xxxHOLiC・幻   作:神籠石

4 / 10
前回のあらすじ。
モブたち、河童やめるってよ……(もしかして:山童)


第三話 河童の里 ~ Agitating Point

 

 

 

 

 四月一日君尋は面食らった。

 河城にとりから自己紹介とともに告げられた「山から消えろ」という言葉に――ではない。

 自己紹介そのものにだ。

 にとりは自分を「谷カッパのにとり」と名乗った。

 谷カッパ。

 カッパ。

 河童である。

 繰り返しになるが、四月一日が想像していた河童とは緑色の皮膚、皿をのせた頭、手指の水かき、背中の甲羅とミュータントそのものの姿で尚且(ナオカツ)、鍵山雛からもたらされた「川に引きずり込んで溺れさせ、尻子玉を奪う」という情報もあいまってか異形の危険生物という認識であった。

 なのに。

 河童の里にいたのは水色の衣服を着て帽子を被った可愛らしい女の子たち。

 想像とのギャップに四月一日が面食らうのもむべなるかなであった。

 だから彼は河童を名乗るにとりにまず呆然とし、次に驚愕が全身を駆け巡り、最後に言葉を変えそれを発することになった。

 すなわち絶叫である。

 

「えっ、ええええええぇぇぇぇえええええぇぇぇー!」

「うわっ!」

 

 あまりのショックに四月一日は頭を抱えてしまう。

 正面のにとりが突然の大声にびっくりしていた。彼女にしてみれば「消えろ」といったのに目の前の人間はなぜか叫び出したのだ。彼女もまた面食らっていた。

 

「ありえねーありえねー! どういうこったよ! 普通の女の子じやねーかー!」

 

 緑色の皮膚?

 皿をのせた頭?

 水かき?

 甲羅?

 どこがだよ!

 髪が青いだけの女の子じゃないか!

 うわあ、びくびくしていた自分が恥ずかしい!

 

「なっなあ、人間。そろそろいいかい?」

「ん、ああ、ごめんごめん。想像していた姿と違ったからびっくりしちゃって」

 

 にとりがおそるおそるといった様子で話しかけてきたことにより、四月一日は我に返る。頭を抱えていた手を放してにとりに応じた。

 

「えっと、ここが河童の里でいいんだよね?」

「うん、そうだけど」

「よかった~。今日はちょっとお願いがあって来たんだ」

「お願い?」

 

 眉を寄せるにとりに彼は期待を込めて言う。

 これが原因、またはこれが理由で幻想郷に来た――来させられたのだ。

 四月一日にしてみればやっと目的の品の目処が付きそうなところだった。

 

「河童の胡瓜を分けてほしいんだけど、頼めるかな?」

「胡瓜? うん、別にいいけど……って、ちょっと待ってよ!」

 

 にとりが了承し、すぐに言葉を止める。

 四月一日は不思議に思い、尋ねた。

 

「えっ、何かな?」

「私の話聞いてたの? 帰れ。妖怪の山は危険がいっぱいなんだぞー」

 

 おどかすように言われるがそんなこと百も承知である。実際に襲われてもいる。しかし、今の四月一日にとってにとりは、想像とのギャップと幼く見える容姿もあってか単なる年下の女の子であった。

 

「心配してくれるんだね。ありがとう」

「そうだけど……違う! 河童と人間は盟友だから教えてあげてるの!」

「うん、そうだね。俺は四月一日君尋。こっちのが管狐の名前は無月。幻想郷の外から来たんだ」

「誰が名乗れって言ったよ!? 早く引き返しな……って外来人かよ!」 

 

 驚くにとりだが、今度は彼女が頭を抱えてうずくまる。

 

「めんどくさいことになった、ほんとめんどくさいことになった……」

「何かあったの?」

「あったよ、外来人が河童の里に現れたことの他にもね」

「どんなこと?」

「胡瓜畑に……待てよ、場合によっては好都合か」

 

 先ほどまでの態度と打って変って、腕を組んで何事かを唱えるように呟くにとりに四月一日は首をかしげる。

 きゃんきゃんわめいてたかと思うと何かを計算しているかのように精神を集中している。どうやら彼女は感情の浮き沈みの激しさの他にも思考の切り替えの早さも持ち合わせているようだ。

 四月一日の眼前、にとりは立ち上がると口の端を吊り上げるように笑った。

 

「いいよ、四月一日。河童の胡瓜を分けてやる。その代わり、私の頼みを聞いてもらうからね」

 

 それは決定事項のような言い方だった。現に手段を持たない四月一日にはそれしか道がない。

 そのために四月一日は頷くことしかできず、そしてまた当然のように呼び捨てであった。

 

 

 

 ●

 

 

 滝つぼに流れ込む二つの川のうち、三人の河童たちが向かったのは右側から流れてくる川沿いの道であり、四月一日がにとりに連れられて歩いているのは左側の川岸であった。川は右手の崖と左の整備された岸に挟まれた形になっており、岸の左手には薄らと青葉の木々が連なっていた。

 

「あっちの道を行くと河童たちの工房があるんだ。で、こっちの道を行くと畑に出る」

 

 前方を指差しながらにとりが説明する。

 四月一日は『工房』というフレーズが気になったので好奇心で尋ねてみることにした。

 

「工房って?」

「工房は工房だよ。河童たちの工場(コウバ)で研究室で実験室で仕事部屋で最後に住居」

「住居はおまけなのか……」四月一日は苦笑した。「どんなモノを作ってるの?」

「昔は光学迷彩のスーツとか作ってたけど、今は高エネルギー技術かな。どちらかというと技術そのものに関心がある感じだけどね」

 

 光学迷彩スーツ。

 よくはわからないがなんかすごそうなスーツだ。

 

「高エネルギーというと、太陽エネルギーとか?」

「正解! よく知ってるね」

 

 四月一日の回答に彼の前を歩くにとりが勢いよく振り返った。

 突然のことに思わず驚いた四月一日を気にすることなく、にとりは言う。

 

「理想としては核融合による核エネルギーの制御なんだけど、なかなか上手くいかなくてね」

「……え?」

 

 この子、今さりげなくすごいことを言ったような……。

 

「もしかして、今核融合って言わなかった?」

「言ったよ。核融合によって生じるエネルギーがあれば機械技術が大きく発展するらしいんだよ。その分、超高音超高圧で扱いが難しいみたいだけど。それで八咫烏の力を持った鴉の捕縛に行ったんだけど……って私は行ってなかったんだっけ」

「……」

 

 やはり聞き間違いではないらしい。

 八咫烏など言葉の後半部分は意味がわからなかったが、目の前の少女が核の力について研究していることはわかった。

 

「すげー河童すげー……」

 

 四月一日は驚愕するがどこがどううすごいのかまではわからなかった。

 核エネルギーなどただ単に難しそうな技術という印象しかない。

 

「この前までは山の神様の発案で、皆でダムを作ってんだけど途中で飽きちゃってね」

「ダムを作るとか、河童ってすごいんだなあ……ていうか飽きたのかよ!」

 

 どこか遠くを見るような目で四月一日は呟き、すぐにツッコミを入れた。

 彼の河童像は完全に一新させられていた。というよりはせざるを得なかった。

 化け物のような姿を想像していたのに、現れたのは見た目普通の女の子。

 獣に近い生活をしていると思っていたのに、実際は研究熱心な知的生活。

 ここに来て、四月一日の中の河童像は一八〇度変化していた。 

 ……それになんだよ、山の神様の発案って。

 

「我ながら河童は集団行動に向かない種族だからね。協調性なにそれって感じだし。個人主義って奴。好きなものを好きなように作る。やりたいことをやりたいようにやる。まあ、四月一日は知らないと思うけど幻想郷にいるのはそんな奴らばかりだよ。その中でもさらに突出しているのが河童なんだ」

 

 にとりが片手を広げる。雨が降らないか確かめてるのかもしれない。

 

「太陽の光が邪魔だという理由で幻想郷中を紅い霧で覆った奴もいれば、庭の桜を咲かせたいという理由で郷から春を奪った奴もいる。月を隠した奴もいれば何度も宴会をさせた奴もいる。他にも色々あるけど、幻想郷ってのはそんな連中の集まりなのさ」

 

 あっけらかんと言い放つにとりに四月一日は常識がブレイク寸前であった。

 紅い霧?

 春を奪う?

 月を隠す?

 挙句の果てに何度も宴会をさせたってどういう意味だよ?

 

「非常識すぎるだろ幻想郷!」

「あはは、幻想郷では常識に囚われてはいけないのだ。四月一日もどっかの巫女みたいに悟るといいよ」

 

 そう言って、にとりはケラケラ笑う。

 その巫女の人も苦労したんだろうなあ、と見知らぬ誰かに共感する四月一日だった。

 

「と言ってる間に着いたよ、ここが河童の胡瓜畑だ」

 

 にとりの言葉通り、木々が途切れて畑が現れる。

 四月一日がそちらに目を向けると一段と盛り上がった土――(ウネ)が森の手前まで何本も並列に伸びていた。畝では緑色の蔦が笹竹で組まれた支柱に蜘蛛の巣のように絡まり、所々に黄色のかわいらしい花を咲がせていた。

 

「ちょうどいい時に来たね。今は収穫の時期だから好きなだけ持って行くといいよ」

「うん、ありがとう」

「ただし、お堂の前でも言ったけど胡瓜をあげる条件として頼み事を聞いてもらうからね」

「俺にできることなら何でもするよ」

「ああ、人間である四月一日にしかできないことさ」

 

 にとりが不適に笑い、畑に足を踏み入れる。

 

「こっちだ。付いてきな」

 

 四月一日もにとりの後に続いて畑の中に入る。よく実のなった胡瓜はいい具合に緑色であった。当然ながらスーパーに並んでいるものよりも新鮮でどことなく美味しそうに見える。

 

「四月一日にはアレをどうにかしてもらおうかね」

 

 畝の端で止まるとにとりが指す畑の奥、森に隣する位置に祠があった。開いた本を被せたような造りの切妻屋根だ。両開きの戸がは閉められ、戸の上部には注連縄が巻かれている。

 

「あれは……祠?」

「そうだよ。山の神様を祭る祠さ。といっても頂上にいる神様たちのことじゃない。昔からいる山の神様の一人をまつる祠だ」

 

 そういえば、雛が守矢神社という山の頂上にある神社について話していた。

 妖怪から信仰を集め、神徳として還元するのが目的らしい。そして神徳は妖怪の生活を豊かにすると。もしかするとダムを作るという山の神様の発案もその神徳に関わるものなのかもしれない。

 

「それで、あの祠をどうすればいいのかな?」

 

 四月一日が問うと、にとりはサイドポケットからモンキーレンチを取り出し祠に向けた。

 

「アレというのは祠のことじゃなくて、祠の周りにある――」

 

 にとりが祠をモンキーレンチで丸で囲むように手を動かし、アレの名前を言う。

 

「――瓢箪(ヒョウタン)のことだよ」

 

 見れば祠を取り囲むように蔦が生え、蔦の先にはくびれを持った黄緑色の大きな瓢箪の実が十数本ほど地面に横たわっていた。蔦は森の茂みの方から伸びており、徐々に胡瓜畑を侵食しているようだった。

 

「四月一日には祠の周りの瓢箪を片付けてほしいんだ」

「あ、それくらいなら……」

「瓢箪の実は好きにしてもらって構わない。何なら河童の瓢箪として人里で売ってもいいし、畑の前の川に捨ててもいいよ」

 

 川に捨てるのは違法投棄のようで四月一日には何となく躊躇われた。だからといって人里で売ろうにも何かしらの伝手があるわけではない。一本ぐらい持ち帰って後は川に捨てるのがいいかもしれない。というよりは河童たちが自分で片付ければいいと思うのだが、その辺は色々と事情があるのだろう。

 

「それじゃあ、ちょちょっと頼むよ」

「うん、任せて」

 

 四月一日は頷くと祠の前にしゃがんで瓢箪をつかみ、力を込めて蔦を千切る。

 簡単には切れないがそれでも力を込めればどうにか千切ることができた。

 取った実は祠の横に置き、これを十数回繰り返すと後は祠を囲む蔦だけになる。

 にとりは太陽の下にいる気はないらしく木陰に入って座り、四月一日の作業を何とはなしに眺めていた。

 彼は蔦をつかんでひとまとめにすると森に向かって投げた。これで祠を取り囲む瓢箪は無くなり、幾分スッキリしたようであった。

 

「ふう、これで全部無くなったかな」

「おお、さすが人間。助かったよ」

 

 にとりが立ち上がり、嬉しそうに微笑む。

 

「まさに瓢箪から駒だ」

「ハハ、上手くないから……」

 

 ドヤ顔でのたまうにとりに、四月一日は愛想笑いで応じた。

 

「さあ、約束通り胡瓜を持って帰っていいよ」

「じゃあ四、五本もらおうかな」

「それだけでいいの? まあ、四月一日がいいなら別にいいんだけどね」

 

 あまり多すぎても困るし、モロキューにする分も含めてこれくらいが妥当だろう。

 今さらながら、入れ物を持ってくればよかった、と後悔する四月一日だった。

 

「ところで、四月一日ってこんなところまでよく来れたよね。空を飛んでくるならまだしも、歩いて河童の里に来た人間なんて四月一日が初めてじゃないかな?」

「へえ、そうなんだ」

 

 雛も言っていたがやはり幻想郷では空を飛ぶことが一般的であるらしい。

 

「行きは無理やり連れていかれたというか、飲み込まれたというか……」

 

 歯切れの悪い口調になってしまった。

 鏡に触れたら鏡に飲まれてしまい、気づいたら玄武の沢にいたわけである。

 

「玄武の沢まではバイト先の人に連れてきてもらったんだけど、そこからは案内してくれた子がいて……」

「……ちょっと待って、今、玄武の沢って言った?」

 

 にとりの声音が変わっていた。

 先ほどまでのお気楽な調子ではない。どこか真剣でどこか落ち着かない声音だ。言うなれば逸る気持ちを無理やり押さえつけているような雰囲気だった。

 

「うん、そこで会った子に河童の里の手前まで案内し――」

 

 四月一日は最後まで発言することができなかった。

 なぜならにとりに胸倉をつかまれ、引き寄せられていたからだ。

 

「その子の名前、何て言うのっ?」

 

 にとりの顔が近くに迫る。

 普段の四月一日なら女の子が急接近したことに顔を赤くするだろうがにとりの表情がそれを許さなかった。悲痛な表情でこちらを見上げているのだ。眉尻は下がり、四月一日には今にも泣き出しそうな表情にも見えた。

 にとりの突然の豹変に四月一日は呆気に取られながら答える。

 

 

「鍵山雛ちゃんだよ」

「――っ!」

 

 四月一日の胸倉をつかむ力が強くなった。

 彼女にとって鍵山雛という名前はそれほど重要なものなのだろうか。

 

「……雛、私のこと何か言ってなかった?」

「いや、特には……ただ」

「ただ?」

 

 期待を込めたような視線で見つめるにとりに、四月一日は申し訳なさそうに告げる。

 

「『いざとなったら私の名前を出すといいわ』って言ってた。『何らかの便宜を図ってもらえる』だろうからって……」

「……そう」

 

 落胆したようににとりが手をゆるめた。うつむき、肩を落とす姿は四月一日の目から見ても辛そうな様子だった。

 

「あ」

 

 だからだろう。その姿が四月一日に一つの悲痛を思い浮かばせた。

 河童の里までの道案内を頼まれた雛の表情。一瞬だったが四月一日は見逃さなかった。

 苦虫を噛み潰したようなあの表情を。

 

「そういえば雛ちゃん、河童の里のまでの道案内を頼んだ時、一瞬だったけどどこか辛そうだったような……」

 

 そこから先、にとりの行動は早かった。

 いきなり空に飛び上がったのだ。

 

「河城さん!?」

「ごめん! どうしても雛に会わなきゃ!」

 

 四月一日は呼び止めるが、返ってきたのは詫びの一言だった。

 

「会って伝えなくちゃ……」

 

 苦しげな言葉を残し、にとりは飛び去っていったのだった。

 

 

 

    




 今さらですけど、原作風に表現するなら「河童の里」ではなく「河童のアジト」です。
 原作に河童の里という言葉は出てきません(たぶん)。
 本作では話の雰囲気的に「アジト」というよりは「里」の方が適切だと思いましたので、河童の里という表記にさせて頂きました。
 アジトっていうとショッカー的ニュアンスが強い気がします(笑)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。