家を提供してくれた月村家に貰ったコンサートのペアチケットで妹シルヴィアと共に向かったレイスは、
やはりジロジロとみてくる日本人に不快感を感じていた。
彼らが神の作りし工芸品の様な美しさを持ち、高級な衣装で着飾っているのだからそれは仕方ないだろうが。
とはいえ、外国人であるというだけでそのような扱いを受ける事が無いのか?
そういわれるとノーとは言い切れないのが日本と言う国である。
無論、そこには珍しさだけでなく日本で困ったことないかな、
と思いつつも外国語が離せない故にどうすればいいのかとモジモジする気が回るのに決断力の無い国民性故の事であるのだが。
「お兄様、私今日の3曲目のカチューシャとても期待しておりますの。」
「ああ、俺もだ。いつもシルヴィアが聞いている曲に気分が高揚させられている。
今日のコンサートは他の歌がイギリスの歌が多いが、クリステラがイギリス出身だから仕方がないだろう。」
「お兄様は、イギリスがお好きではありませんの?」
「グレアムさんといい、他のイギリス出身者といい、
文化芸術、特に食事についてはあまり良い印象が無い。」
「先日、グレアムさんと行かれた料理店は日本食だったのでしょう?」
「ああ、生魚を腐った豆の汁と、刺激物で食べるという変わった店だった。
あの刺激物は少量ならウォッカとも合いそうだが、シルヴィアには薦められそうにはない。」
ジャパニーズニンジャも跋扈する場所ではあるし、とまでは言わない。
余計な不安をシルヴィアに与えない様にレイスはしている。
シルヴィアは病弱なので少しの負担でも生存に支障が出るまるで触れれば溶ける淡雪のようだとレイスは認識しているのだ。
例えば、もう一度リンカーコアを抜き取られるようなレベルのことがあれば如何なる処置をしても助からない。
正直、今日もドレスでは無くてコートを着せたかったが、シルヴィアのお願いの前には基本レイスは立ち向かいようが無かった。
「そう、でしたの。
でしたら、今度美味しいシチーの店を教えて差し上げますわ。
病気友達のヤガミさんから教わりましたの。」
レイスはそれを聞いてヤガミと言う名前をその明晰な頭脳の中に
因みに、
そうでなくなった途端、道端の石になり替わる人間勢の事である。
因みに、地球においては今日コンサートに招いてくれた月村家姉妹の妹の方が1人目であるとレイスは妹から聞いている。
レイスと違って日本語の発音があまり得意では無い物の、文法においてはその辺の言語研究家以上には優秀な妹が、
最初に現地人に対して使った日本語が、
「ハジメマシテ、ツキムラ=スズカサン、コノタビハオアイデキテキョーエツシゴクニゴザイマス」
だった。
因みに月村の家にはメイドとして外国人の姉妹がいる様で、
外国人に対する物珍しげな眼をレイス達に向ける事が無いのは好印象だった。
代わりに、月村姉妹の姉には、
暫く瞳を合わせられた後、レイスに何も起こらなかった事に驚愕しつつ、
本当に人間であるのか、月村家のメイド達と関係は無いのか、
そもそも、あの偏屈で差別主義の氷村家の紹介と言う時点で怪しい。
と難癖をつけられた。
(レイスとしては確かに月村忍は美人だろうが、瞳を合わされただけで此方が照れた反応をしなければならないのか?
それはおかしいだろう。シルヴィアの様な天使なら兎も角。)
としか思ってはいなかったが。
因みに彼の好みは賢くて可愛いロシア系の女性である。
何故か住処を手に入れる契約書に血印を要求されたのも不思議に思ったが、
月村家が古い家ではある事も考えて、
日本の昔ながらのルールにそのような事があったと日本を調べる際に読んだ文献を思い出してレイスは納得する事にした。
だから、レイスは月村忍が自分達にとってレイスの血液が拒絶反応を生み出す物であったことを警戒し、
その調査の為に、恐らく非戦闘員であり、何かの際に重荷になるシルヴィアを同行させた上で、
調査するためにコンサートのペアチケットを贈ったのだ。
それに、いざとなれば彼女には頼りになるボディーガードには心当たりがあった。
月村忍は出来る方のメイドことノエルと恋人の高町恭也と共に会場の入り口でグランツァーリン兄妹を待っていた。
「おっ、お前はっ!!」
「事を荒立てるな忍者。」
出会った瞬間、互いに警戒心隠しつつも臨戦態勢に移った二人だったが、
レイス側から矛を収める事にした。
とはいえ、今回のコンサートのクリステラとはその時には縁が切れていたらしいとはいえ、
以前フィアッセ・クリステラ襲撃したテロリスト犯が、
グランツァーリンカンパニーと繋がりがあった事実は恭也の思考からは排除されない。
「何でよりにもよって…。」
そう彼が呟くのは仕方がないと言える。
もし彼がギャルゲーの主人公ならテロリストのレイス・グランツァーリンを倒して、
月村忍かフィアッセ・クリステラの好感度を上げるイベントになっているのだろうから。
彼は自分がギャルゲーの主人公であるだなんて痛い考えは毛頭ないが、
自分の友人や恋人を危険に晒す状況を良しとはせず、その警戒を解くことは無かった。
そんなピリピリした状況の中、
「シノブさん、スズカさんは来ておられないの?」
天使が囀った。
空気が一瞬和んだ。
忍は勿論、貴方のお兄様が、ついでに言えば貴方も一見普通の血の匂いがするけれど、
人間かどうか怪しいから見極めるためのコンサートに妹を呼べるわけ無いでしょうと考えていたが、
流石にそんな残酷な言葉は鬼畜メガネ(美形)な外見の兄には兎も角天使相手では口には出せず、
「すずかはお友達とのお泊り会があるから。」
と、あながちウソでもない言い訳をすることになった。
但し、コンサートが終わってもお泊り会開始までは大きく時間の余裕があるという所まで言わないのは、
大人の優しさであり、汚さだ。
コンサートは予想以上の出来だった。
囚人や軍人を相手に行われる慰問コンサートと言う物が日本にも存在するが、
例え無償であっても、同じように時間を過ごすなら教養の無い人間にはコンサート会場の椅子よりもパチスロの台に座った方が有意義だろう。
実際、囚人や下級軍人へのコンサートと言うのは基本看守や上官の顔を立てる為に全員参加が基本だが、
教養の無い彼らにとってコンサートで過ごす時間が強制で無ければその参加数は激減するだろう。
馬にとって念仏と言うのは雑音なだけだ。
つまり何が言いたいかと言うと、強制されなければ供給ができないものは別として、
強制しなければ需要が発生しないものになど本来価値は存在しないのだ。
逆説的にはチケットがすぐに売り切れるイベントには価値があるという究極の商業主義に帰結する。
だから、上流階級の多くの人間に金と時間を払う価値があると認識されるクリステラのコンサートは、
やはりグランツァーリン兄妹にとっても価値が感じられるものだった。
入場前にジーンズ姿で中に入ろうとするアジア顔を見てレイスは心の中でドレスコードも知らないのかこのJAPめと罵倒したり、
途中、クリステラのNo1の歌姫であるフィアッセが月村忍、高町恭也の方に手を振っては月村忍がピクピクしていたり、
コンサート後に楽屋裏に呼ばれた彼女らを待っていた、
フィアッセ(人気投票1位)が忍(人気投票6位)の彼氏に抱きついてピクピクピクピクしていたが、
コンサート自体は非常に良かったものだとグランツァーリン兄妹には感じられた。
スタンディングオベーションする程度にはご満悦だった。
グランツァーリンと言う名前を警戒したのか、
フィアッセ・クリステラの父親であるイギリス上院議員のアルバート・クリステラが、
「おっ、お前はっ!!」
という息子と同じリアクションをした高町士郎を引き連れてやって来た。
詳しい事は話すわけには行かなかったが、現在妹が矢沢という医師の世話になっているという事を話すと、
変異性遺伝子障害では無いかとアルバートが途端に警戒心を薄くして詰め寄ってきたが、
「フィリス医師にも同じ名称を言われたが、妹の場合は後天的な事故によるものです。」
とレイスは答えた。
そもそも劣悪遺伝子保持者を徹底排除した帝国でその因子が含まれる可能性は少なく、
第一妹が病弱になった契機はレイス・グランツァーリンの根幹を形作るものだ。
「シルヴィアちゃんに翼が発言したことはっ!?」
やたら急に面倒くさくなったアルバートに対して、
レイスは平常運転でにこやかに、
「シルヴィアが天使なのは生まれたときからですよ。」
と、背中に翼が生えた人間=天使と解釈して気分よく答えた。
もし、そこでそれ以上アルバートが、
「だから、それが変異性遺伝子障害と呼ばれる―――」と言っていれば、
「…妹を障害者呼ばわりするのは頂けませんね。」とレイスの機嫌は急降下していただろうが。
そうではなく、
「私の娘も、背中に翼が生えているんだ。」
と、アルバートが答えたのは正解だった。
まさにグッドコミュニケーションだった。
好感度が上がる音が聞こえたような気がしたが、レイスはそれは楽器の練習音が漏れたのだろうと解釈した。
天使の家族を持つと自認する男二人は無言で握手した。
もはやそこには過去の遺恨は無かった。
実際、変異性遺伝子障害、通称HGSとは翼が生えて超能力が使える代わりに幾つか支障が発生する障害で、
まさにフィアッセ・クリステラはその変異性遺伝子障害の保持者なのだが、
そんな事はレイスには知る由も無かった。
娘の障害を恐らく心から天使だと言う、(こう書くと自分の子供の障害を認められない障害者の親集団のようだ)
青年に気分を良くしたアルバートと、
妹が美しくまるで存在しない背中の翼が見えると褒められた(と感じている)レイスにはある種の共感が生まれていた。
その様をみて、月村忍と高町親子も何となくレイスが危険な人物ではないような気がしていた。
すっかり気分を良くして、さて今からシルヴィアと共に美味しいシチーでお腹と心を満たす事にしようと考えていた時、
月村家の駄目な方のメイドことファリンが車で月村忍を迎えに来た。
すずかを連れて。
「ああ、嘘だったのか。」
理由なんてどうでもいい。シルヴィアが来てほしかったすずかが来ない理由は予定があったからと言うのに、
どうしてここにその予定があるはずの御嬢さんがいるのだろう。
(純粋な妹を)騙したのか、とその感情が真冬のロシアの様に急降下した。