ぼっちの門 〜圓明流異聞〜   作:エコー

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圓明流を見てみたいと噛みまくった少女、片山希心。
彼女を連れて八幡と小町が訪れたのは……


閑話、空手少女は傷つかない(下)

 

 

 さて、毎度のことではあるが……どうしてこうなった。

 俺たちは今、神武館の千葉支部の地下にいる。

 片山右京の娘、希心(こころ)の依頼、いや頼みを聞いて、ダメ元で陸奥九十九の縁者である龍造寺に連絡を入れてみたところ、陣雷支部長の横槍が入って「すぐ連れてこい」と言われ、取るものもとりあえず来たという訳だ。

 ちびっ子たちの指導を終えた川崎に小町の相手を任せて、上座に胡座をかく千葉支部のヌシに挨拶をする。

 この人──神武館千葉支部長陣雷浩一さんは、あの千葉村の夜に出没した熊を撃退したという猛者だ。俺は失神していたから知らないが。その時の影響か、右足は膝下から爪先までギブスで固められている。

 つーかその足で胡座をかくなよ眉無し筋肉ダルマさん。

 

「おう、八幡。腕は治ったか」

「……見て分かりませんかね」

 

 相変わらずの強面眉無しの筋肉ダルマ、陣雷支部長が粗暴な笑顔で出迎える。その眉無しきんにくんに固定された右腕を見せると、唾を飛ばしながら豪快に笑う。

 

「なんだお前、弱っちぃな。あんだけの格闘をした奴とはとても思えねぇなぁ。小魚食え、小魚」

 

 うるせえ。あんた右足ギブスで松葉杖じゃねぇか。あんたこそカルシウムを摂取しなさいよ。

 いや、この人ならスペアリブを骨ごと嚙み砕きそうだ。なんなら豚一頭丸呑みしそうまである。

 

「知りませんよ、覚えてないんだから」

「覚えてねえ……か。まあその方がいいかもな。ま、ゆっくりしてけ」

 

 つーかあんたの家じゃないでしょう。神武館の持ちビルでしょうに。

 デリカシーという機能を装備し忘れた眉無しオヤジに辟易していると、鉄のドアが開く音がした。

 

「お待たせしました。この子があの片山右京さんの娘さん?」

 

 道着姿で現れた龍造寺つむぎは、しげしげと片山右京の娘、希心を眺める。爪先から頭のてっぺんまで龍造寺の視線に晒された希心は恥ずかしそうに頬を染めて俯いている。

 

「──うん、強そうっ。で、陸奥圓明流を見たいって話だったけど、やる?」

 

 おいおい、何故そうなる。てっきり川崎あたりとの組手を見せるだけだと思ってたわ。

 

「は、はいっ、是非ともお願いしゃましゅ」

 

 また噛んだ。こりゃ「かみまみた」まであと半歩だな。

 つか、お前もやる気なのん?

 控え目な地味少女かと思いきや、この子も脳筋かよ。

 

「じゃあ、軽く組手しよっ」

「軽く、ですか」

「うん」

「……まあ、それでいいです」

 

 おや、雰囲気が変わったぞ。何が不満なのかは分からんが、まさかこの子も何か飼ってるクチなのか。

 

  * * *

 

「──っりゃ」

「ほっ」

「……せいっ」

「はっ」

 

 龍造寺と片山希心の組手が始まって数分。当然といえば当然だが、ペースは完全に龍造寺が握っている。

 かといって、決して片山希心が弱い訳ではない。むしろ強い部類だろう。

 発育途中で身長が低いせいかフットワークも軽いし、拳打の際もしっかりと腰が入っているし身体の軸がぶれていない。ほぼ素人の俺からみても全国レベルというのは頷ける。

 

 だが残念なのは、対する龍造寺つむぎがそれ以上の手練れということ。

 何度か希心の拳を身に掠らせるも、未だ有効打は取らせていない。乱打というべき手数の拳撃を、龍造寺はすべてベタ足のまま上半身だけで捌いている。

 ま、こうなるよな。龍造寺も伊達に圓明流を修得している訳ではない。しかも父親はあの化け物、陸奥九十九なのだ。

 と、ここで両者は離れる。終わりか、終わりだよね。

 もう帰ろうよ。

 

「……はぁ、はぁ」

希心(こころ)ちゃん、強いね」

「……なんですかそれ」

「いや、本当に強いと思っただけだよ。中学生でそれだけ動ければ凄いよ」

「……本気になっていない圓明流に褒められても、ちっとも嬉しくないです」

「あれー、希心ちゃんだって本気出してないでしょ。一度も足技使ってないもん」

「──バレてましたか。では」

 

 またしても片山希心の雰囲気が変わる。上手く言えないが、ギアが一段上がった印象だ。

 そのまま刹那の間を置いて、希心の左足が跳ねた。

 

「──っ!」

 

 速いっ。

 繰り出したのは、ただの後ろ回し蹴り。だがその足刀は素早い弧を描いて龍造寺の頭部へ吸い込まれていく。

 何とか躱したつむぎの頭部に、通り過ぎた筈の蹴り足が戻っていく。まるで圓明流の蹴り技"孤月(こげつ)"の裏の様な技だ。

 辛うじて反応したつむぎは、右前腕で蹴りをブロック。

 

「ふう、今のはちょっと危なかっ……え?」

 

 まだ希心の足は止まらない。

 左足が宙にある内に、軸だった右足が放たれた。

 ──後ろ回し蹴り。こっちが本命か。

 希心の踵が、つむぎの顎先を捉えた。

 

「やった!」

 

 川崎と共に組手を見ていた小町が拳を握り締めて叫んだ瞬間、再び左足が飛んだ。

 は?

 空中での旋風脚、だと!?

 先程つむぎは顎先への蹴りで脳を揺らされたばかり。これにはさすがに反応出来な……ああっ!?

 

 かくんとつむぎの膝が折れた。頭の位置は低くなり、その頭上を希心の旋風脚が通過する。

 そのタイミングで、つむぎの雰囲気が変わった。

 屈んだ姿勢から床に手をついたつむぎが放った左足は、真っ直ぐに希心の顔面に伸びた。

 圓明流の蹴り技、"孤月(こげつ)"だ。

 希心は旋風脚を放った直後で足が地に着いていない。が、何と上半身の捻りだけでつむぎの"孤月"を躱した。

 

 すげぇ。やっぱり天才の子は天才かよ。

 が、まだつむぎの攻撃は終わらない。むしろここからが圓明流の真髄なのだ、と言わんばかりに残る右足の踵が希心の頭上から落ちてくる。

 圓明流の蹴り技"孤月"と"斧鉞(ふえつ)"の混合技……だ、と!?

 

「がっ!?」

 

 つむぎの踵は、希心の肩口に食い込んだ。

 

  * * *

 

 神武館千葉支部一階の休憩室。

 小町と俺は、川崎が出してくれたアイスティーを啜っていた。

 

「ね、ね、凄かったでしょ、希心ちゃん」

「ん、ああ。マジですげぇな、あの子」

 

 お世辞抜きに凄かった。

 蹴り技の多彩さもさる事ながら、それを支える体幹の強さ。あれは余程修練を積まなければ身に付かないだろう。

 一般的に、足の筋力は腕の三倍と云われている。重さを云えばそれ以上だ。

 それを自在に振り回しても軸がぶれないのは凄い。

 たぶん、今の俺には出来ない芸当だ。

 

「希心ちゃんね、いつか陸奥圓明流を倒すのが夢なんだって」

 

 はぁ、何とも大それた夢を持ったものだ。陸奥圓明流を倒すということは、陸奥九十九に勝つのと同義だ。

 つまり人類最強の(いただき)に立たなければならない。

 だがあの動きを見る限り、あながち夢で終わらないかもしれない、か。

 

「お待たせー」

 

 休憩室のドアが開き、入ってきたのは龍造寺。その後ろには肩にアイスバッグを乗せられて、俯いた片山希心。

 まあ、落ち込むのも無理はないか。

 その俯いた希心は、とぼとぼと俺に歩み寄る。

 うーん、何とも俺のお兄ちゃんスキルを刺激する俯き顏だ。その俯く頭に手を置いた俺は、さらりと流れる髪をぽんぽんと二回ばかり撫でた。

 

「ま、気にすんな。龍造寺は高校二年、お前はまだ中学生だ。体力的にもハンデはあったから」

「だ、大丈夫でしゅ。久しぶりの完敗にちょびっとだけ心が折れただけれす」

 

 おお、噛みまくりだ。「かみまみた」までもう数センチだよ。

 

「……それに、便利な技をひとつ教えて貰っちゃいましたから」

 

 技、だと。

 ぐりんと首を龍造寺に向ける。

 

「──お前、まさか圓明流を教えたのか」

 

 ぶんぶんと顔と手を振りながら龍造寺は否定する。

 

「ち、違う違う。教えたのは、海堂師範の双龍脚だよぉ」

 

 ……双龍脚?

 何それ。

 

「この子は足技が得意みたいだから、もしかしたら出来るかなぁって」

 

 龍造寺の解説によれば、双龍脚とは左右の回し蹴りを刹那のタイムラグで繰り出す技で、今は神武館本部の師範である海堂晃の若き日の得意技なのだそうだ。

 要は、右から蹴られたと思ったら同時に左からも蹴られちった、的な技である。

 つか人の技を勝手に教えちゃっていいのかよ、神武館の門下生でも無いお前が。あ、オーナーの肉親だからいいのか。ゆるいな神武館。

 

「はいっ、この双龍脚があれば、きっとあの子にだって負けませんっ」

「あの子って?」

「えーと、その……海堂さんの、娘、です」

 

 うわぁ、よりによってあの海堂晃の娘かよ。

 あの人、確か陸奥九十九と二回も本気でやり合ってるんだよな。

 しかも二回目に至っては、もうちょっとで相討ち、もとい引き分けに持ち込むまでいったらしい。

 つまり、海堂晃も化け物だ。それを言ったら、片山右京も充分過ぎるくらい化け物だけど。

 つか、ライバルの父親の得意技を教えても何にもならないんじゃないの。

 

「その海堂師範の娘の得意技は?」

螺旋脚(らせんきゃく)っていう蹴り技です」

 

 ほほう、そりゃまた厨二病、もとい夢見る空手キッズたちが憧れそうなネーミングだ。

 希心の説明によれば螺旋脚とは旋風脚の変形技で、真髄は変幻自在なその蹴りの高さにあるという。

 通常、旋風脚は連続で上段を狙う。それが一番蹴りを放ちやすいからだ。だが螺旋脚は、一方が上段、もう一方がローキックだったりするという。

 考えただけで身体の軸がブレブレになって転倒しそうな技だが、それを使いこなせる海堂師範の娘もまた天才なのだろう。

 つか中学生女子こえぇよ。

 だが目の前にいるのは、圧倒的な陸奥の技に完敗するも挫けない、可愛らしい一人の少女だ。

 きっと、この子の胸の中に光るダイヤモンドは、ちょっとやそっとじゃ砕けないのだろう。

 

「ま、頑張れよ、空手少女」

「はいっ、海堂さんに勝って、いつか陸奥も比企もぎったんぎったんにしてやりますからっ」

 

 ──こえぇよ。あと表現が古い。

 

 

  了

 




お読み頂きましてありがとうございます。

実はこの閑話に登場した片山希心ちゃん、実在の中学生の女の子をモデルにしております。かといって私はロリコンでもペドフェリアでもありません(疑問視

ではまたいつか本編で☆



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