聖櫻番長のガールフレンド(仮)だらけな日常 作:クビキリサイクル
不慮の事故、というものがある。
油断や思い込みが原因で起こる人災のことだ。
両者とも悪くないが、強いて挙げるなら注意が足りなかった。そういう種類の事故だ。悪気があったのならそれは事件だし、注意が足りていても起こってしまうことなら、「不慮の」とはつかない。つくとしたら「不運の」だ。
その場合、果たしてどちらに責任が及ぶか。
これが意外に難しく、要因がほとんど向こうにあるにも関わらず、向こうに一方的な被害がある場合、被害がないこちらが悪いとされる場合もある。
そう、例え。
隣の家に住む幼馴染の下着姿を目撃してしまった要因が、自分の部屋のカーテンを開けただけだとしても、だ。
「――――――――――――」
「……」
幼馴染―――
俺はというと、突然の状況に頭が追い付いていなかった―――わけではなく。
ああ、またか。と、頭を抱えてた。
なにせ、これが初めてではないのだ。幼馴染の下着姿に遭遇するのは。
いや、窓越しで遭遇はこれが初めてになるけど、他の場所で似たようなシチュエーションは何度経験した事か。
それで毎度毎度この後、俺に罰というか天誅が下るであろう未来が目に見えてしまうのだ。
不慮の事故で、悪気はなかったのに天誅とは。天も理不尽なイベントを用意してくれるものである。
「……あー」
それでも俺は男で、向こうは女子。
いくら幼馴染で子供の頃は一緒の風呂に入った仲でも、きっちりしなきゃいけないところはしなきゃいけない。
例え天誅が避けられないものだとわかっていても。
例え長い沈黙でその半裸を無意識の内に見続けてしまっていたとしても。
例え水色縞々の下着を見てこいつの趣味子供の頃から変わんねぇな……と心の中で思っていたとしても。
「その、すまん」
「きゃぁぁああああああ!!!」
置時計を投げられた。
甘んじて顔面で受けた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「バカ」
「はい。バカでした」
「バカ。バカ。バカ」
「はい。ごめんなさい」
「今世紀最大のエロ男」
「それは違う」
今世紀始まったばっかだぞ。
痛みが引いた頭を抱えながら歩く俺。
「……なぁ」
「なに?」
ギロリと睨まれた。
……まぁいつまでもそっぽ向かれてるよりかはマシか。
俺とるいは朝の通学路にて縦に並んで歩いていた。
横じゃないのは、向こうが頑なに先に行こうとするから。
起き抜けにあんなことがあった手前、怒る気持ちはわかる―――わけでもないが。同じ状況で見られるのが反対でも俺は気にしないし(実際逆のパターンが過去にあったが、キョドったのはるいの方だけだった)。
るいは弓道部に所属していて、俺は帰宅部。本来朝練がある弓道部と登校時間は被らないのだが、面と向かって謝りに行かないまま学校で過ごすのも嫌なので、隣家のるいを待っていた形で登校していたのだ。
それからずっと謝り通しの罵られ通し。
とはいっても、そろそろ遺恨を残さないようにしないとだ。
「言っておくけど、子供の頃はとかそういうのは効かないし聞かないから」
「文字にしないと違いがわかんねーような同音異義語を連続して使うな。流石にそんな逃げ道を通そうとは思わねーよ。でもさ、結果的に覗かれたのはお前だから俺が悪いことにしていいけど、着替え中に窓もカーテンも全開にしてたのは他ならぬお前だからな」
「うぐ」
「俺も不注意な点があるのは否めないけども、別に俺の部屋じゃなけりゃ覗けないわけじゃないから」
「うぐぐ」
「こんなこと俺にしても他の誰かにしろもう勘弁だろうしよー。俺の注意も限界はあるんだから、お前も出来得る限りの注意はしようぜ。ていうかしてください」
「う~~~……」
歯噛みするかのように唸るるい。
こいつのことだ。俺相手に正論吐かれての悔しさだろう。
それでも聞き分けが無い訳じゃないから、なんとか自分の感情を整理しているはず。
「……わかったわよ」
「そうか。まぁ気が済まないようだったら言えよ。学校着くまでは殴られてやるから」
「しないわよ!」
そんな感じで仲直り終了。
その後しばらく雑談(ほぼ俺発信)しながら歩いていると、校門が見えてきた。
俺達が通う聖櫻学園は、俺達高等部だけでなく幼稚園から大学院まで幅広く存在している巨大な学校だ。といってもエスカレーター式でずっとここに通っていたという生徒は数少なく、俺とるいも歩いて通える程度の近所であっても学区は違ったので、高校からの外部受験になる。
個性を尊重した、自由をモットーとする校風である。部活動やその他でも優秀な成績を収める生徒も多いものだから、メディア人気も相当なものだ。
個性的と言えばうちの理事長程個性的なのもいないだろうが、まぁそれはまたの機会に。
「……なんだか、随分と騒がしくない?」
「……まーた誰かなんかやらかしてんのか?」
校内から聞こえてくるざわざわ音は、なにやら騒ぎを感じさせるものだった。
ふーむ。
このざわつきの大きさ。
(果たして何の騒ぎやら……っと)
校門の陰から覗いてみた。
「挑戦だぁ挑戦だぁ! 他校の空手部がうちに殴り込みをしに来たぞー!」
「でもうちの空手部にも用は無いとか言ってるぞー!」
「なんでも番長の噂を聞きつけて、向こうの部長が一対一を申し込みたいらしいー!」
「その通り! 我々は、ただ男と男の真剣勝負を望むのみ! 勝敗がどうなろうと構わん! 俺は味わいたい! 音に聞いた聖櫻学園の番長の強さを! 力を!」
「なんだって!? 番長の闘いが見られるのか!」
「見ろ! 向こうの空手部、みんなガタイいいけど部長は抜きんでてるぞ!」
「馬鹿野郎! うちの番長はもっとすごいぞ! あんな2mありそうな巨体じゃなくても脱いだ時の筋肉やべぇんだぞ!」
「お前こそ馬鹿野郎! 番長は脱がなくてもすごいぞ!」
「いやその前に脱いだ時について詳しく!」
「「「「「番長! 番長! 番長! 番長! 番長!」」」」」
「よし。るい、裏門から入るぞ」
「え、いいの? 呼ばれてるみたいだけど」
「番長? 知らない人ですね――――――」
「あ、兄貴!おはようございます!」
「…………」
「今日も爽やかな一日ですね。のんびりとした時間を過ごせそうです」
「そうだね。君が俺に気付かなかったらね」
「?」
「あ! あいつは
「番長を兄貴と呼ぶ数少ない一人だ!」
「あれ? あいつが兄貴と呼ぶってことは……」
「「「「「番長!!」」」」」
バレた。
「ぬぅ! この場に居合わせておきながらこそこそと隠れるとは! 聖櫻番長! 噂に聞くほどではないな!」
「うちの部長に恐れをなしたか!」
「何だとこの野郎! うちの番長はお前達と違って無闇矢鱈に暴力を振るわないんだよ!」
「敵には厳しくても味方には超優しいんだぞ!」
「兄貴肌が強過ぎて後輩の女の子に間違えてお兄ちゃんと呼ばれた経験ありだぞ!」
「そう思うんなら俺を矢面に立たせるのやめてくれませんかねぇ……」
俺の抗議も聞こえる筈も無く、空手部部長とやらまでの道を開けられる。
るいは……騒ぎに乗じてギャラリーに紛れながら弓道場に向かったようだ。
良し。とりあえずこれ以上騒がれる原因は無くなったか。
また噂されるのも厄介だしな。
「兄貴。これは一体?」
「一体も何も見ての通りだよ。……で? 挑戦、でしたっけ?」
「然り! 聖櫻学園には、阿修羅のように強く! 悪鬼羅刹のように冷酷! 近隣の名声を欲しいままにする番長がいると聞いた! それがお主だな!?」
「まぁ不本意ながらそう……って待って! 悪鬼羅刹のように冷酷は誰だ! 言い出したの!」
ていうか暑苦しっ!
あまり近くに寄りたくないタイプなんですけど!
「いや、いいやそれは。もういいや。でも俺さっき言ってた通り、暴力は好んで振るうタイプじゃないんで、決闘とか無しにしません?」
「否! 我が部員を引き連れてここまで来たのだ!」
そう言いながら向こうはこちらに近づき、空手の試合位置にまで間合いを詰める。
「お主の実力を見極めずには帰れぬ!」
「
「おぉ! 番長が勝利宣言したぞ!」
「あんな熊みたいな人も、やっぱり番長には及ばないんだな!」
「よくわからないけど……、頑張ってください兄貴!」
「う、うちの部長を見て何を言ってるんだあいつ!」
「部長は高校空手個人戦で全国に行った男だぞ!」
「あの正拳突きで何人がゲロ吐いたと思ってやがる!」
俺の言葉を挑発と受け取ったギャラリーが色めき立つ。
一方部長さんは――――――
「……」
さっきまでの暑苦しさが消え、静かに構えを取っていた。
半身で足を前後に大きく開き、左拳を腰に、右腕は前に出した右の太腿と水平に突き出す。重心は上半身から真下に、姿勢は低く。
空手の構えの一つ、不動の構えだ。
自信の表れだと受け取ったのか、それとも隙を一切見逃さないというつもりか、その目つきからはただならぬ闘志が見て取れる。
まぁ、それだけだが。
「……退く気はない、ってことですね」
これ見よがしに左手で掴んだ鞄を、腕を伸ばしたまま肩の高さに持ち上げた。
緊張が広がる。
賞賛と罵詈雑言が入り混じったギャラリーの声も静まり返り、これから始まることを見守るように視線が集まった。
シン、とした空気で、部長さんの大きな呼吸だけが響く。俺はいつもと変わらない呼吸。
沈黙が五秒続き、俺は鞄を手放し。
落ちて。
落ちて。
落ちて。
地面に音を立てて落ちた。
それが合図になった。
「―――破ッ!」
間合いが詰まる。
不動の構えは、その名の通り動きをつけずに重心を固め、固めた下半身から拳を繰り出す、いわば固定砲台だ。姿勢がブレない分、軽快な動きを持たないため、基本的に後手の構えとなる。
が、あくまで基本的に。
足に力を溜めて、力強いスタートダッシュを切るためにこの構えを取る場合もある。
突進する巨体から繰り出される、右腕の腕頭打ち。
左手で止めた。
「っ!」
右腕を出す前の肘を抑えられ、ビクともしないことを悟った部長さんは、すぐさまその腕を引く。
返す刀で撃ち出される左中段突き。
右手で外に流す。
しかし流された勢いそのままに、右回し蹴りを仕掛けてきた。狙いは俺の左上腕。
しゃがんで避ける。
普通なら、ここで体勢を崩して転倒。そこを押さえにかかって決着。
そういきたいところだったが、ここで部長さんが意地を見せた。
「う、おお!!」
流され、躱され、右によろけた姿勢を、強引に戻したのだ。
左足の踏ん張り。
急激な体重移動。
脚から腹筋までにかかる強大な負荷。
それら全てを乗り越え、振り切った右足を元の位置へと。
重心も再び縦一直線の物に変わった。
「墳ッ!!」
大上段から打ち下ろされる左の一撃。
ほとんど垂直に落下するそれは、瓦割りと何ら遜色なく、相対した者の頭蓋を叩き割らんとする拳だった。
最早、相手の気を遣う余裕さえ無いのだろう。
その拳は一切の躊躇もなく、真っ直ぐ俺へと向かっていた。
が、空を切った。
「っ!?」
ボクシングではスウェイと呼ばれるそれだが、空手家である部長さんには経験したことのない躱し方だろう。
そうでなくても、しゃがみながらのスウェイ。
完璧に決まったと思ったであろう一撃が想定外の動きによって躱され、その巨体が硬直した。
わざわざそのデカい体を曲げて、頭を下げたのだ。
それが決まり手だった。
スウェイで後ろに下がった足を止め、全身を跳ね上げて―――
「そら」
その顔面目掛け―――
「ぶっ飛べ」
地面スレスレから舞い上がる、右の一撃を撃ち込んだ。
砲丸が激突したような音が響く。
巨体は宙を舞い、二転三転。
俺の斜め上で縦回転をして、地面に重い音を立てて落ちる。
「「「……………………」」」
静まり返るギャラリー。
背中から落ちた部長さん(頭からは落ちてないから大丈夫。多分)の足が、一拍遅れて地面に落ち、俺の体勢も普通の立ち方へ戻る。
落とした鞄を拾った数秒で、急に湧き上がった。
「す、スゲェー!! あの、あの巨体が回ったぞ!!」
「今何秒で決まったんだ!? 俺の体感だと二、三秒なんだけど!」
「部長がー! 部長がやられたぞー! は、早く手当てを!!」
「気絶してる! ね、念のため救急車を!」
「すごい! やっぱり番長は最強の漢だよ!」
「番長の一撃、5mは離れてるこっちまでビリビリ来たぜ!」
「これで無敗伝説が更に更新されたぞ! 番長に勝てる生物なんて存在するのか!?」
「見たか!? これが聖櫻学園の守護神!
「兄貴ー! 今日も最高でしたー!」
沸き立つうちの生徒と、部長さんに群がる部員達。
その中心で、俺はひっそりと溜息をついた。
(乗り込んできた全国選手を返り討ち。また噂にされんだろうなぁ……)
別に目立ちわけじゃないのになぁ。
以上、ガルフレSS処女作でした。
るいるいは、嫌いじゃないんですが、なんかこうツンデレ幼馴染としてのお約束は果たさなきゃいけないと思ってこうなりました。不快だった方は申し訳ありません。
番長・新城一也君が相手の動きを逐一解説していますが、それだけ余裕だったという表れです。