「あら。おはよう
「おはようございます。朱璃さん」
まだ陽が昇って間もない頃、神社の境内に漆黒の髪をポニーテールしている巫女と年端もいかない男の子がいた。
「今日は泊まっていくの?」
「迷惑じゃなければ…」
「うふふ、大丈夫よ。私やあの人、なにより朱乃も悠翔君が泊まるのは大歓迎よ」
「ありがとう…ございます」
「うふふ。じゃあ、悠翔君。お掃除手伝ってくれる」
「もちろんです」
女性はニコニコと柔らかい表情を浮かべて悠翔に話しかける。対して悠翔は浮かない顔をしながらも、朱璃から竹箒を受け取り掃除を始める。
「悠君おはよう!」
日も少し高くなってきた頃、時間にして6時半。悠翔の元へ朱璃によく似た女の子が飛び込んできた。
「おはよう、朱乃」
「うん!ねえねえ!今日は悠君泊まってくんでしょ!」
「うん。そうしようと思ってるよ」
「本当!今日は母様と一緒に3人で寝ようね!」
「うん」
朱璃と話している時とは打って変わり、優しい顔で朱乃と話す。
「あらあら。2人共元気ね。さ、朝ごはんにしましょうか」
「うん!」 「はい」
朱璃の言葉に返事をして、3人揃って家の中へ入っていく。
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悠翔と朱乃が学校から帰ってきて、既に寝る支度を始めようとしていた時、扉の外から物音がしてきた。そして障子は開けられた。そこからは能面を被った不気味な行司・巫女装束を着た人達が入ってきた。悠翔は洗面所にいたが、朱乃の悲鳴と朱璃の声が聞こえ、急いで朱乃達の元へ向かった。
悠翔が着いたそこで目に入ったのは、血に染まった朱璃に覆い被されている朱乃と刀を持っている行司服の後ろ姿だけだった。能面達は悠翔が入ってきた事に気付いたが、特に動きは無かった。
「ふざけるなよ、野郎共。朱璃さんに何してやがんだ」
「少年、私達はもう帰る。だから、気にするな」
「人を殺しといてそれかよ。死んでけや。ボケが…」
「止めておけ。君には何も出来ない。君は無力な子供なんだ。それに、事を起こすなら私は忌々しき彼女の子も殺さなくては…」
男の言葉は続かなかった。男が立っていた場所には刀だけが落ち、悠翔は朱乃の傍に屈んでいた。
「『
悠翔の右手には、手首から肘の間を覆う腕輪状の金属と中指にアーマーリングのような刃が着けられていた。
「みんな…ここで消えろ」
悠翔は朱乃を背にして能面達へ走り出す。しかし、それは子供、いや、人が出すにはおかしな速度だった。悠翔が蹴った床はへこみ、1人の前へ跳び、刃を胸に2回刺した。それだけでそいつは、粒子のようになり、消えていった。
「くそガキ!神器持ちか!」
女が叫んだ。能面達は身構える。残り5人。
5人が悠翔を囲い、刀を構える。悠翔の背後から2人が横に刀を振るう。悠翔は屈みながら前へ突進し、男の太股を中指で貫いた。
「あ"あ"ぁ"ぁ"あ"あ"!!」
男は痛みで苦悶の声を上げ、崩れ落ちる。悠翔はそこに顔へ貫手で頭部を爆散させる。悠翔は体に血を浴びながら、左へ蹴りを見舞う。女は刀で受けたが、悠翔の蹴りは刀をへし折り、女を壁へ蹴り飛ばした。
3人はそれぞれ首に痛みを感じた。しかし、今は気にしている場合ではない。少年を斬るのが先だ、とばかりに悠翔へ飛び掛かる。
「失せろ」
しかし、刃が悠翔に届くことはなかった。能面達の体は霧散していった。いつの間にか、蹴り飛ばした女も消えていた。部屋に残ったのは、壁の大穴と床に飛び散った男の血、奴らの刀そして血塗られた悠翔と朱璃、朱乃であった。
悠翔は朱乃へ近ずき、朱璃の死体をそっと床へ寝かす。放心状態の朱乃を抱きしめ
「ごめん…ごめんね朱乃っ!君の母さんを…守れなかった!」
朱乃はようやく事態を理解したのか、大きな声を上げながら泣きだした。悠翔は力強く朱乃を抱きしめ、歯を食いしばった。
朱乃は泣き続けた。悠翔は血が着いていない左手で彼女を撫で続けた。
「朱乃!朱璃!!」
開いたままの障子から朱璃の旦那、つまり朱乃の父親であるバラキエルが入ってきた。
朱乃はバラキエルを見つめた。そして、絞り出したような掠れた声で
「なんで…なんで今頃帰ってきたの…。父様も悠君も来るのが遅すぎだよっ!母様が、母様が!!それに、お面の人達が言ってた!父様が黒い天使なのが悪いって!!」
朱乃は悠翔を突き飛ばした。悠翔は倒れながらも朱乃を見つめていた。バラキエルは娘に掛ける言葉が見つからなかった。
「ごめん。ユウに力が無くって、ごめん…」
朱乃は泣き腫らした目で悠翔とバラキエルを睨み、部屋を出ていった。
その部屋は静かだった。2人はただ立ち尽くしていた。
「悠翔君…血を流してきなさい。その後、少し話をしよう」
悠翔は静かに頷き、部屋を後にした。
悠翔は白のジャージに服を変えて、バラキエルと向かい合い、畳の上で胡座をかいていた。
「まずは…朱乃を助けてくれてありがとうっ!!危ないめに合わせてすまなかった!」
「…いえ。相手は元から朱乃を殺す気は無かったみたいでした…。こちらこそ…すいません…でした」
「それでも、ありがとう!」
悠翔はバラキエルの深々と床に着きそうな頭を上げるように手を動かし、自分も頭を下げる。
「なにがあったか、話してくれるか」
コクッと悠翔は頷く。悠翔は朱乃の悲鳴が聴こえたこと。能面を被った人が7人いて、それを自分の特異な能力で殺した事を言った。
「そうか…その能力はいつからなんだ?」
「1年と半年前から」
「そうか。悠翔君、俺はその能力の事を説明できる。だから、聴いて欲しい。それと俺達のことを…」
バサッ。バラキエルの背中から出てきた黒い翼に悠翔は驚きで目を見開いた。そんな悠翔を知らずか、バラキエルは淡々と話しだした。
この世界には悪魔と天使、堕天使など多くの人間ではない者がいること。姫島は五大宗家の一つであること。悠翔の能力は聖書の神が人間だけに与えた特別な能力、神器であることなど、普通からはかけ離れた摩訶不思議な事を悠翔に話したのだった。
「ここまで聞いて悠翔君。君はどうする」
「どう、とは」
「神器持ちは異形の輩に標的にされやすい。グリゴリの総督はアザゼルと言うのだが、彼の指示で我らは神器持ちを保護している。君さえ良ければ…どうだ?」
「ありがたいですけど、返答は待って欲しい…です」
「もちろんだ。君はもう寝たまえ。この家は俺が守るから今晩はゆっくり休んでくれ」
バラキエルはそう言い、部屋を出ていった。悠翔は座ったままだったが、しばらくすると部屋を後にした。
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悠翔は今日寝る予定だった寝室の前にやって来ていた。悠翔は中には朱乃がいるだろうと思い、中に入れずにいた。しかし、朱乃と話したい一心から取っ手に手をかけると、襖が勝手に開いた。そこには、眼を赤くした朱乃がこちらを睨んでいた。
「…入って」
それだけ言うと、朱乃は中に入って行き、こちらを向いて正座をした。悠翔は朱乃の正面に腰を下ろした。音のない時間が続いた。それを終わらしたのは悠翔だった。
「朱乃…ごめん」
「何のこと言ってるの…」
「朱璃さんを死なせてしまったこと…だよ」
「違う。それは、、父様のせい…」
「朱乃。バラキエルさんは何も「なんで!!父様が、父様がいたから、母様は!ぁぁ」」
「なんで父様は黒い天使なの!なんでっ、私にも黒い翼があるのっ」
朱乃は弱々しい声で泣き、悠翔の胸に倒れ込んできた。そんな朱乃を、抱こうか抱かまいか手をさ迷わせている。
「ねぇ悠君。悠君は朱乃を守ってくれたよね。悠君は朱乃を守ってくれるよねっ…」
「ああ。朱乃は、朱乃だけは必ず守り抜くよ」
悠君は朱乃を包み込むように、しかし力強く抱きしめた。
「悠君。私はこの家出ていこうと思うの。着いてきて、くれるよね?」
朱乃は下から覗きこむように、悠翔を窺う。
「ああ。朱乃が出ていくのなら着いていく。けど…今のユウは弱いよ…バラキエルさんの方がずっと強いと思う。それに、おじさんだって朱乃を大切に想ってる。それでも、か?」
「それでも出てく。確かに父様が悪くない事はわかってる。けど…それはわからないの…」
「そっか…。もう寝よ」
「悠君もいっしょ、だよね?」
「もちろんだよ、朱乃」
悠翔は朱乃の頭をゆっくりと撫でた。朱乃は嬉しそうに頬を緩ませている。2人は布団の中に入った。抱き合うように横になり、朱乃の足は悠翔の足に絡みついている。
朱乃のぐずるような寝息が聞こえてきた頃、悠翔は意識を部屋の外に向けた。
「バラキエルさん。全部…聞いてましたよね」
「ああ」
「自分と朱乃をどう、しますか」
「俺には何もできない。好きにしてくれ。だが、娘を、朱乃をしっかり…守れよっ。俺は君達を見守っているが、朱乃の前に姿を現しても、今は逆効果だろう。だから、君に朱乃を一時的に託す」
「一時的、ですか」
「もちろんだ。今のお前は弱すぎる。とても、朱乃を任せられない。だから…強くなりなさい。何にも、負けないくらい!」
「はいっ、」
悠翔はバラキエルの言葉に歯を軋ませて、返事をした。
「明日の朝、俺は顔を見せない。朱璃の部屋には、本家から持ってきた唯一の物、聖の力を帯びた小太刀が一振りある。それを、持っていきたまえ」
そう言い残して、障子に映るバラキエルの影は消えた。悠翔はバラキエルの言葉を反芻し、朱乃を抱いて寝た。
障子越しに注す陽の光が眩しくて悠翔。自分の胸元にはヒシッと、くっついた朱乃がいた。そんな朱乃を微笑ましく想って、悠翔はそっと頬を撫でた。
悠翔は一先ず、顔を洗いに行こうと体を起こそうとするが、悠翔に絡みついた手足は離れなかった。仕方ないなぁといったように朱乃を見ると、先ほどと打って変わり、泣きそうな、簡単に崩れそうな顔をしていた。
その顔を見て、悠翔は朱乃から離れるのをやめた。そして、しっかりと抱きしめた。それだけで、朱乃は感心したかのように、安らかに寝ている。
(こんな時間も長くは続かないだろうな)
悠翔の悲しそうに歪めた顔を誰も見ていなかった。
「んんぅ~。あー、悠君だ。おはよ、悠君」
朱乃は寝惚けながら、悠翔の胸に頬擦りをする。
「んふふー。あれ?母様は?」
「朱乃…朱璃さんは…」
「え、母様は?あ……そう、だった。昨日のは本当だったんだよ、ね…」
「ああ。朱乃、朱璃さんは…」
「わかってる。わかってるけど…う"ぅぅ」
朱乃は泣き出してしまった。悠翔も涙を溢しそうになるが堪えて、朱乃の背中を擦り続ける。
「もう、ひっく、大丈夫…」
「そう?ならよかった」
そう言いながら、動く手を止める気配はまったく無い。
「悠君。私は本当に出ていくよ。私と来てくれるの?」
朱乃は不安そうに目を泳がせて、悠翔に問うた。
「もちろん。今のユウにとって大切なのは朱乃だけだよ」
「ありがとう!!」
朱乃は抱き合っている状態から、更に深く抱き着いた。
それから、悠翔と朱乃は朝食を摂り、朱璃の小太刀を持って姫島神社を出ていった。
それからというものは、悠翔は右手に神器、左手には朱璃の白銀の小太刀を持って戦い、朱乃は朱璃からまなんだ徐霊術や雷の力を使って食糧を得て、各地を放浪していた。
悠翔と朱乃は毎晩、悠翔が座ってそこに正面から抱き着くようにして寝ていた。朱乃は疲労、悠翔は睡眠不足と疲労から、しんどくなってきた時
「あなた達、面白い力を持ってるわね。私のために、その力を使ってみない」
そこにいたのは、こちらを見下ろしている真紅の髪をした、朱乃と同じ位の少女だった