ぼっちの門 〜圓明流異聞〜   作:エコー

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七、対川崎沙希

 

 神武館千葉支部の近場にある稽古場。

 当然ながら陽光を取り入れる窓は無く、コンクリートの肌が丸出しの壁に囲まれた空海。

 つまり、コンクリートの箱だ。

 そこで俺は、道着姿の川崎沙希と対峙している。

 

「ひ、比企谷、よろしく……ね」

 

 姿形は戦闘モードの筈の川崎の表情や雰囲気は、それとは似つかわしくない。何ならコスプレにさえ見えてしまう。

 だがこいつの実力は、その腰に巻かれた黒帯が保証している。

 神武館の黒帯は強い。ネットの動画で見た限り、神武館と競えるだけの実力を備えた流派は鬼道館くらいなものだろう。

 

「あの、さ」

「……ん?」

「こ、こないだの件……ありがと、ね」

 

 こいつの言うこないだの件とは、自分の学費を稼ぐ為に年齢を偽って朝までバイトしていた件だろう。

 

「今はさ、ここでバイトしてるんだ」

「バイトって、ちびっ子たちの指導か?」

「う、うん。あたし、小さい子の扱い、苦手じゃないし」

 

 ほーん。まあ、ホテルのラウンジで歳ごまかして働くよりは健全か。

 

「よかったんじゃねーの」

「う、うん……」

 

「おいてめぇら。さっさと殴り合え」

 

 おぅふ、顔面通りの暴力的なおっさんだこと。

 

「言っとくが、俺は空手の経験なんて無いぞ。超弱いぞ。覚悟しろ」

「はぁ……何を威張ってんだか。じゃあ、よろしく」

 

 言い終えた川崎の雰囲気が変わる。少なくとも、さっき感じたコスプレっぽさは消えていた。

 川崎のスイッチが切り替わった、ということだ。

 

「おし、始めぃ!」

 

 組手と言う名の処刑遊戯が始まった。

 相対するのはクールビューティな黒帯、川崎沙希と、戦闘力たった5の俺氏である。

 オーバーキルもいいとこだろ。まあ、さっさと降参してなるべく無事に帰ろう。

 

 川崎を真似て礼をし、これまた川崎を真似て構えをとる。

 川崎の構えは、左手を軽く握って前に出して右拳を中段に引いた、よく見るオーソドックスなものだ。

 

「いくよ。そんなに強くしないから」

「あ、ああ、お手柔らかに頼む」

 

 こくんと頷いた直後、川崎の右足が動いた。その軌道は上へと伸びて、俺の肩口にその足刀が当たる。

 いや、意外と痛いよ、これ。

 と、その右足が着地した直後に川崎が接近、左の中段突きが飛んでくる。が、痛そうなのでこれは躱して距離を取る。

 

「比企谷、打ってきていいんだよ」

「いや、女の子に殴りかかるなんて出来るわけ……ちょっ、危ねえな」

 

 受け答えの間に川崎の後ろ回し蹴りが飛来する。思わず屈んで避ける。

 

「川崎っ、本気でやれっ!」

 

 余計な檄を飛ばすのは、稽古場の上座にどかっと胡座をかいた千葉支部長であらせられる眉無し筋肉オヤジ。

 

「え、でも……」

「いいからやれ」

 

 ちらっと俺を見て、その視線を眉無しオヤジに向ける川崎の表情は困惑に満ちていた。

 当然だ。白帯以下の俺に本気の攻撃なんかしたら無事では済まない。俺が。

 目を伏せて俯いていた川崎が、眼光を俺に浴びせる。

 

「なら……せめて一発で終わらせるよ」

「え、あ。ああ、そうしてくれ」

 

 川崎の目が鋭く俺を見据える。だが一発で終わらせてくれるなら、被害を最小限に留められるかも知れない。

 覚悟を決めて、見よう見まねの構えをとる。

 ただし、両手のガードは上げてある。つまりボディはがら空き。川崎ならばここを狙ってくれるだろうと期待しての行動だ。

 狙いが判れば、あとは腹筋を固めて耐えるのみ──。

 

「お兄ちゃん、頑張れ! 負けたら夏休みはずっとトマトづくしだよっ」

 

 無邪気な悪魔の応援で少しだけ負けん気が湧いてくる。毎食トマトづくしなんて地獄すぎる。

 構えを解いて、溜息をひとつ。

 そういえば俺、今日だけで何回溜息吐いたんだろうな。

 ま、逃げる幸運なんて持ち合わせていないから関係ないか。

 だが。

 

「川崎」

「な、なに」

「ちょっと負けられなくなった。全力で抵抗して、いいか?」

 

 俺の申し出にきょとんとした川崎は、すぐに口角を上げて笑う。

 

「──望むところだよ。いくよっ」

 

 川崎が前に出る。先程までとはその踏み込みの速度が違う。速い。

 だが踏み込んだということは、蹴りは無いだろう。

 と思っていたら情け容赦ないローキック。反射的に足に力を入れて襲い来る痛みに対処……当たる。

 

「──くっ、硬いっ」

 

 力を入れていたせいか、そんなに痛くはなかった。逆に川崎の方が痛がっているくらいだ。

 

「……あれ、金剛っ」

 

 龍造寺が何か呟いたが、それどころではない。既に川崎は次の攻撃に移っている。

 身を翻しての後ろ回し蹴り。さっき見たやつだが、速い。

 ふと、身体が反応する。一歩前に出た俺は、回し蹴りの打点を足の内腿へとずらす。

 

「悪い、川崎」

 

 そのまま左手で肩を掴んで、後方に押し倒す。瞬間、膝がぴくんと跳ねそうになるも、それを押し殺してそのまま畳の上 へ背中を叩きつけた。

 あーあ、全然空手じゃねぇな、これ。

 

「一本、それまで」

 

 ドスの利いた声が眉無し筋肉ダルマから上がった。

 

  * * *

 

 小休止を告げられてコンクリートの壁に背を預けて休んでいると、川崎が前に立った。

 思わずびくっとなってしまう恥ずかしい自分を誤魔化して見上げると、そこには何故か笑顔があった。

 

「あんた……強いんだね」

「あ? ありゃ反則だろ。俺の反則負けだよ。空手の技じゃなかったし」

「ううん。あの後ろ回し蹴りさ、あんたの頭を刈るつもりで放ったの」

 

 こえぇ、こえぇよサキサキ。

 

「でも、防がれた。あの時のあたしは……完全に死に体だったよ」

 

 はにかむ様に破顔する川崎に少しだけ目を奪われる。

 うん。やはり女子に拳を向けちゃいけない。

 互いの健闘を称え合っていると、由比ヶ浜がよたよたと駆けてくる。どうやら正座して観戦していたらしい。

 

「ヒッキー凄かったぁ。ね、ゆきのんっ」

「そ、そうね……驚いたわ。まさかあなたが公衆の面前で女性を押し倒すような破廉恥(ハレンチ)な行為をするなんて」

「いや、違うから」

「──冗談よ。凄かったわ。ちょっとだけ、見直したもの」

 

 壁に背をつけて座る俺を囲む三人の美少女は、三者三様の言葉を述べるが、その顔色は一様に朱に染まっていた。

 中でも川崎の反応は凄まじく、うわ言の様に「お、押し倒すって……」などと呟いていた。

 

「おし、今度は──オレだ」

 

 どうやら地獄はこれから始まるらしい。

 




年末に入って仕事が忙しくなる為、感想欄のコメ返しが遅くなると思います。
でも感想は欲しいっ。
──ワガママですんません。
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