マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

92 / 289


前回のあらすじ
今作ではパンドラが《ブラック・マジシャン》のカードを切り刻まなかったので

代わりにパンドラを切り刻みます(迫真)

これが修正力ってヤツなんだよ!(某イカデックス風)


ブラック・マジシャン・ガール「前回のお話では私が大活躍していました!!」

でも(感想欄では)パンドラの話題が大半……
これは負けヒロインの末路ってヤツなんだよ!(イカなんとかさん風)




第92話 うちのパズルカードは特別性でね

 

 

 パンドラが両断される寸前の姿が視界にスローに映る表の遊戯は己の無力さを噛み締めるばかりだ。

 

 

 そしてその胸中に渦巻くのはただ一つの思い。

 

――許せない。

 

 パンドラを操り、この惨状を生み出したマリクを、

 

――許せない。

 

 パンドラに降りかかった数多の不運を、

 

――許せない。

 

 そして、そんなパンドラを救えぬ自身の弱さが何よりも表の遊戯には許せなかった。

 

 やがて訪れるパンドラの「死」という結果が表の遊戯を薄暗い闇へと誘い、修羅を生む。

 

 

 如何に名もなきファラオでもこの現状を打開する術はなく、やがて向かうであろう茨の道を表の遊戯に歩ませてしまう事実に沈痛な面持ちを浮かべることしか出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがパンドラを刻もうとしていた回転式のカッターの行く手を遮るように鉄の扉が大きな衝撃と共に地面に叩きつけられた。

 

「――へっ?」

 

 先程の怒りに燃えた表の遊戯の視線は呆気にとられたものに変わり、回転式のカッターと鉄の扉が接触し、火花が飛び散る光景だけが虚しく映る。

 

「……これってこの部屋の扉だよね……なんで?」

 

 表の遊戯はもう一人の遊戯に確認を取るように問いかけるが、もう一人の遊戯の視線は鉄の扉の影に注がれている。

 

 遊戯の言う通り、この扉はこの「パンドラの部屋」の扉。何者も寄せ付けぬように重苦しく鎮座していたものだ。

 

 そんな扉から顔を覗かせるのは遊戯も見知った鼻眼鏡の女性――だがそこに遊戯の知っていた姿はなく、何者も寄せ付けぬ冷徹な雰囲気が纏われていた。

 

 

 やがて周囲を警戒するように見渡した後、その女性は遊戯を視界に入れる。その頃には遊戯の見知った雰囲気に戻り、安心させるような声色の言葉を零す。

 

「大丈夫ですか? 武藤さん」

 

「北森さん!! ――でも何でここに?」

 

 そう、突如乱入した鼻眼鏡の女性はオカルト課のマッスルモンスター……じゃなかった受付の北森だった。

 

 先程の一時の雰囲気の違いは緊急時ゆえに気を張ったゆえのものである――仕事人モードってヤツなのかもしれない。

 

「それは――あっ! ちょっとこれ煩いので失礼します」

 

 だが遊戯の疑問も余所に北森によって肘鉄を上から叩き落とされる回転式のカッター。その最後は「ベキィッ」と金属が歪む音と共に地面に叩きつけられその機能を止める。

 

 そして用済みとなった鉄の扉が北森の手によって邪魔にならないようにズシンと音を立てて倒された。

 

「それでどうかしましたか、武藤さん?」

 

「…………うん、あの――」

 

 そんなトンでもない光景を生み出しつつ、いつもと変わらぬ様相で遊戯に接する北森。

 

 遊戯が戸惑うのも無理はない。

 

「アグッ、グググ! あ、頭が割れる!!」

 

 しかし遊戯の言葉よりも先にパンドラの呻き声が木霊する。

 

「今度は一体!!」

 

 遊戯が思わず北森をもう一度見るが、北森は両手を軽く上げ、首を横にブンブン振り自分の仕業ではないことをアピール。

 

『やれやれ』

 

 そんな2人のやり取りを余所に生気のない瞳になったパンドラの口から出たのは別人の声。

 

「人格が入れ替わってる? キミはまさか……マリク!!」

 

 それが意味する事実に気付いた表の遊戯の推察は正しかった。

 

『ご名答――僕はグールズの長、マリク。この男には僕の記憶を植え付けてあるんでね。いつでもこうやって操れる』

 

 そう言いながらパンドラにおどけたポーズを取らせるマリク。

 

『これも千年アイテムの一つである千年ロッドの力さ』

 

 それはまるで遊戯に自身の持つ千年アイテムの力を見せびらかす様にも見えた。

 

『君のデュエルはパンドラを通じて見せて貰ったよ。この余興は楽しんで貰えたかな?』

 

「キミは一体何が目的でこんなことをするんだ!!」

 

 人の命と尊厳を汚した行為を「余興」と称したマリクに表の遊戯はいつもらしからぬ怒りの声を上げる。

 

『目的? そんなもの決まり切っている! 名もなきファラオ! お前への復讐さ!!』

 

 しかしその遊戯の言葉にマリクは態度を豹変させ、表の遊戯の裏にいる名もなきファラオを睨みつけるように声を張り上げた。

 

『名もなきファラオ!! お前に墓守の秘と三枚の神のカードを託すために自由を奪われてきた一族の復讐だ!』

 

 そう、神崎たちによって色々と邪魔されまくっていたマリクの復讐がついに動きだしたのである!!

 

『その三枚の神のカードを僕が手に入れることで――』

 

 逸る気持ちが抑えられないようなマリクの言葉だったが――

 

 

 

 

 

 

『――へぶしっ!!』

 

 

 

 

 

 そんなパンドラの口から零れたマリクの言葉と共に、パンドラの「肉体」はパタリと倒れ伏す。

 

 そしてそこにあるのは拳を振りぬいた北森の姿。

 

「――えっ? …………ち、ちょっと! 何やってるの! 北森さん!!」

 

 今からマリクによって語られる復讐劇の説明が思ってもみない形で終了を迎えたゆえに表の遊戯はまたも戸惑う。

 

 ゆ、遊戯が戸惑うのも無理はない。

 

「え? 『何』と言われても……静かにさせようと『脳を揺らした』だけなんですが……」

 

 表の遊戯の疑問に「何か間違ったことをしてしまったのか」と心配そうにしながら答える北森だったが、遊戯の質問の意図が微妙に伝わっていない。

 

「何で!!」

 

「え~と、それは博士が言っていたんですが、操るには『脳』がある程度機能していないといけないらしくて……」

 

 遊戯の疑問は「何故脳を揺らす必要があるのか」ではなく「何故マリクの話を中断させるようなこと」をしたのかだ。

 

 互いの会話は噛み合っているようで噛み合っていなかった。相も変わらず見事なまでの言葉のドッチボールである。

 

「――早い話が、『脳を揺らして一時的にその機能を制限すれば、操ることは出来なくなる』とのことです」

 

 そう顎に人差し指を当てながら説明を終えた北森は遊戯を安心させるように拳を握る。

 

「後はKCで待機している博士の元へ連れていけば、大丈夫ですよ!」

 

 最後の最後まで噛み合わなかった両者。

 

「い、いや、そういうことじゃ…………やっぱり何でもないです」

 

 遊戯は諦めたように下を向き、内心でもう一人の遊戯に語り掛けた。

 

――ゴメン。もう一人のボク……せっかくの君の記憶の手がかりだったのに……

 

――い、いや、構わないぜ。パンドラがあれ以上操られているのも……し、忍びないしな!

 

 そんな表の遊戯の気落ちした言葉に対し、もう一人の遊戯は冷や汗を流しそうになりながら納得を見せる――それは諦めたとも言うが、大した問題ではない。

 

 

 

 

 その後、手早くパンドラを拘束し終えた北森はパンドラの枷を何とか開こうとしている表の遊戯のとなりにしゃがみ、尋ねる。

 

「これでよし! 武藤さん、その枷は外せそうですか?」

 

「いや、それが……鍵がさっきの刃に当たって歪んじゃってって……北森さんは『これ』どうにかできますか?」

 

 先程の色々あったやり取りから、何かと多芸に見えた北森を頼った遊戯。ひょっとすれば城之内が得意な鍵開けスキルのようなものを期待してのものだったが――

 

「う~ん、こういうのは苦手なんですが――頑張ってみます!」

 

 そう言って北森が取り出したのはデュエルモンスターズのカードが1枚。それを持った手を振りかぶる。

 

「えっ、一体何を――」

 

「今から集中するので話しかけないでくださいね?」

 

 疑問を投げかけようとした表の遊戯を封殺しつつ、北森は精神を集中させる。そこに先程までいたどこかオドオドした北森の姿はない。

 

 その姿はまるで一本の名刀の如く研ぎ澄まされており――

 

 

 

 

 

 

「おぅーい! 遊戯はいたかー! って、おお、遊戯ッ!」

 

「 あ 」

 

 そんな牛尾の声と共に目にも留まらぬ速さで振り下ろされた北森の腕と明らかに「やっちまった感」溢れる北森の声。

 

「――いや、『 あ 』って何だ! 不吉な予感しかしねぇぞ!」

 

 遊戯を見つけた牛尾の安堵の気持ちも吹っ飛び、すぐさま静香と杏子を連れつつ、北森の姿を見やる牛尾。

 

 そこには――

 

 踵側からキレイに切れたパンドラの足の枷に、大きく地面に入った亀裂――否、斬撃跡。そして北森の手の傷一つないカード。

 

「牛尾さん――切り過ぎてしまいました……」

 

 そして情けない声を出す北森の姿。ちなみにパンドラに怪我はない。

 

 そんなあまりの光景に遊戯は思わず言葉を零す。

 

「なぁにこれぇ……」

 

 …………遊戯が戸惑うのも無理のない話である。今日の遊戯は戸惑ってばかりだ――しかし不思議と遊戯の心は軽くなっていた。

 

 

 

 

 

 若干落ち込みを見せつつ、牛尾と共に意識のないパンドラの移送準備を整える北森はポツリと零す。

 

「私、『斬鉄』って苦手なんですよね……余計なものまで切っちゃうし……」

 

 その北森と牛尾を余所に静香は地面の斬撃跡を「おぉ~」などと感嘆の声を上げつつ、ペタペタ触っていた。

 

 そして北森はどんよりした様子で牛尾に尋ねる。

 

「牛尾さん……これって大丈夫ですかね?」

 

「お、おう。だ、大丈夫じゃねぇか?」

 

 何が「大丈夫」なのかは牛尾にもよく分かっていないが、不利益を被った相手がいない以上は問題にならないだろうと牛尾は考える。床の修繕程度ならどうとでもなるであろうことは明白だった。

 

 

 その牛尾の言葉に安心したと胸を撫で下ろす北森を余所に遊戯が自身のデッキホルダーのベルトを回収する姿に杏子もホッと一息付いていた。

 

「よかったぁ……遊戯が無事で」

 

「でも杏子がなんでここに? 城之内くんたちと一緒にいたんじゃあ?」

 

 表の遊戯の当然の疑問に杏子は頬を掻きつつ目を泳がせる。

 

「え~と、遊戯にこの大会には『グールズって危ない人がいる』ってのを伝えに来たんだけど……遅かったみたいね」

 

 肝心の目的は既に達成しており、杏子が態々動く必要がなかった程だ。しかしそう気落ちする杏子を元気付けるような牛尾の声が響く。

 

「大事がねぇなら構わねぇじゃねぇか。そんで真崎はこの後、どうするよ」

 

「……私はこのまま遊戯と一緒に――」

 

 牛尾から尋ねられた城之内たちの元へ戻るか遊戯と同行するかの選択に杏子は一瞬迷いを見せるも、遊戯の傍にいることを選択するが――

 

「ゴメン、杏子。実は――」

 

 今の表の遊戯はグールズのトップ、マリクに「復讐」という名目で目がつけられている状態ゆえに断りを入れようとする。だが――

 

「いや、やっぱ真崎は俺らといた方が良いかもな」

 

 その遊戯の言葉を遮るようにそう言って腕を組んで頷く牛尾。

 

「えっ? どうして?」

 

「今回みてぇに遊戯がグールズと闘うってときに、言っちゃ悪いが足手まといになる」

 

 その牛尾にあるのは遊戯が杏子を遠ざける言葉を発するよりも、自身がその役を担った方が良いとの牛尾なりの思いやりだ。

 

「後顧の憂いって奴を絶つ為にも、遊戯が安心して前だけ見る為にもそっちの方が良いだろ?」

 

 そう杏子に言い含めつつ、遊戯にだけ見えるように軽くウインクして見せる牛尾。遊戯も牛尾の意図を理解して軽く礼を告げる。

 

 しばし悩んでいた杏子だったが、牛尾の言葉に理解を示し、表の遊戯の肩に手を置いてエールを送る。

 

「でも……いや、そうよね……遊戯、頑張ってね!」

 

「うん!」

 

 その表の遊戯の決意の籠った言葉と共に、後程、牛尾からパンドラの持つ2枚のパズルカードを受け取る遊戯。

 

 そして一同は遊戯ともう一方という形で再び二手に別れ、それぞれの目的の為に歩みだす。

 

 このバトルシティを潜り抜ける為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのバトルシティの本戦の舞台であるKCが用意した飛行船、「バトルシップ」――の着陸予定地点のKCが所有するドーム。

 

 そしてそのドーム内でまだ見ぬ本戦出場者を待つ磯野と同じくKCの茶髭の黒服、河豚田(ふぐた)

 

 さらにその2人の前にユラリと現れた人影。

 

「お前は!?」

 

 その人影の正体に驚きの声を上げる河豚田だったが、磯野はすぐさま手で制する。

 

「よせ――同僚がすまない…………アクター、キミが此処に来たということは――」

 

 その人影の正体はアクター。

 

 マイコ・カトウとのデュエル後に色々考えたものの纏まらなかった為、取り合えずパズルカードを提示しに来た次第だった。

 

 磯野は一応KCに所属する仲間であるアクターに河豚田の無礼を詫びつつ、探るように言葉を選ぶが――

 

「――いや、『バトルシティ』を運営するものの一人として、形式的にいかせて貰おう」

 

 アクターから溢れ出るプレッシャーに精神的に距離を取った対応に努める磯野――このプレッシャーの正体はアクターがただ内心で悩んでいるだけと知ったらどう思うのか。

 

 

 やがて磯野は右手を差し出し、極力事務的になるように言い放つ。

 

「――規定数のパズルカードの提示を」

 

 その磯野の言葉にアクターは何も言葉を返さず、パズルカード6枚を提示し、磯野に手渡す――その磯野の手は僅かに震えていた。一応の同僚と言えなくもないが磯野はアクターへの苦手意識は拭えていない。

 

 そして磯野は左手を懐に入れ、四角い形状の機械を取り出す。その機械にはパズルカードをスライドさせる為の溝と、小さなモニターが付いている。

 

 

 この機械はパズルカードの所有者を判別する為のもの。デュエル以外でパズルカードをやり取りしたものを本戦に上げない為の処置だ。

 

 これ程までに小型化に成功したのはBIG5の《機械軍曹》の人こと、大田の働きによるものである。

 

 

 その機械にパズルカードを1枚ずつスライドさせていく磯野。その度に小さなモニターに所持者であるデュエリストの簡易的な情報が表示されていく。

 

 やがて6枚のパズルカード全てのチェックを終えた磯野は小さく溜息を吐いた。

 

「……ふむ、パズルカード6枚、確かに受理した――これでキミは予選突破だ。一応『おめでとう』と言わせて貰おう」

 

 そんな賛辞の言葉にも何も反応を示さないアクターに磯野はやり難そうに周囲を手で示し、運営側の義務を果たす。

 

「だが見ての通り、キミが最初の突破者――ゆえにまだ規定人数まで集まっていない」

 

 磯野の周囲には同僚の河豚田とアクター以外は存在しない。ゆえに磯野は2つの選択肢を提示する。

 

「此方で用意した場で待つか、周囲を散策するかは自由にしてくれて構わない」

 

 そう言って磯野が指し示すのは軽食が用意された簡素なテーブルとイス。待つ場合は「そこで」との計らいだった。

 

 しかしアクターは何の反応も示さない。

 

 磯野は内心で冷や汗を流しながら説明を続ける。

 

「周囲を散策する場合は、ある程度の人数が集まった段階でキミのデュエルディスクに信号を送る。その時は当然ながら此処に戻ってくる必要がある為、この場所から離れすぎないように気を付けてくれ」

 

 磯野が先程のパズルカードを差し込んだ機械のボタンの一つを押すとアクターのデュエルディスクから警告音のようなものが鳴り始める。

 

 そして磯野がボタンをもう一押しするとその音は鳴りやんだ。

 

「こういった具合だ――そしてあまりに此方への到着が遅くなる場合は失格の処置もありうることを念頭に置いておくように」

 

 最後の念押しを言い終え、その機械を懐に仕舞った磯野。

 

「――以上だ」

 

 その磯野の最後の言葉を後にアクターはフラリとこの場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 アクターの姿が完全に消えた後、磯野は長い溜息を吐く。

 

「ハァ~~~~行ったか……」

 

 そして重圧から解放されたことを確かめるように軽く肩を回す磯野。

 

「……相変わらず彼は何を考えているか、よく分からんな」

 

 磯野は海馬の側近という立場上、様々な情報を見聞きする。

 

 さらに一方的に険悪な海馬と神崎の間に強制的に立たされることも多い為、海馬の部下の中では特にオカルト課に詳しい人間だった。

 

 しかしアクターの情報だけは磯野にも殆ど入ってきたことはない――オカルト課の人間もよく分かっていない為、仕方のない部分ではあるのだが。

 

「実力は確かとはいえ、神崎殿もよく使う気になれるものだ」

 

 そう何度目か分からない溜息を吐く磯野。

 

 

 その言葉から察せられるように磯野の神崎への評価は意外と高い。

 

 磯野の眼から見ても胡散臭さの塊である神崎。

 

 だが磯野からすれば海馬が倒れて植物状態のようになった時も、モクバを支え、BIG5をなだめつつ海馬が作ったKCの在り方を守ってくれた人間である。

 

 信頼は出来なくとも、「下手なことはするまい」という一点は信用していた。

 

 

 そんな磯野に河豚田は眉を顰め、言葉を零す。

 

「ヤツは瀬人様がお呼びになったと聞きましたが、何故ヤツを態々このバトルシティに……」

 

 河豚田のアクターを見る目は厳しい。

 

 元々裏デュエル界のデュエリストであるアクターは何かと黒い噂が絶えない。

 

 そんなデュエリストを表の、しかも海馬のKCが主催する大会に呼び寄せる際のリスクは計り知れないと河豚田は考える。

 

 その考えは磯野も同感だった。しかし河豚田に磯野は重苦しい面持ちで返す。

 

「言うな――私も瀬人様には『彼に関わらない方が良い』と再三進言したが聞き入れては貰えなかった」

 

 そう、理屈ではないのだ。

 

「きっとデュエリストの性なのだろう。こればかりは我々にはどうすることも出来ん」

 

 ゆえに磯野に出来るのはこのバトルシティが何事もなく無事に終わることを願うだけだった。

 

 

 

 

 

 無理そうだと、何となく気付きつつも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人気のない場所でグールズの構成員に直接指示を送るリシドの上から嘲笑うような声が響く。

 

「ヒョーヒョッヒョッヒョッヒョッ!! ついに見つけたぜ~! お前がグールズのトップのマリクってヤツだなぁ~?」

 

 その声の主はインセクター羽蛾。高笑いする場所は少し高めの塀の上――何故、昇ったのやら。

 

 その羽蛾の問いかけに「マリク」呼ばわりされたリシドがとぼけるように返す。

 

「さて、どうかな――それより一体何用か? 見たところ我らを狙う『ハンター』ではないようだが」

 

 リシドから見た羽蛾はハンター特有の「裏の人間らしさ」がない為、一般の参加者であった場合のことを考えたリシドは明言を避ける。

 

 そして話を逸らす様に羽蛾の目的を尋ねるリシド――マリクの立てた今後の計画ではリシドが「マリク役」を命じられる可能性もある為、下手に情報は漏らせない。

 

 だが羽蛾はリシドを気にした様子もなく塀の上から飛び降りつつ続ける。

 

「用だって~? そんなの決まってるじゃないか! お前を倒して俺の力を証明する為だよぉ!!」

 

「名を上げることが目的か……だが私はお前に構っている暇などない。悪いが――」

 

 大して強そうに思えない羽蛾の姿にリシドは配下のグールズを差し向けようとするが――

 

 

 

「――パズルカードを集めてんだろぉ~? それも2人分!」

 

 

 

 その羽蛾の言葉にリシドは一瞬思考が止まるも、すぐさま立て直す。

 

「……何をバカな。パズルカードが必要なのであれば同志から集めればいいだけのこと」

 

 そして「やれやれ」といった雰囲気を出すリシドだが――

 

「いいって、いいって! そんな演技しなくったってよー! お前だって分かってんだろ~? このパズルカードは『デュエル』しなきゃデータの所有権は移らない――」

 

 羽蛾は笑いを堪えるようにリシドの演技を小馬鹿にしつつ、自身が辿り着いた事実を得意気に披露するかのように話し始める。

 

「――でも、だからって仲間同士でやり取りする為に固まれば、KCの情報網にあっという間に捕まって、芋づる式にお前ら捕まっちゃうだろ~?」

 

 羽蛾の言う通りこのバトルシティではデュエルディスクは勿論のこと「パズルカード」の動きもKCによってマークされている。

 

 それゆえにグールズ間でパズルカードをやり取りする為に不自然な動きを見せればたちまちハンターたちに囲まれることは容易に想像が付く。

 

 仮に回数を分けてやり取りしようとも、どうしても不自然な人の流れを隠しきることは困難だ。

 

「その推理では2人分集める必要が見受けられんな」

 

 グールズの動き、ひいてはマリクの計画がKCに殆ど筒抜け状態の事実を誤魔化すようにリシドは応対するが――

 

「慌てないで欲しいねぇ~! 俺はお前らの兵隊の動きがど~もおかしいと思ったんだよ! 本戦に用があるみたいだけどグールズってのはトップ一人と後は操り人形の集まりだろ~?」

 

 羽蛾とて何の確証もなしに行動している訳ではない。

 

「ッ! ……ならば何だというのだ」

 

 千年ロッドのことまでは見抜かれていなくとも、「人を操る」ことは見抜かれている事実にリシドは内心で冷や汗を流す。

 

 しかし羽蛾の言葉は止まらない。

 

「だったら本来集めるパズルカードも1人分あれば足りるってのに、未だに探してるってことは――複数人の数を集めてるって訳だ」

 

 得意気な羽蛾の説明は続く。

 

「んで、お前が集めてるってことは――お前は『マリク』じゃないみたいだなぁ? 今までのやり取りした感じ、『意識』はしっかりしてるから……側近かなぁ?」

 

 リシドを指さし、相手をバカにするようにユラユラと揺らす羽蛾は有頂天と言った具合だ。

 

「よってお前とそのボスの2人分って訳ッ! ヒョッヒョッー! つまりお前を倒してボスの元に案内させれば苦も無く俺の天下って訳さ!!」

 

 そんな挑発染みた説明をペラペラと良くしゃべる羽蛾の姿にリシドは内心で頭を回す。

 

――如何にも小物染みた男だが…………ただの馬鹿ではないようだ……

 

 今、リシドが取るべき行動に大きな変化はない。

 

「そこまで分かっているのなら、お前の相手をしている暇がないことを理解して貰いたいものだな」

 

 リシドが傍にいるグールズの構成員に羽蛾の相手をしておくように再度指示を出そうとするが――

 

「慌てんなって言っただろう~? じゃじゃーん! パズルカード! それも5枚!!」

 

「ッ!」

 

 羽蛾の手に扇子のように広げられた5枚のパズルカードにリシドの眼は見開く――それはリシドが今、最も欲するもの。

 

「ちょーっと悪さしてるヤツらを懲らしめるついでに集めたものだピョー!」

 

 そんな羽蛾の鼻高々に語る言葉など、もはやリシドには届かない。

 

 今のリシドにあるのはマリクが欲するパズルカードを集める使命を果たすことだけだ。

 

「フッ、成程な……私が戦う理由がある訳か――ならば何者かは知らんが私自ら相手をしよう」

 

 そう言ってデュエルディスクを展開させるリシドに羽蛾は鼻を鳴らす。

 

「おいおい……この俺を知らないなんてグールズってのは、随分とヌルい奴らみたいだな~! なら教えてやるぜ!」

 

 そして羽蛾は腕を突き上げながらデュエルディスクを展開させ、天まで届くほどの自信が籠った声で咆える。

 

「俺の名は『インセクター羽蛾』!! お前のデュエルの最後の相手になる男さ!!」

 

 

「 「 デュエル!! 」 」

 

 

 ここに盲目的なまでの狂信を抱えた男と、度し難いほどの過信に塗れた男の闘いが始まる。

 

 

 






ミザエル「ッ!!」

ドルベ「止めろ、ミザエル――(決めセリフを取られた)気持ちは分かるが止めるんだ」





~「アレ? この人って?」と感じた方の為の人物紹介~
河豚田(ふぐた)
遊戯王DMにて登場

茶髪に茶髭のKC社員。黒スーツにグラサンの人。

磯野とよく一緒にいる茶髭の黒服の一人と言った方が分かりやすいかもしれない。

その名前は磯野と同じく、某国民的アニメの系譜を継いでいる。

海馬への忠誠心は磯野と同じく高い。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。