マインドクラッシュは勘弁な!   作:あぱしー

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前回のあらすじ
城之内「どのくらい装備魔法がデッキに入っているのか、俺も忘れちまったよ……」





第99話 ボーイ! 光のデュエルを……

 

 

 城之内の最後のドローに水族館の観客たちは皆、息を呑む。

 

 圧倒的な実力を有していた梶木の海の攻防に何度弾き飛ばされようとも喰らいつき、ついには梶木の喉元にまで迫った城之内の姿に観客たちは拳を握りしめていた。

 

 

 そんな観客の一人、本田もまた拳を握りしめながら静まり返った観客席で内心で願う様に叫ぶ。

 

――行けっ! 城之内ッ!!

 

 

 

 

 

 

 その本田の内心の声が城之内には届くことはない。だが不思議とその本田の声援に背を押される様に動いた城之内は――

 

「ドロォオオオオ!!」

 

 魂の底から引きずり出したかのような咆哮と共にカードを引き抜いた。

 

 

 

 そんな城之内がカードを確認するよりも先に《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》は《伝説のフィッシャーマン三世》へと突き進む。

 

 

 海の加護を得たことで水を得た魚の如く軽快な動きで巨大なシャチを操り、《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》の二刀の剣に(もり)をぶつけ合う《伝説のフィッシャーマン三世》。

 

 そして海で動きの鈍った《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》の一瞬の隙を突いて巨大なシャチが1本の剣をその牙で奪い取り、さらには《伝説のフィッシャーマン三世》のボウガンでの打撃により、もう1本の剣が弾かれ、海に落ちる。

 

 

「梶木……」

 

 無手となった《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》に《伝説のフィッシャーマン三世》の(もり)が迫る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――俺の勝ちだ」

 

 だが虚空から現れた武器を背中越しに掴み取った《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》――そこに城之内への迷いや疑いなどはない。

 

 

 そしてその武器――《稲妻の剣》から放たれた剣戟の一閃が《伝説のフィッシャーマン三世》の(もり)を弾き、帯電する剣の電撃により海の男と巨大なシャチの動きは僅かに止まる。

 

 

 一瞬だった。

 

 

 すぐさま身体の自由を取り戻し、再度反撃に出た《伝説のフィッシャーマン三世》だったが――

 

 それよりも僅かに早く《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》が上段から振り下ろした剣が《伝説のフィッシャーマン三世》を相棒のシャチ共々両断した。

 

 

 

 海へと還る《伝説のフィッシャーマン三世》を見届けつつ梶木は《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》の手に新たに装備された剣を見る。

 

 

 それは城之内が引ききった装備魔法《稲妻の剣》――戦士族モンスターの攻撃力を800アップさせるカード。

 

 そのイナズマは所持者の反応速度まで高める逸品ゆえに、《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》の動きは先程の比ではない。

 

剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》

攻3400 → 攻4200

 

 

 

 これで梶木のフィールドに守り手は誰もいない――海が波打つばかり。

 

 

 そんな中、梶木は城之内を真っ直ぐに見つめ声を張る。

 

「来い!! 城之内!!」

 

「ああ! 最高のデュエルだったぜ!! 梶木!! 《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》でダイレクトアタック!!」

 

 城之内の声に背を押され、《剣聖(けんせい)-ネイキッド・ギア・フリード》は梶木に向けて剣を振りかぶり――

 

 

 梶木はその戦士の姿と城之内の姿をしっかりと見据えたまま、その剣戟を受け止めた。

 

 

梶木LP:1300 → 0

 

 

 そして梶木のライフが0になったことを知らせる音が辺りに響き、少し遅れて観客席からの喝采が2人のデュエリストを包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、力を出し切ったゆえかその場で大の字に倒れる梶木。

 

「くぁ~! 負けちまったぜよ!!」

 

 そんな梶木の悔し気な言葉が聞こえるも、その顔は負けたにも関わらず楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

 その梶木に歩み寄り手を差し伸べる城之内。梶木はその手を握り、起き上がりながら賛辞を贈る。

 

「強ぉなったのう、城之内!!」

 

 城之内の勝利を自分のことのように喜ぶ梶木――その瞳は何処までも真っ直ぐだ。

 

 

 まだ素人同然だった頃の城之内を知る梶木は、これ程までに城之内が実力を上げる為に並大抵では済まない努力をしてきたことをデュエルで感じとったゆえに、唯々城之内の勝利を祝う。

 

 しかし勝者である城之内は握手に応じつつもどこか肩を落としていた。

 

「いや、ギリギリの勝負だったぜ、梶木……俺のギャンブルカードがちょっとでもハズレてたら……きっと――」

 

 城之内のデッキにはギャンブル要素のあるカードが多い。

 

 ゆえに今回の梶木とのデュエルのように恐ろしいまでに成功することなどまずないのだ。本来ならいくつかはハズれ、手痛いしっぺ返しを受ける。

 

 幸運に恵まれに恵まれて「ギリギリ」の勝負だったのならと考えると、梶木とのデュエリストとの差が分からぬ城之内ではない。

 

 

 

 そんな城之内の姿を見た梶木は握手していた手を放し、プールに向けて合図を送り――

 

 その合図を受け取った水族館のヒーロー、シャチのシャチ子は水中から飛び出し、城之内へ向けて軽くタックルを敢行。

 

 

 大型の生物のタックルに城之内が耐えられる訳もなく、軽く飛ばされ尻餅を打つ城之内。

 

「な、何すんだ!」

 

 痛む尻を押さえながら梶木に当然の抗議の声を上げるが――

 

「そんな詰まらんことで悩むんじゃねぇぜよ、城之内!」

 

 梶木から返ってきたのは城之内にとって中々に辛辣な言葉だった。

 

 

「つ、つまんねぇことねぇだろ!」

 

 城之内にとっては「今の方向性でいいのか」と悩む深刻なものだったゆえに城之内はいきり立つように返す。

 

「いーや、つまらん! 『勝負の流れ』ってモンを引き寄せるのもデュエリストの力じゃろ!」

 

 その言葉を城之内に放った梶木の瞳はいつものように揺らぎは見られない。そこには何の後ろ暗い感情もなく、ただ城之内に「胸を張れ」と言外に伝えていた。

 

「それにお前が本当に悩むべきなのは『このデュエルでの感覚を忘れんこと』じゃろうが!! しっかりせい! それでもワシに勝った男か!」

 

 

 本当に梶木は気持ちの良い程に真っ直ぐだった。負の感情など感じさせぬまでに突き抜けて。

 

 その真っすぐさは城之内が今の「ギャンブルデュエル」のスタイルを定めてからずっと何処かでくすぶっていた悩みが吹き飛んだ程だ。

 

「………くっ……フッフフ、ハハハッ!」

 

 そのあまりの精神的な衝撃に城之内は思わず笑う。

 

 ある程度「強くなった」実感のようなものを感じていた城之内だったが、今の自身などまだまだヒヨッコなのだと思い知らされて、そして――

 

 

 今なら決闘者の王国(デュエリストキングダム)でキース・ハワードが城之内の前で声を上げて笑った意味を如実に感じ取れたゆえに。

 

 

 それは「自分にはない輝き」を見つけたときの何とも言えぬ「喜び」の感情。

 

「何をそんなに笑っとるんじゃ?」

 

 かなりの呆れ顔を見せながらそう零す梶木だが、城之内は笑いが止まらない。

 

「梶木……お前スゲェよ、本当にスゲェ」

 

 これでは「どちらが勝った」のか本当に分からない程だった。

 

 

 そんな何処か吹っ切れた城之内の姿に梶木は再度握手を求める。

 

「おかしなヤツじゃな……じゃが、次デュエルするときはこうはいかんぜよ! ワシが必ず勝つからのう!!」

 

 その何処までも真っ直ぐな梶木の姿に城之内は梶木に握手を返し、その想いに応えるように言い放つ。

 

「いや、次も俺が勝って見せるぜ!!」

 

 

 そんな2人を称えるように水族館中に観客たちの拍手が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 梶木とのデュエルを終え、水族館を後にした城之内たち。

 

 そんな中で城之内は6枚集まった手元のパズルカードを見てニヤニヤしていた――本戦を突破した喜びが溢れ出ているようだ。

 

「じょ、城之内君……嬉しそうだね……」

 

 その城之内の姿に言葉を濁す御伽を余所に本田は感慨深く呟く。

 

「いや~まさか城之内のヤツが本戦出場を決めちまうとはなぁ――いや、こんだけ強くなってりゃおかしくもねぇか!」

 

「うむ、見事じゃったぞ、城之内。じゃがまだ予選を勝ち上がっただけじゃ――本戦では今までよりもっと熾烈を極めるデュエルになる筈じゃ! 覚悟しておくんじゃぞ?」

 

 一方の双六は年寄りくさくなってしまうと思いつつも、パズルカードを見ながら顔を緩める城之内に気を引き締めるように促す言葉を送るが――

 

「へへっ、望む所だぜ!!」

 

 城之内は拳を握りながらキリッとした表情で返した後で、再びパズルカードを視界に収め頬を緩ませる。

 

 

 そんな城之内の姿に、今は予選突破の喜びに浸らせてやろうと双六は小さく溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなバトルシティでの平和な一幕の陰にて人知れず戦うものたちがいた。

 

 捕らえられたグールズの構成員たちをKCのフロアの一角へ運ぶKCスタッフの一団――その先頭で長い黒髪を揺らす女性、『響 みどり』は険しい表情を浮かべていた。

 

 そんな中、到着したフロアの一角は野戦病院ともいえる様相をかもしている。

 

「ツバインシュタイン博士。捕縛したグールズ構成員5名とレアハンターが1人です。牛尾さんの話によるとレアハンターの方は『洗脳から自力で脱した可能性もある』そうです」

 

 そう一息にツバインシュタイン博士に言い切った響みどり。

 

 その背後ではKCスタッフがグールズの構成員を一人ずつストレッチャーのようなものに縛り付けていく。

 

「おや、Ms.響。ご苦労様です。大まかな話は聞き及んでいますよ――確か『パンドラ』と呼ばれているレアハンターだとか」

 

 ツバインシュタイン博士はカルテをパラパラめくった後、個性的な姿のパンドラに目を向けながらマジマジとその姿を眺めていた。

 

「はい、その後、再び洗脳によって『意識の乗っ取り』が成されたとの話です」

 

「おおっ! つまりグールズの首領との接触に成功した訳ですか! 何か新しい情報は――」

 

 その響みどりの言葉にツバインシュタイン博士は大きく目を見開くが――

 

「いや、その……牛尾さんの報告によると玲子さ――北森さんが早々に沈めてしまったらしく……」

 

 そう言葉を濁す響みどりを余所にパンドラの顎の打撃痕を眺めて一人納得するツバインシュタイン博士。

 

「ふむ、そうでしたか……なら、取り合えず彼は他の患者よりも先んじて脳波だけでも取っておきましょう。おーい、そこの君! 彼を先に頼むよ!」

 

 北森が意識を沈めた相手なら早々起きることはないだろうと、研究員の一人に声をかけてパンドラを一足先に運ばせたツバインシュタイン博士。

 

 そんなツバインシュタイン博士にグールズの受け渡しのチェックをしながら響みどりは思わず声をかける。

 

「そういえば何故グールズの構成員の脳波を逐一取るのですか? 治療とは関係ないですよね?」

 

 その響みどりの言葉に行方不明者リストの中から捕らえたグールズと特徴が合致している者がいないかを機械でチェックをかけるツバインシュタイン博士は感嘆の息を漏らす。

 

「おや、中々鋭いですね――Ms.響は確か教員志望でしたな。これは将来有望そうだ」

 

「いえ、これくらいは……」

 

「いやいや謙遜しなくても大丈夫ですよ――ヴァロン君なら『博士に任せるぜ!』ですからね」

 

 謙遜する響みどりにツバインシュタイン博士はバトルジャンキーが服を着て歩いているような青年を脳裏に浮かべつつ続ける。

 

「信用してくれているゆえなんでしょうが、一研究者としてはもう少し興味を持って貰いたいものです」

 

「フフッ、彼らしいですね」

 

 響みどりは軽く笑うがツバインシュタイン博士はどこか呆れ顔だった。

 

「全くですな――それで『脳波』を取る理由ですが、単純にグールズの構成員の『その後の人生』の為ですね」

 

「『その後』……ですか?」

 

 そして疑問への回答へと話題をシフトするツバインシュタイン博士に響みどりは興味深そうに相槌を打つ。

 

「ええ、彼らが行った犯罪行為はグールズの首領によって操られていただけのものですが、それをある程度証明する必要があります」

 

「それで脳波が関係していると」

 

 そんな出来の良い生徒っぷりを見せる響みどりにツバインシュタイン博士も上機嫌だ。

 

「はい、操られた人間の脳波は全て同じです――不気味な程にね。恐らくグールズのトップの脳波と照らし合わせれば全く同じになる筈です」

 

 そこまで話したツバインシュタイン博士はふと手を止め、思い出すかのように今現在、ツバインシュタイン博士側で把握している情報を開示していく。

 

「出身地はエジプト、年齢は15歳前後、男性、性格はかなり感情的で直情的、幼少期はかなり閉鎖的な環境で育っていますね。さらに姉か兄にあたる人物がおそらく協力者としている筈です」

 

 つらつらとグールズのボス、マリクの情報がとめどなく並べられていく。

 

「そして精神的にかなり不安定だ――解離性同一性障害、いわゆる多重人格障害の疑いもあります。現在は安定しているようですがね」

 

「………脳波だけで、そこまで分かるものなんですか?」

 

 どこか引き気味の響みどり――もはや個人を特定できそうな勢いである。

 

「とんでもない――今までのプロファイリングを加味した結果ですよ」

 

 しかしツバインシュタイン博士はイヤイヤと首を振る。

 

 此処までの情報は神崎に対処を願い出た『様々な方々』からの情報提供、もとい被害報告などからプロファイリングした結果である。

 

「まぁ結局のところ、実際に会ってみなければこのデータがどこまで正しいのか分かりませんけどね」

 

 そう肩をすくめるツバインシュタイン博士――だがイシズが聞けば茶を噴き出して驚きそうな程に的中している。

 

 

 

 

 ちなみに『様々な方々』からの被害報告のせいでマリクに逃げ場がなくなっている事実に神崎が「どうすれば……」と頭を抱えていたが、イシズが千年タウクで見た「マリク、フルボッコな未来」でお察しの通り、既に殆ど諦めているのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「がぁああああああああ!!」

 

 そんな和気あいあいとした教師と教え子のような雑談を切り裂くような絶叫が一室に響き渡る。

 

「ッ! 何事ですか!!」

 

「ああ、『また』ですか」

 

 異常事態だと判断した響みどりが警戒態勢を取るが、ツバインシュタイン博士は溜息を吐いて音の先を見やる。

 

「『また』?」

 

「はいはい、今、行きますよー」

 

 響みどりの疑問を余所に、ツバインシュタイン博士はスタスタと声の先にいる簡易ベッドに縛り付けられたグールズの方へと向かっていく。

 

「どれどれ……ああ、『アレ』ですね。では――」

 

 そして特に錯乱しているかのように暴れるグールズに大きな問題がないことを確認した後――

 

 

 

 

 

 

 

「――ソイッ!!」

 

「ぐべしっ!!」

 

 ツバインシュタイン博士の拳がグールズを強かに打ち据えた。

 

 

「 えっ 」

 

 

 唖然とする響みどりを余所に、簡易ベッドの上でグッタリもとい、ぐっすりと眠るように意識を失っているグールズの構成員の一人。

 

「お見苦しいところを見せてしまって申し訳ない、Ms.響。それで先程のプロファイリングの件ですが――」

 

 そして先程の衝撃的な光景などなかったかのようにスタスタと響みどりの方へと戻りながら会話に戻るツバインシュタイン博士。

 

「い、いや! 待ってください、博士!! 今のは!!」

 

「おや? どうかしましたか?」

 

 響みどりの烈火の如き追及にツバインシュタイン博士は首を傾げて見せる――その姿は何を問題にしているのだろうと言わんばかりだ。

 

「『おや? どうかしましたか?』じゃなくて! 何をしているんですか! 一応貴方は医者でしょう!!」

 

 そんなツバインシュタイン博士に向かって見事なノリツッコミを披露する響みどり――ナイスリアクション。将来有望である。

 

 ツバインシュタイン博士はその剣幕に頬をかきながら冷や汗を流すが――

 

「いや、私は一介の『研究者』なんですが…………まぁいいでしょう。先程の当て身の件ですが――彼らはグールズの首領に操られ、『命令』されております」

 

 そう言えば響みどりの前でこの「処置」をしたのは初見だったと思い至り、ツバインシュタイン博士は事情の説明へと移行していく。

 

「それゆえに、『脳を揺らし、その機能を制限』することで洗脳のくびきから『一時的に脱している』――此処まではご存知ですよね」

 

「は、はぁ、それは存じていますが……」

 

「ですが、ある程度まで『脳の機能が回復』すると、ああして『命令を実行すべく動きだす』んですよ」

 

 それを「させない」為にグールズの構成員たちを縛り付けているのだと言外に示すツバインシュタイン博士――だがそれだけでは先ほどの錯乱染みた状態の説明が付かない。

 

「しかし、此処まで拘束されていては当然、動くこと等できません――ですが彼らは『そんなことは関係なく』動こうとします」

 

 微妙に困惑から抜け出せない響みどりを余所にツバインシュタイン博士の授業は進み、集中していない生徒の意識を引き戻す様に質問が投げかけられる。

 

「するとどうなるでしょう?」

 

「………諦めて他の方法を模索する――ではないのですか?」

 

「確かに普通に命令されたものならその通り、『他の方法を模索する』でしょうね」

 

 響みどりの一般的な答えに一拍置いてツバインシュタイン博士はそう返すが、それだけならどれだけ楽だったかと肩をすくめて見せる。

 

「ですが彼らの場合は『関係なく動き続けます』――その結果、『己の身体が損傷』しようが気にせずにね」

 

 しかし自意識を奪われた彼らにそんな「普通」は当てはまらない。

 

「脳が今の自身の状態を正しく認識していないのですよ」

 

 グールズの構成員はKCにて「保護」されていても、マリクの洗脳から「解放」された訳ではないのだ。

 

「そんな中で偶にああいった『命令』と『自身の状態』とのズレに気付き脳がパニックを起こすものが出てくる訳です」

 

 それこそが先程のグールズの構成員の一人の有様――拘束しなければ起こりえないが、何をしでかすか分からない相手を放置することも出来ない実情がそこにはある。

 

「怪我でもされると困るので、彼らには一様に眠って貰っているのですよ」

 

 溜息を吐きながらそう締めくくったツバインシュタイン博士に響みどりは問いかけずにはいられない。

 

「治療法はないのですかッ!?」

 

 この今現在の有様が雄弁にその答えを物語っている。ないものは――

 

 

 

 

 

 

「ありますよ」

 

 あった。

 

「ならっ!」

 

「数に限りがあります」

 

 治療法が「ある」との答えに希望を浮かべて顔を上げた響みどりだったが、すぐさま希望はツバインシュタイン博士の手により両断された。

 

「だったら、症状を抑えるようなものはないんですか」

 

「それもあるにはありますが、あくまで一時的に症状を抑えるだけなので、また同じことが起こります」

 

 ならばと、別のアプローチを試みる響みどりだったが、ツバインシュタイン博士もモノがあれば、とうに使っている。

 

「薬といえども摂取し過ぎれば毒にもなりますからね――ですので『眠って貰う』のが彼らにとっても我々にとっても『一番良い対処』なんですよ」

 

「そ、そんな……」

 

「Ms.響。貴方の気持ちはよく分かります……私もとても、とても心苦しい」

 

 様々な分野で活躍するツバインシュタイン博士ですらどうにもならない現実に肩を落とす響みどりにツバインシュタイン博士は沈痛な面持ちで元気つけるような言葉を選ぶ。

 

「ですがグールズの首領を捕え、洗脳を解除させるまでの辛抱になります。私は現場に立つことは出来ませんが、それぞれの場で共に頑張ろうじゃないですか」

 

 そう、千年アイテムの一つ、千年ロッドとその所持者を確保すればこの問題は解決するのだ。

 

 

 ツバインシュタイン博士が研究したくてたまらない「千年アイテム」の一つ千年ロッドが手に入れば――

 

 勿論ツバインシュタイン博士にあるのは純粋な慈愛の心みたいなものである。

 

 

 他意はない。ないったらないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそんな何とも言えぬやり取りは脇に置いて、少し巻き戻り、城之内が梶木とのデュエルに興じている頃――

 

死者の腹話術師LP:4000 → 0

 

「こ、これが……神……!?」

 

 そう言葉を震わせ、河川敷にて尻餅をついているのは痩せこけた体型で口に不気味なマスクを付けた男――死者の腹話術師。

 

 彼の足元には黒いサングラスに米国旗のバンダナをした人形が転がっている。腹話術用の人形であり、キース・ハワードを模してある人形のようだ。

 

 その死者の腹話術師を一蹴の元に付したのはスキンヘッドの頭にいくつものピアスを顔に付けた男――人形。

 

 その「人形」との名は勿論本名ではなく、グールズ間で呼ばれるコードネームのようなものであり、マリクが直に操るとき用のグールズのレアハンターの一人である。

 

 

 しかしその人形の顔には何の感情も浮かんではおらず、ただ怯える死者の腹話術師をじっと見つめていた。

 

 

 ガクガクと膝を震わせる死者の腹話術師――彼のデュエルは完璧な手札、そして布陣であった。しかしたった1枚のカードが全てを覆した。

 

(あん)ちゃんが負けた……!? あの全米チャンプのデッキを完全にコピーした(あん)ちゃんが!?」

 

 そう死者の腹話術師の敗北を信じられないと、恐れおののいているのは紫のコートを着た肥満体型の男――死の物真似師。

 

 2人は兄弟の模様。

 

 そんな死の物真似師に死者の腹話術師は焦ったように声を上げる。

 

「に、逃げるのだ、弟よ! あのカードは人の身でどうにか出来るものではない!!」

 

 死者の腹話術師はマリクの操る人形に完全に目を付けられており、逃げられるような状態ではない。

 

「で、でも(あん)ちゃんを置いてはいけないよ!!」

 

 それゆえに弟の死の物真似師だけでも逃げろと兄として声を上げたのだが、置いてはいけないと返す弟の死の物真似師。

 

 

 麗しい兄弟の絆――絵面は酷いが、それは言わないお約束である。

 

 

 だがそんな2人に人形の口からマリクの声が零れる。

 

『悪いけど2人とも逃がす気はないよ。弟の方にもデュエルしてもらう――遊戯を誘き寄せるエサになって貰う為にね』

 

 マリクはパンドラを通じての会合で遊戯への因縁を大して話せなかったゆえにもう一度会合の場を設けるようだ。

 

 復讐をするにも、マリク側の事情を遊戯が知らなければよく分からない内に終わってしまいかねない為の処置なのだろう。

 

 

 近場にいた相手ゆえにターゲットに選んだようだが、誘き寄せるエサにするにも、もっと適した相手がいるだろうに……

 

 

 

 

 

 

 しかしそんな3人に救世主が降り立つ。

 

「その必要はないぜ、マリク!!」

 

 そこにいたのはご存知の遊戯――先の人形と死者の腹話術師のデュエルの際に召喚された『神のカード』が目印となったようだ。

 

「俺が相手になってやる!!」

 

『神の威光に誘われノコノコやって来たか、うれしいよ』

 

 手間が省けたと死者の腹話術師と死の物真似師の隣を素通りし、遊戯と向かい合うマリクの操る人形。

 

 

 その隙に慌ててこの場から走り去る死者の腹話術師と死の物真似師――通信機片手にKC側に連絡を入れて、増援を呼ぶ辺り遊戯への配慮も一応しているようだ。

 

 

 

 そんな2人がこの場を立ち去ったのを確認した遊戯は人形の先にいるマリクを指さし怒り心頭な面持ちで声を上げる。

 

「まずはソイツを解放しろ! 俺が倒すべきはお前だ! マリク!!」

 

『言われなくても僕が相手をしてやるさ。この人形――パントマイマーの心はその奥底にうずくまっている。だから感情など無い』

 

 怒りに燃える遊戯の姿にマリクはどこか優越感に浸りながら嘲笑う。

 

『つまりコイツはただの器――僕が実際にデュエルするのと大差ないさ』

 

「いい加減にしろ!! コソコソ隠れてないで、俺の前に姿を現せ!!」

 

 他者を操りその影で嗤うマリクに遊戯は怒りを向けるが、そんな遊戯の姿をマリクは悦に入ったように煽る。

 

『いやだね。それじゃあ直ぐに終わっちゃうじゃないか――僕は君の苦しむ姿が見たいんだよ』

 

 しかしマリクはふと思い出したかのように人形に周囲の人の気配を探らせる。キョロキョロと周囲を見回す人形だったが、やがて再度遊戯の方へ向き直った。

 

『あの眼鏡の女はいないようだな』

 

 そうふと零したマリク。パンドラの時のように北森に途中で話を中断させられてはマリクも堪ったものではないのだろう。

 

 

『早速デュエルと行こうか』

 

 そして今回の「死のゲーム」についての説明を始めるマリク。

 

『遊戯、このデュエルに君が負ければこの人形が貴様を殺す』

 

「なっ!?」

 

 回りくどいマネは止めたと言わんばかりのルールだった。遊戯の驚く姿に満足気なマリクの声が続く。

 

『貴様が負けた瞬間に、この人形はどこまでも追い続けて確実に貴様を殺すのさ――少しはやる気になったかい?』

 

「どこまで腐ってやがるんだ……!!」

 

 遊戯が驚いたのは人を直接的に殺す命令すら下せる千年ロッドの力と、マリクの性根だった。

 

 パンドラの時にマリクから僅かに語られた「復讐」との言葉から何か訳があるのかと考えていた遊戯だが、それにしても明らかに度が過ぎている。

 

「なら約束しろ!! 俺が勝ったらソイツを無事に解放すると!!」

 

『いいだろう――まぁ、僕に勝てればの話だけどね』

 

 遊戯の提案をマリクは嗤う――パンドラの時とは違うのだと。

 

 神のカードを相手に、神のカードを持たぬデュエリストが勝てるわけがないとマリクは内心で遊戯を嘲笑う。

 

 

「 『 デュエル!! 」 』

 

 

 ここにマリクの手による復讐劇がついに、ようやく、やっとこさ、本格的に動きだした。

 

 






~今作では何故、「死者の腹話術師」と「死の物真似師」が同時に存在しているのか~

この2名は原作にてペガサス島で遊戯に刺客として、海馬のデッキを使い勝負を仕掛けてくるデュエリストなのだが

コミック版では「死者の腹話術師」

アニメ版では「死の物真似師」

とコミック版の原作がアニメ化する際に変更された為、

今作ではどちらを基準にしようか悩んだ際に――

迷宮兄弟を見て「兄弟設定にしよう!」と決意


よって、今作では「コピーデッキ使い」の兄弟になった。
兄が「死者の腹話術師」で弟が「死の物真似師」である。

ちなみに今作での今後の出番は多分ない。


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