第始章 ミレニアムクエスト外伝【完】   作:トラロック

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星の継承者たち
モモンガ


 

 全ての『星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)』を撃破して数年の時が流れた。

 強大な強さを見せ付けた現地産の世界級(ワールド)エネミーの再出現に警戒するも二年が過ぎれば気持ちも緩む。

 それぞれのプレイヤー専用に生成されるという事なので抵抗が強ければ反発力も比例する。

 最後の敵を倒したとしても安心は出来ない。

 

「あんなモンスターを百年毎に相手をしなければならないとは……」

 

 長い激闘を終えた超越者にして白き骸骨姿の死の支配者(オーバーロード)はため息のようなものを吐き出す。

 不死たる存在になって九千年以上が経過した、気がする。

 百年毎というのは新たなプレイヤーの転移によって『星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)』が生成される、という意味だ。

 発生条件は結局のところ未だに不明だが、世界のどこかに生まれ、時には次元の狭間にて機会をうかがっている、らしい。

 最終スキルには『対消滅』が多い。

 まさに制裁モンスターだ。

 

「敵対プレイヤーの分もお相手なさったのですから……」

 

 静かな口調で答えたのは色白の肌に腰まで長い黒髪を真っ直ぐに伸ばした絶世の美女。

 白きドレスを身にまとい、大きな胸元を飾るのは蜘蛛の巣に似た黄金の装飾品。

 婦人用の手袋は付けているが足元は素足にサンダル。

 スリットの入ったスカートを背後から隠すように覆うのは彼女の腰から生えている天使の翼に匹敵する黒き翼。

 側頭部からは前面に突き出した牛や山羊の角のようなものが生えている。

 瞳は黄金で縦割れの虹彩が輝いている。

 

「世界の抗体を自称する奴らが打ち止めとなるのか」

「また現れれば撃退するまででございます」

 

 運が良い事は自己増殖するような相手が現れなかった事だ。

 モンスターを大量召喚するやつは居たが、と白骨の死体のような外見を持つ『モモンガ』は過去の敵の姿を思い浮かべる。

 

 act 1 

 

 混沌を好む彼らは静かな日常の敵だ。

 その存在意義はゲームでは有用かもしれない。

 事実、彼らはゲーム的な振る舞いで立ち塞がってきた。

 

「これから()()()()()平和な生活が始まるのか」

 

 全てを撃退しても不安が拭えない。

 それは全ての『星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)』を撃破した時に色々と教えてくれる存在が居るはずだと思ったからだ。

 過去には七色鉱や超位魔法を使える現地産のアバターなどの報酬を貰う事ができた。

 今回は()()が欲しい。

 神出鬼没な敵なので玉座に座らなくてもいいのだが、雰囲気的には待っていると何者かが現れそうな気がした。

 日がな一日座っている事は出来ないが、ここ数年は日課のようになっていた。

 答えを教えてくれる者を待っている、という感じか。

 来なければ、それはそれで構わない。だが、なんとなく現れてほしいという思いで座って待っている。

 

 

 半年後、第六階層守護者『アウラ・ベラ・フィオーラ』が謁見を求めてきた。

 既に支配者を引退した身ではあるけれど、彼らNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)の為に支配者として出迎える。

 今は演技ではなく、普通に接する事はできるが彼らが思う『アインズ・ウール・ゴウン』であり続けようと思った。それが彼らの願いでもあるようだから。

 寿命制限を突破し闇妖精(ダークエルフ)から闇聖霊(ダークハイエルフ)と暫定的に超越者の()()()()は名付けた。

 一定の成長の後に成人のまま不老化し、今も老いを知らぬ身体となっていた。

 それ(不老化)がどうして起こったのかは不明だ。

 浅黒い肌に森妖精(エルフ)の特徴である長い耳。色違いの瞳を持ち、女性でありながら男性物の服装を身につけている。

 髪の毛は伸ばしたり、切ったりを繰り返しているようで、会う度に髪型が変わっている。今は背中にかかる程の長めのものとなっている。

 

「よく来たな、アウラ」

 

 階下で片膝をつくアウラは微笑んだ。

 

「お目通りをお許し頂き、恐悦至極にございます」

「堅苦しい挨拶は抜きにしようか。私に何か話しでもあるのか?」

「もうじきイビルアイとの約束の刻限……。そろそろ内容を教えていただけたらな、と思いまして」

「……もうそんな時期か……」

 

 世界を穢さない事を条件に一万年の保護を約束した事柄だった。

 今から思えば、イビルアイも『星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)』に似ている気がする。

 

「……うむ……」

 

 今までその発想は無かった。青天の霹靂というやつなのかもしれない。

 考えすぎ、という事もあるけれど。

 

「……最後に彼女と戦闘になるのは……、気が進まないな……」

 

 いつでも殺せる機会はあった。ただ、理由がなかっただけだ。

 今は殺す理由が出来た。出来てしまった、かもしれない、という憶測ではある。

 何事も起こらなければ、それはそれで願ったり叶ったりだ。

 

「ペロロンさん、今、いいですか?」

 

 通信用の魔法『伝言(メッセージ)』を使う。

 様々な出来事を経験し、かつての仲間たちの顕現も成功した。

 ある意味では()()()()に自分の我がままで縫い止めてしまった、とも言える。

 

『あ~、モモンガさん。どうしました?』

 

 明るく元気な声が聞こえてきた。

 それだけで自分の苦悩がバカらしく感じる。

 それぞれのメンバーは今も世界、どころか宇宙まで駆け巡っている。

 うっかり『コールドスリープ』はしないようには言っておいた。

 

「『イビルアイ』をそろそろ目覚めさせる刻限が近くなってきましたので、色々と準備を整えようかと……」

『あら、そうですか。丁度、メイド達に身体を洗わせているところです』

「……ペロロンさんも一緒に、ですか?」

『いやいや、いくらエロ魔人でも常識はまだ持っている方ですよ』

 

 ウソつけ、と言いそうになったが言葉は飲み込んだ。

 無類の女好きなのは知っているけれど、一定の常識は持っている。そうだと分かっていても心配になる。

 鳥人(バードマン)という異形種ではあるけれど、中身は地球人の男性だ。

 健全な男子でもあるし、()()保存されているイビルアイに何もしていないのは信じがたい事だが。

 

『溶液の入れ替えが終わったら……、持っていけばいいんですか?』

「大々的に見世物にする予定はありませんので、直接こちらから向かいます」

『了解しました』

 

 少し不安は残っているけれど、魔法を解除するモモンガ。

 前までは支配者『アインズ・ウール・ゴウン』と名乗っていたけれど、その役目は偶像に委ねてしまった。

 

 act 2 

 

 イビルアイというのは吸血鬼であり『国堕とし』と呼ばれていた魔法詠唱者(マジック・キャスター)の女性だ。

 金髪で吸血鬼となってから赤い瞳になっている。

 この世界の原住民は大体が黒髪黒目。金髪碧眼が基本だ。

 あまり特徴的な変化は持っていない。

 持ってきたライトノベルのように赤い髪や桃色に水色などの多種多様な色彩を持つ者はほとんど居なかった。いや、変わった髪の毛は居る。それは染めているからだ。

 一部の冒険者は目立つ為に派手な色合いに染める傾向にある。

 

 

 洗浄を終えたイビルアイに会いに行くと多くのメイドが部屋の側に控えていた。

 第九階層の自室に待機させた覚えはないのだが、ギルドメンバーの命令でも受けているのか。

 それぞれ退出を命令すると静かに一礼して出て行った。ただし、モモンガ専属のメイドは残った。

 

「生け贄の儀式をするわけじゃないんだから」

 

 モモンガは苦笑しつつイビルアイを寝かしつけている部屋に向かう。

 本来は全裸だが、今は白い服を着せられている。

 数千年も容器の中に入れっぱなしだったが血流の乱れによる肉体の変化は認められない。

 それは吸血鬼だから、というよりは彼女の身体にかけられた魔法の効果のお陰かもしれない。

 

 第八位階『仮初めの停滞(テンポラル・ステイシス)

 

 高い位階魔法だが行使には多くの金貨が消費される。

 便利そうだが多用するには当然、莫大な金貨を用意しておかなければならない。

 基本的に第十位階の『時間停止(タイム・ストップ)』に似た魔法だが、解呪方法を確立しないと永遠に止まったままになる。

 自力で魔法を打ち破れないので魔法を使う場合は色々と下準備が必要だ。

 

「メイドよ」

「はっ」

「魔法はまだかかっているんだよな?」

「そのようでございます。髪の毛一本すらも動きませんでした」

 

 メイドの答えに満足し、モモンガはイビルアイの頭に触れる。

 何者にも害することが出来ない身体。

 究極の保存とも言える。

 髪の毛に触れると鉱物のような硬さがある。それはいかにレベル100のアインズでも仲間の『たっち・みー』でもNPCの『ルベド』であっても微動だに出来ない。

 世界級(ワールド)アイテムなら切れるかもしれないけれど、それはそれでなんか可哀相だ。

 とんでもない方法でもない限りは安全、ということにしておこう。

 

「もうすぐ一万年だが……。襲ってこないよな?」

 

 メイドに椅子を持ってこさせ、イビルアイを眺めつつ座る。

 一万年前の出来事は今ではあまり思い出せない。

 死の支配者(オーバーロード)というアンデッドモンスターではあるけれど、興味の無い事柄は記憶に留めない傾向にある。

 それは他の(NPCなど)にも言えるが。

 

 

 世界を征服してから『星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)』なる敵に故郷を半壊させられたイビルアイは絶望した。そんな感じだったはずだ。

 自分に出来ることは何も無いと悟ったから一万年の眠りを選んだように思う。

 目覚めた世界が希望に溢れていれば、その身の全ては『アインズ・ウール・ゴウン』のものとしてもよい。

 それで喜んだのがペロロンチーノだったはずだ。

 女の子なら誰でもいいのかもしれないけれど。

 

「……ところで……残り時間はどれくらいなんだ?」

 

 大雑把に一万年と言われたので正確な時刻までは考慮していなかった。

 そういう契約書を交わしたわけでもないし。

 まだ139年も残っている、と言われるかもしれない。

 

「モモンガ様。発言してもよろしいでしょうか?」

「んっ? うむ、発言を許す」

「はっ、では失礼致します。約束の刻限である一万年まで残り69日と三時間ほどでございます」

「……本当か?」

 

 モモンガの言葉にメイドは頷いた。

 だが、メイドの言葉が本当に正しい、とモモンガには証明出来ない。それでも度々メイド達の賢さには驚かされる。

 残り二ヶ月ほど。その刻限になると自動的に魔法が解呪される、というわけではないけれど交わした約束はちゃんと守りたいので今しばらく我慢する事にする。

 

 

 そして、約束の刻限である一万年後の今日が訪れた。

 盛大なイベントにする気は無く、ベッドに寝かせたイビルアイにかけられた魔法を解呪するだけだ。

 事前に同じ魔法の解呪は練習しておいた。

 その度に金貨が盛大に消費されてしまったけれど。

 ギルドの貯蔵する金貨の枚数は兆を遥かに超えている。なおかつ、別の施設にも金貨の貯蔵施設があり宇宙開発に使っている。

 細かいところを気にしてしまうのは元々が貧乏性な性格だからだ。

 今も昔もお金とアイテムは大切にしている。

 『仮初めの停滞(テンポラル・ステイシス)』は行使した術者よりもレベルが高くないと解呪に成功しない。

 絶対に解呪されない、というわけではないが魔法が成功しないと不安を覚える。

 時を止められている間、夢は見ないらしい。

 イビルアイの体感時間は眠って目覚める、という一瞬のみ。

 身体の経年劣化が起きないからコールドスリープに最適な魔法だ。

 

「目覚めよ、イビルアイ」

 

 いちいち大仰なセリフは言わなくてもいいのだが、雰囲気的に言ってしまった。

 ゲシュタルト崩壊しない身体のせいか、ゲーム感覚は未だに残っているようだ。

 解呪魔法によりイビルアイの身体に変化が生まれる。

 微動だにしなかった身体が動き始め、髪の毛も連動して揺れ始める。

 イビルアイは吸血鬼だが眠る意志を持てば眠れると聞いた覚えがある。だが、モモンガは同じアンデッドだが眠ったことは無い。

 種族によって出来ることと出来ないことがあるようだ。

 長い時を過ごしたイビルアイは周りの音に気が付いたようだ。

 目を閉じてから数分も経っていない。

 

「……誰か居るのか?」

「私だよ、イビルアイ」

「……アインズ? 魔法は……」

 

 と、言いかけてイビルアイは気付いた。空気が違うことに。

 目蓋を開ければ見知った顔がある。

 見事な白骨死体はアインズ・ウール・ゴウンに間違いなかった。

 

「………。まず、魔法は成功したのか?」

「ああ。今日は約束の刻限だ」

 

 その言葉に少しだけ驚くイビルアイ。

 体感的には一瞬なので時間の経過が把握できない。アインズが真実を言っている保証は無く、自分の目で確かめるほかはないけれど。

 それでもなんとなく、約束は守られた気がする。

 

「敵はどうした?」

「全て倒した。リ・エスティーゼという国は色々あって様変わりしたがな」

 

 リ・エスティーゼという名を持つ国は存在しない。

 バハルス帝国も無い。スレイン法国も同様に。

 

 

 目覚めたイビルアイにメイド達に用意させた歴史書などを見せていく。

 失った時間を取り戻すにはかなりの時間が必要だ。

 人間種には寿命がある。かつての仲間たちは既に墓の中。本来は。

 

「ラキュース達は今も顕在か……」

「主要な人間は、な」

 

 この星には無いけれど人体標本の一部は様々な場所に保管されている。

 それはNPC達も同様に。

 

「……時間経過は本物のようだ」

 

 疲れたようにため息をつくイビルアイ。

 世界が平和になった事は喜ぶべきだ。だが、失ったものは多い。

 不老不死たる身体になってから何度も経験した孤独感。

 それでも知った顔があるだけまだ自分は恵まれているのかもしれない。

 それから数日かけてイビルアイは様々なことを学んだ。それで得た答えは変わらないが、人々の営みが確認出来ただけで満足した。

 黒いローブ姿となり、改めてアインズの下に向かう。既にモモンガと名前を改めているけれどイビルアイはアインズの他には『モモン』しか知らない。

 普通の長期睡眠ならば筋肉の衰えなどが起きるのだが、万能の魔法は肉体の劣化を完璧に止めてしまったようで歩行には何の支障もなかった。

 一万年後の世界は眠る前とあまり変わらない。だが、外に出れば全く違う印象を受ける筈だ。

 時の経過を示すもの。

 かつて自分たちが活躍していた時代は遠い過去のものとなっているはずだ。

 それが数百年ならば歴史家などが伝えている。

 一万年後ともなればイビルアイとて想像がつかない。

 

「この度は約束を守ってくれて感謝する」

 

 両膝を床につけて平伏する姿勢を取る。

 人間社会で生きてきたイビルアイは滅多に平伏はしないが例外はある。

 異形種である自分を召抱えてくれた王国に対して。命を救ってくれたものに対して。そして、約束を守ってくれたものに対して。

 

「おこがましい事は重々承知しているのだが……」

「……『月』か?」

 

 モモンガの言葉にイビルアイは頷いた。

 

 月こと『無限光(アイン・ソフ・オウル)

 

 目覚めた時に連れて行く約束を交わした事も思い出した。

 『伝言(メッセージ)』で部下に転移の準備を伝える。

 目覚めたからといってモモンガは今までの出来事をイビルアイに説明する気は無かった。面倒くさい、ということもあったけれど。

 過ぎ去った過去は取り戻せない。

 世間話しはいつでも出来る、と判断した。

 『転移門(ゲート)』にてモモンガとイビルアイは移動する。

 お互い会話も無く、淡々と移動する。

 転移で向かった先は『月』の表面に設営された広大な実験施設で『無限光(アイン・ソフ・オウル)』という。

 月でもあり、実験施設の名前でもある。

 太陽に照らされる部分は数百度もの温度になるので熱に強いドーム状の覆いがいくつか設置されている。

 この施設の中で活動するのはほぼ自動人形(オートマトン)。生物は居る事は居るのだが各部屋で眠っている。

 一部はサバイバル用に改造され、生物が死ぬまでに何が出来るのかの調査が(おこな)われている。

 そこで使われる生物はほぼ『複製(クローン)』で擬似人格を与えられている。

 それらの説明を簡単にモモンガは話しつつイビルアイと共に歩き続けた。

 地図が無ければモモンガとて迷う自信があるほど『無限光(アイン・ソフ・オウル)』は広大で入り組んでいる。

 わざと迷うように設計しているわけではなく、地形の問題も関わっているらしい。

 地下もあり、水源などの確保も(おこな)われていた。

 

「食糧生産プラントというものがあり、なかなか見ごたえがあるぞ」

「そんなことも出来るのか」

 

 施設の外は音の無い灰色の世界。

 生物の気配を感じさせない施設だがお互いがアンデッドのせいか、精神的な部分では気にならないようだ。

 普通は人間を入れると孤独感で精神が乱れてくるらしい。

 何度かの転移を説明書を読みながら続ける。

 『転移パネル』というものがあり、それで移動していくのだが番号を間違うとやり直しが大変になる。

 施設の中は代わり映えのしない風景なので、ループしているように感じさせてしまう。ゲシュタルト崩壊する生物にとっては不安を覚えさせる場所だった。

 

「アインズでも一度の転移は無理なのか」

「悪用されない為の措置だから仕方が無い」

 

 そうして数十回近い転移の果てにたどり着いた場所は『無限光(アイン・ソフ・オウル)』の中心地。

 いくつか存在する制御を司る最重要施設。その内の一つだった

 

「……これほどの施設を作り上げる御技は感心するな」

「安全を考慮しながらな」

 

 モモンガとて一人で作り上げることは不可能だと思った。

 長い時間をかけて建設されたものではあるけれど、自分は国取り合戦で忙しかった。まして、月を開拓しようだなどと考えたことは無い。

 更に外宇宙に進出し、新たな星の開発まで(おこな)っているのだから驚きの連続だ。

 

 世界征服という野望の小ささに愕然とした。

 

 イビルアイが目的の部屋の前に移動するとどこからとも無くたくさんの同じ顔をした自動人形(オートマトン)が現れた。

 それぞれ武装しており、武器を構え始める。

 壁の一部はそれぞれ自動人形(オートマトン)達によって開閉が制御されているので知らずに入ってきた侵入者にはどうする事も出来ない。

 モモンガは慌てずに説明書を見る。そして、片手を上げる。

 

「ウィキラキラパイゾルファンシアルルリ……ララルゥゼック。アルソ、マヌーピメチ、ユルルホーワイ、……スカモアーヤタタテ……」

 

 パスワードのようなものだが、それがおよそ2000文字もある。

 何か意味があるのか、仲間達に分析を依頼したが何も分からなかった。

 間違った場合は手を挙げて、最初から言い直す。

 最初のパスワードは諦めるまで何度も挑戦できる。特にペナルティは無いと聞いていた。というか文字数が多いので間違うことがペナルティかもしれない。

 本来は『シズ・デルタ』を連れてくれば解決するのだが、彼女は遠い場所で仕事中だった。

 他の自動人形(オートマトン)に覚えさせないのは自我に目覚めて反乱されることを恐れた為だ。

 ならば今言っている言葉を誰かが覚えるかもしれない、となる。実際にはパスワードを聞いた全ての自動人形(オートマトン)はこの言葉を保持できない、ことになっている。

 変更するにも色々と面倒な手続きがあり、それらの説明書はモモンガが厳重に管理している。

 経年劣化により、説明書がボロボロに朽ちない処理もちゃんと施されている。

 十分ほどでパスワードを言い終わった。これは規定の時間以内に言わなければいけない仕組みではない。発音だけはっきりしていればいいらしい。

 正しいパスワードが言えない限り、先に進めないだけで撤退は出来る。

 言い終わった後、自動人形(オートマトン)達は武器を下ろした。

 

「パスワードを受諾。開閉パスワードを提示してください」

 

 次のパスワードはモモンガは持っていないし、説明書には書かれていない。

 イビルアイは一歩前に出る。

 そして、大きく息を吸い込もうとした。だが、呼吸を必要としない身体である事を思い出し、苦笑しながら取りやめた。

 

「……改めて……」

 

 イビルアイは事前にパスワードを教えられていた。それは今でも覚えている。

 体感時間が短かったことで忘れずにいられたのが幸いしたのかもしれない。

 

「全ての女体モンスターを我が手にっ! むさ苦しいオスなど要らぬっ!」

 

 口にするには恥ずかしいのだが()()()()()()()()()と言われていた。だから、男性であるモモンガではパスワードとして受け取らない可能性がある。

 

「パスワードを確認いたしました」

 

 恥ずかしさを我慢してパスワードを言っても自動人形(オートマトン)は無表情。それはそれで虚しさを覚える。

 だからこそ簡単には突破できない、とも言える。

 本当に女性の声でなければ駄目なのか、モモンガは疑問に思った。

 イビルアイの代わりに叫べる勇気は無いけれど、思い切ったパスワードだなと呆れてしまった。

 

 

 二重の厄介なセキュリティを突破し、自動人形(オートマトン)達が左右に移動する。

 荘厳な大扉。というほど豪華な装飾は施されていないが、アインズも入るのは初めてではない。

 前はまだパスワードが設定されていなかったので簡単に入れたのだが、今は()()()()を失っているので色々と面倒くさい事になっている。

 よく利用していたシズは二つのパスワードを駆使できる、ことになっている。

 殆どシズに任せていたので運営については知らないことが多い。

 モモンガとイビルアイは扉の奥に進むと背後で扉が閉められた。

 新たな侵入者が飛び込みで侵入しないようにする為だ。そして、転移阻害対策が何重にも施されているので高位の転移魔法でも入り込むことはできない。

 

「……最重要施設というのは……なかなか荘厳なものだな」

「……うむ」

 

 モモンガの言葉にイビルアイは頷く。

 『無限光(アイン・ソフ・オウル)』の中心にして最重要の施設にあるもの。

 全NPCと重要人物たちの『複製』が収められた保存容器が並べられている。

 部屋は数百メートル四方の広さがあり、訪れるものをまず驚かせる。

 巨大なコンピュータが設置されていると最初はモモンガは思っていた。

 

「月の楽園という奴か」

 

 死者たちが眠る場所をイメージして作られた場所に相応しい風景だ。

 厳密には『複製(クローン)』という魔法で作られたものではなく、ただの予備体に過ぎない。

 何者にも邪魔されない点で言えば立派な保管庫だ。

 それらの容器を眺めつつ向かう先は部屋の奥。そこには下に続く階段がある。

 一つ一つパスワードが設定されているわけではなく、厄介なものは入り口だけだと聞いている。

 そうして二人は階段を下りていった先には制御室と呼ばれる施設内の環境を司る機械類を収めた部屋が見えてくる。

 当初はシズが管理していたが今は放置されたままになっている。

 複数の制御室を作り、どれか一つに不具合が起きても対処できるように何度も試行錯誤されている。

 仮に全ての制御室に不具合が起きた場合、各部屋は切り離されて月から排出される。例えできなくても外部から引き抜ける仕様にはなっているらしい。

 この月の周りには『万魔殿(パンデモニウム)』と呼ばれる転移拠点が無数に浮遊している。

 内部と外部で対処できる仕組みがちゃんと作られているとシズから説明を受けていた。

 二重、三重の対処をするのは危機意識をちゃんと持っている証拠だとも言える。

 

 

 制御室を通り、更に下に向かう。

 延々と降り続けるわけではなく、建設の過程であまり深く掘り勧められない事が判明しているので、モモンガの居る場所では三階層までとなっていた。

 極端に深い場所は無いとシズは以前、言っていた気がした。

 月の地下には豊富な水源がある。多くは凍り付いているのだが施設を永劫管理できるほどの量があると試算された。

 それらを使い、食糧生産などに当てている。

 月だけでは心許ないので外宇宙の新たな水源探しも(おこな)われている。

 

「……人海戦術の恐ろしさ……だな」

 

 月には大気が無い。

 呼吸不要の人材の大量投入によって短期間で掘り進められている。

 それは普通に考えれば不可能な事だ。少なくとも人間社会では。

 一人ひとりの安全を考慮するだけで莫大な費用がかかる。だから建設は物凄い時間がかかってしまう。

 それを安価に(おこな)うのだから信じられない事だ。

 同じ施設を人間が造ろうとすれば数百年はかかる。

 この施設の建設期間は五年ほど。それがどれだけ凄いかはモモンガでも理解出来る。

 そんなことを思いながら目的の場所にたどり着く。

 そこは非合法の人体実験施設、に見える程おぞましい光景が広がっていた。

 無数の容器類はあるのだが、それらの中には内臓類ばかり納められている。

 

「……バラバラにされて……」

「慌てるな。ここはそういう施設だ」

 

 モモンガの言葉にイビルアイは我に返る。

 異様な光景は何度も見て来たはずだが、想像では平気でも実際の風景は未だに慣れないものかもしれないと思った。

 低重力による胎児の影響の調査。それも実験内容には含まれている。

 人が月に住む為には色々な障害を乗り越えなければならない。その為の実験施設はどうしても必要だ。

 そんな施設だからこそ、ここにしか置けないものがある。

 容器類は全て規則正しく整頓されていた。その最奥にあるものが目的地だ。

 イビルアイが向かった先にあったのは人間の『脳』だけが浮かんでいる無数の容器だった。その数は見えているだけで二十体以上はあるかもしれない。

 

「……他の臓器が無ければ復活できないのでは?」

「心臓は別の場所にあると聞いた覚えがある。これでも生きていれば復活は出来る」

「……そうか」

 

 人間や亜人などは『脳』と『心臓』が無事なら治癒魔法で再生できると言われている。

 時間はかかるけれど脳が無事な場合は記憶の欠損は発生しない。ただ、心臓の場合は色々と感情がおかしくなるらしい。

 

「見るものは見た。どうするイビルアイ?」

「永久に側に仕えたいところだが……。その願いは叶いそうにないようだな……」

「……目覚めて間もない内に滅びを望むのは早計だぞ」

「そうだな」

「定命の人生を楽しんだのだから、永久の眠りも理解してやらなければ……」

 

 人間である限り、退屈からは逃れられない。

 区切りを付ける事も精神的には大事なことかもしれない。そして、それを実行するには障害が一つだけあった。

 ()()を取り除く事は世界級(ワールド)アイテムでも容易ではなかった。だからこそ(おびただ)しい実験を繰り返して答えを得ようとした。

 答えが得られたのかはモモンガは知らない。

 見えている風景が幻ではないのならば失敗していそうな気がするけれど。

 

 

 モモンガには伝えられていないけれど、この施設にある容器類はイビルアイの為だけに残されている。

 なので全て、というわけではないが()()()大事なものは()()()()に安置されている。

 イビルアイとの約束は果たされたわけだが、モモンガの約束はまだだ。

 故郷(地球)に連れて行く、というものだが、まだ当分は無理そうだ。

 確かに一万年後にイビルアイを目的の場所に案内する約束は守ったぞ、とモモンガは苦笑気味に胸の内で言った。

 そして、もう一つの約束はモモンガが個人的というか一方的に交わしたものだが、そちらは下手をすれば数億年ほどかかりそうだと付け加えておいた。

 静かに泣き崩れていたイビルアイを慰めつつ、落ち着いたところで階段を登り、自動人形(オートマトン)達に引き続きの管理を託す。

 最重要施設というのはいくつもあり、広大な施設を一つの部屋だけで管理するのは負荷が大きくなる。

 モモンガは渡された説明書に従ったが全体を記したものではない。

 見た目では分からないが人間が一日で周れるような所ではない。

 中央制御室のような重要施設以外はモモンガの権限で比較的、自由に見学できたりする。

 そのような権限は外の人間にも与えられており、施設は運用されてきた。

 一万年の時を経て、大気の無い月は結局のところ緑豊かな星には出来なかった。

 ただ、各所の地下施設は数百年の滞在を可能とする居住区には出来るので一時的な避難場所として有効なことは証明されている。

 

 act 3 

 

 地上に戻ったイビルアイとモモンガは何とはなしに空を見上げる。

 長い年月を経たモモンガと眠りから目覚めたばかりのイビルアイはそれぞれ将来の事を考え始める。

 ここで終わるべきなのか、まだまだ先に進むべきなのか。

 その選択肢が目の前にちらついているように感じられた。

 モモンガはまだまだ目標があるので先に進められるが、イビルアイはどうするのかと疑問に思った。

 

「ペロロンさんに素直に貰われるつもりなのか?」

 

 モモンガとしては変態には渡したくない気持ちがあった。

 拒否したとしても咎めるつもりはなかった。

 

「……私の旅はとうに終わった……。ならば、先に進む者に後を託すだけだ」

「そうか」

「また永久(とわ)の眠りか?」

「真面目な参謀役は多いに越したことはない。ペロロンさんには変なことはしないように言っておくよ」

「……ありがとう」

 

 イビルアイは苦笑しながら礼を述べた。

 目的が見つからないので当面はモモンガの側に居ようと思った。

 長い時を過ごすと孤独感に襲われるものだが、仲間が居るのはいつだって心強い。

 今度の仲間はモモンガだ。

 モモンガ()が正しいか。

 いわゆる『新しい冒険の始まりだ』になるんだろう。

 物事はそう簡単には進まないのだが。

 背中を見せるモモンガの像が揺らめいたようにイビルアイには見えた。それはモモンガが歪んでいるのではなく、見ている自分(イビルアイ)の視界がおかしくなった為だ。

 

「……きっと……、ここが……」

 

 旅の終着地点。

 そして、イビルアイは()()()星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)』となる。

 

「先を行くか、超越者よ」

 

 気配で察したのかモモンガは慌てずに振り返る。

 既に声はイビルアイのものではなかった。

 

「行けるところまで行く予定だ」

 

 長い時の間に『星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)』の正体も色々と議論された。その中で話しの通じるものから色々と得た情報によれば、彼らはモモンガ達と同じく元『プレイヤー』となる。

 仮説の段階だが、そうだとすると化け物じみた実力が不可解になる。ただ、ゲーム時代では前例が無い訳ではないけれど。

 仮説の一つに平行世界で敗北したプレイヤーの成れの果て、というものがある。

 死んでも復活するようなプレイヤーだ。妙な存在に変質しても不思議は無い、という意見が出た。

 モモンガも色々と聞いて信じられなかったが、今は()()()仮説が有力候補に挙がっていた。

 それも『星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)』の正体が何か、というものだが。

 もし、その仮説が正しいとなると納得出来ることが色々とある。だから口に出して言う勇気が出ない。何が起こるか分からないくらい怖くなったからだ。

 

「最後だから名前を当ててやろう」

 

 今この場でもっとも相応しい名称は既に検討が付いていた。

 というか、仲間からも色々と意見を貰っていたので自分ひとりで特定したわけではないけれど。

 イビルアイの姿を借りている敵の名は『機械に関する百科事典(ヤントラ・サルヴァスヴァ)』の筈だ。

 他の『星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)』も対応するプレイヤーにちなんだ名前を形成する傾向にあるらしい。

 希望を抱いて志半ばで滅びたプレイヤーの魂を取り込んで変質するモンスター。

 それは正しく自分達の敵だ。

 敵に名前を告げると苦笑した。

 

「……賢い仲間のお陰だな」

「そうなんだが……。あまり戦いたくはないな……」

 

 イビルアイに憑依したのは驚いたが。

 

「一つの条件を満たせば退散するさ」

「んっ?」

一目(ひとめ)故郷の様子を見せてほしい」

「……承った」

 

 モモンガの言葉の後でイビルアイは微笑み、その後すぐに額に第三の目のような模様が現れる。

 

「イビルアイを連れて行け、ということか」

「戦闘を避けるなら方法は限られてくると思うがな」

「確かに」

 

 『星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)』達の故郷はおそらく一つだけだ。

 それはきっと多くの『星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)』達の願望でもあるのかもしれない。

 だから、モモンガは詳しく尋ねなかった。

 既に自分たちで実行していることでもあったから。

 

 地球への帰還。

 

 それもタダの凱旋ではない。

 あの()()()を綺麗に掃除するために。

 転移魔法も人海戦術を駆使すれば不可能を可能にすることが出来る。

 仮説は実証してこそ意味がある。

 足りない部分は数で押し切る。

 その為に『太歳星君(プロメテウス)』を作らせたのだから。

 

「失敗を重ねてここまで来たのだから、そろそろ背中を押してほしいと思っていたところだ」

「……そうか。それでは、その時まで楽しみにさせてもらうよ」

「このモモンガに任せておけ」

 

 そして『アインズ・ウール・ゴウン』に不可能なことなどない事を証明してやろう。

 意識を失って倒れそうになったイビルアイを抱えてモモンガは自らの拠点である『ナザリック地下大墳墓』に帰還する。

 これより『星の守護者(ヘレティック・フェイタリティ)』達の出現は認められなくなるが、野心を抱くものの前にまた現れるかもしれない。その時は対応するプレイヤーが頑張れば良い事だ。

 モモンガ達の次の目標が決まった。

 

 地球征服だ。

 

『終幕』

 

 


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