ぼっちの門 〜圓明流異聞〜   作:エコー

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十一、比企圓明流

 

 

「あんたも圓明流なのでしたぁ〜」

「……はあああああっ!?」

 

 お袋の余りにも軽く告げたとてつもなく重いカミングアウトに、俺の絶叫が木霊する。

 同時に離れたテーブルにいた雪ノ下、由比ヶ浜、川崎の女子三人衆が一斉にこちらを向いた。

 

「ちょ、ちょっと待て……それ、マジ?」

「うん、マジ」

 

 おいおい。

 そんな重大なことを人前でサラッと告げるなよ。

 圓明流ってあれだろ。歴史の陰に生き、裏で動く感じじゃないのかよ。

 

「し、知らなかった……俺が、陸奥」

「あー、違う違う」

「じゃあ、まさか……不破?」

「ブッブー、はっずれー」

 

 え。

 じゃあ何だよ。なに圓明流なんだよ。

 

「正解は、比企(ひき)圓明流でしたぁ」

 

 ──俺の厨二病の設定まんまじゃねぇかっ!

 

  * * *

 

 お袋の話によれば、だが。

 比企圓明流の成り立ちは鎌倉時代まで遡るらしい。詳しい話は後でへらへらにこにこしているお袋を問い詰めるとして──

 とにかく比企谷家は代々「比企圓明流」を継いできたという。

 ついでに発覚したのだが、俺の親父は比企谷家に婿として入って来たらしい。

 親父の家庭内ヒエラルキーの低さの原因はそんな所にあったのね。跡取りの筈である俺が最下層なのは未だに不明だけど。

 

「で、なんやかんやあって、結局お袋が比企を継いだってことか」

「そそ。そういうこと。でも安心して。あんたに継げとは言わないから」

 

 お袋は寂しそうな笑顔を浮かべてそう告げた。

 昔のお袋は、比企圓明流を継がせるべく俺を鍛えていたらしい。

 圓明流を継がせないことをと考え始めたのは、俺が八歳の時に記憶喪失になったことがきっかけだったと云う。

 だがもし、今日記憶が戻ることがあれば継がせるつもりだったとも云う。

 

「実際に仕合をしても、陸奥の技に触れても……あんたの記憶は戻らなかった。それって、天啓だと思うのよ」

 

 天啓、か。

 便利な言い訳だ。

 確かに俺の記憶が戻らないことは誰の責任でもない。言ってしまえば俺自身の問題だ。

 しかし、その所為で脈々と受け継がれてきた比企圓明流はお袋の代で潰える。お袋にしたって、女だてらに圓明流を継ぐなんて葛藤があっただろうに。

 なら、記憶が無い俺が継いでも──。

 

「やめな、八幡」

 

 不意の言葉に思考を断ち切られる。

 

「あんたの考えくらい分かるんだよ。それにね、もう決めたことだから」

 

 思考を断ち切った本人、お袋は、相好を崩してさらに続けた。

 

「だって、もうそういう時代じゃないものね。九十九くんだって、つむぎちゃんに陸奥を継がせてないし、不破は……終わっちゃったし、ね」

 

 それで、いいのか。

 お袋は本当にそれで後悔はしないのか。

 八百年以上続いた比企圓明流を自分の代で終わらせて、それでいいのか。

 愚問だ。人は誰だって、どんな時だって、後悔する生き物だ。だからこそ人は考える。より後悔を減らす為に。

 お袋の決断は、そういう意味のことだろう。

 自分の代で比企圓明流を途絶えさせたという後悔。自責。

 それは、次の代で同じ苦しみを味あわせない為の自己犠牲。

 なんだよ。やっぱり俺はお袋の子供だ。考えが同じ過ぎて笑えてくる。

 

「……ありがと、よ」

「なんてことないよ。決断が遅過ぎたくらいだし。重たい荷物なんて、さっさと置いちゃえば良かったんだから」

 

 重たい荷物、か。確かにそうだろうな。

 たまたまその家に産まれただけで世襲の義務が発生するなんて、人生を縛るだけの慣習だ。

 それが伝統芸能や王室、皇室ならば諦めもつくかも知れないが……。

 圓明流は人を殺せる技。世間様に顔向け出来ない技だ。そんなものを次世代に残したところで何の意味があろう。

 陸奥九十九が自分の代で圓明流を終わらせると云った真意が、気持ちが、少しだけ解った様な気がする。

 圓明流が人殺しの技ならば、代々の継承者はその人殺しの(ごう)をも受け継ぐことになる。そしてそれは計り知れない重荷となり、更に積み重ねられていくのだ。

 先祖代々人殺しの家系として。

 

「お袋は……陸奥の存在を知ってたのかよ」

「ええ、かなり昔に知ったわ。でもね、八幡」

 

 お袋の顔が再び綻ぶ。

 

「比企圓明流は、陸奥や不破とは違うの」

 

 比企圓明流が陸奥や不破と違う理由。それはそれぞれの成り立ちの違いと言うだけで、詳しくは語らない。

 

「特に八幡。あんたは優し過ぎる子だから、ね」

 

 この俺が優しいなんて、葉山あたりに聞かれたら笑われそうだな。

 

「だから、比企圓明流はあたしの代でおしまい」

 

 ぱんっ、と両手を叩き合わせて、ニカッと笑うお袋。その一本締めに至るまでに、どれだけの歳月と葛藤を重ねてきたのだろう。

 ……今度、肩でも揉んでやるか。不出来な息子として。

 

「──という訳なの。お嬢さん方も、この子の圓明流の件は内緒にしてねっ」

「──は、はいいっ」

「わ……わかりました」

「……承りました」

 

 急に水を向けられた由比ヶ浜を始め、川崎や雪ノ下までお袋の雰囲気に呑まれていた。

 場の空気が重い。この空気を打破するのは、いかに由比ヶ浜といえども難しいだろう。

 ならばここは当事者であり肉親の俺が崩すか。

 

「……だったら最初から傍聴者がいない時に話せばよかっただろうが」

「だってほら、もう喋っちゃったし。それに──」

 

 離れたテーブルにちらりと向けられたその目は、俺からは見えない。でもその後の言葉を聞けば見当はついた。

 

「喋っちゃったらどうなるか……想像ついちゃうもんねぇ」

 

 こえぇ。

 言外に含められてそうな言葉が恐えよ、お袋さん。

 

 




次回は今話、十一話の裏です。
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