第始章 ミレニアムクエスト外伝【完】   作:トラロック

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栄華の夢は終わりを告げる
アルベド


 

 永久(とわ)の治世を歩む『ナザリック地下大墳墓』の支配者で昔と変わらぬ不死性の偉大な統治者にして至高の存在『アインズ・ウール・ゴウン』の側に仕えて幾千万の時が過ぎた。

 各階層の守護者を束ねる守護者統括『アルベド』は最後の時を迎えようとしていた。

 いわゆる肉体的な限界だ。

 NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)である女淫魔(サキュバス)の存在も有限である事が証明される。

 全身が硬直し、末端部分は崩壊。

 顔はひび割れて血も出ない。

 活動する生物は無限の細胞分裂は出来ない。本来ならば。

 天文学的数字の分裂を得て今を生きる。その齟齬が現れないはずが無い。

 

「……今まで……、モモンガ様のお側に居られて……、このアルベド、幸せでした」

 

 側には白い骸骨の姿の死の支配者(オーバーロード)が居た。

 アインズ・ウール・ゴウンではなく『モモンガ』というプレイヤーネームだ。

 

「不死は死なないと思っておりましたが……。生きながら崩壊していくのですね……」

「もはや治癒魔法も効かないくらいだ。ここがお前たちの限界という事だ」

 

 息も絶え絶えのアルベド。既に片目は砂と化している。

 崩壊は一気に襲ってくることは無く、少しずつ身体を削るように進んでくる。

 

「永久の治世は完成した。私は誰も成し遂げられなかった栄華を極めたのだ」

「おめでとうございます」

「……だから、もう終わりにしようか」

「……御身が望むままに……。このアルベド、永久にモモン……まと……」

 

 静かに活動を停止するアルベド。その身体はそのまま静かに砂の粒子へ、と。

 他の従者も気が付けば一人も居なくなっていた。

 

 

 長く仕えてくれた従者は最後のアルベドの崩壊により死に絶えた。

 静寂なる世界。

 悪のロールプレイを極めた邪悪な存在ならば喚起するところだ。

 無の世界こそ我が望み、と。

 だが、中身は一般サラリーマンのモモンガは違う。

 

 寂しい。

 

 簡潔にして明快。素直な気持ちで思った。

 原初の風景に立ち返ったかのようだ。

 最初と違うのは付き従う者が誰も居ないことだ。

 どの階層もほぼ無人。自動的に湧き出るモンスター以外といってもいい。

 掃除するメイドも砂と化し、あちこちが荒れ放題だ。

 

「……最初の頃より汚くなっちゃったな」

 

 扉に触れれば砕け散る、というような事は無く、無機質なオブジェクトは崩壊しないようだ。

 かつてギルドメンバーが作り上げた堅牢なる地下施設。

 それはこれからも不動の未来を歩むのかもしれない。

 モモンガは最下層の玉座の間に向かった。

 夥しいNPC達の成れの果てが出迎える。一部は現地の人間かもしれない。あるいは亜人や異形か。

 死者の住まうダンジョンに相応しい様相となっている。

 

「死体が転がるところは凝りすぎ、と言われそうだな……。誰も動かないんだよな」

 

 ため息に似た吐息を吐いたつもりになりながら玉座に座る。

 

「もうすぐゲームが終わる。えっと確か……、サーバーダウンまでのカウントダウンが始まるんだったな」

 

 コンソールを呼び出す。

 現在時刻は23時50分。

 

「……楽しかった。……うん。もう思い出せないくらいたくさんの事があったな~」

 

 51分。

 

「世界征服。これは大変だったな。力による制圧ではなく、和平とか。腹に一物抱える権力者たちが素直に従うわけないじゃん」

 

 52分。

 

「手っ取り早く魔法で都市を落としていれば楽だったよな」

 

 53分。

 

「楽をしたら今日までの日々がもっと退屈になってしまう。地道な活動と研究は色んな事を教えてくれた。それは確かな筈だ。でければ仲間を失ったり、性格の暗いのアンデッドらしい支配者が今、ここに居る事になる」

 

 54分。

 55分。

 

……ふざけるな! ここはみんなで作ったナザリックじゃないか! って激高したのはいつだったっけ? ついこの間だったような……」

 

 56分。

 57分。

 

「最後は誰も居なくなっちゃったけど……。それはそれで運命だったのかな」

 

 58分。

 

「……ここまでのことは軽い冗談だったんですよ~。……と言ったら笑われるかな……。しかも、夢オチ」

 

 59分。

 

「あっ、メンバーの名前を言うの忘れていた。あ~、もう覚えていないよ~」

 

 00分。

 

「新年、明けましておめでとうございます」

 

 階下(かいか)に向かってモモンガは言った。

 先ほどまで死者が転がる不穏な世界は何所にも無く、滅びたはずのアルベドを含む多くの従者たちが勢揃いしていた。

 

「おめでとうございます!」

「……アイ……、モモンガ様、定期的に(おこな)われる、こな儀式はどんな意味がありんしょう?」

 

 昔と変わらぬ姿のシャルティア・ブラッドフォールン。

 

「心機一転、気分転換。そんなものだ」

 

 光り輝くオーラを身にまとう闇聖霊(ダークハイエルフ)のアウラがモモンガの近くに寄り、片膝をつく。

 年齢という概念は無くしたが女性としての一番美しい時期を今も保っている。

 不死性を身につけたとはいえ飲食は出来る。

 

「アウラよ、発言を許す」

 

 言葉使いは昔のまま。それは彼らが望んだ事だった。

 

「はっ。……ナザリックを毎回汚すのは……、いかがなものなのでしょうか? メイド達がとても心配しています」

「雰囲気作りは大切だぞ。それに私が許可した。何の問題も無い。……だが、お前たちにあまり説明しなかったのは……、サプライズというやつだ。それは感情を持つ者にとっては定期的に必要な事だと思ったのだ」

 

 一連の作業を定期的に(おこな)う事で精神の初期化を計っていた。

 慢心せず。最悪の結果を想定する。

 (おご)りは支配者にとって禁物だからだ。

 

「世界の全ては今や私のものだっ!」

 

 両手を広げて天に向かってモモンガは叫ぶ。

 

「……そんなことを恥ずかしげも無く叫ぶバカな支配者にはなりたくないぞ。……少なくとも大抵の支配者というものは自滅するものだ」

「叫ぶところは別に構わないと思いんすが……」

「いやいや、これはこれで結構恥ずかしいものだぞ。今日は特別な日だから恥ずかしい事を言ってみただけだ」

 

 周りの従者達からどよめきが起きる。

 

 

 ここにギルドメンバーが居ればバカにされているかもしれないし、もっといい別のセリフを用意してくれたかもしれない。

 そう考えるとまた少し恥ずかしさを感じる。

 

「本来ならお前たちに『自由』を与えたいのだが……。NPCは自主的な行動が理解出来ないところがあるようだ。それで構わないとお前たちは思っているようだが……」

「……ア……、モモンガ様のお気持ちに応えられないことはあたし達も申し訳なく思っております」

「出来ない事を無理にやれ、と言うつもりは無い。……だが、もったいないと思う」

 

 目の前に居る従者達はすべて幻。

 そういうシチュエーションも想定していた。

 

「もはや私は支配者でもなんでもない。ただのアンデッドモンスターなのだぞ」

「この身が朽ちるまで御側に置かせていただきたいのです。……なかなか丈夫な身体なので自分でもびっくりですけど」

「そうでありんす。アンデッドの常識を逸脱しているから、わたしも驚いておりんす」

「コノナザリック地下大墳墓ニハモモンガ様ガ居テコソ価値ガアルト思イマス」

「隠居されたとしても我々はいつでもあなた様のお声一つで馳せ参じますとも」

 

 コキュートスとデミウルゴス。無言で佇む執事のセバス・チャンの姿もある。

 全員が居るわけではない。

 時と共に失われた命も多くある。

 

「……そうか。今日はめでたき新年だ。無粋な話しはやめておこう」

 

 扉が開き、アウラの弟マーレが巨大な料理を持ってきた。

 それは現地の住民と共に作り上げた『ケーキ』と呼ばれるもの。

 

「正月はおせちなのだが……。クリスマスと間違えたのか?」

「ああっ!」

 

 マーレは失態に気付き、その場に平伏する。

 モモンガに内緒で作らせていた物だったからだ。

 

「よいよい、ケーキもめでたいものの一つだ」

 

 さて、とモモンガは頷き、周りを見据える。

 時は満ちた。

 この言葉は毎回のように言っている気がするが、あえて胸の内で言う。

 時は満ち、新時代が始まる。

 

「ふん、戯言を……」

 

 と、聞き覚えの無い声が第十階層に響き渡る。

 モモンガは中空(ちゅうくう)に顔を向ける。そこには宙に浮く椅子に座った状態で片肘を突く尊大な態度の存在が居た。

 煌びやかな全身鎧(フルプレート)をまとう人間。

 

「お遊戯の時間は終わったか、下等なる死体よ」

「……レイドボス……か?」

 

 しかも、ナザリック地下大墳墓に出現した。今までそんな事態は起きた事が無いので少しだけ驚いた。

 

「んー……。今度の相手は貴様では無い様だな……」

 

 椅子に座った人間はモモンガの頭上付近に魔法のようなものを打ち込む。すると空間に亀裂が入った。

 

「出て来い、下郎。その薄汚い肉塊の全てを無に帰してやろう」

「ウバァァァ!」

「ゴブァブゥ!」

「ギャァァン!」

 

 亀裂からおぞましい叫び声がいくつも響き渡る。

 

「そこの骸骨、死にたくなければ下がるが良い。それとも戦いに参加するか? 盾役ぐらいには役に立てよ」

「いやいや、我々もそれなりに戦えると自負していますよ。……英雄王とお見受けしますが……、お名前をうかがいたいものです」

 

 モモンガの予想では『古の英雄王(ギルガメッシュ)』ではないかと思う。

 何となくそんな気がしただけだが。

 

「おいおい、私も混ぜてくれよ」

 

 転移阻害を無視して現れたのは全身を赤い茨で包んだ存在だった。

 それはモモンガにも見覚えがある影の国の女王(スカアハ)のイベントボスバージョンだった。

 正確な名前はど忘れした。というか、各モンスターは自分で名乗らないので知らない事が多い。

 それにしてもボス級が二体も来て、しかも敵対行動を取らないのが不思議だった。

 

「私だけじゃないんだな。そこの骸骨君。警戒しなくていいが、協力は大歓迎だぞ」

「そうですか」

「危なくなったら逃げていいぞ。我々の敵はあくまで『世界を穢す者』だからな。……それから、新年、明けましておめでとうございます」

「あっ、どうも。これはこれはご丁寧に」

 

 影の国の女王(スカアハ)がお辞儀してきたのでモモンガは条件反射的に挨拶を返した。

 顔を上げると影の国の女王(スカアハ)が五人に増えていた。それぞれ色が違う。

 もちろん、それらとは過去に戦ってきたのだが、勢揃いすると戦隊もののように見えて滑稽だった。

 

 白化・影の国の女王(アルベド・スカアハ)

 黒化・影の国の女王(ニグレド・スカアハ)

 翠化・影の国の女王(ウィリディタス・スカアハ)

 黄化・影の国の女王(キトリニタス・スカアハ)

 赤化・影の国の女王(ルベド・スカアハ)

 

 五人共にレベルは100を超えている。

 

「あいつは『福音の雫(オメガ・オブ・ユグドラシル)』っていうとんでもないモンスターだけど、無理して相手をするな」

 

 聞いた事の無いモンスター。

 『世界』が異物と判断した者達を排除する抗体として作り出す強制力としての制裁モンスター。

 またの名を『星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)』という。

 『ユグドラシル』由来の敵というのは殆ど居ない。だから、モモンガの知識に無くても不思議は無い。中にはモモンガ専用の敵として作られるものが居たりする。

 彼らの目的は個体によって様々で全てが同じ目的意識を持っているわけではない。

 時には気まぐれに。時には意味も無く現れる。

 モモンガが出会った者達は進んで都市などを破壊したり、殺戮したものは居なかった。

 

「小さく見えるけれど、あの空間内全てが肉塊と化した気持ち悪いものだと思ってくれ」

「適度に痛めつければ退散する卑怯者よ」

「本気で倒す場合は君がもっとレイドボスを倒す必要があるよ。倒すたびに仲間が増える。これ、サービスだから」

「ど、どうも」

「平和な世界を作りやがって。これしか出て来ないじゃないか」

「……君は支配者なのに臆病なんだね」

「……言葉もありません。あと、……支配者は随分前に引退しました」

 

 モモンガは自然と敬語になってしまった。

 実際、彼女達の言う通りだ。

 レイドボスを恐れて波風立てない統治を心がけていたのだから。

 

「それはそれで別に責めているわけじゃないよ。とても偉いと思う」

「今回は味方だ。我々も君達と無闇に敵対しているわけじゃない。……ほら、あれだ。そういう()()だと思ってくれ」

 

 武器を構える影の国の女王(スカアハ)達。

「戦闘が終わったら退散するから安心して。無粋な真似はしないから。この影の国の女王(スカアハ)姉さん達は嘘はつかない。約束はちゃんと守る」

 亀裂から血管のようなものが躍り出てきた。それを迎撃する名も知らぬ英雄。

 

「応援はまだ来る予定だが……。手伝う者は残り、それ以外は退出を勧めるよ」

「ご心配なく。我等ナザリックに臆病者はおりません」

 

 と、メガネを光らせてデミウルゴスは言った。

 それぞれ武器を携え、回復アイテムの用意などを指示していくアルベド。

 

「新年早々、派手な開幕となったな」

「……その前に君は名乗りたまえよ」

 

 と、影の国の女王(スカアハ)に言われて英雄は顔をしかめる。

 

「下等な存在に……」

「今は仲間。ちゃんと名乗れ、ゲス野郎!

「き、貴様……。まあ、よい。後で始末してやろうぞ。聞け下等なる下郎共! 我が貴き名を!

 

 椅子から立ち上がり、大仰な態度で名乗りを上げようとする英雄。

 モモンガが自ら生み出した『パンドラズ・アクター』に似ていて何故か、恥ずかしくなってきた。

 

「我は太陽神の子(エンメルカル)! 畏怖を持って地に(こうべ)をたれよ!」

「……!?」

 

 ナザリック勢のほぼ全員の頭上に疑問符が浮かんだ。

 

「……だ、誰?」

 

 全く知らない英雄だった。いや、本当に英雄なのか分からない。

 モモンガとて全ての神話を熟知しているわけではない。メジャーなものならいざ知らず。

 きっとマイナーな王様の名前なんだろうな、と思った。

 

「え、えんめるかる……。そ、そうですか……」

「……古の英雄王(ギルガメッシュ)じゃないんだ……」

 というアウラの呟きに太陽神の子(エンメルカル)は眉間に皺を寄せる。

「ヤツより長く国を治めたのだから俺の方が偉い」

「そ、そうですか」

 

 古の英雄王(ギルガメッシュ)を知っている、という事は同時代の英雄か何かだ。だが、全く知らないモモンガ達は首を傾げるばかり。

 

 

 疑問ばかり抱いても現状は変わらない。

 目の前には今にも出てきそうな気持ち悪いモンスターが居る。それだけははっきりと分かる。

 

「アインズ・ウール・ゴウンのギルドの名の下にナザリックの威を示せ!」

「勝利を御身に捧げます!」

 

 長い戦いが始まる。

 力を持つ者の責務のように。

 最後に残る勝利者は何を手にするのか。

 

 act 0 

 

 誰も居ない廃墟と化したナザリック地下大墳墓。

 あたり一面瓦礫の山。

 形だけ保っている玉座に向かって()く者が居た。

 透き通っているように見えそうなエメラルドグリーンの身体を持ち、腰まで伸びた赤く炎のように揺らめく髪の毛。

 白銀の鎧と光り輝く鞘を腰に下げる。

 

「……出遅れた……」

 

 第八階層に住まう守護者統括『アルベド』の妹『ルベド』だった。

 

「……炎舞剣(ラハット・ハヘレヴ・ハミトゥハペヘット)の試し斬りが出来ると思ったのに……、残念」

 

 光り輝く鞘から剣を引き抜き、吹き出る炎を制御しつつ適当に壁を切りつける。

 その後でルベドは地上に上がる。

 自然豊かな平原の他には宙に浮かぶ都市がいくつも見えていた。

 

「……虚空の門(ヨグソトース)

 

 と、呼ぶと太陽を覆うような発光体が動き出す。

 発光する球体の集合体が百メートル規模の大きさを形成している邪神モンスター。

 

「……無貌の神(ナイアーラトテップ)

 

 次に呼ぶと暗黒空間が現れる。それは不定形の粘体(スライム)のようであり、非実体のモンスターでもある。ただし、規模が大きい。

 その黒き不定形は人間台の大きさにまで収縮していく。

 無貌の神(ナイアーラトテップ)の別名の中に『燃える三眼』というものがあり、()()()敵対ギルド名にも使われていた。

 他にも居るけれど、これらの超ど級モンスターと共にルベドは外の世界に一歩、踏み出した。

 邪神モンスターを引き連れた超越者(オーバーロード)は一先ずの目的として(アルベド)を探す事にした。そして、新たな物語が始まる。

 

『終幕』

 

 

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