第始章 ミレニアムクエスト外伝【完】   作:トラロック

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太陽よりの使者
ペロロンチーノ


 

 朝起きて寝るを繰り返すこと幾世紀。

 無理に起きている必要は無いのだが、長き眠りにつくのが少し怖いだけだ。いや、少しどころではないかもしれない。

 輝く鎧を身にまとう『至高の四十一人』の一人にして鳥人(バードマン)の異形種『ペロロンチーノ』は窓の外を眺める。

 猛禽類の姿を持つが本来の鳥人(バードマン)はもっと動物に近い姿をしている。

 

「ペロロンチーノ様。変わり映えのしない景色ばかり見ていると気が滅入りんせんか?」

 

 そう声をかけたのは黒を基調とするボールガウンに大きく膨らんだスカート。フリルとリボンの付いたボレロガーディガンを着ていて、色白の肌に白銀の髪と赤い瞳を持つ小さな少女。

 真祖(トゥルーヴァンパイア)の『シャルティア・ブラッドフォールン』だ。

 

「……確かにな。今でも実感は無いが……、宇宙を旅するとはな」

 

 異世界ライフを味わえると思っていたが何故か自分は宇宙に居る。

 大量の自動人形(オートマトン)達により制御されている不思議な宇宙船。動力が飛行魔法というのも驚きだ。

 既に旅を始めて数千年が過ぎている、らしい。

 

 

 最初に目覚めたのは随分前だ。その後は睡眠を繰り返し、今に至る。

 時を飛び越える技術の獲得に素直に驚く。

 自分達が居ない間にギルドは強大な力を得たようだ。

 それも飛び切りハイレベルに。

 

「……問題があるとすればアバターの姿なんだよな……」

 

 異形種は不死になりやすい。黙っていれば寿命で死ぬ事がない()()だ。

 近隣の星に普通に行くだけで数千年はかかる。ギルドマスターの元に戻ったとしても数千年も待っているものか。と考えたが案外、特別な睡眠で待っているかもしれない。

 一年、十年くらいなら自分も待てるかもしれないけれど数千年は冗談だろう、というレベルだ。自分の常識を遥かに凌駕している。

 そして、ペロロンチーノは思った。

 

 やっべー、これからどうしよう。

 

 起きた時に『伝言(メッセージ)』を使うと時間差はあるようだが繋がる。

 他の仲間とも連絡は取れるが寿命のあるものはまず不可能なことだ。

 『ユグドラシル』というゲームをやめた自分がそもそもアバターとして顕現している理由が分からない。

 サービス終了時に何があったのか。

 何らかの不具合が起きてアバターと現実(リアル)の精神が分割されたと考えるのが普通かもしれない。

 それにシャルティアを始め、多くのNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)達が自我を持っているように見える。尚且つ、コンソールが出せない。

 ログアウト出来ない創作物はいくつか知っているが、自分が体験するとは思わなかった。もちろん、それを最初に体験したギルドマスター『モモンガ』は更に苦労を重ねてきた。たった一人で。

 

「シャルティア」

「はい」

 

 通常は呼んでも無表情の彼女は今では色々と表現豊かに表情を変える。時には自発的に行動したり喋ったりする。

 

「帰ろうか」

「我が主の望むままに」

 

 その前に()()()()()()()()()()()()みたいなことをするんじゃなかった、と後悔した。

 

 act 1 

 

 転移パネルというもので本拠地に帰還する。

 案の定、かなり文明が変わったように見えた。空に浮かぶ建築物とかの数が多いから。

 

「……やべー……。下手すれば数千年も留守にした()()が……」

 

 軽い気持ちで散歩して数千年は酷い。

 普通なら待っている者など居る筈がない。

 そう危惧するのだが、空に浮かぶ建築物の数がやたらと多いのも不安を覚えさせる。

 相当な文明発達が起きているのは目で見て分かった。

 かつて『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』と呼ばれた国がどうなっているのか、見るのが怖い。

 シャルティアと共に移動を開始してすぐに気付く。魔法で移動すればもっと早い事に。

 混乱してきたのかもしれない。

 

「畏まりんす。〈転移門(ゲート)〉」

 

 何の文句も言わずにシャルティアは魔法を使った。それが当然だと思っているので疑問など微塵も感じなかったようだ。

 命令する行為はまだ少し不慣れではあるけれど、それが当然だ、という気持ちになるのは不思議なことだ。

 不安をにじませつつ我が家たる『ナザリック地下大墳墓』に戻るとたくさんの一般メイド達が出迎えてくれた。

 

「お帰りなさいませ、ペロロンチーノ様!」

 

 見た目は人間と変わらないが彼女たちは異形種の『人造人間(ホムンクルス)』達だ。不老長寿というか不死性を持っているようで見覚えのあるメイド達が居て少し安心する。

 体感時間的には十年ほどなので完全に記憶から消えていなくて良かったと思った。

 

「う、うん……。随分と遅くなったけれど……」

「二千八百二十七年振りの無事のお帰りを心よりお待ちしておりました」

「……あ、ああ……、そんなに経ってるんだ……」

 

 脱力感が一気に襲ってきた。

 置いてきた宇宙船は今も次の星に向けて移動している事になっている。

 少し、いや、かなり罪悪感がある。

 

「他のみんなは元気かな?」

「一部の至高の御方々は睡眠を取られております。起きていらっしゃる方はアインズ様とぶくぶく茶釜様。ヘロヘロ様でございます」

「あの三人、起きてるの? というか今も居るの?」

「え、ええ……。何か気になることでも?」

 

 不安そうな顔でペロロンチーノを見つめるメイド達。

 ゲーム時代は無表情で反応など示すことは無かった。それが今では見違えるように変化している。

 ペロロンチーノは一度だけ唸り、メイド達を下がらせた。

 不安の色が濃いままアインズが居る第九階層の執務室に向かった。

 

「た、ただいま~」

 

 まずは軽い挨拶をしてみた。

 部屋に居た他のNPC達は深々と一礼していく。

 

「ああ、お帰りなさい、ペロロンさん」

「おう、弟。随分と遅かったな」

 

 弟と言ったのは赤い粘体(スライム)紅玉の粘体(ルビー・スライム)』の異形種にして至高の四十一人の一人『ぶくぶく茶釜』といいペロロンチーノの実の姉だ。

 仕事中の骸骨は『死の支配者(オーバーロード)』でGM(ギルドマスター)のモモンガこと魔導()『アインズ・ウール・ゴウン』という。

 二人共、聞き覚えのある声で不思議と安心する事ができた。今日ほど自分の『絶対音感』に感謝した事は無い、と思う。

 すぐそばにある椅子には返事は無かったが眠っているのかもしれない黒い粘体(スライム)漆黒の古き粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)』という異形種にして至高の四十一人の一人『ヘロヘロ』が居た。大人しいが身体の形は今も変化し続けている。

 

「宇宙旅行で遅くなっちゃって……。その……、遅くなってごめん!」

 

 勢いのままペロロンチーノが頭を下げた。

 

「二千年以上も留守にすれば待っている人間はとても心配する。……その前に死んでいるか……。だが、安心しろ、弟。我々は異形種だ。意外と平気なようだぞ」

「それぞれの種族的な特性で不安とか抑制するみたいです」

 

 と、補足するアインズ。

 

「そ、そういうもんなの?」

「返事が無い……。いや、便りが無いのは元気な証拠というくらいだ。無事に帰ってきてくれて嬉しく思うぞ」

 

 と、ぶくぶく茶釜は言うが粘体(スライム)なので表情が分からない。

 ゲームでは表情アイコンが出るので、それを目安に出来た。

 

「………」

「……ヘロヘロさんは静かだけど寝てるの?」

「睡眠を楽しんでいるから、邪魔するなよ」

 

 睡眠不要の異形種でも眠る方法がある。それが出来るのはギルドマスターのアインズだけだ。

 ヘロヘロはペロロンチーノの記憶の中では現実(リアル)の仕事が忙しすぎて身体を壊すほど大変な目に遭っていると聞いていた。睡眠も削って働かなければ生きていけない荒廃した世界が自分たちが本来住んでいた所だった。

 その世界に現在、攻勢をかける為に宇宙船が派遣されている。

 優秀な自動人形(オートマトン)のお陰で宇宙の星図と呼ばれるものはかなり作り上げられていた。

 移動している間に滅びていそうなものだが、それはそれで別に問題ではない。

 至高の四十一人を顕現させた妙技がある。

 自分達が住んでいた世界『地球』の存在が確認出来ればいいのだから。

 

「二千年も宇宙に行けば数世代は顔が変わっているよね」

「い、イビルアイとかさすがに滅びたんじゃない?」

「ところがどっこい。ちゃんと生きているよ」

「ウソ!?」

「そのままだと危ないからね。保存容器の中で静かに余生を過ごしているよ」

「それはそれで可哀想な気もするけど……」

「……必要な個体は殆ど保存しているから心配は無いよ」

 

 ペロロンチーノががっかりしたので、ぶくぶく茶釜は弟と共に転移していく。

 残ったアインズは書類の確認に集中し、様々な問題は仲間に委ねることにした。

 

 act 2 

 

 ペロロンチーノ達が移動した先は第六階層だった。

 森林地帯が広がる場所で様々な動物が暮らしていた。それと亜人種がいくつか村を形成している。

 以前見た時より物凄く発展していてペロロンチーノは驚いた。

 

「二千年も経つとここまで発達するんだ……」

「さすがにナザリックだけでは許容量に限界があるから表にも村をいくつか作っている。私らはこの世界で既に神の領域に入っているんだよ。すげーだろ、弟」

「う、うん……。規模が桁違いだ……」

 

 ぶくぶく茶釜が魔法を使った後にすぐに転移してきた存在が居た。

 それは大人ほどの背丈に成長したNPC達。

 千年の寿命制限を乗り越えた闇妖精(ダークエルフ)

 

「もしかして……。アウラとマーレ?」

「そうよ。ナイスバディになったでしょ」

 

 ナイスバディというか一番変わったのは男性であるはずの『マーレ・ベロ・フィオーレ』ではないのか。

 マーレの姉の『アウラ・ベラ・フィオーラ』は少し女性的な部分を覗かせつつも凛々しい顔立ちだった。

 闇妖精(ダークエルフ)は褐色の肌に金色の髪の毛。加えて彼女達の瞳は左右色違い。

 元々は小さな少年少女だったものが成長して大人の雰囲気を醸し出している。

 マーレも服装こそドレス風だが凛々しい佇まいに見える。特に金色の髪の毛がかなり長い。

 前に会った時は神経質そうな気弱な雰囲気があったが、今は自信に満ち溢れていた。

 

「二千八百年ぶりですね、ペロロンチーノ様」

 

 ペロロンチーノの感覚ではまだ十年くらいしか経っていない。

 小さな子供から一気に大人に成長してしまったようで、途中経過を観察できなかったのはとても残念だ。

 

「……帰るのが遅くなってすまない」

「い、いいえ。謝ることではありませんよ」

「そうですよ。宇宙というのは移動だけで一万年くらい経つと聞いています」

 

 はきはきした喋り方のマーレは少し新鮮だった。既に声変わりしているようだが、何かあったのか。

 それを確認しようとすればきっと姉は怒る筈だ。

 

「髪の毛伸ばしたんだ……」

「はい。女性的で困惑されると思いますが、敵を油断させる上での偽装なので」

 

 そんな設定を姉が施したのだから責任は自分で取ってほしいとペロロンチーノは思った。

 自分で色々と設定した後で自我が芽生えるとは想定外だったはず。それなのに姉は平気そうに見えるのは何故なのか。

 二千八百年も経てば考え方もいくつか変わる事もあるのかもしれない。

 

「いくら弟でもアウラとマーレはいじらせないからな」

「分かってて呼んだの? 酷い姉を持ったものだ」

「自慢の子供たちだ。折角、自我が芽生えたのだから大切にしてやりたいのさ。なにせ、親だからな」

「……姉貴がそれでいいなら、俺は何も言わないよ」

 

 そもそも粘体(スライム)だし。

 

「いや、しかし、可愛くなったものだ。アウラも少年という気がしないね」

 

 というか、胸が張り出しているように見える。

 男装の麗人というやつか。物凄くかっこいい。

 

「鷲掴みしたいな」

「いいですよ。あたしの自慢の胸をご堪能下さい」

 

 自信満々に胸を突き出すアウラ。しかし、ぶくぶく茶釜が弟に見せまいと邪魔をする。

 

「こらこら、アウラ。変態に余計な希望を持たせるんじゃない」

「アウラがいいって言ったんだから、いいじゃん」

「……あっ!? 殺すぞ、弟」

 

 凄んでも粘体(スライム)なので怖いというよりは、気持ち悪い。

 何所を向いているんだか分からない。

 

「……同士討ち(フレンドリーファイア)は解除されたままか……」

「久しぶりの弟いじりも悪くは無いな。しかし、私の創造したNPCには触れさせたくないな……」

「えー! 鬼ー、悪魔ー」

 

 そんなことを言ってもエロゲーの声優だったくせに、と小声で呟くと低い声でぶくぶく茶釜が唸りだした。

 久しぶりの反応にペロロンチーノは何故だが懐かしさを感じた。

 二千年経っても姉は姉だった、という事に素直に安心出来た。

 

 act 3 

 

 第九階層に移動し、久しぶりに食堂で食事を注文した。

 飲食不要の指輪を外せば食欲を感じる事が出来る。

 餓死することは無いかもしれないが、適度な食事は精神を和ませる。特に満腹感は大事だと思っている。

 

「ペロロンチーノ様、お帰りなさいませ」

 

 近づくメイド達が一礼していく。

 至高の四十一人に誰もが敬意を払っている証拠だ。それは時がどれほど過ぎても変わらないものかもしれない。

 

「……姉貴。……ナザリックってこんなに賑やかだったっけ?」

「宇宙での寂しい時を過ごしすぎて感覚が戻らないんじゃないか。()()()それ程変わっていないぞ。話しかける手間が省けるから」

「いやいや、いちいち挨拶を返さないと駄目なんじゃないのって話し。人間として」

「今の私らは異形種だよ」

「それでもだよ」

 

 ぶくぶく茶釜は息を吐く音を出しつつペロロンチーノの頭を撫でる。

 粘体(スライム)とはいえ粘液をつけずに行動できる。それはそういうアバターだからとしか言いようがないけれど。

 

「慣れろ、とは言わないが。その優しさは無くすんじゃないよ」

 

 二千年以上も過ごせば種族の特性に引っ張られて人間的な感情や感性を失うと思った事がある。

 弟は適度に寝ていたから、()()人間の部分が多く残っているようだ。

 

「思考力はまだあるようだが……。粘体(スライム)としてのモンスターにいずれ成り果てるかもしれない。お前は覚えていてくれるといいな」

「じゃあ、アウラの胸を……」

 

 と、続きを言う前にスパンという小気味良い音を鳴らしつつぶくぶく茶釜は弟の頭を引っ叩いた。その事に周りのメイド達が驚いたようだ。

 

「……やっぱりお前に任せると不安だわ。意地でも一人で頑張ってやるよ」

「痛て……。粘体(スライム)のアバターのクセに力が強いんだな」

粘体(スライム)なめんなよ」

 

 周りの反応はやはりペロロンチーノには慣れないものだった。

 プレイヤーのちょっとした仕草にも反応するようになっているのだから気を使ってしまう。

 気にしなかったゲーム時代とは違うのは頭では分かっている。

 メイドに触れても警告音は鳴らないし、警告文も来ない。姉の攻撃は来るかもしれないけれど。

 

「……私の見えないところでエロい事をするのは勝手だがな……」

 

 と、ぶくぶく茶釜は小声で言った。

 生物として備わっている機能の全てを否定するつもりは無い、という意味かもしれない。

 現に二千年を生きるアウラ達の様子にぶくぶく茶釜は驚いていた。

 NPCでも成長する事に。そして、マーレの変化にも驚いた。

 我慢させるのは他のNPCにも悪影響なのは思い知った。だから、適度な発散は必要な処置だと理解する事にした。

 それでもついつい弟を苛めたくなる。それは愛情だと信じたいが、ペロロンチーノ自身はどう思っているのか。

 

「あー、それからイビルアイに手を出すなよ。ギルドマスターの許可無く、あれらの解放は許さない。いいな、弟」

「許可要るの?」

「頻繁に開けるわけにいかないからな。見るだけは問題ないが……。ほどほどにな」

「うん」

 

 異形種の者に年齢は無意味な概念かもしれないが、姉は今、二千八百歳以上なのは確かだ。

 見た目には分からないが精神的には老化している部分があったりするのか、と脳裏にそんな疑問が浮かぶ。

 

「姉貴はあと少しで三千歳か……」

「そういうお前もだぞ。毎年誕生日を祝うのも面倒くさいから、他のメンバーも気にするのをやめてる」

「あらら、みんなで祝うことを無くしちゃうのかい?」

「千年ごとに祝うようにしている。あと百年ちょっとで三回目のお祝いに参加できるかもしれないぞ」

「コールドスリープなんてするもんじゃないね」

「その事については何も言わない。もう戻ってこないと思っていたし」

 

 未知の冒険に送り出した手前、何らかの事故で戻れない事も想定しなければならない。

 少なからず姉として心配はしていた。

 ゲームではないのだから。仮に死んでも復活させる気はある。

 どんなに離れていても確認する方法があるので、生存に関しては問題が無かった。

 

 

 ぶくぶく茶釜は第六階層に転移した。あまり残っていると泣きそうな気がした。粘体(スライム)だけど。

 残ったペロロンチーノはメイドを全裸にしようかな、などと思いつつもイビルアイが気になったので食事を切り上げて移動を開始した。

 現在、イビルアイはペロロンチーノの私室に安置されていた。

 もちろん、イビルアイ以外の者も居るのだが。

 メイド達に部屋の外の警護を命じておく。

 数千年ぶりの再会はあまり懐かしさは無い。それはコールドスリープによる時間経過だから、とも言える。

 実質の体感時間は十年。もっと短いかもしれないけれど。ペロロンチーノにとってはそれくらいの時間経過でしかない。

 部屋に入り、片隅に置かれていた容器にかけられていた布を剥がす。

 

「おお、懐かしきイビルアイ」

 

 全裸の女性が眠るように佇んでいた。

 容器は寝台型で特殊な魔法により、身体の時間を止めていた。なので床ずれの心配はしていない。

 容器の中には保存液と呼ばれる溶液が満たされている。念のための処置だが、長期保存する上では劣化しにくくて蒸発はほぼしない。

 金色の長い髪の毛が微動だにしていないのは魔法による効果のためだ。

 

「モザイク無しの裸体はいいですな~」

 

 と言いつつも自分は人間ではなく、鳥人(バードマン)の異形種だ。人間的なエロい事が出来るのか謎である。出来そうで出来ない気もする。

 

「二千八百年ぶり」

 

 様々な騒動の後に手に入れた女性で、手を出さない事を条件にペロロンチーノの部屋に置かれている。

 それにイビルアイは()()()女だ。ある意味では生殺し状態とも言える。

 裸を見せてくれるだけでもありがたいと思わなければならない。

 他にも容器はあるけれど。

 久しぶりの女の裸に興奮するが、手が出せないのはもどかしい。

 姉も粘体(スライム)でなければマーレに手を出そうとするものなのか、という事が浮かんだ。

 出しそうだが、異性を求める本能を制限する事は良くないと思う。

 万年童貞を貫くような紳士でもない限り。

 

「あっ、そういえば有翼人(ハルピュイア)の可愛い娘がどこかに居たはず」

 

 似た種族なら問題は無い筈だ。姉に見つからなければ、という条件が付くと思うけれど。

 今しばらくイビルアイには眠っていてもらおう。確か約束の刻限は一万年後。それまでは大切に保管しなければならなかった。

 既に三割方の時間を消費していたので一万年後はもうすぐのように思えておかしかった。

 

「未来永劫の封印はしない。それはちゃんと守るよ」

 

 そう言いながら布で覆い隠していく。

 長い時を生きる者は様々な事で思い悩む。それを解消するのは睡眠が一番の手だが睡眠できない者も居る。イビルアイのように。

 

 act 4 

 

 部屋の様子を確認した後はシャルティアを連れて『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』に向かった。

 二千八百年前には無かった空中に浮かぶ巨大な城に驚いた。

 シャルティアはペロロンチーノと共に行動していたので城の存在は知らない。

 石ではなく金属の光沢。

 西洋風の城のようだが、すごい規模に素直に驚いた。

 

「仲間に聞いてみるでありんす」

 

 ペロロンチーノは無言で頷く。

 数分のやり取りの後、城の名前は『ユグドラシル』というのが判明した。

 空中建築を(おこな)う人間はアインズ・ウール・ゴウンのメンバーには居ないが一人だけ心当たりがある。その者の設計かもしれない。

 

「……モモンガさんが無茶な要望でも出したのかな?」

「ペロロンチーノ様。城に向かうのでありんすか?」

「んー、いやいい。まずは都市部の調査だ。あまりにも長期間留守にしていたから文化とか変わっているかもしれない」

「畏まりました」

 

 機械文明が発達しているような気配は感じない。

 鳥人(バードマン)の種族スキルで飛行し、都市の近くに降り立つ。

 シャルティアには都市の情報を事前に得るように命令しておいたので、頻繁に『伝言(メッセージ)』を使っている。

 第一位階魔法だから回復も早い。

 

 『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』

 

 長い名前だが元々はギルドメンバーに名前を伝える為に付けられたのでもっとマシな名前に変更したらどうか、と打診した事はあった。結局は変更にかかる手間で否決されてしまったけれど。

 様々な種族が仲良く暮らせる国を目的に作られている。だから、一般市民は多種多様の種族でにぎわっている。

 全ての種族が居るわけではない。アインズでも危険な種族と判断したものは受け入れない。

 世界征服というバカみたいなことを実現した、後の事を全く考えていないモモンガを最初はバカにしたものだ。

 今は折角作った国を滅ぼすのは勿体ないとしてギルドメンバー総動員で管理運営を(おこな)っている。

 

「……あんまり文明レベルは変わっていないんだな」

 

 中世の西洋ファンタジーの世界は科学文明を拒否しているのか。

 一部は便利に改良されているのかもしれないけれど。

 魔法文化があり、二千年も経てばもっと活気的な文明発展を遂げていてもおかしくはない。

 例えば『オンラインゲーム』の開発とか。

 自動人形(オートマトン)達が居るのだから出来なくはない、気がする。宇宙船も作れるんだし。

 

「……異形種が歩いても違和感が無いとは……」

「至高の御方がいらっしゃるのに平伏しないとは不敬な……」

「別に構わない。彼らは大切な国民だ」

「は、はっ……」

 

 命令の仕方は中々慣れないものだが、格上の存在らしい行動は部下に示しをつける意味では必要な事かもしれない。友達というわけでもない存在だから。

 さすがに信賞必罰は得意な方ではないけれど。

 

「定番のモンスター退治とかは今もあるのか?」

 

 と、尋ねてみたがシャルティアは自分と共に長い宇宙旅行をしてきたので世界の事は殆ど知らない。

 

「あるそうです」

 

 仲間から聞いてシャルティアは答えた。

 

「二千年以上も文明を維持するのは……逆に凄いな」

 

 普通なら効率化を図り、科学が発展したりする気がするのだが、彼らは現状維持に努めていたらしい。だが、もし自分ならエロゲーを作ってほしいとか思うんだろうな、と思った。

 そもそも電気とかはどうなっているのか。

 雷系の魔法はあるし、電球も魔法が代用されている。

 便利な魔法を駆使すれば色々と出来そうな気がする。

 だが、数千年もそれらの可能性を拒否してきた。それはそれで勿体ない。

 自然環境を破壊しない、という意味では最良なのかもしれないけれど。

 ペロロンチーノは通りの真ん中で思考の海に溺れつつ何度か唸っていた。それをシャルティアは心配するのだが、決して邪魔はしなかった。

 

「……そういえば、『黄金』と名高い王女、ラナーってどうなったっけ?」

「少々お待ち下さい」

 

 仲間とのやり取りを数分で終える。

 

「頭部だけ安置されておりんす」

「頭だけ?」

「詳しくは分かりんせんが……。二千年以上も前のことでありんすので……。詳しく調査しないと……」

「う~ん。不穏な空気を感じるな。仕方ない。時間的には彼女たちは死んでいる事になっているのだから」

 

 死刑に処されるとは思っていなかった。と思ったが、本当に死刑なのか、保存の意味で頭だけになっているのか、様々な場合が考えられると気付いた。

 宇宙に出る前はまだ生きていたので元気そうだった印象が今も残っている。

 人間世界は時の流れが物凄く速いのだな、と意気消沈するペロロンチーノ。

 

 

 知り合った人間の殆どが今の時代には誰も居ない。それはとても残念なことだ。

 普通に考えれば寿命を持っているのだから当たり前だ。

 商店街に向かってみる。

 古き良き中世の古臭い雰囲気が広がっていた。

 ゲームで言えばアップデートされずに残ったデータとも言える。

 一部の人間は成長するし、人生が一年ごとにリセットされたりしない。ちゃんと恋愛し、子孫を残せる。

 これがゲームであれば不可能なことだ。

 定番の酒場に入ってみる。酒自体は飲める。毒無効のアイテムなどは持っているけれど。

 アバターなのに食事が出来る。しかも味覚があると分かった時は一通りの食事を楽しんだものだ。おまけに排泄行為もちゃんとできると言う。

 現実の身体が今頃、とんでもない事になっていると思うと知りたくないな、と思った。だが、二千年以上も過ぎたからとっくに死んでいる筈だ、普通ならば。

 派手に輝く防具をまとうペロロンチーノが店に入れば照明いらずだ。

 

「うおっ!?」

「随分と光ってんな」

 

 見た目から人相の悪そうな大人たちが昼間から入り浸っていた。

 服装は二千年以上経っても変化が無いような粗末なもの。腰に剣を下げている者も居る。

 

「物凄く懐かしい見覚えのある画面だわ」

 

 小汚い雰囲気は郷愁を誘う。

 狭い店内にたむろする人々。それはそういう風にプログラムされたNPCのようだ。

 軽い足取りでカウンターと思われる場所に向かい、椅子に座る。

 

「ペ、ペロロンチーノ様!? 汚い椅子にお座りにならなくても……」

「別に構わないさ。シャルティアはハンカチでも使いなさい」

 

 連れて来た子供に語りかける優しさで言った。

 

「は、はい……」

「オヤジ。うまい酒を一杯」

「生憎、うちは不味い酒しか無いよ」

「上等。いいから一杯」

 

 何の不満も見せずにペロロンチーノは他にもいくつかの料理も注文した。

 

「そういえば……。シャルティア、お金は持っているかな?」

「魔導国のものは全て至高の御方のものでありんすえ」

「そういうわけにはいかない。経済を回すことは大切なんだよ」

 

 少しだけ口を尖らせるシャルティアは仲間に連絡し、現地通貨を取り寄せる。

 紙幣は無く、すべて貨幣だった。

 あと、店内で『転移門(ゲート)』を使わせると色々と騒ぎになりそうだから影の悪魔(シャドウ・デーモン)を転移で呼び寄せる。

 見た目は影そのものだが決まった形というものはちゃんと存在する。

 大きな小悪魔(インプ)という感じなのだが、醜悪な生物を説明するのは意外と難しい。悪魔の像(ガーゴイル)とも言えるし。

 

「俺は武闘派だから命令するのは苦手かな」

 

 獰猛な猛禽類の手がシャルティアの頭を撫でる。

 ゲームだからと色々と設定したが、かいがいしく付き合ってくれると自分の娘のように可愛い。

 種族がアンデッドなのでエロい事は無理そうだが、彼女の住まいは素晴らしい事になっていた。もちろん、仲間からはドン引きを食らってしまったけれど。

 呪われた騎士(カースドナイト)の影響でデータ量の少ない武器は触れるとボロボロに滅びてしまう。特別なもの以外は持てない、というのは今となっては可哀想な事をしたのかもしれない。

 ゲームの枠組みから逸脱している。それに慣れなければいけない。

 それは他の仲間たちも思っている筈だ。少なくとも二千八百年も自分より考える時間があったはずだから。

 出された酒を軽く飲む。確かにこれは不味い。だが、美味いとペロロンチーノは言い、満足した。

 

 

 飲食を終えて外に出たペロロンチーノは空を見上げる。

 暗い宇宙空間しか見た事が無かった為、少しまぶしさを感じた。日の光りを受けると身体が温かくなる。側にいるシャルティアは日傘で遮断していたけれど、種族の特性で日光を苦手としているから仕方が無い。

 元の世界(地球)よりも美しい世界を自分達のギルドは制圧してしまった。

 それ自体は男のロマンとして納得はするが、今現在は思い切った事をしたんだな、と少し後悔が混じる。

 現地の人間やモンスターを凌駕する力で蹂躙すべきだったのか。

 止められなかった自分達にも責任があると思う。

 

「文明が発展していけば自然が崩壊するのは自明の理ってヤツなのかな」

 

 科学が発展すれば水質などが汚染されていく。人々は楽をして儲けようとする。そして、自然と治安が悪くなる。

 

 世界征服。

 

 暴力による世界の簒奪(さんだつ)。それ自体はモモンガこと現()()()たるアインズは(おこな)わなかったようだ。

 大義名分という縛りを自ら設けたせいもあるかもしれないが、今まで自制してきたのはいつか来るであろうギルドメンバー達の為だったのか。それとも人間の頃の残滓が止めたのか。

 いい人なのか悪の魔王なのか。

 面倒見の良いところはモモンガさんらしい、とも言える。

 野望が無ければ普通に冒険をして終わっているところだ。

 

「……シャルティア」

「はい」

「何か望むものはあるのか? あれがしたいとか、何かが欲しいとか」

「急には……。ペロロンチーノ様のお側に仕えられるだけで幸せでありんすから。至高の御方々がお隠れと聞きいんした時はとても……、寂しかったでありんす」

 

 数十年もNPC達の面倒をモモンガ一人で見ていた事を考えれば無理も無い。

 今はそれぞれのNPCは創造主たる親の元にいる。とても嬉しそうな顔は今でも思い出せる。

 感情を持つキャラクターになるとは想定外だ。

 それが例えゲームのキャラクターだとしても。そうだと分かっていても、が正確か。

 どうせなら色んなエロゲーキャラも持ち込めたらいいのに、と思わないでもない。

 

「四六時中は連れて歩けないが、出来る限り善処しよう」

 

 というか二千八百年も一緒に居た気がするけれど。

 とにかく、シャルティアはとても嬉しそうにしていた。

 本性は化け物だが、お互い異形種だからか、それほど嫌な気はしない。

 

 act 5 

 

 ある日、夜間飛行を楽しんでいると空飛ぶ巨大な(ドラゴン)を見かけた。

 白銀の鱗を持つ美しき(ドラゴン)は『白金(プラチナム)()竜王(ドラゴンロード)』の『ツァインドルクス=ヴァイシオン』という。

 不死性を持ち、最上位にして最強の(ドラゴン)の飛行は言葉にして表現するのが勿体ないと思わせるほど優雅なものだった。

 だが、()()竜王(ドラゴン・ロード)は偽物だ。

 そもそも魔導国の上空を飛行する許可は他国には与えられていない。とすれば答えは一つしかない。だが、排除するのも野暮だ。

 生物である彼らにも飛行の自由はあっていいと思う。

 ペロロンチーノは偽物の竜王(ドラゴンロード)の身体に触れる。

 抵抗らしい動きは無く、ただ飛行しているだけのようだ。

 二十メートルとも三十メートルとも言われる長くて大きな巨体を空に浮かべているのは改めて不思議ではある。

 最強種の(ドラゴン)も今は自分達の仲間だ。確かこの(ドラゴン)はどうして居るんだっけ、と小首を傾げる。

 北方方面にある『アーグランド評議国』という国に永久評議員を務める五体の竜王(ドラゴンロード)が居る。

 ペロロンチーノが顕現した時は既に偽物の竜王(ドラゴンロード)が居たのだが、二千八百年も経ってしまったせいか、色々と忘れている。

 最初に冒険したモモンガがあらかた調べ尽くしてしまったせいか、自分達の楽しみが損なわれている。だから宇宙に出たんだったかな、と昔の事を思い出す。

 

 時は無情だ。

 

 確かにそうだなと今なら実感できる。

 急にギルドに反旗を(ひるがえ)して冒険の旅を始めるのは徒労のような気がする。自分より強いメンバーが居るので味方を増やさなければならない。

 デメリットの方が大きい筈だ。姉は間違いなく敵側に行く気がする。

 

「これからどうしよう」

 

 様々な力を行使できるが将来が不安だ。そもそも大好きなエロゲーが無い。

 働かなくても困らない。けれども暇なのは嫌だ。

 適度な忙しさに飢えている気がする。

 第九階層にあるモモンガの執務室に向かう。

 

「モモンガさん」

「は、はい!?」

 

 支配者のアインズ、という呼び方はどうにも慣れない。だから、多くはモモンガと言ってしまう。

 改めてアインズというのも他人行儀で恥ずかしい。

 

「仕事が欲しいです。特にモンスター退治とかエロいこととか」

「急にそんな事を言われましても……」

 

 骸骨のアインズは今、引退の準備を整えている最中だった。

 長年の支配者プレイに一区切りを付ける意味で。

 既に偶像は出来ている。後はいつ支配者を引退するかの日程の調整や引継ぎなどが残っていた。

 

「世界征服後の世界が楽しくないです。……いや、あちこち自由に行き来出来るのは楽なんですけど……」

「……すみません」

 

 未知の冒険がしたい、という意味ではペロロンチーノ達には申し訳ない気持ちがある。殆どの世界の情報を握ってしまったから、新しい発見が見つけにくい。

 敵対プレイヤー候補も今のところは大人しく生活している。

 

「異世界に転移と分かっていたら俺も残っていたでしょう。でも、こっち(地球側)にも生活がありますからね」

「……はい。それは分かっております」

 

 ギルドメンバーにはそれぞれ自分の生活がある。ゲームを優先することなど出来るわけがない。それを責める事はギルドマスターとて出来はしない。

 

(くだん)のレイドボスとかまた戦ってみたいな~」

「そ、それはやめた方がいい。確実に死亡者を出してしまいますから」

「歯ごたえがある強者と戦ってみたいです。……雑魚モンスターばかりと戦わされるのは退屈ですよ。危機的状況に飢えているのかもしれません」

 

 さすがにギルドや国を危機に陥れることは出来ないけれど、適度な強さのモンスターとは戦ってみたい。弱いモンスターばかりではストレスが溜まる一方だ。

 かといって仲間と戦うわけにはいかない。

 

 

 モンスター退治が出来ないならエロい事を解禁してほしいと願い出てみた。もちろん無茶は承知だ。それにアインズは万年童貞野郎だ。許可など出るわけがないと分かっている。

 

「……それほどエロいことがしたいんですか?」

「したいというか、今は純粋に女の裸に飢えてます」

「どうしようもない人ですね」

 

 アインズとてペロロンチーノの性癖をある程度は知っている。童貞だが自分もエロゲーは大好きな方だ。死の支配者(オーバーロード)という種族のアバターなので色々と不都合な身体になっているだけだ、と言いたかった。恥ずかしいので言わなかったが。

 

「二千八百年も過ぎたんですよ。ゲームキャラと結婚していいですか? バンバン子作りがしたいです、モモンガ先生」

「落ち着いてください、ペロロンさん。顔が近いです」

 

 興奮が治まらない。アンデッドなどとは違い、精神の抑制が起きる者と起きない者が居るようだ。

 

「確かにゲームのアバターとはいえ永遠の童貞では可哀相ですね」

「可哀相なんです。姉貴も二千八百歳のババァなんですよ」

 

 アインズは唸る。

 異形種はある時期から不老不死の存在になるので年齢という概念はあまり意味をなさない。そして、ぶくぶく茶釜は今は年齢については気にしていない。

 元々開始年齢が何歳だったのか覚えていないからだ。

 アバターには最初に色々と設定事項があるのだが二千年も経てばどうでもよくなる。

 経過年齢によるペナルティも発生していない。

 

「急に許可は出せませんが検討させていただきたい」

「本当に検討するんですね?」

「本当です。さすがに二千年も経てば俺も色々と考え方が変わったりしますよ」

「……遅ぇ……」

「……すみません」

 

 決断の遅さは自覚している。それにペロロンチーノの言葉も理解出来る。

 愛する者を待つアルベドの気持ちとか、色々と悩んでいた時期があったから。

 万年童貞は多くの者を不幸にする。それは長年の経験で知った事だった。

 

 act 6 

 

 第九階層に行き、ペロロンチーノ専属の一般メイドを室内に入れる。

 一日一回、全体的に掃除したり調度品のチェックなどをしていく。

 ゲーム時代は気にするほども無いただのオブジェクトのような扱いだった。

 連れ出してモンスターと戦闘できるほど強くないし。

 それが今は個性を持ち、様々な表情を見せてくれる。

 身体を触ることも可能だ。

 反応はそれぞれ違うのも意外だと思った。

 

「君は眠る事が出来るんだったか?」

「一応は……」

 

 おどおどと気弱な様子を見せるメイド。

 

「手が震えているな。病気か?」

 

 人造人間(ホムンクルス)は基本的に精神作用を受けにくい。病気にも強い。あと、意外と賢いところがある。

 ペロロンチーノ付きのメイドは先ほどから寒さに震える小動物のように小刻みに震えていた。

 

「わ、私はペロロンチーノ様の役に立っているのか……、分からないもので……。その……」

「いつも掃除してくれることに満足しているよ」

 

 と、言うとメイドは少しだけ表情を和らげた。

 

「長い間、留守にしていたのに埃っぽくないし……。君が……、(メイド)達が掃除をしてくれたお陰だ」

「も……、申し訳ありませんでした!

 

 急にメイドが床にひれ伏した。その様子を見てペロロンチーノはびっくりした。

 

「ど、どうした!?」

「経年劣化の為に装飾品を自分の勝手な判断で取り替えてしまいました」

「そ、そう」

「ペロロンチーノ様の身の回りの維持に努めてまいりましたが……。私には劣化を止める事が出来ず……。真に申し訳ありませんでした」

 

 ペロロンチーノは改めて自分の部屋を見回す。

 二千年以上も経てば最初に何が飾られていたのか、普通なら覚えていない。現実には実質として十年だ。しかしながら、それほど大事なものは飾っていなかったと記憶している。

 ベッドも取り替えられている。ふかふか感は新品同然だ。

 メイドがひれ伏すのは部屋にある全ての物品はペロロンチーノの大切なもの、という認識ゆえの行動で、それを自己判断とはいえ取り替えたのは重罪だ、という罪の意識でもあるのかもしれない。

 

「罰を受けたいと……」

「両手両足の切断も覚悟の上でございます」

「……じゃあ裸になってみろ」

「畏まりました」

 

 涙目のメイドは二つ返事で服を脱ぎだした。それを慌ててペロロンチーノが止める。

 つい勢いで命令はしたが本当に脱ぎだすとは思っていなかった。

 そんな命令を素直に聞く女性は自分の記憶の中には居ない。

 

「本当に脱ぐとは……」

「ご、ご命令だったのでは?」

「ま、まあ、そうなんだけど……。命令は大事か?」

「もちろんでございます!」

 

 力いっぱいに答えるメイド。

 

「死ねと言ったら死ぬのか」

「はい!」

 

 またも力いっぱい返事をし、自らの首を捻ろうとするメイド。運がいいのか、自害するだけの筋力が足りなかったようだ。

 

「こらこら、死のうとするな」

「……申し訳……ありませ~ん」

 

 滂沱(ぼうだ)の涙を流して謝罪する。

 女の子を泣かすことになるとは思わなかった。

 これがゲーム時代ならあり得ない事だ。ゲームキャラが泣こうが実際はどうでもいいことだ。むしろ死んだところで悲しみなど生まれない。

 

 自我を得た今は様子が変わっている。

 

 ペロロンチーノは泣いているメイドの涙を(ぬぐ)う。

 ゲームキャラクターだろうと自我があるキャラクターだ。慰めてやらなければ男が(すた)る。

 涙を(ぬぐ)いながら呆れる。

 自分は何をしているのか、と。

 種族を抜きにすればとても可愛いメイド達。命令ひとつで裸に出来る。

 ペロロンチーノにとっては素晴らしい展開が山盛りなのだが、ゲームのようにはいかないようだ。

 場合によればキスし放題だ。だが、やはり自分が異形のアバターということが引っかかってしまう。

 人間の姿であればどんなにいいか。

 肌の感触や食欲に味覚などは人間と同様に感じる事が出来る。自慰行為ですら快感も人並みにある事は確認済みだし、戦闘メイドの『ナーベラル・ガンマ』と『ルプスレギナ・ベータ』にも人並みの感覚があると聞いている。

 人並みというか生物として備わっている子孫を残そうとする意思のようなもの。

 端的に言えば『発情期』に類するものだ。

 特に二重の影(ドッペルゲンガー)であるナーベラルは下腹部が()()()()してきて気持ち悪いという。

 NPC達にも激しい血流の流れが起きている。

 マーレも聞いたところによれば()()()()()()()の現象が起きるとか。

 実際にぶくぶく茶釜が確認したと言っているのだから間違いない、かもしれない。

 というか、桃色の肉棒が何をしているんだか。

 

「……調度品で残すべきものは今のところ無いから、君の判断で処理してもかまわない」

 

 ここが自分本来(人間)の部屋ならば処分されては困る様々なポスターとか飾っているかもしれない。それを勝手に処分されたらさすがに本当に怒る自信がある。だが、二千八百年も経てば色落ちや経年劣化で色々と壊れてしまうかもしれない。そう思うと処分はやはり妥当だったと言わざるを得ない。

 

「留守の期間が長すぎた俺の責任もある。いつも綺麗にしてくれてありがとう」

「……勿体なきお言葉……。恐悦至極に……存じます……」

 

 神と崇める至高の存在からのお礼は何よりの宝のようだ。

 それはそれで、こそばゆいのだが仕方が無い。

 アウラがそうであるようにNPCの女性全てに頼みごとをすれば、ほぼ断られる事はない気がする。もちろん守護者統括『アルベド』のように別の創造主が居る者などは例外かもしれない。

 裸になって、と言ったら『タブラ・スマラグディナ』に殺されるかもしれない。

 せいぜい腰から生えている黒い翼は触らせてくれると思う。

 シャルティアが居る手前、浮気はいけないけれど。

 

 

 物は試しと第十階層の『玉座の間』でNPCの管理データをチェックしているアルベドに頼んでみた。

 左右の側頭部から牛の角のようなものが生えていて、大きな瞳は縦割れの金色。

 白人系の顔立ちに長い黒髪は少し雑目だった。

 胸元は蜘蛛の巣のような金色の装飾品がかけられており、純白のドレスをまとっている。足元は素足にヒールの高いサンダル。長いスカートによって滅多に彼女のおみ足は拝めない。

 胸は大きく張り出し、スカートにはスリットが入っていて白っぽい素肌の太腿が見え隠れしている。一見すると下着を履いていないかのように錯覚してしまう。

 

「腰の翼……ですか? ええ、構いませんが……」

 

 どうして触るのか、目的が全く理解できないアルベド。

 ペロロンチーノはアルベドの腰の辺りから生えている下半身を覆うほど大きな翼に触れた。

 女淫魔(サキュバス)という種族が持つ特徴だが、じっくりと触れることはゲームではほぼ出来なかった。

 今は好き放題に触れるし、感触もある。

 

「……もし、切り取って飾りたいと言ったらくれるかい?」

「えっ!? せ、切断なさるのですか!?」

 

 突飛な質問に困惑するアルベド。

 自慢の翼を急に切り落とすのは抵抗を感じるようだ。

 当たり前だが、無茶な質問だ。質問というよりはお願いだ。

 治癒魔法で再生するとしても即決で了解できるわけが無い。ペロロンチーノ自身も背中の翼や去勢できるかと言われれば無理と即答する自信はある。

 目玉が欲しいと言われてすぐに抉り出せるわけがない。

 大半のNPCは抵抗した。一般メイドも泣きながら抵抗を感じていたくらいだ。

 

「至高の御方のお望みならば……」

「聞いてみただけだよ。便利な魔法で治せはするけれど、痛いのは嫌だよね」

「そうであっても……」

「無理は良くない。悪かったね、アルベド」

 

 命令を遂行できないNPCに存在価値は無い。

 ペロロンチーノはそんな言葉を思い出した。それは誰の言葉だったか。

 

「いえ、守護者統括としての矜持がございます」

 

 そう言いながら虚空からブロードソードを取り出した。

 この剣はただの武器ではない、と聞いた覚えがある。それが何だったのか、すぐには思い出せないが切れ味がとても良い筈だった。

 

「アルベド? 無理に実行しなくていい。ただの質問だぞ?」

「命令を遂行出来ないNPCでは組織運営に障ります。軽い冗談だと言われるかも知れませんが、我々は至高の御方によって生み出され、生きる事を許されたNPCでございます。要望一つこなせないNPCは存在価値がございません」

 

 軽い命令一つでもNPCにとっては一大事だ、と言ったのはアインズことモモンガだった。

 NPCに通じる軽い言葉はもちろん存在する。だが、頼みや要望のたぐいは言葉を慎重に選ばなければならない。

 彼らは至高の存在を失う悲しみを知っているから。

 アルベドはペロロンチーノが存在してくれるのならば自らが傷つくこともいとわない。それがナザリック地下大墳墓守護者統括アルベドの矜持だからだ。

 黒い翼を掴み、容赦なく切り離される自分の翼。一度の動作で二つの翼は血を撒き散らしながら床に落ち、しばらく微動した。

 反撃スキルはもちろん解除している。

 腰から血を噴き出しつつニコリと微笑むアルベドは床に落ちた翼をペロロンチーノの前に差し出した。

 

「『保存(プリザーベイション)』や『仮初めの停滞(テンポラル・ステイシス)』をお使い頂ければ永久(とわ)のご観賞が出来ますわ。このような部位は大元の肉体に治癒魔法を掛けると消滅してしまいます。なので保存(プリザーベイション)などの魔法を部位に掛ける必要がございます」

「……この翼は消えるのか?」

「はい。推測では万能の魔法の加護を与える事でデータ消失を免れていると考えられております。料理が安易に消滅しないように……。一手間かけなければ無駄にケガをするだけでございます」

 

 床に血を垂らしつつ痛みに耐えて微笑みを崩さないアルベドは説明を続けた。

 本来、NPCの肉体はデータで出来ている。何もしなければ召喚物と同じく消滅する部分があるのかもしれない。

 

「ちなみに原住民も同様なので同じ方法を取らなければ何も保存は出来ません」

 

 だから、腰から血を流しても落とした部位にまず魔法をかけない限り、治癒は拒むとアルベドは言った。

 低位の保存でも存在を維持する。そもそも治癒で部位が消えるのは何故なのか。しかも、それは現地の人間やモンスターでも同じ現象が起きるという。

 ペロロンチーノの脳裏に『質量保存の法則』という言葉が浮かんだ。

 ものの絶対量を維持する為に余計な物体を消しているのではないのか。そして、それを覆すと色々と危険かもしれない、という予感がする。だが、それを素直に信じる事はできない。なぜならば、生物は子孫を増やすものだから、そもそも論で言えば矛盾が生じてしまう。あと、大量生産できない事になってしまう。

 色々と考えても即座に答えは出せない。

 魔法は万能であるがゆえに常識外れの現象を引き起こす。今はそれだけしか分からないし、言えないと思う。

 

「部位に関しては今の説明ですが……。物体に治癒魔法は効果がありませんので」

 

 割れた皿に治癒魔法をかけても直らない。実際には治癒魔法ではないのだが直す魔法には覚えがある。それならば可能では無いのか。

 

「……機械のシズはどうなんだ?」

 

 血まみれのまま質問攻めにしているがアルベドは簡単には死なない。

 並みの存在ではないから。

 

「不思議な事に治癒魔法が通じるようです。NPCだから、と今は推測されております」

 

 一部の種族は専用の治癒方法が必要だ。それは知っている。

 自動人形(オートマトン)に治癒魔法が通じるのは凄い事ではないのか。

 いや、そもそも色々と実験されてきたのだなと気付き、驚いた。

 シズの場合は人間的な姿の内は通じるようで、部位は機械部品として扱われ、小さいものは復活しないらしい。

 ネジに魔法をかけても無駄。ある程度の塊でなければ効果が現れない。

 聞けば聞くほど感心させられてしまう。

 

「……お前たちはバカだ」

「はい」

「至高の存在のためなら腕も落とせるのか……」

「もちろんでございますわ」

 

 使い慣れた刃物の如くアルベドはいとも簡単に自分の左腕を肩口から切り飛ばした。

 ボトっという生々しい音が聞こえる。

 落ちた腕。本来なら気持ち悪い事この上ないし、見ているだけで吐き気を催すか、目をそらしているところだ。だが、今の自分は異形種のアバターだ。不思議と平気で見ていられた。

 切り落とされた女性の腕を拾い上げて思った。

 

 美しい腕だ。

 

 それは素直な感想だ。

 だから、もう片方も欲しくなる。

 震える右腕でペロロンチーノに武器を渡そうとするが弓兵(アーチャー)が得意な彼に剣は上手に扱える自信が無い。装備できない事はないけれど。

 アルベドは息を呑んだ。そして、それはペロロンチーノも確認した。

 平気であるわけが無い。とても痛くて泣き叫びたい気持ちに必至で耐えている。

 そんな彼女は唇をかみ締めて右腕で右腕を切り落とす。

 剣を脇に挟んで勢いをつけて跳ね上げるだけだ。失敗すれば半分ほど切り込んだところで腕が動かなくなる。

 例え失敗しても床に腕を置いて足で踏みつけて引き千切ればいいだけだ。

 そうして二本とも切り落とした腕を崇拝する至高の存在に献上する。

 

「……本当にバカだよ……」

「はい」

 

 微笑む彼女を殴り飛ばしたかったが、無茶な命令をした自分が一番悪いのだから仕方が無い。

 『伝言(メッセージ)』にて保存と治癒担当のシモベを呼びつける。

 折角貰った翼と腕。それらの保存も依頼する。

 

「最後に首も、と言われたら、やはり首を落すのか?」

 

 ペロロンチーノはあえて言った。

 

「はい。私の身体がお役に立つのであれば命など惜しくはありませんわ」

 

 迷いの無い黄金の瞳。

 首の代わりに貰って行こう。

 

「喜んで」

 

 と、満面の笑みのアルベド。

 

 

 得るものを携えて第九階層の自室に向かう。途中で『脳食い(ブレイン・イーター)』の仲間であるタブラ・スマラグディナと出会う。

 白い病的な肌の烏賊(イカ)が無数の拘束具で身体を支えているような姿をしている。

 頭部から何本か触腕が生えているが、それらを全て制御しているのかは本人にしか分からない。

 

「……俺は謝らないからな」

 

 怒りを込めた調子でペロロンチーノは言った。その手に持つ腕などを隠さずに。

 

「……さすがに命までは勘弁願うぞ」

「うるせー、バカ」

 

 去り行くペロロンチーノは少し涙をこぼしていたようにタブラには見えたかもしれない。だから、というわけではないが引き止めはしなかった。

 NPCの扱いはタブラもペロロンチーノが居ない時に色々と知って驚いた。

 だから、彼の気持ちは分からなくは無い。

 自分の部屋にもアルベドの身体の一部が飾られているのだから。いや、正確にはアルベドだけではない。

 他のメンバーも色々と思う事があり、小さなものから大きいものまで部屋に飾っている。

 これは言わば通過点というものだ。

 自分達が何者なのかを再確認する上で。

 異形種なので部位くらいでは動じない一般メイド達。必要な魔法や機材を用意してペロロンチーノはアルベドの翼や腕などを飾っていく。

 要らなくなったら捨てればいい。ここからアルベドが再生するわけではないのだから。

 明日になれば五体満足なアルベドの姿が拝める筈だ。ここは万能な魔法に感謝するしかない。

 万能ゆえに危険な実験が出来てしまう。

 自分のNPCはアンデッドだ。シャルティアの腕を落せばどうなるのか。

 ケガは高速治癒で治るし、負のエネルギーで治癒魔法のように回復できる。

 例えば信仰系の第六位階魔法『致死(リーサル)』などで。

 

「完全に切り離されたとしても時間はかかりんすが、腕の完全再生は出来ると思いんす」

「安易に切るなよ。これはあくまで質問なんだからな」

「はいでありんす。そう簡単にペロロンチーノ様から頂いた身体を粗末になど致しんせん」

 

 自分のNPCが何故か、とても心強く感じる。

 

首無し騎士(デュラハン)のユリはどうなるんだ?」

「あー、あれは治癒魔法でも首は繋がりんせんそうで。繋がったら首無し騎士(デュラハン)という種族ではなくなりんすから。……想像の域でありんすが……」

 

 首有り騎士。それはただの騎士だ。いや、ただの動死体(ゾンビ)とも言えるな。

 それはそれで面白くない気がする。考え方は面白いけれど。

 一応、確認の為に戦闘メイド『ユリ・アルファ』を呼びつけた。

 黒い髪を夜会巻きという髪型にまとめ、レンズの入っていないメガネをかけている。

 両手には棘突きの凶悪なガントレットを装備しているが普段から身につけているのが謎だった。

 首に装着しているチョーカーというリボンのようなものを取ってもらった。

 自分の頭部をいとも容易く引き抜く、というか単純に外れた、という方が正確か。さすがに『スポン』という間抜けな音は鳴らなかった。

 胴体の首の切断面から青い炎が揺らめいていたがユリの裁量で消す事ができる。消したら滅びるという事は無い。もしそうだったなら息を吹きかけるだけで首無し騎士(デュラハン)が簡単に滅びてしまう。そんなバカなモンスターではない。

 もし、そんなモンスターが居れば作った奴はとんでもないバカ野郎だ。

 離れた首を床に置くユリ。事前に敷物は敷いておいた。

 

「これでよろしいでしょうか、ペロロンチーノ様」

 

 と、首だけの状態でも普通に会話できるところは凄いと思う。

 喉が断ち切れているので普通なら無理なはずだ。

 

「……うん」

 

 首より巨乳が気になる。あと、足元まで長いスカートの中身とか。

 確か生脚でヒールを履いていたはずだ。それが見えないのがエロ心をくすぐる、とか色々と想像していた。

 

「床では可哀相だから……。テーブルに置こうか」

 

 シャルティアは手ごろなテーブルをシモベの吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達に運ばせた。

 ユリの頭部を移し終わり、改めて身体を眺める。

 首の切断面は細部まで再現された気色悪いものだった。

 細かな血管の切断面と丸く開いた食道が見える。それらは微妙に動いていた。

 ゲーム時代はここまで忠実に再現されたものではなく、多少のデフォルメ処理が入っていたはずだ。

 他のNPCもそうだがモザイク処理がされなくなった事と生物と遜色のない質感と反応など。それらに色々と驚かせてもらった。

 

「アンデッドなのは分かっているけど……。ここまで忠実に再現されているんだね」

 

 痛みに強いアンデッドで触られても特に問題は無いそうだ。

 

「痛みは無いんだ、この切断面」

「そのようです。多少の水が入っても寝転がっていれば水抜きが出来ます」

 

 無理な場合は粘体(スライム)系で吸い出すらしい。

 今回はあまりいじり過ぎると『やまいこ』に殴り飛ばされるから研究目的のみに留めた。

 下手をすれば数時間ほど説教を食らうかもしれない。

 

「胸は触ってもいいのかな?」

「はぁ……、それは別に構いませんが……。母乳などは出ませんよ」

 

 アンデッドだから腐っている、気がする。むしろチーズとかになっているかもしれない。

 

「そういうのは種族が違うから平気なのか? それとも何か別の理由があるとか?」

「特に思う事はございません。至高の御方が望むのであれば我々はいついかなる場合でも身体を差し出す覚悟がございます。……という答えではご不満でしょうか?」

 

 素晴らしい。と大声で叫びたくなったが我慢した。

 命令遵守の部分も気になるけれど、NPC達はなんて献身的なんだと泣けてくる。アルベドの時と違い、嬉し涙だ。

 

「それはシャルティアもかい?」

「損壊だけは勘弁してほしいところでございます。アンデッドは核となる部分にダメージを受けると滅びる可能性があるので。もちろん、それは粘体(スライム)系にも言えることでありんす」

「なるほど。……確かに一部のアンデッドや召喚物は滅びる可能性がある。ならシャルティア」

「はい?」

「俺がお前の首をポキリと折るとしよう。それで滅びるか?」

「骨折ダメージであれば滅びないと思います。治癒に時間がかかると思いんす」

「では、そのダメージが肉体限界だった場合はどうだ?」

「同じ動作で大ダメージ……というのが全く想像できません」

 

 大きな攻撃の中には同じ動作でダメージ量が違う場合もある。

 レベル1が小鬼(ゴブリン)という低位モンスターを切りつけるダメージと至高の存在が同じ方法で同じ攻撃をした場合のダメージ量は違う。

 後者であれば一瞬でミンチになる気がする。

 数値のダメージである限り、そういうおかしな現象も想定しなければならない。

 

「ユリの場合はどうなる。首を破壊したらちゃんと復活するのか?」

「……たぶん復活はしません。身体にアンデッドの回復魔法を掛けても首は再生成されないと思います」

 

 元々が首無しだから、首が生えてくること事態、ありえない。

 突飛な質問だが奥が深そうな気がした。

 種族にとって色々と事情が違う筈だ。

 

 

 首が外れた状態でもユリの胴体は動く。これは精神的な繋がりがある為らしい。

 魔法でモンスターを召喚した時、術者とのリンクが出来る事に似ていると言われている。

 それでも首と胴体のどこかにある核を破壊されると滅びてしまう。

 

「つまり核さえ無事なら復活できる可能性があるんだな」

 

 頭部はどの程度の損壊ならば滅びるのか、という実験はさすがにできない。

 胴体は心臓より下の部分の損壊くらいならば平気らしい。

 

「そう……なりますね」

 

 だからといって切り刻むのは可哀想だ。やまいこが許すとは思えない。

 首だけ持ち帰ってエロい事をするわけにもいかない。

 胴体だけ持ち帰っても接触の感覚は首にも伝わっているというので隠れてエロい事は不可能。

 頭部を股間に挟み込むのも可哀相だし。

 

「そういえば、長時間頭が戻らないと具合が悪くなる事はあるのか?」

「それは無いと思います。双方無事ならどれだけ離れていても……。星との距離になると自信がありませんが……」

 

 ペロロンチーノはユリの頭部を元の位置に戻した。

 

「色々と興味深いな。激しい運動すると首が取れたりしないものか?」

「想定外の衝撃でも受けない限りは精神的な繋がりにより、逆立ちしても離れることはありません」

 

 知れば知るほどモンスターに興味が湧く。それは自分の知る()()も興味を持つ筈だ。むしろ、色々と自分たちよりも研究するかもしれない。

 

 act 7 

 

 翼と腕と眼球。

 何の処置もせずに置いておくといずれは腐ってしまうかもしれないし、腐敗臭が部屋にこもってしまう。

 そろそろアルベドが復活している頃だと思われる。それでも部位は未だに健在だ。つまり仮説が実証された。

 魔法の加護は無機質にも及ぶらしい。ならば、その魔法を今、解呪するとどうなるのか。フッと突然に消えるのか。

 適切な保存方法を巨大図書室(アッシュールバニパル)の司書長達から教えてもらう。

 知恵者の意見は有用だ。

 ただ、イビルアイ達を保存した妙技はペロロンチーノの仕業ではない。

 世の中にはもっとすごい手法を編み出した()()()()が居る。

 上には上が居るものだ。だからこそ、かもしれない。

 NPC達が意外と平気でいるのは。

 おぞましい手法なのに慣れた感じ、というのは少し気持ち悪い。というよりは自分がものを知らないだけだ。

 タブラに聞いたところ()()()()()から自分も学んで驚いたといっていた。

 それはアインズが厳重に管理していて複写版、それもごく一部しか閲覧できない代物となっている。

 あまりにも危険な方法などの様々な事柄が書かれた書類だという事は聞いた。

 

「……まあいいや。俺も負けずに自分の力で見つければいいだけだ」

 

 アルベドの腕を撫で付けながらどう飾ろうか悩んでいると姉がやってきた。

 今さらだし、隠し通せるものではないので部屋に入れた。

 開口一番に殴られるかと思っていたが、ため息のような音を聞かせてきた。

 

「さすがは()()なだけはあるな」

「何のことだい?」

「なんでもない。腕なんてもぎ取ってどうする気なんだ?」

「どうしよう。いい飾りつけの方法があれば教えてほしいものだよ。美女の美しい腕だよ」

 

 と、粘体(スライム)に見せる鳥人(バードマン)

 

「アルベドの腕を壁に釘で打ちつける真似は可哀相だし、棚とか作ればいいんじゃないか。『仮初めの停滞(テンポラル・ステイシス)』はコストがかかるけど、野ざらしにも耐えられるらしいよ」

 

 埃をかぶってしまうのが難点だとぶくぶく茶釜はアインズから聞いていた。

 

「それから、アンデッドはバラさない方がいいらしい。独りでに動くかもしれないから」

「なるほど。……っていうか姉貴も色々と知ってるんだ」

「ま、まあ、それなりに」

「つまりマーレの何かが……」

「……弟。去勢してほしいなら素直に言ってくれ。治癒魔法で数百回は練習できるぞ」

 

 股間を押さえて縮こまるペロロンチーノ。

 姉の言葉は高位モンスターよりも恐ろしい。

 

「自害せよ、とでも言わない限りはNPC達は従順に言う事を聞く。だが、何事もやり過ぎはよくない。それが弟のアバターの特性であってもだ」

「姉貴も何か精神が引っ張られるような事があったのか?」

「三千年近くも活動してきたんだ。色々とあったさ」

 

 魔法がいかに万能で便利なものであるか、などを。

 ぶくぶく茶釜も驚きの連続だった。

 

「この状態で魔法を解除するとどうなるんだ? 消えるの?」

「確か……、本体が復活すれば問題は無かったはずだ」

 

 そうでなければ大量の『複製(クローン)』は作れない。

 にわかには信じられなかったぶくぶく茶釜は知ってはいけない真実のようなものを見せられて大層、驚いた。

 部位程度で驚いている場合ではない。

 それは数千年経った今も恐ろしくて説明したくない事だったが、弟も自分達と同じ道を歩もうとしている。だが、それは阻めるものではない。

 時が過ぎればいずれは通る事になる。拒否してきた自分がそうだったように。

 

 

 最初に見せられたのはアウラの眼球とたくさんの耳が入った容器だった。

 再生魔法の妙技に嫌悪感と殺意を覚えたものだ。

 アウラ達は役に立つのであれば耳くらい切り落とす、と本人から聞いた時は粘体(スライム)の身であるけれど血の気が引く感覚を覚えたものだ。

 

「一つだけ約束しろ。二つに増えるかもしれないが……」

「うん……」

「NPCを気軽に殺すなよ。治癒魔法を使える奴を配置しておけ。いいな?」

 

 それは命令ではあるけれどぶくぶく茶釜として、実の姉としてのお願いだった。

 だから優しく言った。

 

「命令不履行は重罪。NPC達は()()()()()()で生きている。それを忘れないでくれ」

「……姉貴も色々と体験してきたんだな」

「もうババァだからな」

「死なせないように充分気をつけるよ」

「……モモンガさんの手前、エロい事は出来るだけ控えろ。せいぜい胸揉みだけにしておけ。キスとか全裸は……、後が怖い」

「あの童貞め。じゃあ外部の女ならいいの?」

「んっ? ま、まあ、遥か遠い国ならテメーの責任でな」

 

 エロい事に頭使いやがって、と低い声色で呟く桃色の粘体(スライム)

 長い時を過ごしてまだ元気に振舞えるようならしばらくは安心だ。

 一人ではないし、仲間も居る。だから、苦難を乗り越えられそうな気がする。

 

「一般メイドは傷つけるなよ。とても弱いんだから。足がもげただけで死ぬぞ、きっと」

「案外、生き延びそうだけどね」

 

 姉の口ぶりではメイドをバラバラにした奴が居るようだ。

 自分の知らないところでおぞましい実験が(おこな)われていたのかもしれない。

 ギルドマスターが知らないはずが無い。NPCの管理データも見られるのだから。

 隠れてこそこそ出来るとも思えない。

 

 act 8 

 

 アドバイス通り、治癒担当のシモベを用意した。

 今回狙うのはペストーニャ。

 

「私の身体が目当てなのですか、わん」

 

 二つにかち割られた犬の頭部を縫い合わせた頭だが首から下は人間。尻尾のあるメイド長の『ペストーニャ・ショートケーキ・ワンコ』は一般メイドと同じく人造人間(ホムンクルス)という種族だ。だが、それだけではない。

 高位の神官(プリースト)で回復魔法を嗜んでいる。

 

「そういうわけじゃないけれど……。治癒魔法は高位のものか?」

「はい、わん」

 

 シャルティアも独特の喋り方をするがペストーニャは語尾に『わん』と付ける設定だ。

 

「……たぶん、何をするのか知っているような気がするけれど協力してほしい」

「お時間の空いている間ですが……。それでも構いませんでしょうか? ……わん」

「うん」

 

 ペストーニャは一般メイド達の指導と外部の者達の指導も(おこな)っている。

 比較的、忙しい存在だ。興味本位で連れ回せるほどの余裕は無いようだ。

 アルベドも忙しいのだが、つい勢いでやっちまった。

 そういえば一部の魔法はコストがかかるんだったとペロロンチーノは思い出す。だからこそ無駄に乱用は出来ない。

 ギルドの保有する資金はとても豊富だ。それを下らない事で消費する事はアインズが許さない筈だ。

 

 

 治癒要員を確保したもののペストーニャをいきなりバラバラにする予定は()()なかった。

 意外とあっさり協力してくれるのが意外だと思うし、怖いとも言える。

 自我を得てから彼ら(ナザリック勢)は何を体験してきたのか。

 

「それは極秘事項に指定されていることか?」

 

 漠然とした言い方だったので正確に言い直した。

 身体をバラバラにして再生する実験などを(おこな)ってきたのか、と。

 

「我々は治癒担当ですので、武器を持って(おこな)った事はありません、わん」

「……ペスなら出来そうな気がするけどな」

 

 高位の神官だし、多少の武器は扱える気がした。

 

「いえいえ。興味本位で人体をバラバラにするのは得意ではありません」

 

 バラバラにされた人間を丸齧りにするのは大好きですが、と呟いた。

 一部の異形種は人間種を食材とする。それは何度か聞いていたので知っていた。

 そういう文化があることも学んだ。もちろん、外の世界の亜人種の国では一般的なので止める権利は本来は無い。

 そもそも人間種だけを優遇する事はできない。ここは自分達が住んでいた『地球』ではないから。

 

「もしや、ペロロンチーノ様は人体の解体に否定的なお考えをお持ちなのですか?」

「……もう手遅れかな」

 

 アルベドを解体してしまったから。

 悪のロールプレイを主とするギルドでもあるし。今さら善人ぶっても手遅れだ。

 

「メンバーそれぞれの考え方は違うからね。否定も居れば肯定も居る。だからといってペスにどちらかの派閥に入れ、とか言わないぞ」

「はぁ……。分かりました、わん」

「実験する時、死なないように治癒の仕事を(おこな)ってほしい。それも万全の体制でって話しだよ」

「畏まりました。一人では心許ないでしょう。……ですが、解体は簡単ではないようです。ただ単に武器を奮うだけでは痛いだけと聞いております」

「だろうね。俺はその辺りが分からない。するかどうかは別として知識として知りたい」

「……ただ……、申し上げにくいのですが……」

 

 両手を合わせて胸元に当てるペストーニャは何か心配事でもあるような態度を見せる。

 

「アインズ様はその……、人体の解体に否定的なお方でして……。詳細は最重要機密指定にされております。たとえ自力で解明されましても……、私共にも協力の限界がございます。それがたとえ至高の御方であられるペロロンチーノ様であっても」

「……機密指定? モモンガさん、そこまでヤバイネタを教えられたのか……」

 

 人体解体の詳細を機密指定にする、という事は相当ヤバイ、としか言えないが、何を知ったのか。

 これは勝手に行動すると他のメンバーからも吊るし上げを食らうかもしれない。下手をすれば監禁もあるかも、とペロロンチーノは背筋に悪寒を感じた。

 

 

 ペストーニャには協力できる範囲で付き合ってもらう事で話しをまとめた。その後でペロロンチーノはギルドマスターに会いに行った。

 第九階層のアインズの私室に。

 扉の前には複数のシモベと不可視化した『八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)』が数匹、天井に配置されている。

 扉を守るのは強固な外皮を持つ昆虫型モンスターだ。殆ど外敵は来ないけれど、それなりに強い部類のシモベだ。

 八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)はその名の通り八本の腕を持つ蜘蛛に似たモンスターで忍者装束をまとっている。

 それぞれの腕は刃物状になっていて敵を切り刻む。レベルは中位程度だが監視には役に立つ傭兵召喚モンスターだ。

 全部で十五体居るのだが貧乏性なギルドマスターは一体たりとも失いたくないとして今も大事にしている。これはユグドラシル時代から使っているので、かなり愛着のあるモンスターとなっている。

 ペロロンチーノが扉をノックすると中で待機している『アインズ付きメイド』と呼ばれる一般メイドが取り次ぎをする。

 支配者として君臨してから利用しているシステムで今もメイド達に仕事を与える意味で使っている。ただ、やり取りが少し面倒くさいのが難点だ。それはアインズや他のギルドメンバーも同意見のようだ。

 数分の沈黙の後で入室が許可された。

 至高の存在とはいえナザリックの最高支配者は今もアインズで、自分達は二番目以降になっている。

 気軽に面会できるのは執務室の外くらいかもしれない。それほどこの部屋には重要なものがあるので仕方が無い。

 

「『伝言(メッセージ)』をくれればいいのに」

 

 と、執務室に入ってすぐにアインズは言った。

 

「折角の手続きは使わないとね。メイド達も仕事をしているって気分にはならないでしょうから」

 

 ペロロンチーノはメイドが用意した椅子に座る。

 彼女たちはそれだけで喜ぶ。

 飲食できるペロロンチーノに飲み物を提供する。これはアンデッドや飲食不要の至高の存在には出来ないことなので貴重な仕事だった。

 メイドは一礼して部屋を出る。

 アインズの部屋は複数有り、メイド達は控え室で次の命令を待つ。

 

「……それで何か話しがあるんですか? もしかしてアルベドのこととか?」

「それもありますが……。あ~、まず言っておきます。俺は謝らない」

 

 はっきりとペロロンチーノは言い切った。

 それも怒りを込めて。

 

「命令遵守にも程度があるだろう!」

 

 執務室は基本的に完全防音。外部からの探知と感知の防衛は何重にも張り巡らされている。

 だから、扉の外に居るメイドには中の様子はうかがい知る事が出来ない。

 

「取り消しが出来ないっておかしいだろう!」

 

 今まで溜めた不満を爆発させるペロロンチーノ。それに対してアインズは黙って聞き入った。

 

「血だらけなのにニッコリと微笑むんだよ。たかがゲームのキャラなのにっ!」

 

 机を叩こうとした時、アインズがペロロンチーノの手を止めた。

 

「今は机も普通に壊れます」

「……すみません」

 

 つい条件反射的に謝ったがカウントには入れない。

 ゲーム時代は壊れるオブジェクト(物体)と絶対に壊れないオブジェクトがあった。

 洞窟などはどんな魔法だろうと吹き飛ばせなかった。例外はあるけれど。

 今はどこでも破壊の意志があれば壊せる、可能性が高くなっている。

 ゲームの世界ではない、という事なのかもしれない。

 ナザリック地下大墳墓のオブジェクトが世界と同調している、とでもいうような感じだがアインズはそれをうまく説明できない。

 

「ペロロンさんは怒る人なんですね」

「そのようです」

「俺も最初は怒りましたよ。それは今もですが……。命令遵守はNPCにとって生きる証のようなものらしいです。我々が創造した子供たちは親たる至高の四十一人に見捨てられるのが怖いんだそうです。だから、身体を傷つけることも平然としています。もちろん、多少は抵抗を感じるそうですけど」

 

 落ち着いた口調でアインズは言った。

 様々な場面を見たり、聞いたりした経験があるからこそ落ち着いて話せるのかもしれない。

 

「……それは一種の呪いのようなものと誰かが言ってました。至高の存在の役に立つ為ならば全力で命令を遂行する……。それがNPCです」

「つまりギルドマスターの命令ではない、と?」

「ギルドマスターも驚いているんですから、世話ないですよ」

「……モモンガさんは俺たちよりも長く一人で頑張ってきたんでしたよね」

 

 NPCに囲まれているとはいえアバター一人で孤独な戦いを繰り返してきた。それは一種の人形遊びと変わらない。

 もし自分なら、NPCを見捨てられる自信が無い。

 

「あっ、また俺……。モモンガって」

「いいですよ、モモンガで。そろそろ支配者も引退しようか迷っていましたし」

 

 『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』を建国してもうすぐ三千年になる。

 そろそろ支配者として君臨して命令を下すのは止め時かもしれない。

 潮時はどんな事にも起こりうるものだ。

 次代に引き継いで見守る事も悪くはない。

 

「一部では俺達、神になってますからね」

「そうなんですか。ちょっとした宇宙旅行が裏目に出ちゃったな……」

「NPCの行動原理は今さら覆せない。彼らは設定以上のものを手に入れたらしいので」

 

 それは殺害してもリセット出来ない『個性』や『自意識』というものだ。

 世界級(ワールド)アイテムでも使わない限り、設定変更は無理ではないかとアインズは予想している。だが、NPC達の命令変更のためだけにアイテムを使用するのは安直な気がする。

 折角自らの意思を手に入れた彼らから取り上げるのは抵抗がある。

 

「俺が引退したらエロい事も好きなだけやってください。ですが、守ってほしい事があります」

「童貞がエロい事を許可するとは……。明日は世界が滅びそうですね」

 

 世間ではそれを『死亡フラグ』と呼ぶ。

 

「いやいや、真面目な話しですよ。不必要に(しゅ)を増やさないで頂きたい」

「はっ? なんで? 人口増加は駄目なんですか?」

「無秩序な増加は駄目です。世界がつぶれます。手に負える種族以外は手出しすべきではありません」

「……それは機密事項とかに書いてあるんですか?」

「はい」

 

 アインズは隠さずに即答する。普段なら言葉を濁すところだ。

 真面目に答えたアインズが言う事だから少し信じるに足るような気がしてきた。

 

「多くの仲間にも伝えましたが、色々と……、ヤバイんですよ。不死たる我々が長く存在している事も……」

 

 ゲームの世界では不死でも永遠に存在し続けられる事は無い。

 運営が終了と言えば全てが消える。だが、自分達はその制限を突破している。そして、数千年も存在を維持している。普通なら不可能だ。

 長命の森妖精(エルフ)でも1000歳が限界だと言われているのだから。

 

「増えたものは減らせばいい。普通はそう言いそうですが……」

「部位などは処分するのが妥当です。無限に増やさない為に必要数だけ確保する。それが比較的、健全なようです」

ああいう部位(アルベドの腕)って処分できるんですか?」

「『エクスチェンジ・ボックス(シュレッダー)』で簡単に処分できます。……生きたままはさすがに怖いので試してませんけど……。処置をした部位でも処分できるのは確認済みです」

「……ああ、なんとなく分かってきました。ギルドの資金が豊富な理由とか」

 

 ペロロンチーノの言葉にアインズは苦笑する。

 

「まあ、そういうことです。ちなみにこの方法は俺が見つけたわけではありません。我々のギルドはそこまでの非道に()()本格的に手を染めたわけじゃないです」

 

 アインズ・ウール・ゴウンよりも前におぞましい方法を試したバカが居るらしい、ということを感じた。それはペロロンチーノの中では数人浮かぶ。

 一人は『ウルベルト・アレイン・オードル』だ。

 もう一人はギルドの一員ではないが自分がエロの道を伝授した弟子のような存在だ。

 

「……とんでもないバカだってのは分かりました」

「ペロロンさんが言いますか?」

「ええ、言いますね。そいつは間違いなく、大バカ野郎です」

 

 はっきりと断言するペロロンチーノ。

 そして、魔法がいかに便利であるのか、本当に実践した勇者でもあると。あと、クソ野郎も付くかもしれないし、人間のクズ、とか呟いた。

 アインズの言葉が本物であるならば自分も勇者になりつつある。

 姉が言っていた『さすがは師匠なだけはある』というのも気になる。

 つまりは自分が原因なのか。

 

「……俺はエロゲーの師匠と呼ばれたことはあるけど、バラバラ死体の作り方は詳しくないですよ」

「いやいや、そこに便利な魔法をトッピングした新しい分野。しかもエロ風味で」

 

 エロい事の為にバラバラ死体の製造を思いついた、という事なのか。

 いや、確かにそうかもしれない。

 ユリの巨乳を部屋に飾りたいとか、色々と妄想したのは事実だ。

 

 なるほど。

 

 ペロロンチーノは色々と納得してきた。

 巡り巡って因果応報。

 全ての原因は自分かもしれない、ということに気付き始めた。

 

「モモンガさん的にはどうなんですか?」

「バラバラ死体ですか?」

 

 それだけではないが、ペロロンチーノは頷いておいた。

 

「最初はびっくりしましたし、怒りも湧きましたし、悲しかったですよ。その上、NPC達は元の身体に戻せば平気と言い出すんですから。……もう、それは色々と混乱しましたよ」

「……というのを俺は最近になって体験したんですね」

「そうなりますね」

「……じゃあしばらく怒りは治まりそうにないですね……」

 

 時と共に慣れるかもしれないけれど、今はまだ受け入れられない。

 アインズことモモンガは長い時間をかけてNPC達と付き合ってきた。

 モモンガの場合は諦めたのか。

 雰囲気的には納得はしていないように見える。

 

「元の身体に戻せば平気……。その理屈をあいつらが言うんですか?」

「言いましたね」

 

 理屈としては納得出来そうだが、何かが違うと言いたかった。

 頭ではそう思っても戦闘に際しては腕がもげたりする事もある。そこに高位の治癒魔法をかければ再生し、戦闘を続行する。

 それが戦闘以外の普段の生活にも適用されている。

 便利な魔法があるからこその理屈。

 

「……という研究をしたとんでもないクソっ垂れが居たんですね」

「……居ましたね。ペロロンさんの弟子っぽい人ですよ」

 

 弟子をクソ野郎呼ばわりするのはモモンガにとっては意外だと思った。

 同族嫌悪なのか。

 それならペロロンチーノもとんでもないクソ野郎だ。それはあながち間違っていない気もするけれど。

 というか、お前(ペロロンチーノ)のせいでNPCがおかしくなったんじゃねーの、と胸の内で絶叫するモモンガ。何故か、その後精神の安定化が起きてしまった。

 

「……とにかく、程ほどに。一部にはすぐ自害しようとするほど繊細なヤツがいますから」

「そ、そうですか。気をつけます」

「あと、大々的にエロい事を口走ったり、見せたりしないで下さい。ものすごく恥ずかしいし、なんか残念な気持ちになります。至高の御方って言われているんですから」

「……そうですね」

 

 ペロロンチーノは言い返せなかった。言い返したいとは思わないが、色々と納得した。

 正論ではあるけれど、モモンガなりの気遣いだと思えた。

 大々的に卑猥な単語を口走りそうだし、あながち痴態に走るところは容易に想像出来た。

 アルベドの生脚ゲットだぜっ、物理的に。とか言いそうだ。

 それは種族の特性で不可抗力って、言い訳は出来ないんだろうな。

 

 

 NPCの前では尊敬される至高の四十一人らしさを見せるように言われた。だが、元々、支配者っぽいことは苦手だ。

 シャルティアに命令するくらいなら出来るが全てのNPCとなると話しが変わる。

 ペロロンチーノが合間合間に押し黙るので色々と考えていることは分かった。

 一概に大喜びして自慢しない所は流石(さすが)だと思う。

 アルベドはタブラ・スマラグディナが面倒を見ているのでギルドマスターとしてはもう言う事は無い。

 極秘資料はまだ開示しない方がいい気がした。ペロロンチーノ自身が色々と悩んで考えた結果の後でも遅くは無い。

 ギルドは簡単には解体できないが、折を見て判断する事にする。

 

「アルベドの全身をゲットするにはどうすればいいかな」

 

 安心した自分がバカだった事をモモンガは知った。

 

「殴っていいですか?」

 

 比較的、優しくモモンガは言った。

 そういう予感はあったが、仕方が無いかもしれない。

 一度、覚えた方法は色々と試したくなるものだ。

 

「さすがにアルベドの胴体を横に、とか解説したくないですよ。彼女だって痛いはずだし」

「死なない程度で頑張れば……。あちこち切り落とすよりもっと効率のいい方法がありそうな気がします」

「……本当にマジで師匠だな」

「……そうかもしれないですね」

 

 言うだけタダだと思っているのかもしれないけれど。

 古き友人の顔をモモンガは思い浮かべた。

 思考パターンが師匠譲りなのは確かなようだ。だが、変態の考え方は今でも同意したくない。

 

「どうしてもアルベドが欲しいんですか?」

 

 というか、なぜアルベドに(こだわ)っているのか。

 女淫魔(サキュバス)だからか。

 確かにペロロンチーノは女淫魔(サキュバス)などの女性モンスターが大好きな人間だ。無理も無い。

 ただ、シャルティアが可哀想な気がする。

 お前は何の為にシャルティアを創造したんだよ、と叫びだしそうになって精神が安定化する。

 

「俺よりタブラさんと話したらどうなんです? 今は彼の預かりになっているんですから」

 

 アルベドとは色々と長く付き合ってきたし、創造主というか親でもあるタブラからモモンガは色々と許可を得ている。というか公認の間柄だ。

 異形種でもあるし、恋愛感情は辛うじて残っている。完全なモンスターとしての特性には至っていない。

 身体はどうしようもないが。

 というか、俺の女に手を出すんじゃねーよ、と何故言えない。と、自分で自分に腹が立ち、また強制的に精神が安定化される。

 身体全体がオーラで光るのは少し恥ずかしさを感じる。

 こういうのが有名な『三角関係』というものなのか。

 少なくともペロロンチーノはアルベドに恋愛感情というものを抱いているようには思えなかった。

 

「……あえて聞きますが……。アルベドのこと好きになったんですか?」

「いやほら、綺麗な身体だなと……」

「この変態めっ!」

 

 ついモモンガは叫んだ。そして、オーラが発生する。

 遠い昔にも同じように怒りが湧いた覚えがあり、何故か懐かしさを感じた。あと、ペロロンチーノと誰かの幻影が重なった様な気もした。

 

「確かに綺麗な身体として創造されたんですから、当たり前かもしれませんけど……」

 

 あれは俺の女だ。と胸の内で言った。

 自分の女を取られると怒りが湧く。それはきっと正しい感情だ。

 更に変態から身体を取られるんだから心配する。

 

「命令遵守の彼らに対して俺はただ……。そんな命令を聞くぐらいなら身体を貰うぞ、と……」

「……ペロロンさん。過去に同じ事を言ったバカで変態が居たんですけど……。立派な弟子思いなんですね。だから、思いっきり殴っていいですか? 奴も結構な回数、ぶっ飛ばした覚えがありますが、全然懲りませんでしたよ」

「それは凄い。さすがは我が弟子だ」

 

 弟子に負けず劣らず立派な変態で逆にびっくりだ、とモモンガは呆れ果てた。

 殴られても持論を曲げないところが本当にそっくりだった。兄弟ではないのかと思うほどだ。

 

「弟子が出来て師匠が挫折しては沽券に関わりますね」

「……いい加減にしろよ、ペロロンチーノ」

「それはこっちのセリフだ、万年童貞野郎」

 

 互いに一歩も引かない至高の存在。

 久しぶりの本気の怒りに互いに気持ちが高揚し、外で決闘する事で話しがまとまった。

 多くのNPCは顔を青ざめさせていたが、タブラ達は黙って見守る事にしていた。

 二人の争いはきっと今後の活動に必要だと思い、ぶくぶく茶釜も口出しはしなかった。ただ、やるなら手加減するな、と弟にアドバイスをしておいた。

 そして、アルベドをかけた意外と下らない理由で男二人が激突する。

 その戦いの顛末(てんまつ)は筆舌に尽くしがたいものとなった。

 

 act 9 

 

 戦いを終えて半年が経過する。

 穴だらけになった地表は既に戦いの痕跡を消していた。

 

「モモンガさんも沸点は低い、とは思っていたけれど……」

「すみません」

 

 ぶくぶく茶釜に頭を下げる『モモンガ』と名前を戻した死の支配者(オーバーロード)は言った。

 

「いやいや、あれはあれでかっこよかった。アルベドと新婚旅行に行けばいいのに」

「偽装ですって。さすがにNPCと結婚ってなんか恥ずかしくって」

 

 世間的にはアインズとアルベドは婚姻している事になっていた。ただし、ナザリックの中では偽装の為の演技として処理されているので実際には()()()()()()()()()はしていない。

 余計な女の影(政略結婚の打診など)を追い払う為の方法だっただけだ。

 

「ゲームのアバターなんだから遠慮しなくていいのに。変なところで遠慮するから万年童貞って言われてバカにされるんだよ。異形種なんだよ、私らは」

「頭ではそう割り切れなかったもので……」

 

 ぶくぶく茶釜もアバターだからと割り切れていないけれど。

 元々の人間の身体ならばまた違う結果になっていたと思う。

 

「ストレスの発散は必要だ。溜め込むだけでは駄目だろう。弟にもよい刺激になったよ」

「そうでしょうか」

「エロくて変態だが色々と悩めるチェリーボーイなのさ。長く生きると色々とおかしくなる。きっと弟もそれを感じていたのかもしれない」

 

 その弟こと鳥人(バードマン)のペロロンチーノは空を飛んで世界を旅していた。

 時々、飛竜(ワイバーン)に襲われるらしい。

 

「それはそうと、新天地への移動は順調なの?」

「シズの報告によれば順調のようです。月の施設も普段通りだとか」

「……『無限光(アイン・ソフ・オウル)』……。まさか夢を実現するとはね、()()()が……」

「会ってあげたらどうですか?」

「……あまり気乗りしないのよね……。でもまあ、気が向いたら行くわ。()()()

 

 ぶくぶく茶釜は夕暮れに染まりつつある空に視点を向ける。

 白銀の大きな月が映っていた。

 この月の表面には蜘蛛の巣状に構造物が張り巡らされている。それが『無限光(アイン・ソフ・オウル)』という施設だ。

 モモンガ達の居る星から肉眼で見えるほど大規模なものだ。『無限光(アイン・ソフ・オウル)』という名称は月の名前でもあり、施設の名前でもある。そして、その規模からNPC達には世界級(ワールド)アイテムに匹敵する事を伝えている。

 星を丸ごと傘下に収めたのだから、それは正しく世界級(ワールド)アイテムに相応しいとモモンガは判断した。

 その『無限光(アイン・ソフ・オウル)』という実験施設は度々、異常事態が発生し、機能不全に陥る事がある。

 計画案が中途半端のまま建築計画を進めてしまったので仕方がない。どうしてもシズが作りたいと言い張ったので、つい許可してしまった。

 約束の刻限に達すれば少しは改善するらしいが、あと七千年ほど残っている。

 安易に約束を破る事はできない。モモンガは少なくとも約束を破るような男にはなりたくなかったから。

 

「……弟の部屋にアルベドシリーズが飾られてしまったわけだが……。やはりバラバラだと気持ち悪いわね」

「そうでしょうね。ペロロンさんは平気なんだろうか」

「変態の考える事は分からん。分かりたくもないな」

「同感です、ぶくぶくさん」

 

 ただ、保管する事自体は二人共理解できた。

 猟奇的な趣味はさすがに真似たくない、という意見も一致している。

 他のメンバーも似たような趣味に走らないように毎日、祈るのが日課になりそうだった。

 

 

 ナザリックに帰還したペロロンチーノは自室にある戦利品を眺めたり、触ったりした。

 腐敗しない処理をしているとはいえ、自然と動きそうな気がした。

 部位だけとなっても利用価値はある。

 家具として飾る、くらいしか今は浮かばないけれど。

 日がな一日触り続けても面白くない。美しいものは美しいまま残すのが紳士だ、と自分でも良く分からない持論を展開する。

 

「個別に分割すべきではなかったな。……なんか気持ち悪くなってきた」

 

 切断面は綺麗に塞がってはいるけれど、生々しさはやはり不味かったかもしれない。というよりは切断させておいて気持ち悪いというのは酷いな。

 自分の事だが極悪人だと思った。

 かといって部位を返しても今さらな話しだ。

 

「何してるんだろう、俺……」

 

 これは自分の意思なのか、鳥人(バードマン)としての特性なのか。

 少なくとも人間であった頃の自分に猟奇的な事など出来はしない。

 常識で考えも切断された女性の腕を弄ぶ事などありえないことだ。

 

「腕ばかり百本とかじゃなくて良かったのかな。……溜め過ぎたら一緒か……」

 

 生々しい部屋になりそうで怖くなってきた。

 我が弟子はどういう部屋を作ったのか。

 それを知るのは師匠でも怖いと思う。

 弟子はどこまで突き抜けたのか、と。

 一応、部位の処分方法は聞けたから飾る分には問題ない。というか、アルベド、マジでごめん。

 ペロロンチーノは直接の謝罪が出来ない自分に腹が立つものの呆れもした。

 こんな趣味は長くするものではないのだが、今後の将来もちゃんと考えなければならない。

 時は結構、長い。

 新たな趣味を見つけるのが当面の課題だ。

 それも世界が困らない範囲で。

 宇宙進出はまた改めて考えよう。まだ三千年経ったわけではないから。

 明日は少し遠出をしてメスのモンスターでも探そうかな。いやまず先にアルベドに謝ろう。もやもやしたままでは気持ち悪い。

 そう決断してペロロンチーノは目蓋を閉じた。

 明日からまた人生設計の模索を始めよう。長い時を無駄するのは勿体ない。

 

『終幕』

 

 

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