ぼっちの門 〜圓明流異聞〜   作:エコー

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二、転校生

 

 

 転校生の云々があった後の放課後である。

 奉仕部の部室では女子二人がその転校生について話していた。といっても、その実は由比ヶ浜が一方的に雪ノ下に話しているだけなんだが。

 

「──でね、その子ってヒッキーのこと知ってたんだよ。ね、怪しいでしょ」

「確かに怪しいわね。二つの意味で」

 

 雪ノ下が読みかけの本から視線をスライドさせてくる。それに俺は、文庫本に目を向けたままで応える。

 

「それって俺の存在の怪しさも含まれてるわけ?」

「あら、どちらかといえばあなたの存在の怪しさがメインなのだけれど」

「……さいですか」

 

 ふっ。この程度の口撃ならば慣れっこさ。何なら暴言が来ないと不安になるまである。

 だから由比ヶ浜よ。憐れんだ目を俺に向けないでね。本当に憐れになっちゃうから。

 

「そういえば、B組にも転校生が来たんだよねー」

「先月の中頃だった筈よ。名前は確か……山田くん、だったかしら」

 

 トップカーストに属する由比ヶ浜は学校内の情報に明るいのは解る。

 だがどちらかといえばぼっち側に属する雪ノ下が知っているとは思わなかった。

 さすがはユキペディアさん。博学なだけじゃなく情報通でもいらっしゃる。あとは胸さえあれば姉を超える才色兼……げふん。

 

「……何故かしら。ひどく不快、いえ不愉快だわ」

 

 おっと、思考を読まれたか。つーか最近こいつらに思考を読まれることが多いな。

 まさか……これが以心伝心というやつか。

 

「……理由も解らずに否定したいという、この負の感情は何なのかしら」

 

 おっと、またしても読まれたか。まさに以心伝心だな、悪い意味で。

 ちなみにその感情を人は不快感と呼ぶのですよ、部長さん。

 

「──邪魔するぞ」

 

 突然開かれた扉から聞こえた声は、我が奉仕部の顧問であり、国語教師であり、アラサーであり、行き遅れであり、売れ残りであり、独神(どくしん)であり、少年漫画オタクでアニオタであり……。

 

「比企谷……今わたしはひどく君を殴りたい衝動に駆られている。何故だろうなぁ」

「さ、さぁ……どうしてですかね」

 

 OH、暴力反対でござる。

 あと思考を読むのもやめてください俺の生死に関わりますから。

 じろりと俺を一瞥した雪ノ下は、もはや恒例となった台詞を並べ始める。

 

「平塚先生、再三言っていますがノックを──」

「いや悪いな、久しぶりに依頼者が来たので浮かれていたよ」

 

 依頼が来て浮かれるって、この先生どんだけ俺らに苦行を積ませたいんだ。

 年齢に似合わない可愛い顔でぺろっと舌を出す平塚先生の背後には一人の眼鏡女子がいた。

 

 肩に掛かるボブカットの髪色は暗く、眼鏡の奥には目尻の下がった目が覗いている。

 まだ着崩していない制服は控え目な印象ながら、何処となく凛とした雰囲気を漂わせる少女。

 端的にいうと、地味系美少女っていうカテゴリーだ。

 だが、知らない顔だ。何なら俺にとっては全校生徒のほとんどが知らない顔だが。受ける印象からすると、適職は図書館の司書か、冒険者ギルドの受付あたりか。

 その見知らぬ女子生徒は平塚先生の斜め後ろでぺこりと頭を下げる。

 

「失礼しま……あっ、比企谷くんだぁ」

 

 顔を上げた瞬間、不意に発せられた言葉に女子奉仕部員及び顧問が固まる。何故か部屋の温度も少し下がった気がする。

 その後雪ノ下は更なる冷気を放ち始めて、由比ヶ浜は頬を膨らませ、平塚先生は指をぽきぱきと鳴らしつつ、俺を見据える。

 何なん、この疎外感。

 針のむしろの方がよっぽど居心地が良さそうじゃないのさ。知らんけど。

 

「……あなた、この女子生徒に何をしたのかしら。今なら執行猶予がつくかも知れないから素直に自白しなさい」

「えっ、ヒッキー……」

 

 一連の女子の侮蔑めいた台詞に突っ込みたい気持ちを抑えて、平塚先生に向き直る。

 

「で、この名も知らぬ生徒が依頼者ですか」

 

 あくまで知らないという部分を強調して平塚先生に問うが、反応したのは由比ヶ浜だった。

 

「えっ、ヒッキーなんで知らないの? 今日転校してきた龍造寺さんじゃん」

「あ、そうなの。寝てたから知らん」

「駄目じゃない比企谷くん。永眠はきちんと家でとりなさい」

「そんなにお前は俺を荼毘に付したいのかよ……」

「だび、って何?」

「辞書で引け」

 

 と、いつもの調子のやり取りを見つめるメガネ美少女は、若干引きつった笑顔を作っていた。

 部長がこの調子では話は進まないと判断した部下である俺は、未だ着席すら促されないメガネ美少女へと水を向けてやる。

 ふっ、さりげなく上司のフォローをしちゃう俺って、マジ社畜の才能あるのかも。まあ俺の第一志望である専業主夫には不必要な才能だな。

 

「で、西園寺さんだっけ。どっかで会ったことあるのか?」

「え……龍造寺さん、だよ?」

 

 面識などある筈がない。という前提を言外に含めて聞いてみると、由比ヶ浜の方が素早く反応した。

 なら、葉山や戸部、海老名さんにもそれ言ってやれよ。俺はヒキタニくんじゃないからね。

 あと三浦な。ヒキオって何だよ。誰も轢いてないんですけど。轢かれたことはあるけどね。

 だがあの時も身体を鍛えていたお陰で足の骨折だけで済んだんだから、俺って本当は超ラッキーマンじゃねぇ?

 おっと、本物のラッキーならば車に轢かれることもないか。残念。

 

「はは……比企谷くんは覚えてないんだね。しょうがないよね、まだ小さかったし」

 

 はにかむメガネの地味系美少女が爆弾めいた文言を呟いた瞬間、奉仕部女子二人の首がぐりん、と同時にこちらを向いた。

 うわっ、昔見たホラー映画みたい。

 

「つむぎだよ、本当に忘れちゃった……の?」

 

 は?

 俺ってこのメガネ美少女と会ってるの?

 しかも幼少期に!?

 ……うん。まったく覚えてないや。

 

「えっと、何処かでお会いしましたっけ」

「やっぱ……覚えてないんだ」

 

 メガネの奥の瞳からひとすじの雫が流れた。

 

「──やっぱり執行猶予は無しのようね。観念して大人しく断頭台に上がりなさい」

「ヒッキー、ちゃんと説明してっ」

 

 何だよこいつら。何をそんなにムキになっているのか理解に苦しむ。

 そもそも断頭台に登るような裁判ってほぼ出来レースじゃんか。しかも裁判長が雪ノ下って、お墨付きの死刑確定じゃん。

 その分、多少の聞く耳を持ってくれる由比ヶ浜の方がまだ優しいといえるな。

 しかし、困った。

 転校生を泣かせてしまった件は申し訳ないとは思うが、言い訳しようにも本当に記憶にないんだよな。

 

「ちがうのっ、あたしが勝手に……ごめんね比企谷くん。あんなこと思い出したくもない、よね」

「──!?」

 

 メガネ美少女に向いていた雪ノ下と由比ヶ浜が、再び首の筋肉を同期(シンクロ)させて同時に俺を睨む。

 

「え、えーと。どんなことがあったのでしょうか」

 

 雪ノ下や由比ヶ浜の顔色を伺いながら、恐る恐る聞き返す。

 

「まったく覚えてないの? ほら、神武館で……」

 

「神武館……確か空手の道場の名前ね」

 

 さすがはユキペディアさん、博識でいらっしゃる。てかこいつ、マジでCMBの指輪とか持ってそうだな。

 

 神武館は、東京に本部を置く空手の流派である。

 その規模は大きく、日本各地どころかアメリカやブラジルにまで支部を置いている、とか雑誌に書いてあったっけ。

 だが、申し訳無いことにこの龍造寺という女の子どころか神武館にも俺自身はまったく覚えが無い。よって冤罪は証明された。何の罪のQEDだよ。

 と、ここで愚考を重ねていても話は進まない。とりあえず今はこの龍造寺の話を聞くしかないだろう。

 人間、切り替えが大事だ。

 

「で、その神武館の人間が、奉仕部に何の用だよ」

 

 何気なく「奉仕部に用事がある」と、俺から的を逸らす。まあ依頼があるから来たのは間違い無いのだろうけど。

 

「え、ちょっとここでは、その……」

「待ちなさい」

 

 急に口ごもるメガネ美少女、龍造寺のターンに雪ノ下がカットイン。

 

「私たちにも事情を説明してもらえないかしら、好色一代男谷(エロガヤ)くん?」

 

 長机の向こう、訝しげに問う雪ノ下の眼差しは真剣だ。真剣なのはいいが、とりあえず井原西鶴先生に謝れ。

 その視線の間にいる由比ヶ浜も目に不安の色を浮かべている。

 だが、何と言われようが覚えが無いのは事実なのである。

 

「……悪いな、本当に覚えが無い。説明しようにも俺にも状況が分からん」

 

 端的に事実のみを伝えるが、未だ納得の表情が見えない雪ノ下は追撃の手を緩めない。

 

「龍造寺さんがあなたを覚えているということは、何らかの関係があると思うのだけれど」

「しつこい。覚えが無いと言ってるだろうが」

 

 こいつなんなの。日本語が通じないのか。それとも俺ごとき矮小な人物の言葉など信じるに足らんということかよ。

 少々苛立って思わず語気を強めてしまう。こうなると雪ノ下も止まらない。

 

「……やはりあなたは鈴虫程度の脳細胞しか持っていないようね。それとも何か人に言えない様なことを彼女にしたのかしら」

 

 とうとう昆虫にまで扱いが落ちたか。正直そんなことは瑣末なことだが、普段は冷静沈着な雪ノ下がここまで責めてくる理由がわからない。

 だが現に雪ノ下は俺に対して明確な責めの姿勢を取っている。

 じっと雪ノ下を見据えて、反撃に移ろうとした時、その視線が交錯する最中から声が上がった。

 

「──ゆきのんっ」

 

 由比ヶ浜結衣だ。

 俺の目を見つめたままの由比ヶ浜は、その視界の後方、雪ノ下を窘める様に言葉を発したのだ。

 

「や、あ、あの、さ。ヒッキーもわかんないって言ってるし……さ」

 

 次第に語気は弱まるものの、その優しさと気遣いは俺に向けられている。そのうち俯いてしまった由比ヶ浜は、ちらと申し訳無さそうに俺に視線を向けてくる。

 雪ノ下は一瞬呆気にとられたが、すぐに居住まいを正して平静に戻る。

 

「……ごめんなさい。少し言い過ぎたわ」

「いや、覚えていない俺が悪いんだろう。すまない龍造寺、本当に覚えが無い」

 

 ここは俺が悪いということにしといた方が丸く収まりそうだ。こんなことで雪ノ下と由比ヶ浜が反目する必要は無いし、何より龍造寺にも少なからず罪の意識はあるし。

 しかし……やけに突っかかってきたなこいつ。雪ノ下がここまで深追いしてくるとは思わなかった。

 龍造寺に視線を戻すと、眼鏡の奥の瞳が潤み揺れていた。

 

「ごめんなさい、依頼の件は……無かったことにしてください」

「えっ……いいの?」

 

 由比ヶ浜が尋ねるも、龍造寺は項垂れた首を横に振る。

 

「いいんです。やっぱり……比企谷くんに頼るのは筋違いですから」

 

 こいつ、龍造寺は俺を知っていると云う。その上で俺を頼るつもりだった。

 だが俺には龍造寺の記憶が無い。龍造寺の依頼取り消しは当然の帰結なのだろう。

 事の成り行きを見守っていた平塚先生に目を向けると、しばし瞑目した後に結論を出した。

 

「……分かった、では今回の依頼は無しにしよう」

 

 その結論に納得のいかない顔をするのは雪ノ下。由比ヶ浜はただ空気を読もうとあちこちに視線を走査させている。

 平塚先生は目を潤ませる龍造寺の肩を抱き、当の龍造寺は涙を零さない様に懸命に笑顔を作っている様に見えた。

 その顔を見た瞬間、ちくりと脳に痛みが走る。

 

「まあ、悪かった……な」

 

 がしがしと頭を掻き、身に覚えのない事柄への謝罪の意を表す。

 

「ううん、きっと比企谷くんは思い出したくない……んだよね」

 

 まだ言うか、こいつ。

 まさか転校生が実は幼馴染で許嫁とかいう、テンプレ的な妄想でも抱いてるの?

 つーか何でその相手が俺なんだよ。葉山とかの方が適役じゃないのかよ。

 そんな俺の妄想(こっちは本物)を他所に、地味系美少女こと龍造寺は笑顔を作って部室を去った。

 去り際に、「じゃあ比企谷くん、またね」なんて云うのが非常にあざとい。

 

 平塚先生が締め括り、龍造寺が去った後も雪ノ下は納得がいかない様子だった。由比ヶ浜は相変わらず頬を膨らませて俺を睨んでいた。

 それからは訪れる依頼者はなく、ただ刻を無為に過ごして完全下校時刻を迎えた。

 雪ノ下が読みかけの厚い本をぱたんと閉じる。

 

「そろそろ終わりにしましょう」

「そだね。結局あれから誰も来なかったし」

 

 職員室に向かった雪ノ下と別れて昇降口へ向かう。

 

「……雪ノ下を待ってなくてもいいのかよ」

「あー、うん、今日は、ね」

 

 先程何やら携帯電話を見ていたから、雪ノ下とメールのやり取りでもしたのだろう。

 お互い納得済みならば俺がとやかく言う筋合いはない。そうか、とだけ応えて再び昇降口を目指すと、三メートルほど離れて由比ヶ浜も追随してくる。

 昇降口、またしても見慣れない顔に呼び止められた。

 

「……お前が比企谷八幡か」

 

 今日はコミュ障にとっての厄日かよ。何故今日に限って知らない奴らに名前を呼ばれるのか。

 まさか、個人情報の漏洩か。

 だとすると、俺がプリキュアをリアルタイムで観ながらも全話録画しているのもバレてるのか。大した情報じゃないな。

 さて、もう一度目の前に立ちはだかる男子生徒に目を向ける。

 身長は俺より少し高いくらいか。髪は茶色がかった短髪。よく言えば精悍な、悪く言えば鋭い目付きの男だ。

 その身から放つのは、紛れもない殺気。つまりは危険人物だ。由比ヶ浜もそれに気づいたらしく、俺の背後に隠れてしまった。

 

「あー、人違いじゃないですかね」

「そうか……ならいい」

 

 通り過ぎようとした時に声が聞こえた。

 

「ヒッキー、今の……誰?」

「知らん。まず俺には知り合いはいない」

「もしかしたら、先月B組に転校してきた人……かな」

「そうよ、彼が先週転校してきた山田……魁斗(かいと)

 

 不意の声に振り返ると、さっき帰ったはずの龍造寺つむぎがいた。

 突然現れたその龍造寺が語った内容に、俺は強烈な矛盾を感じた。

 

 

 

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