聖櫻番長のガールフレンド(仮)だらけな日常 作:クビキリサイクル
私―――
「うぅ~~ん……」
特に思い当たる原因があるわけじゃないんだけど、なんだか眠れない。
横になっても。座っても。勿論立ってても眠れない。
目を瞑ってても瞼の裏を見てるだけだなぁって。視線はどこに置いておけばいいんだろう。上を見ればいいのかな。下を見ればいいのかな。右を見てればいいのかな。左を見てればいいのかな。
あと呼吸はどうするんだっけ。鼻でするんだっけ。口でするんだっけ。鼻で吸って口で吐くんだっけ。口で吸って鼻で吐くんだっけ。
手って組んだ方が良いんだっけ。横に置いた方が良いんだっけ。枕の位置ってどこだっけ。うつ伏せだっけ。仰向けだっけ。人ってどこから生まれてどこに向かっていくんだっけ。宇宙の向こう側ってどんな風になってるんだっけ。
眠ろうとしたらそんなことをぐるぐる考えちゃってたりするんだよねぇ。
……うん。そんな小難しいこと考えながら眠れる訳無いのは分かってるんだけど。
「というわけなんですけど、どうしたらいいでしょうか?」
「そうですね……」
安眠に関して一家言ある(と新城くんに聞いた)正岡先輩に保健室で聞いてみると、先輩は少しだけ唸って、やがて応えてくれた。
「枕を変えてみる、というのはどうでしょう?」
「枕、ですか?」
「寝不足の原因には様々あるので……。枕が合わないというのも、その一つだったりするんですよ」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「枕、ねぇ」
軽音部の部室に戻ってみんなに正岡先輩に聞いたことを話すと、ナギーこと
私達軽音部、にゅーろん★くりぃむそふとは、今はお菓子を広げてまったり中です。私、ナギー、
……羨ましくないよ? 前にみんなでやってもらったことあるけど、あれすごい恥ずかしかったからね?
新城くん対女の子専用必殺技・グルーミング。相手は死ぬ。恥ずか死ぬ。ただし甘えんぼには効かない。みたいな?
「枕が合わないって、実感あるだがや?」
菫がポッキーを口でぽきぽき折りながら言う。
私もそれに倣いながら応える。
「正岡先輩が言うには、実感として出る場合と出ない場合があるんだって。どっちにしても影響はあるんだけど」
「ふーん……。でも、新しく買い替えるよりも、他の方法を試してからの方がいいんじゃない?」
「うん。だから他の方法も聞いてみたんだ。でも、枕もそろそろ替え時かなって」
「どうしたがや? ジュースでも零したんかのぅ?」
「そうじゃないよっ。ただ結構昔から使ってるものだから、傷んできちゃってるってだけ」
「傷んできちゃった、ですか? わたしのは子供の頃から使ってますけど、そういうの良く分からないです」
「お前は愛着湧いてるのが一番ってだけじゃね?」
「桃子ちゃんは物を大事にする子でっすから」
「あやや……。そうかもしれないです」
照れてる桃子ちゃん。
桃子ちゃんはとっても純粋な子で、にゅーろんのマスコット扱いされている。そんな子が顔を赤らめて両手でプリッツを啄む姿は、同じ女の子の私でも思わず抱き締めたくなるくらい可愛いんだ。私でもそうなるんだから、男の子の新城くんの胸中はどうなのやら―――いや、今はくるみちゃんのグルーミングに集中だね。
「でも、わたしに合う枕って何かなぁ……」
「そればっかりは、実際に枕に寝てみるしかないだろうねぇ」
「陽歌ちゃん先輩は、どういう枕が好きなんですか?」
「うーん。ふわふわっていうか、柔らかいのかな? 今の枕も柔らかいんだけどね~」
「ふわふわ、がやか? でもその柔らかい枕が合わないんだがや」
「そうなんだよね~。この際逆に硬い枕を……でも寝心地悪いかもなぁ」
「お店だと、枕は柔らかいのが一番とされてまっすからね」
「……硬いだろうにえらく寝心地良さそうなのなら、知ってるけど」
「え? ほんとに?」
「ああ。これ見てて思い出した」
そう言ってナギ―は、くるみちゃんについと視線を向ける。
「? わたし?」
「くるみじゃないよ。あ、いや。これってのにはくるみも含まれてんだけど」
「?」
「キミだよキミ。新城」
「はあ?」
名指しされた新城くんは、くるみちゃんのグルーミングを終えて、いつものサイドアップテールに戻してあげているところだった。
……枕? 新城くんが? 新城くんの持ってる枕がってことかな?
くるみちゃんの髪にシュシュを巻き付けて、新城くんはくるみちゃんを膝から降ろす。
「何の話をされてんだ俺は」
「とぼけなくてもいいよ。随分ぐっすり眠らせてたじゃないか」
「あや? 眠らせてたんですか?」
「誰をだがや?」
「いや、俺に聞かれても」
「
「……あー」
「「「「??」」」」
二人の同級生の名前が出てくると、新城くんは頭を抱えちゃった。
知らない、という割には、心当たりがあるような反応だった。
「どうしたんですか?」
「いやね。私も通りがかっただけなんだけど、この前昼休みにその二人が新城のことを枕にしてたもんでさ」
「えぇっ!? せ、先輩は枕さんだったんですか!?」
「物の例えをストレートに受け取るんじゃありません」
桃子ちゃんの天然に呆れた様子を見せながら、弁明? を始める新城くん。
「俺も起きた時驚いたもんだよ。芝生でぐっすり寝てたら、二人が傍で寝てんだから」
「ん? 二人を寝かしつけたんじゃないのかい?」
「あいつらを昼に外で寝かしたら放課後まで起きないのが分かってて、何で俺がわざわざ寝かすんだよ」
「だろうね。まぁそんなわけで二人が新城と一緒に寝てたんだよ」
「ほうほう。それで、枕にしてたってのはなんだがや?」
菫が身を乗り出さんばかりに興味津々だった。気持ちは分からなくもないけど。
「傍で寝てたっていうかね。見吉さんは腕枕、鈴河さんは腹枕でそれぞれ新城に頭を預けて寝てたのさ」
「腕枕に腹枕でっすか!?」
「ほうほう! そんなことになってたがや!?」
「筋肉ダルマの新城なんだから、どこもかしこも硬いだろうに。えらく気持ち良さそうな寝顔だったね」
「大将に至っては俺の顔に乗っかってるもんだから、寝苦しくてしょーがなかったよ……」
「それは想像すると結構シュールだね……」
見吉さんはいつもの甘えたなんだろうけど、鈴河さんは本当に芝生にちょうど良さそうな枕が落ちてたからくらいの気持ちなんだろうなぁ。
片腕に見吉さん。お腹に鈴河さん。顔に猫の大将さん。二人はともかく、もふもふの大将さんが顔に乗ってるのは呼吸が辛そう。
ていうか筋肉ダルマって。
確かに新城くんはムキムキだけど、そこまで言われる程膨張した筋肉はついてないと思うよ。
「でも、先輩と一緒にいると安心しちゃうのは分かる気がしちゃいます」
「でっすでっす。膝に乗ってるだけでも、頼もしさが伝わってくるっていうか」
「そりゃどーもだけどよ。しかし枕としてはどうなんだろうな? さっきも言ったように枕は柔らかい方がいいだろうに」
「安心感か……。まぁでも、それも安眠には重要な要素かもしれないね」
「うーん、そうかも。怖かったりで不安な所だから眠れなくなったっていうのは、よく聞く話だし」
「逆に安心さえすればよく眠れるってのも短絡的なような……」
「……よし! それなら!」
菫がポッキーをぽっきり折って、立ち上がる。
「これからみんなで検証してみるがや!」
「「「…………ん?」」」
あれ? なんか
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「余計なこと言わなきゃよかった……」
ナギーが新城くんの膝の上で嘆いていたけど、時既に遅しだった。
「どうだがやナギー? 新城の膝枕の感触は」
「羞恥心でそれどころじゃないんだけど……」
「こうなるんならトップバッターなんざ引き受けなきゃよかったろうに……」
「どーせやることになるんだし、さっさと済ませたいタイプなんだよわたしは」
「嫌がることないって凪子ちゃん。思ってたより良いでっす」
胡坐をかいた形の新城くんの膝で、ナギ―とは反対側(髪型の関係で右側)に寝そべるくるみちゃんは、言葉通りご満悦。マーキングでもするみたいに頭をうりうりしているくらいです。
なんでこうなったかを三行でまとめると。
菫が言い出したことに桃子ちゃんとくるみちゃんもノッちゃって。
過去の惨状が思い起こされた私達三人は反対したけれど。
甘えんぼ二人の視線に押されて、結局引き受けました。
菫は散々恥かいたことをもう忘れちゃったのかな……。
「いや、別に嫌ってわけでもないよ。たださ……、こういうのわたしには似合わないし」
「そんなことないですよ凪子ちゃん先輩! とっても可愛いと思います!」
「やめてあげて。追い打ちやめてあげて」
ナギ―は可愛いとか女の子らしいとか言われると、すごいダメージになるから。
いや、私も可愛いと思うけどね?
でもただでさえこの状況でナギーが苦手な褒め方すると、後でどんな仕返しが来るやら。
「えっと……。確か三分ずつだったよね?」
「そうだのぅ。くるみもノリノリだがや。もうちょい伸ばしてもいいかものぅ」
「勘弁してよ……。これ精神的にキッツイんだから」
「奇遇だな。割と俺もだよ」
「効果は如何程だがや?」
「安眠効果はバッチリでっす!」
「その割には逆にテンション上がってるけど」
「くぅ」
「寝た!?」
流石に狸寝入りだったみたいで、三分経ったことを知らせるとちょっと名残惜しそうにのそのそと起きた。
癒された感じのくるみちゃんと、部室の隅でヴィシャス(ナギ―が飼ってるハムスター)といじけた様子で遊ぶナギ―が、なんだか対照的。
「……違う。わたしはこんなんじゃない……。もっとこう、ヘヴィデスメタルなパンクロッカーこそが本性……」
いやいや、ギャップがあって良いと思うよ?
「さて、わたし達の番ですね~」
「ほら。さっさと寝転ぶがや」
「はいはい。言われんでも寝転びますよっと」
部室の畳の上にごろんと寝転がる新城くん。
ちなみに、ナギーとくるみちゃんが膝枕。菫が腹枕。桃子ちゃんが腕枕と検証していって、本命である私が一番寝心地良さそうなのを選ぶという流れ。殆ど自動的に私一人が最後を飾ることになりました……。
新城くんは腕も足も投げ出して大の字になる。
「それじゃあ、お邪魔しますね~」
「お邪魔されまーす」
「ごろーん」
「
後転でもするみたいな菫にそう言うけれど、大してダメージはないようで。
桃子ちゃんと菫が、それぞれ腕枕と腹枕に頭を預ける。
「…………」
「どう? 菫」
「むーん……」
「? 難しい顔だね。どうしたの?」
「どうしたんでっす?」
「いやぁ、なんというかのぅ……。枕にはええんじゃが、安眠用とは違う、というかの」
「……なんか変な表現だな」
「まずもって枕にしては高いがや。首が不自然に曲がるがや」
「お前がちっちゃいからではなく?」
「うるさいがや」
「んー……でも、枕にはいいんだよね?」
「そうなんじゃが、眠れる感じじゃなく…………あ」
「あ?」
「そうがやこれだがや。こうするのが正しい姿だがや」
「正しい姿って、スマホ弄ってるだけでっす」
「こうして、寝転んでスマホ弄るのがちょうどいい感じだがや」
「う、ん? 分かるよーな分からないよーな……」
「だらけられて、しかし眠くならず。絶妙なバランスを保ってるがや」
「……とりあえず快眠向きじゃないと」
「そこを選んでぐっすり眠ってたんだねぇ、鈴河さん……。桃子ちゃんは、どう?」
「…………」
「桃子ちゃーん?」
「……すぅ」
「「「「寝てる!?」」」」
狸寝入りじゃなくて本当に寝てる!
ちょっと目を離しただけで寝たよこの子!
「ま、まだ20秒経ってないでっす」
「おっそろしいがや……。ただ腕に寝転んだだけでのび太くんクラスの睡眠速度を手に入れてしまっているがや……」
「いや、朝比奈限定な気も……しないな」
「そこはしないんだ……」
確かに見吉さんとかだったら寝転んだ瞬間に夢の世界に旅立ちそうだけど。
そのまま三分経ったけれど、結局桃子ちゃんは起きることなく、菫がスマホを弄り続けて終わった。
菫が新城くんのお腹から起き上がり、桃子ちゃんは起こさないように細心の注意を払って腕を抜き取る。
「うにゅぅ……」
「モモちゃん、ぐっすり寝てる~」
「腕がなくなって寂しげだがや。新城、くれてやるがや」
「くれてやれって何? 腕をぶった切って朝比奈の枕にしろってこと?」
「えっと。次は私、だよね……」
……桃子ちゃんがこうなった以上、選択肢は一つしか無いようなものだけど。
「じゃ、じゃあ、腕枕。……いいかな?」
「……いいも何も、そういう検証だしな」
「おお。これを見て敢えて踏み込むがや?」
「ええっ? だって、一番寝心地良さそうなのを選ぶってことだよね?」
「まぁそうなんだがのぅ」
「そ、それじゃあ。お邪魔しまーす……」
「朝比奈といい、なんだその挨拶」
寝転んで待つ新城くん。私もその横に座って、寝転ぶ準備に入る。
……うわぁ。恥ずかしいなぁ。
多分カップルの人達でもそうそうしないことだよね。桃子ちゃんはあっさりやったけど。
「ご、ごろーにゃ」
「進化した!」
さっき桃子ちゃんが寝転んだ腕とは反対の腕に寝転んだ。
「…………」
「……風町ー?」
「…………」
「黙っちゃったでっす」
「ハル、寝てないがや?」
「どうだこれは。目を瞑ってるけど顔が険しいから、判定微妙なんだけど」
―――やっぱり恥ずかしいよぉ、これ。
新城くんの顔見れないし、胸はうるさいくらいに響いてるし、頭がぐるぐるして沸騰しそうだよぉ。
(……でも、逞しいなぁ)
頭の下の新城くんの腕に触れる。
私やみんなの腕とは全然違う感触に、男の子なんだなぁ、なんて思ったりして。
確かに、硬いは硬いけど、ちょっとだけ弾力があって、なんだか嫌な硬さじゃない。
……あ。少し落ち着いてきたかも。
そうなると、腕に密着させた耳から、鼓動を感じられるようになる。
とくん。とくん。って。
一定のペースで鳴るその音が、私の心を徐々に落ち着かせてくれた。
けど、逆に気になりだすのが手だった。
所在無さげな両手が、置き場所を求めていて。
「ん。顔が和らいできたな」
「あ、あのね」
「? どうした?」
「……もうちょっと。そっちに寄っても、いいかな?」
「お、おう」
「ありがと」
ほんの少し彼の方に体を寄せて、脇と腰の間ぐらいにある服を両手で摘まんだ。
……あ。鼓動がちょっと早くなった。
新城くんも緊張してるのかな? なんだか可愛いなぁ。
「お、押せ押せなハルになってるのぅ……。これも安眠効果なのかの」
「新城先輩、底が知れないでっす……」
「何の底だよ何の。風町? そろそろ三分経つと思うが……」
「……くぅ」
意識の外でそんな会話を聞きながら、私は久しぶりに夢の世界に入り浸った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
目を覚ましたのは下校時間前だった。
「うあー……」
夢の世界から帰還を果たした私は、寝る前の自分を思い出して部室の隅で頭を抱えていた。
今までの寝不足が嘘かのように熟睡出来たのは良いんだけど。良いんだけど。
(い、意識がほとんど飛んでたからって、あんなことしちゃうなんて~~~っ!)
「成程ねぇ。そんなことがあったわけだ」
私の後ろで、寝てる間に復活してたナギ―が言う。
「検証結果はあれだのぅ。新城枕で一番危険なのは、腕枕ということだがや」
「新城枕ってなんだよ。危険ってなんだよ」
「それは、乙女のヒミツってやつで」
「でも先輩の腕枕、とっても寝心地良かったです。またしてほしいなぁ」
「危険とやらに自ら飛び込もうとしてんのがいるけど」
「モモにはノーダメージなんだよ。こういう子だから」
「はいはい。ちょこっとだけ異議があるでっす」
「むむ? なんだがや? 最高評議会の可決に異議を申し立てるがや?」
「えらくこじんまりしてんな最高評議会」
「陽歌ちゃんは、先輩の服をちょっとだけ摘まんでました」
「ほうほう」
「そうだのぅ。それが?」
「そうしたら糸が切れたようにすぐ寝入ってしまったのでっす。つまり、一番の安眠効果は先輩の胴体にあるのでは?」
「胴体のぅ。けど腹枕は、あたしが調べた通りの結果だっただがや」
「そうじゃないのでっす。枕は頭の下にあるとは限らないのでっす」
「あやや? どういうこと?」
「ほんの少し摘まむだけで驚きの安眠効果。それに抱き付こうものなら、想像を絶するものになると思われまっす」
「……抱き枕にするのが一番ってことかい?」
「その通りでっす!」
「な、なんだがやとー!!?」
「しかもその場合腕枕とセット! どんな寝不足も立ちどころに解消されること請け合いでっす!!」
「お前等さっきから俺の事安眠商品かなにかだと思ってない?」
穴に入って埋まりたい気分だったけど、いつまでもそうしてるわけにもいかないので、立ち上がって鞄を持った。
「そ、それじゃあ。帰ろっか」
「お。もういいのか?」
「う、うん……」
うわぁ。しばらく新城くんと顔合わせられなさそう……。
「……ごめんね。私、こんな時間まで寝ちゃってたし。腕痺れちゃったでしょ?」
「いやその辺は別に構わんけど。痺れてないし。……で、買い替える枕のイメージは固まったんだろ?」
「え?」
「え? ってお前。新しく買う枕はどんなのがいいかを決めるための検証だろ?」
「「「「「…………あ」」」」」
「全員忘れてたんかい!!!」
その後、みんなで家具売り場の枕を見繕う事になった。
値は張ったけど、選んだのは抱き枕。それも頭もカバーできるタイプ。
新しい寝具を手に入れて、その日から私の寝不足は解消された。
にゅーろんは今日も通常運転です。