はせいおポッキーゲーム。
ポッキーゲームっていいですね。現実でしようとは1ミリも思いませんがね。
左手には見慣れた赤いパッケージ。
右手には握りこぶし。
とんとんとん。歩くリズムに合わせてひらりひらりと踊るカソック。いつになく大股で廊下を歩く彼の名は、へし切長谷部。この本丸では近侍として、審神者を支えつつ本丸のあらゆる業務を指揮している。長谷部はそのまま本丸の奥にある階段を上る。とんとんとん。彼らしい規則正しい足音だ。
たんっ。
最上階に上り、一番奥まで廊下を進んだところで、足音が止む。目の前には、和室の多いこの本丸では珍しい、茶色の洋室扉。この向こうには、彼の敬愛する主人が居る。
主、と声をかけると、やや間を置いて向こうから何だ、と短い返事があった。
「今、よろしいですか」
「どうぞ」
「失礼します」
ドアノブに手をかけて、下ろす。かちゃり、と音がした。軽く力を入れて、そっと押した。
彼の目に飛び込んできたのは、ソファに腰掛けて分厚い本に目を通す主人だった。短く切られた白磁色の髪。同じ色の睫毛の下に、少し気だるげな灰青の瞳。見る者が見れば女性に見えなくもない、中性的な顔立ち。本を捲る手も、顔も、雪のように白く綺麗だった。
彼の名は伊織。まだ随分と若く見えるが、これでも人並以上に生きている青年――のふりをして生きる女性――である。
「何かあったのか?」
本を閉じて側のテーブルの上に置き、顔だけ長谷部の方を向いてから尋ねる。
後ろ手でドアを閉めてから、長谷部は手に持っていた赤いパッケージを伊織に見せる。子供から大人まで、幅広い世代に人気のお菓子――ポッキー、である。万屋にも置いてあるそうで、短刀達のお気に入りのおやつとなっている。
長谷部の意図がわからず、伊織は頭に疑問符を浮かべる。と、長谷部が口を開いた。
「主、頼みがあるのですが」
「…なんだ、言ってみろ」
「…俺と、ポッキーゲームをして頂きたいのです」
頬を僅かに赤く染めながら、長谷部がやっとの思いでそれだけ言うと、伊織は少し面食らったような顔をしていたが、やがてふっ、と笑って
「ああ、構わんぞ」
とだけ答えた。
「えっ」
「……なんだその顔は」
長谷部は、これでもかというほどに目を見開いている。断られると思って来たのだろうか。
✱
「で、では」
がさがさとパッケージを開け、一本だけポッキーを取り出す。
「…しかし、主がポッキーゲームをご存知とは驚きました」
「私でもそれ位は知ってる。現世でもよくわからんが流行っているようだったしな」
それなりに長く生きている割に、伊織は世間の流行や文化に疎いところがある。断られる以前に、「ポッキーゲームとは何だ?」とでも聞かれるのではないかと、長谷部は少し心配だったのだ。
…と、伊織が思いがけないことを口にする。
「あれだろう?私が縦に、お前が横にポッキーを持って、クロス状にしてから引っ張って…………」
「ま、ま、待ってください!」
長谷部が慌てて静止する。
「…なんだ、何か間違ってたか?」
「違います!いや、もしかしたらそれもポッキーゲームの一種かもしれませんが、俺の言ってるポッキーゲームは………」
「…ははっ」
「えっ」
見れば、伊織は眉を八の字にし、唇で弧を描いている。困ったようなその笑顔に、長谷部は何となく、からかわれているような気がした。
「冗談だよ、そんなに焦ることないだろ。…本当のルールもちゃんと知ってるよ」
そう言うと、長谷部が先程取り出したポッキーを彼の手から奪い取るようにして取り、薄い唇にそっと挟む。
「さ、来い」
先程までとはうってかわって、悪戯っ子の様な笑みを浮かべながら言う。
その言葉に少し驚きつつも、後悔しないでくださいね、とにっと笑って応える長谷部。
ポッキーの両端を、二人が咥えた。この時点でかなり距離は近い。灰青と藤色の瞳が、お互いを捉える。
「……いきまふよ」
先に相手側に近づき始めたのは、長谷部だった。伊織は何もせず、ただ彼が近づくのを見ている。
さく、さく……
しんと静まり返った部屋の中で、チョコレートに包まれたビスケットが咀嚼されていく音だけが微かに聞こえていた。
二人の間にあるのは、もう半分程の長さになってしまったポッキー。伊織の視線の先では、長谷部が少し余裕ありげに笑っている。威勢よく先にポッキーを咥えた割に、何もせずただじっとしている主人が、恥ずかしさで動けないとでも思っているのだろう。――が、勿論そこは伊織だ。一筋縄ではいかない。長谷部が油断して僅かに動きを止めたその瞬間――
ぱきん。
乾いた音が二人の耳に入る。
伊織が少しだけ顔を動かし、わざとポッキーを折ったのである。
唖然とする長谷部に対し、伊織は計画通りといわんばかりに珍しく歯を見せて笑った。
「思い通りにいくと思ったら大間違いだ。油断したな、はははっ」
負けでもその顔を見れたから満足だ、とまだ笑っている。喜怒哀楽のうち、喜と楽があまりはっきりとは表れない彼女だが、この日は本当に珍しく、ころころと笑っていた。それを見た長谷部は、あまり見られない主人の笑顔を見れたことを喜ぶべきか、からかわれたことを嘆くべきか、いやそれとも悔しがるべきかが分からなくなっていた。
が、一歩近づいたかと思うと、右手を素早く伊織の顎に添えて、くい、と持ち上げた。一瞬、伊織が目を見開くが早いか………長谷部の唇が、伊織の唇と重なる。触れるだけの口付けを、そのまま何度か繰り返す。
満足した長谷部が支えていた顎から手を離すと、力なくとん、と押される感触がした。顔を赤くした伊織が、上目遣いでこちらを睨んでいる。
「……伊織様が、俺のことをからかわれるからです」
「…からかったつもりなんて無い」
満足したならさっさと出ていけ、とでも言わんばかりに、そっぽを向いてソファへと戻っていく。先程まで読んでいたあの分厚い本を手に、腰をソファに沈めていく。
これでは何を言っても無駄だろうと察した長谷部は、大人しく踵を返して部屋を出ようとした。
「…また、やりましょうね、是非」
ドアを開けて、振り返りながら笑いかけると、今度は本から視線を離すことなく
「お断りだ」
と、少し不機嫌そうな声が帰ってきた。
やれやれといった様子で、ドアを閉めた。
長谷部が落ち込んだ様子を見せないのは、彼の精神がタフだからではない。
本気で嫌だと思うなら、もっと早く突き飛ばせばよかったはずだ。体格差はあるものの、日頃から鍛えているため伊織にもそれなりの力はある。あの状況から長谷部を引き剥がすくらいはわけもない。が、そうしなかったのは、なんだかんだ言ってこの二人が相思相愛であることの現れなのだろう。それを理解していた。だから長谷部は気にしていなかったのだ。
とんとんとん。弾むような足取りで、階段を下りていく。
左手には桜の花弁のついた、赤いパッケージ。
右手には、取り出したばかりのポッキー。
愛しい恋人の唇の感触を反芻しながら口にするポッキーは、いつもより少し甘い気がした。