魔法騎士レイナース   作:たっち・みー

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#011

 act 11 

 

 他の二人と離れ離れになったイビルアイは気が付いた場所を調査していた。

 まず地面の確認。壁の有無。大気の状態。天井があるのか。

 魔力の関係で一定の距離で諦める。

 出した結論は異空間である事。ここまで五分もかからない。

 

「……さて、状況把握は終わったが……、これからどうすればいいんだ?」

 

 光も無く、己ははっきり見えている。

 あと、分かる事は出口がない事くらいか。

 

「メエエエェェェ!」

「うえっ!?」

 

 聞きたくない鳴き声が聞こえた。

 それは遠くにありながら今にも近くに迫って来そうな雰囲気を感じさせた。

 イビルアイは全身から汗が吹き出しそうないやな予感を感じていた。

 

「メエエエェェェ!」

「メエエエェェェ!」

「メエエエェェェ!」

 

 それは一つではなかった。

 暗い空間では分かりにくいが、分かる範囲では十は超えている。いや、もっとかもしれない。

 

「メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ!」

「メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ!」

「メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ!」

「メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ!」

「メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ!」

 

 逃げたい。けれど、逃げ道が無い。

 一体だけでも厄介極まり無いというのに。

 確実に死を感じた。

 地面を砕くような激しい粉砕音と共に夥しい鳴き声。

 そして、見た。

 周りから迫り来る超ど級モンスターの姿を。

 数えるのもバカらしくなる。

 

「……これが試練だというのか? あは、あははは……」

「メエエエェェェ!」

「メエエエェェェ!」

 

 悪夢の始まり、そして。

 

 終焉。

 

 見渡す限り邪悪なモンスターで埋め尽くされた所で変化が起きた。

 それは至極当然なのだが、大きな巨体ゆえにイビルアイの近くに来るには隣りのモンスターが邪魔だ。だから、輪になった時点で身動きが取れなくなる。

 そして、互いに攻撃し合う。

 

「メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ!」

「メエエエェェェ! メエエエェェェ!」

「……逃げ道が無いのは……変わらない……」

 

 怒涛の攻撃はイビルアイに到達するまで続く筈だ。最後に残ったとしても彼女に勝機があるとは思えない。

 それに長い触手が届く範囲まで来てしまうかもしれない。

 飛んで逃げようにも黒い仔山羊(ダーク・ヤング)の脚力は強くて早い。とても逃げ切れるものではない。

 

「メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ! メエエエェェェ!」

 

 触手の攻撃が激しさを増し、打撃音が凄まじい。

 もし、自分が普通の人間であれば鼓膜は破れていたかもしれない。いや、今の自分でも耳から血が垂れている気がする。

 高速治癒の働きに感謝するべきなのか、不運なのか。

 互いに攻撃し、千切れた触手が舞い、体液が飛び散る。

 体当たりする音。太い五本の山羊の足で踏みつける者。様々なものが飛び交う。

 この状況下でイビルアイに出来ることは何も無い。ただ押し潰されて死を待つのみ。

 

        

 

 気がついた時は音が止んでいた。というよりどれくらい時間が経ったのか分からない。

 地面に顔を打ち付けていたらしい。そういえば何度も意識が飛んだような気がした。

 周りに顔を向けると悪夢が広がっていた。

 視界を埋め尽くす黒い仔山羊(ダーク・ヤング)。その全てが止まっている。

 僅かな空間の中にイビルアイは閉じ込められたような状態だ。

 

「………」

 

 殺したくても殺せない状態。

 出られない密閉空間。

 生憎とアンデッドの身であるイビルアイは呼吸不要。自然死も出来ない。

 力も弱い。魔法も通用しない。折角覚えた超位魔法は残念ながら夥しい数の黒い仔山羊(ダーク・ヤング)には効果が絶望的だ。あと、狭い空間で発動するようなものではない。

 永遠に出られないし、死ぬことも出来ない。

 

「……永遠の牢獄の完成ということか……」

 

 この光景は自分の『ご主人』から聞いた内容に似ていた。

 視界を埋め尽くす不死身の増殖生物。それが世界を埋める。

 未来永劫、抗えぬ無限の牢獄。

 強大なモンスターも制御できなければ国、世界、宇宙をも潰してしまうという。

 

「……仲間が待っている……。抗って……、抗って……。……誰か……。誰か助けてっ! ここから出してっ!

 

 黒い仔山羊(ダーク・ヤング)の身体を叩いてイビルアイは叫ぶ。

 誰も居ない暗い空間。外に届くとは到底思えないけれど、あらん限り叫び続けた。

 

「……あうぅ……」

 

 虚しさが襲う。

 

「いやだっ! こんなところにっ! うわぁぁぁ! ああっ! 出してくれぇぇ!」

 

 イビルアイの叫びは黒い仔山羊(ダーク・ヤング)の肉体に吸い込まれて消えていく。

 それから数万年が経過した、ような気分になってきてイビルアイは思考する事をやめようかと思うのだが、雑念が定期的に襲ってくる。

 時間の感覚が狂っている世界で自分は何をどうしたいのか分からない。

 地面には掻き毟って引きちぎった自分の肉片が転がる。

 飲食不要だが無駄に食べたりして狂おうとした。だが、アンデッドの特性が許さないのか、精神を安定化させてくる。

 一体に集中的に魔法を当て続けてみたが穴が開かないほど強固だ。尚且つ、雑念が魔法の行使を邪魔してくるので全く集中できない。判断力を狂わせる能力でもあるのかもしれない。

 それを自分は何百年、何千年と繰り返しただろうか。

 とっくにセフィーロとやらは崩壊している気がする。

 たとえ一体を撃破できてもまだ奥にたくさんの黒い仔山羊(ダーク・ヤング)が今も世界を埋め尽くしている筈だ。

 倒す以上に増え続けるモンスター。

 

        

 

 それから更に時間が経過する。もはやイビルアイに周りを把握する力は無かった。そんな最中、異音が響き渡る。

 

「もう諦めるか、戦士よ」

 

 黒い世界に新たな声が初めて聞こえた。だが、イビルアイには返事をする力が無かった。

 半分以上、身体が砕けていたせいもある。

 イビルアイの目の前の黒い仔山羊(ダーク・ヤング)の身体を突き破る手が現れる。それは強固な外皮を持つモンスターの身体を紙を引き裂くように扱っていた。

 黒い体液を撒き散らしつつ中から現れたのは赤い棘の鎧をまとう謎の存在だった。

 声からして女性。

 

「……ん~、抗うすべを持たない者の末路のようだな。分かるぞ、その絶望。()()()()()()()()ならば受け入れるんだな。若き戦士よ」

「………」

「見損なった。失望した。……そんな言葉を使うのは容易い事だ。現実の厳しさの分からぬ無能ではない事は分かった。……周りのモンスターは貰って行こう。今、()()()()()()()()()から後はお前次第だぞ」

 

 周りから様々な音が聞こえ始める。

 

「次に気が付く時、お前は知るだろう。精神は時間を超越できる事を」

 

 そう言って謎の女性はイビルアイの赤い瞳を抉り取った。その後、耳も引きちぎられ、鼓膜も破られたようだ。

 

「ここまで原形を保った戦士に敬意を表しないとな」

 

 視界と音が消えた。

 高速治癒で視界と音が回復する頃、周りは劇的に変化していた。

 世界を埋め尽くしていたモンスターの姿が一匹たりとも居なくなっていた。

 イビルアイはどれだけ(ほう)けていたのか。

 ふと、上を見上げる。光りが差し込んで来たための条件反射のようなものだったが、そこには緑色の宝石の塊が浮かんでいた。

 

「………。……う……あぁ……」

 

 イビルアイは無心に泣き叫んだ。それから世界に光りが降り注ぐ。

 


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