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名臣 翔彦は森をさまよっていた。
姫をおぶり、剣を携えながら。
名臣は、青龍寺 望麿との合流地点である砦に行かねばならないのである。
しかし………
「名臣、私は疲れました。ここで一休みしましょう。」
月宮姫はそう提案した。
名臣もあの騒動から敵を蹴散らしたり、姫をおぶって走ったりとろくに水さえ飲んでいなかった。
「そ、そうですな。少し休みましょう。」
二人は深い森の中で休憩した。
森の中は静かで、木の葉の間から見える月の光は美しく、今日大変なことが起きたとはまだ信じられなかった。
名臣は少し眠そうにしている姫の、月の光に照らされた白い肌にしばし見とれていた。
一方、王城。
ここはクーデターを引き起こした喜条 長盛に占拠され、喜条軍であふれていた。
城は燃えてしまったので彼らは簡易なテントを張って、駐屯している。
「兄者‼︎やはり皇帝は自ら城に火をかけ自決したらしい。」
長盛の弟、喜条 長隆《きじょう ながたか》はそう報告した。彼は喜条軍の参謀だ。
「やはりな。敵とはいえ見事な最期であった。」
「うむ。何はともあれ父の仇は討てたわけだ。」
「ふふふ………」
「ふふふ………」
「はっははははは‼︎」
「はっははははは‼︎」
兄弟は高笑いした。
「長隆‼︎わしは新たな皇帝に即位する。おぬしはこれからは国のナンバー2だ‼︎」
「ありがたき幸せ‼︎」
時代は喜条家に移ろうとしていた。
名臣と姫は深い森の中で野宿することになった。
姫はもうこれ以上、疲れて動けないという。
しかし名臣はなかなか眠ることができなかった。
無理もない。美しい姫君が横で寝ているのである。現在、自分の欲望と格闘しているのだ。
「名臣………」
「は、はい‼︎」
突然、姫が話しかけた。
「父上や兄君は今頃どうしているのかな………?」
そういえば名臣はあまり今回のことについて姫に話していなかった。
「名臣、何か知ってる?私と同じようにうまく脱出できたかな?」
「………」
名臣は一瞬躊躇した。
青龍寺 望麿が助けにいった王妃はともかく、皇帝や皇太子は「一国の王が逃げたとあらば、末代までの恥だ。」と言って脱出しようとはしなかった。
「ねぇ、どうなの?」
「は、王妃様はおそらく脱出できたものかと。」
「母上は大丈夫なのね‼︎じゃあ父上と兄君も‼︎」
「………」
「私のところに来る前に父上のところにいたんでしょ?」
名臣の顔は険しかった。
「ま、まさか………父上は………死んだの?」
名臣はゆっくりと頷いた。
「あ、兄君も?」
名臣はこくりと頷いた。
一瞬、姫の目から光が消えたように思えた。
すると………
「ワアアア‼︎」
姫は急に泣きだした。
「馬鹿‼︎なんで一緒にいたのに守れなかったのよ‼︎」
姫は名臣に突っかかった。
「なんで⁉︎なんで⁉︎」
姫の透き通るような白い頬を涙がつたう。
「なんであんたみたいな変な顔が生き残って父上と兄君が死ななきゃならないのよ⁉︎」
名臣は自分でも情けなく思った。
姫を救い出すのが勅命だったとはいえ、自分だけ脱出したのはなんだかやるせなく思った。
「あんたなんか大嫌い‼︎」
泣きじゃくった顔でそう言った姫は、フッと倒れた。
あまりにもあまりにもショックが大きかったのだ。
姫が気絶した後、名臣は深い森の中、一人涙を流した。
翌朝、二人は目的地に向かって歩きはじめた。
昨日は姫をおんぶしていったが、姫は自分で歩くと言い張り、最後まで自力で歩いた。
さらに名臣と距離をとり、ずっと名臣を軽蔑し続けた。
目的地の砦に着くまで二人の間に会話は無かった。
砦に着くと、まず王妃が走って出てきて、姫を抱きしめた。
「月宮‼︎」
「母上‼︎」
「良かった無事で‼︎」
「母上も‼︎」
その後、青龍寺 望麿も出てきた。
どうやら青龍寺と王妃の方が先に砦に入ったらしい。
「よく砦に着いたな。」
「はい。姫をお守りすることが皇帝の最後の命でしたから。」
「とにかく砦に入れ。疲れただろう。宴の準備などはないが酒くらいはあるぞ。」
砦には三万ほどの兵が集まっていた。
「すごい数の兵ですな。」
「うむ。私は砦に着いてすぐに、地元の豪族に援軍を求め、まわりの豪族たちが兵を連れて集まってきたのだ。いつでも喜条 長盛と戦えるぞ。」
「これは頼もしい。」
青龍寺は、名臣にある男を紹介した。
その男は名臣と同じくらいの歳でまだ若かった。
「こちら、この地方の豪族の長、武花 冴長《たけはな さえなが》殿じゃ。」
「此度は大変なことで………それがし、全身全霊で逆賊喜条 長盛、長隆兄弟を討ち滅ぼしますぞ。」
「よろしくお願いします。」
名臣が挨拶すると姫が横を通りかかった。
「じい(青龍寺のこと)、この方は?」
姫が武花をさして言った。
「ああ、この方はこの度、私たちに協力してくださるこの地方の豪族の長、武花 冴長殿です。」
「まあ、頼もしい。頼りにしてますよ。」
姫の声に力は無かったが、名臣は、姫が去り際に武花にウインクしたように思えた。
「ささっ、二人とも、酒でも飲んで、ゆっくりなさい。」
青龍寺が武花と名臣に促した。
久々の酒である。
「ところで………これからの話なんじゃが………」
青龍寺がおもむろに口を開いた。
「兵が三万もいるのにこの砦はあまりに小さい。そこで………」
一息ついて、
「武花殿の居城に全軍移ろうと思う。」
「それがしの城でござるか⁉︎」
武花はむせそうになった。
「うむ。あそこはここにいる三万の兵の本拠。そこでの戦いには慣れてるだろうし、士気も違う。」
すると名臣が口をはさんだ。
「王妃と姫は?」
「もちろんそこに移す。」
「神器も?」
「もちろん。」
名臣は酒に口をつけず、質問を続ける。
「砦は捨てるので?」
「じきにここにも反乱軍はやってくる。この砦では守りきれん。」
「では………」
「少し落ち着け、まだおぬしは砦に着いたばかりだぞ。」
青龍寺は名臣の質問攻めに疲れたらしい。
「ふう………だからあなたの城に行くことになるがよろしいかな?武花殿。」
「別に拙者は構いませんが………」
名臣は姫が武花に話しかけてから、何だか武花に複雑な気持ちを抱いていた。
「よし、決まりじゃ、今日はゆっくり休んで、明日、砦を出発する。さあ、二人ともくつろいで………」
「私は砦の見張りでもいたしまする‼︎」
青龍寺が言い終わらないうちに名臣は出てってしまった。
外はもう暗かった。
名臣は見張りをしながら、月の下、物思いにふけっていた。
名臣は生まれて初めて嫉妬、というものにとらわれていたのだ。
ずっと姫の遊び相手として、姫の側にいた名臣は、初めて姫に忌み嫌われてしまった。
そしてそこに姫と歳の近い男が現れた。
名臣は姫が武花にかけた言葉が離れられなかった。
「頼りにしてますよ。」
しかし武花はあきらかに不利な自分たちにただで援軍にきてくれた。
それに青龍寺は彼を信頼しているようだ。
それに、今は国の一大事。味方は多いほうが良い。
その事実が、名臣を余計悩ませた。
それに悩みはそれだけではない。
姫のいう通り、自分は仲間が死んでいくなか、逃げ延びた卑怯者だ。姫を救いだすのが勅命だったとはいえ、自分は姫の心に大きな穴を開けてしまったのだ。消えることのない、大きな穴を。
名臣は、自分の背負いきれないほど大きな罪に悩んだ。
何分、いや何時間悩んだろう。
いきなり王妃が見張り台に現れた。
「こんばんは。」
「ひ‼︎お、王妃さま⁉︎」
物思いにふけっていた名臣はいきなり声をかけられたのでびっくりしてしまった。
「見張り台に近づく私に気づかない人が見張りをしていて大丈夫かしら。」
王妃はそうからかった。
「も、申し訳ありません。」
名臣は顔を赤らめた。
「今日はごめんなさいね。なんか月宮があなたにボロクソに言ったとか。」
「いえ………全て私が悪いのです。」
「私と一緒にいる時もずっとつぶやいていたわ。『あの変な顔が父上と兄上を殺した』とかね。」
「………」
名臣の胸にグサリときた。
「でも仕方がなかったのよね。あなたも、青龍寺も。」
「あの時、私が無理にでも残っていれば………」
名臣の頭は無念の文字で溢れていた。
「悪いけどあなたがいても結果は変わらなかったと思うわ。
でも私すごい感謝してるの。あなたが月宮を救ってくれて。だからああして私は娘に会えた。
私はあなたみたいな忠義的な家来は初めて見たわ。私、あなたを誇りに思う。」
名臣の目に涙が溢れた。
「み、身にあまる光栄………」
「だから、あまり悩まないでね。」
そう言い終わると王妃は見張り台を去った。
今日も月は美しかった。
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