聖櫻番長のガールフレンド(仮)だらけな日常 作:クビキリサイクル
今日は保育園に来ていた。
かと言って保育園の先生のバイトをしているわけではない。
聖櫻学園のイベントの一環。保育士の職業体験である。
学園の提携である近所の保育園にて、一日先生として働き、園児達と遊んであげるという趣旨だった。
提携している保育園は複数あるので、それぞれに生徒達が分かれ、俺もその内の一つである保育園に来てるわけだが。
「はい、それじゃ私がオルガンを弾くので、それに合わせて皆で元気よく歌ってね」
「「「はぁーいっ」」」
「うん。良いお返事だよぉ~。それじゃ、さんはいっ」
「らー♪」「ら「らー」らー♪」
「……あららぁ、ばらばら……。よし、皆もう一回! はい、で歌うんだよ~」
「「「はぁーいっ」」」
「さん、はいっ」
「「「らー♪」」」
(うん。こっちは大丈夫そうだな)
部屋の窓から覗いた風町担当のばら組は、順風満帆だった。
俺は担当する組が無い、いわば遊撃隊のような先生だ。組を見回り、上手くいっていない組にフォローを入れる役である。あるが、正直俺如きのフォローが必要になる組があるのだろうか。
しかしあつらえたように保育士が似合うな、風町。
音楽関係もここでは強みになるだろうし、元々の性格からそういう雰囲気が醸し出ているというか。単に子供好きなだけでは出せない統制を感じる。
一緒に担当してる白鳥も上手く歌えてない園児に優しく指導してやれてるし、心配無用のようだ。
(さて、こうなると別の組の様子を見に行った方がいいかな)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
ばら組から離れ、廊下を歩く。
隣のすみれ組は……あの人がいるからこっち以上に心配はないと思うが。まぁとりあえず見ていくか。
扉の窓から覗く。
「
「はーい。何して遊ぶ?」
「せんせーっ。ごほんよんでー?」
「あ、ごめんね。ご本は後ででいいかな? その代わり、一緒に遊びましょ?」
「せんせー好きー! けっこんしよー!」
「大人になったら、考えてあげるね」
おーおー。浅見先輩、引っ張りだこになってら―――
「…………まだ、まだ落としてないね」
「さて、どうかな……もう私は落としてるかも」
「なんの遊びをしてんだあんたら!」
すみれ組に突入。
子供達、子供達と遊んでいた浅見先輩、そして椅子に座った
その拍子なのか、九重先輩の手からハンカチが落ちる。
振り向いてそれを見届ける玉井先輩。
「あ、チェック成功」
「あぁ~、ドロップ失敗かぁ。それじゃあ次は
「続けるな! 浅見先輩が子供達の相手を一手に引き受けてるじゃんか!」
「び、びっくりしたぁ。新城君だったんだ」
「つーか何の遊び!? 何の勝負!?」
「ハンカチ落としだよ」
「混ぜろ! 子供を!」
何のために来てんだここに!
「つーか浅見先輩。子供の相手もいいですけど、注意くらいはしましょうよ……」
「うん、まぁそうなんだけど……。あまりにも真剣にやってたから、声掛けづらくて……」
最初は子供達もやってたんだけどね、とフォローする浅見先輩。
それがどうして椅子を持ち出して一対一の対決になってるんだ。
飽きちゃったの? 子供が飽きちゃったのに続けちゃったの?
「カズもやる? ルールはね」
「やらないからいいです。みんなでやる何かをやりましょうよ。子供達を入れて」
「じゃあゴルフ」
「フィールド広過ぎ」
「ビリヤード」
「持ち込むもの多過ぎ」
「……バレーボール?」
「体格差あり過ぎ」
「もうカズが決めてよ。そう言うんなら」
「いつものを否定されたからって拗ねんでください」
子供の前で子供みたいな……。
「トランプでもやりますか? ちょうど持ってきてるんで」
そう言って懐からトランプの束を取り出す。
遊撃先生は、こういう遊びのアイテムをいくつか持たされている。トランプとかの小物に限るが、園児達がバラバラにして放置してしまいそうなものは避けた、据え置きの物には無い遊び道具をチョイスしているのだ。
「まぁ園児達が出来るものに限られますけど」
「そうね。みんなー、トランプで出来る遊びあるかなー?」
「ばばぬきー!」
「しちならべー!」
「しんけいすいじゃくー!」
「大体出来そうね。それじゃ、浅見さんも一緒にやろっか?」
「ええ。新城君、準備してくれる?」
「いいですよー。ババ抜きからにしますね」
そうしてすみれ組+4人のトランプ大会が行われる運びとなった。
・ババ抜き
「いっちぬっけっぴ!」
「にー」
「三抜けっと」
「あはは……。人数多いから、一回が終わるの早いね。四抜け」
「ご!」「ろく!」「なな!」「はち!」……
「で、俺と玉井先輩か」
「ぐぬぬー……三回連続ビリはやだ! さぁ! どっちがババかわかるか!?」
「ふむ……」
「あっ……」
「…………」
「おぉ……」
「わっかりやす」
「あぁんっ!」
「抜けー」
「もぉ~、どうして勝てないのぉ~……」
「前にも言ったけど、麗巳はわかりやすいんだって。すーぐ顔に出るし」
・七並べ
「……麗巳、あなた持ってるでしょ」
「な、なんであたし!?」
「とぼけないで! そんなに手札持っててここにないわけでしょ!」
「いやあたしも出せてないだけだから! ここで止められてるだけだから!」
「おねえさんたち、しんけんだねー」
「なんだかんだで、どっちも熱中しちゃうタイプなのよね。……君達も持ってないんだよね?」
「んーん」
「誰が持ってるのかしら……ハートの8」
「もう誰でもいいから出してほしいところですけどね……」←持ってる
・神経衰弱
「「「「…………」」」」
「おにいさん弱いねー」←4枚
「幼さ故の鋭い言葉!」←0枚
「駆け引き絡みは結構強いのに、記憶力勝負になるとボロボロなのよねぇ……」←8枚
「人の顔と名前はすぐ覚えるのに、不思議なもんだねぇ」←6枚
「ど、どんまいどんまい! 次は上手くやれるから!」←12枚
「五回中五回ともその台詞聞かされましたぁ! ていうか俺に回ってくる頃には狙ったように覚えたカード全部持ってかれてるんですけど! 新手のいじめ!?」
「言い訳を始めたわよ」
「情けない情けない」
「結構辛辣ですね!」
「よーし! それじゃあ次は、大富豪でもやろっか!」
「だいふごー?」
「わかんないか。ま、やりながら覚えよっか」
「はーい」
そうしてゲームをいくつかやっていく内、先輩方もちゃんと子供の面倒を見れるようになっていた。
子供と言えど勝負相手になると見たのか、勝負事好きな玉井先輩から闘志が見られる。
そんな二人を見てか、浅見先輩がくすりと笑う。
「良かった。ちゃんと楽しめてるみたい」
「やっぱり一人で相手するのはきつかったですか?」
「ん…………ホント言うとね」
やっぱりか。
笑ってはいたけど、困ってる風でもあったと思ったら。
「だから、君が来てくれて助かったかな」
「もう大丈夫ですか?」
「ええ。ありがとうね。ここはもう大丈夫だから」
「そうですか。では、また何かあれば」
「頼りにさせてもらうね? ……ほらみんなー。 お兄さんにまたねしようねー?」
「またねー!」
「またあそんでねー!」
「またねー、よわいおにいさん」
「おっと調子に乗るなよ」
先輩三人の輪の中に混じる園児達に手を振り返して、すみれ組を後にした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
もう一つ隣のひまわり組は心配しかなかったので、ノータイムで突入した。
「おかえりなさいませぇ~、あ・な・た♥」
幼妻に出迎えられた。
「……
「あぁ、駄目ですよぉ。先輩は今、甘利の旦那様なんですから」
「旦那様?」
「わ~、お兄ちゃんだー」
「おん?」
甘利の小さい体の上から後ろを見る。
うさぎがいた。
ではなくうさぎを頭に乗せた
「おかえりなさ~い。ピョン太と一緒に待ってたよ~」
「…………?」
「混乱してるようだな。無理もない……」
「おお、
長谷川の発言に疑問符を浮かべていると、ちびっ子に囲まれるちびっ子……じゃなくて不知火から声がかかった。
園児達御用達のテーブルの前で正座している。
「今、子供達とおままごとをしていてな。その内来るだろうと、君が父親役に任命されていたんだ」
「……ああ、それで」
「いすずちゃん! きみ、じゃなくておにいちゃんでしょー!」
「ぱぱー、おなかすいたー。はやくごはんにしよー?」
周りの園児達から不満の声。
「……全く。何で私が子供役なんだ……。しかも君の妹役だと? 納得いかん……」
不知火がぶつくさ文句言ってる。
ん?
「あれ? 俺が父親役なのに、子供の妹?」
「ああ。長谷川さんと不知火先輩は、子供達の叔母。先輩の歳の離れた妹さんなんですよぉ」
「離れ過ぎィ!!」
まだ幼い妹達と妻と大勢の息子娘を扶養してる設定なのか俺!
一家の大黒柱にしても支えるもの多くない!?
「ところで旦那様ぁ。ご飯になさいますか? お風呂になさいますか? そ・れ・と・もぉ♪」
「……子供達がお腹空かしてるみたいだし、ご飯にしようか」
「かしこまりましたよぉ♪」
ぱたぱたと歩く甘利。
…………甘利は贔屓目なしでも美少女だし、シチュエーションも男の憧れなんだけども。
でも甘利だからなぁ……。
期待0なのに不安ばかりが膨らんで、これっぽっちもワクワクドキドキしない。ハラハラドキドキはするのに。
「そういえば、旦那様ぁ?」
そう言って甘利は、掛けてあった男物のYシャツをその手に取る。
そして口紅を取り出し。
胸ポケット辺りに何やら描き込んで。
口紅を仕舞い。
それを俺の方へと見せつけた。
「洗濯していたら見つけたんですけどぉ……。これ、一体なんなんでしょうねぇ……?」
「君が今描いたキスマークですけどぉ!!?」
アイエエエエ! シュラバ!? シュラバナンデ!?
「いえ。甘利は旦那様を信じていますよぉ? ですから、これについてもきちんと説明して頂ければ、甘利は何もしませんからぁ……フヒヒ」
「表情と笑い声が絶対何かする人のそれなんだよ! 問答無用じゃん! 俺が何を言っても言い訳にしかならないじゃん!」
「言い訳……? つまり、浮気を認めるという事ですかぁ?」
「例え玩具でも包丁を持ち出すな! つかおままごとに家庭の惨劇を持ち出すな! どんなリアル思考だそれ!?」
いきなりぶっこんできやがったよこいつ! 園児達に血を見せたいの!? スプラッターの衝動はどこにいても抑えることが出来ないの!?
「もう。甘利に内緒で女の子に手を出すのは禁止ですって、何度も言っているじゃないですかぁ」
「だから手ぇ出してねぇっつの」
「
「はい。ただいま」
「わー! ごはんだー!」
「おいしそー」
「ぱぱー。ままー。はやくはやくー」
「それでは、いただきましょうかぁ♥」
「……ん? あ、ああ」
勝手に始まったと思ったら、勝手に終わった。
甘利の修羅場は神出鬼没らしい。
園児達が囲むテーブルへ向かうと、そこには所狭しと並べられた玩具の料理達が。
白飯。味噌汁。ハンバーグ。ピーマン。人参。
……甘利が妻役にしては、やたらまともなレパートリーだな。
「お待たせ致しました。どうぞお召し上がりくださいませ」
そう言って、円城寺はキッチンらしき台に玩具の包丁を置き、ぺこりと頭を下げる。
その背にはベビーキャリーが備え付けられ、女の子の人形が一体背負われていた。
「赤ん坊の面倒見てるのか。円城寺は……二人より大きい妹ってところか?」
「いえ、違いますよぉ。円城寺さんは、甘利とも旦那様とも血縁関係にありません」
「んー? じゃあ……家政婦さん?」
「愛人です」
「…………は?」
「
「設定に狂気を感じる!!」
この妻と愛人を同居させるってどんな神経してる父親なんだ俺!?
こんなん絶対毎日修羅場なんですけど!? それとも何!? 甘利の前での浮気なら許してもらえるの!? それはそれで怖いんですけど!?
「フヒヒヒヒ♪ 血みどろ待ったなしの家族構成……。甘利、ゾクゾクしちゃいますぅ♥」
「全員普通に子供達の一人でいいじゃん! 妹でもいいじゃん! 何でややこしくして愛憎劇繰り広げようとしてんの!?」
「ところで、愛人とは一体どういったものでございましょう? 新城様には甘利さんという奥様がいらっしゃいますのに」
「わからないままやってたのお前!? 逆にすごいな!」
「あぁ、駄目だよピョン太~。お兄ちゃん、弟のピョン太はこっちで食べるから、抱えてきて~」
「うさぎの弟までいるし!」
あーもう滅茶苦茶だよ。
とりあえず弟のピョン太を抱え、テーブルを囲む俺達とは別に餌(本物)を食べる位置に置く。
席に戻り、手を合わせた。
「いただきまーす」
「いっただっきまーす! ほら、いすずちゃんも!」
「ぐぅ……い、いただきまーす。もぐもぐ……」
「…………」
不知火はいつも以上に子供っぽい声色でいただきますしていた。
顔は口角を上げて引き攣っている。
「ご、ごはんおいしいねーっ? あのね、いすず、ハンバーグ大好きー……!」
不憫!
「そ、そっかそっかー。いやー。円城寺の料理は絶品だなー」
「そ、そのようなことは……。はぅ」
「旦那様ぁ? ハンバーグは円城寺さんと甘利で作ったんですよぉ? じょぉ~ずにお肉をグッチャグチャにしてからこねこねしたんですぅ。褒めてください♪」
「い、いやぁ。いい嫁を貰えて幸せ者だなぁ」
そのハンバーグ、人肉混ざってたりしないよな?
おままごとで、玩具のハンバーグで心の底から良かった。
子供達と一緒に、白飯をスプーンで掬って、食べる動作をする。
一也パパ。大人になっても箸を扱えないようである。
「ねぇママー」
不意に、園児の一人が甘利に呼びかける。
「ママは、パパのことすき?」
「ええ。好きですよぉ」
甘利は笑顔でそう答える。
甘利は笑顔でこう続ける。
「ホルマリン漬けにして、その体を永久に観察していたいくらいに♥」
「ねぇ代わって!? 不知火が俺の嫁になって!」
「ば、馬鹿な事大声で言うな! わわ私とて、子供役には不満があるしー……その、なんだ……」
「あ。甘利は愛人でも構いませんよぉ? 円城寺さん、先輩の奥さんになります?」
「そ、それは些か……心の準備が」
「あー。ピョン太ー、残しちゃ駄目だよー?」
長谷川だけが、喧騒から遠く離れていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
あの後もしばらくおままごとは続いたが。
不知火が俺へのお兄ちゃん呼びに耐え切れず、昭和の親父さながら、叫びながらテーブルを引っ繰り返してしまったので、別の遊びをしようということになった。
その際、遊撃先生の俺はひまわり組から退出。
不知火が恨みがましい目で見てきていたが、甘利がいる以上、俺にはあの組をどうすることも出来なかったのだ。
気絶させる以外にあいつの暴走を止められる術があるなら、どうか教えてほしい。
(次のたんぽぽ組は……優木、
ああ見えて竜ヶ崎は面倒見が良いし、他の三人も子供の評価は高そうだから、ある意味浅見先輩率いるすみれ組より安心は出来るが。
問題は、竜ヶ崎が千代浦先輩とトラブル起こしてないかなんだよなぁ。
どっちも初対面で上手くコミュニケーション取れるタイプじゃないし、プライドもわりかし高めだから口喧嘩に発展しているかもしれない。流石に子供の前で手を出すようなことはしないだろうし、優木と小日向には理解があるからストッパーにはなるだろうけれど、一応見ておいた方が良いだろう。
たんぽぽ組の前の廊下に到着する。
さてさて。どうなってるやらと。
「せんせーあそんでー!」
「ふぇぇ。髪引っ張らないでー……」
「おいお前等! 先生が困ってるだろ!? 遊びてぇなら遊んでやっから、乱暴すんな」
「はーい」
「うん。素直でよろしい。ちゃんと先生にごめんなさいして」
「……ごめんなさい」
「う、ううん。大丈夫だから、もうしないでね? ……竜ヶ崎さん。千代浦先輩。ありがとうございます」
「別にいいのよ。困ったときはお互い様」
「たく。最近のガキは……。お前もこういう時はビシッと言わねぇとよぉ」
「ご、ごめんなさい~……」
「いや、謝られることでもねえけどよ……」
「……ふふ」
「な、なんだよ……」
「いやね。なんだかそういう物言い、新城に似てるな、と思って」
「せ、先輩に? そうか……?」
「そう思わない?」
「ええっと……あ、そうですね。新城先輩も、おんなじこと言ってたような気がします」
「好きな人の癖は似るって言うけど、それかしらね?」
「ばっ!? そ、そんなんじゃねぇよ! そりゃあ先輩のことは尊敬してっけど、そういう女々しいのとは違うからな!?
「はいはい。そういうことにしときましょう」
この短時間で既に弄り方を心得てらっしゃる。
弄りネタに使われる俺も若干恥ずかしいが、友好的な関係を築けていると思えば良い傾向だろう。
こうすると俺が出ていく必要も―――
「あれぇ~先輩? 扉の前でどうしたんですかぁ?」
「お」
見つかった。
教室側からではなく、廊下側で背後からの声である。振り向くと、そこにはエプロンを装着した小日向の姿が。
腕いっぱいにフルーツを抱えていたが、大して驚きはない。
「様子を見に来たんだが、心配は杞憂に終わりそうだしな。そろそろ組をもう一周見て回ろうかと思って」
「えぇ~? そんな、たんぽぽ組にも寄って行ってください。みんな喜びますよ~」
「そうかぁ?」
「そうですよ~」
そうは言うが、仲良くやってるみたいだし。
しかし次の言葉を待たず、小日向は扉を開けてみんなに呼びかける。
「みんな~。新城先生が来てくれましたよ~」
「わ~い」
「だれー?」
「あ! せ、先輩! お疲れ様っス!」
「こんにちは、先輩」
「ああ、来たのね。どうかした?」
「こんにちはー。いや、様子見に来ただけのつもりでしたけどね……」
見ると、教室の中ではぬいぐるみや折り紙が所々に置かれていた。
クマ。ゾウ。うさぎ。キリン。ライオン。猫と、ぬいぐるみも折り紙も種類豊富に作られている。
ぬいぐるみは短時間で出来そうな簡単なものばかりだったが、折り紙の中でよれよれだったりしてしまっているのとは相まってシャキンとしてるのは、千代浦先輩の作品だろう。
中でも一際異彩を放つのが大きく翼を広げた竜の折り紙なのだが……え? あれ折ったの?
「あ、あの……」
「ん?」
「……もしかしてっスけど、さっきの聞いてたっスか?」
「俺の物言いが移ってたこと?」
「い、いや! それはっスね!」
「尊敬はしてるけどそういうんじゃない、だろ? 聞いてた聞いてた」
「ほっ。なら良かったっス」
「女の子としてそれもどうなの……?」
そうは言うがな先輩。
さて、この分だと俺の持ってるアイテムも大して役に立ちそうにないが、どうしたものか。
「まぁでも、いちごと一緒ならちょうどよかったわ。君も参加する?」
「はい? 参加ですか?」
「おえかき」
「おえかき……って、じゃあ小日向。そのためにフルーツ持ってきてたのか?」
「はい~。フルーツをモデルにして、みんなでおえかきしようって」
「いちごは、いちごも持ってきてたから、みんなでいちごを食べるのもいいかなって思ったんですよ~」
「成程ねー」
いちごがいちごを持ってきていちごを食べるって。
紛らわしい。
文脈からして、どのいちごが小日向でどのいちごが果物のいちごなのかくらいわかるが、曲解されたらヤバイ意味になりそう。
「先輩もどうぞ~。いちごを食べてください~」
「……おう」
わざとかこの子。
心の汚れ具合のチェックですか?
園児達にも配っていた果物のいちごを受け取り、口に放り込む。
甘くてジューシィな味が口いっぱいに広がった。
「えー。でもおえかき苦手なんですけど、俺」
「そうなんスか? でも、アタシも人に見せられるレベルじゃないし、気にしなくても」
「いや、お前の言うのとは多分レベルが違うと思うよ。俺のは」
「そう言わずにね。この子達も、一人でも多い方が楽しいでしょうし」
「おにーさんもしよーよー」
「ねーねー」
「あ、あの。私からもお願いします。先輩の絵、見てみたいです」
「期待持つ方向で言われても……」
いちごを頬張り終えた優木からまでもお願いされてしまう。
まぁ、可愛い後輩と園児がこう言うんだ。ガッカリされても責任は持てんが、参加してやらない理由は無いだろう。
「わかったよ」
「えへへ。じゃあ先輩、これをどうぞ」
「サンキュ」
「竜ヶ崎さんも」
「おう」
優木から手渡される紙と色鉛筆一式。
園児達は自分で用意したクレヨンを使うようだった。
真ん中のテーブルにフルーツが置かれ、それを取り囲むように座る俺達。
「さて、描くとしましょうか」
「桃さん、林檎さん、オレンジさん、パイナップルさん~♪」
「…………」
美術部二人は絵具とキャンパス立てまで用意していた。
本格的過ぎてちょっと引く。
数十分後。
「おお。やっぱり格が違いますね、千代浦先輩は」
「そういう君は相変わらず手抜きとしか思えない出来だよね……」
とりあえず出来る限りは描き上げた俺は、千代浦先輩の経過を見に来ていた。
まだ描いている途中ではあったが、やはりというか流石というか、美術部の貫録を見せつけられた気分だ。
それに比べ、俺の絵は……。
真面目に描きはしたんだけどなぁ……。
「なーんか林檎のこの、緩やかな曲線が描けないんですよね」
「だからといってこんな角張った林檎、私初めて見たわ……」
六角形の林檎が出来上がったと思うだろうか。
違う。
正方形の林檎が俺の紙に描かれていたのだ。
どんな風に握ればこんな形になるんだか。
丸の一つもまともに描けない俺である。
「塗りもはみ出してるし、線はよれよれだし、色遣いもひどいものだし、園児達でもまだマシに描ける子がいるんじゃないの?」
滅多打ちだった。
顔を集中的に竹刀でバシバシ叩かれてるような言葉の嵐である。
いや、まぁ批判されるのは目に見えてたんですけどね?
「大概の人は練習したらどうにかなるものだけど、君のこれは」
「はい。もういいです。十分です」
退却した。
新城一也、敵前逃亡である。
いや、敵じゃないけどね? 先生だけどね?
先輩に背を向けたが、尻目に見ると自分の絵に戻っていた。絵のことになると人が変わったように集中するよなぁ……。芸術家肌というか。
さて、他はどうなってるかな、と。
園児達が園児達らしい絵を描いているのを横目に、とりあえず竜ヶ崎の所へ。
「ぬぐぐ……」
(苦戦してるなぁ)
それだけ真面目に取り組んでるという証なんだろうが。
どれどれっと……。
えらく棘が伸びたパイナップルらしきものが描かれていた。
(なにこれ釘バット?)
人のこと言えた義理じゃないが、これは中々。
ヘタと比べて身がなんか異様に長い。
「あ、先輩。中々上手くいかないっスよね」
「うん。どう上手くいってないかはわかってやれないけど、上手くいかない気持ちはわかるよ……」
どうしたらこうなるのかって聞かれると、どうにかなったらこうなったとしか言えない。
「先輩はどうっすか?」
「こんなんだよ」
竜ヶ崎に俺の絵を見せた。
「…………」
「…………」
「ぜ、前衛的っスね!」
「かえって傷付く!」
「あぁ! すいやせん……」
「分かってたからいいよ……」
その言葉が聞こえているのか聞こえていないのか、竜ヶ崎は落ち込んでしまった。
自分の美術センスより、俺を不用意に傷つける発言をしてしまった方が問題だったらしい。
指摘は千代浦先輩にガッツリ受けたし、そもそもそれくらいで根に持つほど傷付くメンタルでもないんだが。
しかし言っても無駄な様子だ。仕方ないので、小日向の方へと向かう。
フルーツに並々ならぬ情熱を注ぐ小日向であるが、今回はどうなってるだろうか。
誰から見ても楽し気に、キャンパスに絵具を塗る小日向の後ろから、覗いてみる。
「♪~」
「……やっぱすげぇな」
「あ、先輩。ありがとうございます~」
描き慣れている、とでも言えばいいのか。
それぞれのフルーツを全体像から細部に至るまで丁寧に描かれている。
質感、匂い、重量、その他諸々を絵で表現せんばかりの絵画であった。
千代浦先輩が万遍なく上手く描ける人間であれば、小日向は果物特化。他で負けてもフルーツへの愛は負けていないことの証左であると言えよう。
「先輩は描き終わったんですね~。私も、この桃さんと背景で出来上がりますよ~」
「うん。まぁこれと比べるべき代物じゃねぇけどな……」
高低差で言えば、小日向は月、俺はマントル辺りが妥当。
「苗ちゃんのはどうなってますか?」
「優木か。そういえばあいつの絵、ぬいぐるみの設計図でくらいしか見たことないな」
「可愛い絵が出来てると思いますよ~。是非見ていってあげてください」
「そうすっか」
「ではでは」
パレットにはピンク系統の絵具がある。これから桃の塗りに入るのだろう。
これ以上邪魔しちゃ悪いので、小日向から離れ、優木の所へと向かうことにした。
(可愛い絵、ねぇ……)
設計図だと見た目を裏切って精巧だったりする優木だが、絵だとどんな画風なのやら。
園児達に混じってカメレオンのように同化している優木を発見。
一生懸命に描いているのか、近付く俺に気付かない優木の背後から絵を覗き見する。
デフォルメ絵の果物の被り物を被った俺達が描かれていた。
(かわええっ!!!)
咄嗟に口を押さえて飛び出かけた言葉を封じた。
でも幼い! ある意味この場の誰よりも幼い絵が出来上がってますよ優木さん!!
時谷先輩がいなくてよかった……あの人がいて一緒に描かれていたら、感極まって泣くかもしれん。
「んしょ……うんしょ…………」
なおも懸命に、笑った顔の俺が被った蜜柑の被り物に色を付けていく優木。
家族の絵を描いている娘を見た父親の気持ちを、この年で味わった気分になった。
総合成績発表。
1位、小日向 (フルーツの画力トップ)
2位、優木 (画力は先輩に劣るが、可愛らしさで多くの票を集めた)
3位、千代浦先輩(普通に画力が評価された)
俺と竜ヶ崎は、仲良くワースト2だった。
最近のイベントで見たカードがこんな雰囲気に思えて仕方なかった