聖櫻番長のガールフレンド(仮)だらけな日常   作:クビキリサイクル

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円岡燕の打ち砕かれる出会い

 

 

 

 僕―――円岡燕にとって、「強さ」は忌むべきものだった。

 強い奴はいつだって、僕を害するから。

 小柄な僕をチビと呼び、非力な僕を虐げ、一人の僕を数で囲って。

 僕がどんな目に合おうと、誰もが目を背ける。

 傷だらけになろうと、痣だらけになろうと、泥に塗れようと、自分には関係ないからと、巻き込まれたくないからと目を背ける。

 誰も助けてはくれない僕が、唯一身を守る手段は……お金しかなかった。

 親から半ば騙し取るような形で、僕は奴等の要求する金額を用意するしかなかったのである。

 

 

(いつから僕は、逆らう事すらしなくなったのだろう)

 

(いつから僕は、奴等のためなんかに親を騙すことに罪悪感すら感じなくなっていったのだろう)

 

 

 幸いと言うのはなんだが、親から貰う金額は家に影響を及ぼすようなものではなかった。奴等からの要求が低いわけではない。だが親は、富豪とまではいかなくとも奴等の遊ぶ金くらいは用意できてしまう、稼いでいる大人だった。

 そうして金銭を渡しても、奴等は僕への暴力を止めない。

 素直に渡したって奴等はムカついてるなんて理不尽な理由で殴ってくるのに、僕は用意するのを止められないでいる。持ってこなければこなければで、更に暴力がエスカレートするからだ。

 だから、強い奴は嫌いなんだ。

 聖櫻学園の入学初日、帰り道の商店街の路地裏で、違う高校に行った奴等三人に日常的な暴力をまたも振るわれていた時まで、ずっとそう思っていた。

 思っていたんだ。

 でも、それは間違いだった。

 

 

「ん?」

 

 

 何の前触れもなく現れた同級生。

 後に聖櫻学園近隣にその名を轟かせ、僕の「兄貴」となる、新城一也というたった一人の男と出会い、僕は知ることとなる。

 奴等はただ徒党を組み、数で「力を得て」いただけで。

 本当の「強さ」を持った絶対的な『暴』の前には、そんなもの弱いのと何も変わらないのだと。

 僕は本当に、何もかも弱かったのだと。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……あぁ?」

 

 

 不良三人の内一人が、突如現れた僕と同じ制服を着た大柄の男を睨む。狭く、人目に付かない、誰かが通ることもない路地裏だ。そんな所に現れれば不審に思うのは当然だろうけど、そいつのそれは明らかに不機嫌なそれだった。どうせ、「お楽しみ」に水を差すようなことをされたから、なんだろう。

 

 

「何見てんだよお前。……見世モンじゃねぇぞ?」

 

 

 言外にさっさと消えろと、そいつは言っていた。

 僕は―――何も言わなかった。

 口の中どころか全身が痛んで喋るのさえ辛いのもあったけれど、それ以上にもうどうでもよかったのだ。

 普通に考えれば「逃げて」なり「助けて」なり言う場面なんだろうけれど。どうせ言われずとも逃げるだろうし、どうせ言っても助けてなんてくれないんだから。

 事実、ずっとそうされてきた。今回はきっと違うなんて希望、ずっと前に捨てていた。

 なのに今回は違った。

 

 

「こんな場所で見世物もくそもねぇだろ。あーあー、こんなになっちまって」

 

 

 その言葉に、睨んだ男も、僕を蹴り続けていた二人も呆気にとられた。もちろん僕もだ。

 その人は、三人に囲まれる位置にいた僕の所へと、普通に歩いて何の躊躇も見せずに踏み込み、地面に倒れ伏していた僕を立ち上がらせた。

 汚れを払うように、僕の制服をパッパッと叩く。

 

 

「あ。お前よく見たらうちの制服じゃん。入学初日で制服ズタボロじゃねーか」

 

 

 なんなんだ、この人は。

 初対面で、しかも同級生だとたった今気付いたのに、なんで首を突っ込もうとするんだ?

 状況が分かっていないのか?

 今この三人は、不機嫌どころか怒りさえ込み上げているというのに。

 

 

「……んー。折れてる感じはなさそうだな。まぁでも、大事を取って一応病院行っとくか」

 

 

 僕の身体をぽんぽんと触って、彼はそう言った。

 何をやっているんだ、と言いたかった。

 それも、痛みに押されて引っ込んでしまった。

 彼は、不穏な気配をものともせず、三人の方へと向き直り。

 

 

「じゃ、俺こいつ連れてくから。お前等も気は済んだろ? じゃ」

 

「―――ふっっざけんな馬鹿が!!」

 

 

 さっき睨んでいた、彼の右にいた男が拳を振りかぶる。

 あぁ、もう。余計なことするから。

 こうなることは目に見え――――――

 

 

 

 

 

 ガゴンッ

 

 

 

 

 

「……え」

 

 

 重く響く音は、目の前の彼からではなかった。

 いや、そもそもこんな音。殴られて響くような音じゃない。だというのに、僕の目に映ったその結果は、間違いなく拳から響いたものだった。

 信じられないだろうが、言おう。

 拳を振りかぶった男が、その拳を振り下ろしたと思ったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「「…………は?」」

 

 

 遅れて出てきたその声は、不良二人のものだった。

 仲間が飛んでいる方向を見上げ、その行く末を見守る。

 飛んだ男は、狭いながらも長い路地裏で放物線を描いて、高さ3mの最高点から落ちていき、地面に接触した点からも何度かバウンドし、やがてそれも収まって、大の字になって倒れた。

 

 

「……こんなことで一々騒ぎ立てるのも嫌だから、見逃してやろうとでも思ったけどさ」

 

 

 それを行った、右腕を横に伸ばした姿勢で立っている彼は言う。

 

 

「やっぱ痛い目見ないとわかんないよな。お前等みたいのは」

 

「―――う、うぉお!」

 

 

 左にいた男が、同じように拳を振りかざした。

 けど、彼はそれを見もせずに、頭を狙ってきたその拳を背中を逸らして躱す。そして、そのまま左足を上へと垂直に突き出し、そいつの顎を蹴り上げた。

 先程のように派手に飛びはしなかったけれど、確かにそいつの体は浮き、すぐに地面に着地したその姿に、意識は感じられなかった。足からすぐ膝、そこから胴体丸ごと地面に倒れ伏す。

 

 

「ひ、ひぃ―――」

 

 

 仲間二人が目の前で瞬く間にやられ、残った一人は戦意喪失。威勢などどこかへ飛んで行き、腰が抜けて尻餅をつく―――

 ことさえ許されなかった。

 振り上げた左足は、そのままそいつの頭上へと振り下ろされる。大上段からの、踵落とし。不良の頭はその足に持っていかれ、足と頭の位置関係が逆転した。地面とキスし、遅れて足が地面と再び触れ合う。

 

 

「……………………」

 

 

 その一連の流れを、僕は彼の後ろで呆然と見ていた。

 訪れた静寂。

 僕を虐げていた暴力が、目の前の、たった一人の、わずか三撃の暴力で沈黙していた。

 現実離れした光景の中で、彼はポケットからスマホを取り出し、何回かタップして、どこかへとコールを掛ける。電話が繋がるのを待つ音が鳴る中、彼は僕へと向き直る。

 

 

「ほら、行くぞ」

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「―――ええはい。そこに三人程倒れていたのを見ました。自分はあと一人怪我した人を。ええ。彼は一番傷が酷いので、直接病院へ。……いえ、意識はちゃんとありますし、自分でも歩けるそうです。他三人はただ気絶してるだけのようでしたから。それじゃあ、お願いします」

 

 

 彼は救急車を呼んでいるようだった。指定した場所を聞く限り、どうやらあの三人用に三台呼んでいるらしい。

 気絶させた本人が救急車を呼ぶのもおかしい話だけれど、僕からしてみれば非は完全に向こうにあるし。それでもわざわざ呼んでくれる辺り、あの三人は彼に感謝して然るべきだろう。

 いや、まず感謝しなければならないのは僕なのだが。

 通話を切り、スマホをポケットに仕舞って僕の前を歩くその大きな背中に声を掛ける。

 

 

「……あ、あの」

 

 

 身体の痛みは、時間が経って大分マシになっていた。

 口の中が切れていてやっぱり喋るのには痛みが伴うけれど、我慢できない程ではない。

 

 

「その、ありがとうございました。助けてもらって……」

 

「……お前さー」

 

 

 表通りを歩きながら、彼は僕の方に顔だけを向ける。

 

 

「ああいう連中にゃ絡まれる前に逃げろよな。たまたま俺が通りがかったからいいようなものの、そうでなかったらずっとサンドバッグだったぞ」

 

「え、ええっと……」

 

 

 そういう彼はああいう連中に絡まれるどころか、絡まりにいったわけだけれど、あんなにも強いのであれば世間一般の常識は通用しないのだろう。

 相手が三人ぽっちだからだとか、そんなレベルの話じゃない。

 例えるなら不良漫画のキャラクターがファンタジーバトルの世界のキャラクターに喧嘩を売ったかのような、まるで次元の違う争いだった。

 

 

「……僕、足が遅いから。逃げたってすぐに捕まるだけです」

 

 

 善意なのだろう彼の注意に、僕はそう応えた。

 そうとしか、応えられない。

 

 

「それに向こうは僕の事を知ってますし。万が一逃げられたって、日を改めて余計に怒ってきますよ」

 

「……ん? すると何か? 今回が初めてとかじゃなくて、定期的に?」

 

「え、ええ。はい」

 

「……はぁ」

 

 

 心底不愉快そうな顔をして、彼は溜息をつく。

 多分、いじめだとかそういうのが嫌いなタイプなのだろう。見てるだけでなく、聞くだけでも怒りが込み上げてくるくらいに。

 そう考えるとさっきのは、もしかしたらあれでもかなり我慢しながら、話していたのかもしれない。

 

 

「こんだけ痛めつけて、金まで奪って、それも定期的だとか。ほんっとどうしようもねぇ奴等だな」

 

「……え? 僕、お金を盗られたこと、言ってませんよね?」

 

「ん? ああ。これだろ?」

 

 

 そう言って、彼はその手に諭吉を二枚分取り出した。

 つまり二万円。

 ……二万円。

 

 

「え!? そ、それって!?」

 

「財布持ってんのに無造作にポケットに突っ込んでたから、まぁ盗られたものだろうと思って」

 

 

 返す。と言って、諭吉二枚を僕に手渡す。

 い、いつの間に抜き取ったんだろうか。すぐ後ろにいて、全然気付かなかった。

 

 

「あ、ありがとうございます。重ね重ね」

 

 

 手渡された諭吉二枚を受け取って。

 僕は聞きたかったことを聞くことにした。

 

 

「……あの、聞いてもいいですか?」

 

「ん?」

 

「……どうして、助けてくれたんですか?」

 

 

 僕は、助けてほしいなんて言わなかった。

 助けてほしいような視線も向けなかった。

 助けてほしいって、思いさえしなかった。

 諦めてたから。

 どうせ打ち壊される希望を持つのは、辛かったから。

 ずっと。ずっと。

 

 

「僕なんか助けたって、損はあっても得はないのに」

 

「ほっとけなかったから」

 

 

 即答されてしまった。

 

 

「…………」

 

「納得いかない? じゃあ逆に聞くけどよ」

 

 

 病院へと続く道の中途にある、短い階段を上りながら、彼は言う。

 

 

「お前は、『強い』ってどういうことだと思う?」

 

「え?」

 

「『強い』ってどういうことだと思う?」

 

「いえ、聞こえなかったわけではなく」

 

 

 『強い』。

 強さ。

 ……さっきまでの僕だったら、忌むべきものだっていう答えがあったけど。

 あの光景を見た以上、その答えは打ち砕かれたものだ。

 

 

「ご、ごめんなさい。あの……僕なりに持論があったんですけど」

 

「俺は素晴らしいことだと思うよ。()()()()()()()

 

「?」

 

「頭が良い。金がある。権力がある。世の中にはいろーんな『力』があって、『力』を持ってる奴はそれだけ選択に幅を持つことが出来るもんだ」

 

「幅……」

 

 

 それは、そうだろう。

 知力があれば、いじめられないように、立ち回ることが出来る。

 財力があれば、奴等より強い人を雇って身を守ることが出来る。

 権力があれば、わざわざ雇わずとも守られるようになるだろう。

 そして、暴力があれば。

 自らの手で、奴等を返り討ちにだって出来た筈だ。

 

 

「……そう、ですね。そうだと思います」

 

「けど、言っちまえばそんだけ」

 

「えぇ……」

 

 

 自分で素晴らしいことだって言いながら、すぐそれを否定するようなことを……。

 いや、「強いこと自体は」って言ってた時点でそうか。

 階段を上り切った先で、曲がり角を曲がる。

 

 

「お前はさ。自分より強い奴は、みんな良い奴だって思うか?」

 

「っ。いえ、それは……」

 

 

 思わない。

 むしろ僕にとっては、みんな悪い奴だって言う方が頷けるくらいだ。

 僕をいじめてくる奴等も、それを見て見ぬフリする人達も。

 僕より強いくせに。

 僕より弱い奴なんていないくせに。

 

 

(でも、この人は)

 

 

 僕が会ってきた誰よりも、強かった。

 誰よりも強くて、良い人だった。

 

 

「やること次第なんだよ」

 

 

 答えを聞かずとも了解したように、彼は続ける。

 

 

「俺は強い。が、どれだけ力があっても、やることがいじめなんじゃあいつらと大差ない」

 

「…………」

 

「あんな奴等みたいにも、見て見ぬフリするようなダセェ奴にもなりたくない。理由としちゃそんだけだ」

 

 

 さてと。と言って、彼は視線を横へと向ける。

 病院だった。

 

 

「着いたわけだが、痛むところ増えてたりしない?」

 

「あ、いえ。それは大丈夫です」

 

「そーかい。親御さんには電話しとく?」

 

「いえ、それもちょっと……。あの」

 

「ん? どした?」

 

「そういえば、お名前聞いてなかったなと思って……。僕は、円岡燕です」

 

「円岡、ね。新城一也だ。まぁよろしく」

 

「は、はい!」

 

 

 握手を求められ、僕は咄嗟に握り返したけれど。

 僕はこの時、その前の話で頭を占めていた。

 彼はきっと正しい人なんだろう。

 でもそれは、強い人間の意見で。

 僕のような弱い人間は、そんな正しい意見を彼のように貫くことは出来ない。

 生意気にも僕は、彼に反発するようなことを考えていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 これが、新城一也と円岡燕の出会い。

 聖櫻学園最強の番長と呼ばれ、慕われる所以となった彼の『暴』と生来のお人好しを、彼が学園に入学してから最初に目の当たりにした少年の話だ。

 知る由もない。

 ただの一般論だと思っていた、新城一也の「ダセェ奴になりたくない」という言葉に、どれだけの想いが込められているか。

 想いが、信念が、誇りが。

 夢が込められているかなど、彼は知る由もない。

 これから一年経った今でも、彼は知る由もない。

 

 

 

 

 

 




はい。初のシリアス過去回でした。
自分の更新の度にガールとのいちゃらぶほのぼのを期待してくださった方、ごめんなさい。ガールは今回出ないんです。

燕くんの過去エピソードは、とりあえずもう一つあります。そっちは長くなる予定です。でも多分そうすぐにはやりません。日常ネタに詰まった時に進めていくつもりです。
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