聖櫻番長のガールフレンド(仮)だらけな日常 作:クビキリサイクル
聖櫻学園入学から二日目。
「あ、
僕は、食堂でその姿を見つけた。
「こんにちは。お食事中でしたか?」
「…………」
「?」
兄貴は天丼を食べていた手を止めて、こちらをじっと見ているが、何も言おうとはしない。
どうしたのだろう。
「前、失礼しますね」
「いやそれは別にいいけどよ……」
「ありがとうございます」
許可をもらって、僕は持っていたトレイを兄貴とは対面に置き、席に座った。
メニューは白米、味噌汁、鯖の塩焼き、紙パックのコーヒー牛乳。
食事の挨拶をして、白米から食べにかかる。
「ここの学食、結構おいしいですよね。兄貴もそう思いませんか?」
「…………聞き間違いかと思って流してたんだけど」
「? はい」
「その、
「え? 間違ってましたか?」
「間違ってるかどうかで言えば、全部間違ってるけど」
「ん……。でも、尊敬する男の事は兄貴と呼ぶものだと思ってたんですけど」
「いやいや。どこの不良漫画に影響された知識で語ってんだよ。第一尊敬て。昨日一回助けただけじゃねぇか」
「だけなんかじゃありません!」
「おぅ!?」
僕は。
兄貴が、
たった一人でも、僕を助けてくれる人がいてくれるんだって。
兄貴のように、気高く強い、光り輝く存在が。
真っ暗に見えた、何も見えないこの世界にもいるんだって、知れたから。
「僕は、兄貴みたいになりたい! 強くなりたい! あんな奴等に負けない男になりたいんです!」
「わかった! わぁかったから! とりあえず落ち着け!」
「あ」
兄貴にそう言われて周りを見ると、学食にいたたくさんの人がこっちに注目していた。
それもそうだろう。僕は勢いに任せて、立ち上がって大声を上げていたのだから。
居た堪れなさを抱えながら、縮こまるように席に座りなおす僕。
「と、とにかく。兄貴がしてくれたことは、僕にとってすごく大きなことだったんです」
「……さいですか」
「なので、僕はこれから兄貴に付いて行こうと思ってるんです」
「付いて行くってお前」
「勿論邪魔はしません。あ、新しい飲み物買ってきましょうか?」
「パシリ根性全開じゃねぇか」
いけない。人と仲良くなる方法が分からない。
「えと……あ。僕の事は燕って呼んでくれませんか? 僕は兄貴なのに、兄貴が苗字って変だと思いますから」
「変なのはお前そのものだよ」
あと。と言う兄貴。
「俺は男を名前で呼ぶのは俺が認めた奴だけって決めてんだ」
「―――――――――」
「悪いけど、俺はまだお前を認めたわけじゃないから」
……まぁそれはそうだろう。
そういう主義は初めて聞いたけれど、昨日不良にサンドバッグにされてただけの男を認めるなんて、僕が兄貴の立場でもしない。
僕だったら助けも出来ないだろうし。
でも、悲観することは無い。
名前で呼んでもらえる時がくれば、それは認めてもらえた時だってことなんだから。
「わかりました! 僕、頑張りますから!」
「……まぁいいけどさ。頑張るって具体的にどうするんだ?」
「あぅ」
痛い所を突かれてしまった。
確かに、小さくて弱い僕がどうしたら兄貴みたいに強くてカッコイイ男になれるかなんて、ちっとも見当がつかない。
「そ、それはその……兄貴が普段していることを実践して……っていうか」
「そんなこったろうと思ったよ」
「うぅ……」
「…………しゃあねぇ。ちっとは面倒見てやることにしてやるか」
「あ、ありがとうございます! では、まずどうしたらいいでしょうか!?」
「そうだな。とりあえず」
いつの間にか食べ終えていた天丼を置いて、兄貴は続ける。
「履歴書の用意だな」
「…………へ?」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「やぁ! よく来てくれたね! 待っていたよ!」
翌日土曜日。
僕と兄貴は、とあるイベント会場のスタッフ用通用口を通ったところで歓迎を受けていた。
「
「すみません。前日になって急にバイトだなんて」
「いやいや。人数が少なくて困ることはあっても、多くて困ることなんてないからね。あるとしたら人件費くらいかな? はっはっは」
なんだか、すごい陽気な人だなぁ。
アルバイト、それも昨日急に申し込んだ高校生相手に接するにしては、随分と機嫌がいいみたいだった。
そんなに人数が欲しかったのかな?
兄貴が木戸さんっていう人の紹介で、このバイトに急遽入れてもらったそうだけど、一体どういうコネを持っているんだろう。
「それで、この子が?」
「ええ。昨日言った円岡ってやつです」
「ま、円岡燕です! 本日はば、よ、よろしくく、く、おおお願いしまままま」
「分かりやすく緊張してんな」
「ふむ……」
スタッフの人は、僕の顔、身体をじっくり見る。
先程の朗らかな表情から一転、真剣な顔つきだった。
「円岡くん、だったね?」
「は、はい!」
「……馬鹿にする気はないが、君の体格ではうちのバイトは厳しいかもしれない」
……兄貴が手引きしたバイトは、所謂警備員の仕事だった。
このイベント会場では、大手プロダクションからデビューしたての高校生アイドルを含めたアイドル達がライブを行う。
お客さんの規模自体は小さいながら、プロダクションもその警備会社も大手であることから、万が一のことさえ起こらないよう厳戒態勢で警備するのだそうだ。その警備の一部が、僕達だ。
それも、アイドルの楽屋からステージに上がるまで。つまりアイドルに一番近い警備なのだ。
主演ではないものの、アイドルの一人の安全の最終関門を、僕達が担うのである。
「警備体制を事前に連絡した通りにしたのは、君達がアイドルと歳の近い高校生だから。それも理由としては確かにあるが、一番の理由はこの子がいるからだ」
そう言ってつい、と兄貴に視線を向けるスタッフさん。
……訂正。
機嫌が良かったのは、人数が欲しかったからじゃない。
兄貴の実力が知れ渡っていたから。
確かに兄貴が一番近くの警備に入ってくれるならば、いくらか気楽に仕事に取り組めるというものだ。
僕は、戦力にならなくてもいい。
「この子がいるなら心配いらないと思うが、しかしこんな仕事だ。その場合の手当は出すが、怪我しても恨み言は聞かない。それでもやるかい?」
少し物怖じしたのも確かだけれど。
でも、兄貴がいる以上、心配することなんて何も無いだろう。
僕はその姿を目に焼き付けなければ。兄貴みたいになるために。
「……やります! やらせてください!」
「うむ、いい返事だ。悪かったね。試すようなことを言って」
朗らかな表情に戻り、僕の肩にぽんとその手を置くスタッフさん。
「分からないことがあれば、周りのスタッフに聞いてくれていい。彼にも、警護のコツを聞くといいよ」
「は、はい!」
「では、私は失礼するよ。先にアイドルと顔合わせしておくといい」
そう言って去っていくスタッフさん。
「……良い人でしたね。僕、勝手にこういう力仕事って怖い人ばかりだと思ってました」
「…………」
「? 兄貴?」
「……いや、なんでもねぇよ。地図はさっき貰ったから、とりあえず楽屋に行ってみようぜ」
「あ、はい」
何か思うところがあるような顔をしていたけど、なんだったろう。
先導するその背中を、僕は慌てて追いかけた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――うわ、また緊張してきた。
僕達二人は今、件の警護対象であるアイドルの、楽屋の前に立っている。
歩く間にアイドルのプロデューサーと名乗る人に合流し、支給された制服に着替え、イベントスタッフの名札を提げて、この楽屋に来るまで、色々な話を聞いた。見た目以上に硬い肉体を持つ兄貴に、自分の持つ男性アイドルグループを育ててほしいとかなんとか。僕には無縁の話だったので聞き流していたけれど。
それより、これからアイドルと顔合わせする僕達だ。
元々アイドルとは無縁な人生だったのに、いきなり現役高校生アイドルを相手に話せるわけなんてない。歳が近いなんていうけど、だからこそ違う世界の人間っていう感じが拭えないですよ。
「まぁそう固くなるなよ」
だというのに、兄貴は平常運転だった。
僕みたいに緊張してないし、かといって舞い上がってるわけでもない。
こういうの慣れてるんだろうか。大物とか有名人とかに会うの。
「相手はアイドルっつっても同い年だぞ? 別に面接ってわけでもなし、むしろ堅苦しい方が向こうも気ぃ遣うことになるし。仕事だから敬語は外せんが、ガクブルされたら対応に困るから」
「そ、そうですよね……」
「相手に言われるようなら直すくらいの気持ちでやればいいさ。駄目っぽかったら言うし」
そう言って兄貴は、ドアの前に立つ。
そのまま叩くのかと思ったけれど、僕が落ち着くのを待ってくれた。
息を整えて落ち着きを取り戻した僕を見届け、兄貴はノックをする。
失礼します、と声を揃えて、僕達は部屋に入った。
(現役高校生アイドル……一体どんな人が―――)
「あ。お、おはよう、ございます……」
黒髪ツインテールで衣装に身を包んだ女の子が。
大根をおろしていた。
(…………ん?)
俯いて目の前の光景から視線を外した。
……なにか、ものすごくミスマッチなものを見たような。
隣に立つ兄貴からも、戸惑いの気配が感じられる。
いや、まぁでも気のせいだよね?
当のアイドルっぽい女の子が、大根丸々一本を手作業でおろしてたように見えたけど、そんな光景存在するわけないものね。
やだなぁ。幻覚を見ちゃうなんて。昨日の怪我が後を引いてたのかな?
改めて、目の前を見た。
「…………」
「あの……なにか?」
……外見は成程。とても可愛らしい女の子だと言える。
艶のある黒髪や、触れれば折れてしまいそうな華奢な身体、守ってあげたくなるような繊細な空気の纏い方は、まさしく女の子。
アイドルに疎い僕でも、この子は高水準のアイドルだと思える。
けれど、その手に持つ大根は、その外見の美しさを吹き飛ばしてなお余りあるインパクトがあった。
反対の手には大根おろし器が持たれており、既に随分な量がおろされている。
……見れば見る程ミスマッチ。なんの儀式なんだろう。
「……えー。挨拶が遅れました。私は新城一也。こちらが円岡燕です」
混乱から復帰したらしい兄貴が、自己紹介を述べる。
「今日のイベントでは、こちらの二人で貴方の警護に就かせていただきます」
「あ、はい。その……よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします……。あの、貴方がアイドルの」
「
そう言って、大根をテーブルに置いた後、僕等にぺこりと頭を下げる彼女。
おお。礼儀正しい。
「……あの。失礼ですが、お二人の歳はいくつになりますか?」
「え? ええっと、15歳です」
「ええ。私達二人共、ついこの間高校一年生になったばかりで」
「じゃあ、同い年なんですね。えっと、ですね。出来たら、気楽に話してほしい、です」
「……え」
気楽にって、ため口で話せってこと?
いや、無理無理そんなの! 女の子、ましてや現役アイドルにだなんて!
僕、女の子と話したことなんてそんなにないんですけど!?
「あんまりかしこまられると、こっちも逆に緊張しちゃって……。スタッフさんがいるところでは仕方ないですけど。同年代なら、普通に話してくれた方が楽ですから……」
「あ、そう? じゃあそうするわ」
順応早い!
「でもそれだと雇った側だけが敬語っていうおかしなことになるし、そっちも普通に話してくれていいんだぞ?」
「……ど、努力します」
アイドル相手にぐいぐい行ってる! 流石兄貴!
「それで聞きたいんだけど、その、テーブルの大根、なに?」
そんで僕も聞きたかったことズバッと聞きますね!
「ああ、これは」
「うん。これは?」
「大根おろし、です」
「「…………」」
見ればわかる、という言葉を必死に口の中に閉じ込めた。
兄貴も同じだったろう。
「イベントの前とか、歌う前だとか。緊張してしまう時は、いつもこうして、大根をおろしてるんです。こうしてる時は、結構落ち着くんですよ」
「へ、へぇ……。ざ、斬新なリラックス法、ですね……」
「大根おろしはなんにでも合いますし、そのままでも食べられますから。とてもいい料理ですよね」
「へ、へぇー……」
大根おろしは僕の家ではそうそう食卓に並ばないし、そのまま食べようとは思わないし、そもそも調味料の一種っていう認識なんですけれど。
「……あの、兄貴」
彼女には聞こえないように、隣の兄貴に呼びかける。
「なんだか……すごく変な子ですね。大根おろしに情熱をかけてるのが、一目で分かっちゃう人っていうか……。もしかして、アイドルに良くあるっていう、キャラ作りってやつですか?」
「いや。ざっと聞いた限りでは正統派のアイドルとして売り出してる、筈、なんだが……。多分だけど、これ素だぞ」
「素って、え? この大根おろしがですか?」
「まぁ人の好みにとやかく言うつもりはないけど、な……。量が行き過ぎてる以外は、ゲテモノってわけでもないし……」
「あの量の大根おろしは最早ゲテモノでは……?」
最早どんぶり一個分に積みあがった大根おろし。
目の前の可憐な少女が生み出したとは思えないその量を見る度に、非現実的な世界に迷いこんでしまった錯覚を覚える。逆に。
しかも脇には醤油や刻みネギもセットされている。
「? どうかしましたか?」
「い、いえいえ! なんでもありません!」
「……そうですか。おろラーならこれくらいは当たり前なのですけど、どこかおかしいのかと思いました」
「おろラーってなに!? 初めて聞いた!」
「え? 身近にいませんか? おろラー」
「目の前にいるお前が初だよ!」
マヨラー的なあれなんだろうか。
ちなみに僕は軽度のケチャラー。
「……それで、あの」
緊張した面持ちで、真白さんは僕達に言う。
「今日は、ありがとうございます。私なんかの警護のために、わざわざ来て頂いて……」
「……?」
なんか、というのが引っ掛かった。
僕のような凡人以下の人間が言うならともかく、真白さんのようなアイドルという選ばれた職業に就ける人から、そんな単語が出てきたことに違和感を覚えた。
謙虚ではなく、心の底から自分を卑下しているような。
そんな自虐的な響きを覚えた。
(……なんだろう。大根おろしのことを恥じてる感じじゃないし)
とはいえ、僕ごときが入り込んでいい領域ではないだろう。
自分の事さえ碌に面倒を見れないのに、他人の悩みまで解決なんて出来る筈が無い。悩み、と言えるかさえ分からない。
「い、いえ、その、お仕事ですから。僕達もお金を貰っている立場なので」
無難な言葉を返し、僕はひとまずそれに安心する。
良かった。兄貴とさっきのスタッフさんのお蔭で、ちゃんと喋れてる。
横に立つ兄貴が真白さんに何を思っているか、何も思っていないのかは窺い知れないけど、僕に何か合図やらなにやらを送らない以上、問題はないようだ。
タメ口は無理ですけどね。
ていうか、この場だと兄貴以外無理っぽい。
言い出しっぺの真白さんに至っては、一番礼儀正しいくらい。
「お仕事、お仕事……そうですよね」
「?」
「お金を貰っている立場なんだから、私も頑張らないと……」
……あれ? もしかして僕、失敗した?
兄貴が何も言わないから問題はないって思ってたんだけど、余計な重圧<プレッシャー>与えちゃいましたか?
「あ、あの。こっちは大丈夫ですから、持ち場に戻ってくださって結構です。今日は、よろしくお願いしますね」
―――うわああああ! 失敗した! これ絶対失敗したよ! 遠回しに出ていけって言われちゃったよ!
ぼ、僕はともかく、兄貴にまで汚名を被せるわけにはいかない! なんとかフォローしないと!
でも、でもなんて言えば!? こんな時、兄貴なら!
「ま、まし」
「よろしく。じゃ円岡、とっとと持ち場に着くぞ」
「うぇ!?」
頭をむんずと掴まれて、ひょいっと持ち上げられる。
そのまま兄貴は、真白さんに背を向けてしまった。
「扉の前で突っ立ってるつもりだから、なんかあったら呼べよー」
「はい。わかりました」
そう言って僕達は部屋に真白さんを残し、廊下に出る。
「あ、あのぅ……」
「……気を遣うのは結構」
パッと手を離され、僕は地面に着地する。
軽く持ち上げられたけれど、頭の痛みは全く無かった。兄貴は力加減が上手いようです。
怒られる、と思って顔を上げると、怒っているよりは呆れているような顔だった。
「ただ、テンパった頭で焦ってフォローしようたって、フォローにならんだろ」
「うぅ……」
「一回時間置いとけ。あの大根おろしでホントにリラックスするかもしらんし」
兄貴にそう言われ、僕は警護の傍ら、後で真白さんに掛けるフォローの言葉を考えることにした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
警護の最終関門とか仰々しい立場だけれど、実際ここまで辿り着く不審者なんてそうそういないだろう、と思っていた。
全然そんなことなかった。
「ましろんはどこじゃぁぁあ!?」
「マルチアーティストの凱旋よぉ~!!」
「アイドル狩りだぁ! アイドル達を俺の前に並べよ!! 端から順番に十分間舐める!」
「ワシはお戯れの達人ぞ。ワ~ッハッハ!」
「ステージに立つのは一人で十分なんだ! 舞台上で比較対象なんか作ったって、アイドルに一途なファンが興醒めするだけなんだよ!!」
「複数の派閥を同じステージ内に居合わせることでファン同士の競争心を煽るべきだ! 何故それが理解出来ない!?」
ていうか来過ぎだった。
真白さんを狙う人、アイドル全員に手を出そうとする人、アイドル達を押し退けてステージに上がろうとする人、ファン同士の諍いをここまで持ってくる人。様々な変人が、楽屋前に立つ僕等を押し退けようとしていく。
スタッフの人が言うには、警備会社の人は精鋭揃いだけど、そのほとんどがアイドル楽屋前に待機する面々。他は警備会社の新人さんだったり、芸能事務所からのスタッフさんだったりするのだそうだ。精鋭の人も一つの楽屋に対して二人、三人で警備に当たる。
本来アルバイトが警備する位置ではないが、兄貴は一人で楽屋一つ守るくらい余裕綽々だと判断され、今回ステージに立つアイドルの中でも、熱狂的なファンの多い方だという真白さんの楽屋前に配置されたのだそうだ。
僕という足手纏いと一緒でも。
余裕綽々だと判断されたのだ。
「うわ、わわわ、わぁ!!」
最初は僕も、警備員らしく身体を張ってその暴走を止めようとした。
しかし僕の小さな身体は、鍛え上げられたわけでもないただの変人達の突撃を抑えられず。
「どけぇい!」
「うぐぁっ」
ドンっと押されただけで、僕の身体は簡単に壁に叩きつけられる。
ずるずると体が崩れながら、不審者の成り行きを見ていることしか出来ない。
その僕の様子を見て満足そうに笑い、楽屋へと突入―――
「はい、通行止めでーす」
しようとした不審者が、足払いで簡単に地面に転がり。
続く踵落としで、行動の余地を断たれた。
「げきゅっ」
蛙が地面に叩きつけられたかのような、潰れた声が一瞬聞こえ、不審者は意識を手放す。
それを見届けたら、手足を縛って邪魔にならない場所に放置。スタッフさんが回収に来るのを待つことになる。
……残るような怪我はさせてないと言うけど、あれほんとに大丈夫なのかな?
「……君、大丈夫かい?」
「だ、大丈夫、です」
とはいえ、怪我をしてるのは僕も同じだった。
兄貴と違って向こうは気を遣わない以上、僕の方は遺る怪我かもしれない。
回収に来たスタッフさん。入り口であった陽気な人が心配そうな声を掛けてくる程、目に見えて僕はズタボロなのだろう。
……兄貴は、僕を助けようとはしない。
扉の左右に立ち、それぞれ片側を守る僕達。兄貴は自分が立つ方から現れる不審者達を撃退し、僕の方から現れる不審者達には、僕が倒されて部屋に押し入ろうとしてから対処する。僕が倒されるまで、兄貴は何もしなかった。
(甘えるなと、そう言いたいんだろうか)
僕を助けるために不良三人に押し入った兄貴が、意地悪で助けないとは思えない。
多分、見透かされてたんだと思う。
この仕事での意思確認をスタッフさんにされたとき、兄貴に頼れば僕は何もしなくてもいいと。そんなことを考えてたのが分かってしまったのだと。
そうでなければ、最初からこのつもりだったのだろう。
僕を鍛えると言ってくれた兄貴が、僕の仕事を横取りしてしまえば何にもならないのだから。
「…………」
かと言って、僕にどうしろと言うのだろう。
一般人にさえどうすることも出来ない僕が、倒される以外の何かに期待されているのだろうか。
それとも、この苦痛に耐えるのが目的なのか。それなら得意だ。僕がどれだけの苦痛に耐えてきたと―――
(……耐えてきた、なんて言えるのかな)
耐えてきたというより、諦めてきたが正しい。
諦めて。
諦めて諦めて諦めて。
諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて諦めて。
その先に、何もなかった。
耐えてきたなんて、そこに何かあって初めて意味があるものだ。
諦めて、失って、空っぽになった僕が、拾われただけだ。
そんなことがわかっただけで、何か変わるわけでもなく。
僕は弾き飛ばされ、倒されて、その尻拭いを兄貴がする。その繰り返しだった。
鍛えられた実感があるのは、意識を失った不審者を縛り付ける速度くらいで、どんどん自分が嫌になってくる。
「もうすぐ、本番でーす」
不審者の波が落ち着いた頃、スタッフさんが呼びに来た。
ここからは真白さんが移動。ボディーガードの僕等もそれに合わせて移動するのだけど。
「円岡」
「…………」
「おい円岡」
「え、は、はいっ」
「……お前、一回顔洗ってこい」
「……え?」
言い渡された言葉に、固まる。
「あ、あの……どうして」
「そんな状態見られたら、真白にどんな重圧かかるかわかったもんじゃねぇだろ。ついでにしばらく休んでいいから、汚れくらいは落としとけ」
「うあ」
そうだ。ボディーガードの僕がこんなに傷付いてたら、真白さんがまたステージに余計な物持ち込んじゃう。
自分の事ばっかりで、そんなことにも気付かないなんて。
「すみません。出来るだけ早く戻ってきますから」
「ほいほい」
事前に聞いていたお手洗いの場所に向かって駆け出す。
「……何やってるんだ、僕は」
流石に色んなこと一話に詰め込み過ぎだと思ったので、前後編に分けることにしました。
ましろんのおろラーは、あれです。好きな食べ物欄に大根おろしっておかしくね? って思ったらこうなりました。この先やりたいネタのためのキャラ付けですが、本物のましろんは軽度のおろラーだと思います。
果たして燕君は番長に認められることが出来るのでしょうか。
後半へ続く(ちびまる子風に)