第始章 ミレニアムクエスト外伝【完】   作:トラロック

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国は治めど子は食材
ナーベラル・ガンマ


 

 プレイアデス連合国家の一つ『ガンマ国』を治める統治者の名前は『ナーベラル・ガンマ』という。

 治世は十余年と長く、国はとても安定していた。

 住んでいるのは人間種が八割。残りの一割ずつを亜人と異形種が占めていた。

 国王であり女王であり皇帝とも呼ばれたナーベラル。

 時には『氷雷の女帝』と呼ばれることもある。

 ナーベラルは女性だ。

 統治者の彼女をどう呼ぶかは自由。だから、様々な呼ばれ方をしている。

 部下からは閣下と呼ばれる事が多い。

 美しき女王の業務は『子作り』のみ。外交などは部下が担当している。

 現在のガンマ国の玉座に座しているのは精巧に出来た石像。

 毎朝、部下達は物言わぬ石像に挨拶するのが日課だ。

 ナーベラルは統治者であるが安定した国を作ってしまった今は問題が起きない限り、子作りに励む以外の仕事が無い。

 生まれ出る子供は全て二重の影(ドッペルゲンガー)という異形種で、寝室にこもる彼女の相手が誰なのかは部下達は知らない。

 ナーベラルが産んだ子供に名前は無い。

 ただ、ひたすらに子供を産み続けているナーベラルの真意を理解出来るものはガンマ国には居なかった。

 

 

 生まれた子供は五年ほどしか生きられない。

 手厚く育てても死んでしまう。

 それはそれでナーベラルにとって気にするほどの事は無い。短命だろうと命を(はぐく)める事が大事なのだから。

 生まれ出た子供たちがどうなろうと興味は無いし、育てる気も無い。

 後継者など必要ない、と思っているからだ。

 数を数えるのも面倒。

 

「閣下。お子がまたお亡くなりになりました」

 

 育児担当の側仕えは言った。

 

「なら、調理してお前たちで処分しろ」

(かしこ)まりました」

 

 生まれ出た役立たずは少なくとも食料程度の役には立つようで、育児担当の腹の足しにされている。

 種族が違うだけで食べる側と食べられる側になってしまう。

 ナーベラルは飲食にそれ程、興味は無いが体調管理の点から幾分かは食事を作らせている。

 

 act 1 

 

 ガンマ国の統治者はナーベラルで間違っていない。だが、このプレイアデス連合国家は星を統べる至高の国、いや今は『アインズ・ウール・ゴウン』という名前の星。その中にある一つの国に過ぎない。

 ナーベラル達の上位者にして超越者(オーバーロード)

 和平を持って世界を統一した慈悲深き支配者『アインズ・ウール・ゴウン』の名前が使われている。

 時には優しく、時には厳しい。

 強大な力は愚か者にしか使わない。

 ある日、定例報告会の為に星都とも言われる中心地『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』へ赴くナーベラル。

 半年に一度ではあるが、他の仲間達と顔合わせが出来るので楽しみにしていた。

 全ての関連国家の統治者が集まるので会場は大賑わいだ。

 最初は四年に一度。一年に一度と色々と議論されていた。下準備もあるので。

 部下の顔を長く見ていないと忘れるかもしれない、というので一年の内、二回ある会議の片方は顔合わせ程度で済ませる事にした。

 支配者のわがままではあるが異論は出ない。

 当人からすれば手の届かない国の状況で困った事があれば手助けしたい、という気持ちがあった。だが、支配者としての立場もあるので大っぴらには本音が言えない。

 

 

 数千人を収容できる特設会場にナーベラルは足を踏み入れる。

 妊娠期間中なのでお腹は少し膨れていたが。

 

「半年振りっすねー、ナーちゃん。また妊娠してるんすか?」

 

 ベータ国の統治者『ルプスレギナ・ベータ』は軽い調子で挨拶してきた。かく言う彼女も妊娠している。

 以前は三つ編みにしていた髪の毛は解かれ、マタニティドレスをまとう姿は新鮮だった。

 褐色の肌に赤い髪。獣の輝きを見せる黄金の瞳。

 かつての()()に変化は無かった。

 

「……シズ・デルタ。……推参」

 

 静かな口調で挨拶してきたのはデルタ国の統治者『シズ・デルタ』の一体だ。

 デルタ国は国としては異質で国民が居ない。

 居るには居る。(おびただ)しい数のシズ・デルタ達だが。

 本体は国の中枢で眠り続けている。

 目の前に居るのは多くの端末の一体に過ぎない。

 

「シズちゃん、半年ぶりっす」

「……ルプー、また妊娠してる。……ナーベラルも」

 

 お腹をなでながらナーベラルは苦笑する。

 

「今回は()()()のシズなのかしら?」

「……23845567体目」

「……随分と中途半端ね」

 

 以前まではキリの良い数字だったはず、とナーベラルはいぶかしんだ。

 

「……実験の失敗により色々と破棄したから。……自動人形(オートマトン)にも出来ないこと、ある」

「月の開発は順調っすか?」

「……ルプー。……あれは究極の『世界級(ワールド)アイテム』。……敬称をつけないとアインズ様に叱られる」

 

 そう言われてお腹をさすりながら苦笑するルプスレギナ。

 シズの言う月は既に単なる衛星ではなくなっていた。

 彼女達にとっても崇拝すべき天体の一つで、アインズも軽々しい呼び方を禁じていた。

 世界級(ワールド)アイテムにして侵されざるもの。

 

 無限光(アイン・ソフ・オウル)

 

 当初は実験施設であったが、ある時を境に支配者が一般入植を禁じてしまった。

 本来は新たな移住先として有望されていた。

 現在の月は巨大な墓地のような扱いだ。

 アインズにとって大切な()()が眠っているのだとか。ただ、それが誰なのか知る者は少ない。

 シズはその中で進入を許され、実験施設での活動を今も(おこな)っている。

 

「……『無限光(アイン・ソフ・オウル)』は停止して間もないから特に言うべきことは無い」

「ありゃりゃ。そうっすか。一度は行きたかったっすね~」

「……まだ無理。……許可が出ていないから、というのもあるけど……」

「胎児に悪影響だからっすか?」

 

 そう言うとシズは頷いた。

 

「……太陽からの放射線の影響で68パーセントの確率で奇形児が生まれる」

 

 大抵が短命で多臓器不全を起こしやすい。

 

「……低重力の環境で生まれる子供はこの地に連れて来た途端につぶれてしまう」

「……も、もう分かったっす。わがままは言いません」

「……当初の開発計画が凍結されていなければ色々と解決できた、はず……。……アインズ様は今も許可を出してくれない」

「まだ十年程度ではお気持ちに整理が付かない、ということもあるでしょう」

 

 シズを慰めつつ、指定された席に向かう。

 食事の出来る種族の為に飲み物や食事の支度で多くのメイド達が動いていた。

 かつて『ナザリック地下大墳墓』と呼ばれていた場所で働いていた人造人間(ホムンクルス)のメイド達は先輩であるナーベラル達に一礼していく。

 半年分の話しが聞きたいところだったが今は仕事を優先させた。

 

 act 2 

 

 それぞれ席につく頃になると場がどんどん静かになっていく。

 壇上に上がるのは統一国家のまとめ役にして守護者統括と呼ばれた女性『アルベド・ウール・ゴウン』だ。

 本来は腰から生えた大きな黒い羽が今は片側しかない。それどころか頭に生えていた角も片方しかない。

 数年程前に突如として現れた制裁モンスター『レイドボス』と遭遇し、死闘の末に撃退したものの呪いの影響からか、治癒できない傷を負ってしまった。

 遠くで見えないが耳も奪われている。

 だが、それは演出に過ぎない。呪いのケガを癒すすべは持ち合わせている。そこには彼女なりの打算があるのだが、それを知る者は仲間たちでもごく少数だ。

 そんな痛々しい姿を隠さずに己の身を晒すのは統括という与えられた役職に誇りを持っているからである。

 

「皆さん、半年振りですね。では、定例報告会を始めたいと思います。至高の星『アインズ・ウール・ゴウン』の支配者『アインズ・ウール・ゴウン』魔導皇様はもう間もなくご登場してくださりますので、いましばらくお待ち下さい」

 

 長い説明はせずに簡潔に言った後で壇上から降りていく。

 

 

 ナーベラル達以外の統治者には『ナザリック地下大墳墓』とは無関係の人間や亜人、異形種が居る。

 一部は無駄口を叩いているが、ナーベラル達は押し黙る。それが当然だからだ。

 

「お静かに願いします」

 

 優しい口調でアルベドは言った。

 会場の中央の幕が上がり、重厚な玉座が姿を見せる。

 ナザリック地下大墳墓にある玉座にして世界級(ワールド)アイテムでもある『諸王の玉座』に限りなく似せたものだ。

 さすがに本物を地上においそれと運びこむ事が出来ないため、特別に現地の人間に創らせたものだ。

 

「お待たせしました。至高の星アインズ・ウール・ゴウンの支配者、アインズ・ウール・ゴウン魔導皇様のご入場です」

 

 その言葉の後で場が静寂に包まれる。

 床を歩く音より先に聞こえるのはカツンカツンと叩く音。それは杖の音である。

 現れたのはアンデッドモンスター『死の支配者(オーバーロード)』だった。ただ、それが五体連なっていた。

 彼らはナザリック地下大墳墓の巨大図書室(アッシュールバニパル)に勤務する者たちだ。

 それらが同じような装備で玉座の横に整列していく。

 その後でもう一人、姿を見せた時、どよめきのような音が会場から聞こえてくる。

 床を歩く音は同じだが、杖をつくような音は無い。

 姿を現したのは人間だった。

 黒髪黒目で東洋系の顔立ち。それがごく普通に玉座に座る。

 

「お待たせした、諸君。では、始めてくれ」

「はっ。まずは至高の星アインズ・ウール・ゴウンの支配者であられるアインズ・ウール・ゴウン魔導皇様に一同、敬服を持って挨拶せよ!」

 

 一見、人間に見えるが人前にのこのこ姿を晒す事は危険極まりない。ゆえに偽装である。

 本当のアインズは現在、月で現場の様子を指揮している。

 玉座に座る人間はレイドボス戦の報酬で得たもの。

 遠隔操作で自分と同じ魔法を扱えるし、言葉も伝えられる。なにより超位魔法も使える便利な存在だ。ただし、遠隔操作なので乱戦向けではない。

 二回ある定例会議の内の一回は月で過ごすと決めているアインズ。

 特別な日に特別な場所で過ごすのは支配者の特権だ。

 一番の目的は無慈悲な王とならないためでもある。

 自分は支配者だ。

 世界を統一した全ての王。

 だが、慢心は身を滅ぼす。だからこそ制裁モンスター達が現れて幾度となく窮地に立たされてきた。

 

 レイドボスは一人では倒せない。

 

 仲間が居る事がどれほど大切か忘れてはいけない。

 全てを捨てる事は簡単だ。

 目的は果たした。だが、世界はそれで終わりではない。

 戦闘メイド達に国を任せて変化が起きはじめる。それから十年は過ぎただろうか。

 生身の身体を持つルプスレギナ、ナーベラルが妊娠し始めた。

 命令に従い、戦うしか能が無いと思っていた者たちが新しい命を自主的に育み始めた。だが、育てるためではない、と聞いた時は愕然としたものだ。

 これもまた自分の慢心が生んだ結果なのかもしれない。

 自分の罪なのかは分からない。

 だが、罪としたい部分がある。

 だからこそ月に来た。

 贖罪かも知れない。

 誰かに謝罪したい。いや、ただ、己の歩む道が間違っていると言ってほしいだけかもしれない。

 そんなもやもやする気持ちを吐露するには月が一番、最適だった。

 死者を(とむら)う目的もあるけれど、ここにはナザリック地下大墳墓のかつての姿も再現してある。

 神聖な場所に相応しい支配者の懺悔(ざんげ)を奉納する場。

 今日も長い一日が始まる。アインズは悔恨(かいこん)も交えて各国の報告に耳を傾ける。

 

 act 3 

 

 定例会議が終わり、別室で人間のアインズの下に戦闘メイド達が集められた。

 まずはそれぞれの活動を労っていく。

 

「身重の者は車椅子を使うと良い」

「はっ、ご心配をお掛けして申し訳ありません」

 

 本来なら子供が生まれたら祝福するものだと思っていたが、そうではないのでアインズも言葉がかけられない。

 

「……折角妊娠しているのに勿体ないな。食用とは……」

「短命の役立たずですので」

「ナーベラル。アインズ様はお前を心配くれているのですよ。言葉を慎みなさい」

 

 と、アルベドが(たしな)める。

 同僚のルプスレギナの子供も短命で食用に回される事になっている。

 アインズとしては何故、育てないのか不思議で仕方が無い。

 

「恒例行事のようになってきたな……。いつまでもお前たちを心配する心が養われて助かっているのかもしれないが……」

 

 子供に関してはうまく説明できないアインズ。

 

「各国に派遣して寂しい思いは感じていないか? 代理の者が必要なら遠慮はするな」

「今のところは大丈夫です」

「シズ。全体として異常事態はどれほどだ」

「……13パーセント。……想定内」

「前回より低いな」

「……一部の冒険者が頑張った。……大陸級の発生、無し」

 

 端的な報告にアインズは満足する。

 世界の危機は30パーセントから生まれ始めるらしい事までは調査で分かっている。

 意外と数字が大きくてびっくりしたものだ。

 適度な異常事態が起きていないと国内が腐敗し易い。敵が居る状況というのは意外と使える手段だ。

 

「ユリ。ルプスレギナ。ナーベラル。シズ。ソリュシャン。エントマ。オーレオール」

「はっ」

 

 名前を呼ばれたものはそれぞれ返事を返していく。

 七番目の妹であるオーレオールは妊娠していない。それは彼女の性格などが影響している気がする。もちろん、命令があれば妊娠することも(やぶさ)かではない、と言うかもしれない。

 見た目は人間に見えても女神系やヒューマノイドタイプのモンスターという枠組みに入る存在は妊娠後が大変だ。

 生まれ出た胎児が五分後に成人となって敵対行動を取る。

 それが何故なのかは分からない。そういう仕様だから、と言えば簡単だが。

 複製と違い、胎児まで親と同じレベルにはならないけれど敵対されるのは厄介である。

 本能に従っている部分があり、教育を施すのは意外と面倒くさい。

 

「今回もお前たちの顔を見られて安心した。だが、私は月に居る。直接、労えなくて悪いと思っている」

「勿体なきお言葉にございます」

「アインズ様、そちらでは異常事態は起きていないのですか?」

()()が残した防衛手段のお陰かもしれないな。ここはあいも変わらず平穏だ」

「それはなによりでございます」

「アルベド」

「はい」

「予定通り一週間の滞在の後に帰還する。それまで全権はお前に任せる」

「畏まりました。アインズ様のご帰還を心よりお待ち申し上げます。不測の事態が発生いたしましたら、我等は身命を賭してでも馳せ参じる所存にございます」

 

 人間の男性に向かってアルベドは跪く。その後でユリを含む全員が胸に手を当てて(こうべ)をたれる。

 返事に満足したあと、男性は眠りにつく。

 連絡係とはいえ人間にかしずく事に対して異論を挟むものは居ない。

 最初は戸惑ったがアインズが利用しているのだから従うしかない。

 

 

 月から帰還したアインズは魔導国にある浮遊する居城『ユグドラシル』にある執務室にてナーベラル・ガンマを呼びつける。

 この城もかつての小憎たらしい()が残してくれたものだが。

 十年近く経つが未だに堅牢さを守っている。

 

「んっ? あれから生まれたのか?」

 

 今日のナーベラルのお腹は凹んでいた。

 

「はい。既に次の子種の受精に入っております」

 

 最初こそは慌てたものだが十年も経てば諦めもつく。

 NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)であるはずの彼女達がどういう気持ちで妊娠するのか、永遠の童貞であるアインズにはうかがい知れない。

 初孫のような気持ちが味わえると思っていたのに食用に回される。それは指摘するべきか悩んだものだ。

 育ててみたいところだが、五年程度の短命な生物。

 自ら腹を痛めて生んだ子供に何の執着も持たないものなのか。

 アインズは色々と悩んだ。本来はナーベラルが悩むところなのに。

 

「ナーベラル。お前は何とも思わないのか? 嬉しくないのか?」

「はっ。……申し訳ありません。アインズ様の疑問点が分かりかねます」

「……分からないのか……」

 

 母親としての感情が元々備わっていない、とヤツは言っていた気がする。

 冷酷のように見えてNPC特有の『設定されていない事は出来ない』ということなのかもしれない。

 生まれた子供に感動する。という設定があれば子育てに励んだり、短命である事を嘆くかもしれない。

 それにもましてあらゆる異種交配を(おこな)い、生まれてきた全てが二重の影(ドッペルゲンガー)という報告が上がっていた。

 月に保有されている様々な種族を用いた研究結果は()()にも適用されることは証明された。

 とはいえ、子種を受け入れる作業を想像するとアインズとしては興奮しそうになる。仮に興奮すると強制的に感情が抑制されてしまう。

 アインズはアンデッドモンスターの『死の支配者(オーバーロード)』であり、一般のモンスターよりも強大な力を持っている。

 

「咎めても仕方が無い。ナーベラル。これは興味からなのだが……、お前は子種を植え付ける行為が好きなのか?」

「好きというよりメスとして発情すれば収めなければなりません。残念ながら私は収め方が思いつかず、現在の方法を採用しているだけです」

 

 伝え聞いた事が事実なら、ナーベラルは永遠に発情し続ける、らしい。

 一度、発情期に入ると治めない限り終わらない。

 ルプスレギナはもっと酷く暴れまわるらしく、オーレオールはある程度は自制できるようだ。

 無表情の冷血漢のように見えるナーベラルも人並みの感情がある。

 一番重要なのは避妊処置を命じなかったアインズにも現在の彼女たちの様子に責任があった。

 我慢すればするほど身悶えするルプスレギナ。

 止むを得ない事態として色々と許した結果が現在の状況だ。

 痴態が無くなった代わりに頻繁に妊娠してしまう。

 一般の人間と違い、数週間で身ごもる。出産後、すぐにまた妊娠できる。

 即席の身体のせいで胎児は短命かもしれない、という予想が立てられていた。

 業務に支障が出るのでそろそろ避妊させようかな、と思うのだが命令を下すにはまだ勇気が足りない。

 というより自分の都合で避妊など命令してもいいのか。

 肉体のある身体なら自慰行為くらい隠れてするくらいは許容する。

 

「身体を壊さないようにな」

「はっ」

 

 生物として相手を求めるのが本能ならば無理して抗え、と言うのは酷だ。

 賢者気分が拭えない童貞は色々と迷惑かもしれない。

 

「もし、病気かと思ったら一人で抱えずに相談しろ。良いな?」

「ありがとうございます」

 

 発情という病かもしれないけれど。

 アインズはナーベラルの頭に手を乗せる。

 

「あ、アインズ様?」

「そうそう、ポンポン妊娠して処分するのは勿体ないな。ナーベラルは子供を育てようという気持ちは湧かないのか?」

「不要な子供に任せられる事は何もありません」

 

 支配者に使いつぶされる事を至上の喜びと思っているナーベラルにとって、その役目を子供に託す気持ちが理解できない。

 アインズとていつまでも妊娠のくだりを議論するのは不毛だと分かっている。だが、それでも言いたいし、聞きたい。

 

 ナーベラル・ガンマよ。母になる気は無いのか、と。

 

 なる気は毛頭ない、と答えるかもしれない。

 ルプスレギナも同様に。

 ギルドメンバーの自己満足によって生み出されたものが自らの欲望に従い、自立することなどありえないことかもしれない。

 ギルドから除外すれば違う答えが現れるかもしれない。それはそれで少し寂しいけれど。

 

 act 4 

 

 支配者との懇談を終えたナーベラルはガンマ国に戻り、報告を受ける。

 平和な国に異常事態は起こりにくい。だが、報告義務は怠れない。

 与えられた任務は以下の二つ。

 

 一割以上の国民を死なせてはならない。

 不足物資は隠さず報告すること。

 

 細かい項目は臨機応変に対応するので、大きな命令としては以上の二つが優先度が高い。

 

「そろそろ各都市の視察の時期かと思われます」

「うむ。では、それぞれ準備に取り掛かれ」

「畏まりました」

 

 二年に一度、自国を巡り、国民や建物、文化などを直接確認する。それはアインズからも大事だと言われていることだった。

 国土はそれ程広くは無いが全てを回るのに早くて半月はかかる。

 

 

 命令を終えて自室にこもるナーベラルは鏡で自分の顔を確認する。

 人間形態から本性の二重の影(ドッペルゲンガー)へ。

 

「……うぉえ……」

 

 その場で嘔吐するナーベラル。

 ここ最近、具合がとても悪い。

 理由は判明している。

 

 悪阻(つわり)

 

 妊娠するようになってから定期的に起きる現象だ。

 分かっていてもやめられない事はある。

 こんな状態でも下半身はうずき続ける。

 避妊の命令を受けないかぎり、止まる事の無い拷問とも言える。

 

「……全く女の身体というのは難儀な事だ……」

 

 顔を洗いつつ顔色を確認する。

 

「……人造人間(ホムンクルス)で代用すれば……。それでは意味が無いんだったな。……アインズ様、この愚かなメイドにお命じ下さい……」

 

 そう懇願しても聞き届けられる事はない。

 

 

 身支度を整えて与えられたベッドに横たわる。

 睡眠不要の身体なので熟睡は本来、出来ない。だが、今は出来る。

 決まった時間に目覚めてしまうのだが、深い眠りは約束されている。

 本来は追加の命令は貰えないのだが、アインズより頂いた褒美の一つとして睡眠の()()をいただいた。

 一日に決まった時間だけ眠る。

 この睡眠は強制ではないので呼びかけられればいつでも目覚められる。

 肉体的な疲労は感じなくても精神的な疲労を回復する上では有効的だ。

 一度、完全に熟睡に入れば具合の悪さも気にならなくなる。

 

「………」

 

 本性に戻り、全裸で眠るのが基本だ。

 ここは自分ひとりの部屋。誰にも文句は言われない。自分達の上位者以外は別だが。

 

 act 5 

 

 次の日、目覚めてから異常に具合が悪く感じた。

 嘔吐はいつもの事だが今日は血まで出てきた。

 いつもの悪阻とは違うかもしれない。不意に嫌な予感を感じたので予定を変更し、カルネ共和国に向かう事にした。

 元々は小さな農村だったが農業の発展によりアインズから国として認められることになった。

 国王はンフィーレア・バレアレ。王妃はエンリ・バレアレ。第一王子のキリイ・バレアレ。

 役職こそ王などに収まっているが、普段は各地を飛び回る研究者だ。

 エンリも農業支援団体の代表者で息子のキリイは村長を兼任している。

 転移によりナーベラルは数人の従者と共にバレアレ家に向かう。

 外から入ろうとすると守護神『アラクネ姉さん』に襲われる可能性が高い。

 蜘蛛女(アラクネ)戦乙女(ワルキューレ)という複合種族はただひたすら己に課せられた任務に忠実だ。

 

「苦しいのは胸ですか? 顔ですか?」

 

 慣れた手つきでナーベラルを診察する国王ンフィーレア。

 

「分からない。吐き気は感じるのだが……」

「分かりました」

 

 と、言って手に持ったのは診察用の粘体(スライム)だ。

 掃除要員で使われる事が多いのだが、ンフィーレアが扱う粘体(スライム)は手術用に訓練されたものだ。他の粘体(スライム)より繊細な動きが出来る。

 

「熱は無いようなので二重の菌類(マイコドッペル)ではないようですね」

 

 二重の菌類(マイコドッペル)とは二重の影(ドッペルゲンガー)(わずら)う特殊な病気だ。

 主な原因は体内に入り込む微細なモンスターが何らかの原因で宿主を攻撃する。

 初症例が二重の影(ドッペルゲンガー)だったので、この名前が付けられた。

 

「鼻から脳に達した限りは特に異常は無いようですね。喉の奥からは胃まで……」

 

 自分の意思ではない(うごめ)く感触は気持ち悪いのだが、耐えた。

 吐血するほど酷いのは体内のどこかに腫瘍(しゅよう)のようなものが出来ている可能性がある。

 今のところ頻繁に吐血はしていないようだから、早期発見すれば問題はない。

 

「必要とあれば腹を裂いていい」

「痛みに強いとはいえ、軽く言われると僕も覚悟を決めなければなりません」

 

 とはいえ、調べられるところには限界がある。

 命令を与えた粘体(スライム)が何の成果も上げられないならば、腹を切るしかない。

 痛み止めの薬を塗り、出血に備える事は怠らない。

 

「では、少し間。身体から力を抜いてください」

 

 何度かお世話になっているので勝手は分かる。

 手際の良い医師なのでナーベラルはよく利用している。

 小さな穴をあけて粘体(スライム)を入れていく。

 体内に異常があれば内側から粘体(スライム)が合図を送る。それを参考に治療方法を考えていく。

 自分の記憶では物足りない部分が多いので、色々な資料を調べていく。

 

「人間の大腸部分に当たる箇所に腫瘍が見られるようですね。吐血については……胃のはずなんですが……、喉にも腫瘍があるのかもしれません。下手をすると声を失うかもしれませんが……。治癒魔法かアイテムを使いますか?」

 

 普通の人間ならアイテムなどを使うところだが、ナーベラル達は主であるアインズの許可を得ないとアイテムを使用しない。

 

「ルプーに頼むとしよう」

「お手紙を書いておきますね」

「いつも手数をかける。……ンフィーレア・バレアレ」

 

 異形種の自分たちを治療する相手を無下に出来ない。だから、ナーベラルはンフィーレアを下等生物扱いはしない。

 人間で特別扱いする存在は数えるほどしか居ない。

 

 

 確認出来た腫瘍を取り除いたあと、声を失ったナーベラルは失意にくれず治療費として金貨二百枚を提示した。

 貨幣価値としてはかなり高額だがンフィーレアは受け取る事にした。

 世界を征服したアインズ・ウール・ゴウン魔導皇は貨幣制度を維持する事にした。

 適度な混乱は必要悪と考えての事だ。

 もちろん、格差はどうしても生まれる。だが、それは己の慢心を(いさ)める為に必要と判断した。

 以前から使えた金貨は通常通り扱えるようにし、多少の競争力を残す事にした。

 いわゆる『モチベーション』の維持と向上だ。

 平坦な暮らしは飽きやすい。

 努力に報いる事は国家運営には必要不可欠と考えての事だ。

 

「こちらの腫瘍は研究用としてお渡ししておきます」

 

 冷却魔法により氷結保存された容器を木箱に封入する。

 

「………」

 

 頭を垂れる事でナーベラルは感謝の意を表す。

 早速、ナーベラルは魔導国の医療検査局に腫瘍を持ち込み、調査を依頼しておく。そのまま次にベータ国に行き、ルプスレギナと面会する。

 

「了解っす……。私も喉の辺りに違和感を感じてたんすよね。病気になるんすねー、NPCも」

 

 治癒魔法により声が出るようになったナーベラル。

 

「ンフィーレアが言うには長命により細胞が想定外の動きをするらしい」

「難しい理屈っぽいっすね」

「腫瘍に治癒魔法は通用しない。傷をつけない限りにおいては魔法の効果は適用されない。ただし、悪化すると膨張して破裂する可能性がある、とのことだ」

「……ちょっと怖いっすねそれは」

 

 元々健康な細胞が何らかの事情で活性化しただけ、というのがンフィーレアの見解だった。

 外部からの菌というわけではない、など色々と推測は出来るが原因は不明。適度に身体検査を受けるように言われていたので今回は丁度良かったのかもしれない。我慢して悪化すれば国家運営に支障が出る。

 

 act 6 

 

 治癒を終えたナーベラルは各都市に出向き、都市長達から報告を受ける。その合間に潜ませている影の悪魔(シャドウ・デーモン)達の意見も聞き、齟齬の割合を調べていく。

 多少の誤差は見過ごすが大きすぎれば修正する。

 適度な忙しさが明日の活力となる。

 完璧なものは理想でよい、というのがアインズの考えだった。

 

「税金は問題ないですね」

 

 経理担当の従者の言葉にナーベラルは頷く。

 多少の延期などは折り込み済みだ。無い袖は振れない、という言葉がある。

 国民を悪戯に減らさず、増やさず。

 細かい部分は実際のところ部下達に任せている。大事な部分だけは統治者が判断するのだが、下等生物(ミヤマクワガタ)の暮らしぶりなど最初から興味は無い。

 治世が安定しているのは放任主義が功を奏したわけではない。ナーベラルの国を監視する者たちが別に存在するからだ。

 軌道修正できるところだけ命令を下せば国は意外と横道に逸れないものだ。

 逸れるとすれば富を多く得るものが強気の発言をする時くらいかもしれない。

 

「極端な過剰供給が無ければ例年通りで処理しろ」

「はっ」

「問題は……、疫病対策か……」

「二年に一度という間隔のようですが……、人的被害も無く問題は無いかと」

 

 最初は対処にてこずったものだと少しだけ過去を思い出す。今は対処されているので恐れるに足りない。

 犯罪率は低いが目立った事件は無い。

 

「人口増加に伴ない、建物の追加が申請されておりますが……」

「こちらはそろそろ手を打つ必要がある」

 

 増えたら減らせばいい、という安易な判断は下せない。

 アメとムチは使いようだと言われているが強引な手法は後の禍根となる。

 

 

 それから数日をかけて各都市を視察していく。

 恒例行事にも関わらず国民は毎日のように働いている。それはそれで別に構わないがナーベラル自身は不満だった。

 本来ならばアインズやナザリック地下大墳墓を守護する戦闘メイドとしての責務があった。今は与えられた国の統治という仕事についている。

 不満を言うのは不謹慎ではあるのだが、自分の仕事とは合わない気がした。

 その不満が日がな一日、子作り作業に興じる結果となってしまったような気がする。

 最初の赤子を産み落としてから母乳も出るようになってしまった。それから数年は仕事を丸投げして狂ったように徹底的に子作りばかりしていた。精神が落ち着いている今は主に報告できぬ恥部として記録だけは残している。教訓として。

 自分の意思では発情は止められず、かつ主からは避妊を禁じられた。

 出来ることなら膨らんだ胸も性器も抉り取りたい。

 ただただ邪魔なだけだ。

 だが、それは自分の我がままなのは自覚している。

 これが罰なら甘んじて受けよう。

 恥ずかしい姿の戦闘メイドの姿を見たら主はきっと軽蔑してくれる筈だ。

 それまでこの(子作り)は続ける事にしよう。

 治世二十年目というのは分かったが、その間に産み落とした子供の数は覚えていない。

 一人残らず誰かの腹の足しになった筈だし、別段、興味も無い。

 老いを知らぬ二重の影(ドッペルゲンガー)は今も昔と変わらぬ美貌。だが、それは人間形態の話し。

 本性を美しいと言ってくれるものは誰も居ない。

 

「……美しさとは何だ」

「閣下……」

「人間的価値観が分からない」

 

 何度も聞いているはずなのに理解できないのは自分自身。

 創造主より与えられた顔を侮辱する事は出来ないが、どこがどう美しいのか。

 

「出て行け!」

「は、はい」

 

 激高するナーベラル。

 一人だけになった私室で答えの出ない問答を繰り返す。

 

 

 ある時、久方ぶりに主アインズに呼びつけられ、戦闘メイド『プレイアデス』は揃った。

 ただ、五年前とは様子が違う。

 長姉のユリ・アルファは首のみの出席。身体は落盤事故により損壊し、修復中。

 危うく滅び去るところだった、と述懐していた。

 ルプスレギナ・ベータは痴呆のように呆けた状態だった。受け答えも満足に出来ず、彼女を支えるのは長生きした彼女の娘だったが名前は与えられていない。すぐ死ぬ生物に名前は不要だから。

 シズは黒い立方体。

 ソリュシャンは特に変化なし。

 エントマは子沢山になったらしく、背後には様々な虫系モンスターを引き連れていた。

 七番目の末妹は昔と変わらぬ姿だった。

 ナーベラル・ガンマはアインズの目の前だというのに自らの胸を揉みしだき、股間を強く掴んでいた。

 服から染み出すほどの発情状態が制御出来なくなっていた。

 

「……よく揃ってくれた。……特に言及はせぬが……。いや、あえて問おうか?」

「アインズ様、発言をしてもよろしいでしょうか?」

 

 首だけのユリが言ったのでアインズは頷きで答える。

 

「ベータはともかく、ガンマはあまりにも見苦しいので退出させた方がよろしいのではありませんか?」

「いや、いいのだ。ナーベラル・ガンマはここに居ても良い」

「……しかし」

「くどいぞ、ユリ」

「し、失礼いたしました」

 

 ルプスレギナは笑い声を上げながら天井を指差す。

 

 act 7 

 

 戦闘メイドに国を統治させて二十年が経過した。

 変化が起きるとすれば十年単位だと見込んでいたが意外と長引いてしまった。

 一部は昔と変わらないが、変わりすぎな者が居るのは分かっていたことだが辛かった。

 ルプスレギナには自分で生んだ子供を大切に思えないなら、それを食料とせよ、と命令していた。その結果が現在の姿だ。

 ナーベラル・ガンマもある意味では自分の命令の不備かもしれない。

 シズは事前に知っていたので問題は無い。

 ソリュシャンとオーレオールも同様だ。

 エントマは随分と家族が増えてしまった。多種多様な種族が家族となっているので、特に問題は無いようだ。ただし、それは見えているままの感想に過ぎない。

 ユリは完全に事故だ。不測の事態の中でも予想しにくい部分だ。それは問題ではない。

 

「ナーベラル・ガンマ。お前には色々と辛い思いをさせてしまったな」

「………」

 

 その言葉が聞こえた時、手に力が入りすぎたのか胸と股間部分が赤くなってきた。

 

「本来なら褒美を与えたいところだが……。お前は自害を願い出そうだな」

「………」

 

 口をきつく結んで言葉を発しない。それは返事をしない愚かな戦闘メイドを処分してください、という無言の嘆願だった。

 本来は黒い穴となっている目からは赤い血が流れていた。

 顔に力が入りすぎて血管などが切れたのかもしれない。

 

「まずは……、ソリュシャン。ナーベラルの乳腺のみを焼ききれるか?」

「はい。……ですが……、いえ。畏まりました」

 

 その言葉が聞こえたナーベラルは胸を強く掴んでいた手を離す。そして、一つだけ胸の奥で安心することが出来た。

 

「子孫も残さず日がな一日発情しているのは辛かろう。どうしてそこまで子供を愛せないのだ?」

「………。そ、それは……」

 

 ナーベラルは主の問いに答えようとした。しかし、声が潰れていて(かす)れた音しか出なかった。

 

「……お聞き苦しい声で申し訳ありません……。アインズ様……、どうして子孫を残さねばならないのでしょうか……。私は懸命に考えました……。ですが、今の今まで満足する答えを得ることは叶いませんでした」

 

 両方の胸から煙を出しつつナーベラルは言った。

 ソリュシャンは出来るだけ外傷が残らないように気をつけつつ消化液を調節する。

 

「子を育てる楽しみを味わいたくないのか?」

「申し訳ありません。……子を育てるのにどんなメリットがあるのでしょうか?」

 

 そう言われてもアインズには答え難い。

 NPC達を子供だと思えば彼らの成長を見るのが楽しみだ、とか答えられそうなのだが。

 

「不死たる存在に子孫は不要……。かえって人口増加のデメリットが発生すると思われます」

「一人や二人は……。まあ、そうなんだけれど……。母になりたくはないのか?」

「我等の父であり母は創造主たる至高の四十一人だけでございます」

「……それでいいのか?」

「はい」

 

 迷いの無い答え。

 作業を終えたソリュシャンは引き下がる。

 

「治癒魔法を使えば意味が無いな、そういえば。一時でも解放されればいいか」

 

 命令を拒否されればどうすることも出来ないけれど。

 褒美に避妊しろ、というのはアインズとしては言いたくない事だった。

 

「……私はアインズ様とナザリック地下大墳墓を守るためだけに生み出されたNPCでございます。人並みの幸福は必要ありません。まして、人並みの幸福を私は理解できません」

 

 一歩前に進み出た時、興奮の頂点に達したのか派手に体液が吹き出た。

 

「ご覧下さい。こんなにはしたないメイドが今、幸せだと言えるのでしょうか? これでは自害を願い出て来た愚か者にございます」

 

 血反吐を吐く気持ちでナーベラルは言い募る。

 

「……子供を生み育てられる幸せを、と願ったのだが……。それは私の自己満足だったようだな」

「支配者として……、うぇ……」

 

 床に吐瀉するナーベラル。

 

「……ここに戦闘メイドのナーベラル・ガンマなど居ません。よがり狂うしか能がない愚か者にございます」

「………」

 

 アインズは黙ってコンソールを呼び出し、ナーベラルのステータスの項目を開く。

 本来は抵抗を感じるので(おこな)いたくなかった事だが、二十年の年月と長きに渡る統治の功績は認めてやらなければならない。

 

「お前達に母という概念を理解出来たものは少ないようだな」

 

 少ないというか、ほぼ居なかった。

 エントマも自身の餌としてしか子供たちを見ていないところがある。

 一時は子孫繁栄で喜んだものだ。だが、NPCは期待以上の成果を見せてはくれなかったようだ。

 個人設定で出来ることは()()()。ただ、一方通行が多く、やり直しが出来ない事もまた多かった。

 そんな状態でも出来ることはある。

 

 殺すことだ。

 

 必要な文章を書き加えていく。

 殺して復活させる事で状態をリセットする。既に変化した肉体があるかぎり設定の効果が適用されない為だ。

 

「部下の気持ちも察してやれない支配者を許してくれ」

「……アインズ様……。貴方様が謝罪なさ……、うぉぉう……、あぅおぉ……」

 

 言い知れない圧迫感がナーベラル・ガンマを襲う。

 

「……お休みなさい、ナーベラル」

 

 背後からソリュシャンがナーベラルの頭に手を当てていた。

 粘体(スライム)系モンスターであるソリュシャンは見苦しいナーベラルの頭部を膨張させ、そして、そのまま破裂させた。

 

「うむ。よくやったソリュシャン」

 

 と、アインズはソリュシャンを賞賛する。

 

「装備を外し、身体も処分しておけ。掃除はメイド達に任せるとしよう」

「畏まりました。……ルプスレギナはいかが致しましょう」

「しばらくはそのまま良い夢を見せてやろう。究極の幸せとは思考しない事らしい。それは真理ではあるのだが……。現実逃避とも言える」

 

 アインズは玉座から立ち上がり、軽く飛び跳ねているルプスレギナの元に近づく。

 母を守るように一歩前に出る勇敢なる名も無き少女。

 

「この娘の歳はいくつだ?」

「長生きしているので……、確か七歳だったはずです」

「ほう。それはすごいな。このまま長生きするなら死なせるのは可哀想だ。お前を生んだ母を大切にするがいい」

「アインズ様、申し訳ありません。その娘は声帯を持たずに生まれた為に声が出せません」

 

 同族食いで生まれた奇形の子供。

 それでも食事は出来る。教育も大体は理解している。

 ただ、アインズは手話が理解できないから通訳としてソリュシャンから話しを聞く。

 

「口唇蟲を与えよう。エントマよ。手ごろな声を渡しておけ」

「畏まりましたぁ」

「生まれてくるのが全て女というのも……。NPCだからなのかな……」

 

 二十年。

 NPCは二十年も耐えてくれた。この先の見えない土地で。

 不死である事を恐れもせず。

 かつて()()()()()が残してくれた資料は色々と参考になった。

 だからこそ自分(アインズ)はNPC達の痴態を咎めずにいられた。

 目を背けたくなる気持ちは何度もあったが逃げ出さずに向き合えた。だからこそ、もう充分だ。NPC達を苦しめるのは。

 

「ソリュシャン、かねてより頼んでいた研究はどうなった?」

「申し訳ありません。私の毒製作師(ポイズンメーカー)をもってしても抑制剤の製作は遅々として進みません」

「……まあ、それは仕方が無い。新薬というものはそう簡単に出来るものではないからな。研究は引き続き続けてほしい」

「畏まりました」

「……目標の百年まで五分の一まで来たわけだが……。惨憺(さんたん)たる結果だな。もう二十年後にはユリとソリュシャンが脱落しているかもしれない」

 

 国の運営には問題ないがNPC達の気持ちの変化は(いちじる)しい。

 忠誠心溢れるナーベラルが壊れるほどなのだから。

 復活後には気持ちも昔に近くなっているに違いない。

 

「シズ。宇宙(そら)は快適か?」

「……宇宙塵の影響、音声を、届け難い、……す」

 

 ノイズがかったシズの声が黒い立方体から聞こえてくる。

 

「……あっ、ああ、あああ……。……演算能力の向上は……」

 

 黒い立方体から煙が立ち上ってきた。

 

「……結果をお届けできそうに……。……プロトタイプの限界……」

「分かった。研究に区切りをつけて戻って来い」

「……畏まりました。……接続、遮断」

「シズは相変わらずですねぇ」

「どんな形だろうとお前たちの姿が見られて嬉しく思うぞ。この場の失態については折り込み済みだ。気にする必要は無い。改めて……、()()()()()でナザリック地下大墳墓の一同に集まってもらおう」

 

 その場に片膝をついたのはソリュシャンとエントマとオーレオールだった。

 次の二十年はどんな形になっているのか、不安でもあり、楽しみでもある。

 もう少し女性に対する扱い方を学ぶ必要がある。

 

 act 8 

 

 復活後のナーベラルは個人的にアインズの執務室に呼ばれた。

 前回の痴態振りを思い出し、顔が発火するほど羞恥心を感じていた。

 今は発情は感じない。身体的には平静であった。

 

「まず、ナーベラル。お前を苦しめた事を深く詫びよう」

「……お、おそれながら」

「いや、ここは謝るところだ。急に話しは変わるが、お前の部下から聞いたのだが……、美しさに悩んでいるそうだな」

「えっ? は、はい……」

「前回の痴態の件は終わりだ。いつまでもグダグダと言っていては話しが進まないからな」

「は、はぁ……」

 

 アインズとしても何度も部下を殺していられない。

 復活費用は無限ではないから。

 

「お前は美しい娘だと思うのだが……、どうして気に入らないのだ?」

「創造主より与えられた顔に文句はありません。ただ……、人間的な美的感覚が私には理解できません。理解しなければならない気がするのですが……」

 

 アインズがナーベラルを美しいと思うのは元々の身体が人間だった事が関係している。

 異形種でも人間からかけ離れていればどう美しいのか分からない事がある。

 蜥蜴人(リザードマン)山小人(ドワーフ)の顔の見分け方も得意ではない。

 その点で言えば異形種としての気持ちは入っていないかもしれない。

 ナーベラルは異形種。人間的な美的感覚は元から無い。そんな状態で何々が美しいと言われても理解できなくて困惑してしまうのは当たり前だ。

 

「お前が理解する必要が無い、という時もある。別に美的感覚を持て、とか強制はしない」

「アインズ様……。ですが、それでは国の運営に影響が出ませんか? 国民の多くは下等生物(無知蒙昧なる愚か者)です。相手の立場になって考えろ、という言葉がありますが……。未だに私は下等生物(オニヒトデ)達の気持ちがわかりません」

 

 本物のオニヒトデの気持ちを本当に理解出来るとは思えないし、アインズも海洋生物の事を理解出来るか、と言われれば無理と答える。

 

「だが、二十年も治世を安定させてきたではないか。発情は除いて、今の状態を維持する努力をすれば良い筈だ。それでも納得できない問題でもあるのか?」

「会合の席で化粧をしない事で彼らのモチベーションを減退させているのではないかと……」

「うむ。それは一大事だな。化粧については何人か向かわせよう。お前が理解しなくとも真似る事は出来る筈だ。二重の影(ドッペルゲンガー)なのだから」

 

 そもそも人真似は得意なはずなんだが、と首を傾げるアインズ。

 全ての種族が横並びで能力を使うわけではない、のかもしれない。

 百人の中に落ちこぼれがどうしても出てしまうように。ナーベラルにも不得意なものがあるのようだ。それが真似かもしれないけれど。

 

「一人で思い悩むな。手遅れになってからでは私も困るぞ」

「……お手数をおかけしてばかりなもので……」

「なにを言っている。お前たちに頼られるのは私も嬉しい事だ」

 

 頼られすぎるのは困るし、無視されるのも嫌だ。

 ものには限度や程度というものがある。

 NPCに物事の微調整は不得意な分野かもしれない。それを無理にやれ、と言っても仕方が無い。

 普段は堅苦しい戦闘メイドが化粧で困惑するのは二十年経った今は可愛く見える。

 気持ち的にも余裕があるからかもしれない。

 そんなNPC達とあと何十年、一緒に楽しく世界を治められるのか。

 永遠の統治は精神の磨耗(まもう)の恐れを生む。だからこそ、ヤツは『ドロップアウト』の方法を模索していた。今度は自分の番かもしれない。

 今から終わりを考えても仕方が無いけれど、頭の片隅に置かなければいけない大切な事なのは理解している。

 なにせ、少なくとも千年か二千年後に挨拶する予定なのだから。

 後は何回、プレイヤー候補と出会えるかだ。気長な楽しみがある分、まだ絶望はしない。

 ナーベラルを教育する楽しみが出来た事だし。

 少なくとも子作りよりはマシかもしれない。

 

 act 9 

 

 時は流れガンマ国百周年記念祭。

 寿命のある人間種の古き部下は新しき世代へと変わっていく。

 長命の者。不死の者などは代わり映えの無い顔をさらしていた。

 

「ナーベラル閣下。また子作りに励んでいるのですか?」

 

 鏡に映る腹の膨れたガンマ国の統治者『ナーベラル・ガンマ』は従者に向き直る。

 

「子供を生む感覚は適度に自分を落ち着かせる。苦しみを感じる事はなかなか出来ない経験だ」

「……育てないクセに」

 

 部下の小言はいちいち指摘しない。

 

「ベータ国のルプスレギナ陛下から返事は来たか?」

 

 人間相手に仲間内の敬称は言いたくない。だが、時々、口を滑らせてしまう事がある。その時は知らない振りをする。

 数十年かけて培ってきた下等生物との付き合いで身に付けたものだ。

 

「はい。『病を克服して二十年』を祝っている最中だとか」

「ふむ。それは上々。祝いの花を贈ろう。それとも我が子の丸焼きが良いか?」

「オー陛下に似てきましたね」

「オーは元々()()だ」

 

 オーことオーレオール・オメガ。

 ゲシュタルト崩壊せず。

 今も昔もブレない治世を歩んでいた。

 

「シズ陛下は二つの新たな星の開発計画に着手。開始期間は十二年後になるとか」

「移動距離が長いから仕方が無いわ。それでも随分と巨大な姿になったものね」

 

 ガンマ国の城から肉眼で見えるほどの巨大な物体が空に映っている。

 それはシズが開発していた研究施設。

 

 当初は『太歳星君(プロメテウス)』と名付けられていた。

 

 距離感が掴み難いが月の十倍近い大きさで球体だ。

 それが現在、三機ある。

 小型の転移拠点『万魔殿(パンデモニウム)』を設置しながら移動する。

 一つは『地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)』で既に外宇宙に飛び去っていった。残りの『天国の瞳(アイ・オブ・パライソ)』は現場待機。ナーベラル達が今、見ているものだ。

 最後の『煉獄の瞳(アイ・オブ・プルガトリオ)』は先ほど連絡があったように別方向に向けて移動中だ。

 開始期間が十二年後なのは転移拠点作りがそれだけ大変だという事だ。安全確保には途方もない時間と労力を要する。無計画に突き進むことはできない。

 膨大な資源を現地調達することも長い期間の原因でもある。

 資源は有限である。一箇所から採掘出来る量は無限ではない。

 宇宙船の内部に生産拠点があり、金属などを精錬している。

 ユリ。ソリュシャン、エントマはナーベラル同様にそれぞれ自国で祝い事に向けて忙しい毎日を送っている。

 

「今日の私は美しいか?」

「はい。人前に出しても恥ずかしくない美貌でございます」

 

 自分で判断する事は未だに出来ない。

 だから、従者に判断してもらう事にした。

 部下に丸投げするのは統治者の特権である。と、尊敬する支配者(アインズ・ウール・ゴウン)の言葉だ。

 

『終幕』

 

 

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