聖櫻番長のガールフレンド(仮)だらけな日常 作:クビキリサイクル
私―――村上文緒は、頼まれ事を断れません。
所謂、押しが弱いと言いますか。
嫌なことを嫌とは言えず、流されるままに引き受けてしまい、後になって後悔するという経験を過去何度もしてきました。
(流石に悪意のあることであれば断れるのですけど……)
ただ、私に頼み事をする人は、みなさん悪気ない方ばかりです。
恥ずかしい思いも、苦労した事も沢山あります。
けれどそれも、私を想ってくれていたり、イベントを盛り上げたいがため。そんな思いを裏切るようなことも、悪いと思ってしまうのです。
それに―――後になって、引き受けてよかったと思える事も、無い訳じゃありませんでした。
最初こそ嫌で嫌で仕方なくても、みなさんと一緒に頑張った事で、一人じゃ得難い大切な思い出を手に入れたことも、確かにありました。
だから、私に出来ることであれば、頑張ろうって、そう思えます。
思えますが―――
「ねぇねぇ文緒ちゃ~ん」
「? はい。どうかしましたか?」
「ちょっとねぇ、お願いがあるのぉ~」
「…………な、なんでしょう、か?」
「
「と、
「とっても可愛い服だったからぁ、手芸部で撮影会したいなーって」
「撮影、するんですか……?」
「ああ。もちろん私が撮影するわよぉ? 文緒ちゃんのベストショット、他の人に任せられないもの~♪」
「あの、いえ。そういう問題ではなくてですね……」
「文緒ちゃんが良ければ今からでも。ねぇ~?」
「も、望月さん……。その……」
「文緒ちゃんの可愛いとこ、見たいなぁ~?」
「ですから、その……」
「ねぇ~? 文緒ちゃ~ん」
「……………………」
「文緒ちゃんっ。お願ぁ~い。ねぇ~?」
「…………はい」
「やったぁー♪ 文緒ちゃん愛してるぅ~♥」
また流されてしまいました。
―――この人の気持ちは、善意と悪意。どちらに分類すべきか最近悩んでいます。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あ、そうそう」
「はい?」
放課後。私と望月さんは部室棟を歩いていました。
タイミングが良いのか悪いのか、今日は図書委員の当番ではありませんでしたし、望月さんも私を撮りたくて居ても立っても居られないようで、誘われてすぐに手芸部へと向かっています。
……望月さんも、自分に正直なのであって、悪気はないのだとは思いますけど。
私にとって一番のお友達とはいえ、困った人です。
「今日ねぇ、新城くんも一緒に撮るのぉ」
「……え? 新城君が、ですか?」
首から下げたカメラを手に持ちながら私の前を歩く望月さんは、「そうなのよぉ」と言ってそれに応えます。
「小瑠璃ちゃんが、今日の衣装は文緒ちゃんと新城くんのセットで見たいんだってぇ~」
「そうなんですか……」
「私はぁ、文緒ちゃんの単独ショーにしたかったんだけどねぇ~」
望月さんはそう言いますが、私は少し胸を撫で下ろしていました。
新城一也君。
入学して僅か一年余りで、全校生徒の人気の的になった男の子で。
聖櫻学園の番長の名に恥じぬ、人並み外れた身体能力と誰にも負けない喧嘩強さを持ち。
その人好きから様々な人のトラブル解決に尽力し。
(私が、ちょっとだけ自分を好きになれた、切っ掛けをくれた人)
彼にも見られてしまうと考えると、恥ずかしさが増してしまいますが。
同時に、衣装に着替えて撮影されるのが私だけでない。彼もいるのだという、心強さも感じます。
学園のイベントで彼も普通見掛けない衣装に着替えていましたが、私のように縮こまってしまっていたのを見た記憶はありません。
かといってそういう催しに望月さんのような方ほど積極的というわけではありませんでしたが、所謂ノリが良いというものでしょう。
物怖じしない所を含めた彼の強さは、私の憧れでもあります。
彼のように自分に誇りを持って生きられるのであれば、どんなに素敵なことでしょう。
(でも、新城君とセットの衣装? 一体どういったものなんでしょうか……)
階段を上り切り、昇降口を出ます。
手芸部へと向かう廊下で、肩から足首までロープで簀巻きにされた新城君を載せた台車を、時谷さんが押していました。
「えぇっ!!?」
「おぉ! エレナじゃないか。早速文緒を連れてきてくれたのか?」
「もちろんよぉ~♪ 文緒ちゃんの撮影のためならぁ、私はいつでも迅速だものぉ~♥」
「ちょ! ちょっと望月さん!? なんで時谷さんと普通に挨拶しているんですか!? 新城君が大変なことになっているんですよ!?」
「ん? あぁ。そういえば文緒は、一也と手芸部に来るのは初めてだったな」
「大丈夫よぉ文緒ちゃん。新城くんは、小瑠璃ちゃんに連れてこられる時は大体あんな感じだからぁ~」
「大体こんな感じなんですか!?」
とても人に対してしていい扱いだとは思えませんが!?
驚きに彩られてるとはいえ、放っておくわけにはいきません。急いで新城君の載せられた台車に近付き、彼を縛るロープを解きにかかります。
それほどきつく締められている訳ではなかったので、苦戦することなく結び目は解かれ、程なくして彼は自由の身となりました。
「ああ、村上先輩でしたか。わざわざすみませんでした」
「いえ、それは構いませんが……。どうしてこんなことに」
「まぁその、縄抜けくらいは造作でもないんですけどね」
彼はふっと、達観したような表情で言います。
「下手に抵抗して、ワイヤーで手足を縛られた後にロープで亀甲縛りされるよりは、マシかなって……」
「されたことあるんですか!? 亀甲縛り!」
―――彼はもう少し、女性に厳しくしてもいいんじゃないかと思いました。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「さ、入ってくれたまえ」
「ちわーっす。……あれ?
「ああ。今日は手芸部の部活動は休みでな。
「それで、個人的な撮影会のために部室を貸し切ったんですか」
「なんだ? 苗がいた方が良かったか?」
「そうですね……。柔らかいなりに、ストッパーは一人でも多い方がいいかなとは思いますよ」
ロープだけを載せた台車を押す時谷さんに先導されて、私達四人は手芸部へと足を踏み入れます。
あんな目にあったにも関わらず、まるで気にしていない風の新城君は、器が大きいのか慣れてしまっているのか。
部室では、色とりどりの布や糸が乱雑に机に置かれ、衣装は棚に仕舞われていたりハンガーラックに掛けられていたり、あるいは積み上げられていたりしていました。鮮やかであったり煌びやかであったり落ち着いた色であったりで、目が疲れてしまいそうです。
聖櫻学園は行事の多い学園ですが、その時の衣装はこの手芸部が手掛けているのだとか。
数多くの生徒だけでなく、先生方の衣装も用意されていることがあります。そのためか、手芸部はかなりの負担を担っています。
その手芸部の中でも部長である時谷さんは、手芸において非常に優秀な手際を持っていて、その発言力は学園でトップに立つと言われているそうです。
彼女の、一部では姫と呼ばれる程の強引な性格も合わさり、彼女に頭が上がらず、彼女の着せ替え人形とされる生徒が数多くいると聞いています。
新城君はそういった事情とは関係なく、ただただ彼の人好きと時谷さんの強引さに押されて着せ替えに付き合っているのだと思いますが…………まさかあのようなことをされているとは。
「小瑠璃ちゃん小瑠璃ちゃんっ♪ 早く早くぅ♪ 早く撮影を始めましょうよぉ~♪」
大変ウキウキした様子で、望月さんが時谷さんを急かします。
「まぁそう急くな。まず、二人にはこれに着替えてもらうとしよう」
そう言って、時谷さんは机に置いてあった袋を二つ手に取り、私と新城君に受け取るよう差し出します。
一見して中身が窺えないようになっている手提げ袋ではありましたが、押し付けられるかのようなそれを受け取ると、確かに服一式分の重量を感じます。
「き、着替えるんです、よね」
「心配するな。うちには着衣室が四つもあるんだ」
にこにこ笑って時谷さんは部室の奥にあるカーテンが仕切られたロッカーのような小部屋を指差しますが、そういう問題ではありません。
「……ここまで来たんですしグチグチ言ったりしませんけどね」
諦めたように新城君は手提げ袋の中から、衣装を詰めた袋を取り出します。
黒を基調とした何かのようですが、畳まれ袋に詰まれた状態では、どのような衣装なのかわかりません。
「その前にちょっといいですか?」
「もうなにぃ~? 私は早く、文緒ちゃんのベストショットを撮りたいんだけどぉ~?」
「すぐに済みますって。とりあえず、望月先輩はそこの椅子に座ってもらえますか?」
「? こぉう~?」
素直に部室の椅子に座る望月さん。
「んで」
と、新城君は言って。
台車に載っていた、新城君を縛っていたロープを手に取り。
瞬く間に望月さんを縛り上げました。
「「「……………………え?」」」
さっきのような簀巻きではなく、腕や足、胴体をそれぞれ椅子と固定するような縛り方で、望月さんは椅子と一体化させられました。
縛り上げた本人は、作業を終えて埃を払うように手をパンパンと叩いています。
「これでよし、と」
「な、なにがよしなのよぉ~!」
「おぉ……。私もそれなりに縛り上げは手慣れているつもりだが、君はあっという間だったな」
「小瑠璃ちゃんは感心してないでぇ~! これ解いてよぉ~!」
「あ、あの。どうしてこのようなことを……?」
「いや。だってこうでもしないとこの人、村上先輩が着替えてる所を盗撮したりしそうですし」
「…………考えてみたらそうですね」
「ソ、ソンナコトシナイワヨォー」
声が裏返っていました。
そんなことする人の反応です。
「俺が着替え終わったら解いてあげますんで、しばらくは大人しくしといてください」
「ま、待ってぇ~! 文緒ちゃんが! 文緒ちゃんが目と鼻の先で着替えるのにぃ! 私にそれをお預けしろって言うのぉ~!?」
「エレナ。体育やらで着替える時に文緒と一緒なんだから、お前は飽きる程見てるだろう?」
「飽きないのぉ~! 文緒ちゃんのお着替えシーンは、何度見たって飽きが来ないのぉ~! だから、だからぁ~!」
「じゃ、さっさと着替えちゃいますか」
「そうですね……。望月さん、縛られてるのはお辛いでしょうけど、少しの辛抱ですからね」
「や~ん♥ やっぱり文緒ちゃんは、私の天使―――でもやっぱりこれ解いてぇ~!!」
ガタガタと椅子を揺らす望月さんに軽く手を振って、私と新城君はそれぞれの着衣室に入っていきました。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
望月さんが縄抜けをして、私の着替えを撮りに来るといったことも起きず。
制服を脱ぎ、手提げ袋から衣装が詰まれた袋を取り出し、袋を破いて、中にあった衣装に着替えましたが。
(…………メイド服、ですよね。これは)
着衣室に備え付けられた壁一面の姿見を通して、自分の姿を見ます。
丈の長い黒のロングドレス。
白いエプロン。
そして、白いフリルのカチューシャ。
……確か、ヴィクリトリアンメイドと呼ばれていましたね。
メイド服の中では古いタイプの、シンプルさを特徴とした恰好だそうです。
奇抜だったり露出の激しい衣装でなくて、少し安心しました。
(で、でもやっぱり……。人前に出るのは、緊張しますね……)
学園のイベントで、大勢の人の前に出るよりは落ち着いていられますけれど、緊張を消せるわけではありませんでした。
撮影会なので望月さんのフィルムに収められてしまうでしょうし、何より普段の服装と違うというだけで、目立ってしまうのを恐れてしまいます。
それに、男性である新城君の目もありますから……。
『はい。解けましたよー』
『はぁ~。ようやく解けたわぁ。もうっ! どうしてこうも私を信用してくれないのかしらぁ?』
『どの口が言うんだか……。それにしても一也、中々似合っているじゃないか! やはり私の見立ては間違っていなかったようだな!』
『そりゃどうも。これとセットなら大丈夫だと思いますけど、先輩にエグイ衣装渡してないでしょうね?』
『心配性だな。そんな衣装を着せたら、君とのバランスが悪くなってしまうだろう?』
『普段からそういう衣装をやめて差し上げろってことなんですけど……』
新城君はもう着替え終わっているようでした。どうやら彼も、今回はそれほど奇抜な格好をしているわけではないようです。
私の心配をしてくれるのは嬉しいと思いますが……、それで諫める時谷さんではありませんし、それを断れる私でもありませんでした。
このメイド服とセット、ですか。
一体彼は、どのような衣装を着ているのでしょうか。
その好奇心を、縮こまる背中を押す言い訳にして、私は着衣室のカーテンを開きます。
「き、着替えました……」
「あ、終わりました―――」
「え、ええたった今―――」
彼がこちらを向いて。
絶句しました。
「――――――」
「キャーッ!! メイド! メイドちゃんの文緒ちゃんだわぁ~♥」
「おお! 似合っているじゃないか! 流石は私だな!」
彼の後ろでお二人が騒いでいましたが、私はそれを遠い世界のように感じていました。
目の前の、彼。
新城君のその姿に、目を奪われていたのですから。
(し、執事服……)
漆黒とさえ言える黒の燕尾服。
同系色の、首元でクロスされたリボンタイ。
新城君の肩幅に広がる、白のワイシャツ。
胸元のポケットから覗く、純白のハンカチ。
大きな手を包む、白い手袋。
そして、その長い脚に纏った、燕尾服と同じ黒のスーツズボン。
執事服は、スーツやタキシードなどとの境界が曖昧ではありますが、彼のその衣装は一目でそれだと分かります。
「わぁ……」
絶句が解けると、思わず感嘆の声が出てしまいます。
黒と白のみで構成されたその執事服は、新城君の黒髪と体格にとても良く似合っていました。
落ち着いた雰囲気を漂わせるその出で立ちは、彼の大人な部分を前面に押し出しているようで。
もし、このような執事に仕えられていたとしたら、守られる喜びを惜しみなく感じられることでしょう。
「あ、あの」
「む、村上先輩っ」
「え? は、はいっ」
何か言わねば、と思い声を上げましたが、彼の声に遮られてしまいました。
心なしか、興奮気味です。
今闘牛のように鼻息荒くカメラのシャッターボタンを連打している望月さんには遠く及びませんが。
「一回こう……くるっと回ってくれませんか?」
「は、はい? こう、ですか?」
くるっと回りました。
片足を軸に三百六十度回転です。
ロングスカートがふわりと浮かびますが、ブーツがちらりと見える程度で留まり、一回転し終えてまたふわりと元の位置に落ち着きます。
ふらつかなかったことに心の中で小さくガッツポーズをしながら、彼の方へ向き直します。
「ほわー……」
「?」
なんだか幸せそうな顔をしていました。
どうしたのでしょう?
「ほら。見惚れているだけじゃなくて、ちゃんと言葉にしないとだぞ? どうだ? 感想は」
「え? い、いいですよそんな……新城君に比べれば、こんなの」
「……いえ。言わせてもらいます」
何を言われるのか不安で彼の言及を避けようとしますが、緩んだ顔を元に戻した彼に遮られてしまいました。
照れ臭そうにしながらも、新城君は言います。
「ものすっごく! 可愛いです」
「~~~~~っ!」
「可愛いのもそうなんですけど、可愛いだけじゃなくて。村上先輩の可愛さと美人さの両立を、古き良きメイド服が更に引き立てていると言いますか」
「はわ。はわ。はわ」
「もし、こんなメイドに仕えてもらってたら、日々の疲れが帰ってくる度癒されると思いますよ」
「ぅ、あ。そ、その」
まるで、私が彼に対して思ったことの、反芻であるかのような。
そんな賞賛の嵐に、顔に熱が籠っていくのが自分でもわかります。
恥ずかしくて仕方ないのに、それ以上に嬉しいと思う気持ちが込み上がってきて。
両手で口元を隠す仕草が、恥ずかしさを隠すためなのか、にやけてしまいそうな口角を抑えるためなのか。
(で、でも、新城君だって恥ずかしい、ですよね……?)
彼の顔は赤みを帯びていました。
軟派な男性でない彼がこうして女性を褒めるというのは、勇気のいる事だったと思います。
それでもこうして、新城君は気持ちを吐露してくれました。
「……し、し」
ならば、私もそれに応えなければなりません。
つっかえそうになる言葉を、勢いに乗せて吐き出します。
「新にょう君もっ、素敵だと思いますっ」
噛みました。
「……………………」
先程までとは明らかに違うタイプの熱が顔に籠っていくのがわかります。
新城君の顔も赤みが消え、どうしたらいいかと困っているようでした。
……私の、馬鹿。どうしてこういう時にちゃんと呂律が回らないんですか。
「……漢字の部首みたいな名前で呼ばんでください。俺の名前は新城です」
やんわりと訂正されてしまいました。
うぅ。折角彼が褒めてくれたのに、これじゃ台無し―――あれ? あ! こ、この流れって、この前オススメされたライトノベルの……。
「し、失礼。噛みました」
「違う。わざとだ……」
「かみまみた」
「わざとじゃないっ!?」
「神谷いた?」
「そんなホイホイ会える人じゃないよ!?」
ついオリジナルのネタが口をついて出てしまいましたが、新城君はピッタリ合わせてくれました。
やりました。これでなんとか誤魔化せて
「噛んじゃった文緒ちゃん、かぁ~わぁ~いぃ~いぃ~♥」
ませんねこれは。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
場が落ち着いた所で、撮影会が始まりました。
私一人。代わって新城君。代わって私。新城君。私。新城君。二人一緒に。そしてまた私と入れ替わり立ち替わり撮られていきます。
望月さん、新城君一人の時に明らかにカメラの連写速度とテンションが落ちていました。素敵ですのに。
「ふむ。そろそろアクセントをつけたいところだな」
部室の椅子に座って、撮影の様子を眺める時谷さんが言います。
「ポーズをつけてみてくれ。動いて破けるようでは、衣装としては成り立たないからな」
「ポ、ポーズ、ですか……」
「ああ。なるべく衣装に合わせたポーズだとなおいいな」
「とは言いますけど、執事らしいポーズってそうパッと浮かばないんですが」
「ど、どうしたらいいでしょうか……?」
「文緒ちゃん文緒ちゃんっ。まずはぁ、スカートの両端を持って、お辞儀してみてくれないかしらぁ?」
「こう、ですか?」
「あぁん! 違う違うぅ~! もうちょっと前頭筋に力を入れてぇ! 大頬骨筋はやや緩めぇ! 鼻根筋と広頚筋はもっとキレッキレにぃ!」
「細かすぎて何も伝わってこないよ!?」
正直新城君と同意見でしたが、とにかく表情筋を動かして望月さんの要望通りの表情を模索していきます。
幾度かの試行錯誤の末、どうやらお気に召す表情が見つかったようです。
「うん、いい! キテる! キテる! 文緒ちゃんのメイドポーズキテるわぁ!! そっかそっかぁ、リアルではそうゆう表情もするのねぇ。うんうん♪ 私の妄想力に更に磨きがかかるわよぉ。 ありがとう文緒ちゃん!」
「そ、それは良かったですけど、ちゃんと新城君も撮ってあげてください……」
「ああああっその顔もイイ♥」
「いや、ですから……」
「今の顔もなしではない!!」
結局どの顔でいればいいのでしょうか。
「……俺、着替えてもいいですか?」
「それは私が困る! そうだな……。折角一緒に撮っているんだ。文緒と一緒に動いてもらうのもいいかもな」
「動くって。どうするんです?」
「まずは、文緒の手を取ってもらおうか。エスコートするようにだぞ?」
「はぁ。まぁそれくらいなら。失礼」
「え? あ」
瞬く間に左手を彼の右手に取られ、私の胸元の高さまで掬い上げられました。
……新城君は意識しているのか分かりませんが、その立ち振る舞いは頭から足先までピシッとしていて、さながら本物の執事のようでした。手を取る所作一つとっても、これから共にダンスを踊るのではないかと思わせるものです。
(で、でも……こういうのは、お姫様の立場の方がやるべきでは……)
ああ、でも。メイドと執事の秘密の舞踏会というのも、素敵かも―――
(だ、駄目ですってば! そういうのは考えないように、です!)
「文緒ちゃんが百面相してるぅ~。どれも可愛くていいわぁ♥」
「中々様になってるじゃないか。それじゃあ、次は軽く社交ダンスを。出来るか?」
「軽くって、一般人が要求されて気軽に出来るもんじゃないですからね……? まぁ出来なくはないんですが」
「よし。それじゃあやってみてくれたまえ」
「それはいいですけど。……村上先輩?」
「ふぇ? あ! は、はいっ」
い、いけません。話を全く聞いていませんでした。
見れば、彼は心配そうな顔で私を見下ろしています。
「大丈夫ですか? 駄目そうならここでストップ掛けますけど」
「だ、大丈夫です! 心配、いらないですから」
「そうですか? それじゃあ、また失礼」
「え?」
取られていた左手が、私の肩の高さで彼の右手に添え置く形で握らされ。
空いていた右手を彼の肩に掛けられ。
そして、新城君の左手が私の背に回されて。
(こ、これって)
「力を抜いて」
その言葉を皮切りに、彼と私のダンスが始まりました。
「わ、わわ」
おっかなびっくり。そんなステップを踏んでいた私でしたが、彼の言う通り徐々に力を抜いていきます。
それだけで、彼が導くままにダンスを踊っていました。
彼が前に出れば、私は後ろに下がり。
彼が引けば、私は引かれ。
彼が回れば、私も合わせて回り。
決して広くはない手芸部部室の空きスペースで行われる、小さな小さな舞踏会。
曲は何もなくても、頭の中にメロディが響いてくるような錯覚さえ覚えます。
(……す、すごい)
本来こういったダンスでは、女性からもアクションを起こすものだそうです。
ですが、運動音痴でダンス経験も皆無な私にそのようなことは出来ませんでした。
彼にリードされるばかりの、一方的なダンス。それが、ちっとも嫌ではありません。
むしろ、なんだか―――
(楽しい……)
自然と笑みが零れてしまいます。
撮られている恥ずかしさも。新城君に悪いと思う心の咎めも無い訳ではありませんでしたが。
衣装によって齎された別世界観と、彼の柔らかなリードが、私に高揚感を与えてくれて。
―――そんな私を見てなのか、彼は柔和に微笑んでいました。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ん?」
ダンスを終え、望月さんに抱き付かれていると、時谷さんが疑問声を上げました。
「文緒」
「はい。何か?」
「服のサイズ、合わなかったのか?」
「え!?」
「いや、今気が付いたんだがな? 首後ろにある結び目が、思ったより短めだったものでな」
「い、いえ! そのようなことは!」
「「?」」
新城君と時谷さんが小首を傾げますが、こればっかりは言えません。
特に、男性である新城君に聞かれようものなら―――
「むぅ~ん……?」
望月さんが私から離れたかと思うと、唐突に両手をチョキにして、指を合わせて菱形を作ります。
「
「トナカイドクターかあんたは」
新城君のツッコミも無視して、望月さんが菱形を通して私を見ます。
「ふむふむ……」と口に出しては角度を微妙に変えて観察をして―――あれ?
なんだか嫌な予感が。
そういえば、思い返すと望月さんの特技って。
「うん! わかったわぁ!」
「ちょ、ちょっと望月さん―――」
「文緒ちゃんっ、ちょっと太っちゃったわね!?」
なんてことを。
「「え?」」
「き、聞かないで! 聞かないでください!」
「間違いないわぁ! そういえば文緒ちゃん、この前身体測定のデータを頑なに見せてくれなかったしぃ。ウエストが増えてたのが知られたくなかったのねぇ?」
「わー! わー! わー!」
叫んで声を掻き消そうとしても、既に聞こえてしまったことは消せません。
な、なんでこういう時にデリカシーが無いんですか!?
「「…………あー」」
「も、望月さん! そういったことは秘密にしてください! 二人共、何を言えばいいのか困ってるじゃないですか!!」
「やぁ~ん。文緒ちゃんが怒ったぁ~」
「怒りますよ! 私だって怒ります!」
「いや、その、なんだ! そういえばだな一也!」
「うぇっ!? な、なんですか!?」
「君もなんだか腰回りがキツそうだぞ!? まさか、君ともあろう者が太ってしまったのかな!? はっはっは!」
「え、いや、これはですね」
「え? そうなんですか?」
それは驚きです。
新城君は日々のトレーニングを欠かさないと聞いていますし、私のように運動不足ではないと思っていましたが。
「えぇ~? 私は女の子のスリーサイズじゃないと見切れないけど、太ってるようには見えないわよぉ?」
「いや! 確かにベルトが想定していたより穴一つ分緩んでいる!」
「どこまで想定してんですかあなた!」
「全く! キツイならキツイと言ってくれればいいのに! 衣装合わせなんだからその辺りのことは言って貰わないと困るぞ!?」
「穴一つ分でキツイ云々とか言うと思います普通!?」
「どれ! どの辺りが合わなかったかな!?」
「ちょ! 触れんでくださいってば!」
なんだか無理に盛り上げようとしているような……。
豪快に笑いながら時谷さんは首を横に振る新城君へと近づき。
その身体に大胆にも触れたところで。
「――――――――――――」
固まってしまいました。
……ん?
「ど、どうしましたか?」
急に黙ってしまった時谷さんに声を掛けますが、彼女は聞こえていないのか、新城君のお腹だけでなく、腕や足、胸板にも触れていきます。
新城君は、どうしてか頭を抱えています。
「小瑠璃ちゃん。新城君太ってたの~?」
「……あ、ああ。太っていたというか、太くなっていた」
「「?」」
一体それの、何が違うのでしょう―――
「…………筋肉が」
「……………………」
「あー」
……ああ。そういうことですか。
そうですよね。お腹に詰まっているのは、脂肪だけじゃあ、ありませんよね……。
「ま、全く! 私に断りなくビルドアップしてしまうなんて! ちゃんと逐一報告してくれないと困るぞ!?」
「無理にフォローしようとしなくていいです……」
砂漠のように荒んだ気分になってきました。
「大丈夫よぉ文緒ちゃん」
元凶である望月さんがまた抱き付いてきます。
何が大丈夫だと言うのでしょう。
少なくとも私の精神衛生は大丈夫とは真逆ですが。
「お腹も大きくなっちゃったけどぉ、その分おっぱいとお尻も―――」
「びゃぁぁぁあああああ!!!」
―――思い出は、綺麗なばかりではない。
そう思い知った一日となりました。
順番的に次は三年生回かなぁ→そういえば読んでくれる人、文緒さん好きが多そうだな→第四話で登場した時、文緒さんもエレナさんも展開の都合上満足いかない登場になっちゃったしなぁ→よっしゃ! 読者サービスも込めて文緒さん回にしたろ!
とか思って出来上がったわけですが。
おっかしいなぁ……。文緒さんってこんな芸達者な人だったっけ?
ちなみにクリスマスの内に投下してメリークリスマスするつもりでしたが、メモ帳が急に動作停止して保存してなかったデータがまるっと飛んだので、三時間分の作業がバイバイしました。おのれパソコンめ……。
一日遅れになりましたが、メリークリスマス。もうすぐ新年ですが、よろしくお願いします。