ぼっちの門 〜圓明流異聞〜   作:エコー

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九、龍造寺つむぎ

 

 

「じゃあ、最後はあたしね」

 

 道着の襟を直して目の前に立つのは龍造寺つむぎだ。その後方で未だに正座を続ける千葉支部長が若干哀れである。

 まあ、いくら龍造寺が黒帯といってもあの眉無しきんにくんよりはマシだろう。

 さっさと負けてお家に帰ろう。

 ……と、思っていた時期もありました。

 

「始めいっ」

 

 中年男性が正座のまま声を張るという、シュールな幕開けをした龍造寺との組手。

 

「あ、最初に言っておくけど、あたしのは空手じゃないから」

 

 は?

 

「それと、全力でやらないと……死ぬよ」

 

 ……え?

 

「よし、じゃあ……いくよ」

 

 言い放った龍造寺の雰囲気がガラリと変わる。

 ──なんだこれ。

 龍造寺の構えは、確かに空手とは違う。だが、見覚えはあった。

 これって。

 

「……陸奥、圓明流、か?」

 

 肩幅に開いた足は左が若干前に置かれ、踵を浮かせないベタ足。背中を少し丸めて、前方に突き出した左手は拳を作らずに軽く握る程度。

 ──その構えは、動画サイトで何度も見たものと同じだった。

 

「ふふっ……正解」

 

 その瞬間、本当の地獄が始まった。

 

「まずは、これっ」

 

 ──速い!

 予備動作無しで踏み込んだ龍造寺の右ストレートが顔面に飛来する。どうにか捉えられる速さだ。

 反射的に頭をずらす。が、頬を掠めた龍造寺の右手は、気がついたら俺の襟を掴んでいた。

 そのままターンした龍造寺に簡単に背負われ、投げられる。

 受け身を取れずに畳に打ち付けられた背中の衝撃が胴体全域に伝わり、瞬間呼吸が止まる。

 

「さあ立って。まだまだよ」

 

 え、普通なら今ので「一本」じゃないの?

 しかしその声を発する役割の眉無しきんにくんは微動だにしない。正座を崩しもしないで静観していた。

 

「……本気で反応して。多分、身体は覚えてるから」

 

 身体が覚えているとは……どういうことだ。

 よろよろと立ち上がる俺に、次の攻撃が迫る。

 ありえない速さの踏み込みで襲来した龍造寺は、俺の頭を掴んで後方へと倒す。と同時に膝が眼前に迫る。

 やばい。これを喰らったら……死ぬ。

 ──!

 本能なのだろうか。咄嗟に身体が動く。動き方が解る。

 頭を掴む龍造寺の手首を掴んで捻りながら引き剝がし、後方へ倒れ込みつつも頭部の拘束から逃れる。

 その手を離さずに身体をずらし、膝蹴りを避ける。と同時に肘の関節を極めて……それからどうする。

 どうすりゃいい。

 

「甘いっ」

「……っ!?」

 

 肋骨の間に細い指を差し込まれる。

 痛い。息が出来ない。

 なんだこれ。なんだこれ。

 訳がわからない。

 龍造寺の手を離して転がる様に距離を取って立ち上がるも茫然とする俺に、三たび攻撃が襲う。

 低い態勢から踏み込んだ龍造寺のアッパーカットが俺の顎先を襲う。辛くもその拳を避けると、そのままその肘先が鳩尾を狙って飛び込んでくる。

 ──そこで、またしても身体が勝手に反応した。

 そのまま龍造寺の左手を掴んで、跳ぶように後ろに倒れ込む。が、龍造寺はそれより大きく跳んだ拍子に俺の右手を振り払った。

 

「手加減無しかよ、お嬢……」

 

 結局背中から畳に落ちたのは俺だけだ。龍造寺は既に立って次のモーションに移行している。

 攻撃を、と一瞬頭を過るが、女子を殴ることは出来ない。ならば川崎の時と同じ方法しかない。

 初めて自分から踏み込む。右手を延ばして龍造寺の肩を掴んで──。

 

「それ、さっき見たよ」

 

 その掴んだ手をいとも簡単に切った龍造寺は、俺の背中に回り込んで伸び切った腕を取って肘を逆に極め、そのまま俺は背負われた。梃子(てこ)の原理で可動方向と逆に負荷を掛けられた右肘が悲鳴を上げる。

 その時、脳内に映像が浮かぶ。

 

 ──投げられて、同時に腕を折られる。

 そして、頭から落下。着弾の瞬間に俺の後頭部は蹴られ、落下の衝撃で頚椎が折られる──。

 

 それは、ほんの一瞬のビジョン。

 だが俺の行く末は分かった。解ってしまった。

 確認する。

 幸いにもまだ足は地についている。

 ならば……跳べばいい。

 そこからは無意識だった。

 自ら後方に跳んで、龍造寺の背中ででんぐり返しをしてその眼前に着地。その際に少々右腕の筋を傷めたが、まだ動く。

 逆に龍造寺の手を取って、腕ひしぎ十字の態勢へ移る。その際、無意識の右足が龍造寺の顎先へ当たってしまう。

 急所である顎先を打ち抜かれた龍造寺は背中から畳に落ちる。あとはこの極めた右腕を折っ──。

 

「そこまで!」

 

 ……!

 ドスの利いた声で我に返る。慌てて龍造寺の右腕を解放、土下座の態勢へと移る。

 

「す、すまん……そんなつもりじゃ」

「──顔を上げて、ね?」

 

 恐る恐る顔を上げると、そこには右腕を庇いながらも微笑む龍造寺がいた。

 

 

 

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