紅魔指導要領   作:埋群秋水

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お待たせいたしました。
それでは、どうぞ、ご覧ください。


第3章 日常篇
第11話


 

 数日間にわたる英国散策が終わり、久方ぶりに我が主の下へ帰ってきた。今日も今日とて相変わらず紅い紅魔館が、夜明け前の薄暗い湖の向こうに見える。

 

 (わたくし)は霧の漂う湖畔を一人歩いていた。ロンドンのような大都市ではもう見なくなったが、ルーマニアの片田舎の湖には未だに妖精がいる。絵本に出てくるような大きさから、小さな子どもぐらいの大きさのまで多種多様だ。しかし、彼ら彼女らも、もう少し時代が進めばその存在は幻想へと消えてゆくのだろう。科学の発展と共に、人間は闇を恐れなくなり、不思議は不思議でなくなっていった。ロンドンの黒魔術などの流行はその反作用のようなものであろう。私の考えをよそに、妖精は実に間抜けな、幸せそうな顔で寝こけている。

 

 私のような悪魔は、たとえ人間が滅びようが関係はない。我々は魔界に住む存在で、言わば異世界人のようなものだからだ。だが、人の信仰から生まれし神々は別であるし、お嬢様方を始めとした()()()()も例に漏れない。彼らは一様に人無くしては存在し得ないのだ。未だに裏社会に色濃く影響力を残すスカーレット家は、その実吸血鬼一家な訳で、彼らもまたいつかは夢幻の彼方へ消え去る運命(さだめ)なのだろうか?

――私のような悪魔と、旦那様方は別の存在です。彼らは魔界へ来ることは出来ません。私がいつまで紅魔館にいるかは分かりませんが、いつの日か最期を看取る日が来るのでしょうか……? この世界のどこかに、幻想の存在を受け入れてくれるような、素敵で残酷な世界はないものでしょうかね?

 

 静かな霧の湖畔の影響か、久しく感じていなかった感傷(センチメンタリズム)に浸っていると、紅魔館の門が見えてきた。と同時に、まばゆい朝日が湖を、紅魔館を照らす。この時間なら門番の美鈴が立っているはずだ。土産を渡し、少し話もしていこう。私は朝日に光る赤髪を探しに歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 考え通り、美鈴は門の前で立っていた。腕を組み、顔をうつむかせている。自身の操る気を周りに巡らせ警戒も怠っていない。私が内心感心しながら近づいていくと、奇妙な雰囲気を感じ取った。

――美鈴の呼吸がすごく静かですね? それに、この距離まで近づいても何も行動を示さないなんて何か事情があるのでしょうか?

 

 私は訝しげに美鈴の側に近づいていった。そして、謎が解けた。謎と言うほどでもない、美鈴はただ立っているだけだったのだ。ただ、気持ちよさそうに眠りながらであるが。

――これは、これは……。ここまで堂々とサボりをする人(?)は初めてですよ。どれ、少しは悪魔らしい事でもしてみますか。

 

 私は自身の存在を欺き、美鈴の側へ行き、頭に手を置いた。艶やかな髪がサラサラと流れ気持ちがいい。こんな場面でなければ素直に楽しめた物を……。残念だ。私は置いた掌から美鈴の夢の中へ進入する。一体彼女はどんな夢を見ているのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美鈴の夢の中、そこは意外にも紅魔館であった。静かな夜である。夢の中では私は認識されない。あくまで私は侵入者なのだから。それ故に堂々と歩いて回る。

 

 美鈴は庭にいた。庭にはないはずの花壇と、夜なのに咲き誇る花々。これは彼女の願望か、いままで殺伐とした生活を続けていたという話を聞いたことがある。そのうち勧めてみるのも良いかもしれない。

 

 そして、庭に置かれたベンチセットには旦那様と奥様が、美鈴の側にはお嬢様がいる。お嬢様は美鈴と共に庭いじりをして実に可愛らしい笑顔である。

――自らの欲望が如実に表れる夢の中で、この様に穏やかな風景であるとは何と欲のないことでしょう。いや、妖怪だからでしょうか? 何気に妖怪の夢に入るのは初めてでしたが、イケる物ですね。かつて、魔界で旧支配者(グレート・オールド・ワン)と呼ばれる方の夢に入りましたが、あれは悪魔である私でさえもあと少し脱出するのが遅ければ、精神が駄目になるところでしたから。悪魔にとっての精神の死は致命傷です。それ以来夢に入るのは自粛していましたが……こんな平和な物ばかりならまたやっても良いですね。

 

 しかし、ここまで微笑ましい夢だと壊してしまうのは少し惜しい気がする。私がそんなことを考えていると、美鈴が徐に立ち上がりこちらに向かって手を振り、声を上げた。

 

「クロエさーん!」

 

――!!?!?? 

  そんな馬鹿な、私のことを認識できるはずがありません。これは一体……?

 

「騒々しいですよ、美鈴。」

 

 聞き慣れた、しかし少し違和感を覚える声がする。振り向くとそこにいたのは、

 

 

 

――私だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、考えてみれば何も不思議なことはない。私も世界に存在する一個体であり、当然他者からも認識されている。ならば、認知上の人物として他人の夢に登場するのも道理である。

――久々の夢入りで少し混乱していたのかも知れませんね。これはもうそろそろお暇するべきでしょうか。しかし、最初にも思いましたが、何と微笑ましい光景なんでしょうか。そこに私がいるのが少し違和感ですが、考えてみると、美鈴にとってこの光景こそが心の底から望む物なのですかね? だとすれば何と正直な夢なのでしょう。もしかしたら妖怪の夢は人間のそれよりも、遙かに自分の心を映す物なのかもしれません。今後も使えそうな発見ですね。

 

 私は久々の夢入りを終わろうとしていた。すると、今まで美鈴と談笑していた夢の中の私が急に振り返ったのだ。

 

「美鈴の夢の中は如何でしたか、私?」

 

――全く、我ながら何とも驚かしてくれますね。なぜ、夢の中の一登場人物が勝手に行動するという、言わば神に背くかのような行動が出来るのかは知りませんが、まぁ私ですからね。仕方ないでしょう。

 

 夢自体も終わろうとしているのか、周囲がまるで暗転するようにゆっくりと黒くなりだした。夢の中の私が私に近づいてくる。私は笑みを浮かべると口を開いた。

 

「ええ、英国で愉快な思いをさせてもらったと思ったら、今度は他人の夢の中で自分と話すという貴重な体験をさせてもらうなんて。やはり地上は良い物ですね。」

 

「ほう、英国で愉快な思いとは。実に恨めしい。是非ともこの夢の主にも話してやってくださいね。それを通じ私にも共有されますから。」

 

「我ながら何とも不思議な事態なんでしょうかね。もはや、どっちがどちらかも分からなくなってくる。かの旧支配者(グレート・オールド・ワン)の夢の中でも体験し得なかったと言いますのに。これではあちらの方々も混乱を来してしまいますよ?」

 

「こればかりは仕方ないでしょう。今更一人称を変えますか? あまり利口とは言えませんが。」

 

「ええ、精神を支柱とする我々のような存在が一人称を変える、それは即ち自身の存在を揺るがしかねない事態です。」

 

「そのとおり。まぁ、私自身もわかりにくくなっていますが、ね。」

 

「……貴女はもはや私とは違う存在となっています。これ以上話していると、貴女まで変わってしまうでしょう。知っていますか? 自身のドッペルゲンガーに出会ってしまうと死んでしまうそうですよ?」

 

「おお、怖い怖い。では、死なないうちに退場させてもらうとしますよ。また会いましょう? 嫌悪するほどに最も私に近くて、そして恋い焦がれるほど最も遠い私。」

 

「二度と会うことはないでしょう。唾棄するほど最も私から遠く、抱きしめたくなるぐらい最も近くにいる私。」

 

「さようなら。」

 

「ええ、さようなら。」

 

 私は歩き出した。夢の終わりに向かって。今歩いている私は、現実の私なのか。それとも……?

 

 

―続く―

 




如何でしたでしょうか?
ここから日常篇が始まります。しばしおつきあいください。
時代設定、その他諸々が実際とずれていますが、そこは虚構(フィクション)と言うことでスルーしてくれると嬉しいです。なるべく早い投稿を心がけるようにします。最近、少しだけブラインドタッチみたいな物が出来るようになってきましたので……。

また、よろしければ、ご感想や評価などもお願いします。

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