「葉月さん、わたしとりんは、フェアリーズストーリーを必死になってつくったよ。
無印つくっていたときは、先輩の嫉妬もあった。
会議は必ず誰かが欠けた。それからNPCはつくってくれたもののやたらにエラーがあったり、中途半端なものだったり。結局自分で手を加えなければならなかった。キャラのプログラムをエラーだらけにして本人が休んでるなんてことはしょっちゅうだった。しかし、これも後で考えれば自分ですべてのキャラに目が通せたことになってヒットにつながったんだけどね。ねねちゃんがほめていたようにモブキャラにも詳しい設定をつくりこむことにもなった。
あからさまにこの設定はおかしいと一見筋が通ったようなクレームもつけられたこともあったよ。先輩たち、ずるいなと思った。」
「そういう愚痴をわたしがきかされていたのよ。」
りんが微笑みながらつっこみ、コウは苦笑する。
「そう。りんに愚痴ばっか言ってた。先輩たちは、葉月さんの顔に免じてつくってくれていた面もあったのでなんとか予定通りに進んだ。予算も限られていたけど、その分自由につくれたから楽しかったな。
背景のセンスは、さすがりんだと思ったよ。わたしのキャラばかり注目されるけど、りんの事務処理能力とファンタジーや西欧中世史、動物、古生物学の広い知識がなかったらあのゲームはできなかった。ダンジョンだって、りんと相談してつくった。モンスターとか罠とかね。背景だってゲームの顔だから。
ちなみに、フェアリーズ2がなんとか完成して、3をつくるときに、ゆんが採用されたのも、専門学校に行っていて、ときどきバイトにきてたゆんの動物に関する知識をりんが見込んだからなんだ。
フェアリーズストーリーは、発売されると宣伝がよかったこともあって、初日から列つくってた。りんは、背景班の一スタッフだったから特典がもらえないからといっしょに並んだなあ。初日からツイッター、フェイスブック、LineなどのSNS、匿名掲示板や口コミで話題になって、フェアリーズストーリーは爆発的に売れた。2000万本近かったかな。だって、間借りしていたイーグルジャンプが自社ビルを建てることができたんだよ。そのため、わたしは2の開発当初は、アートデイレクターに起用された。功績大ということでね、平社員が先輩たちを飛び越えていっきょに課長になったみたいなものだよ。だけど誰も文句言わなかったから、わたしは、これから思う存分壮大な設定のゲームがつくれると意気込んでいた。予算も倍以上。かすかな不安はあったけど、何もかもうまくいくような気がしていた。だけど、本当はここからが出発点だったんだね。文句言わなかったんじゃなくて功績が大きいから文句言えなかっただけで先輩たちの不満も鬱積してたんだ。
わたしは一生懸命やった。だけどわたしの業績と仕事のペースにだれもついてこれなかったんだ。若い女性が会社にとまってまで連日仕事をする。遊びたいだろうに毎晩遅くまで残業。わたしは平気だったけど、先輩方がぱらぱらと少しづつやめていった。
事態の深刻さに気が付いたのは、ある会議に誰も来なかったとき。最初のマスターアップ予定の半年前。
青葉くらいの新人ちゃんが
「ごめんなさい。もうやれません。」と言ってきた。思い直すように説得したんだけど、ごめんなさいを繰り返すばかりで、がんと首を縦に振らなかった。
期待してたんだけどね。リテイクの連発だったから、不安になっちゃたんだろうね。
2日に1体NPCを作っていたのがわたし一人になって1日1体つくることになった。
どう計算しても、フェアリーズ2が最初のマスターアップ予定日に間に合わないことが判明したのはその一か月後。りんが深刻な顔で
「コウちゃん、どう考えても間に合わない。」と話しかけてきた。
わたしは、心が折れた。ADをやめさせてくれと葉月さんに話した。わたしには向いていない、一キャラデザにしてほしいと。葉月さんもため息をつきながらも納得してくれた。
この失敗でわたしは、上に立つ者のコミュニケーションがいかに大事か痛感したんだ。
葉月さんがこのとき、わたしを、やめずにもくもくと仕事をやってくれたひふみんの隣の席に配置した。ひふみんもコミュ障なところがあるから話相手として、お互いにタメ口で話すようにした。だからひふみんは後輩なんだけどわたしのことをコウちゃんって呼ぶんだ。
そうしたらりんも、ひふみんにりんちゃんって呼ぶように話したから今のようになった。また、東大卒の若いある実業家の失敗談をテレビで見る機会があった。
「過去を振り返ったところで仕方がない。過去を振り返らず今を生きろ。」
目が覚めたようだった。目の前のことをやるだけなんだ、と気が付いた。
そうして予定よりも数年おくれでフェアリーズ2をマスターアップできた。フェアリーズ2が発売されたのが青葉たちが高校2年の時になっちゃったのはそういうことなんだ。画集の発売が去年になったのもね。
うみこさんがイーグルジャンプに来たのは、八神さんがADをやめた後なんですよね(3巻p.103)。
ちなみにひふみんは、AD時代のコウを知っています。