は把握しました。私も鮫島さんの方針に明確な『軸』がなくなったような印象は受けます。ただ、それは『在り方を見直している』段階であって、『安易な正解』に逃げない姿勢の表れではないでしょうか? 丸藤様もリスペクトの在り方を見つめなおしている最中だとお聞きし――」

 

「くっ、亮様のリスペクト談義に付いていけないなんて……! この胡蝶 蘭! 一生の不覚でしてよ!!」

 

 途端に明日香を出迎えるのは、読み飛ばしても問題なさそうな討論を繰り広げる2名と、脱落者1名。

 

「え、えぇ……こ、小日向先輩、私はどうすれば――」

 

 当然のことながら明日香は戸惑いを覚えるが、当の小日向は明日香の腕から手を放し、いつもの定位置のソファの上で雑誌を読み始める始末。説明責任を果たす気が感じられない。

 

「あの……小日向先輩?」

 

「別に何もないわよ? あの場を切り上げる理由に使っただけ。後で適当に口裏合わせときなさい」

 

「えっ? それって……」

 

「勘違いしないで。嫌いなの、ああいうの」

 

 しかし、普段通りに明日香には眼もくれず雑誌片手にぶっきら棒に伝えられた内容に、勘違った明日香を一蹴する小日向。

 

 小日向の言う通り「助けた」というには、今後の明日香たちの友人関係への配慮が一切ない。文字通り「気に入らなかった」だけなのだろう。

 

「やれやれ、小日向くんは相変わらず素直になれな痛たたたたたッ!!」

 

 だが、ソファの背面からヌルりと顔を出した吹雪が最後まで言い切る前に、彼の耳は頭からテイクオフを試み始めていた。

 

「兄さん!? いつの間に!?」

 

「あ痛たた……今、来たところさ。明日香が困ってるって聞いてね。彼女たちのことなら安心しておくれ――僕の方でうまく話しておいたよ!!」

 

「……ありがとう、兄さん」

 

 やがて、片耳を押さえる吹雪の珍しい兄としての姿に、明日香が小さく感謝を伝えれば、いつものように親指を立てて歯を光らせて爽やかスマイルを――

 

「JOIN! 良いってこ――」

 

「友達は選んだ方が良いんじゃない?」

 

 出した途端に小日向から痛烈な意見が飛来する。しかし、吹雪は左右に小さく首を振りつつ「やれやれ感」タップリに反論。

 

「……彼女たちを、そんなに責めないで上げておくれよ、小日向くん。2人は明日香と再会することを目標にずっと頑張って来たんだから」

 

「真面目ちゃんでも構わないけど、一々相手してたらキリがないって話」

 

「カイザー!! デュエルしようぜー!!」

 

 そして吹雪と小日向の友人関係への方針の違いが見え隠れする中、第三者こと十代の乱入に周囲の注目は、彼に集まることとなった。

 

 やがて、亮以外の面々から突き刺さる視線に固まる十代。

 

『なんだい。ボクの十代をジロジロ見るんじゃないよ』

 

「…………あっ、俺なんか邪魔しちゃった?」

 

「別に。話は済んだからかまわないわよ」

 

 だが、申し訳なさそうにする十代の心配は、興味を失ったような小日向の姿勢からなさそうである。

 

「今日も元気だね、十代くん! おや、万丈目くんは?」

 

「おう! 吹雪さんもな! アイツは、まだ昼飯食ってる!」

 

「そうかい。でも亮とのデュエルはちょっと待ってあげてくれないかな。今、良いところみたいだからさ」

 

 しかし、そうして元気よく挨拶し合う吹雪と十代だったが、亮の方をチラと見る吹雪の視線を追った十代は、亮と話す神崎を捉えた途端に今度は違う意味で固まった。

 

「…………また来てたんだ、ですね」

 

『偉いよ、十代! あんな奴が相手でも、それとなく対応できてる!!』

 

「まぁ、亮が今まで『リスペクトデュエルについて』語り合える相手は、殆どいなかったからね」

 

 そんな前回よりも大人な対応を見せる十代の姿勢を手放しで称賛するユベルを余所に、吹雪は空気を読んで亮の話題にシフトさせれば――

 

「兄さんたちは話せないの?」

 

「うーん、リスペクトを『極めたい』亮と違って、ボクらは『心得』だけで満足しちゃったから難しいかな?」

 

「ふーん、時間かかるのか?」

 

「ボクとしては、亮の気の済むまで話させて上げたいところだね」

 

 意外と熱量のある亮の専門的な(リスペクト)話に付いていけ、なおかつ付き合ってくれる人間の少なさを知る吹雪からすれば相手が「仕事なら応じる」なスタンスの神崎であっても、あまり邪魔したくなかった。

 

 とはいえ、デュエルする気で来た十代からすれば、ただ待つのは苦痛である。

 

「――じゃあ、小日向先輩、デュエルしようぜ!!」

 

「何が『じゃあ』なの? 吹雪に相手して貰いなさい」

 

「『同じ相手とばっかりじゃ、経験が偏る』ってクロノス先生に言われてさ!」

 

 結果、暇そうな小日向にデュエルを申し込む十代。露骨に嫌な顔をする小日向の言も、十代が休講のあった午前に吹雪とデュエルした以上、旗色は悪い。

 

「い・や、ハンデ抜きは1日以上、空けなきゃしない。アンタとは昨日デュエルしたから明日以降」

 

 しかし、旗色が悪かろうが、嫌なものは嫌と言えるのが彼女の強味であり困り種。予め決めたルールを盾にされたことで、十代は渋々引き下がる。

 

「ちぇー、ケチー」

 

「私は普通。何度も付き合ってる吹雪たちがサービス良いの」

 

「十だ――遊城くん、小日向先輩も準備期間の大切さを教えてくれているだけなのよ。ほら、プロだって試合ごとに期間が空くでしょう?」

 

『確かに忙しいプロでも1日で何連戦もするのは珍しいか……』

 

 とはいえ、小日向の定めたルールも理解できるとの明日香から説明されれば、ユベルと共に納得せざるを得まい。

 

「えっ、そうなの!?」

 

「違うけど。卒業間近にフォースから降格したくないし」

 

「――ええっ!?」

 

 そんなことはなかった。

 

『……こいつ本当にアカデミア最上位に格付けされた奴なのか?』

 

「卒業までの日数と候補生の人数を計算して、半分負けても問題ない回数に沿っただけ」

 

「は、栄えあるフォースの生徒が、そんな理由は良くないんじゃ――」

 

「卒業後の進路に影響するんだから当然じゃない」

 

 小日向の殊勝な心構えなど皆無な俗な理由に思わずうろたえる明日香だが――

 

「……? つまり俺たちとのハンデ抜きのデュエルで半分以上、負けると小日向先輩たちはフォースから降格しちゃうのか?」

 

『もしくは、こいつらは据え置き(フォースのまま)で十代が昇格するか……か。吹雪の奴、降格の可能性があるのに十代とのデュエルに、あんなにも付き合ってくれてたんだね』

 

 十代が頭を捻りながら浮かべた結論に、ユベルは吹雪の評価を二段階ほど上方修正する。

 

 亮が化け物過ぎて忘れがちだが、フォースの生徒とて他の寮と同様に降格の危機は存在するとなれば、小日向の方針も間違ってはいない。

 

 だが、真相は少しばかり違うのだ。

 

「何? 勝ち越せるつもりだったの?」

 

 それは自負――己が調子を崩さない頻度のデュエルであれば「負け越すことはない」との絶対の自信。

 

 そんな言外の挑発に十代の頬は思わず笑みに吊り上がった。

 

「――!! へへっ、ひょっとしたら勝ち越しちまうかもな」

 

「あっそう。精々、頑張んなさい」

 

 しかし、十代の挑戦的な視線も暖簾に腕押しの如く興味なさげに雑誌を眺めながらの片手間で返答する小日向の姿に、事の成り行きを見守っていた吹雪は無言で親指を立てた。

 

――なんだかんだで小日向くんも、十代くんたちに一目置いているんだね……う~ん、胸キュンポイント7点だ!

 

 

 

 

 

 かくして、ライバル意識を高めていた十代だったが、遂に待ち人が来たる。

 

「十代か。待たせてしまって済まないな」

 

「おっ! カイザー! 話、終わったのか?」

 

「ああ、今日もデュエルするんだろう? 俺も昨日のリベンジは果たしたかったところだ」

 

 彼らのような良い意味でデュエル馬鹿な2人が揃えば、自然な流れでデュエルの話が進み――

 

『おいおい、ハンデでお前のライフが8分の1になった勝負だったのに…………負けず嫌いな奴』

 

「だったら、今日も勝って上がったハンデを下げさせてやるぜ!!」

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 なんか、いつの間にか学園側からハンデを追加で増やされていた亮とのデュエルの幕がスムーズに開いた。

 

 

 

 

 

 そうして、亮のリスペクト談義から解放された神崎は――仕事柄、多少はリスペクトに通じているが、その道の求道者みたいな亮が相手では普通に精神的にしんどい為――疲弊を内心に押しとどめつつ、退却前に残りの面々に「挨拶だけでも」と歩み寄る。

 

 やがて、残りの面々の中で一番の先輩である小日向に会釈しながら切り出した。

 

「これは皆さん――かの高名なカイザーをお借りしてしまったようで本当に申し訳ない」

 

「いえ、お気になさらないで。彼も貴方との議論は有意義に感じているようですから」

 

「うわっ」

 

「おい、聞こえてんぞ、遊城」

 

「お、俺のターン!! ドロー!」

 

『外面のエグイ女だ……』

 

 しかし、小日向の外面っぷりに十代はデュエル中だというのに思わず声が漏れた。とはいえ、当人からにらまれた為、直ぐにデュエルに戻ったが。

 

 だが、神崎からすれば理解できる。これは一種の拒絶だと。「まだ信用してない」と言外に示しているのだろうことが見て取れよう。

 

 卒業直前の時期に変なサポート役のおっさんが来れば、そう反応するのもあながちおかしな話ではない。

 

「敬称などはお気になさらず。雇われの身ですので」

 

「ご謙遜を。そうだ――この後のご予定は?」

 

「藤原様より、ご要望がありましたので持ち帰り次第、其方に取り掛かりたいと考えております」

 

「そうでしたか。ではお引止めするのも――」

 

「――進学の話ならアスリンの相談に乗ってやってくれないかい!!」

 

 そんな具合でThe社交辞令で流そうとした小日向だったが、そんな彼女とは違い吹雪はオープンでウェルカムな性質だった。

 

「チッ…………では、私は胡蝶と用がありますので、後のことは吹雪にお願いしますね」

 

「えっ!? わたくしに!?」

 

「了承しました。お忙しいところお邪魔してしまったようで申し訳ない」

 

「では」

 

『あの女、丸投げしやがったよ』

 

 やがて全てが面倒になったのか、聞こえないように小さく舌打ちした小日向が1人で黙々と先のリスペクト談義を復習していた胡蝶 蘭をダシに退却していけば――

 

「やぁ、神崎さん! 先日振りだね! 改めて紹介するよ、我が妹――愛しのプリンセスのアスリンだ!」

 

――兄さん!?

 

 先程までの堅苦しい様相が一瞬で消し飛んだ。堅苦しければ良いと言うものではないが、逆に振り切れば良いってものでもない手本のような光景である。

 

「はい、お噂はかねがね」

 

「ボクとは、もっとラフで構わないよ! ボクらの将来の為に活動してくれるのなら、それはもはや運命共同体じゃないか!!」

 

「に、兄さん!?」

 

 だが、常識人よりの明日香からすれば気が気でない。兄が「ふざけすぎて降格」なんてことになれば目も当てられないだろう。

 

「心配し過ぎだよ、アスリン――『敬称は気にするな』と重ねて言われた以上、気にしない方にかじを切ることだって間違いじゃないのさ!!」

 

「はい、私としても堅苦しいのは苦手なもので」

 

「――だってさ!!」

 

――いや、でも限度ってものが……

 

「先日は挨拶もろくに出来ず失礼を。神崎と言います――確か、天上院 明日香様でしたよね?」

 

「あっ、どうも」

 

 やがて、吹雪の強い後押しにより、一先ずたわいもない挨拶をこなしていく両者。

 

「プロ行きだけでなく、進学に関しても良いお話をご提案できると自負しております」

 

「えっ、は、はい」

 

 しかし、そんな話の中で、明日香の中に最初に浮かんだのは僅かな違和感。

 

「入用があればお声掛けください」

 

「でも神崎さんは、フォースのサポートを担当されているんですよね? 私は候補生ですし……」

 

「候補生と言うことは、フォースに昇格される可能性が高い以上、事前の準備もありますので、先にご要望を把握するのが道理かと」

 

 やがて明日香は感じた違和感を確かめるように、それとなく探りを入れてみるが返ってくるのは常識的な内容ばかりだ。

 

「デュエルに関する教員を目指しておられるのなら、やはり進学先も相応のモノが求められますので」

 

――あれ? いや、でも……

 

 だが、此処で明日香の中の違和感の種から疑念が芽吹く、「誰かにアカデミア教員が己の夢だと話したっけ?」と。

 

 兄である吹雪を経由して聞いたのか? それとも教員たちが、それとなく察したのを把握したのか?

 

 答えは出ない。

 

「頼りになるだろう! なにを隠そう、コブラ校長が手ずから選んだサポーターだからね!」

 

 ただ、兄である吹雪は全面的に信頼している様子だけが視界に入る、その根拠が明日香には弱いように思えた。

 

 とはいえ、吹雪が全面的な信頼を置いているのは神崎ではなく、コブラの方である。ダークネスに囚われた藤原の事件でのことを思えば、それは吹雪の中では揺るがないものだ。

 

 しかし、その辺りの詳細な事情を知らされていない明日香からすれば、残念ながら決め手には弱い。

 

 ゆえに、明日香の目に映るのは――

 

「概要だけでも伝えて頂ければ、次回の来訪時までに用意しますので」

 

――ああ、なんとなくだけど十代がこの人を嫌う理由が分かった気がする。

 

 全てを見透かしたような物言いで、己が進むかもしれぬ全ての道を先回りして舗装するような男の姿だけだった。

 

 

 






会話の中で明日香は一度も「アカデミアの教員になりたい」とは言っていない。



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