紅魔指導要領   作:埋群秋水

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お待たせいたしました、続編です。

どうぞご覧ください。


第34話

 

(わたくし)は常々思っていました。停滞している、このままではいけない、と。」

 

 紅茶を口に含めながら話し出すクロエ。その語り口はとても客観的な物であった。

 

「停滞……? 一体何が止まっているというの?」

 

 パチュリーは訳が分からないと言う風に聞き返した。側に控える小悪魔も同様である。

 

「……パチュリー様は、現在の紅魔館についてどう思われていますか?」

「どうって……別にどうとも……」

「私は常々思っておりました。紅魔館の現状は停滞している、問題を棚上げして見てみる振りをしている。時間が全てを解決するわけでもないのに、時の流れに身を任せすぎているのではないか? とね。」

 

 ここまで言うと、クロエは目の前におかれた紅茶を再び口に付けた。一方のパチュリーらは投げかけられた言葉に反論さえ出来ない。

 

「フランお嬢様の件が最たる例です。あの現状には私にも責任の一端はあります。故に、こちらに召喚された際には、私は真っ先に問題解決に当たろうとしました。しかし、お嬢様はそれを許可せず、パチュリー様もそれに同意なさいました。訳を尋ねた私に仰った言葉を、覚えておいでですか?」

「……私たちは、フランを信じる。あの娘が自分から出てきてくれるその日まで、私たちは待ち続ける。」

「そうです。私はその言葉を聞いた時、内心愕然としましたよ。貴女方はそれこそ、永遠に近い寿命をお持ちだ。人間と違って死期なんて物とは無縁でしょう。そんな方々が時間にすがって解決を信じるとは……何という狂言! 信じる者は救われません。すくわれるのは、足下だけなんですよ?」

 

 辛辣な言葉がパチュリーの身を突き刺す。クロエの言葉は一つ一つが正論で、パチュリー自身思っていた事なのだ。だが、過去の記憶が軽挙な行動を抑制する。絶対の成功が約束された道以外を選べない。絶対なんてものはないこの世界でパチュリーは行動を起こせないでいたのだ。

 

「……先生の言わんとする事は理解できたわ。確かに私たちは慎重すぎたのかもしれない。幻想郷という新しい世界に委ねすぎていた。だけど、それが今回の件と一体何の関係があるというの? 魔理沙を、異変の解決者ではなくなった彼女をフランの下へと送る理由は!?」

 

 一転して、パチュリーがクロエを責め立てた。問をぶつけられた彼女は、紅茶を口に付けて話し出す。

 

「刺激、ですよ。彼女は魔法が使えるとは言え、只の人間です。我々人外の者が少し力を込めるだけで壊れてしまうような、とても脆い存在。しかし、だからこそ、短い寿命の中で少ない命を燃え上がらせて発される言葉には力があります。我々とは全く異なる観点からの指摘が出来ます。私はその可能性に賭けたい。本当なら、咲夜にその役割を負わせたかったのですが、あの娘は少し特殊でしたからね。」

 

 紅茶を飲み干し、立ち上がるクロエ。そして言葉を続ける。

 

「今回の件は、すべて私の一存にて行われています。失敗した際の責任も全て私が。この紅魔館には何の害も被らせません。ただ、少し誤算であったのは、魔理沙様とパチュリー様があそこまで意気投合してしまわれた事でしょうね。全く、地上の方々は度しがたい。」

 

 そこまで言うと、クロエは一礼をして去って行った。図書館の暗がりに溶けて消えるように、その気配までも感じられなくなる。

 パチュリーはその後ろ姿を、ただ何も言わずに見送る事しか出来なかった。側に控える小悪魔もその様子をオロオロとして見るばかりである。

 

「……あそこまで正論を言われたら、何も言い返せないじゃない。正論は正しいからこそ反論が出来ないわね。」

 

 パチュリーは苦笑いを浮かべて立ち上がり、近くにおかれたソファーにその身を預けた。

 

「どうするんですか、パチュリー様?」

「……しばらくは、クロエ先生の計画に従いましょう。確かに私たちは妹様に、フランに対して少し慎重すぎたみたい。」

 

 そう言うと、パチュリーはどこからともなく本を取り出し開いた。しかし、その意識は本に対して全てを裂かれてはいない。

 

「でも、このまま指をくわえて見ているつもりはないわ。あまり近づきすぎるとフランもいい気がしないだろうから今はここで待機よ。でも、もしここから感じられる魔理沙の魔力に異変を感じたらすぐにでも向かうわよ。いいわね、小悪魔。」

「は、はい! 了解です!」

 

 返事と共に立ち去っていく小悪魔。自分に出来る用意をしに行ったのだろう。それを見届けたパチュリーは、天井を見上げ一人言葉を呟くのだった。

 

「まだ出逢ってほんの短い時間だけど、信じているわよ、魔理沙……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、唯一の異変解決者となった霊夢の戦っている廊下は酷い有様となっていた。

 この紅魔館に設置されている数少ない窓ガラスはそのほぼ全てにヒビが入り、中には割れて外の風が入り込んでいる物もあった。床や壁には無数の傷が走っている。壁紙がはがれ内壁が露出している場所もあるほどだ。

 さらに異様なのが、そこかしこに落ちている、ないしは突き刺さったナイフの数々だ。一点の曇りもなく磨かれたそれは、完全であったのならもはや芸術品の域に達しよう様相を見せてくれたであろう。だが、もはやその頃の名残はなく刃が欠けていたり折れていたりする物もあった。

 そして、今まさにこの惨状の中心人物の戦いが決しようとしていた。

 

「……あたしの勝ちね。」

「あっ、ぐぅ!?」

 

傷一つ負わず咲夜を見下ろす霊夢と、壁に上半身を預け全身に傷を負い満身創痍の咲夜。その勝敗は誰の目から見ても明らかな物だった。

 

「クソッ……強い。私の攻撃が当たりもしないなんて……」

 悔しげな瞳で霊夢を射貫く咲夜。その瞳からは闘志が消えていない。だが、視線の先にいる霊夢はどこ吹く風。すでに決した勝負に興味はないのか、きびすを返し廊下の先に視線を向けていた。

 

「……私と貴女で……一体何が違うと言うの……?」

 

 咲夜の脳裏に過去の記憶が走る。

その容姿、その能力故に同じ人間達から忌避され疎まれ。終には両親からも見放された。魔法の森に連れられ、抵抗も出来ないまま木に縛り付けられ、そして置き去りにされた。冬の寒さが幼い少女の身体を、心を無慈悲に切り刻んでいく。悪いのは私。幼い少女の心は誰を責めるのでもなく、ただただ自身の心を責めていた。その瞳に絶望を映し、そして世界に別れを告げ、最期の時を迎えようとしていた。

 

「……私は……負けるわけには……いかない……ッ」

 

 寒さと孤独、絶望に染められた少女を救ったのは、皮肉にも神でも仏でもなく、一体の悪魔だった。悪魔は少女を見つけ、人々から忌避された容姿を、能力を絶賛した。縄をほどき抱きしめてくれた。居場所を与え、役目を与え、そして家族とも呼べる存在に会わしてくれた。その恩は返しても返しきれない。紅魔館の当主に忠誠を誓うのは、ひとえに母と慕う悪魔が忠誠を誓うから。自信の失敗は当主を落胆させ、母と慕う彼女をおとしめる。大切なヒトの顔を思い浮かべ、満身創痍の身体を押して立ち上がる。

 

「私は、負けるわけには……いかないんだッ!!」

 

 そして彼女は、ルールを破った。弾幕勝負以外での攻撃。殺意を乗せて放ったナイフはまっすぐに、ただただ愚直に霊夢の背中へと飛んだ。そのナイフは霊夢の背中を裂き、心臓を貫くだろう。もはや咲夜の頭には異変解決者を殺してはいけない等の理性は残されていなかった。

 だが、彼女のある意味純粋な一心をのせたナイフは、驚くべき事に、()()()()()()()()()()()

 

「なっ……!?」

 

 次の瞬間、霊夢の姿は咲夜の目の前にあった。常の咲夜なら問題なく対処できたであろうが、もはや指の一本すら動かすのも時間がかかる。霊夢の放った当て身を咲夜は無抵抗で受け入れるほかなかった。

 

「がッ……!? うぅ……」

 

 吹き飛ばされ、廊下にうつぶせの体勢で横たわる形になった。しかし、諦めない彼女はさらにナイフを取り出し、顔を上げて霊夢を捉えようとした。

 だが、視線の先に霊夢はいなかった。疑問を感じる間もなくナイフを握る手に痛みを感じる。霊夢がナイフを握る手ごと踏みつけたのだ。そして冷徹とも言える目で咲夜を見下ろしながら、彼女の手からナイフを奪い胸ぐらをつかみあげ彼女を持ち上げた。

 

「そこまでよ。あたしは妖怪退治、異変解決の専門家なの。人殺しはしたくないわ。」

 

 その声と共に、咲夜のあごに拳を刈り取るように拳をはなつ。脳を揺らされた咲夜はうめき声を一つ漏らすと、脱力して言葉を発さなくなった。

 気絶した咲夜を適当な部屋の中に横たえた霊夢は、閉じた瞳から涙をこぼす彼女を見下ろして言った。

 

「アンタにどんな事情があるかは知らないし、知りたいとも思わない。でも、アンタは十分強かったわよ。それこそ、ただの人間とは認めたくない位には、ね。」

 

 霊夢は部屋をでて、廊下を歩いて行った。その瞳には何が映っているのか、それは誰にも分からない。

 

 

―続く―

 




 如何でしたでしょうか?

 今回の霊夢さんはまるで悪役のそれですね。だいぶ原作からかけ離れているような気がします。かけ離れているとすれば咲夜さんもですね。今回書いた彼女の過去は完全に私の創作です。いつかその辺の話を詳しく出来ると良いですね。

 某古龍さんの討伐に成功しました。太刀でのソロは難しいですね。

 では、また次回に。

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