その日のロビンフッドは、いつものように
「はいよ、食い意地の張ったガキども。少しは感謝してくれよ?」
群れを成した少年少女に向かってバスケットごと放ると、とたんに歓声が上がる。世界の記録からですら消えてしまう街でくらいは、時代に合わぬ砂糖と卵の塊を食べさせても罰はくだらないだろうと心のどこかで思いながら、首尾よく籠を回収した青年はくるりと身を翻す。赤い弓兵の作り置きをむさぼる彼らが村の子供よりも幾分か素直な気がしたのは、衣食に余裕があるからなのか、単純な勘違いなのかどちらだったろう。
狩人はいつも通り木々の合間に獲物を探すつもりだった。罠の点検をしてまわるうちにその場に似合わない影を見つけるまでは、その気でいた。そこには嵐によってか倒れた木の、腐って崩れかけたものに背を預ける騎士の姿がある。黒ずんだ司祭じみた服の上から白銀の部分鎧を着けた男は名をジル・ド・レェと言い、この時代にはフランス国軍の元帥として生きているはずだった。けれどこの男はロビンフッドと同じ存在だろう。二度目の(あるいは幾度目かの)生を送ることになった過去の記録、
反転した聖女も、生前だったかサーヴァントだったか、ともかく協力的だった方の聖女もその時はまだ召喚されていなかったロビンは見たこともなかったが元帥ジル・ド・レェはごくまれにこの町ではない場所で見かけることがあった。森もあの碌なものでないと察せられる本も、かの男には相応しくない。あれはまだ、子供の頭を純粋な心で撫でてやれる頃のジル・ド・レェだ。
「あー……元帥サマ、森の中は似合いませんよ?」
ふ、と顔を上げて黒髪の男は閉じた書物を指さした。
「これが読める場所を探していたのです」
「……本が読みたいなら、もっと向いたトコがあるでしょうに」
教会とか、とあきれたようにそう言う狩人だが、一応は宝具なのだというジルの言葉にならば仕方ない、と次の文句を引っ込めた。
「そのわりに、読んでるところすらなかなか見ませんけどねえ。にしてもこった表紙だ。おたくの趣味にも見えませんけど、なんなんです、コレ。」
「それは、……それを使えば私は
細々と、小鳥の羽音にすらかき消される声で男は何事かをつぶやいた。ジル・ド・レェの第二宝具、あるいはキャスターとしての宝具。人の皮で装丁された、プレラーティの魔道書。それは魔道の心得がなくとも儀式魔術級の召喚術の行使を可能にするが、代償として彼に残された理性を奪い去り、その
「なんかいいました?ま、あんたの願いも恨みもオレには知ったこっちゃありませんけど」
隣に青年が腰を下ろしても、元帥だった男は何も言わない。いやあるいは何かを聞いているのだろうか。彼はあらぬ方向を見据えていた。数秒がすぎて、ジルは何事もなかったかのようにロビンフッドの方に振り返る。
「告解しても、よいでしょうか」
「は、はあ!?……え、いや、ほんとに何言ってんですかアンタ。異教徒にするもんじゃないでしょ」
すう、と息を吸ってもう一度口を開くロビンではあったが、飛び出た言葉は辛辣なものだった。
「……頭沸いてんですか?」
「いえ、少なくともそのような自覚はありませんよ」
はあ、と溜め息を吐いたシャーウッドの義賊は「好きにしたらいい」と言った。
「話したいなら勝手に話しな。森は誰のものでもねえ、アンタの悩みも苦しみも聞いてくれますよ」
決して答えが返ってくるわけではないが、そのことは言わずにおいた。森の精霊は人の悩みに答えを返すような存在ではない。ともすればクー・フーリンのような高位のドルイドとして現界したサーヴァントであれば彼らから答えを引き出すことも可能なのかもしれないが、きちんとした知識も持たないドルイドもどきでは気まぐれを起こした妖精と会話未満を行うのがせいぜいだった。
「……私は、子供たちが好きです。そのことは疑いようもない」
「ですが時折、その小さく純粋な瞳を恐怖で苦痛で染めてしまいたいと思うことがあるのです」
いきなりとんでもない告白をされたもんだ、と木の枝をナイフで削りながら狩人は思った。ロビン自身いい趣味をしているともまっすぐな性根をしているとも思わないが、ここまでではない。そも、ロビンフッドからすればこの男は、正確に言えばこの男の将来は、忌むべきものであり憎むべきものであった。権力を用いて罪なき民を虐げ、己の愉しみのために殺す。それは彼が生前抗った苛政よりもなおひどい行いだ。けれどそれを憎むべきと理解している目の前の男まで無差別に殺めるつもりもまたない。まだ、彼は何もしていない。マスターの命には従うし、敵対しないものに剣を向けたこともない。懊悩するこの男は、一人正義を体現せんとする騎士であって、それがロビンには眩しかった。
「私はきっと、地獄に落ちる。それだけのことをしたと知っています。知って、いるのです……」
それはこの戦いが終わったときか、はたまたずっと先のことか。この場にいる存在、英霊ジル・ド・レェが裁きを受けるのは座そのものが消え去ったときであろう。それはつまり、人類の最後の一人が死に、人理が完全に滅び去ったときのこと。
「神は、私を裁かなかった。地上において罰することはなかった」
「それでもなぜでしょうか。私は、神がいないとは思えない」
「私は、裁きを待ち望んでしまっている。それが、英霊の座そのものがなくなったときに漸く訪れると分かっているのに」
蔦を編む狩人は何も言わない。彼にとっては神などいなかったのだから、何が言えるはずもなかった。ロビンフッドからすれば精霊は隣人であったが、神は村の司祭がもっともらしく告げる御伽噺以上のものではなかった。
「私は、聖女とマスターに剣を捧げた身です」
「ですが、ですが我が友よ、あなたは何が言いたい……!」
「え、っと。元帥サマ、ちょーっとお静かに……」
突然に声を荒げた鎧の男に、弓兵は潜めた声をかける。カルデアでもこの騎士が突如として声を上げることはないではない。ロビンはあまり彼と顔を合わせることをしないため、伝え聞くばかりではあるが、何でも血斧王と似たような状態にあるらしい。座にいる英霊だか彷徨う亡霊だか、ともかく他のものには見えない何者かが魔術をかけつつ四六時中話しかけてくるのだとか。
「ああ、これは失礼。……いえ、大丈夫ですよ我が友プレラーティ」
「あなたは、私をどこへ導こうというのですか。私は一体、どちらの道を行けばいい」
一体どちらが本来の私なのだと、それは本当に私が歩んで良い道なのかと、
ロビンが落とし穴の杭でも作ろうかと腰を浮かせたちょうどその時、不意にジルが黙り込んだ。
「……抵抗もできない者を殺めるのは、言い逃れようもない大罪です。そうはおもいませんか」
それは静かな、声だった。慟哭でも、悔恨でもあり、それはまた糾弾でもあった。
「けれど騎士の誓いは、ええ、騎士道など、私利と愉しみの前には無力だった」
「所詮人はそういうものだと、諦めてしまっても良いでしょうか。聖杯に願いをかけても、ゆるされるでしょうか」
「私は」
「……オレは、そうならなかったやつを知っている」
そう語る彼の口元は、いつの間にか下ろされた緑のフードに覆われて見えなかった。
「死人の夢を抱いたといいながら、それでも騎士として戦ったやつを。いや、私利のために戦ってはじめて、正道に立てた男のことだ」
騎士の矜恃を、捨てられなかったやつのことを。
なのに死に際となればその荷物を全部下ろして、いいや、それははじめから荷物ですらなかったのだろう。ダン・ブラックモアは高潔で、ともすればロビンフッド自身などよりもずっと英霊の座に相応しい精神性を持った人間だった。
「あー、やめだやめ。こういう話はやっぱオレには合わねえっすわ。んじゃあ、ちょっと見回り行ってくるんで失礼しますよっと」
けれどすぐに彼はその思考を止めて、大きく首を振ると立ち上がった。そのまま木々の合間に歩を進めれば、