傷の少女 作:Einsamkeit
薄暗い部屋の中、グラスに注いだワインを嗅ぎながら、ふてぶてしく椅子に座る
全くいつ見ても癪に障る男だ。
私を見て奴は少し苦笑気味に喉を鳴らした。
「そう怖い顔をしないでくれ」
「それで…?」
「…相変わらず仕事の事しか話してくれないねー」
そう苦笑しながら、男は部屋にある大きなスクリーンに映像を映した。
スクリーンの中では、ISに乗った"男"が動き回っていた。
…確かオリムライチカという名前だったはず。
弟の方には興味が無いので詳しくは知らないが、女にしか操れないISを男で初めて動かしたとか。
「コイツを殺せばいいのか?」
「…彼のDNAが欲しい」
「…」
「彼は素晴らしい!彼のDNAの構造さえわかればアレが何故男に反応しないのかが分かる!彼は最高の
恍惚とした表情で男は言い切った。
振り上げられたグラスからは、今にもワインがこぼれ落ちそうだ。
全くこの男は余計な事まで喋るから面倒くさい。
通常依頼人というのは目的は話さない。
たかだか便利屋に目的まで言うのは、私が知る限りこの阿呆だけだ。
「貴様の目的なんぞ知らん。いくら出す?」
男はニヤリと虫唾の走る笑みを浮かべた後、3本の指を上げた。
報酬は申し分ない。
そしてアイツらに復讐しやすくなる。
私に不利益になることは無い。
私はゆっくりと頷いた。
「…私個人としてもやりたい事がある」
「そこは自由にしてくれて構わない。ただし、依頼に影響の出ることはしないでくれよ。くれぐれもね」
「…分かった」
◆❖◇◇❖◆
来る日、私はIS学園にいた。
もちろん仕事のため。
奴からの任務はただ一つオリムライチカに近づき、DNAを採取する事。
どんな手段でも構わない。
血液だろうが、髪の毛だろうが、精液だろうが。
「ドイツから来ましたフロレンツィア・クロイツェルです。まだ日本語は不慣れですが、皆さんと仲良く慣れるととても嬉しいです!」
語尾にハートマークが付きそうなくらいふんわりとした口調で挨拶し、少しだけ照れたような動作をし頭をぎこちなく下げる。
これをするだけで大抵の人間は味方になる。
沸き起こる拍手に照れた風を装いぎこちなく笑う。
今は担任であるオリムラチフユに促され空いている席に向かう。
オリムラチフユは私の事など全く知らない様子だ。
もっともあの事件では直接的な犠牲者は全く出なかったとなっている。
幸せそうな顔を見ると怒りがふつふつと湧き上がってくるが、表情を作り抑える。
席に向かう途中、次いでにオリムライチカとコンタクトをとることも忘れない。
奴に目をやると見蕩れた様な顔でこちらを見ていた。
チョロイな。この分だと今回の仕事は儲けものだ。
早速近づいていく。
「あ、貴方がオリムライチカさんですね!」
「え、あ、はい…」
まさか話しかけられるとは思っていなかったようで惚ける。
お構い無しに片手を奪い、両手で包み込むようにして自分の胸の間に挟む。
無論無意識を装って。
途端に真っ赤になるオリムライチカ。
わかりやすいヤツで助かる。
「テレビで見ました!とても!カッコいいです!スゴイです!」
「え?あ、その…ありがとう」
「ゴホン、フロレンツィア、さっさと席につけ」
「すみません。イチカさんとお会いして興奮してしまいました」
オリムライチカに微笑みかけ、席へと着く。
ファーストコンタクトとしては十分だろう。
調べた所によると、オリムライチカは幼い頃に両親が蒸発。
オリムラチフユと2人きりで育ってきたため、相互に精神的依存関係にある。
いわゆるブラザーコンプレックス、シスターコンプレックスと言われるものだ。
依存できる対象がいるだけ幸せなものだ。
姉、チフユはISという大量破壊兵器をこの世に知らしめるきっかけとなった忌々しい白騎士事件の当事者。言わばこの世界の軍事的バランスを一夜にして無に返したテロリストの1人。両親の仇。
弟のイチカは考察する限り、特筆するところのない平々凡々な少年だ。警戒する必要性は皆無だ。頭はむしろ緩い方だろう。
「ちょっと!貴女聞いてまして!?」
「……?は、はい!何でしょうか?」
「貴女、一夏さんのこと…その…どう思ってらっしゃるのかしら…」
モジモジしながらこちらを見るセシリア・オルコット。
彼女に関しては割愛する。
強いて言うなら頭の緩い貴族令嬢さま。
はぁ…面倒くさい。
顔を赤らめ、口元に手を当て照れたような仕草をする。
これで大抵の人間は私がオリムライチカを好きだと思うだろう。
「…っ!!このセシリア・オルコット、フロレンツィア・クロイツェルに決闘を申込みますわ」
「…は?」
「ゴホンっ!!セシリア・オルコット席に付け」
「ひっ!?わ、分かりましたわ」
凄まじい威圧を全身から醸し出すオリムラチフユ。
…楽しそうで何よりだ。
つい、感情が爆発しそうになるが、今はその時ではない。
静かに息を吐き、高まった感情を押さえつける。
もう少し待て…。あと少しだ。
◆❖◇◇❖◆
『ふむふむ、上手くいってるみたいだねー。…それで彼女は?』
「……」
『その様子だと…まあ、仕方が無いさ彼女は…"英雄"だからね。それはそうと…私は便利屋としての君を信頼して依頼したんだ。わかるね?』
「わかっている」
『では、吉報を待つこととするよ』
電話を切り、ビール缶を開ける。
プシュッという心地の良い音と共に、麦酒の香りが漂ってくる。
ここにいる間の娯楽といえばビールと煙草くらいなものだ。
1人ぼっちの部屋を見渡す。
もう1人には慣れた…いや、慣れてしまった。
私の父と母はアイツらに殺された。
父は当時ドイツ連邦軍の電子戦部隊に所属し、それを統括する立場にいた。
そして、あの忌々しき事件が起こった。
ドイツ連邦軍部ではすぐさま責任問題が発生した。
それもそうだ。ひとつ間違えれば再び世界大戦が勃発していた可能性だってあった。
システムをハッキングされミサイルを日本に向け発射した前代未聞の事件。
国民はその事実に激怒し、声を上げた。
問題を治め、国民を納得させるには生贄が必要だったのだ。国民の怒りを抑えるための犠牲が。
そこで白羽の矢が立ったのが私の父だった。
私の父は責任を押し付けるには立場も何もかもがピッタリだったのだ。
そして、電子部隊を総括しておきながらハッキングを許した愚将として父は裁かれる事となった。
厳しい取り調べと飛び交う雑言に父は徐々に精神を病み。
そして、身投げした。
父を亡くした母は、昼夜問わず必死に働き私を育ててくれたが無理が祟り、体調を崩すことが多くなった。
父の死から2年後、あとを追うように息を引き取った。
そして私は一人になった。