怨讐の浄銀   作:蕎麦饂飩

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この曇空に約束を

あの惨劇から1年が明けた。

レイスはグレアムと言う男に連れられてある家に向かう事になった。

彼と同じく所謂貴族と呼ばれる家であり、

――――――――――――――――――同じく『闇の書事件』の被害者だった。

 

 

 

様々な事情から1年明けてからようやく葬儀を執り行う事になり、

彼は現在は空位である貴族連合の長として後継人のギル・グレアムに連れられて、

ハーヴェイ家の一人娘の嫁いだハラオウン家に出向くことになった。

 

 

「ハラオウン様、本日は心よりお悔やみ申し上げます。」

 

 

喪主であるクライド・ハラオウンの妻、リンディ・ハラオウンに挨拶をした少年は、

彼女の息子と同じ位の年齢の様に見えた。

しかも少年も同じく1年前に家族を喪ったと彼女は上司であるグレアムから聞いていた。

 

彼女の息子は未だに夫の死から立ち直れない不甲斐ない自分の前でこそ年相応に振る舞ってはいるものの、

そうでないときには一人で閉じ籠っている。

本来なら母親である彼女がときほどき。導かなくてはならないのだろうが、

彼女自身も聡明な息子の対応に甘えて気付かない振りをしていた。

 

いつか、それも終わりにしなければならない。

その何時かを引き延ばして今日が来た。今日まで来てしまった。

 

リンディは思った。区切りは、付けなければならない、と。

目の前の少年だって、きっと悲しいのだろうにグランツァーリン家の当主として顔を出している。

それも彼の境遇を聞くに、同じ闇の書事件の被害者の家への訪問だなんてトラウマを引きずり出すような行為だ。

 

しっかりしていると思う。しっかりし過ぎているとも思う。

そしてしっかりさせ過ぎてしまったとも思った。

本来であれば彼には甘えさせてくれる相手が必要だったはずだ。

だが、彼にはその相手がいなかった。

両親を喪い、事件の後遺症で病弱な妹を抱え、その権力や財産をかすめ取ろうとする魑魅魍魎と戦う為に、

彼は自ら当主として自らを律する道を選んだ。そう選ばざるを得なかった。

リンディにもそれは理解できた。だが納得する事は一人の息子を持つ母親としてできなかった。

 

ふとグレアムを見ると彼もまた、思う所があったのか、リンディとレイスから目を背けた。

それは彼の良心だった。

自らの復讐に同盟者として逃げ道のない少年を引き込んだ呵責の念だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

葬儀が終わり、形だけ足を運びに来た客たちが帰った後、

レイスはリンディに頼まれて葬儀に顔を出さなかった彼女の息子に会いに行くことにした。

リンディには最初の一歩を今まで息子に甘えてきた自分が踏み出すことが烏滸がましく思えたこともあった。

だが、それ以上にこの少年にも心の底から信じあえる家族以外の人間が必要だと感じたという事も大きかった。

そして何よりも、レイスであればクロノを光に引き戻せると感じていた。

 

 

トントン

 

二回ノックをしたが反応は無い。

 

「入るよ。」

 

 

彼は部屋の主の了承を取らずにそのドアノブを捻り、足を進めた。

その中には、拙い絵を抱えた少年が頭を抱えてしゃがみ込んでいた。

 

「クロノ、君だよね。本日は心よりお悔やみ申し上げます。」

 

そういって頭を下げたレイスを前に、黒の少年は絵を取りこぼして立ち上がった。

 

その絵には大きな二人の人間の間に手を繋いで入っている小さな人間が描かれてあった。

紛れも無く、失われた彼の家族だった。

 

 

次の瞬間――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レイスは殴り飛ばされた。

彼はグレアムより格闘訓練を教授されているが、まさか殴られるとは思っていなかったためにその場に倒れた。

 

「おとうさんはまだしんでない。まだしんでないっ!!」

 

確かにクロノの父親は行方不明だ。

だが、それは遺体が捜索できないほどの被害があったというだけであり、

その死は明確であった。

だが、何時か父親は帰ってきて、母親は笑顔を取り戻し、

3人でまた仲良く家族で居られるというのがクロノの願いであり希望であった。

 

今日の葬儀は彼の母親を喪主としてクライドのその死を確定するという、

クロノの希望を踏みにじる行為であった。

許せる筈が無い。ましてや葬儀に顔を出すなんてことはできなかった。

周りの圧力に引き伸ばしにできる期間も切れて、

立場として顔を出さざるクロノの母の為に息子として唯一できる事が、

母の代わりにクロノの父はまだ死んでいないと参加を拒否する事だった。

それをこの少年は母親を連れてクロノの前に『お悔やみ』を告げに来たのだ。

これは、冒涜だ。まさしく吐き気を催す冒涜だった。

 

 

 

「おまえに、なにがわかるっ!!」

 

「こういう事は言いたくないが、僕も君と同じで家族を失っているんだ。

同じ事件で、ね。」

 

 

クロノは一瞬血の気が引いた。

目の前の少年は何も知らずに相手の心を土足で踏みにじりに来たお坊ちゃんではないと理解したのだ。

だが、次の瞬間行き場の無い怒りが他の出口を通って飛び出すことになった。

 

「だったら…、だったらわかるだろっ!! どうしてわかってるのにそんなことをするんだっ!!

なんでへいきなかおをしているんだよっ!! こんなのぜったいおかしいよっ!!

こんなはずじゃなかったっ!! こんなはずじゃなかったんだっっ!!!!」

 

それは年相応のクロノの反応だった。

彼は怒りと、相手への罪悪感をごまかすために再びレイスにその拳を振るった。

 

 

 

――――――――だが、その拳は弾かれて逆にクロノの頬に熱い衝撃が奔った。

 

「ああそうだ、僕だって辛いさ。

当り前だ。そりゃそうだって、解かりきったことじゃないか。

他でもないお前なら解かると思ってた、解ってくれると思ってたさ。

僕だけがこの悲しみに耐えて立派な貴族様をやってなくちゃいけないんだ!?

ああ、おかしいよ。絶対におかしい。理不尽に決まっているさ。

世界は何時だってこんな筈じゃなかった事に溢れている。

なんで、態々あの事件を思い出すようなところに来て、

剰え、母親に愛される同じ年の男の子を見なきゃいけないっ!?

甘える相手に逃げ込めるお前に接してやらないといけないっ!?

平気な筈が無いだろう? 考え無くてもわかる事だろう?

それとも一から解かりやすく説明しなければ解からないのか?

そうか、そう言うのなら仕方ない。

お前に叩き込んでやるっ!!」

 

 

グレアムは己の前で初めて見せたレイスの激情に驚いた。

まさか大人以上に冷静なレイスが同い年の子供に殴りかかるとは思わなかった。

その驚きは腹芸も謀略も得意なグレアムが素の表情で驚愕するほどであった。

そして、―――死ぬほど後悔した。

 

 

リンディも自分の息子が傷つき、貴族会同の当主に傷を負わせているというのにも関わらず動くことはできない。

 

だって彼女たちは、レイスが立派に過去を乗り切ったわけではなく、あくまで逃げ場が無くそう振る舞うしかなかっただけで、

年相応の少年として家族の死に苦しみ、傷ついていることに、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一から解かりやすく説明しなければ解からなかった』大人達なのだから。

 

 

 

 

 

グレアムから戦闘教練を受けているレイスに引きこもりであったクロノが勝てる筈も無いのだが、

レイスはその格闘技術を使うことなく感情的に殴りかかった為に、

子供の喧嘩が成り立っていた。

 

その殴り合いの末に立っていたのはレイスだった。

レイスはもはや起き上がれないクロノに向かってその腕を伸ばした。

 

 

殴られると思って傷だらけの顔を隠したクロノに何時までたってもその予想した衝撃波はやって来ない。

恐る恐る手をどけて目を開けるとそこには手を伸ばしたレイスがいた。

 

 

 

 

 

 

「…僕はまだ、闇の書へどうしていいかわからない。

きっとクロノも同じはずだ。だから、いつかその答えを出そう。

―――――――――これはその約束の握手だ。」

 

「…うん。やくそくだ。」

 

その手をクロノは取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから10年の時が経った今でもクロノ・ハラオウンは時折その光景を思い出す。

色あせる事の無い運命の出会いを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

唯一の不幸は、闇の書に『どのような形で折り合いをつけるか』と考えるクロノには、

レイスにとって復讐という事は確定事項であり、

闇の書に『どのような形で裁きを下すか』と考えていることを理解できていないという事だった。

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