ゴジラ・ウォー!   作:葛城マサカズ

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第23話「巨災対の人が来ました!」

 大洗の学園艦は館山港で艦内の生徒や関係者の半分を降ろすと対ゴジラ作戦の準備が始まった。

 艦内を改造する作業は民間の造船業社を中心に始まる。

 作業員とクレーン車やフォークリフトなどの工事に関係する車輛が学園艦の中を行き交うようになった。

 「とうとう始まったか」

 杏は生徒会室から作業が進められている様子を眺めていた。

 対して生徒会室は荷造りした段ボールが並び部屋を空にする準備をしている。

 「あの時を思い出すなあ」

 「大学選抜と試合をする前のですね」

 生徒会副会長の柚子が残る書類のファイルを段ボールに入れながら杏が思い出している場面を言い当てる。

 夏の時に文科省が突然学園艦の廃艦を通告して退艦の為に荷造りをしたあの時だ。

 (あの時は大学選抜チームとの試合に勝って学園艦を取り戻せた。でも今回ばかりは無理だ)

 今回はゴジラを倒すために学園艦が使われる。

 国家や国民を守るためとなれば試合に勝って取り戻す事はできない。

 「西住どうした?」

 柚子と同じく荷造りをしていた桃が生徒会室に入って来たみほへ声をかける。

 「会長」

 みほが杏を呼ぶ。

 「西住ちゃんどうしたの?」

 「戦車で、私達の戦車でまたゴジラと戦えませんか?」

 みほの発言に柚子と桃は驚く顔をする。

 「何を言っているんだ西住、あの化け物とまた戦うなんて正気じゃないぞ!」

  桃は思わず声を荒げる。

 「西住ちゃん。あんこうチームのみんなは賛成したの?」

 杏はみほへ質す。

 「チームでは行きません。私一人で行きます」

 「一人で操縦や砲撃なんかできないぞ」

 桃が呆れたように言う。

 「まさか練習用の車内キットを使うの?」

 柚子がそう言うとみほは「はい」と答えた。

 戦車道の練習道具には個人練習ができるキットがある。

 例えば砲手だけが戦車が動く試合に近い状態で練習する為に操縦と装填の部分を自動で動くようにするのだ。

 戦車の車内の操縦・砲手・装填の位置に機械を置き自動化するのだ。

 その練習道具の車内キットを使えば一人で戦車で戦う事はできる。

 「勝算はあるの?」

 杏は険しい顔でみほへ訊く。

 「ゴジラは皮膚がとても固いです。でも体内なら固くは無い筈です。ゴジラが口を開けた瞬間を狙い撃てば倒せるかもしれません」

 とんでもない作戦だ。と桃と柚子は思った。

 杏も同じだ。

 「西住ちゃん。そんな無謀な戦いはダメだよ」

 杏はみほを哀れむ目で諫める。

 杏はみほの心情を理解していた。

 「西住さん。どうしてそこまでしてやろうとするの?」

 柚子はみほの真意を確かめる。

 「大洗は私にとってこの学園艦は第二の故郷だからです。ここでようやく親友が出来て嫌いな戦車道も好きなれた。私が自分を変えられた大事な場所だから」

 実家のある熊本の黒森峰女子学園で戦車道を姉のまほとしていたみほ。 しかし試合中の救助を巡り戦車道の考え方の違いから戦車道の流派の一つでもある西住家からみほは去って大洗へやって来た。

 一時は捨てた戦車道を再びやるはめになったが戦車道をやる事でかけがえのない親友を得る事ができた。

 自分を変えられた場所としてみほは大洗と学園艦には強い思い入れがあるのだ。

 「そうね。ここがあるから私も杏も桃と出会えた」

 柚子はみほの感情を理解した。

 「西住もそこまでこの学園艦に思いがあったのか」

 桃はみほの思いを知り涙目になる。

 杏はそのみほの思いは理解していた。

 文科省や戦車道連盟を巡り学園艦廃艦の撤回に奔走した自分に劣らないいや勝るかもしれない思いを。

 「いっその事、この学園艦を乗っ取ってどこかへ逃げるか」

 杏が張った気を抜いて言う。

 「いいですね。外海に出てしまえばこっちのものです」

 杏の冗談に桃が乗る。

 「学園艦を降りた生徒も呼び戻してみんなでね」

 柚子も乗る。

 みほはそんな三人の様子に少し戸惑う。自分の決意を込めた張りつめた気持ちが和らぐ。

 「君達、学園艦の乗っ取りは困るよ」

 そこへ男の声がする。

 聞き覚えのある声、あまり良い覚えがない声だ。

 「文科省の辻さん今日は何の御用で?」

 杏は冷たい態度で生徒会室の入口に立つ辻へ言った。

 「話がある。学園艦の命運が変わるかもしれない」

 「・・・・どんな話ですか?」

 杏は警戒心を高めながら辻の話を聞く事にした。

 「まずは人を紹介したい」と辻は答える。「どうぞお入りください」と辻が呼びかけると男女二人が生徒会室に入る。

 「はじめまして角谷生徒会長、私は巨災対事務局長の矢口です」

 「巨災対の尾頭です」

 スーツ姿の二人は挨拶する。

 「巨災対の偉い人が来るとは驚きました」

 杏は素直な感情で挨拶に応える。

 「いえいえ偉いと言う訳でもありません」

 矢口は謙遜する。

 「東京からこの大洗へ何故来られたのです?現地の視察ですか?」

 杏は早速矢口の目的を探る。

 「対ゴジラ作戦の変更をしたいからです。予定されている作戦は学園艦の艦内をある液体で満たし、ゴジラを学園艦の中へ入れてゴジラの活動を止めると言う内容です。これを変えたい」

 矢口の説明にみほや杏は初めて聞いた作戦内容に驚く。学園艦をゴジラの棺桶にしようと言うのだから。

 「しかしゴジラをその液体の中へ落としても規定量を飲み込めるか不明ですし学園艦にゴジラが想定通りに乗る確率も低いと我々巨災対は考えたのです」

 尾頭はいつものぶっきら棒な態度で説明を加える。

 「ゴジラをその液体の中に溺れさせる訳ですか。作戦としては合理的な気はします。学園艦を使う事以外は」

 杏は皮肉を込めて矢口へ言う。

 「あの、その液体とはなんですか?」

 みほが矢口へ聞く。矢口は「尾頭さん」と言い専門家へ託す。

 「血液凝固剤です。ゴジラの体内に流れる血液循環を止めてゴジラの活動を停止させます。ゴジラは体内に原子炉のような器官があり血液はいわば冷却水なのです。冷却水が流れなくなると原子炉はメルトダウンを防ぐためにスクラム(強制停止)を行います。ゴジラの体内でこれと同じ事が起きると考えられています。ゴジラの体内でスクラムが起きるとゴジラは体温が低くなりゴジラの身体は凍結されると思われます。この凍結をさせるのが我々の目的です」

 尾頭はいつもの調子で説明した。

 さすがに杏やみほには全体を理解することはできなかった。

 「つ、つまり血液凝固剤でゴジラを凍らせると言う訳ですね」

 みほは尾頭の説明を要約した。

 尾頭は少し不満そうな顔をしたが「そうです」とみほの理解を肯定する。

 「この血液凝固剤をゴジラの体内へ入れる方法として我々が立案したゴジラの口へコンクリートポンプ車を使い流し込む作戦があった。だが学園艦ごとゴジラを海中に沈める作戦が政治の中で勢いが強くなって決まってしまった。このままでは不確実な作戦でゴジラを止められないだろう」

 矢口は語り始めた。

 「この学園艦へ密かにコンクリートポンプ車を持ち込み我々の作戦を実行しようと考えた。ここから君達に相談したい事がある」

 矢口は杏やみほ・柚子に桃へそれぞれ向いて言う。

 杏やみほも黙って何を言うのか待っている。

 「失礼な事だが、先ほどの君達の会話を聞いてしまった。戦車でゴジラの口を攻撃すると言ってましたね」

 みほの発言について矢口は訊いている。

 「はい。ゴジラの皮膚は硬いので口の中ならダメージを与えられるだろうと思って」

 みほが答えた。

 「そのアイディアを頂きたい。戦車の砲弾に血液凝固剤を積めて戦車で打ち出しゴジラの口へ入れる。戦車と乗員は自衛隊が用意する」

 矢口の案に杏や桃・柚子は納得した。戦車で打ち出すなら学園艦から離れた所でゴジラを倒せるかもしれない。

 「矢口さん。戦車を使う作戦なら私も参加させてくれませんか?」

 みほは矢口へ求めた。

 「ダメだ。これ以上君達を戦わせる訳にはいかない」

 矢口ははっきりと拒否する。

 「でもここは私の第二の故郷なんです。守りたいんです」

 純粋なみほの意志に矢口は「気持ちは分かる」とは言った。

 「その気持ちはこの学園の皆も同じ筈だ。だが我慢して欲しい。本来戦う役目がある自衛官の出番なのです。自衛官に任せて欲しい」

 矢口はみほを説得する。みほの理性は説得に納得はできていたが感情は納得していない。

 それでも「わかりました」とみほは答えるしか無かった。

 杏はみほの右肩へ手を置きみほを労う。

 「ところで辻さんが矢口さんと尾頭さんを連れて来たのですか?」

 杏は辻へ尋ねる。

 「そうです。私も思うところがあって好きにやらせて貰っているそれだけです」

 辻は眼鏡で感情を隠すいつもと変わらぬ様子で答えた。

 その答えに矢口はニヤリと微笑む。

 辻が好きにやらせて頂くと言う心境になったのは泉との会食がきっかけだった。

 「辻さん。貴方は大洗の学園艦を本当に廃校にしたいのかね?」

 お互いに少々酒を飲んだ後で泉は辻へ尋ねる。

 「私が廃校にしたい訳ではないです。上の意向ですよ」

 正直に辻は答えた。

 「そうでしょう。そうでしょう。私も党の幹部とはいえより上の意向には逆らえんですからね」 

 泉は共感していると言うと辻は幾分心が和らぐ。

 「どうでしょう辻さん。そろそろ好きにされては?」

 泉が提案すると辻は目を丸くする。

 「泉先生、役人ですよ私は。そんな好き勝手なんてできませんよ」

 官僚として役人として制度と上位下達で縛られた環境に長年居る辻にとって好きに何かをすると言う提案は困るところである。

 「できますよ。貴方の心意気だけです」

 「そんな無理を言う」

 「女の子を泣かせた役人と言われていいんですか?」

 泉の言葉が辻の心の棘を刺激した。

 辻とて人間である二度目の廃校の宣告をした時にはさすがに悪い事をしたなと良心の痛みを感じた。

 「そう言われたくは無いですね。でもそう汚名を負っても私は組織や政策を守りますよ」

 「しかし組織はそんな献身的な貴方を簡単に捨てるでしょう。それでは貴方は報われないし間違いは正されない」

 辻は反論する言葉を重ねる事は出来なかった。

 組織を守れても間違いを犯す事に荷担する。それは悩ましい部分だ。

 悩む辻の脳裏にある記憶が蘇る。

 「私は好きにした。君らも好きにしろ」

 ゴジラ騒動の張本人と言える牧が残したメモの一文だ。

 (ちくしょう・・・)

 心中で辻は悪態をつく。

 「泉先生、私は好きにしようと思います」

 こうして辻は自らの意志で動く事を決めたのだ。




今回書いた「車内キット」は今回のストーリー上登場させた公式には無い物です。

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