マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
海馬「モンスターではない! カァミィだ!!」

剛地帝グランマーグ「あれ? 俺は?」




第54話 決闘者、三ターン会わざれば刮目して見よ!

 今回のデュエルをモニターしていたモクバは兄の勝利にその兄の元へと駆け出していき、その勝利を祝う。

 

「やったね! 兄サマ!」

 

「お見事です! 海馬社長! 凄まじいエネルギーでしたぞ!」

 

 何時の間にやらモクバに追従していたツバインシュタイン博士もそれにならうが――

 

 

 

「何が見事なものかっ!!! こんなもの……こんな勝利など俺は認めん!!」

 

 怒声と共に拳を壁に叩きつけた海馬によってその賛辞は掻き消された。

 

 思わず驚きで固まるモクバとツバインシュタイン博士。

 

 

 もし最後の攻撃が強大な力を持つ神のカード《オベリスクの巨神兵》ではなかったら、そう考えた海馬は叫ぶ。

 

「こんなもの! 神の力で勝ったに過ぎん!」

 

 あれだけの手札があれば別のキーカードを引いて逆転できていたであろうと考えられるが、海馬が納得できるかは別であった。

 

 

 海馬は今回デュエルロボで再現させたデュエリスト(アクター)の知りえる情報を頭に並べていく。

 

――役者(アクター)。相手によってデッキを変えあらゆる戦術に対応する裏世界で名の知れた虚構のデュエリスト。

 

 ちなみに「役者(アクター)」と呼ばれ始めたのは最近である。

 

 

 だがその存在は海馬が幼少の頃に、モクバと《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)》を夢見ていた時代から存在している。

 

 傍から見れば「歴戦のデュエリスト」と言っても過言ではない――()()()()()()だが……

 

 

 海馬は幼少の頃に剛三郎から聞き及んでいた情報も交え思考を加速させる。

 

――ヤツを構成するものは何もかもが、その名すら周りが勝手に付けたモノ。

 

 今回の海馬の苦い勝利も他者に再現させた役の一つを倒したに過ぎない。実物ならもっと楽に倒せそうなことなど海馬は知る由もない。

 

 

 海馬はさらに深く思考の海に沈む。

 

――そのデッキは全てワンオフ(専用構築)。デュエリストの数だけヤツの(デッキ)がある。

 

 だが思考の海に沈む海馬にある疑問が浮かんだ。

 

――あの()デッキは俺に対策したデッキ()だったか?

 

 あくまでデュエルロボがデュエルデータを元に再現したデッキだが、そのデュエルデータを持ってきたのは他ならぬ神崎である。

 

 ならば海馬のデッキに対応したデュエルデータを用意することなど神崎には簡単なことの筈だった。

 

 それにも関わらず海馬のデッキは確かに苦戦を強いられたが問題なく機能していた。

 

 

 ゆえによく考えてみればあの()デッキが海馬瀬人用にカスタマイズされたものではないことは明白である。

 

 

 そして「薙ぎ倒して見せろ」と言わんばかりに並べられた「帝」たち。

 

 そこに海馬は神崎の「神のカードを使って見せろ」という意思が見て取れた。

 

 

 つまり神崎が用意した役者(アクター)は海馬自身を見据えたものではなく「神のカード」を見据えただけのものだと海馬は確信する。

 

 

 なお誤解である。使用頻度などから明かしても問題なさそうなデッキがチョイスされただけだ。

 

 

 だがそうとは知らない海馬は屈辱に怒りを燃やす。

 

「ふざけたマネを……」

 

 海馬は先程の自身の言葉を撤回する。「神の力で勝ったに過ぎない」――違う。

 

 このデュエルをセッティングした神崎は「神の力さえ見れれば勝敗など、どうでもよかった」のだ。

 

 海馬のその推測はあながち間違ってはいない。だがあくまで「神の効果」を知りたかっただけであるのだが。

 

 そんなデュエリストの誇りすらも興味はないと言いたげな有様に海馬は屈辱に歯を食いしばる。

 

 その事実も海馬を苛立たせているのだが、それよりも神崎の思惑にまんまと乗ってしまった己自身にこそ苛立つ。

 

 

 実際にそんな思惑などないと神崎が言っても信じてくれそうにない。

 

 

 そして海馬は壁に叩きつけた拳を握りしめ、絞り出すように呟く。

 

「まだ足りん……まだ俺には足りんのだ……」

 

 

 遊戯と再び戦うのなら今のままではダメだと海馬は考える。

 

 今の状況を作り上げた下らない思惑全てを吹き飛ばす力――今以上の究極の力を超えたその先の力が必要だと。

 

 これ以上、後れを取るなど海馬には許容できそうにもなかった。

 

 

 海馬の瞳に危険な色がドロリと混ざる。

 

 

 だがそんな誰も寄せ付けぬ程の怒りを放つ海馬に近づくモクバ。

 

「兄サマ、安心して……兄サマならきっとそこに辿り着けるから……」

 

 そう言って海馬の壁に叩きつけられた拳にモクバはハンカチをそっと巻いていく。

 

 

 そのモクバの海馬を安心させようとする言葉に海馬の頭は一気に冷えた。瞳の濁りもアッサリ消える。

 

「……スマンなモクバ。どうやら俺は焦っていたようだ」

 

「ううん、気にしないで! 俺はいつでも兄サマの力になるから!」

 

 モクバはペガサス島で遊戯が「友情の力で勝った」と言っていたことを思い出す。

 

 兄である海馬は望んでいないかもしれなかったが、次は自分たちの「兄弟の結束の力」で遊戯たちに勝って見せると意気込んでいた。

 

 

 

「ふぅん、ならばデッキの見直しだ。モクバ、お前の意見も聞かせてくれ」

 

 いつのまにやら精神的に成長しているモクバの姿を感じ取った海馬は嬉しそうに鼻を鳴らし、社長室へと歩を進めていく。

 

「えっ!? 俺の! うん! 俺、精一杯頑張るよ!」

 

 そんな「(海馬)から頼られた」事実にモクバは歓喜の感情と共に慌ててその後を追いかけた。

 

 

 

 後に残されたのは神の攻撃の余波でボロボロになった一室と粉微塵に砕けたデュエルロボ、そして呆然とするツバインシュタイン博士のみである。

 

「……もしかしなくても、この惨状は私が後始末をつけるのでしょうか?」

 

 そんなツバインシュタイン博士の空しげな言葉が響く。

 

 だがその後、肩を竦めてデュエルロボの残骸に足を進めるツバインシュタイン博士。

 

「やれやれ……機材はほぼ全滅ですな。ですが被害はメインコンピュータまでには達していないようで問題なしと。予めここのシステムを独立させて置いて正解でしたな。そして――」

 

 壊れた機材の残骸から情報を集め、被害状況を確認したツバインシュタイン博士はこれならば後は部下に任せればいいと考え、自身は目当てのものを捜す。 

 

「――よっと!」

 

 そしてデュエルロボの残骸を掻き分け、その内部から丈夫そうな箱を引き抜いた。

 

 だがその箱は神の一撃により歪に変形している。しかしツバインシュタイン博士は気にせずその変形した箱の隙間から中身の様子を確認して――

 

「ふむふむ、中身は無事のようで安心、安心。また『復元』する二度手間にならなくてよかった」

 

 箱の中の蒼く光る「中身」に満足そうに頬を歪めるツバインシュタイン博士。

 

「フフフ……()()()()()()()

 

 そして部下に後片付けの指示をした後、その「中身」を大事に抱え、研究所(自身の城)へとスキップするように帰っていった。

 

 

 きっと素晴らしい研究材料(おもちゃ)になるとほくそ笑みながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある海の底――深海の世界。そこで漂う「生身」の一人の男がいた。

 

――バトルシティの件はどうしたものか……

 

 海の底で考えを巡らせるのは神崎。

 

 さすがに色々なことが立て続けに起こったゆえに考えを纏めつつ、落ち着くために深海の世界に来ていた。

 

 

 何故こんなところにいるのかというと、一旦落ち着くついでに「心を鍛える」ためである。

 

 

 まず「心を鍛える」にはどうすれば良いか考えた結果、生存が厳しい場所で過ごすことを神崎は思いついたのである。

 

 だが「冥界の王の力」のせいか無駄に頑丈になってしまった神崎の身体に負荷がかかる場所はそう多くはなかった。ゆえの深海。

 

 

 しかし当初は身体を締め付ける水圧やその一寸先すら見えない暗闇を恐れたものだが、今では慣れたせいか逆にその静けさとも言うべきものがリラックスに一役買う始末。

 

 

 それゆえに新たな「心を鍛える」場所も考えなければならなかった。

 

――他となると……大気圏外?

 

 この男はどこに向かっているのだろう……

 

 

 

 そしてそろそろKCに戻らねばならない時間が迫ってきた。

 

 しかし諸々の問題全てに効果的な解決策を見いだせた訳ではない。

 

――バトルシティ開催の件、謎のデュエリスト(笑)こと役者(アクター)としてどう立ち回るか……

 

――グールズへの対処の変更を余儀なくされた今の状況

 

――神のカードのヒエラティックテキストの解読はどこまで進んでいるだろうか?

 

――ああ、それに頼まれたデュエル指導の件も次のステップに進めないと

 

 考えることは山積みである。

 

 

 だがまずは地上に戻ろうと、潜水艦よろしく浮上する神崎。

 

 

 その後、海に巨大な水柱が立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あくる日、KCの一室で5人のおっさんが神崎の呼び出しの願いを受けて集まっていた。

 

 そのおっさんたちは皆さんご存知の通り「BIG5」。

 

 神崎によってバトルシティでの大会運営に対して力を貸して頂くべく集まってもらったのである。

 

「今回はお忙しいところわざわざ集まって頂き、感謝の言葉もありません」

 

 初めに礼を尽くす神崎。

 

 呼んでおいてなんだが神崎は5人全員来てくれるとは思っていなかった。

 

 そんな神崎に笑いながら気にするなと乃亜編の《深海の戦士》でお馴染み企業買収のスペシャリスト、大下 幸之助が口火を切る。

 

「ハッハッハ! 神崎、君が我々に頼ってくるとは珍しいこともあるものだ。なに、責めているわけではない――我々は君に何かと便宜を図ってもらった身だ。なんでも言ってくれて構わない」

 

「お気遣い痛み入ります。今回は近々行われる大会運営の件でして――」

 

 BIG5の好感触にさらに感謝の意を込める神崎。そして要件を話す。

 

 その要件に乃亜編の《サイコ・ショッカー》でお馴染みの社長の元側近である大門小五郎が記憶を巡らせる。

 

「海馬社長が参加者としてエントリーする話が出ているアレ(バトルシティ)か」

 

 その大門の言葉に乃亜編の《ジャッジ・マン》でお馴染み顧問弁護士の大岡 筑前が眼鏡の位置を直しながら合点がいったと納得を見せる。

 

「なるほど、話が見えてきましたね――君はグールズの対策にも追われている身。さすがに大会運営を全てこなすのは厳しいでしょう」

 

「はい、お恥ずかしながらその通りです。今回は是非ともご力添えを頂きたい所存です」

 

 神崎はそう言いながら大会に関する情報をBIG5に提示していく。

 

 その情報を眺めながら乃亜編の《ペンギン・ナイトメア》でお馴染み、人事の取り纏め役、大瀧 修三が提示された情報に目を通しつつ、その出来を確認していく。

 

「ふむふむ、大まかな中身はすでに出来ているようですねぇ」

 

 その言葉に乃亜編の《機械軍曹》でお馴染み、今はデュエルリング及びディスク工場長、大田宗一郎が分かりやすい問題点をピックアップ。

 

「となると後は大会と言う製品を組み立てることだけか……問題なのは人手と期限か」

 

 

 そして始まる討論会。今回の一件にBIG5はやる気を漲らせていた。

 

 

 過去の剛三郎時代から何かとBIG5は神崎が持ってきた話に乗らせてもらい名声を得てきた。

 

 実際は神崎が名声に興味もなかったこともあるが、それよりも大きな案件に自身の名が乗ることでイリアステルにマークされるのを神崎が恐れたためだ。

 

 

 さらには海馬瀬人が新たな社長に就任した後、BIG5を冷遇した海馬瀬人との間に神崎は立ち、BIG5たちのそれぞれの生きがいを守ってもらった恩もある。

 

 

 今まで受けてきた恩義を僅かでも返す機会が来たのだとBIG5はその老婆心とも言うべき感情に突き動かされていた。

 

 

 だがとうの神崎はBIG5の凄まじいまでの協力する姿勢に若干引き気味だった。

 

 ここまで手を貸してくれることは予想外だったようである。

 

 

 

 そして激論が終わり――

 

「資金繰りの件は私がどうにかしよう。何、これでも顔は広い方だ。問題はない」

 

 《深海の戦士》の人こと大下がまとめた資料をパラパラとめくりながら自信たっぷりに宣言し、

 

「テレビ中継などの情報発信は私に任せてもらいますよぉ。キャスティングは――ぐふふ」

 

 《ペンギン・ナイトメア》の人こと大瀧はキャスティングに心躍らせ、

 

「大会の参加賞である『デュエルディスク』の量産は安心してくれ、今のペースなら何も問題はない。後は監視システムの問題だな――早急に問題点を洗い出そう」

 

 《機械軍曹》の人こと大田は任せて置けと親指を立て、

 

「童実野町、および各種方面の手続きは任せてください――いらぬ邪魔が入らぬように徹底しておきますよぉ」

 

 《ジャッジ・マン》の人こと大岡はニヤリと笑いながら眼鏡をギラリと光らせ、

 

「全体の指揮を執る乃亜様のサポートは任せてくれ、この手のモノは慣れたものだ」

 

 《サイコ・ショッカー》の人こと大門がそう締めくくった。

 

 

 そうしてBIG5たちはバトルシティという作品を組み立てるため解散していく。

 

 

 そんな中で頭を下げ見送る神崎はつい考える。

 

――何故こんなにも好感度が高いんだ……

 

 未だに予想外のBIG5たちの反応から立ち直ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 こうしてバトルシティの情報は世を駆け抜けていく――様々な思惑を乗せて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある荒れ果てた海。

 

 その海は豪華客船を呑み込み絶対的な「自然」の脅威を乗客に与える。

 

 そんな海の中でもがく少年。

 

 少年は足掻く。両親が、弟が、妹がこの荒れ狂う波に呑み込まれたのだ。

 

 少年は足掻く。「助けなければ」と、己が助けられる立場なのだと言うことも忘れて。

 

 少年は足掻く。身体が鉛のように重かった。瞼も重くなっていき、意識もそれに続くように遠ざかっていく。

 

 少年は足掻く。だがその心に「絶望」が見え始めていた。

 

 

 

 だが少年の身体は少しの浮遊感と共に嵐から逃れる。

 

 今の少年に感じられるのは大きな背中と力強い人の温もり、そしてすぐ間近で感じられる多くの人の気配。

 

 

 そして軽い衝撃ともいえない感覚と共に地面へと下ろされるその少年を含めた人「たち」。

 

 毛布にくるまれる少年。周囲からはさらに多くの人間の喧騒が聞こえる。

 

 どうやら船の上のようだった。

 

 少年は助かったのだ。

 

 

 だが少年はもうろうとする意識の中、顔も分からぬ大きな背の男に手を伸ばす。

 

「まだ……弟と妹が……ジュリアンとソニアが……それに――」

 

 両親のことを続けようとした少年の伸ばした手には目もくれず男は近くでカード片手に何やら話している青年に尋ねる。

 

「ギース、次のポイントは?」

 

「あちらになります。ナビは必要でしょうか?」

 

 青年、ギースは大雑把なポイントを指し示す。

 

 そのギースの背に何やら揺らめく影が見えた少年――この時の少年は気付かなかったがそれはカードの精霊。その精霊が動きを見せる。

 

 だが――

 

「必要ありません。今見えました――ナビは引き続き他の者に回して下さい」

 

 男は海水で濡れたスーツなど気にもせずに足に力を込めた素振りを見せる――その途端に少年の視界から男の姿は掻き消えた。

 

 

 そして医療スタッフらしき人間に奥へと運び込まれる少年だったが衰弱した身体で弱々しい抵抗を見せる。

 

 少年は家族の安否が気がかりだった。

 

 

 非常時ゆえに力を込めて運び出そうとしていた医療スタッフだが少年の身体はビクともしない。まるで不可視の何かが邪魔をするように。

 

 

「おい、そこのキミ――何をしている。それは彼の為にはならない。止めるんだ」

 

 ギースは少年の後ろの何もない空間に話しかけている。

 

 すると何故か少年の先程の抵抗がなんだったのかと言うほどに医療スタッフにヒョイと抱え上げられた。

 

「待って……下さい……家族の――」

 

 せめて家族の安否を知ろうとした少年の意思と共に医療スタッフはまたもや不可思議な何かに動きを阻害される。

 

 

 それを見たギースは面倒なことになったと今現在の救助者のリストをめくりつつ医療スタッフに願い出る。

 

「無自覚か……すまないが彼の処置は私がしておこう。下手に『力』で暴れられても面倒だ。君は他を頼む」

 

 医療スタッフは少年をギースの傍に置いた後、慌ただしく他の救助者の元に戻っていった。

 

 

 そしてギースは少年の背後――誰もいないはずの空間に話しかける。

 

「彼の願いはこちらで調べよう。キミはそこで大人しくしておいてくれ、キミの力は大きすぎる――制御できない力など救助の邪魔になりかねん」

 

 その後、パラパラと救助者リストを見終えたギースは溜息を吐く。少年にとって酷な答えだったゆえに。

 

「すまないが今の所、君のご家族は――」

 

 

 だがギースが言い切る前に先程の男が多くの人間を器用に抱え、少年の前に着地する。

 

 そして先程の少年を含めた人たちと同じように医療スタッフが救助された人を運び出し始めた。

 

「ジュリアン! ソニア! 父さん! 母さん!」

 

 その救助された人の中に少年の家族はいた。少年は安堵する。

 

「ありが、とう……ございます。本当に――」

 

 弱々しい少年の感謝の言葉にも耳を貸さず、大きな背の男は先程と同じようにギースに尋ねる。

 

「ギース、次です」

 

「次はあちらです。ですがそろそろ一度お休みになられた方が……」

 

 ギースは先程とは違うポイントを指し示す。

 

 そして救助活動を始めてから休みなく海へと救助に向かう大きな背の男にギースは忠告するが――

 

「問題ありません」

 

 そんな短い言葉と共に男の姿は海に消えていく。

 

「本当に……ありがとう、ございま――」

 

 そして弱々しく感謝の言葉を繰り返し告げる少年の意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして「レ」型のもみあげが特徴の金髪の青年、ラフェールは目を覚ます。

 

「――夢か……この夢を見るのも久々だな」

 

 先程の海難事故の様相は全て過去にラフェールが体験したもの、今でもラフェールはあの日の出来事を夢に見る。

 

 だが悪夢ではない。

 

 

 ラフェールは壁に掛けられた1枚の額縁に入った写真を手に取る。

 

 その写真はラフェールを中心に弟と妹が両隣りに立ち、その後ろに両親と共に皆笑顔で写っている。

 

 それは「最近」になってラフェールが御家の当主として認められた祝いに家族みんなで撮った写真。

 

 

 あの事故でたしかにラフェールは無力と絶望を味わった。

 

 だが救いの手により引き上げられた結果、ラフェールにとって悪夢たる要因はほとんどなく、懐かしき過去の思い出である。

 

 

「忘れるわけがないさ。お前たち(カードの精霊)の姿をおぼろげながら認識できた日でもある」

 

 そう言って壁に写真を戻すラフェール。

 

 そのラフェールの隣にはネイティブアメリカン風の民族衣装に鳥の被り物を被った白い羽をもつカードの精霊《ガーディアン・エアトス》がその写真を慈しむようにそっと撫でる。

 

「もっとも完全に見えるようになるまで時間がかかってしまったがな――結果的にお前たちを待たせてしまった……」

 

 そう申し訳なさそうに話すラフェールを人魚のようなカードの精霊《ガーディアン・ケースト》が宙に浮きながら手に持つ杖《静寂のロッド-ケースト》でラフェールの背中を軽くつつく。

 

 まるで「それは言わない約束」とでも言いたげだ。

 

「すまない――どうも昔を思い出してしまってな」

 

 そう過去を思い出し笑うラフェールに恐竜人間とでも言うべき姿のカードの精霊《ガーディアン・グラール》が励ますように肩を叩き、その後トレーニング器具を指さす。

 

 そろそろラフェールの日課のトレーニングの時間だった。

 

 

 ラフェールは幼少の海難事故以来、己を救ってくれたあの大きな背中に追いつくため日々カードと己の肉体に向き合い続けていた。

 

 精霊が見えるようになったのもこれ(トレーニング)のお蔭だとラフェールは考えている――実際は素養の問題であったが、ラフェールには知る由もない。

 

 

 そうしてラフェールは日課のトレーニングに励み、部屋には巨大なダンベルが上下する音だけが響く。

 

 だが壁をすり抜けて現れた踊り子のような服を着たカードの精霊《ガーディアン・エルマ》が扉を指さし来客の存在を知らせたことで中断することとなった。

 

 

 ラフェールが巨大なダンベルを片付けると同時に部屋の扉がノックされる。

 

「ラフェール様。グリモでございます。頼まれていた件の調査が完了しました」

 

「グリモか、入って構わんよ」

 

「失礼します」

 

 ラフェールの許可を得て部屋に入った男、グリモは口ヒゲと顎ヒゲを切りそろえた、左目のモノクルが特徴的な壮年の男だった。

 

 

 そしてグリモはラフェールの従者として自身の主に報告を始める。

 

「近々行われるKC主催の大会、通称『バトルシティ』ですが、こちらのデュエルディスクとパズルカードが大会の参加資格となるようです」

 

 そう言って最新型のデュエルディスクとパズルカードを跪きながらラフェールに仰々しく手渡すグリモ。

 

「ほう、これがか――かなり軽いな」

 

 腕にデュエルディスクを装着したラフェールは軽くドローの素振りを行い具合を確かめる。

 

 ラフェールの筋力を差し引いてもかなり軽かった。

 

 

 当然である――KCは子供の味方、よってデュエルディスクも「子供でも問題なく扱える」ことをモットーにしているのだから。

 

 

 グリモは説明を続ける。

 

「プロリーグでもまずは『貸し出し』という形で導入されるとの情報もありました」

 

「なら時代の変わり目をこの目で見ることができる訳か――楽しみだ」

 

 今までのデュエルリングを使ったデュエルとは別の世界が広がることは容易に想像できる。

 

 

「そして不確定な情報ではありますが『グールズ』もこの大会に目を付けているとの情報も上がっております」

 

 犯罪組織グールズ。

 

 その存在にラフェールも精霊が見えるものとして許せないと義憤に駆られるが――

 

「そうか…………KCから協力要請はあったか?」

 

「いえ、何も。ですが名のある腕自慢たちが集められているようです」

 

「ならば下手な介入は邪魔になりかねんか……」

 

 ラフェールはこの「バトルシティ」がグールズに狙いを定めた策なのだと見抜いていた。

 

 レアカードが手に入るルールに緩い参加資格。

 

 そしてKCのお膝元である童実野町が開催場所に選ばれている。

 

 

 グールズの問題をKCはこれでケリを付けるのだろうと。

 

 

 ラフェールは自身に協力の要請がこなかったのは家長とプロデュエリストの2つを両立するラフェールの立場を尊重したものであると考える。

 

 そして、「もう」手は足りているのだろう、と。

 

 

 グリモは報告を続ける。

 

「それと仰っていた『ギース・ハント』の名前は大会関係者の名前には記されておりませんでした」

 

「……そうか、ならこの大会も参加は見送らせてもらおう。プロリーグもあることだしな」

 

「では、そのように」

 

 報告を終えたグリモはラフェールの部屋を後にしようとするが、その足がふいに止まる。

 

「どうした、他に何か報告でもあるのか?」

 

 訝しげに尋ねるラフェールにグリモはおずおずと答えた。

 

「いえ、不躾ながら申し上げますが――人探しの件はもっと別の手を取るべきではないでしょうか?」

 

「なんだ、そのことか……ギース・ハントの同僚の一人が私たち家族の恩人だと言うことは知っているな?」

 

「はい、忘れる筈もありません。あの海難事故の一件でございますね?」

 

 過去にラフェールが調べたあの海難事件はそのほとんどが隠蔽されていた。

 

 辛うじて分かるのはラフェールが事故当時に聞いた「ギース」の名のみ、それがKC所属の「ギース・ハント」であることは直ぐに分かった。だが――

 

「ああ、その一件を尋ねても『守秘義務』で突っぱねられてしまってな――もっとも大会に参加したときに偶然会う分には問題ないらしい」

 

 おかしな話だと笑うラフェール。

 

 

 だが実際にラフェールは目的の人物に会っていた。ただ気付かなかっただけである。

 

 

 荒れ狂う海を平然と泳げる男――まぁ案の定、神崎である。

 

 幼少の頃のラフェールの乗った豪華客船がダーツによって沈められることを「原作」より知っていたため秘密裏に専用の救助船と共に救助に当たっていた。

 

 しかし思いのほか嵐の規模が大きかったために尻込みした救助隊の士気を上げるために神崎はデュエルマッスルを解放して荒れ狂う海に突貫した経緯があったのである。

 

 

 だが当時のラフェールは救助された際に酷く弱っていたため神崎の顔をはっきりと覚えていない。

 

 さらに「デュエルマッスルを解放した神崎」と「通常時の神崎」を結び付けられないのも相まってラフェールは気付かなかったのである。

 

 

 そして神崎も「覚えていないのなら辛い事故の記憶を無理に思い出させる必要もない」と気を利かせた結果、互いはすれ違っていた。

 

 

 いつの日かラフェールが過去の記憶を思い出し、乗り越えた時に会えばいいのだと神崎は考える。

 

 ラフェールが過去の一件を問題にしていないことも知らずに。

 

 

 

 再会の日は何時になることやら。

 

 

 




マッスル泳法を千里眼?で見たダーツさん

ダーツ「アレは一体、なんなんだ……(戦慄)」



~入りきらなかった人物紹介~
ラフェール

・原作では――
ドーマ編で登場したアニメオリジナルキャラクター。「レ」の字のモミアゲが特徴。

幼少の頃のラフェールの乗った豪華客船が
ダーツの手による海難事故で沈没し一人漂流、無人島で3年間孤独に過ごす。

その孤独な3年がカードに対する思いを強め
カードのモンスターの精霊が見えるようになり、
「墓地にモンスターを置かない」というデュエルスタイルに繋がった。

そしてアメルダ、ヴァロンと共に「ドーマの三銃士」の一角を務める。

ちなみに闇遊戯を正面から実力で倒した数少ないデュエリストである。



・本作では――
幼少の頃のラフェールの乗った豪華客船が
ダーツによって沈められることを「原作」より知っていた神崎によって救助される。

だが救助された際に酷く弱っていたため
顔をはっきりと覚えていないのも相まって
「デュエルマッスルを解放した神崎」と「通常時の神崎」を結び付けられていない。

ゆえに恩人に感謝を伝えたいと、
同僚(と思っている)ギースが関わる大会に率先して参加している。

「デュエルマッスル」によって救われたせいか、
「あの背中に追いつけるように」と原作よりもデュエルマッスルが増量された。

全乗客を救ったマッスルの在り方から
自身もそうありたいと「墓地にモンスターを置かない」というデュエルスタイルを取る。

海難事件後、家族と幸せに暮らしながらメキメキ成長し、
今では御家を継いで精力的に活動しつつ、プロデュエリストとしても活躍している。


今作の「カードの心を忘れたレベッカ」をデュエルでぶっ飛ばした一人。
あの後レベッカがどうなったのか気にしている。


グリモ
ドーマ編で登場したアニメオリジナルキャラクター。
ラフェールの従者で、口ヒゲと顎ヒゲを伸ばし、左目にモノクルを付けた男。

あのラフェールが傍に置いていたので
御家直属の人だったのではないかと予想し今回出番を得た。




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