怨讐の浄銀   作:蕎麦饂飩

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明日の君と逢う為に

事前にアポイントは取った。

だが、恐らく世を捨て隠れ忍んでいる『あの人』には、その事前連絡さえも驚かせてしまっただろう。

それを調べる事ですら普通の人間にはできないことなのだから。

 

そんな事を考えていたレイスは彼には珍しく、それはもう本当に珍しく悪戯がバレて照れた少年の様な表情をしていた。

だが、『あの人』――――――――――少年の初恋の相手であるプレシア・テスタロッサの隠れ住まなくてはならなくなった事情を思い出し、

そして今の自分の立場と仕事を思い出し、レイスは再び何時もの無表情に戻った。

許可されたパスに基づきプレシアの待つ時の庭園へと転移する。

転移魔法疎外解除の為の転移許可パスワードが『Alicia』の6文字だったのは、やはりと言うか、彼の予想通りであった。

組織の人間として安直すぎるパスワードであると思う反面、プレシアさんならばこのパスワードは必然だった、と考えてもいた。

 

転移の光が落ち着くと、その先にレイスは懐かしい姿を見た。

年を取り、それ以上に疲れと病気、そして狂気に侵された姿ではあったが、

やはりそこにいたのは間違いなく彼の初恋の女性だった。

 

「…お久しぶりですプレシアさん。あの日以来ですね。」

 

「…大きくなったわね。レイス君。まさかあなたが此方側(・・・)の住人になるなんて想像もしなかったわ。」

 

 

…過去の世界に生きるプレシア・テスタロッサにとって、

過去の世界からの繋がりであるレイス・グランツァーリンはアリシアを喪った現在を薄れさせてくれる清涼剤のような存在だった。

挙句にアリシアと自分を再開させてくれる可能性を持って来てくれたのだから、その狂気が一時的にとはいえ綻んでも不思議ではない。

彼女の今いる娘がこの場に居たらどのように感じただろうか?

母親への驚愕? レイスに対する感謝? それとも嫉妬? 自分の存在が不要になる事への恐怖?

それは解からない。

この場には、彼女に娘であることを否定されるもう一人の娘、

フェイト・テスタロッサは居なかったのだから。

 

 

『あの日』レイス・グランツァーリンが最後にアリシア・テスタロッサの命日に墓参りをした、

厳密には墓参りができた日、プレシアが形だけ作られた娘の生存を否定する石の置物を破壊した日、

それ以来の再開だった。

 

「今更ですよ。僕だって妹と親友とプレシアさんとアリシアが居なかったら、結局闇に沈んでいました。

僕を引き上げてくれたアリシアがいなくなった。だからこうなったのは必然なんです。

いやいなくなっただなんて言い方は良くない。僕こそがプレシアさんの怨敵なんですよ。アリシアの仇です。

僕があの日、あの場所に連れて行ったから殺してしまう事になった。

あの時の歯車が少しでも外れていれば、僕はこうはならなかったのかもしれません。」

 

 

 

「……そう思った時もあったわ。そう思いたかった時もあった。

だけど、あの事故は、いえ、事件は人為的に引き起こされたもの。

今のあなたならきっとその可能性に行きついたはずよ。

いえ、だから今あの時の事件の再調査が進められて、

当時の会社関係者や主任補佐やらが飛び降りたりしたのでしょう。

聞き伝手だけど、まさかあそこまで容赦なくやるとは思っていなかったわ。」

 

「ええ。そうです。

貴女には再び光当たる所で活躍できる権利がある。

いや、そうあるべきだ。

だから―――――――――――――――――」

 

 

 

「でも、それじゃあ|違法実験≪ししゃそせい≫なんて認められないでしょう?

それに専念なんてできないでしょう?」

 

「そんなことは無いはずです。現に僕だって表の顔と裏の顔だってあるっ!!

それに、アリシアが蘇った時に何時までも後暗い生活をさせていい筈が無い。

娘に偽りの笑顔を見せないといけないあなたを見たくなんかないっ!!」

 

 

「随分と大人になったように見えたけど、変わってない所もあって少しホッとしたわ。

…やっぱりレイス君の話を聞くことにしてよかったと思う。

娘をあなたになら託せるわね。レイス君ならアリシアに光当たる場所だけを見せ続けて、

いいえ、もっと単純な話ね。アリシアを幸せにしてくれるのでしょう?」

 

「開いてしまった年齢差を考えれば小児愛の嘲りは受けるでしょうが。それにしても、

――――――――それほど迄に進行していたんですね、病が。」

 

 

「ええ、あの子に一目逢えればそれで十分。」

 

「おかしい。そんなのは間違っている。

アリシアの復活を差し置いてご自分の病の回復手段を探るあなたでないことは理解している。

だけど、アリシアが蘇ってもあなたが余命幾許も無い事を告げられたアリシアの気持ちはどうなるっ!!」

 

 

「…親は子供より先に逝くものよ。

それより、本題に映りましょうか。貴方が用意してくれた例の物を頂戴。

アリシアが蘇る前提で話をしてくれたんだから勝算はあるんでしょう。」

 

「そうじゃなかったら、あなたの前に顔を出せる筈もありません。

先日資料で送らせてもらった『レリック』。これがそれです。」

 

そう言って、レイスは手持ちのケースからその幾つかのレリックを取り出した。

 

「これで…、これでアリシアは蘇るのね。」

 

「ええ。そのはずです。これは古代の魔法生成物で、

対象を『戦わせる為に』死んでいても蘇らせるという外法の石です。

更に、魔法が使える様になるデータが出ています。戸惑わないで下さいね。」

 

 

レイスなりの軽口だったのだが、もし此処に|アリシアの失敗作≪フェイト≫がいたら、

これ以上無い皮肉になっていただろう。

つまりは、細かな癖を直した所で、存在が紛い物なのだと。

フェイトの存在を知らないレイスには仕方のない発言だったのかもしれないが。

 

そんな、センスの無い冗談が皮肉になっていたとしてもプレシアもまた気付かない。

いや、気にする必要どころか、フェイトの事など思考の何処にも今は存在すらしていなかった。

 

「ええ、当然よ。

魔法が使えても使えなくても、アリシアは私の可愛い娘なのだから。」

 

 

執念から解放されかけた一種のまた別の狂気と呼んでいい感動に取りつかれたプレシアと、

アリシアが蘇る上に、以前は使えなかった魔法も手に入れて、

プレシアとの共同開発研究者になるというアリシアの夢を叶えられると夢想に取りつかれたレイスには気付けない。

平時の彼らにはその明晰な頭脳であらゆるリスクはが想定できたはずだった。

 

だが、最早後が無いプレシアと、同じく過去に縛られてきたレイスにはそれができなかった。

過去のやり直しが目の前にあったからだ。

 

 

プレシアは流石に裸でレイスに再開させるのも良くないという事で、待機室にレイスを向かわせた後、

アリシアの遺体にレリックを置くと、

2つ目迄のレリックは何の反応も示さなかったが、3つ目のレリックはその体に吸い込まれた。

そして――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――そしてその肉体が変質し、崩壊を始め、

アリシアの肉体を使って異形の力がその遺体に発狂させた。

根本的な所でレイスは勘違いしていた。

 

レリックがアリシア・テスタロッサの存在を肯定するなどあり得ない。

元より在り得るハズは無かったのだ。

アリシア・テスタロッサはそもそも|戦う者≪・・・≫では無かったのだから。

 

 

 

 

叫び声を聞きつけて駆け込んだレイスが見たものは、

無理矢理愛娘の中のレリックを取り出した母親と、

左腕が炭化したアリシア・テスタロッサの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余計な事をした結果、

再び―――――――――――――――――レイス・グランツァーリンはアリシア・テスタロッサを殺した。

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