「……なぁ、ちょっと気になったんだが、この館ってもう一個地下があるよな? そこには何があるんだ?」
魔理沙の発したその疑問は、何の深い意図もない純然たる疑問であった。なぜ気がついたのかうかがい知る事は出来ないが、この地下の大図書館のさらに下にもう一つの空間がある事に気がついてしまった彼女は、何の気なしにそれを口にしたのだ。彼女自身どうせ物置とかワインセラーでもあるのかと予想をしていた。だが、返ってきたのは異様に思い空気と、それに伴う沈黙だった。
「お、おい、どうしたんだ? なんかマズいこと聞いちゃったか?」
「……え、えぇ~とですね……」
小悪魔が気まずい表情をしている。普段の彼女からすれば考えられないような態度である。平静の彼女を知らない魔理沙からしても、小悪魔のその表情は違和感を得るものだった。魔理沙がさらなる言葉を続けようとしたその時、パチュリーが場を仕切るかのように強い調子で言葉を発した。
「――物置よ。普段は使わない椅子とか家具をしまっておく部屋よ。それ以外は特にないわ。」
「ほ、本当か? それにしちゃあ何か黙ってたりしてたじゃないか。怪しいぜ。」
「それは――貴女が気ついたことが意外だったからよ。まさかそんな事に気がつくなんてね。てっきり脳筋のパワーウーマンかと思っていたから。」
「失礼にも程があるぜ!?」
「はいはい、ごめんなさい。ところで魔理沙、もうすぐ夜が明けそうよ。本なら貸してあげるから早く返った方が良いんじゃないかしら? そうしましょう?」
「えっ? あ、あぁ、そうか。それなら有り難く借りていくか。死ぬまでな!」
「……期限は守ってもらうわよ。」
本を物色しに席を立った魔理沙をジト目でみるパチュリーだったが、その姿が本棚の向こうに消えると上半身を机に倒し疲れたようにため息をついた。
「……パチュリー様」
「何も言わないで。あれで誤魔化したとは私も思っていないわ。でも、魔理沙が意外と空気を読んでくれたみたい。」
「そうですね。だって話が唐突すぎましたもん。パチュリー様は演技の才能はありませんね~。」
「そんなものいらないわよ。別に役者になろうとかそんな事思ってもいないんだし。」
「そんな、女は皆役者なんですよ! あらゆる場面において男を手練手管に取ってこそです!」
「……貴女の言う女はまるで
カップに残っていた紅茶を飲み干し、小悪魔に片付けを命令する。食器を下げた小悪魔を見送ると、パチュリーは再び本を開きその世界に没頭していった。だが、その胸には消えない一抹の不安がくすぶっていた。
(大丈夫よね? 妹様の部屋への扉は魔法で施錠してあるし、そもそもその扉自体先生の魔術で迷彩してある。あれを見破れるはずがないわ。それこそ、先生以外にはね。)
一方本を探しに行った魔理沙は、
(私はそこまで変な事を聞いたつもりはなかったんだがな……まぁ、人それぞれに事情があるんだろう。深入りはしない方が身のためだし、本を借りられるようになったから良いだろ。)
先ほどのやりとりを不審に思いながらも気にしないように努めていた。広大な図書館を一人、本を探していく。すでにその手には何冊かの本が抱えられていた。
程なくすると、無限にも思われた図書館の端に着いた。もはやすでにパチュリーたちの姿や声はおろか、気配すらも感じ取れない。
「まったく、呆れるぐらいの広さだぜ。しかも明らかにこの世界の物じゃない本もあるし……アイツがどれだけ凄い魔法使いだとしても、ここまでの蔵書はそろえられないだろ。何か裏の繋がりでもあるのか……?」
疑問を覚えながらもしっかりと本を物色していく。その抜け目のなさは感嘆に値するものだ。
本を選んでいた魔理沙だが、ふと、とある事に気がついた。彼女の視線の先、図書館の壁に一枚の扉があった。周囲の雰囲気から明らかに浮いた鋼鉄製のそれは、物理的にそして魔法で施錠が施されていた。
「……何だ、これ……?」
ここで普通の人間なら無視をするか、不審に思って近づかないだろう。だが、魔法使いとなる者は得てして好奇心が旺盛なのである。世界の秘密を、魔法という一般には知られていない物を知ろうという奇特な存在は、好奇心が飛び抜けている。
例えそれが、猫を殺すと分かっていたとしてもだ。
「興味が引かれたら、徹底的だぜ。」
抱えていた本を床に置き、すぐに解錠に取りかかる魔理沙。幸か不幸か、鍵の仕組みはそう複雑な物ではなく、程なくしてそれは解錠された。物理的な鍵は眼中にない。
「さって、何があるのかな~っと……」
金属のきしむ音と共に重々しく扉が開かれた。扉の先、薄暗いそこには地下へと続く石造りの階段があった。
「あ? なんだこれ? 何も見えんぞ。」
帽子からミニ八卦炉を取り出し照明にする。そして彼女は一歩一歩、足音を響かせながら階段を下っていったのだった。
同時刻、地下図書館中央にて。
「――ッ!!!?」
大きな音を立てて椅子を倒し、パチュリーが立ち上がった。その顔には焦りと疑問で真っ青になっていた。額から冷や汗が一筋垂れていく。
「ど、どうしたんですか~!? 大きな音がしましたけど……」
音を聞きつけて小悪魔が文字通り飛んできた。そして彼女はそこそこに長いつきあいのある自身の主の、初めて見る表情を目の当たりにしたのだった。
「パ、パチュリー様……? いったいどうしたんです……? お顔が優れませんよ?」
「……鍵が、」
「鍵……?」
「妹様の部屋へと向かう、扉の鍵が開いた……?」
青ざめた表情で呟くパチュリー。その呟きの内容を耳にした小悪魔も同様に青ざめた。
「えぇっ!? そ、そんな! 魔理沙さんには失礼ですけど、あの迷彩を見破れるわけないですよ!」
「ええ、私もそう思うわ。先生の【欺く程度の能力】を使ったあの迷彩、正直私だって見破れない自信がある。でも、その迷彩の先、私の掛けた施錠魔法は確かに解除されたのよ……こればっかりは間違いなんかじゃない。」
「ど、どちらにせよ、早く魔理沙さんを止めに行かなくては! このままじゃあ妹様に!」
混乱が収まらないと言った表情で頭を抱えるパチュリーだったが、小悪魔のかけ声で為すべき事を理解したようだ。視線を見据え、力強い目で立ち上がる。
「……分かってるわ。行くわよ、こあ!」
「――少し、お待ち頂けますか?」
だが、返ってきた返事は予想外の方向から聞こえてきた。明かりを点していない本棚の影、薄暗い場所からまるで浮き立つように姿を現したのは、先ほど図書館から出て行った家庭教師クロエであった。
「ク、クロエ先生!? どうしてそんな所に……いや、今はそんな場合じゃないわ! 魔理沙が妹様の、フランの所に向かっているみたいなの! クロエ先生の迷彩をどうやって見抜いたのかは分からないけど、とにかく急がなくちゃ!」
焦るように状況説明をするパチュリー。だが、当のクロエはまるで聞こえていないかのように落ち着き払っている。そしておもむろに右手を胸に当て、またも落ち着いた様子で言葉を発した。
「落ち着いてください、すべて存じ上げております。魔理沙様の様子は影ながら拝見させて頂きました。それに、迷彩は見抜かれたのではございません。
「――何ですって?」
パチュリーは普段は見開かない目を大きく見開いた。その瞳には驚愕の感情がこれでもかと込められている。
「……それじゃあ、クロエ先生はあの扉の先にフランがいると知っていた上で、ただの
怒気を込めた言葉をクロエへとぶつける。と同時に魔力を練り上げる。いわゆる臨戦態勢のパチュリーに対し、クロエはまるで不気味なほどに無防備だ。
「フフッ、何を怒ってらっしゃるのですか? 何かお気に召さない事でも? 彼女、魔理沙様はすでに異変解決を諦めた身。解決者では無いのならば、死んだとしても何も問題はないはずですが?」
「――ッ!!」
とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、魔導書を開き攻撃の意志を見せるパチュリー。次の瞬間には戦いの火ぶたが切って落とされるかと思われたその時、二人の間に飛び込んできた者がいた。小悪魔である。
「ま、待ってください! お二人とも、どうか冷静になってください! 何で紅魔館の中で争わなきゃいけないんですか!? 私たちは家族だって、お嬢様も仰っていたじゃないですか!」
「こあ……」
目に涙をため、必死になって二人を説得する小悪魔。パチュリーはそんな小悪魔を見て言葉を失った。そして頭に上っていた血も元に戻ったのか、魔導書を閉じてクロエを見据えた。
「……少し、冷静になれていなかったわ。クロエ先生、訳を話してくれる? レミィや、こあ達ほどクロエ先生との関係は長くはないけど、それでも何の訳も無しにこんなことをする人じゃないって知ってるわ!」
何故この様な事をしたのか、真摯な言葉で、気持ちで、パチュリーはクロエに問う。クロエはそれを受け、観念したように天井を仰ぎ見た。
「……どうやら、
「残念だったわね、魔法使いってのはひねくれているの。いつも悪魔を出し抜く事を考えているのよ。」
「全く、ノーレッジ家の方々は抜け目がなくていらっしゃる。私の同胞も何名か出し抜かれていましたねぇ。」
昔を思い出し苦笑をもらす。そしてパチュリーに椅子を勧め、自信も腰を掛ける。そしてため息を一つ漏らすと、パチュリー達を見ながら言葉を紡いでいくのだった。
如何でしたでしょうか?
某古龍の討伐に成功しました。やっぱ刀は最高だぜ! と言わんばかりでした。
もう少しでこの紅魔郷編も終わりです。しばし、お付き合いください。