一
「ヒッ]
思わず悲鳴を上げて立ち上がり、スクリーンの水面を見つめた。どれくらい時がたっただろうか、あの娘が水面から顔を出した後、気がつくと席に崩れ落ち足は震え、手は固く握りしめられ開くことさえままならかった。生きた心地がしないというのは、こういう事を言うのだろうか。
すぐにでも、あの娘の元へ駈けつけようとして思い留まった。いつもと異なり、私が居るのは一般席。ここで私が出たら、余計な混乱を招きかねない。スクリーンの中のあの娘はケガもなく、顔色も悪くないように見える。取り敢えずは大丈夫と判断し、私は、後ろ髪を引かれる思いで、会場を後にした。
途中、まほから連絡が入り、現状説明と、あの娘や救助された黒森峰生に別状は無いが、念の為、医者の検査を受けるとの連絡が有り、まずは一安心。戦車道連盟からも、同様の説明と不手際に対する謝罪の電話が入った。
二
家に戻ると、まほから再度連絡が有り、精密検査を受けたが問題無しとの事で、安堵の溜息を漏らした。
まずは落ち着いてどう対処すべきか考えた。救助行為で有るだけに、表立ってあの娘の行為を非難する者は居ないだろうが、あの娘への不満は燻るだろう。
そして何より、あの判断は不味い。本物の戦争ならどうなるか。助けた部下と共に戻ってきたら、隊は全滅、戻るべき所は無い。そういう事だ。もちろん、戦車道はスポーツで戦争ではない。だが、スポーツの世界は結果が全て。フェアプレイは話題になっても、評価や結果には結び付かない。ましてや、黒森峰には戦車道に人生を賭けた生徒が多数居る。いづれにしろ、指揮官としては問題だ。
それにあの行為は、2次災害に繋がったかもしれない。水難事故は救助者の二重水難が多い。あの状況で飛び込むのは、結果的にうまく行ったからいいものの、極めて危険な行為だ。救助隊ですら、何の装備もなしに飛び込む事はない。あの行動については、あの娘自身に良く考えさせる必要が有る。それに何よりも自分の命を大切にして欲しい。正直、あんな思いは2度としたくない。
三
改めてこの娘を前にすると、無事で居る事の安堵感と、又、あんな事をするのでは無いかという恐怖が蘇ってくる。
だからこそ、私は、西住流の言葉に思いを託し、娘を諭した。
「貴方も、西住流の名を継ぐ者なのよ」
「西住流は何が合っても前へ進む流派(西住流は、常に冷静に判断し、最善の道へ進む流派)」
「強き事、勝つ事を尊ぶのが伝統(心を強く持ち、目的を遂げるべく全力で挑むのが伝統)」
「で、でも、お母さん」
「犠牲なくして、大きな勝利を得る事は出来無いのです(目的の為には、時には無理な指示もしなければならない事も有るのです)」
「あ…」
果たして、あの行動は指揮する者として正解なのか、冷静に考えなさいと[何が合っても前へ進む]という言葉に込めて叱責したのだ。そして何よりも、冷静に考える事で、あの行動の危険さにも気づいて欲しいという、親としての切実な気持ちも込めて。
娘は頭を垂れて、暫く逡巡した後に顔を上げると、突然、宣言するかのように言った。
「わたし」
「戦車道を辞めます」
一瞬何を言ったのか解らなかった。いや、頭が理解を拒否したのだ。暫くして、ようやく娘が戦車道を辞めると言ったのだと理解した。
「みほ、何を言ってるんだ」
まほが突然声を上げたが、手をかざし制した。おそらく私と同じように、すぐには理解できなかったようだ。
そう、何を言っているのかと。西住の家に生まれて、戦車道を辞めるなど出来るハズがない。本人の意思の問題ではない。回りがそれを許さないのだ。仮に止めたら止めたで、地獄だ。進むも修羅の道なら退くも地獄。この娘はそれがわかっていない。
さらには、隊長として統べる姉の苦労も理解していない。どうやら、少々甘やかしスギたようだ。そう考え、思わず、叱責しようとして、踏みとどまった。まずは冷静になる必要が有る。
どうしたものかと、この娘の顔をみると、いつもの迷うような表情ではなく、深い悲しみの色が見て取れた。いや、それだけではない。その悲しみの目の底に、蔑みの色がまじってはいないだろうか。それに、先ほど、まほにも、同じ目を向けていなかっただろうか。
そこで、初めて、自分の言葉が、勝利の為には手段を選ばないと、受け取られた事に気がついた。違う。そういう意味では無い。最善の道とは何かを再考しなさいという意味で言ったのだ。いつもの西住流の言葉、もう、理解しているものと思っていたのだが、この娘は理解していなかったようだ。
しまったとほぞをかんだが、もう後の祭り。一度言い出すと、誰に似たのか、この娘は頑固だ。子供の頃のやんちゃさは長じて影を潜めたが、これだけは変わらない。いづれにしろ、今、誤解された状況で話しても、拗れるだけだろうと、終わりを告げた。
「本日はここまでとします。暫く時間を置き、再度話しましょう」
「それまでの間、みほも自分の言った事をよく考えなさい」
四
後日、再度話し合う事としたが、あの娘の事だ、多分、撤回しないだろう。
あの娘を黒森峰に入れるのには迷いもあった、何より、あの娘が黒森峰に入る事に不安を感じているのも理解していた。だが、他の学園へ行くという事は、黒森峰の敵を作り、まほとあの娘が戦うという事でもあり、それは出来るハズもなかった。なにより、二人の共闘も見たかった。あの娘の性格には合わない事は承知していたが、まほがいるので、大丈夫だろうと進めたが…。
あの後、まほに黒森峰でのあの娘の様子を確認すると、いじめなどもちろん無いし、批判も無いという、が、肯定も無く、それがあの娘には耐えられないのかもしれないと。又、黒森峰生は、まほに接するのと同じようにあの娘にも接しているらしく、結果、友達も出来ず、随分と寂しい思いをしているようだとも。そのせいか、黒森峰に対する思い入れも無い様子だとも。
「…。でも、一年生は、みほを慕っています。それに、元々、黒森峰は不測の事態に弱い。その対策をと、みほを中心に進めて居たのですが、ご承知のように、それが、裏目に出ました。ですが、今回、不測の事態に弱い事がハッキリしました。そして、その対策にはみほが必要です。ここで、みほが辞めたら、黒森峰戦車隊は瓦解します。みほは、黒森峰にとって、どうしても必要です」
まほにしては、珍しく気弱な事まで言い出した。おそらくは3年生やOG会・後援会等を中心に、暗に批判が有るのだろう。あの娘が西住の名前を背負っているがゆえに、表にでてこず、結果、事故を起こした生徒への批判も顕在化していないという所なのだろう。当然、あの娘がいなくなれば、批判が噴出、分裂しかねないし、その矛先は事故を起こした生徒にも向かうだろう。あの娘は、それもわかっていない。上に立つものの苦労を。
それにあの娘には天賦の才が有る、のぼせてもらっては困るので、あの娘に面と向かって言った事は無いが、恐らくは、まほさえも凌駕しているかもしれない、天才と言っても良いだろう。そんな娘が、戦車道を辞めるなど、戦車道選手に対する侮辱だ。西住流師範代としてだけではなく、一介の戦車乗りとしても、そして、母としても、到底認められる事では無い。
五
その後、数日間、とにかく、どうしたものかと考えていた。恐らくは黒森峰で戦車道を続ける事は無理だろう。となると転校だが…。あの娘は戦車道を辞めたがっている。転校するにしても、戦車道の有る学校は忌避するだろう。が、一旦は辞める事を認めても、いずれは戻ってもらわなければならない。第一、回りがそんな事を許すハズが無い。となると、辞めるにしても、戦車道の有る高校となり、必然的に、その高校はベスト4か、せめてそれに準じる学校となる。
そうするとサンダース・プラウダ・グロリアーナ・アンツィオ・継続という所か。プラウダはあの娘の性格からみて無理だろう。サンダースの校風はあの娘にも合うだろうが、距離的に近いから嫌がるだろう。となると適度に距離も離れていて、校風も悪くないグロリアーナか、もしくは、今のあの娘に必要な明るい校風のアンツィオという所だろうか。そう言えば、グロリアーナの隊長、アールグレイとか言っていただろうか、面会の要望が来ていたが…。
「師範代、蝶野さんがいらっしゃいました」
ああ、そう言えば、蝶野さんとプロリーグの件で打ち合わせの予定だった。
六
打ち合わせが終わた時に、蝶野さんが、最後に、ずうずうしいお願いが有るのですがと切り出して来た。ある学校が、廃校を阻止する為に戦車道を復活すべく、模索しているとの事。何分、素人しか居ないので、引いては指導教官を紹介して貰いたく、心当たりはないかという話だ。
条件を聞くと、夏まで、その後は試合結果によるが、雇用は産休補助教員扱いとなると。さすがにそれは難しいわねと返すと、
「やはり顔の広い師範でもダメですか。まあ、難しいのは承知でしたので、致し方ありませんね。本当は経験者が欲しいらしいんですが」
経験者という言葉が気になり、蝶野さんに、パンフレットを見せ貰て貰う。冊子では無いのねと返すと配布用のPDFを印刷したものだとか、郵送請求しても来るのは同じですよと。
パンフレットを見ると、特に何も特徴の無い学校で、寧ろ、その特徴の無さを強調しているかのような内容だ。フト、こういうアットホームな雰囲気はあの娘に合っているかもしれないと考えた。
それに、あの娘には自らの意思で戦車道を選ばせ、そして指揮を取る事で上に立つ者の苦労を経験させたほうが良いだろう。さらには、廃校の危機という重責も、あの娘には調度良い試練かもしれない。そうすれば、あの甘えた娘も少しは回りが見え、姉や母の苦労も理解出来るようになるのでは無いか。
気づくと蝶野さんがどうしましたかと聞いてくる。どうやら考え込んでいたらしい。そこで私は蝶野さんに提案した。優秀な経験者を1名転校させられるかもしれないと、今は名は言えないが、能力は私が保証すると。
但し、その娘は理由有って、今は戦車道を辞めている。その娘でも良ければと。つまり、その娘を説得する必要が有ると。それと、努力はするが転校するかどうは保証出来無い事。パンフレットとWebの経験者募集の文言は削除し、戦車道についても総て削除する事。
その代り、上手く行かなかった場合は、私が責任を持って、その条件で指導教官を派遣すると。多少、西住からの持ち出しとなるが、娘の将来が掛かっているのだ、出し惜しみする所では無い。
すると蝶野さんは、分かりました、あの娘達に話してみます。多分、一両日中には連絡出来るかと思いますと言ってくれた。が、少し唇の端が歪んでいるように見えたのは、気のせいだろうか。
七
翌日には蝶野さんから、電話が来た。
「師範、条件を飲むそうです。Web等の修正も既に終了しています」
「わかりました。では、こちらも何とかしましょう」
問題は数有る学校から、どうやってあの娘を大洗に誘導するかだ。目算は有る。陸上校なら戦車道の無い学校は多数あるが、学園艦で関東と限定すれば、戦車道の無い学校は大洗を含めて2〜3校程度。ましてや同好会レベルの物まで含めると、全く無いのは大洗くらいのハズだ。それに、それでもダメなら、あの手が有る。
週末あの娘を呼び出し、再度、あの娘と話すと、やはり撤回するつもりは無いと言う。それならば、致し方ない。そうとなれば、黒森峰から転校となる、どこが良いか自分で決めなさいと言い渡す。
娘は驚いた顔を見せる。よもや認められるとは思ってなかったのだろう。もちろん認めるつもりなど、はなっから無い。本来なら、こんな島田流のような迂遠なやり方は嫌いだ。私は思った事を真正面から言うのが心情だ。が、今回ばかりは、さすがにそれでは、ぶち壊しに成る事は承知している。これには娘の将来が掛かっているのだ。手段を選んでいる時ではない。
娘の驚きの顔には、一瞬、何か言いたく成ったが、努めて冷静に、可能なら学園艦で関東近辺にして欲しいと話しを続けた。
学園艦を希望するのは、自立した心の強い女性に育って欲しという、せめてもの母親としての娘への思いだと。関東近辺としたのは、熊本近辺は貴方も忌避し遠くに行きたいでしょう。関東近辺なら、離れているし私も行きやすいと伝えた。
学園艦の話しをした時に、迷うような表情を見せたので、本当は陸上校なら比較的会える機会も多いでしょうがと話すと、娘が反応した。これで、学園艦に決まりだ。しかし、私は余程嫌われているらしい、悲しく成ったが堪えた。
関東近辺の話しをした時には、今度は嫌そうな顔。さすがに危うく怒鳴りそうに成ったが、とにかく抑えた。まったく、母親を何だと思って居るのだろう。地方と異なり、関東なら家柄云々は低いだろうし、西住の名の影響も低いだろうと水を向けてみた。まあ、関東だからといっても、学園艦では会う機会も少ないでしょうがとも付け加えてみたところ、考えるような素振りを見せたので、あの手は出さなかった。出来る限り、娘に自ら決めさせる必要が有る。まあ、答えを聞いてから出しても、遅くは無いだろう。決まったら又来なさいと、終わりにした。
八
暫くして娘が来て、幾つか候補が有るのだが、第一希望は此の学校と言って出したのは大洗だった。思わず安堵した。
まずは第一関門突破。私は安堵感が顔に出ないように注意しつつ、無理に私の意を汲んでくれなくてもよいのよと話すと、自分でもこの学校の雰囲気が好きだと。他の学校で戦車道の無い学校は有るのだが、いずれも進学校で好きになれないと。それに、海の上にある学園艦が好きだと。
「それならば、そこにしましょう」
残る問題は黒森峰だ。娘には戦車道の無い学校への転校は認めるが、年度いっぱいは黒森峰で戦車道を続けるように言い渡す。今の3年さえ卒業すれば、残るはまほと同学年の2年と下級生の1年だけ。これなら、なんとか抑えられるハズだ。
後は、大洗の未来の友人達に賭けてみるしかない。
「はぁ〜...」
まったく何て手の掛かる娘だろう。ああ、そうだ、結局あの手は使用しなくて済んだが、教えるべきだろうかと一瞬悩んだ。が、やめた、これだけ手間をかけさせたのだから、これくらいの意地悪はいいだろう。それに、あの娘の事だから、いずれ気づくに決まっている。
大洗にはボコミュージアムが有る事に。
本作品ですが、みほが大洗に来たのは、偶然にしては出来過ぎのように思えた事から、みほが大洗に来た経過を原作(アニメ)に沿った形で、原作と辻褄が合うように推測し、物語風に纏めてみたものです。
実はストーリ自体は、半年前に既に推測が終了していたのですが、自分の文章力のなさから、今まで投稿できずに居ました。只、さすがにそろそろ、同じような推測をする方が出てくるのではないかと思い、稚拙な文章ですが、思い切って投稿してみました。
尚、本作は下記作品の設定に準拠しています。おかしな点が有りましたら、ご指摘等は多いに歓迎します。
TV版アニメ
劇場版
又、下記作品も原作からズレない範囲で参考としています。
リボンの武者
リトルアーミーⅠ・Ⅱ
最後に、水難事故については、下記Webを参考としました。
水難事故の救助法について
http://bayside.gig.jp/sp/suinan-01.htm