マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
神崎の「軍事企業の幹部として死の商人やってた」という社会的評価において特大のマイナス。





第271話 片鱗

 

 

 

 フォースの面々からのパシ――要望を聞く立場となった神崎は、今日も今日とて元気にパシられていた。

 

 元KC社員との肩書もあって「契約方面に強いだろう」という小並感的な認識より亮から「自身のプロ契約の内容に問題ないか否か」などの確認を頼まれた神崎は快諾し、あっという間に日をまたぎ、向かい合う形で座して個人面談としゃれ込めば――

 

「一先ず丸藤様がプロ契約された各所から契約内容の最終確認を取って参りましたが――ほぼ白紙に戻す旨を確約して参りました」

 

「――!?」

 

 結果、契約内容が白紙になった。何を言っているのか分からねーと思うが(以下略)

 

「では詳細を――」

 

「ま、待ってください! 確かに、プロ契約の最終確認をお願いしましたが、卒業を間近に控えた今に、そんな横暴が許される訳が――」

 

 そんな常日頃の平静さが吹っ飛んだような有様の亮を無視して話を続けようとする神崎だが、安心して欲しい。ちゃんと事情はある。というか、なければコブラがキレる。

 

「丸藤様が他者へのリスペクトを重んじ、相手の要望を最大限叶えようとする姿勢は素晴らしいものですが、今回の場合は引き受けすぎです」

 

 それが丸藤 亮という人間の「人の良さ」だった。

 

「このままでは最悪の場合、丸藤様が潰れかねないとご説明させて頂いたところ、見直しの許可を貰えました」

 

 そう、丸藤 亮という人間は頼られれば最大限それに応えようとする。ただ、そこに「自分が多少無理をしてでも」との注釈が付くのが問題なのだが。

 

――原作では、エドに敗北した後の不調でも容赦なく試合に「出たor出させた」だったからな……丸藤 亮という人間の責任感の強さを思えば後者よりの前者(要請を断らない)だろうけど。

 

 内心で零す神崎の言う通り、原作でもプロになった亮は明らかに調子を崩している状態であっても目の前のデュエルに――周囲からの期待に応えようと無理をしていた節があった。

 

 だが、此処で当然の疑問が浮かぶ。「何故、周囲は止めようとしなかったのか」と。「止められない」なんて話はない。プロである以上、「試合が組まれなければ、公式戦など出来ない」のだから。

 

 とはいえ、真相は意外と簡単である。

 

「丸藤様がスポンサー側の要望を全て叶える必要は何処にもありません。彼らも『どの程度まで要求できるか』と擦り合わせも兼ねて多くの要望を提示している訳ですから」

 

 マネジメントする側からのダメ元で何気なく提示されるあらゆる要望に対し、亮が「プロはこういうものなのか」と全て応えて見せようと頑張ってしまった――情報を集めた神崎個人の見立てでは、そんなところだ。

 

 浅く言えば「世間知らず」と言ったところか。

 

「ですので、丸藤様は己の方針を常に伝えることを心掛けてください。企業間のやり取りにおいて『沈黙』は『文句がない』と同義ですので」

 

 それに加えて、丸藤 亮という人間は凄まじいまでに自分の状態を他者に語らない。死期を悟った猫か何かなくらいに表に出さない。

 

 原作でも「パーフェクトというある意味での限界」との悩みを抱えていたが、明かされた十代との卒業デュエルの最後の最後でポロっと零しただけだ。どう考えても、在学中に鮫島校長にでも相談すべき問題である。

 

 そうして、神崎からの説明を受けた亮だが、だからと言って「はい、そうですか」と引き下がる訳にはいかない。

 

「……事情は把握しました。俺が至らなかった面も理解できます――ですが、プロの看板を背負う身は、もう俺1人のものではないんです! 今、そんなこと(契約内容白紙)をすれば、どれだけの人間に迷惑がかかるか! 分からない貴方じゃないでしょう!」

 

「丸藤様の企業価値からなる需要を思えば、多少の我儘は相手側も十二分に許容する用意があることが伺えます」

 

 そう、この場において亮の発言は的を射ていた。

 

 普通に考えて、プロ活動目前でのちゃぶ台返しは企業側からすればブチ切れ案件以外の何物でもない。神崎の語る「許容」を優に逸脱した決定であろう。

 

 しかし、丸藤 亮という人間は「普通ではない」のだ。

 

――本来なら企業側の要望に沿わないプロは敬遠されがちだが…………彼は、金のなる木だからなぁ。

 

 前体制・現体制の両方に認められた文字通りアカデミアナンバー1の話題性。

 

 原作にて、イケメン大好き浜口ももえが太鼓判を押すルックス。

 

 この世界において知らぬ者はいない海馬 瀬人を思わせる技巧を交えたパワーファイトスタイル。

 

 デュエルキングにすら届きうる可能性を秘めたポテンシャルと期待感。

 

 これが「今の契約だと潰れるかも」「潰れたら状態問わずウチに頂戴(意訳)」などと「目利きで生きてきたような相手」に言われれば、流石に考える時間くらい取ろうとする。

 

 企業側が悪いとは言わない。丸藤 亮という人間の規格外の才能を正確に把握できる方法が限られているのが原因なのだから。

 

 運命を見通す力(当然、正位置ィ!)や、原作知識を持つ者(異物混入)のような理外の方法しかないのだから仕方のない話だ。

 

 

 ただ、そろそろ疑問に思うだろう。「こんな多方面に迷惑かけてまで神崎は何をこだわっているの?」と。此方の理由もシンプルである。

 

――衝撃増幅装置がご禁制になった以上、原作同様のヘル化ルートを歩むと普通に逮捕案件が生じるのが……頭が痛い。

 

 原作のように亮がイメチェンこと「ヘルカイザー亮」になり、そのまま原作通りに進んだ結果、「実の弟(丸藤 翔)を謎の機械で痛めつけたぜ!」されると困るのだ。

 

 もしも、そのルートを辿れば、「カイザー逮捕!」が新聞の一面を飾られることだろう。

 

 原作では言及されていない? 許されている?

 

 残念ながら歪んだ今の歴史内では許される道理はない。許されるならマリク(大量殺戮犯)は原作同様に無罪放免を勝ち取れていよう。

 

 閑話休題。

 

 やがて、「もっと我儘言っていいんだよ(意訳)」との言を受け、亮が素人目にも分かる問題が脳をチラつくからか決断に踏み切れない中、神崎は後押しするように宣言した。

 

「ご安心ください。丸藤様の懸念の解消も対応いたしておりますので」

 

「…………お互いをリスペクトしたより良い契約を交わせるのなら俺としても願ってもない話ですが――こんな急な変更、本当に大丈夫なんですか?」

 

「これも私の職務範囲ですから丸藤様はお気になさらずに」

 

――「大丈夫な訳ねぇだろうが!!」と現実を嘆いても、どうにもならないからな。

 

 そうして、恐る恐る「是」を返そうとする亮へ、ニコニコと安心させるように笑みが届くが、安心して欲しい。「面倒は全て此方で引き受ける」と神崎は相手側と約束したので微塵も大丈夫じゃない。だが――

 

 

 頑張ると褒められるのが子供の世界。

 

 頑張るのが当たり前なのが大人の世界なのだ。

 

 

 

 

 

 

 かくして、遠慮しがちな亮へ「もっと自分の要望いっぱい言え(意訳)」と掘り出すだけ掘り出した神崎は早速、仕事だとばかりに帰り支度を始める。

 

「丸藤様の要望は以上でよろしいですね? では、持ち帰り直接お伝えしてまいりますので今日は、この辺りで」

 

「待ってください。少し、話しませんか?」

 

「リスペクトのお話でしたら、その方面の教えに詳しい方をご紹介しましょうか? 多少覚えがある程度の私より、有意義なお時間を提供できるかと」

 

 だが、亮に呼び止められた為、言外に「これから忙しいんじゃボケェ!!」との副音声が聞こえそうなカチカチ文章を放つ神崎。

 

「すみません。言い方を変えます――少し、質問しても構いませんか?」

 

「はい、構いませんよ」

 

――急にどうしたんだろうか……

 

 とはいえ、思った以上に真面目な話っぽいゆえか手短に先を促せば――

 

「……何故、貴方は俺たちを避けているんですか?」

 

「どういうことでしょう? こうして会談の場は設けているつもりでしたが……」

 

 いまいち神崎にピンとこない話が振られる始末。

 

「いえ、『俺たち』です。フォースだけじゃなく、候補生……いや、アカデミアの生徒たち全体を含めてです――こうして話していても、未だに壁を感じる」

 

「壁……ですか」

 

 亮の言いたいことが未だに把握できない神崎は、相槌を交えつつ聞きに徹する他ない。

 

「初めて貴方と会った時に感じたのは『違和感』でした」

 

「確か……学園祭の時でしたね」

 

「そのデュエルで最初に感じたのは『楽しそうにデュエルする人』でしたが、同時に『その感情に蓋をしている』――どこか後ろめたさに似た壁がある印象を受けました」

 

――実際、楽しかったが……問題行動はなかった筈。

 

 そうして、語られるのは学園祭での変則ルールでのデュエル。終始サンドバック状態に片足を突っ込んでいた神崎だが、かのカイザー亮との一戦は楽しかった思い出しかない。

 

 蓋とか抜きに全力で楽しんでいただけに「後ろめたさ」などと言われても神崎も困ろう。

 

「それはコブラ校長から紹介を受け、『恐らく、あの時も仕事中だったから』だと考えていました。でも違った」

 

 しかし、亮はその時から今に至るまでの中で感じた己の直感を語り続ける。

 

「何を語っても、誰と話しても、貴方はずっと壁を作っていた」

 

 そして、リスペクトの教えより感じ取った答えが「壁」だった。

 

「学園祭の時のやり取りを見れば『友好的に振る舞うことは出来る』筈なのに、貴方は『意図的に他者と壁を作っている』ようで……それは俺が何度、語り合っても変わらなかった」

 

――リスペクト談義は、それ自体ではなく、その違和感を探ることが主目的だったのか。

 

 やがて、亮が神崎とリスペクトについて語らいの場を設けた本当の意図を把握する神崎へ――

 

「サポート役の仕事を考えれば、俺たちと友好的な関係を築くことはプラスな筈なのに、貴方は頑なに『それ』を避けている――何故ですか?」

 

 改めて放たれた先の問いかけに神崎は咄嗟に返す言葉を持たない。亮がおぼろげながらも輪郭を捉えている神崎の心の内の一点は、神崎が自分の中ですら抽象的で曖昧な部分である。

 

 即座に言語化できるような話ではない。何故なら「神崎自身にもよく分かっていない」のだから。

 

「俺たちに問題が――」

 

「――それはありません」

 

「……そうでしたか。なら、何故なんですか?」

 

 だが、亮たちが原因ではないとだけ神崎は核心を持って言える。そうして神崎の食い気味な否定を前に、亮は再び問いかけながらも自分の力量不足を嘆いた。

 

「学園祭のデュエルで全てをリスペクト出来ていたら、その正体も分かったのかもしれません……ですが今の未熟な俺では、それも叶いません」

 

――普通はリスペクトしても読心染みた真似は出来ない筈なんだけどな……武藤くんじゃあるまいし。

 

 しかし、神崎は人の心の機微を直に観測する(魂を観測する)力を持っている(冥界の王からぶんどった)だけに、亮の異常性の一端が否応なく目に入る。「デュエルで分かり合う」――この世界の人間にとって当然の常識(非常識)を。

 

「直に卒業のせいか、アカデミアに残る面々(の在校生)のことばかり考えてしまって……言い難いことなのかもしれませんが、答えて貰えると助かります」

 

 とはいえ、亮とて無理やり聞き出したい訳ではない。ただ、彼は心配なのだ。

 

 十代と神崎に何らかの確執があることは容易に見て取れ、なおかつ十代はともかくサポート役の立場である神崎も「その状態を改善する気がない」となれば自分が卒業した後に何かトラブルに発展するのではないか、と。

 

「申し訳ありません。何分、急なお話の為、私自身にも実感が伴っておらず、明瞭な答えを提示することが出来ない次第で」

 

「いえ、気にしないでください。貴方にも事情があってのことは理解しているつもりです」

 

 やがて、予想していた返答を前に亮は、相手の内面への一歩を踏み出した事実を謝罪し、この場はお開きとなる。

 

「……では本日は失礼させて頂きます」

 

 そうして、立ち去った神崎の胸中には得体のしれぬ感覚が残っていた。

 

 

 初めてかもしれない。

 

 

 他者に対し、こうも明確に苦手意識を持ったのは。武藤 遊戯の一件でさえ、此処までではなかったのだから。

 

 

 ゆえに神崎は少々気味の悪さを感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 だが、これは皆がお前に抱いている感覚である。覚えろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レッド寮近くの広場にて、1つのデュエルが始まろうとしていた。

 

「先攻はくれてやるっス!」

 

「っ!? 立ち上がりが遅いお前のデッキが先攻を捨てるだと!?」

 

「ふっふっふ……僕、知ってるんスよ! 慕谷くんのデッキが先攻することないって! 勝負は始まる前に始まってるっス!」

 

 先攻・後攻の選択権を得た翔は、冴えわたる己の頭脳を見せ付けるような理論武装を対戦相手の慕谷に向けるが――

 

「くっ……丸藤の癖に生意気な――だが、一体いつの話をしている! 《烈風の結界像》を召喚!! そして5枚の装備魔法を装備しパワーアップだ!!」

 

 通常ドローから繰り出された深緑の膝をついたガルーダの石像に剣やら杖やらがぶっ刺さっていく光景を余所に翔は強気な笑みを浮かべた。

 

「前の試験の時みたいな手札事故は避けられたみたいっスけど、結局いつも通りの布陣っスね! 攻撃力がどんなに高くても攻撃できない1ターン目なら脅威じゃないっス!」

 

「そいつは、どうかな? 《烈風の結界像》が存在する限り、お互いに風属性以外の特殊召喚は叶わない!!」

 

「――!?」

 

 しかし、翔の余裕は呆気なく霧散することとなる。

 

「気が付いたな! そう! 特殊召喚なしでパワーアップしたコイツを突破できるロイドはいまい! ターンエンド!!」

 

 そう、《烈風の結界像》の効果と翔のロイドたちは相性が酷く悪い。「何故かピンポイントで風属性をハブる」傾向のあるロイドにとって鬼門とも言えるモンスターだろう。

 

「ま、拙いっス……ぼ、僕のターン、ドロー!  あっ――魔法カード《闇の護封剣》発動! これで相手モンスターを全て裏守備表示にするっス!」

 

「ちょ、おまっ!?」

 

 だが、天より降り注いだ幾重もの闇色の光の剣が慕谷の元に降り注げば、《烈風の結界像》はパタリとカードの裏側に消え、刺さっていた武器こと装備カードだけが周囲にカランと虚しい音を立てて散らばって砕けた。

 

「はーはっはー! これで装備魔法は一掃! コンボ用のカードが上手くハマったっスね! 後は――」

 

 相手の守備表示モンスターに作用するカードが多い特色のある「ロイド」のサポートに――との採用だったが、思わぬ形で窮地を脱した翔は、早速とばかりにデッキを回しつつ融合召喚を敢行。

 

「融合召喚! 《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》!! そして、効果発動っス! 相手のモンスターを装着!!」

 

「ま、拙い!? これで貫通と全体攻撃能力が――」

 

 いつもの合体シークエンスを得て、人型機動戦士が大地を揺らしながら着地する。そして、当然、その力が慕谷が従える《烈風の結界像》を襲った。

 

 

 かに思えたが、《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》は腕を組み仁王立ちのまま動かない。

 

 やがて、完全に沈黙したかのように微動だにしない《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》の姿に、遅れて違和感を覚えた翔が振り返るが――

 

「…………あれ?」 

 

「はい! プレイミス1ぃー!」

 

 途端に響いた慕谷が指をさして叫ぶ声に、翔は慌てて弁明に奔る。

 

「こ、これは違うっス! きっと慕谷くんの方の問題っス!」

 

「手札を使い切った俺に、そんな余地があると思うか?」

 

「じゃあ何でだろ? おっかしいっスねー、デュエルディスクの故障っスか?」

 

 しかし、翔の予想は残念ながら当人によって否定され、まさかの可能性に自分のデュエルディスクを太陽にかざすように見やる他ない。

 

「そんなピンポイントな……大人しく自分のプレミを認めろって」

 

「失礼っスね! 今回はちゃんと確認して臨んでるっス! ほら! ステルス・ユニオンのテキストにも『相手の機械族以外を装備』って書いて――ひょっとして、機械族だったりするんスか?」

 

「いや、《烈風の結界像》は鳥獣族だぞ」

 

「その見た目で!?」

 

 やがて、今回のデュエルの目的である「プレイミスしたらその場で確認」を慕谷と再考するも話題はおかしな方向にズレたりズレなかったり。

 

「なんか鳥獣的な意味があんだよ、知らんけど。取り敢えず、一旦デュエル中断して調べてみようぜ。どーせ、いつもみたいになんか見落としてんだろ」

 

「とほほ、今度こそ大丈夫だと思ったんスけどね……」

 

 かくして、自分たちの知恵ではらちが明かぬと、一時デュエルを中断した2人は用意していた教科書やら授業のノートや採点済みの課題を並べて《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》が仁王立ちする中、うんうん悩み始めることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、そんな2人のデュエルを離れた場所から眺めていた神崎は、内心でひとりごちる。

 

――やっぱり幾らデュエルを見ても、相手の心の内なんて分からないよな。

 

 帰路につく中で偶然見かけたデュエルの様子に「デュエルを見て相手の心を理解する」亮の真似事をしてみたが、残念ながら神崎には叶わなかった様子。

 

 心を観測する術を手にした身ゆえに、デュエルの腕は一級品であれども特別な力を何一つ持たない亮の離れ業は神崎にとって、ただただ異様に映る理解できない代物だった。

 

――まぁ、丸藤 亮は直に卒業な以上、プロ活動の忙しさを思えば早々会うこともないだろう。

 

「怖いなぁ」

 

――しかし、結界像ビートとは……旧体制定番の攻撃力至上主義の片鱗ェ……

 

「何をなさっているので?」

 

 やがて、神崎の何気ない呟きと共にその思考が原作からの殆ど情報がない(モブ生徒)の慕谷のデッキ内容に逸れていく中、背後から響いた声に神崎は振り返りながら会釈する。

 

「これは佐藤教諭――今日は面談と、ご依頼の品を届けた帰りにデュエルされている光景が見えたので見学を」

 

「ああ、天上院くんの件の。しかし、タイミングが悪い。彼女は友人らと島外に出かけているそうですよ」

 

「だからです」

 

「……というと?」

 

「どうにも生徒たちに不信感を抱かれているようなので、接触は極力避けさせて頂いています。余計なトラブルは避けるべきでしょう?」

 

 そうして、元同僚こと佐藤とジャブ代わりのたわいのない世間話に花を咲かせるが、続いた神崎の定型文に対する佐藤の返答は沈黙。その視線に些か呆れの色が見えるのは気のせいではあるまい。

 

 だが、秘密主義からなる排他主義を咎められても返答に困る神崎は話題を変えるべく逆に問いかけた。

 

「其方は見回りですか?」

 

「ええ、自らの力で励む彼らに余計な口出しをされては困りますから。貴方のやり方は彼らには些か毒だ」

 

――そ、そうなんだ……

 

 しかし、返って来たのは中々に皮肉の効いた言葉。KC時代から佐藤の言葉は凡そ皮肉の気が強いが教師になった今も相変わらずのようである。

 

 とはいえ、今回の場合は結構、真面目な話だ。KCにて神崎が行った「強いカードを使わせれば(環境デッキを握れば)良い」は、ことアカデミアにおいて有効とは言い難い。

 

「強力なカードにばかり主眼を置けば、行きつく先は多様性を失ったデッキ分布。そしてプレイングを突き詰め終えれば、個を区分しうる残りは『元々の素養の差』だけ」

 

 なにせ、遊戯王ワールドはドロー力の概念がある世界だ。同じような環境デッキ同士で戦えば、その差は残酷なまでに突き付けられる。パワーカードで諸々の問題を解決できるのなら神崎は今頃、デュエルキングであろう。

 

 その辺りを過去の羽蛾も察したゆえに、多くのカードをアヌビス経由で神崎に返している。

 

――耳の痛い話。「一強環境」なんて話もあったもんな……

 

「そして、なにより『カードを取捨選択する判断能力』を著しく奪う。強力なカードが規制される度に貴方が彼らの面倒を見ると言うのなら話は別ですがね」

 

 更に、いつぞやのクロノスも語ったことだが、生徒の未来はアカデミアを去った後も続く以上、いつまでも学園のサポートが受け続けられる訳ではないのだ。

 

「これが貴方のやり方の限界だ。仮に、それらの問題をクリアしたとして、その終着点が彼――いや、アレと言うべきでしょうか」

 

 そうして、思いのほか熱く語って並べた佐藤が大きく息を吐く。なにせ、佐藤は知っていた。神崎が推したシステムを忠実に沿って()()()()存在を。

 

「客受けも悪ければ、相手への敬意も希薄。加えて社会性の欠片もない」

 

 あんな有様のデュエリストがアカデミアから羽ばたいたとなれば、予想される問題は星の数。

 

「まだ弱者をいたぶって、楽しんでいる方が可愛げがあるでしょう」

 

――お、おう……しかしアクターが、こうもボロクソに言われているのは新鮮。基本「デュエルが強い」がそのまま人物像の評価に直結していた様相だったのに。

 

「珍しいですね。貴方が『こう』も感情的に語られるなんて」

 

「失礼。少し苛立っていたのかもしれません」

 

 だが、此処でせきを切ったように語る佐藤に内心で圧倒されていた神崎からの言葉に、佐藤は己の手の中の紙束へと僅かに視線を落とした。

 

――原作でも形はどうあれ教育に熱心な人だったもんな……話題を変えた方が良いか。

 

「彼らは昇格できそうですか?」

 

 やがて、思った以上に消沈した佐藤の反応に神崎は気を逸らさせるように翔たちの方を見やれば――

 

 

 

「これ、裏側守備表示だからダメなんじゃないか?」

 

「えぇ~! 絶対、違うっスよー! それならテキストに『表側表示のモンスター』って記載されてる筈っス! ステルス・ユニオンのテキストにはないっスよ!」

 

「……確かに、そうか」

 

 

 

 いまいちリアクションに困る進歩具合である。仁王立ちする《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》が動けるのは、暫し時間がかかりそうだ。

 

「貴方ご自慢の目から見ればどうですか?」

 

――そう言われても原作と評価基準が何もかも違い過ぎて正直、分からないんですが……

 

 それは佐藤も同じだったのか問い返されるも、神崎の内心通り「自慢の目利き」の根源が原作知識である以上、答えに困り笑顔で逡巡する他ない。

 

「昔の貴方の言葉を借りるのなら、彼らは『落ちているかもしれないゴミを探す者』辺りかと。懸命に奮闘する姿は好ましいと思います」

 

 そして、一拍おいて神崎が語ったのは原作での佐藤が語った「ゴミが落ちているのに気付いて拾わない者と、気付かずに拾わない者。さて、どちらが悪い?」との問いかけを意識したもの。

 

 これは「ゴミに気付かなければ永遠に拾う機会がない」ゆえに「無知は悪」との佐藤の主張なのだが、今回の神崎の場合は「気付こうと頑張ってはいる」点を評価した形だ。

 

 しかし、そんな神崎の答えを予想していたのか、佐藤は手元の紙の束を神崎が見える位置に上げながら冷たく言い放つ。

 

「ならば、此方の面々は『落ちているゴミに気づいた上で、拾わない理由を探し続けている者』辺りでしょうか」

 

――「転入届」……そういえば1年の終わりにレッドから昇格できなければ強制退学だったか。

 

 そして己の視界に入った紙の束の内容に神崎は、佐藤の苛立ちの正体をなんとなしに把握した。

 

 そう、卒業デュエルが間近に迫った今の時期、レッド生徒の幾ばくかは諦めてしまったことが見て取れる。更に、それが佐藤にとって「怠惰」に映っていることも。ただ――

 

「誰しもが理想通りに振る舞える訳ではないかと」

 

「かもしれません。ただ、この時期になるとふと考えてしまう」

 

 理想よりも現実を重んじてきた神崎の声に、佐藤は反論することなく同意してみせた。しかし、それでも佐藤は教育者の端くれとして考えざるを得ない。

 

「ゴミが落ちているのに気付いて拾わない者と、気付かずに拾わない者」

 

 生徒を教え導くのが教師の使命。だが――

 

「今の私は知らぬ間に『気付かない側』に立っているのかもしれない、と」

 

 こうして生徒の怠惰を嘆く己が、ただ教え導いた気になっているだけなのかもしれない、と。

 

 

 そう語る佐藤の背は、どこか寂し気に見えた。

 

 

 

 

 

――そう考えられている内は大丈夫だと思うが……そういう話じゃないんだろうな。

 

 そして、神崎もまた、そう思いつつも言葉には出せない。

 

 教育の専門家ではない神崎の無根拠な励ましなど、佐藤には何の慰めにもならないことが容易に察せられよう。

 

 

 







Q:カイザーって、そんな第六感(シックスセンス)みたいなのあるの?

A:原作のVS十代の卒業デュエルにて、十代と謎空間で語り合った実績がある。



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