聖櫻番長のガールフレンド(仮)だらけな日常   作:クビキリサイクル

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真白透子の溜息の多い転校初日

「はぁ……」

 

 

 私は教室のドアを前にして溜息をついていた。

 今日の私は、転校生。

 クラスで形成されたグループ、空気を乱す外来種。それが私である。

 これから私が入ろうとしている二年A組にどんな人がいるかは分からないけれど、一人だけ違う制服を着てる私が馴染む事はないだろう。

 まず、第一印象から浮く。

 転校生という色眼鏡が付いている以上、今更な話だけど。

 

 

「はぁ……」

 

 

 また溜息が出てくる。

 それがいけないとは、分かってる。

 そもそもこうして転校してきたのは、偏に私の我儘なんだから。

 前の学校が嫌だった訳じゃない。

 ただ、こうして転校する切っ掛けとなった理由と天秤に掛けて、留まりたいと思える程好きでもなかっただけ。

 仲のいい友達も、同じ志を持った部活仲間も、教え合う先輩後輩も、私にはいなかったから。

 立つ鳥が跡を濁さないような手間を掛ける事もなく、私はこうして聖櫻学園へとやってきたのだ。

 

 

「それでは、転校生を紹介しましょう。真白さん。入ってください」

 

「は、はいっ」

 

 

 担任の鳴海調(なるみしらべ)先生の声が教室から聞こえ、上擦った声が出てしまった。

 そのことにまた少し気落ちしたけれど、持ち直して、教室に入るべく扉に手を掛け、開ける。

 

 

『…………』

 

 

 全員の注目が集まるのが分かる。

 一様に感じられる好奇の視線。視線。視線。

 何度同じようなことを経験しても、大人数の前に出て注目されるのは、慣れない。

 そんな自分に溜息をつきたくなるけれど、今は心の中に留めておく。

 そして、教壇の隣に辿り着いた私は、背中に視線を受けながら黒板に『真白透子』と書き、改めてクラスのみんなに向き直った。

 

 

「ま、真白透子です。私の家の都合で、こちらに越してきました。よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 私は、真白透子。

 芸名『COTO』。

 アイドルであることを隠し、今日から聖櫻学園で生きていく。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

(はぁ……)

 

 

 HRの代わりに転校生と交流する時間と相まって、私は心の中で溜息をついていた。

 目の前に、私に話しかけてきた人がいるからだ。

 ペンとメモ帳をその手に持って。

 

 

「それじゃあ、聞かせてもらえるかな?」

 

「えっと……」

 

「二年生の五月という中途半端な時期にやってきた謎の美少女転校生! そんなスクープの匂いがプンップンする人を放っておくなんて出来ないからね! 新聞部の名に懸けて!!」

 

 

 懸ける程の価値は無いと思うんですけど……。

 今、私は転校生に用意されていた席に座り、その周囲を何人かの女子生徒に囲まれている。

 遠巻きに様子を見ようという気はさらさらないようだった。

 友好的なのは有難いけれど、こうぐいぐい来られると根が小心者の私は縮こまるだけなんですけれど……。

 ……友好的、っていうのも違うかな。

 新聞部というなら、ただ話のネタが欲しいだけなのかも。

 

 

「まず、当たり障りのない所から」

 

 

 私を囲む人達の代表なのか、新聞部を名乗る眼鏡をかけた女子生徒、南條クミコさんがペンを構える。

 

 

「誕生日と血液型、教えてくれる?」

 

「は、はい。誕生日は、12月24日。血液型はA型です」

 

「ふむふむ。クリスマスイブが誕生日とは、良いのやら悪いのやら……」

 

 

 そういうことを本人の前で言うのはどうなんだろう……。

 私は、誕生日とクリスマスが続くから嬉しい。

 サンタさんを信じてた頃は、二日で欲しい物が立て続けに貰えたからね。

 

 

「転校してきたって言うけど、家の都合なんだって?」

 

「…………はい」

 

「あー、その、詳しくは言わなくていいよ。どこから来たかは、どうかな?」

 

第一東(だいいちあずま)女学院です」

 

「あーあそこの。そういえば今着てる制服もそんな感じだったね?」

 

「これは……まだこっちの制服が出来てないので」

 

「ふーん……。随分急な決定だったんだね」

 

 

 家の都合というのは、半分は嘘だ。

 そうなった原因、切っ掛けは確かに家の都合だけど、最後の決断は私。転校しなくてもいいものを、私が転校したいと願い出た。

 

 

「綺麗な髪してるねー。どういう手入れしてるの? あ、でもここちょっと伸びてるね。カットしようか?」

 

「君、部活をどうするか決めてないなら、ロボット研究会なんてどうかね? 助手くんもたまには来てくれるんだが、安定した人手が欲しくてね」

 

「ねね! この指輪花柄のボタンみたいだよね! 押していい!? 押していい!?」

 

「お近付きの印にこれ、どうぞアルヨ! 出来立てホヤホヤだから、ほっぺた落ちないようにするヨ!」

 

「お主、それなりに身のこなしが上手いと見える。それがしと共に忍道を極めぬか?」

 

「待て前田(まえだ)。彼女は自分と共に軍の心得について学ばせるべきだ」

 

「ああ、はいはい。一度に聞いても混乱するだけだから」

 

 

 今忍者と軍人混ざってませんでした……?

 疑問に思いつつも、李春燕(リーチェンエン)さんという、中国人の留学生さんに貰った肉まんをもふもふと頬張る。

 美味しい。

 

 

「それで他には……」

 

 

 その後、幾つか他愛のない質問をされ(スリーサイズとかは黙秘した)、一時間目の授業が始まる直前になって私はようやく解放された。

 集まっていた人達が離れ、少し気が抜ける。

 

 

「ふぅ……」

 

「お疲れ様です」

 

「あ、どうも。ええっと……」

 

「あ、私は上条るいですよ。今日から隣同士、よろしくお願いしますね」

 

 

 右隣の席に座る黒髪を腰まで伸ばした女子生徒、上条さんが労ってくれる。

 真面目そうだけど、友好的な人だ。

 微笑みを浮かべてくれるその人に、私も出来るだけ微笑み返す。

 

 

「よろしくお願いします」

 

「さっき見ての通り、この学校って変わった人が多いので。困ったことがあれば言ってください」

 

「いえ。転校してきた私に話しかけてくれる、良い人達だと思いますよ?」

 

「そ、そうですか……」

 

 

 ちょっと引き攣り気味の上条さん。

 なんだろう。私も変わった人だと思われたのかな?

 それとももっと変わった人がこの学校にいるとか。

 芸能界では変わった人なんていくらでもいるから、悪い人じゃなければ私は気にしないけど。

 

 

「て、転校してきたばかりで分からないことが多いでしょうし、後で校内を案内しますか?」

 

「ありがとうございます。でも、校内のことはこの前の休日に先生に案内してもらったので、後は慣れるだけですから大丈夫です」

 

「そうなんですか」

 

「ああでも、一つ聞いてもいいですか?」

 

「はい。なんでしょう?」

 

 

 

 

 

「番長ファンクラブ二年A組、点呼! 1!」

 

「2!」

 

「3!」

 

「4!」「5!」「6!」「7――――――

 

「よーし全員いるな。では、何か報告がある者は挙手を」

 

「はい!」

 

「12番! 報告を」

 

「先日、妖精枠の一年生、夢前氏と共にファミレスでパフェを食べている番長を発見致しました」

 

『おおっ!』

 

「ふむ。して、どのような様子であった?」

 

「はい。とても仲の良さそうな雰囲気で、パフェのあげっこなどもしておられました。こちらがその写真でした」

 

「うっはぁ! 番長のちょい照れ顔も激レアだが、妖精スマイルニコニコ三割増しもたまんねぇなおい!」

 

「これが番長パワーか……」

 

「あ! バイトガールの戸村氏も映ってるぞ! 超ニヤついてらっしゃる!」

 

「この写真のデータを、ファンクラブとして贈呈いたします」

 

「よろしい、評価に加えておこう。次の総合評価会を楽しみにしておけ」

 

「ありがとうございます!」

 

「では、他に報告は――――――」

 

 

 

 

 

 

「あの人達が言う番長さんって、どんな人なんですか?」

 

「…………」

 

 

 教えてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 お昼休み。

 お昼ご飯の前に、私は一人職員室へ向かう。

 教頭先生にお昼休みに一度顔を出すように言われているからだ。と言ってもちょっとした報告みたいなもので、転校生である私がクラスや学校に対する不安や懸念があれば聞いておきたいという程度のものだそうで。

 それで、教室から職員室へ向かって廊下を歩いている最中なのだけれど。

 

 

(番長さんの情報しか入ってこない……)

 

 

 廊下で話す人達(主に男の子)から聞こえてくる話題は、番長さんで持ちきりだった。

 曰く、番長さんは滅茶苦茶強いとか。

 曰く、番長さんは友達や身内にはすごく優しい人だとか。

 曰く、付近の不良生徒は番長さんを恐れて悪いこと出来ないとか。

 曰く、番長さんは男アイドルみたいななよっとした美形じゃなくて、ハンサム系のイケメンだとか。

 曰く、番長さんは女の子にモテモテだとか。

 曰く、男子生徒は悉く番長さんの舎弟だとか。

 曰く、舎弟内の階級は最早ステータスだとか。

 曰く、ところでCOTOの最新シングル聞いたか? だとか。

 曰く、ああ聞いた聞いた。買ったの昨日だけど。それが? だとか。

 曰く、俺は発売初日に買いに行ったんだが、その店で番長を見掛けたんだよ! だとか。

 曰く、マジで!? ラッキーボーイだなお前! だとか。

 一度私の話が出てきたと思って、動揺が身体に出てビクッとなったけど、結局番長さんの話だった。

 それにしても、どうしてこう、歩いてく中で番長さんの話をしていない所がないくらい話題に挙げられるんだろう。ここまで行くと、まるで私に話を聞かせるために示し合わせてるのかと勘繰りしてしまう。流石にないだろうけど。

 人が見当たらない渡り廊下に出て、一息つく。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 番長さん……か。

 そう聞いた私のイメージは、染めた金髪とかピアスとか、そういう不良系のおっかない感じだけれど、ここの人達から聞かされる人物像は、むしろ学園のアイドルに対するそれだった。一部宗教染みたものを感じるところがあるけれど、まぁアイドルにもああいうファンはいるしね。

 一体どうして番長なんて不良イメージが先行する呼び名が付けられているんだろう。

 噂通り良い人なのであれば、ちゃんと名前か良いイメージの呼び名を浸透させてあげればいいのに。

 と思っていると。

 

 

「じー」

 

「……?」

 

 

 目の前に女子生徒の人が現れた。

 大きなリボンをカチューシャのように付けた、おでこが良く見える髪型の人で、胸元のリボンやスカートを見るに三年生の先輩だった。

 首を傾げるように上半身を傾げて、つぶらな瞳を目一杯広げて、こちらを下からじっと見てくる。

 

 

「じー」

 

「……あの、なんでしょうか?」

 

「……ねぇ、キミ」

 

「は、はい」

 

「もしかして、アイドルだったりする?」

 

 

 心臓が飛び出るかと思った。

 

 

「え! ぜ、全全全然しょんなこと、にゃーですよ?」

 

「うーん。そっかぁ~」

 

「そうですそうです。私がアイドルとか、あるわけないに決まって御座いますよ」

 

「そっかそっかぁ。ごめんね急に」

 

 

 自分でも怪しさ満点の誤魔化しだと思ったけど、どうやら誤魔化されてくれたようでした。

 その人は、身体を直立に戻して笑う。

 

 

「アイルンのアイドルセンサーにビビビッと来ちゃったから、本物のアイドルなのかと思っちゃった☆」

 

 

 すみませんがそれ当たってるんですよ。

 

 

「でもでもぉ、アイルンのアイドル情報網を以てしても、キミのこと思い出せないからねぇ~。アイルンのアイドルセンサーが誤作動起こしちゃったみたい」

 

「そ、そうなんですか……」

 

「あ! キミが可愛くない訳じゃないよ!? むしろ、アイドルになれるくらい可愛いって、アイルン思うなぁ~♪」

 

 

 そういって貰えるのは嬉しいけれど、私がCOTOだって気付かないんだ……。

 プライベートの情報はなるべく隠してるとはいえ、姿自体は髪型変えたくらいでそんな変わってない筈、なんだけど……。

 バレなくて安心した反面、アイドルとしてはちょっと複雑な気持ちだった。

 

 

「それにしても、キミは? うちの制服じゃないみたいだけど……」

 

「あ、はい。これは、前の学校の制服で、私は転校生なんです。名前は、真白透子と言います」

 

「真白ちゃんか~。これからよろしくね?」

 

「それで……あなたは?」

 

「あたし? あたしは一色愛瑠(いっしきあいる)! アイルンって呼んでね☆」

 

 

 キラッとお星様が飛んでくる横ピース付きの自己紹介。

 

 

「転校生ってことは、まだ部活入ってないんだよね? もし良かったら、アイドル研究会をよろしくね♪」

 

「は、はぁ...」

 

 

 アイドル業があるので部活は入らないつもりだけど、言葉を濁しておくことにした。

 手を振りながら去っていく一色先輩を、手を振り返しながら見送―――あ、柱にぶつかった。

 ぶつけた頭を押さえながら笑って舌を出す一色先輩。可愛く誤魔化そうとしてるけど、目尻に光るものが見えたから多分結構痛かったんだね。

 改めて職員室へ向かう。

 この聖櫻学園は広いので、何度か道を忘れそうになって立ち止まったけど、なんとか辿り着いた。

 扉を開ける。

 

 

「……失礼します」

 

「良く来ましたね、真白さん」

 

「教頭先生」

 

 

 中で待っていたのは、藤堂静子(とうどうしずこ)教頭先生一人だった。

 切れ長の美人という言葉が良く似合う女性教師で、威厳がオーラとなって溢れるような気品を感じる。けれどその実、転校生の私に真摯に接してくれるので、見た目より穏やかな人なのだと思う。

 先生の前にあるテーブルの上には、一つのサボテン。

 会った時にも持っていたので聞いてみたら、「昔サボテンに似ていると言われたので、それ以来愛着を持ってしまって」と返された。

 意味はまだ分かってない。

 

 

「どうですか? 我が校は」

 

「……まだ、どうとも言えないです。クラスメイトのみんなとかは、明るい人達だと思いますけれど」

 

「そうですか……。ですが、焦ることはありません。私はこの学園のことを素晴らしい場所だと断言出来ます。後はそれを知っていけばいいのです」

 

 

 表情はあまり変わらないながらもそう言う教頭先生を見るに、それだけこの学校に自信を持てるのだろう。

 うん。良い所はまだ良くわからないけど、少なくとも悪い所じゃないとは思うかな。

 

 

「しかし、あなたも大変でしょう。学業をこなしながらアイドル活動。それも学園の皆には秘密で、とは」

 

「…………いえ。スケジュール管理は、私が両立出来るように事務所が調節してくれていますから」

 

「……そうでしたね。けれど、両立が苦しい時や、他にも何か辛いことがあれば、相談に乗りますよ」

 

「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。流石に部活は出来ませんが、余裕を持って調節してくれていますから」

 

 

 そういえばと、気になっていたことを聞くことにした。

 

 

「ところで、噂を耳にしたのですけど」

 

「なんでしょうか?」

 

「その……皆さんが言う番長さんって、一体どういう人なんですか?」

 

「ああ。彼の事ですか」

 

「……彼」

 

 

 親し気な呼び方だ。

 先生方にも人気があるのかもしれない。

 

 

「不安に思う事はありませんよ。彼は我が校に安全を提供してくれる存在ですから、あなたに害を及ぼすことはないでしょう」

 

「そうでしたか……安心しました」

 

「敵に回さなければ」

 

 

 敵に回したら危険ってことですよねぇ!?

 

 

「冗談です。確かに彼は敵に容赦しませんが、女性に、それもあなたのように品行方正な人に手を出すような愚者ではないですよ」

 

 

 教頭先生はそう言うけれど、私としては触れるな危険の爆発物の存在を知らされた気分だった。

 どうしよう……不安な気持ちがふつふつと……。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「はぁー…………」

 

 

 今度は長めの溜息が出た。

 現在、私はお昼ご飯のために食堂に来ていた。

 お昼を一緒に約束した人はいないので、一人だ。相席? 無理です。

 

 ゴリゴリゴリゴリ

 

「私、この学校で上手くやっていけるのかなぁ……」

 

 

 目の前に置いた料理を見下ろして呟くけれど、応える人はいない。

 食堂の設備はとても良いもので、価格は低コストでありながら食欲をそそられるメニューだった。

 学園の生徒は多くいると聞いているのにも関わらず、私一人が団体用のテーブルに座る贅沢をしても席が余るほどの広さ。購買やお弁当でお昼を済ませている人もここに来るまでに何人か見かけたけれど、それにしてもだ。

 

 ゴリゴリゴリゴリ

 

 いや、それはともかく、この学校だ。

 噂の番長さんは、敵に回さなければ何の問題もない、安全な存在だとは聞いたけれど、私がそれに当てはまらないとは限らないのだから。

 むしろ、転校生という異物である私は、敵認定されやすいまである。

 本人からの何かが無いとしても、人気ぶりを見るに、全校生徒を敵に回すも同然に思える。

 そうなれば、私に居場所はなくなる。

 元々人付き合いの苦手な私に、そうならないために上手く渡りをつけられる気がしない。

 ……駄目だ。考えれば考える程、自信がなくなっていく……。

 

 

(せっかく、少しだけでも胸を張っていけるようになったと思ったのにな…………)

 

 ゴリゴリゴリゴリ

 

 

 ―――あれから、もう一年と一か月かぁ……。

 

 

 特別大きなライブじゃなかった。

 初めてステージに立つわけでもなかった。

 いつも通り、始まりから終わりまで緊張しっぱなしのライブになる―――筈だった。

 

 

 

 

 

『お前が楽しんで、笑ってステージを降りてきたら、最高だったって言ってやるさ』

 

 

 

 

 

 その日は、最高のライブになった。

 あの時、私は確かに変われた。

 その言葉が、姿が、強さが。

 シンデレラの魔法がかかったみたいに、私を変えてくれたんだ。

 

 

(あれから一度も、あの時以上に歌えたことはない)

 

 

 成長は、したと思う。

 あの人が言ってくれた言葉は今でも覚えているし、それを胸にステージに立っている。お客さんも、以前よりは盛り上がってくれるようになった。

 それでも、どこか物足りない。

 あの時以上のパフォーマンスが、どうしても出来ない。

 何が違ってるんだろう。

 それとも―――本当にシンデレラの魔法だったのか。

 

 

「…………は」

 

 

 もう一度溜息が出てきそうになる。

 そんな時だった。

 

 

 

 

 

「あれ? 真白じゃん」

 

 

 

 

 

 そう、声を掛けられた。

 

 

「……え?」

 

「んー、制服が違う……ってことは、噂の転校生ってお前かよ。男子共が騒ぎ立てるから何事かと思ったら」

 

「し、新城……くん?」

 

 

 テーブルの傍に立つその姿は、私がさっきまで思い出していた人のそれだった。

 雰囲気が前より柔らかい気がするけれど、確かに、二度と会えないだろうと思っていた人だ。

 話だけは剣警護の人に聞いていた。

 新城一也くん。

 

 

「な、なんでここに……?」

 

「なんでもなにも、俺この学校に通ってるからな」

 

「嘘……すごい偶然だね」

 

「俺からしたらお前の方がすごい偶然な感じだけどな。なんだって転校生がアイ」

 

「うわわわわわ!」

 

 

 慌ててその口を両手で塞いだ。

 あ、危なかったぁ! 転校初日から身バレするところだった!

 新城くんは私が勢いよく身を乗り出してその口を塞いだにも関わらず、その手に持ったお盆も食器も揺らすことなく、冷静に喋る。

 

 

「…………本業は秘密か。りょーかい」

 

「話が早くて助かるよ……ありがとね」

 

「いや、俺も似たような所あるしな」

 

 

 手で塞いでるのに喋っているのでちょっと擽ったいけど、なんとか秘匿に成功し、安堵した。

 

 

「それにしても、よく私のこと覚えてたね?」

 

「その大根おろしのインパクトを忘れろって方が割と無理あるが……」

 

 

 そう言って新城くんは私の目の前に置かれたマイ大根と大根おろしを指差すけれど、はて、何か印象に残る事だろうか。

 おろラーたるもの、マイ大根を鞄に入れて食事の場でおろすのは当然なんだけどな。

 

 

「お前の方こそ、良く俺のこと覚えてたな。会ったのって、一年くらい前に一回きりだろ?」

 

「それは、まぁ……そうだよ」

 

 

 私の方こそ、忘れろっていう方が無理だ。

 新城くん本人にとっては何気ないことだったかもしれないけど、私にとっては大きな転換点なったのだから。

 あれだけの恩を受けてすっかり忘れられるほど、恩知らずなつもりはない。

 

 

「にしても、スムーズに敬語使わなくなってきたな」

 

「……あ。ご、ごめんなさい。つい……」

 

「いや、俺の方から敬語はいらんと言ったんだから、悪いわけないだろ……」

 

「う……ごめん」

 

「素の方が好感持てるしな」

 

「……そっか」

 

 

 なんてやっていると、そこに掛けられるもう一つの声。

 

 

 

 

 

「あれ? 兄貴……と真白さん!? どうしてここに!?」

 

 

 

 

 

 小柄でアホ毛が特徴的な男子生徒が私達の傍に現れた。

 この人は、あの時新城くんと一緒にいた――――――

 

 

「お前も聞いてるだろ? 噂の転校生。それが真白なんだと」

 

「はぁ~。すごい偶然もあったものですね」

 

「お前とおんなじ感想だったよ真白も」

 

 

 こ……。

 これが一文字も思い出せない時の絶望感……。

 

 

「なに……鈴…………さと……や、山村……くん……?」

 

「おいカスリもしてねぇぞ」

 

「ああいいですいいです。兄貴の影響力を考えたら、一緒にいた僕如き覚えてなくて当然ですから」

 

 

 台詞以外の全てが明るくて、逆に申し訳なさで胸が一杯だ。

 なんだったっけ……。新城くんの隣で、私を励まそうとしてくれていたのは覚えてるんだけど……。

 新城くんに心酔してた感じがあったけど、それも強まってるような気はする。

 

 

「改めまして、円岡燕です。一年とちょっとぶりですね」

 

「円岡さん、円岡さん……。はい、覚えました。今度は忘れませんから」

 

「燕には相変わらず敬語のままなのね……」

 

「えー、いいですよ僕は。無理に自然体になろうとしても、嬉しくないですし」

 

 

 あれ。昔はつっかえつっかえだったのに、今はスムーズな話し方なんだな。

 この人も、新城くんの影響で何か変われたのかな。

 ていうか名前はちっとも思い出せなかったのに、様子や雰囲気は思い出せる私って……。

 そうして二度目の自己紹介を済ませていると、また新たに掛けられる声が。

 

 

 

 

 

「んお? 誰っすかその女」

 

 

 

 

 

「ぴぃっ!?」

 

 

 ものっすごい低い声の大柄で金髪オールバックな人の登場に、私の口から悲鳴が上がった。

 制服の上からでもわかる筋肉の塊のような体に、明らかに喧嘩慣れした雰囲気。

 まさか……まさか、この人が……。

 学園で噂の、番長―――

 

 

「おいこら狼丞。初対面の奴を怖がらせんなっていつも言ってんだろうがよ」

 

「ぬぐ……すんませんッス」

 

「んうー、如何ともしがたいよね。その姿と声だと。とりあえず、普段から裏声心掛けてみたら?」

 

「いやそれだとただの変な奴だろ」

 

「外見も相まって怪しさ五倍だわ……」

 

 

 ―――さん、ってあれ?

 

 

「悪かったな、あー、その……名前、なんつーんだ?」

 

「え、は、はい……真白、透子、です」

 

「真白、か。俺は杜ノ川狼丞っつーんだ。よろしく」

 

「あ、はい。あの……」

 

「あん?」

 

「あなたが噂の番長さん……じゃ、ないんです、か?」

 

「は?」

 

「ひっ」

 

「おい」

 

「……スンマセン」

 

 

 威圧感溢れる杜ノ川さんが、いつの間にか私の対面でお昼を食べている新城くんの一言で子犬のように萎む。

 えっと、何? この力関係。

 

 

「その……この学校には、周りの人達が悪さ出来なくなるくらいに強い、番長さんがいるって、噂で聞いたんですけど……」

 

「兄貴の事ですね」

 

「兄貴の事だな」

 

「……兄貴?」

 

「不本意ながら俺です」

 

「……え?」

 

 

 二人は新城くんに視線を向け、示し合わせたように頷き合い。

 それを受けた新城くんは、皮肉気に笑って言った。

 ……………………え?

 

 

「新城くんが、番長さん?」

 

「まぁ、そういう反応になるよなぁ……」

 

「でも真白さん。兄貴は、あの剣警護の人達にも信頼されて、警護のバイトも重要なポジション任されてたじゃないですか。他にも色々逸話はありますけど、それだけでも信じるに足ると思いますよ?」

 

「は? んだそれ。俺聞いたことねぇぞ?」

 

「あ、言ってなかったっけ?」

 

「…………確かに、剣警護の職員さん達の、新城くんの評価が『どのくらいヤバイかというと、マジでヤバイ』になってたって聞くけど」

 

「そんなアバウトな評価されてるのか俺……」

 

 

 私も正直ピンとこなかったけどね。

 とはいえ日本最大の警護会社、その上層部までも含まれた職員さん達の個人に対する評価がそれというだけで、その異質さが伺えるだろう。

 そもそも、私が所属する大手芸能事務所、リョウマプロダクションが、突然現れたバイトの人に所属アイドルの警護を任せられるというのも、考えてみればおかしな話だ。

 余程剣警護からの信頼が厚いのだろう。

 それも、コネ云々より、実力を評価されている風だ。

 でもまさか、この学園でも番長として人気を得ているなんて……。

 

 

「まぁそんなわけだし。俺この学園じゃ融通利く方だから、困ったことがあったら相談してくれていいぞ」

 

「い、いいの……?」

 

「いちいち確認とんなくてもいいっつーの」

 

「むしろ兄貴が融通利かせられない所の方が少ないですからね」

 

「人手が足らないことも起こりえねぇしな」

 

 

 不敵に笑う新城くんに、太鼓判を押す円岡さんと杜ノ川さん。

 

 

(……良かったぁ)

 

 

 噂が本当かどうか、なんて悩みは持つ必要はない。

 もしも噂程の人気がなかったとしても、この三人が味方になってくれるのだから。

 これ以上ない程の心強い味方を、転校初日から得られ―――

 

 

 

 

 

『紹介が終わったようなので、これより我々の紹介に入らせて頂きましょうか!!』

 

 

 

 

 

「ぅえ!?」

 

「……この声は」

 

 

 食堂に響き渡るような声が、出所が分からない響き方で聞こえてきた。

 驚く私を尻目に、私達のテーブルのすぐ傍に着地する三人の男子生徒。

 あれ!? 今どこから!?

 

 

「「「番長傘下最高幹部三人衆、ここに見参!!!」」」

 

「出たな三バカ共!」

 

 

 新城くんに三バカと呼ばれた三人は、ネクタイの色からして一年生、二年生、三年生と学年で一人ずつ……え、先輩もいるの?

 理解不能な展開の中、こちらの二人は普通に応対する。

 

 

「おう三人衆か。今日はどうした?」

 

「サー! 我が校に新参の学生が現れたと聞きまして、こうして挨拶に来た次第でありますサー!」

 

「そっかぁ。あ、一応真白さんは前から兄貴と知り合いだから、逸話語りは程々にね」

 

「御心配には及びませんよ円岡殿。前回の反省を活かして、じっくり時間をかけて新城様の素晴らしさを理解していただく方針に切り替えましたから」

 

「なに普通に会話を進めてんだお前ら!! 帰れ! 今すぐ家に帰るか土に還れ!」

 

「えっと……あなた達は?」

 

「よくぞ聞いてくれた! 俺達は番長ファンクラブの中でも、筆頭舎弟たるお二人に次ぐ幹部―――」

 

 

 一度そこで言葉を切り、三人それぞれが無駄に洗練された無駄のない無駄な動きをしつつ、最終的に背後から霊が出てきそうなポーズで止まり、ドッヤァァァァァ!! という音が聞こえてきそうな顔で、二年生、三年生、一年生の順番で言う。

 

 

「番長正統派ファンクラブ会長・佐和江干支(さわええと)!」

 

「新城様広告司令官・宇宙炎赫(うちゅうえんかく)

 

「ボス直轄特務部隊隊長・燃熱繁(ねんねつしげる)!!」

 

 

 ……三人揃ってすごい名前だ。

 佐和江さんの普通っぽい苗字が、逆に異彩を放っている。

 

 

「俺は主に番長に讃える活動をしてる! ここの近くにある商店街は俺と会員達の領域だから、そこ関連は任せてくれ!!」

 

「私は新聞部副部長として新城様の偉業を広く知らしめています。学園内で新城様に有益な情報は私の元に集まると考えてください」

 

「そして俺と隊員達は番長の活動を直接的に手助けしている! 格闘技を中心に運動系の部活連中はこの隊に所属してるんですぜ!」

 

 

 どうしよう。聞いてる限りのスペックはすごいのに、内容が内容だから全然頭に入ってこない。

 

 

「「「この通り番長の傘下は人材揃いだから、存分に頼ってくれたまえ」」」

 

 

 ――――――だ、大丈夫だよ、ね? 私、心強い味方を得た、んだよ、ね……?

 目の前には、まだドヤ顔をやめない三人。

 そして周りを見回すと、この光景に違和感を覚えないどころか、「番長の頼みとあらば、俺達もいつでも動けるぜ!」とでも言わんばかりの不敵な笑顔を浮かべた男子生徒が辺り一面にいた。

 …………私、敵に回したくはないなぁとは思ってたけど、この味方の数は過剰じゃないかなぁ。

 あまりに熱気に溢れたその中心で、私は溜息を一つ吐いた。

 

 

「「はぁ……」」

 

 

 期せずして、その溜息は目の前の新城くんと重なるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長編を始めるまでを第一章とすると、ましろんは第一章のメインヒロイン、とまではいきませんが、目立つポジションになると思います。過去編を除いて。

剣警護とリョウマプロダクション。大手会社の二つですが、覚えておくといいかもしれませんね。


三バ……三人衆がどんな外見をしてるのかは、名前でわかるようになってます。
さて、どんなアナグラム変換でこのへんてこな名前に決まったでしょう!? 答えは、次回の後書きにて!
→焼熱繁から燃熱繁に変えました。ヘンテコ感増しましたが、法則的に前の名前じゃアカンことに気付いたので...。問題出す側が間違えるとか言うアホなことしてすみません。
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