ぼっちの門 〜圓明流異聞〜   作:エコー

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千葉村編、残すところあと2話。


三十一、帰郷

 

 

 知らない天井の下で目を覚まして三日が経った。正確には俺がこの病院に搬送されてから五日が経過しているらしいが。

 つまりは俺は二日間も眠り続けていた訳だ。

 

 やべぇ、六回もメシ食い損ねた、などとどっかの小規模海賊団の船長みたいなことは思わないが、それでも貴重な夏休みを二日も棒に振ってしまったという事実はそれなりに重かった。

 いや、どうせ家でごろごろしてるんですけどね。それでもそのぐうたら生活に自分の意思が反映されているか否かは大きな問題と云える。

 

 この三日で身体の痛みは大分薄れてきた。なんでもお袋曰く「比企谷家秘伝の膏薬(こうやく)」は某サイヤ人がナメック星で使ったメディカルマシーン級に治癒を促進するらしい。これ発売したらすっげぇ売れるんじゃないか? と尋ねたら、たぶん厚労省が許可しないだろう、とか恐いことを呟かれた。

 その回復ぶりには担当の白髪の医師も驚いているようで、じゃあ今日の午後には退院ね、とあっさり言われた。

 

 その医師の言葉を裏付けるように枕元のピコピコが無くなった。と同時に退院ってのは、ちょっとおかしくないか。

 あとおかしいと云えばだ。

 今まさに退院して車椅子に乗せられた俺の後ろに、何故こいつがいる。

 

「少し段差がある。揺れるよ」

 

 俺の乗る車椅子を押しているのは……葉山隼人。ついでに三浦優美子、あと下っ端の戸部がいるのも解せない。

 

 それを見たお袋が「あらあら、いつの間にこんなにお友達が」とか言いながら目頭を拭っているが、それを気にしたら負けのような気がした。

 

 正面玄関の自動ドアをくぐって外に出ると、蝉の大合唱と真夏の太陽が手荒い歓迎をしてくれた。

 暑い。早く日陰か冷えたマッカンをお願いします。

 目の前に二台のワンボックスの車が停まった。

 

「元気だったか、比企谷」

「見ての通り、あまり元気では無いです」

 

 痛みを堪えて拘束具で固定された右腕を少し持ち上げると、病院の正面玄関だというのに咥え煙草のアラサー女史、平塚先生が微笑む。

 

「熊に襲われたと聞いた時には血の気が引いたが、命があって良かったよ」

 

 ああ、そういえばそういう事になってたな。

 あの晩、不破の覆面野郎にけちょんけちょんにされた俺の傷は、たまたま出没した熊さんの仕業にされたらしい。

 熊さんごめん。今度作文の課題が出たら、お詫びに熊を褒め讃える文章を書くから許してね。

 あと熊さんをやっつけたという陣雷さんには、永久に一番くじを外す呪いをかけておくから。

 

「ひゃつはろ、比企谷くん」

 

 げ。雪ノ下の姉かよ。なんで変幻自在の鉄仮面までいるの。

 

「大変だったね〜、不審者と戦って、それから熊とも戦ったんだって?」

 

 おいおい、そりゃ何処からの誤報だよ。

 熊が現れたのは俺が不破の覆面野郎に昏倒させられた後だろうに。

 だが否定するともっと面倒な会話を繰り広げることになりそうなので、華麗にスルーしておこう、そうしよう。

 

「いや、本来ならば一台で迎えに来ようと思っていたのだが、な」

 

 少しだけ動かした平塚先生の視線の先は、俺の背後を取って離れない葉山隼人と、その横をキープし続ける三浦優美子、あちぃあちぃと文句たらたらの下っ端戸部に向けられていた。

 

「悪いな、どうしても同行させて欲しいと俺が頼んだんだ」

 

 頭上から響くのは爽やかな声。

 よせよ恥ずかしい……じゃなくて、こんなところを海老名さんに見られたらティッシュの消費が捗るぞ。

 資源は大切に、だろ。

 

  * * *

 

 車椅子に座ったままワゴン車に揺られて高速道路の景色を眺める。相変わらず防音壁の連続だ。

 しかし、まさか俺が介護車両のお世話になるとは思わなかった。この手の車両のレンタルって高いんだろうな。

 その介護車両のハンドルを握るのは平塚先生。助手席にはお袋が鎮座して、時折言葉を交わしている。

 途中でちょっとした渋滞があった為、我が家への到着は正午過ぎとなった。

 

 またしても葉山の介助で車椅子ごと降車する。だから俺を見て微笑むなよ葉山。キモいから。

 玄関先まで送られると、そのまま葉山たちは雪ノ下の姉、陽乃さんが運転するワゴン車で帰って行った。

 

 ふう、やっとのんびり出来るな。

 まずは録り溜めた夏アニメを見て、それからラノベの新刊を……は無理か。

 右腕は固定、左手も指先しか使えない状態じゃ満足に本も読めないし。

 などと今後の自分計画を立てていると、玄関のドアが開かれた。きっと家に残っていた小町だろう。

 

「たでーま」

「お帰り、ヒッキー」

 

 ──は?

 何で由比ヶ浜が出迎えてるのん?

 

「みんなー、ヒッキーが帰ってきたよー」

 

 だから何で?

 つーか、みんなって?

 

 由比ヶ浜の掛け声の直後、とたとたと足音が聞こえる。

 

「八幡、お帰りっ」

 

 おお、天使だ。キラキラと輝く瞳は一万ボルト、さすがは地上に降りた最後の天使、トツカエルだ。

 

「ちょっと待ってね、んしょ、んしょ」

 

 うわぁ、戸塚自ら俺の乗る車椅子を玄関から上げてくれるのか。なんたる光栄。

 梃子の原理でウイリーさせた車椅子の前輪が狭い廊下の端に乗る。だが、そこからが動かない。思ったよりも我が家はバリアフリーではないらしい。

 

「あらあら、ちょっと貸してみて」

 

 戸塚とバトンタッチしたお袋が、ふんっと息を吐く。あっと言う間に車椅子が水平を取り戻した。

 お袋さん……力強過ぎだよ。

 

「なんだよ、これ……」

 

 リビングに通された俺の前には、見た事もない光景が広がっていた。

 ローテーブルに所狭しと並べられた料理の数々。そこに追加の皿を運んでくるのは我が愛妹、小町だ。

 

「あ、お兄ちゃんおかえりー」

 

 こちらを一瞥した小町は、再びキッチンへと走っていく。

 ちょっと小町ちゃん、久々のお兄ちゃんの帰宅後だよ?

 軽くない?

 と、また料理が運ばれてきた。

 

「──お帰りなさい」

 

 涼やかな声音。

 料理の皿から視線を上げていけば、そこには雪ノ下雪乃の顔があった。

 

 

 

 




今回もお読みいただきましてありがとうございます。

さて次回は千葉村編最終話。
どうぞ最後までよろしくお願いします。
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